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始まりました、「大人の近代史 番外編」です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
番外編ということで、こちらは、乃木坂駅のところに行ってきたんですよね。
そうそう、乃木坂って言ったらね、みんな46の方思いつくかもしれないですけれども。
そうそうそう。びっくりだね。駅行ったらさ、もうそういう、なんだろう、雰囲気が違ったよね。
あれなんだよね、なんかやっぱり、うちらはさ、その、乃木馬レスケ目当てみたいなところがあって行ったわけじゃん。
うんうん。
でも、あれ?なんか妙に若い人多いなっていうさ。
もうね、なんか降りた時に感じたね。
うん。だって、もう駅のさ、なんつーの、こう通路にさ、乃木坂の写真があるわけじゃん。乃木坂46の。
うん。
なんか、普通にさ、写真を撮りに来た人たちがいるからね。
あー確かに。
そうそう。え、写真を写真で撮るんだみたいなさ、俺はよくわかんないんだけど。
まあ、そんなこんなで、最初に行ったのが旧乃木邸なんだよね。
そうそう。
その、乃木馬レスケが住んでいたというところ。
で、まあ、ちょっとさ、最初に多分聞いてる人も、乃木馬レスケってどんな人だろうって知らない人も多いと思うんで。
うん。
簡単に、長丸の方から、乃木馬レスケについて、どうぞ。
乃木馬レスケについて。ま、本当は乃木馬レスケをこう、なんつーの、多分さ、テーマに扱ったら本当に1話とかさ、本当に使うべきだから結構こう、凝縮して喋るけど。
うん。
ま、まず乃木馬レスケっていうのは、何で有名かっていうと、この人日露戦争でまず活躍した人なんだよね。
うん。
で、日露戦争の領巡抗位戦とか、法天戒戦っていう、ちょっと日露戦争の中でも結構メインとなった戦いで武訓を挙げた人なんだよね。
うん。
で、それで有名なんだけれども、もう1つ有名なところが、自分が夏目漱石の心をテーマに喋った回で、ちょっと触れてるんだけれども。
うん。
この人は、明治天皇が放棄された時に殉死してるんだよね。
うんうん。
そう、それですごく有名なんだよね。この日露戦争と明治天皇と一緒に殉死したっていうところですごく有名だっていう人で。
うん。
そう、一言で言うなら結構もう昭和じゃないんだよな。何て言うんだろうな。明治の人っていう言い方がいいのかな。なんかさ、ちょっと古い人のこと昭和の人ってうちら言うじゃん。
うん。
昭和の感覚でもないんだよね。それよりもさらに前の明治の人っていう感じの思想とかそういう考えを持った人っていう、本当に典型的な昔の日本人っていう感じの人だよね。
うん。
この人、ちょっと珍しいところでは晩年?晩年っていうかもう本当に日露戦争から帰ってきた後とかなんだけれども、学習院の院長やってんだよね。
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うんうん。
結構教育とかにも力を入れた人っていうところで、日本ではそういったところでも注目されてる人ではあって。
うんうん。
結構こう、当時は珍しかったような教育方法みたいなのも取り入れたりしてたらしくて。
あーそうなんだ。
うん。なんかそういうところでもさ、注目される人ではあるんだけれども。
なんか言ってたね、ボーイスカウトみたいなね。
そうそうそう。そういうちょっと当時日本ではあんまりこう、なんていうの、やってなかったようなことも、やっぱ学業っていうところに取り入れたっていうのがさ、ちょっと珍しいところで。
うん。
ね、やっぱそういうちょっと、なんだろうな、古い日本人とはいえ結構こう、先鋭的なものの考え方もできるような人だったのかなとはちょっと個人的には思うんだけど。
うーん。
ほら、のぎさんってあのドイツに留学してたりもしてたから。
うん。
そうそう。だからやっぱりちょっと、昔の日本人的な思想を持った、でも考え方は結構こう、ドイツ行ってるぐらいだから、ちょっと先進国寄りみたいな感じの、まあいい意味の和洋説中だったんだろうね、きっと。
あー、なんかドイツに行ってかなりの刺激を受けたってね。
うん。
言ってたね、そこからもうすごく規律正しく。
うん。
なんか生きた人みたいな。
そうそう、だからもう本当にドイツと当時の日本と比べたときに多分なんか来たんだろうね、ビビビみたいなのがさ。
あー。
やべえ、負けてるとかわかんないけどさ、なんか本当そういうレベルでなんか危機感を感じたんだろうね。
あー、なるほど。
で、この人もともとさ、ほら、西南戦争で旗奪われちゃってっていう話も多分心の中でしたかな。
あー、心の海でね。
うん。で、やったと思うんだけども、そんな感じでちょっとなんか自分に追い目もあった人なんだよね。
うん。
だからやっぱりその、なんだろうな、追い目っていうのを多分生涯ずっとこう感じながら、でもなんかどこかでそれをなんかこうもがいてたようなイメージもやっぱり自分の中にはあって。
あー。
そうそう。まあそれが結局のところさ、最終的にやっぱ日露戦争の仏軍だったりとかにもこう現れてるのかなと思うんだけど。
うーん。
まあそんな感じの人ですね。もう本当にこの人のこと語ったら本当に1テーマ普通に埋まっちゃうぐらいのものをこの今5分ぐらいで喋ったんだけど。
確かにね。ありがとう。まあなんとなくその、乃木マレスケっていうのが掴めたね。
であればいいんだけど。
まあじゃあ早速なんですけれど、旧乃木邸に行ってきましたので、よかったらじゃりの音とともにどうぞ。
じゃりで。
はい、えー来ました。番外編ということで、今日は六本木の乃木公園に来てます。
はい、あの乃木坂で有名な。
そうだね。
そう。
これ乃木邸にこれから行きます。乃木マレスケが住んでいた自宅ですね。
これさ、明治12年なんだね、この土地を乃木マレスケが買って。
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でもなんかもともとこの辺の出身の人だよね、確か。
あ、そうなの。
うん、確かそう。で、なんか実家かなと思ってたんだけど、そうじゃないっぽいね、これ見ると。
まあそんなところちょっとこれから行きます。
はい、じゃあ行きましょう。
ああ、本当に。これは。
馬屋?
立ってたんだ、乗馬のなんかあるところだね。
えー。
じゃりが突き詰められてる。
ああ、あれじゃない?もしかして。
ああ、そうなんだ。
あれだよね、あれ。
え、これもでも馬頂邸っていうのもそうなんじゃないですかね。
馬屋だね。明治22年に新築されたものです。
あ、なんか思ったより全然綺麗だね。
回収されてるよ、さすがに。
まあだろうね。
旧乃木邸って書いてあるね。
日史日露、漁船御十字市、明治天皇奉迎とともに巡視された陸軍大将乃木丸助の邸宅です。
フランス軍隊の建物を模して、フランス…
えー、ちょっと西洋風になってるんだ。
確かにこれ日本のなんか感じじゃないよね。
ああ、あれでも河原は使ってるじゃん、あれって。
うん。
だから何だろう、和洋説中なんだろうね、きっと。
これ乃木丸助の遺言で東京市に寄付されるってことになって、そこから東京都が管理してるのかな。
すごいね、寄付ってね。
まあ、だってもう…
いや、あのさ、なんだろう、親戚とかにさ…
だってさ、子供はさ、みんな日露戦争で死んじゃってるじゃん。
亡くなっちゃってるね。
そうそう、だからたぶんいないんでしょ。
いや、ほらこのさ、一番右の写真、これ本当にその時事にするときの、本当その日の写真なんだよね。
すげえ有名だし。
そうだね。
すごいもう何事もないように新聞読んでるけどね。
新聞読んでて、左奥にさ、静子さん、奥さんが。
なんかこの写真見てさ、やっぱり青州漢方って感じだよね。
まあ、その昔のだよね。
一歩引いてるじゃん、なんか。
これ思わない、この静子さんがどんな気持ちで亡くなったのかがちょっと…
まあもうあれでしょ、それこそ本当に自由なんじゃないの。
当時のあれだから。
そうなんかな、もう。
ほら、それを俺がさ、心でも言ったけど。
理解できない。
理解がちょっと難しいんだよね、やっぱり。
あれ一応外側だけこうパーって見れるのかな。
ちょっと回ってみよう。
そう、こっから中覗けんの。
へえ。
YouTubeで見た。
事前したウィッシャーのやつ最高だね。
これあれね、スイシエっていうか、スイシエ会見の史実題。
フジロ戦争でね、日本軍がさ、割と優勢に勝った時の。
で、負けた側のね、ウィシアの人たちの刀持たしたっていう有名な会見のね。
あの写真は有名だもんね。
英語でも書いてあるんだね、やっぱり。
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これだから外国の方も結構来るんだろうね。
まあ乃木丸助自体結構外人には有名だからね。
日本のその軍人っていうかさ。
物資土を貫き通したみたいなね、なんかで有名だよね。
うん、そうそう。
ここで寝てたんだ。
やっぱ思ったよりずいぶん小さいの寝てたとこね。
寝室だけなんだよ。
5畳ぐらいだよね。
うん。
一人で寝てたのかな。
まあじゃない、当時だし。
ここででしょ。
うん。
なんか下にさ、これ亡くなった場所を示してるでしょ、そこで。
うん、そうでしょ。
窓から見ると左側が乃木丸助で、奥が夫人。
これさ、亡くなるときってさ、あれ、その英語にさ、
静子さんになんか面倒はよろしくみたいな。
うん。
書いてたんでしょ。
だから、まあ奥さんがいつ死ぬっていうのは分かってなかったんだよね。
うん。
だからなんか後を追ってお死んだのかなって言われていて、
不審愛用の審が未審。
へー、未審があるね。
座布団まであるぞ。
うん。
あ、ここが奥さんの部屋だったんだ。静子さんの。
あー、そうっぽいね。
あれ、これでこのまま降りると神社?
うん。
まあそんな感じで、旧乃木邸でした。
まあ、行った後のさ、やっぱこう、感想にはなっちゃうんだけどさ、
うん。
やっぱりさ、なんだろう、ほら、この人ドイツに留学してたっていうのもさ、冒頭でも言ったけど、
うん。
家にもさ、やっぱ、昔の日本の家っていうだけじゃなくて、
やっぱフランス建築みたいなのを取り入れてたりしててさ、
あー、してたね。
ね、なんか、やっぱり、こう、戦役的な名はあったのかなーっていうのは、
なんかやっぱそこでも感じたね。
あー、確かに。
ね、普通のさ、日本的なさ、こう、家っていう、
まあ、中はね、畳とか普通にあったけど、
うん。
まあ、なんかこう、ね、やっぱ家の感じがさ、
もう昔の日本の家とはちょっと違うじゃん。
まあ、確かにね。
ね、その辺がやっぱ、なんかやっぱ違ぇなーって。
で、あの、2人でさ、その、乃木丸助と妻の静子さんか、
結構リアルだったね、あれは。
ね。
自分さ、この、乃木って言うとちょっとあれだけど、
うん。
ちょっと印象に残ったエピソードがあって、
うん。
乃木、静子さんって、
うん。
日露戦争に旦那とさ、息子が2人行ったわけじゃん。
うん。
で、その2人でさ、あのー、
あのー、あのー、
日露戦争に旦那とさ、息子が2人行ったわけじゃん。
うん。
で、その行くときにさ、あのー、
資生堂の高級な香水を買ったのって知ってる?
あー、俺そう知らない。
なんか香水を男3人に手渡したんだって、買って。
うん。
で、当時だったらその高級で8円とか9円ってしたんだけど、
これってなんかまあ、女性の平均給与の2か月分以上の給料なんだけど、
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うんうん。
まあ、結構高いのを買って、
なんでこれを香水を持たせたかっていうと、
うん。
まあ、戦争でもし亡くなっちゃったら、
その遺体からこう、一臭が放たれるのが、
まあ、やっぱ耐えがたいというか、
そういうのもあって、こういう高級な香水を渡したんだって。
あー、まじか。
なんかすごい、そのエピソードを聞いて、
ね、しかも結果ね、息子さん2人亡くなっちゃったしね。
うん、そうだよね。
うん。
いやー、あの本当に、
小島大輔もそうだけど、
静子さんの気持ちって相当だったと思うね。
なんかそれこそ、ほんと昔のさ、
なんか女性ってこういう感じだったのかね、なんか。
あー、確かに。
だってさ、最終的にさ、奥さんも一緒に自殺するわけじゃん。
あの、殉死するわけじゃん。
うん。
だからさ、そんなの普通、今言ったら考えらんないじゃん。
うん。
まあ、殉死自体考えられないけど、
そんなさ、旦那のさ、後を追って死ぬとかさ、ないでしょ。
うん、確かに。
ね。
いやー、なんかあれだね、ほんとだったら子供ってあの、4人いたんだってね。
あ、そうなんだ。
そう、で、あの2人はもう幼くして亡くなっちゃってるんだって。
うん。
だからもう、大きくなったのっていうのは、その2人の息子だけだったんだけど。
あー、まあそれをね、戦争でね。
よりすごいさ、喪失感があったって言われてるね。
うーん。
まあ、そんな感じで、旧乃木邸でした。
で、それから、うちらはその隣にあるね、乃木神社にも行ってきたんですよね。
まあ、隣だしね。
そうそうそうそう。
この乃木神社っていうのは、もちろんその、乃木マレスケが亡くなってから、
乃木マレスケ夫婦を祀ったためにできた乃木神社なんだよね。
そうそうそう。
まあ、そんな神社なので、ちょっと歩いて、いろいろ見てきましたので、よかったらどうぞ。
はい。
ここは乃木神社でしょ。
本当だ、隣なんだね。
やべ、めっちゃいる。
てか、なにこの男性ピリッツ。
やばいね。
ちょっと異常なぐらいの混業だね。
なんなんだろう、乃木神社。
行きましたけど。
すごいね、もう若い人ばっかじゃん。
なんで神社って他にもいっぱいあるのにね。
だから聖地なんだ、これ。
乃木神社。
これさ、なに、どこ行くのにね。
おみくじやってんだ、みんな。
ライブに当選しますようにとかね、だって。
いや、でもこれさ、興奮深いね。
乃木マレスケについて書かれてるのがない。
ないんじゃないの、ほら。
いや、絶対ないと思うよ。
いや、これがさ、歴史の移り変わりだね。
ほら、だってほとんど乃木坂じゃん。
家族が健康とかもあるけどさ。
ライブが当たりますように。
卒業コンサート当選しますように。
これあれ?
ここ乃木マレスケの松田神社なんだよ。
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ああ、ほら。
そんなのみんな関係ないでしょ、きっと。
なんだろ、それ誰ぐらいな人の方が多いと思うよ。
あれでしょ、ほら。
あれがメンバーなんでしょ。
ああ、なるほど。
みんな触りたい、見たい。
笑顔で過ごせますように。
山下みずき。
神社宝物殿。
こっから奥行けば行けるんじゃない?
ちょっと横切ってみよう。
宝物殿だね、これね。
誰も来てない。
すごい。
え、だってここさほうがすごくない?
ここが結構な、行きたかったとこでもあるけど、
こんだけの神社誰も来てない。
大雪が流れてるね。
誰も来ないね、ここ。
それに今びっくりしてる。
そうだね。
農人があれ使って説得するじゃん。
説得ってさ、正式な魔法があって、
この人はその正式な魔法で死んでるんだけど、
すごいんだよ、腹を切るだけじゃないんだよ、ただ。
腹を十字に切るのよ。
やばくない?
刺しただけで普通痛いじゃん。
無理無理無理ってなりそうなところを、
横だか縦だか分かんないけど、どっちが先か。
十字だから、例えば横やったら縦やんのよ。
もう意識失いそうになると思うけど、
実際、腹をちゃんと開けてやるんだって。
服こうやって着てんじゃん。
こうやってボタン外して、腹を開けてやるじゃん。
服を脱いで。
肌切って。
肌切って。
その後切るんだよ。
そうなんだ。
で、閉じて、ボタン閉じて、最後、
たしか伸びまれつけは喉をついたんだったと思うけど、
で、死ぬみたいな。
だいぶ苦しいと思うよ。
だから解釈が普通つくわけじゃん。
首を落とす人が。
これは?
掛け軸がいっぱいあるね。
なんだこれ。
時計だね。
自分の部下に対して配った金時計。
目を伏そうした山岡少佐には、
定時に音が出るように細工を施された。
すごいね、これ。
あれだって、領巡船でさ、
砲弾のたぶんあれが断片なんでしょ、あれが。
で、あれ、鉄錠網だって、ここの持ち手っていうか。
これでしょ、夜間書店って。
あ、これか。読めないね。
いやでも、綺麗な字だね、なんか。
いや、俺もうあれが綺麗かどうかも分かんねえわ。
この辺奥さんについて言ってるんじゃない?
しずこきー。
なんかあれじゃない?老婆は面倒見てあげてね、
みたいなの書いたんじゃないの?
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いや、このさ、
この新聞読みながらっていう、
亡くなる日の朝の感じがしないよね。
すごいインパクトでかいよね。
写真紙の求めに応じて写されたものだから、
偶然撮ったって感じなのかな、もしかして。
今日、覚悟してたんかな。
たぶん決めてたんでしょ。
俺なんかこの中に会話がないような気がするんだよ。
俺の背中を見て生きろみたいな感じがする。
これね、亡くなった時ニューヨークタイムに載ったんだよね。
すごい大将は明治天皇より金時計をもらったんだね。
これ18禁だった。
すごいね。磨いてるんだろうけどすごい綺麗だね。
綺麗だね。
これ、亡くなる直前にさ、
なんか別れの杯を奥さんと交わしてるんだ。
だけどやっぱ知ってたんだね。
すごいね。こんな瓶まで残ってるって。
ピュアワインだったんだね。
今すごい熟成されてるんじゃない?残ってたら。
あ、そうそう。これ奥さんの輪っかだよね。時勢の輪っか。
あ、そうなんだ。
どっちも残してるんだよ。
じゃあもう覚悟してたんだね。
明治天皇の崩壊の後、艶にいったんだね。
明治天皇が亡くなってから、確か3ヶ月後くらいに自分も死んでるんだけど。
期間があるんだね。
考え方っていうか、多分もう死のうっていうのはずっと思ってたんだと思うよ。
日を選んでただけだと思うけど。
馬で行ったら?
ほら馬飼ってるか。
すごくない?かっこよすぎでしょ、これ。
今で言ったら高級会社に乗っていくようなもんなんじゃない?
あー、これ結構な年なのに、
これ馬乗ってるな。
血液もピンとして。
長間野が心で言ってた、軍旗喪失事件。
そうそう、自分の部隊の軍旗。
軍旗じゃなくて旗持ってる人だから撃たれちゃったんだよね。
それで奪われちゃった。
それは撃たれたら奪われちゃうからさ。
ずーっと引っ張ってたらしいけどね。
それで大酒飲んで出会っちゃったけど、
ドイツ留学して、なんて言っても日露戦争でしょ。
海外では精神論ってあるけど、やっぱり精神論が強くなっていくっていうのもあるんだよね、軍が。
近代化とはちょっと真逆の想像があるんだけどね。
これがドイツだったからね。
ドイツまでって言って台湾総督になって、一家、家族みんな台湾に住んだの?
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日露戦争も普通親子で行くってないじゃん。
かなりリアなケースだよね。
子供だけが亡くなっちゃう。
先にどっちかが死んで、もう一人残るじゃん。
なるべく死なないところにやっただけが死んじゃったんだって。
残った方も。
でも乃木稀介はよかった死んでくれてくれる。
当時の感覚だからなんとも言えないけどね。
感覚としては、大将の子供だから優遇されて生き残ったみたいになっても困るっていうのがあったんだよね。
すごいね、こんだけの群衆が装備に並んで見てるじゃん。
今の時代の感覚の違いだよね。日露戦争の英雄だからね。
そんな感じで乃木神社行ってきたんですが、長丸どうでしたかね?
いやー、乃木坂ファンばっかじゃんっていうね。
これ本当にびっくりすると思うね、知らない人。
ちょうど結婚式もやってたじゃん、神前式っていうのあれ。
うん、やってたやってた。
そのせいもあったんだけどさ、人の多さは。
でも単純にさ、乃木坂ファンばっかみたいなさ。
そんな感じだよね、もうね。
むしろ普通の参拝客いるのかなっていう、その乃木坂じゃなくてね。
なんかさ、乃木神社の方もさ、結構やっぱり押してる部分もちょっとあったよね。
乃木坂46を。
だってね、あの絵馬のところだってそうだしさ。
そう、絵馬をさ、一番上にさ、こう目立つように掲げてて。
でもその割には、乃木坂46ここです、みたいなのは書いてなかったじゃん。
まあそれをやるとちょっとやっぱ露骨じゃん。
そうそう、だから俺がなんか感じたのは、このギリギリの攻め合いを感じたんだよね。
ね、あのどっちをね、こう押すかみたいなところで、こうなんか平行線にしてる感じだよね。
そうそうそう、あんまりその強く見た目じゃ出さないけども、ファンもちょっと楽しめるような空間に作ってたりとかね。
ね、おみくじとかもさ、あんな並ぶ?
いやすごい並ぶね。
俺神社のおみくじであんな並んでるの初めて見たよ。
てか人自体があの神社の人数じゃないね、かなり多かったね。
ね、いやだって別にお正月でもなんでもないのにね。
うん、すごいと思われ。
で、乃木神社にあったあの宝物殿に行ったんだけどさ、どうだったかな。
いやーなんかさ、その乃木坂のファンがさ、並んでるのがさ、あったじゃんその手前に。
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で、てっきりそういう資料館とかさ、そういったところに並んでるのかなと思いきや全然違ってさ、
俺ら神社の人にさ聞いたらさ、どうぞどうぞみたいな感じでさ、スーッと通れたじゃん。
いや本当にびっくりした。あれが一番衝撃だったね。
えーこれ違うんだみたいなさ。
だってさ、あんだけ人がいて、宝物殿には誰もいなかったのに。
うん、まああの後俺ら30分ぐらいあそこにいたけどさ、なんか1人か2人だよね入ってきたのに。
入ってきたのね。あれをさ、見てやっぱ乃木稀助はどう思ってるんだろうと思っちゃって。
もう日本人ダメだなと思ってんじゃん。
そう?そうなのか。
いやだってとてもじゃないけど巡視なんかしないでしょ、今の日本人は。
まあね。
結局のところさ、大正だってそうだし昭和だってそうだけど、それで巡視した人って聞かないじゃん。
やっぱり古い価値観なんだよね、その辺って。
あー確かにね。
まあでもあんだけ賑やって神社としてはたぶん嬉しいと思うんだよね。
まあね、なんも人が来ないよりはね、来てほしいってのもあるだろうね。
だってあの人たちがいなかったら相当寒酸としてるよ。
人いねんじゃね?もしかして。だって本当にいなかったじゃん。
いなかったと思う。
法仏殿でなんか印象残ったのあった?
やっぱり遺書じゃないかな。
あー遺書があったね、長いね。
ね。内容はさ、ほとんどさ、読めないっていうかさ、わかんないけどさ、
なんていうの、奥さんにあてた一文とかもあったじゃん。
まあいうのがね、その後でも奥さんほらすぐ死んじゃうわけじゃん。後って。
だから書いた時って本当にどっちだったのかね、書いた時にさ、
うっすらさ、もしかしたら後追いすんじゃねえかなって思って書いてんのかさ、
いや全然そんなことも知らずに書いてんのかは、ちょっと本当に正直わかんないよね。
あーどうだろうね、それちょっと。
本当のところの気持ちっていうの?
うん。
言えるのはちょっと本当わかんないなと思って。
あー。
いやただその亡くなる日の朝かな?
うん。
の写真がね、いやもうこれから亡くなるっていうのが感じられないような、
いつもの風景みたいな。
ね、新聞読んで、これから朝食ですみたいなさ。
そうそうそう、まあそんな感じだったね。
俺がね、一番宝物店で一緒に残ったのは、亡くなる前に飲んだあのワインがあったやつ。
あー、瓶があったね。
うん、それがピュアワインって書いてあったから。
いやいや、別にそこピュアワインってよくない?
いや、俺はなんかそのギャップにちょっとびっくりしちゃって。
まあ単純にでもさ、こうちょっと、やっぱりこれから死ぬっていう時だからさ、
お酒は飲んでおきたいんじゃない?
あーまあね。
うん。
全然余談なんだけどさ、
うん。
乃木坂46がもうめちゃめちゃ推してる街になってるじゃん。
27:00
うん。
でさ、これ、やっぱり乃木坂46ってさ、由来がさ、
うん。
乃木坂が最初オーディションした会場がSME乃木坂ビルなんだって。
あー、そういえばなんか言ってたね。
そうそう、その乃木坂を撮ったんだけど、
うん。
そこに所属してるのがソニーミュージックなんだけど、
うん。
ソニー側は、そのSMEのビルの本社っていうのは六番町にあんのね。
うん。
だから六番町っていうグループ名を提案したんだけど、
うん。
秋元康が乃木坂でっていうのを推したんだって。
え、なんで?
いや、だからそこにセンスを感じない?
あー、六番町ではなくて?
でさ、俺がちょっと深読みかもしんないんだけどさ、
うん。
乃木坂って言ったら乃木マレスケじゃん。
もうこれはあの元々さ、乃木坂っていうのは現地でも言ってたけど幽霊坂だったわけじゃん。
うん。
だから乃木マレスケによってできた名称なわけよ。
うん。
ってことはやっぱり、秋元康さんもさ、乃木坂つけるときに乃木マレスケを連想したと思うんだよ。
うん。
その人だったらギリギリのラインでいけるなっていうのを思ったと思う。
なんだよそれ。
何がいけんだよ。
いやいやいや、だからこれ本当にさ、すごい攻めだと思うんだよ。
だって要は軍人なわけじゃん。
うん。
軍人って日本の近代史では結構タブーな中なんだけど、
うん。
乃木マレスケはギリギリオッケーだね。
あー、でもそうだね、確かにオッケーだね。
なんか近代史を見てて思ったのが、日露戦争までぐらいとかはギリギリオッケーな気がする。
まああれだね、要は二次大戦がダメだからね。
そうそうそう、二次大戦に入る過程がさ、もうそこの軍人とかだったらダメなわけ。
東条秀樹とかアウトだろうね、わかりやすく言うと。
そう、だから東条46ならもうアウトなのよ。
もうあれだね、欅坂がナチス式服着たぐらいな感じで、たぶんブイング飛んじゃう。
そうそうそう、だからすごい乃木坂って、これが靖国通り46でもダメなのよ。
あー、アウトだね。
だって要は乃木マレスケだと欧米とかも人気があるじゃん。
うん。
だからすごいなと思って。
でも確かにそうだね、これがだからさ、東条坂だったら絶対できなかったわけだしね。
それこそ6番丁になってたよ。
そうそう、俺もうなんかそれをね、昨日考えてたら寝れなくなっちゃって。
いやいや、寝たでしょ、普通に。
まあということで、今回は万華編、乃木坂周辺を探索しました、の回でした。
じゃあ今年1年、大人の近代史聞いて下さいましてありがとうございました。
ありがとうございました。いよいよ年を。