すべての始まりは、1999年9月、ハワイホノルル沖でした。
クルーザーに乗って登場し、世界中に嵐を巻き起こすと高らかに宣言した5人の少年たち。
デビュー曲嵐は、バレーボール世界大会のイメージソングにも起用され、いきなり97万枚を超える大ヒットを記録しました。
私はこの頃小学生だったんですが、嵐が大好きでファンクラブにも入っていたんです。
特に私はオード君推しでした。
コンサートにも何回か行ったことがあって、内輪やペンライトをお年玉で買ったり、ポスターを部屋に貼ったりしていましたね。
最近、嵐の初期の頃のグッズがものすごいプレミアが付いているという噂を聞いて、今度実家に帰った時にクローゼットの中をチェックしてみようと思っています。
さて、そんなことは置いておいて、花々しいデビューを飾った嵐ですが、ここからが彼らの本当の戦いだったと言えるでしょう。
実はデビュー直後の花々しさとは裏腹に、2000年代前半、嵐は冬の時代と呼ばれる長く苦しい停滞期を経験します。
CDの売り上げが思うように伸びない。
深夜番組での大当たりのロケ。
個々の活動での模索。
当時の彼らはスマップやトキオといった偉大な先輩たちの背中を追いながら、自分たちらしさとは何かをもがきながら探していた時期でした。
特に2004年頃は本当に苦しい時期だったとメンバー自身も後に語っています。
でも私が経営者として、そして一人のファンとして注目したいのは、この冬の時代こそが、今の嵐の強固な土台を作ったのではないかという点です。
逆境の中で、彼らは誰か一人が飛び抜けるのではなく、5人でいることを選びました。
リーダーの大野さとしさん、知性派の櫻井翔さん、ムードメーカーの相場まさきさん、演技派の二宮和成さん、そして演出の松本純さん。
5人がそれぞれの役割を全うし、その経験をグループに持ち帰る。
その瞬間がファンとの間に、この5人なら大丈夫という信頼関係、いわゆるチーム嵐としての絆を育んでいったのではないでしょうか。
そして2007年、松本純さん主演のドラマ、花より団子2の主題歌、ラブソースイートのヒットをきっかけに、彼らは再び上昇気流になります。
そこからの快進撃は、皆さんもよくご存知の通りです。
2008年には、アーティストの聖地、国立競技場での単独コンサートを成功させ、明日共に国民的アイドルへと駆け上がっていきました。
その人気ぶりは数字にも現れています。
例えば、2018年から19年にかけて行われた20周年記念ツアー、5×20は、なんと全50公演で延べ237万5000人を動員。
これは日本のコンサート史に残る金字塔と言えるでしょう。
日本一チケットが入手困難と言われ、公式ファンクラブ会員数は最大で約300万人とも言われました。
老若男女誰もが知る存在。
平成から令和へ、彼らは間違いなく時代のトップランナーだったと言えます。
さて、ここで少し視点を変えて、ビジネスやマーケティングの側面から、なぜ嵐はここまで愛されたのかを分析してみたいと思います。
私は仕事柄、演出や技術の視点で見るんですが、嵐、特に松本純さんがコンサート演出で成し遂げたことは、アイドル業界の構造そのものに大きな影響を与えたと言っても過言ではないかもしれません。
彼らが残した革命、その一つ目は2005年に登場したムービングステージです。
これ、今では多くのドームコンサートで当たり前になっていますが、当時は衝撃的でした。
ステージそのものが透明なアクリル板でできていて、それがアリーナ席のお客さんの頭上を移動して、スタンド席の目の前までやってくるんです。
これの何がすごいか分かります?
それまで、ドームやスタジアムのコンサートには、どうしても良い席と悪い席という格差がありました。
後ろの席の人は、豆粒のようなアイドルを双眼鏡で見るしかなかった。
でもムービングステージは、物理的にアイドルの方からファンの元へ近づいていくんです。
一番遠い席を一番厚い席にする。
この発想の転換が、巨大な会場でも置いてけぼりにしないという嵐のスタンスを象徴しているように思います。
そして2つ目の革命が、2014年頃から本格導入された制御型ペンライトフリフラです。
これは、主催者側が無線でペンライトの色や点滅をコントロールできるシステムです。
例えば、会場の5万人のペンライトが一斉に曲に合わせて青になり、赤になり、文字を描き出す。
その瞬間、ファンは単なる観客ではなく、演出の一部、美しい景色を一緒に作るキャストになるんです。
自分の持っている光が嵐のパフォーマンスを支えている、この参加しているという没入感がファン心理を崇拝からチームの一員へと変化させたのではないでしょうか。
嵐はテクノロジーを使って物理的な距離を埋め、心理的な一体感を作り出すことに長けていたと言えるでしょう。
さらにメディア戦略も巧妙でした。
24時間テレビのメインパーソナリティを史上最多の5回も務め、お茶の間に社会に貢献するアイドルとしての姿を定着させました。
また、2019年にはそれまで慎重だったインターネット解禁を断行。
YouTube、Twitter、インスタグラム、TikTok、そして全シングルのサブスク解禁。
これは、来るべき活動休止期間中もファンが寂しくないように、そして自分たちの音楽をアーカイブとして世界中に残すための一つのデジタルトランスメーション、DXの形だったと言えるかもしれません。
しかし、そんな彼らの完璧な計画を狂わせたのが、2020年の新型コロナウイルスでした。
最近公演の中止、そして何より新国立競技場でのラストライブは無観客での開催を余儀なくされました。
アラフェス2020、画面越しに見た無人の客席に向かって手を振る5人の姿。
最新鋭のAR技術で観客を再現していましたが、メンバーの目にはやはり悔しさが滲んでいたように私には見えました。
ファンの前で直接感謝を伝えたかった。
このやり残したこと、いわば未完のエンディングこそが、今回の2026年のラストツアーへと繋がる大きな原動力になったのではないでしょうか。
そして迎えた2025年5月6日、ファンクラブサイトに公開された動画で、彼らは2026年春にコンサートツアーを開催し、そのツアーをもって嵐としての活動を終了すると発表しました。
ここで注目したいのは、彼らが解散という言葉を使わず、活動終了という表現を選んだことです。
ファンからは、解散じゃなくて活動終了って言ってくれてありがとう、嵐はなくならないんだよね、というアンドの声も上がりました。
しかし技術上の完結といえます。
2024年に設立した株式会社嵐を通じて、彼らは自分たちの身体を自分たちの意思で決定しました。
これは日本の芸能史において、アイドルが自立した大人として自らの幕引きをデザインした、稀有なケースとも言えるかもしれません。
リーダーの大野さんが、自由な生活を望み、他のメンバーもそれぞれの人生を歩む中で、活動休止という曖昧な状態を続けることが誠実ではない、そう考えた末の美学としての決断だったのではないでしょうか。
ビジネス的に見れば、嵐という巨大IPの終了は大きな損失です。
しかし彼らは、経済的な利益よりも嵐というブランドの尊厳とファンとの約束を守ることを選んだ。
この誠実さこそが、最後まで彼らが国民的であり続けた理由の一つではないでしょうか。
では、2026年5月31日、嵐が去った後、私たちの推し活はどうなるのでしょうか。
嵐ロスは避けられないことかもしれません。
しかし私はここに、新しい推し活の未来へのヒントがあると考えています。
まず一つ目は、アーカイブ推しの定着です。
新しい活動がなくなっても、彼らが残した楽曲、映像、SNSの記録はクラウド上に残り続けます。
解散発表後、代表曲ラブソースイートのストリーミング再生数が2億回を突破したように、過去のコンテンツを深く味わい、語り継ぐスタイルが主流になるのかもしれません。
これは単なる解雇趣味ではありません。文化遺産の継承に近い感覚かもしれません。
20年後、30年後に生まれた子供たちがサブスクで嵐に出会い、昔こんなすごいグループがいたんだとファンになる、そんな未来が訪れる可能性は十分にありそうです。
実は私も高校生の時に同じような経験をしたことがありました。
私は元々バンドマンだったんですが、XジャパンのhideさんのライブDVDを見て、すごくクリエイティブでハマってしまったんです。
その頃にはもうhideさんは亡くなっていたんですが、明日にでも新曲がリリースされるんじゃないかと思うほど色褪せない楽曲や、今でも古さを全く感じないライブ演出にとても影響を受けました。
きっとこれから嵐の楽曲やコンサートを見て、私と同じように思う若い世代が来るのかもしれませんね。話を戻しましょう。
2つ目はソロ推しと思い出シェア型の推し数のハイブリッドです。
二宮さんの映画、桜井さんのキャスター、相場さんのバラエティ、松本さんの演出、それぞれの個人を応援しながら記念日にはファン同士が集まって嵐を懐かしむ。
9月15日の結成日や11月3日のデビュー日にはSNSでハッシュタグ嵐記念日がトレンド入りしてファンが自主的にイベントを行う。
公式の供給が止まってもファンの創造性によって嵐は生き続けていくのかもしれません。
そして3つ目はアイドルを応援する市場が分散化し多様化してきているという点です。
嵐という大きな存在が活動を休止した後、一つのグループに多くの人が集中していた時代から、それぞれの好みに合ったグループを応援するような流れに変わってきました。
誰もが知っている国民的スターが活躍する時代から、様々なジャンルやスタイルでそれぞれのファンに愛されるグループが次々と登場する時代になったのだと思います。
例えば以前この番組でも取り上げたスノーマン、彼らは今一番嵐のポジションに近い存在なのかもしれませんね。
そしてさらに次の世代のグループが嵐が築いてきた土台の上に新しい活躍の形を広げていくのではないでしょうか。
今日は嵐の解散と新しい推し活というテーマでお話ししてきました。
ハワイの海から始まった5人の四半世紀以上の旅路は、2026年にとうとう完結の時を迎えます。
彼らは私たちに教えてくれたような気がします。
アイドルとは単に歌って踊るだけの存在ではない、人生をかけてファンと共に一つの巨大な夢を見せてくれる伴奏者なのだと。
寂しくないと言えば嘘になりますよね。
5人で嵐という言葉の重みを私たちは今、つっかいほど感じています。
でも彼らが残してくれた数え切れないほどの楽曲と景色と言葉たちは、これからも私たちの背中を押し続けてくれると信じています。
5月31日までの残り少ない日々を、そしてその先に続くそれぞれのメンバーの人生を全力で応援していきましょう。
それこそが彼らが私たちに望んでいる新しい推し活の形であり、私たちファンができる最大の恩返しなのだと思います。
あなたの心の中にある嵐との思い出、ぜひハッシュタグ推し活未来研究所で聞かせてください。
それでは次回の推し活未来研究所でまたお会いしましょう。
ここまでのお相手は株式会社カザオリの矢澤彩乃でした。