実は私、ふぐさしお、押しがいない、いない、いない、いないな言ってきましたが、実はですね、自信を持って人生で最もハマったと言えるものはあるんですよ。
それが、ハードロック&ヘビーメタルですね。 UKテクノも好きなんですけど、高校までは完全なヘビーメタッコだったんですよ。
愛知の田舎で友達とバンドをやったりとか、ヘビーメタばっかり聴いているという生活をしてたんですよ。
高校時代ですね。それ以外にも、ヘビーメタ雑誌を読み漁ったりとか、レンタルCD屋さんで名盤と言われているものを片っ端から借りてきてね、
カセット、MDに録音するっていうことを、四六時中やってましたね。
当時、僕は、これあくまで僕自身はですよ、日本全国でですね、同世代、10代の高校生の同世代の中で日本国内で俺よりもヘビーメタに詳しい奴はいねえだろうっていうぐらいのね、
詳しい奴がいましたがね、という謎の生きり方をしましたね。
完全な黒歴史ですね。当然そんなこともあるはずもないんですけど、メタルってだいたい黒っぽいイメージだからね、黒歴史でもいいんですよっていうね。
当時またネットもありませんでしたからね、周りの状況なんて知る余所もなかったわけですから、お恥ずかしい黒歴史ということもありましたよ。
はい、ということで、今回のスラッシュメタルなんですよ。
来ましたねこれ、何それっていうね、感じの人も多いと思うんですよね。
まさかのヘビーメタルなのか、スラッシュメタルなのかみたいな、メタルってなんだみたいなね、もう一体何がちゃうんだみたいな気になる方もいますよね。
ね、いると思うんですよね。メタルのことが気になるなみたいな人もいると思うんですけどね、はい。
まあ大雑把に言うとですね、ヘビーメタルというね、大きなジャンルに内包されている一つのサブジャンルがスラッシュメタルですね。
ヘビーメタルの一種みたいな感じと思ってもらえればいいかなと思っています。
まあもうヘビメタって言葉がね、もうだいぶ時代を感じますよね。
そんな流行もあったんだぐらい、ちょいと昔話でも聞いてみようかなぐらいのね、緩い感じで聞いていただければなという回となっております。
はい、このスラッシュメタルですね、特徴を一言で言うと、スピードですね。
速さこそ正義。スピード&バイオレンスと、当時世界一速い音楽と言われてたんですよ。
もうまるで中学生が考えたようなコピーですね。他のバンドより少しでも速く、少しでも攻撃的にということを競っていたムーブメントだったんですよね。
あのめっちゃざっくり言ってますけどね、ファンとかオタからするとね、ちょっとね、いろいろ言いたいことは非難されることもあるかもしれないですけどね。
そういう感じだった。スラッシュっていうのは、無知撃つという意味らしいですね。
最近のね、この手の音楽の詳しい人からすると、今聞いてみても、そんなに速くなくない?って思うかもしれないんですね。
それはね、そうなんですね。しょうがないですね。
なんせね、3、40年くらい前の音楽ですからね。
なんですが、歴史の積み重ねってものがあるわけじゃないですか。
彼らの存在があったからこそ、今の若手のバンドで、もっと速いやつらとかが現れたりするわけですよね。
ちょっと老外感が出てきたところで、行きましょうか。
このね、スラッシュメタルというジャンルが生まれたのは、1980年代初頭ですね。
ロックを作り出す、かのビートルズが解散したのが1970年ですからね。
そこから10年足らずで、ロックはここまで行き着いてしまったのかというね、まあ驚きしかないですね。
これね、日本でね、わかりやすいところで言うと、Xジャパンとかですかね。
あれもね、ざっくり言うとスラッシュメタルだと思ってますね、僕はね。
全然ちゃうわっていうね、まあX界隈はちょっと、なかなかね、下手に定義するとね、恐ろしい界隈でもあるんで、ちょっとなかなか難しいんですけど。
まあでもね、定義で見ると、あれも全然スラッシュですよ。
サイレントジェラシーとかね、もうめっちゃ早いじゃないですか。
まああと最近だと、ベビーメタルとかね。
ベビーメタルはですね、もうメタルのテーマパークみたいなもんですから、まあいろんなサブジャンルを学ぶのに最適な教科書でもあるんですよね。
その中にね、スラッシュっぽい曲もありますよね。
シス・アンガーっていう曲とかはね、結構スラッシュっぽいですよね。
もうね、これタイトルがね、完全にメタリカのセイント・アンガーのパロディですからね。
はい、そんなこんなでですね、スラッシュメタルが80年代初頭に生まれてから、もう40年以上経ちますから、いろんな進化を遂げて、現代の音楽史にもいろんな形で馴染んでいってるわけなんですよね。
ね、速さ。速さこそ正義っていうね。
これね、なんとなくイメージつくと思うんですけど、まあ例えばですけど、
何かのロックの曲のテンポをですね、だんだん速めていったとしましょう。
想像してほしいんですけど、まあね、なんか機械的にどんどんテンポを速めていったとすると、途中からわけのわからない曲になりそうじゃないですか。
はい、その通りですね。
はい、当時ね、出始めのスラッシュメタルという音楽を聴いた批評家たちはですね、まさにそんな印象を抱いたわけですよ。
こんなの音楽じゃないと。
単純にね、速ければいいとか、攻撃性だけを追求してるみたいな、そんなもんね、知性の欠片もない音楽だと、まあ偉いね、批判されたわけですよ。
メタリカのね、初期とかをね、とにかくめちゃくちゃ酷評されてたらしいですね。
この批評のせいなのか、後のメガディスのインテレクチュアルメタルとかいうね、またわけのわからないサブジャンルを生み出すっていうことにもなるんですけど、それはまた後ほど言いましょう。
アメリカで生まれたジャンルなんですよね、このスラッシュメタル。
多くのバンドが影響されているのがですね、もともとはイギリスの、例えばダイヤモンドヘッドとか、ベノムっていうバンドでして、その辺にイギリスでムーブメントがちょっと前にあったんですよ。
でね、一部ではスラッシュメタルというジャンルの思想的扱いをされていてますね、この辺のバンドがね。
このベノムのね、セカンドアルバム、ブラックメタルっていうアルバムがあるんですけど、それね、もはやそのままジャンルの名称となっているぐらいの傑作でもありますね、これヤバいですね。
はい、ちょっとこれ余談なんですけど。
そんなね、新しいメタルの潮流がイギリスからアメリカへと渡った結果、1981年に象徴となるグループが誕生します。
メタリカですね。
聞いたことありますか?
知らなくてもね、バンドTシャツとかで知らず知らずのうちに目にしたことあるかもしれないですね。
ロゴとかね、あとパスヘッドのドクロのイラストとかね、見たことある人いると思うんですよね、知らず知らずのうちにね。
まあ、このメタリカですね。
もう偉大で巨大で、もう桁が違うんですよ。
スラッシュという枠を越えて、もうメタルも越えて、ロックの教科書に出てくるレベルですね。
もはやもうビートルズと並ぶぐらいのレベルで、異形を成してきたグループと言っても過言ではないと。
アルバム総売上枚数が世界で1億2千万枚とのことですね。
これはね、全ジャンル、2026年全ジャンルのアーティストとして現在19位、メタル系に絞ると圧倒的に1位とのことですね。
もうね、ちょっとよくわからないというような規模になっておりますと。
そんな感じのバンドが生まれるぐらい巨大なジャンルでもあったんですよね。
そんなスラッシュメタルがまだ生まれたか、生まれていないかぐらいの時からの話をしたいと思います。
そんな時ね、グツグツグツグツと今にもこう生まれそうな熱い若いアメリカのメタラーたちの思いがほとばしってた時代がありましたね。
最初期のターニングポイントが、82年に出たコンピレーションアルバム、メタルまさかですね。
当時ね、メタルキッサーとかでおじさんメタラーたちがこぞって、メタルまさかっていうコンピレーションアルバムが出たんだって、そんなまさかっていうね、鉄板のギャグを決めてたっていうやつですね。
僕は知らないんですよ。これ僕のね、勝手な想像、当時まだ生まれてるけど、子供でしたからね、そんなメタルキッサーとか言ってませんけど。
僕の想像で今喋ってますけど、まあいたでしょうねっていうね。そんなコンピレーションアルバム、メタルまさかに、当時無名のメタリカのヒット・ザ・ライツという曲が収録されたんですね。
彼らまだ10代かな。とにかくね、めっちゃ若い頃ですね。
なんで抜擢されたかっていうと、アルバムを企画していたブライス・レーゲルっていう人と、メタリカのラーズ・ウルリヒがもともと友達だっただけっていうね。
まあだけっていうか、その繋がりもあったからこそっていうのもあると思うんですけどね。
このアルバムが出た時は、まだスラッシュメタルという故障はなかったらしいんですけど、このね、最後に10曲目収録されたメタリカのヒット・ザ・ライツを聞いた流行に敏感なメタルファンたちはですね、「うわぁ、なんだこの速い曲は!」っていうね噂になってたらしいですね。
はい、ここに始まりました。スラッシュメタル。今ようやく始まりましたね。前置きだけで何分喋ってるのかよくわかりませんけれども、こうやって音楽オタクはね、もう歴史とかを語るの楽しくてしょうがないじゃないですかね。はい、いい加減ビッグフォーに迫っていきましょう。
スラッシュメタルビッグフォーの面々はこちら。メタリカ、メガデス、スレイヤー、アンスラックス。もうね、みんな名前がいかついっすね。
なんかわかんないけど、攻撃的な名前しかないですね。メガデスとかね、もうバンドにつけていい名前とは思えないというね、そんなようなね、怖いなぁっていうね、名前がついている面々がビッグフォーとなりますね。
中学校にもし上がりたてのお子様がいらっしゃった時に、そのお子様がですね、スレイヤーのアルバムを手に取っていたとしたら、お母さんひっくり返るレベルということになっておるということになりますね。
あんたそれ返してくださいっていうね、問答無用で怒られるやつという面々となっておりますね。
まあしかしですね、それぞれのバンドがとんでもない名盤を出しまくってますし、音楽の歴史においてでもですね、とんでもないインパクトを残していると、その歴史が面白いの何のということを今日語りたいということになっておるんですよ。
音楽も素晴らしいんですけど、そのバンドの歴史とか編成とか事件とか事故とか、クッソ面白いエピソードが山ほどあるんで、今日はそれをピックアップしていきましょうという回となっているんですね。
はい、まずメタリカ。このバンドがこのジャンルを生み出したと言っても過言ではないですね。
81年結成、4人組で現在もバリバリ活動中と。
現役というどころかですね、モンスターバンドですね。
モンスターバンド過ぎて、23年に出したアルバムのツアーが26年現在もまだ世界で継続中というとんでもないことになってますね。
何年1枚のアルバムで世界中回ってんのかっていうね、そんな恐ろしいモンスターバンドですね。
このバンドの歴史がもうですね、すなわち80年代から90年代の20年間くらいのメタルロック種の歴史とイコールと言っても過言ではない。
まあいや、過言かもしれないけど、それくらいの影響力なんですよ。
とにかく何がすごいって、
ちょっとすいません。
とにかく何がすごいって、
何ですかね、常に新しいジャンルとかムーブメントを己の力で生み出し続けてきたという開拓者ですね。
そして圧倒的王者に君臨し続けてきたバンドなんですよね。
はい、ファーストアルバム、キル・M・オールを発売するんですが、
この当時はですね、さっきも言った通り評論家からですね、えらい評判悪かったですね。
らしいですね。もう知らないですよ、僕。
まだ小学校上がる前なんで、僕知らないですけど。
それが変わったのが、セカンドアルバムのライト・ザ・ライトニングあたりからと言われてますね。
かなり音楽的にも厚み深みが出てきて、曲の展開とかも凝り始めてきて、
あれこれ、メタルこれやばくね?みたいな雰囲気になってきたのが、このセカンドアルバムぐらいらしいんですよ。
スラッシュメタルという言葉がね、定着し始めたのがこの頃と言われてますね。
特にね、このセカンドの1曲目にある、ファイト・ファイヤー・ウィズ・ファイヤーという曲がですね、
スラッシュの定義で言ってるとか、速さを追求するみたいなことを言ってますけど、
まあ、最速ここに極まれると、もうね、速さと重さ、かっこよさが全部詰まった衝撃のオープニング曲となっているわけですよね。
今でもこのアルバム、セカンドアルバムが最高傑作だって言ってるファンもいますね。
この勢いのまま制作された次作、サードアルバム、マスター・オブ・パペッツ。
はい、ここテスト出ますね。基礎教養ですね。
メタル誌に残る禁止等ということでですね、はい、来ました。
まずね、1曲目のバッテリーからね、その縦付けに2曲目、もうシュンって入るんですけど、
2曲目の表題曲のマスター・オブ・パペッツ、そしてですね、これ全部8曲しかないんですけど、
最後の8曲目、ダメージ・インクまでね、圧倒的スピードと伸びしさで、もう一気に駆け抜けていくっていうね。
もう気づいたら聴き終わってるっていうね、もう圧倒されてね。
この傑作がサードアルバム、マスター・オブ・パペッツが出たと。
これでね、うるさかった批評家も完全に黙らせましたね。
86年発表のアルバムですよ。40年前ですね、ちょうどね。
40年前のアルバムなんですけどね、まずね、音の太さやばい。
まあさすがにね、現代はね、現代のバンドだったらもっとリッチでね、太い音の時代になってますけど、
40年前っすよ!
40年前でこの太さ、厚み、やーばいっすね。
そしてまあ当然、曲も氷に凝ってですね、展開も洗練されてると。
もうここでね、かつて知性の欠片もないみたいに言われてた批判は、一切上がることはなくなるという傑作を86年、マスター・オブ・パペッツが出してたんですね。
その後もですね、スッタモンダもあって、91年にですね、自身の名前を冠した5枚目のアルバム、メタリカ、通称ブラックアルバムで新しい時代へと突入していくこととなるということでありますね。
はい、ブラックアルバム来ましたね。
まあ彼らもですね、もうその当時も91年ですね、10年くらいもうやってますから、
スラッシュメタルという故障から脱却を図っていく気分になってきてるんでしょうね、来てたんでしょうね。
そこでですね、まあ速さ、速さ、まあ速さってずっと言ってましたけど、速さを捨てて重くグルーヴを重視した曲作りにガラッと変わっていったんですよね。
で、このアルバムが超度級のヒット作になったんですよね。
全米だけで2000万枚、全世界では35000万枚というね、訳のわからない売れ方をしたと。
2026年現在でも年間だいたい17万枚くらい売れてるらしいんですよ。
35年前のアルバムがですよ、今年も17万枚、まあ今年というか2025年の計算ですけど、17万枚くらい売れてるんですよ、まだ。
これね、ほとんどの他のメタルバンドのニューアルバムよりも売れてるとのことですね。
他のメタルアーティストの波なべっていうね、悲しい35年前の売上にニューアルバムがかなわない、売れてねーよっていうね、波なべということになってますね。
はい、もう当時ですね、まあ僕の中学校の男子生徒の半分くらい聴いてましたね。
メタリカがガンズカっていう時代でしたからね。メタリカの話でね、怖い先輩とも仲良くなるとかあった時代でしたね。
それくらいみんな聴いてて、メタリカの話してましたよ。
お前、ふぐさっしょ、メタリカ詳しいらしいじゃないか。
ジェームスかっこいいよな、あの曲のあそこさー、みたいな感じで、怖い先輩とも話ができたというアルバムですね。
当時ですね、しかも本国アメリカではメタリカとガンズ&ローゼスという当時ね、ロック界の最大の2トップの2大モンスターバンドがですね、組んでスタジアムツアーをやってたっていう、アメリカすげーなビッグだなーっていうね、時代でしたね。
まあ余談ですけど、その辺でこのガンズのボーカルのアクセルとニルバーナのカートコバがめっちゃ喧嘩してて面白かったっていうね、時代でしたね。
はい、という感じでメタル界の覇者となったメタリカはですね、まあその後もまあちょっとすったもんであるけど、まだまだ現役でアルバムを出してたりとかね、世界各国でツアーしたり、元気に活動中ということになってますね。
これもあってね、最近のライブ映像見てたんですけど、おじいちゃんになってましたね。もう彼らも歓励になっているということらしいですね。
ちなみにですね、日本に最後に来たのが2013年らしいですね。
実に13年も来日が果たされていないと。これね、メタリカって今や世界で超度級のスタジアムでツアーをやって満席になるレベルなんですよ。
それぞれの国の最大級レベルのスタジアムが満席なんですよ。毎回6から9万人くらい埋めてるらしいんですよ。
それだけの人気を世界では現在も誇ってるわけですよね。
日本でね、そのキャパやらギャラやらでペイできるのかっていうね、リスクがあるのではと言われてますね。ちょっと細かいことはわかんないですけど、詳しいことは。
仮にですね、東京ドームでやったとして、あそこ4、5万人入ると思うんですけど、東京ドームでやったとして、今の日本で果たして満席になるのかと。
そしてチケットは一体いくらになるのかと。いやこれね、なかなか難しい状況かなあということもあるのかな。この来日が13年もされてないということね。なかなか難しいかもしれないという感じですね。
ちなみにですね、僕ね、1998年くらいかな、それくらいにですね、名古屋のレインボーホールってとこでね、メタリカのライブ見たことあるんですけど、あそこねキャパ1万人くらいなんですよ。もうね、めっちゃ目の前ですよね。今だったら考えらんないですね。
はい、これビッグフォーティーっていうのはね、メタリカだけど今回終わっちゃいそうですね。やっぱりね、メンバーのお話もしたいっすね。これがまあドラマなんすよ。
ファーストアルバムが出る前らへん、まあ結成当初のお話からしていきましょうかね。はい、長くなりそうな予感しますね。まずはボーカル&リズムギターのジェームス・ヘッドフィールドですね。もうね、名前がかっこいいっすよね。
やっぱりね、メタリカといったらこの男というイメージがあるんですよね。あの知らない人にお伝えするとするとしたらですね、ハルク・ホーガンから筋肉取り去ったらジェームス・ヘッドフィールドになったって感じですかね。
ハルク・ホーガンを知らなかったらジェームスを検索した方が早いですね。まあ個人的にはザ・アメリカ人だなーって印象ですね。あくまで個人的なイメージですけどね。はい、メタリカといったらこの人ジェームス・ヘッドフィールド、しかもこの人のダウンピッキングっていうね、最強武器があるんですね。
ジェームスのダウンピッキング。はい、リピートアフターミー。ジェームスのダウンピッキング。いいですね。はい、ギターってね、早い曲になるとオルタネイトっていうね、ピックを上下にして弾くっていうのが普通なんですけど、このジェームスはですね、早い曲でもダウンピッキングですね。いつでもね。
要するに下方向だけのピッキングで弾くっていうね、まあそれによってですね、すごい力強い音になるんですよ。ギターのピッキングのアタックが強くなるんですね。はい、はいじゃないですよね。もうはいじゃないから、まあまあね、もうジェームスのダウンピッキング、あまりにも有名ですね。
一回ね、エアーでもいいのでですね、メタリカの曲聴きながらね、真似してやってみてほしいんですよ。もう絶対腕がつるっていうね。もうね、それくらい早い曲でもずっとイジでもダウンダウンダウンダウンダウンっていうね。はい、というのがジェームスヘッドフィールドですね。
そして、ドラムのラーズウルヒね、この2人が始めたバンドですね、メタリカはね。まあメタリカリーダーとか特にいないんですけど、この2人がメインで曲作ったり、まあ対外的にスポークスマンになったりとかしているという感じですね。
このね、ラーズはですね、もともとテニスプレーヤーを目指してたんですけど、まあなんか挫折してドラム始めてバンド始めたっていうことらしいですね。昔はですね、ライブ中にこうなんか汗が垂れてくるじゃないですか、まあね、あんだけ暑い照明とか会場でやってるから汗が垂れてくる。
防止するために白いヘッドバンドつけてたんですけど、まあこれがですね、テニスプレーヤーの名残を感じて可愛いなって僕思ってましたね。松岡修造みたいなね感じかなって思ってましたね。はい、まあこうそうなんですよ。
で、この2人に加えてですね、はい次来ますよ。ベースのクリフ・バートンというね、ちょっとお兄さんが入ってきますね、ここにね。ジェームスとラーズはね、まあ当時まだまだキッズですからやんちゃなんですけど、クリフというねお兄さんがいることによって収めてくれるっていうね、まあ落ち着いた人がいてくれて助かるなっていうね。
こういう人ね、メンバーに1人でもいると大事ですよね。しかもですね、このクリフ・バートン、なんとベースの天才だということで、当時から地元ではかなり有名な人だったらしいですね。
ベースのジミーヘンドリックスだって言われてたくらい天才的だったらしいんですよ。僕もですね、クリフはやっぱり現役で見れてないので、あくまで伝え聞く話ということで今お話ししてますね。
しかも、メタラーには珍しくベルボトムのジーンズを履いて、背もデカいんですよクリフ。バカデカい手でゴリゴリベースを弾くっていうね、姿がとてもかっこいいというね。そんなね、最強ベーシストが加入して、またバンドのクオリティが一段ぐっと上がっていくっていうね。
こういう天下とるバンドあるあると言いますかね。周りにいる最強って言われてるメンバーをいかにしてうちのバンドに誘うか入れるかみたいな。そして今いるベーシストをどうやってクビにするかみたいなね。そういうね、あるあるじゃないですか。つらいですね。そういうの聞いてるとね。
昔の話なんてもうわかんないですけどね。そして来ました。もう一人の最重要人物ですね。当時のリードギタリストであるデイブ・ムステインですね。出ましたね。スラッシュメタル界の最重要人物がここに来て出ました。デイブ・ムステイン。日本ではなぜか大佐って言われてますね。
はい、このムステイン大佐を加えて4人のグループだったんですよ。ファースト直前ぐらいまでね。もうね、この4人全員が重要人物すぎますね。もうヤバいメンバーですね。
このね、ムステイン大佐も天才的だと言われててですね、まあ逸話があるんですけど、当時ね若かりし頃のスレイヤーのギタリストケリー・キングがですね、メタリカのライブステージを見に行ったらしいんですね。そしたらですね、ムステインが目の前にいて、もうあさっての方向を見ながらとんでもないリードギターを弾いてて、もう腰抜かしたって言ってましたね。
あのこれ、ある種こう普通のエピソードに聞こえるかもしれないんですけど、これを言ってるのがあのケリー・キングですよ。スラッシュメタル界で一番怖そうな見た目してる人ですね。もうほぼプロレスラーじゃんみたいな。そんなケリー・キングがですね、ケリー・キングですらですよ。
もうムステイン大佐にはビビったって言ってるっていうね。いやすごいですね。ちなみにこの話ロック藤山っていうね、僕の大好きな番組でされてるんで概要欄にリンク貼っておきますね。
はい、このムステイン大佐はですね、曲作りでも多彩ででしてね、メタリカのファーストアルバムからセカンドのちょっとくらいまで彼が関わった曲がたくさん入ってるんですね。初期の名曲は結構ムステインが関わってる曲が多いと。
なんですけど、このムステイン大佐、かなりの問題児だったらしいですよね。もう伝説は死ぬほどあるんですよ。まあとにかく酒癖がやばかったりですね、あとはいろいろとお酔いになられてたという感じ。結構な時にほぼほぼ命定状態だったという感じだったらしいですね。
まあいろんなエピソードはね、もう死ぬほどあるんですけど、例えばムステイン大佐が当時連れてた犬がですね、犬がいるんですけど、この犬がですね、他メンバーの車を傷つけちゃって、その犬をジームスかなんかが蹴ったのかな?
なんかしたら、当然ムステイン大佐が怒って殴り合いになって、ジェームスがお前なんかクビだって言って、その後ムステイン大佐が泣きながら、ごめんやめたくないです、ごめんなさいって謝りに来るとかね。まあいろいろある。
あとは本当気が荒かったらしくてですね、一説によるとマフィアにもね、ガチのマフィアにも臆さず喧嘩を売りに行くっていうことをしてたらしいですね。他のメンバーがこのままだと俺たちが殺されるんじゃないかみたいに、もうビビりまくってて、まあちょっとこりゃなかなかこいつやべえなっていうのでクビにしたっていう話もありますね。
これもはやどっちがマフィアかわかんないくらい怖い話ですね。
はい、という感じでファーストアルバムのレコーディング直前なのかな、それぐらいのタイミングで他のメンバーで話し合いが行われまして、もうクビと突然ですね、当時レコーディング準備をしてたニューヨークからサンフランシスコまで当日の朝言われてバスで帰れって言われたらしいですね。
ここが歴史の分岐点です。パラレルワールドがあったらここから分岐しますね。スラッシュメタル界の分岐が今起きてます、今まさに。
当時その場にいたアンスラックスのスコットイアンがですね、メタリカのベーシストのクリフからデイブをクビにしたって聞いたらしいんですよ。
このスコットイアン最初はね冗談だと思ったらしいんですよね。デイブがいなくなったらメタリカのレコーディングどうするんだって。曲だってねデイブがたくさん書いてるじゃないかってね、冗談かなと思って聞いたらしいんですけど、マジだったというね。
後年ですね、スコットイアンがその時のことを語っているインタビューがあるんですよね。
まああの時はね、まあいろんなことあったり、まあ確かにデイブの気持ちもわかるし、メタリカ側の気持ちもわかるしみたいなことを言ってたんですけど、そのね、やっぱりメタリカのファーストとかセカンドの曲の多くはデイブ・ムステインが書いてると。
あいつは間違いなくスラッシュメタルの生みの親だと、スコットイアンがおっしゃってますね。
はい、こういう話ね、まあ後から聞くとね、ファンは胸アツなんですけどね。
当時のね、他のメタリカのメンバーからしたら、もうどうしようもねーなーって感じだったんでしょうね。
はい、というね、歴史の分岐点が今ここで起こったわけですけれども、トウモのね、クビにされたムステインは、まあ当たり前ですけど、とてつもないショックを受けたと、もうずーっと言ってますね。
裏切られたっていうね、もうすごい衝動に囚われるわけですよ。
親の死に目よりも辛かったって言ってるくらいなんですね。
そして復讐の気持ちに火がついてしまうわけですよ。
俺が絶対あいつらよりすげーバンドを作ってやるよと。
インヤムフの感情がやばいですね。
そしてそのメタリカを解雇されたデイブムステインが作ったバンド、それがメガデスと。
はい、来ました、メガデス。
ビッグフォーの一角であるメガデス。
このバンドは元々メタリカのメンバーだったデイブムステインが作ったバンドなんですね。
もうね、こっからのムステイン大佐の生きる糧は怒りと復讐ですよ。
打倒メタリカ、やばいですね。
まあね、そんな話はメガデスの方で続きをお話ししたいと思います。
メタリカ、長いですね。
一回で全部ビッグフォー話せんなということで、心の中では全編公平に分けたいなと思いながら話している最中ですね。
はい、メタリカ、まだもうちょっとだけ続きます。
ムステイン大佐をクビにして、リードギターを新しく募集せなあかんとなったメタリカですね。
いろいろとオーディションをして決まったのが現在もおりますカークハメットさんですね。
当時このビッグフォーに続くくらいに人気を誇っていたエクソダスというスラッシュメタルのバンドの創立メンバーだったんですね。
まあそのあたりもですね、やっぱりこういいバンドからうまいやつをうちに入れたいっていうね。
そういうね、バンド立ち上げ初期の面白いお話の鉄板ですよね。
この方ですね、カークハメットさんですね、ギターも当然うまいんですけど、全く別の方向でも話題になっている人ですね。
もう不老不死ではという一部の界隈で言われてますね。
不老不死ではと。
あのね、これ海外でもね、たまに話題になっててね、面白いんですけど。
80年代の時のカークハメットの写真と現在の写真を比べて、ほとんど変わってないっていうね。
もう彼は不老不死ではっていうね。
盛り上がってる、いじられてると言ってもいいかもしれないですね。
多分ね、普通に客観的に見たら、いやまあまあまあ変わってないわけじゃなくて、年相になってる気はするんですけど。
確かにね、髪型とか体型とかほぼ変わってないですからね。
他のメンバーに比べて、もう年取ったなっていう印象はやっぱり薄いですね。
今回色々調べて発掘したんですけど、ローリングストーンズ氏のインタビューでですね、カークハメットが言ってたんですけど。
若さの一欠は?みたいな、ローリングストーンズ氏からインタビューされてるのにカークハメットが答えてたのが、
メタルやってると若くなるんだよっていうね、謎の発言をしてましたね。
若くなるのかもしれないですね。
アンチエイジングを考えてる人は、メタルをやるといいという実例がカークハメットさんかもしれないですね。
そんなオーディションを経て、カークハメットさんになったわけですけど。
そのオーディションの時にですね、実は日本人ギタリストの高崎明にも声がかかっていたという有名な逸話もありますよね。
高崎明といえば、ラウドネスというね、バンドの日本メタルカのギターゴッドですね。
なんですけど、彼がもしメタリカに入っていたらどうなっていたのかっていうね、
イフの世界がやっぱり気になりますよね。
こういうね、メタラーが酒場に集まった時の盛り上がる鉄板ネタの一つですね。
はい、そんな感じで最強メンバーが集まってバリバリと人気を確実なものとしていたんですよね。
ですが、いい時もあれば悪い時もある。
長いことをやっていれば色々とあると。
先ほども言いましたが、最強の3rdアルバムマスターオブパペッツのヨーロッパツアーの最中、
メンバーを乗せたバスがスリップ事故を起こし、そこでベースのクリフ・バートンが亡くなってしまうという事故が起きます。
ベース界の地味変と言われる程の天才、そしてやんちゃな他のメンバーをまとめていた気の良いお兄さんの彼が亡くなった事は当たり前ですけど、
他のメンバーにとってかなりのショックとなったわけですよね。
大きなニュースとなったらしいですね、当時ね。
ここでもね、やっぱりイフの世界を想像しますよね。
もしクリフが生きていたなら、メタリカはその後どんなバンドになっていたのか、
もっと音楽的に進化して大きなバンドとなっていたのか、
逆にここまでビックリになってなかったのかもしれない、なんてことを想像させるくらい大きな存在を失うわけですよね。
今でもね、メタルファンの間ではクリフの話題が出るくらいの存在がこの年に亡くなってしまうという事故があったわけですね。
でもですね、当時メタリカは勢いがありましたから、走り出したら止まらない。
そんなメタリカでしたから、すぐさま新しいベースのオーディションを開始することとなるわけですよね。
そこで決まったのが、2代目ベーシストのジェイソン・ニューステッドでしたね。
このジェイソン、いい奴なんですよ。
そしてイケメン、かっこいい。
もう彼ね、メタリカの大ファンだったわけですよね。
そしてこのオーディションに向けて、もう5日間くらいほぼ寝ずに練習しまくったらしいんですね。
だからこそ加入が決まった時にね、大喜びしちゃったらしいんですよね。
自分が世界一が好きなバンドに加入が決まったっていうね、他のメンバーの前で大興奮したらしいんですよ。
気持ちわかりますよね、当然ね。
ジェイソン、いい奴なんですよね。
ただね、他のメンバーからしたら、まだクリフがなくなって、そんなに時間が経ってない時だったわけですよ。
引きずってますから、そんなテンションがないと。
ということでですね、ジェイソン・ニューステッドと他のメンバーとの間に温度差が生まれてしまうわけですよ。
これはね、どっちもわかりますよね、気持ちね。
想像するとね、ジェイソンもね、世界一好きなバンドに加入が決まったわけだから、それは嬉しいですよね。
ただね、クリフがなくなったばかりでしたから、ジェイソンもね、もうちょっと空気を読んでもよかったかもなって、今となっては他人事化すると思いますよね。
そしてですね、そんなこともあって、ここからですね、メタリカハイスクール第2部、演出編が始まりますね。
ハイスクールうちになってないですけど。
他のメンバーもですね、気持ちの整理がつかずですね、ジェイソンへのいじめ、ハラスメントが始まってしまうんですね。
いやー、なんだかさ、人間に集まれば色々とあるなあ、というね、ことを思いますよね。
まあですね、新加入メンバージェイソンですね。
本当にね、まあ色々あったらしいですよ。
例えばね、ジェイソンが寝ているマットレスごとひっくり返すみたいなね、もう子供なのかみたいなね、そんなこともあるんですけどね。
まあ決定的なのがですね、ジェイソンが加入してから最初のアルバム、4枚目のアルバムですね。
アンドジャスティスフォーオールで、このベースの音がほぼほぼ聞こえないくらいまで小さくされてしまうっていうね、まあなんとも言えない状態で発売されているわけですよ。
あれこれ、ジェイソン本当に弾いてるみたいなね、いるみたいな、それくらい聞こえない状態で発売されているわけなんですよ。
メタリカみたいなヒビーな音楽のジャンルには、ベースの低音ってかなり重要なわけじゃないですか。
それにも関わらず、ベースの音を限りなく小さくするっていうね、もうなんやら子供かよみたいなね、そういう扱いをジェイソンはされてしまうわけですよ。
言ってもこれ、自分たちの作品でもあるわけじゃないですか。だからそれとこれは別野郎って思いません?
まあでもね、起きてしまったわけですね。当時のね、なんとも言えない空気が想像されて辛いですね。このアルバム聞くとね。
まあ当然ですけど、これね、ジェイソンのいじめのためにベースの音を小さくしたとは一言も言われてないですよ。
なんでね、僕たちに真実はわからないんですけど、当時の関係性を知るとどうしても邪推してしまうわけですね。
まあその後ですね、ジェイソンニューステッドですね、2001年に脱退すると、14年よく頑張ったと。お疲れ様でしたね。
そして新ベーシスト3代目ですね、ロバードトゥルージオ、トゥイジーロが加入して、26年現在も元気に活動中という感じ。急にはしょりましたけど、2026年も頑張ってますという感じですね。
もう彼らもですね、歓励を告げてますね。でもまだまだ最前線にやってくれてるのは嬉しいじゃないですか。
バンドなんてこう、いつどうなるかわかりませんからね。まさに推しは推せるうちに推せっていうやつですよね。
もうね、人間周りに色々ありすぎてそっちに力入っちゃって、音楽的なことほぼほぼ言ってないっていうね。
まあ速さ速さって言ってきましたけど、彼らの曲をいざ聴いてみると意外とね、ミドルテンポやバラードも多いなって思うんじゃないでしょうかね。
それも彼らの魅力なんですよね。ミドルテンポの重さっていうところに重点を置いてたり、曲の構成、ある意味プログレっぽい展開があったりっていうのも、ただただ速さを追求しただけじゃねえぞっていうね、意気込みを彼らから感じるのがいいんですよね。
まあね、まずどれから聴こうかっていうのもね、なかなかお勧め難しいんですけど、当然名盤もたくさんありますし、あとね、時代によって結構テイストや音作りも変わってきてね、まあ面白いんですけど、一番いいのはですね、やっぱりライブ映像を見ることですね。
彼らもね、やっぱりライブの時のテンションがすさまじいんですよ。本当に。あのですね、まあ何から映像を見てっていうのも難しいです。
ファンの間でね、人気投票1位になったライブ映像があって、それがですね、ライブシットビンジ&パージーっていうですね、89年のシアトルでやったライブ映像なんですね。
これね、ただね、手に入れるのが難しい。あとね、公式YouTubeには上がってないんですよね。なので、見るっていうのはなかなか難しいです。で、正式に、公式にですね、DVDもほぼ手に入らないポイントでなかなか難しいんですけど、ただただ一旦YouTubeで検索していただくとですね、
まあちょっとあの僕の口から何とも言えないんですけど、なんかよくわかんないんですけど、ちょっとわかんないんですけど、なんか出てくるかもしれないので、ここからも自己責任で一旦見てくださいで、というね。
これもですね、まあ89年、油乗りまくってた時ですね、もうね、テンションえげつないですね。これぞメタルのトップバンドのライブだっていうね、
もうまるで格闘技見た後の興奮かってくらいね、もうちわけ肉踊るぐらいのね、テンション感じる素晴らしいライブなんですよ。まあね、そんな映像もありますね。あとね、これ個人的に一番見まくってたのがですね、カンニングスタンツっていうね、98年のライブなんですけど、これも公式にはないですね。
まあちょっと検索するかしないか個人個人お任せしますね。ということで一番おすすめしたいのが、1991年のモスクワでのライブですね。一番最初見るとしたらまずこれがおすすめかなっていうね。
もう全ての桁違いさに腰抜かすと思いますよって言ったんですけど、ちょっとまあ今ね調べたんですけど、これも公式はないね。もうね、各自ライブ映像はちょっと自己責任で調べていただくしかないっていうね。
まあメタリカ、モスクワで検索していただければすぐ出てくるんですけど、1991年にですね、モスクワで開催されたモンスターズオブロックというフェスにメタリカが出演した時のライブ映像なんですね。
1991年のロシアってどういう状況でしたか?冷戦が終わったばかりなんですよ。ソ連がまだあった。崩壊する直前だったんですね。ロシアにまだなってなかった。このフェスの3ヶ月後にソ連崩壊となったようですね。
そんなギリギリの空気感の時に、西側のアーティストが東側にライブしに行くわけですよ。ヤバくないですか?てかアーティスト側怖くないですか?何が起こるかわかんないじゃないですか。まあでもねこのソ連国民もねロックに飢えてるわけですよ。
まあそもそもロックとかメタルってこう西側のカルチャーですからそういう音楽とかねロシア国内ソ連国内でそうそう手に入らなかった時代だったんですよね。その時に当然ですけど海外アーティストのライブなんか見たことある人なんかほぼいないわけですよ。そこにですね当時のロック界メタル界のトップアーティストが集ってライブするフェスするってなったらそりゃあね国民ロシア国民行きたいですよね。
何人集まったと思います?160万人ですね。途方もないですね。人類史上最大のライブの一つと言われてますね。これね映像を見てもらうとですねまずビビるのが人がどこまでいるのか霞んで見えないっていうくらいいるんですよ。もうねもう奥底向こう側にいるのが山なのか人なのかっていうねわかんないくらいまで向こうまで人がいるんですね。
でねまあこんな人が集まってますから当時のソ連でもうね軍人さんたちがですねたくさん警備にあたるわけなんですけどもうねやはりね軍人さんも人のほう途中から客と一緒になって盛り上がったりするっていうのがかわいいですね。
まあその後この軍人さんがどうなったっていうのはちょっとよくわかりませんね。恐ろしいなということでまずはメタリカモスクワで検索して一回見てほしいですね。
このねまあ今回のこのボッドキャストの収録前にテンション上げようと思ってねこのモスクワのライブ動画見てたんですけどねもうね最後のバッテリーっていう曲これ僕がメタリカの中で一番好きな曲なんですけどこれね彼らの中でバッテリーって曲をやってきた彼らの中でベストアクトではっていうくらいねもうすごいテンションでもう全身全霊をかけて演奏しましたね。
メンバー全員のゾーンに入ってるくらいエネルギーが全身から爆発的に発散されてるっていうねやばい演奏でしたね。もう鼻血出るかもしれない。本当にヤバい。このねこのライブ見るとメタリカとかメタルとかもう全く興味ない人知識ない人好きとか嫌いとかねもう関係ないですね。
この映像を見たらとにかくなんだかわかんないけどえげつないエネルギーが渦巻いてるなっていうことだけどですね。なんかこのDNAレベルで問答無用に伝わってくるっていうねそれくらいのね。すごいんですよ。本当に本当に。
いい加減そろそろ終わりましょうかね。前編がですねただのメタリカ回となるっていうねビッグ4中のビッグ1しか語ってないんですよね。後編をね来週お届けしたいんですけど残りビッグ3を語り切れるのか心配ではありますがまた来週お会いしましょう。