今もかもしれないけど、
やっぱり直されます。
教員が使ってると。
先生は使っちゃダメよって。
カタンとかふざけて使ってたらまた別かもしれないけど。
ふざけてないんだけど僕はね。
ふざけてないよね。
大真面目に使いたいので。
だけどなんだっけな、
私大阪に住んでたのもあったし、
あれは親が三重出身だったから、
いろいろ影響あったのかもしれないけど、
1,2,3,4,5,6,7,8って言っちゃうんですよ。
7,8?
7なんでしょ?あれ?7が正しい?
7って言っちゃうの。
扁平方の日って言っちゃうんですよ。
江戸っ子みたいですね。
母は東京なんですけど、
日って言っちゃう癖がついてて、
逆か。
いやいや合ってる。
日の出を死の出って言うんですよね。
逆か。
逆ですね、だからね。
死と日を。
そう。で、やっぱり低学年とか教えてた時に、
授業観察とかで校長先生とかに見てもらうじゃないですか。
で、終わった後の指導の時に、
木月さん、7って言っちゃうんだけど、
七だからねって。
自分も気づいてなかったのに。
そう。
そういうのありました。
正しい日本語を使えないとダメだなって。
俺もう絶対できない。
教員になってからじゃないですけど、
小学校6年の時に大阪から岐阜に転校したんです。
で、卒業式の時に一言スピーチみたいなのがあって、
何々になりたいですみたいな。
で、大阪から行ったから語尾が上がっちゃう?
何とかなんです?みたいな。
今も上がった?
それは上がっていいと思います。
問いかけだからね。
すごくその時の谷野先生に語尾を上げないって怒られて。
それはなんか言葉ハラスメントじゃないですか。
上げないってすごい指導されたのを覚えてて、
でも自分では意識がなかったから。
今はもうね。
ローカルなものね。
今はダメでしょ?
個性よ。
そういう時代だった。
子供の言葉を使おうとするとちょっと滑るみたいなのってあるじゃないですか。
使いたいけどね。
僕が覚えてるのは、
自分が小学校2年生くらいの時に家族で北海道に引っ越したんですけど一時期。
その時に北海道って協調でナマラって使うんですよね。
ナマラすごいとかナマラいいねとかそういうのを。
で、それを子供、我々もすぐナマラって使うようになって。
で、それを聞いた母親がナマラっていいなと思って。
PTAかなんかの親が文章寄せるようなコーナーにナマラなんとかみたいな感じでちょっと書いたら、
大人はナマラってあんまり言わないんですよみたいな風に言われたみたいで。
あんまりね、そういう使い方あんまりしないんだよな。文章とかにもしないしみたいな風に言われて。
すごい恥ずかしかったみたいなことを言ってて。
知事さんと同じタイプだったね、お母さんと。
いいんだよ。それはとてもチャンスだった。
使いたかったみたいで。
使うよ。使いたいよ。
あらあげは懺悔って言いたいし。
流行り言葉じゃないけど、でもその地域の土着の言葉ってやっぱ大事でさ。
使いたいのあるよね。
あるある。だからなんかね、僕は今日その言葉、流行語っていう言葉の話だとすると、
だから理科の授業でもその言葉を僕は作っちゃうのね。
それこそみんなで見つけたこととか、これってなんとかって名付けちゃおうとかって言って流行り言葉にしちゃう。
だからこの間4年生でやった、白皿柔らかんって子供がつけたからサラサラの砂のことを、
白皿柔らかんとかって言うわけ。めっちゃ流行って。
これ白皿、今でも言ってるもん。雨降ったら白皿柔らかんできるとか、ちゃんと言うわけ。
だからそういう流行らせ側になるっていうか。
だから使えないというか。
そうそうコピーライター的なね。
僕ちょっと頭で考えすぎちゃってるんだけど、でもそうやってなんか子供の中にやっぱ共通の言葉とか、
オフィシャルじゃない部分の言葉ってすごいいいなと思うし。
そうね。そのメンバーだけが使える言葉ってね。
で、白皿柔らかで何言ってたら実は教えてあげるよみたいな感じで子供が言ってるときに面白いし、
なんかそういう自分の型を持ってるっていうのって、なんかその集団も活性化するし、
なんかその周りの子たちもちょっと楽しそうに寄ってくるし、そういうパワーを持ってるなと思って。
だから流行語って別に世間一般の流行語じゃなくても、流行るってそういう伝染するってすごいパワーを持ってない?
そういう風なことって僕はどんどん利用したいし、自分もなんなら生洗って言いたいし、
そこに入りたいっていうかね。チケットのような感じがするんだよね。
だからそうやって流行る、流行らせるとかね、このマジカルなことを教育が止めようなんて何を言ってるんだっていう。
子供が、でもわかんない言葉使ってたりもします?
わかんない言葉… そういうのはないですか?
でも子供からなんか入ってくるのはあります。さっき話したときに思い出したのが草。最近だと草って言います。
草ね。 草ってなんだみたいな。 ネットスラングですよね。
草言ってる。でも知らなかったから観察するよね。どういうときに使ってんだ。草ってどういう意味だって。
子供から入ってくる方が多いかもしれない。知っててそれ使ってるなっていうよりも、子供たちが何か言ってるのを聞いて、それはなんだ、今流行ってるやつかと思って。
草はでもそうですよね。 でも子供が言ってるのだからね、そういうときに教師としては揺るがせたいんだよね。
どういうことですか?
草をどう使ってるのかっていうのをね、本当に子供が自分のものにしてるのかっていうのを、だから僕は間違ったことを言ったりするわけよ。
それは草じゃないって。 草が生えすぎて草とか。
いやそれは草、先生今どっちで言ったの?みたいな。草が生えすぎて草。なんなら博多弁なら草っていうのは違う意味もあるから。色々あるから。草が生えすぎて草と言ったらもう意味がわかんない。
なんならおばあちゃんが博多に住んでたりすると、博多弁?博多弁?みたいな。そういう、どっちだと思う?とか言って。草が生えすぎて草は。
まあなんか草生えるって言いますからね。 草が、え?どっち?草が生えてるからおかしいの?先生そういう意味?みたいな。いやどっちでしょ?みたいな。
みんながこう意味がわかってないのに使ってる子も一緒に混沌にしていくっていうね。 なるほど。
そういうのありますよね。なんかあと僕が最近ちょっと気になったのは、あんまりいい言葉じゃなかったりする場合もあるじゃないですか。
めっこが使っててめちゃくちゃ気になったのがサイコパス。 ああそれはちょっと僕も止めるかな。
なんかどうも流行ってるっぽいんですよ。でも使ってはいけない言葉だと僕は思って、そんな気軽に使っていい言葉じゃないはずなので、
すごく嫌だなって思って言ったんですけど、だけどどうも学校で流行ってるっぽくて、あいつサイコパスだとかあの子はサイコパスだみたいな風に。
自分のこと言ったりもするでしょ。 ああなるほどなるほど。だからサイコパスってどういう意味かわかってんの?とかっていう風にその時に聞いたりはしたんですけど、
あんまりそれは気軽に使っていい言葉じゃないよとかっていう風に言ったんですけど、そういうのもあるなっていう風に。
わかってないで使ってるし。 だからちょっとそこがボーダーなのは難しいなって思うことがあって、もちろん僕は指導するけど、難しいのはダメな用法で使ってないとき、本人の心の中では。
だから明快な言葉じゃないから流行り言葉やスラングがあるわけでしょ。だからジャストに指す言葉じゃないじゃん。ボワッと指すじゃん。なんかその解像度下げて、なんかもう触ってるような触ってないような不安ってくるじゃん。
だからその不安って触ってるときに本当に狙いすまして触ってるように聞き手が聞いたときに嫌な感じするじゃん。それは伝えようがないよね。
流行らせてる方もそういう使い方をするじゃん。だからそこまで本質っていうかで使ってるわけじゃなくて、ふざけも含めて、ちょっと人と違うことをすることをそういう風に表現したりとか、意味の範囲を広げちゃってるから。
意味の範囲を広げてる確かに。
そうなんですよね。周辺で触ってるのか直球で言ってるのかわからないね。だからそこは気をつけようねって言い方するかもしれないね。そういう風に取っちゃう人もいるよとかね。
そういう言葉、子供がそういう言葉を使ったときにどういう風に対応してくるのかってことじゃないですか。
そうだね。
それってすごい大事ですよね。どうされました?そういうときって。
個別で話す、そういう言葉をしょっちゅう使ってて、個別に話すこともあったり、クラスの中でこれ流行りつつあるなと思ったら、やっぱり全体の場で、
そういう言葉今流行ってるけどって言って、聞いた先生はこういう気持ちになるみたいな、すごく不愉快だみたいな話はしたりとかして、
だからあんまりいい言葉じゃないよねっていうのは、先生と同じような気持ちの人がいっぱいいると思うよって。
だから結局差別の問題とすごく。
そうなんだよね。密接な関係があるよね。サイコパスだってかなり危ないところであるよね。
そうですね。差別だと思いますね。
だから子供たちがそれを怖いのが、僕はわかって言ってる場合は注意すぐしたほうがいいと思う。すぐしたほうがいいと思う。
わからないで言ってる場合は、さっき木月先生が言ったみたいに、わからないようにで言ってることが案外実はこういうことを生んでいるっていう言い方をしないと、
そうですね。
そこが難しい。先生っていうのが注意側に、遊び側に入ると、いやもう入れてもらえないとか、さっきの僕のカタンとか言って先生と違うしっていう突っ込まれ側になるけど、
いざ注意に入るときってもう最上位から怒られてるような感じになるから、そこのテイストが難しいなと思ってる。
その言い方がね、もちろんダメなものはダメなんだよ。だけど、怒られたことだけが記憶に残っちゃう場合はかなり危険だから、実はねってこういうことがあってねっていう風にして、
あなたがそういう風に言ってないのはなんとなく言い方でわかったよって言ってあげて、でその確信に触れていくような感じ。もしね、もしねっていう感じで。
難しいよね。踏み込むところは家庭環境とかもあったりとか、
大人が平気で使ってる中でいて、なんかその子にだけっていうのがまた難しいから、一般的なことを話しして、それで気がついてくれたらいいなって判断できる子になってほしいなと思う。
だって親がさ、家でさ、それをさ、あの子マジサイコパスとかって言ってたら、子供も言うよね。
で、親もそれが子供に移って子供が学校で言ってるって思ってるかどうかもうわからない世界だから、で注意を受けたって言うと、あなた何注意受けたの?ってなって、サイコパスって言ったから、え、なんだよそれぐらいで言われるの?おかしくない?みたいになったらもう話ややこしいよね。
そんなつもりで言ってるわけじゃないじゃない?そういうのも知らないわけ?先生は。
そういう言葉は、もともとこういうことじゃない?とかって、直接悪口言ってるわけじゃないじゃん?ってなったら余計ややこしいから。
恥ずかしいよ。
だってそれはさ、そこで注意するってことはさ、おうちの人も注意してることにもなるから、それで子供は絶対おうちでさ、ママそれ使っちゃダメよ、パパそれ使っちゃダメよ的なことを言ったとして、だってなんで、そう確かにそうかもしれないけどなんでって、だって先生に私言われたもんってなったらまた話変わってくるじゃんね。
死ね殺すぞだってそうじゃないですか。当たり前のように使ってるじゃないですか。
それこそね、お笑いの中でも使われてたりとか、大人が使ってたりするから。
子供だけ使っちゃいけない理由を見つけられないもんね、僕らだってね。だから僕は希望として伝えるね、それはもう使ってほしくない。
なんかあなたのイメージが下がっちゃうとか、気持ちが良くないとか聞いててあんまりいい感じしないよってしか言えないね。
誰かに使った場合はもちろんそれは指導しますけど。
だから普通の会話の中に出てきちゃった時とかね。難しいな。
意外とさ、どう思ってるのかなと思うところとかはさ、なんかこうテレビに出てくる人とかキャラクターとかそういう人って言われて当たり前の人だから言ってもいい的に言ってる子もいるのよね。
あいつマジ死ね、みたいな感じのこと。あいつっていうのはクラスの子じゃなくてテレビに出てきた自分があまり好きじゃない芸能人とかそういうタレントさんのことをそういう風に言ってもいい存在だっていうような雰囲気でそこをどうせ伝わらないしみたいな。
そういうのってこう難しい。難しいってかそれはもちろんダメって僕は言うよ、目の前で言われた時はね。そういうの良くないんじゃないっていうのは言うけどね。
でもそういうちょっと捉え違いしてる可能性がある。そういうターゲットだっていうか。だからああいうこと起きるのかなと思うけどね。
タレントとか芸能人に対してそのネット書き込みですごく嫌な子というのはその対象としてそういう風にしちゃってないかなっていう。
その辺も含めて僕らは考えなきゃいけないし気をつけなきゃいけないみたいなところはあるのかもしれないし。
なんかもっと大人たちが大人の世界作っちゃった方がいいかなって思っちゃう。大人だけの世界。子供といる時の世界と子供だけの世界と大人だけの世界っていうこの3タイプを分けてやった方がちょっと古い。昭和的だけど。
でもゾーニングの考え方だったなと思うんで。
昭和的だけど昔はそうだった気がするんだよね。これは子供が見ちゃいけない番組とかこれは大人だけの話だから入ってきちゃダメだし。子供が寝て襖が閉まって向こうでゴニョゴニョ喋ってる内容は聞きたくなるけどどうもなんかこうっていう超昭和だけどね。
でも昭和よりはむしろ今っぽいっていうか多分アメリカとかヨーロッパだと結構そこのゾーン分けっていうのははっきりしてると思います。日本は意外とそこがグズグズっていうかな感じはしますけどね。
それを下げた方が面白いからね。ワクワクもするし。だからそのワクワクと面白さとを引き換えにその代償が払われちゃってるんだよね。だから小学校1年生2年生3年生ぐらいの低学年の子もその言葉使っちゃうかっていうようなことが起きがちっていうことで。
TPOも分かんないからね。 子供にねそれを昭和せるのはかわいそう。かわいそうっていうか言うよもちろん言うけど責任は負えないから。
インターネットもそれなりにちゃんと規制はかけられると思うので。
Rなんとかとかついてるけども逆にそのRが子供が見たくさせてませんかみたいなね。そこも気をつけたいとこだなと。
自分は子供の頃なんかやっぱりさクレヨンしんちゃんをさ見せる見せないみたいなさありあったよね。
ありましたね。 あの面白さとさやっぱりそれを下品と捉えるところとさ。
面白いって言ってもねもちろんファンも多いしね。いろんな捉え方あっていいっていうのが社会なんだけどね。
今になったら苦しい。かわいいもんだなって感じはしますけどね。
今はそりゃそうですよ。
だからなんかそこのゾーニングっていうかなんかこうそういうなんていうのかな。なんか僕ねそれをねちょっとやっぱり落ち進めてもいいかなと思うところがあって。
では引き続きあの理科教育学会のブースからお届けしてます森田です。
辻です。
またですねお一人リスナーさんが来てくださったということでお名前と所属をお伺いしてもよろしいでしょうか。
下吉美香です。
神戸一律運中小学校の下吉です。
あっ2回言っちゃった。
大丈夫です。
先生発表もされてましたもんね。
はい発表させていただきました課題研究発表です。
目高の観察師のカードがあれ素晴らしかったですね。
見てくださって本当にあそこまで子どもたちが考えてるっていうのが学習の個性化っていうところに視点で見るとすごいなっていうふうに私も思いました。
子どもたちがすごいです。
学校なんですよ何度か行きましたけど。
ワクワク度っていうってあれが本当すごく。
変容が心の変容が出てくるのでより子どもたちも書きやすいしこっちも見取りやすいなっていうふうには思いました。
先生あのおしゃべりなりかはどんな時に普段聞いていただいてるんですか。
朝の出勤前とか寝る前とか。
ありがとうございます。
ちょっと料理をしながらとか。
なんか好きな回とかありますか。
好きな回好きな回たくさんあるんで。
ちょっと理科と外れたような時もあるじゃないですか。
学級系的なところもそういうところとかも辻先生とか木月先生とかの子どもへのわだわしが見えるときがすごいキュンときます。
ありがとうございました。
今後とも楽しみにしてます。
ありがとうございます。
リスナーの方がまたいらしてくれたので所属と自己紹介をお願いします。
横浜市立津田日小学校の水野です。よろしくお願いします。
今日はどうですか理科学会。
楽しんでますか。
すごく楽しんでます。
けど明日私発表があるのでドキドキしたまま過ごしています。
ドキドキしたままブースに来てくれましたということでね。
普段おしゃべりなりかはどういう時に聞かれてますか。
月曜日も木曜日も出たタイミングで通勤時間に必ず聞くようにしています。
僕がまだ聞いてないのにこういう内容どうですかっていう質問とかご意見いただくことがあって慌てて聞きます。
横浜の後輩ですよね辻先生にとってはということで。
早いんだよね聞くのが。
どういうところがおしゃべりなりか水野先生聞いてて。
あるいは一番好きな会とか。
一番好きな会というよりはもう話されている3名の先生方すべてよく来ていただいている先生方なので最初は不思議な感覚で聞いていました。
すごくやっぱり授業が上手な先生方ばかりなので毎回私も授業に行かせるように考えながら聞かせてもらってすごく楽しい思いをしています。
ありがとうございます。
発表頑張ってください。
ありがとうございます。よろしくお願いします。
本日は子どもの流行語をテーマに休み時間をお届けしました。
次回は6年月の形と対応です。
この番組では皆さんからのお便りを募集しています。
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それでは皆さんまた次回。
さようなら。