00:02
こんばんは。
こんにちは。
O沢イズミの雑談放送第33回。
うん。
O沢イズミとは。
原作担当のO沢イズミです。
作画担当のO沢イズミです。
2人で同人漫画を描いているO沢イズミです。
今回は。
今回は、年末年始に一気見をしたMIU404というドラマについて話す回。
このドラマ自体がちょっと前の。
5年前?調べた。
急と半端に昔の。
思ったより前だった。
なんか早く見ろ早く見ろって言われ続けて、年末年始に。
いよいよ見ることになりました。
やってた当時もなんか評判良さそうだなみたいな。
そういう。
感触は。
雰囲気は。
あったよね。
感じていたんですけれども。
でも全く見てなかったねと。
ドラマを見るっていう習慣がそもそも。
そうね。
ないから。
どうでした?
そうですね。
あやの剛力。
そして星の原力。
それを強く感じましたかね。
なんかバディ者として熱い展開もあるし。
この2人のバディがこのドラマ11話だけで終わっちゃって。
嬉しいなみたいな。
そういう感じはありますかね。
そうだね、もっと見たいよね。
この2人が警察の中で初動操作を担当する部署でバディとしてやってる。
やり始めるところからドラマが始まる。
そうだね。
初動操作を受け持つ部署が起走って呼ばれる部隊で、
それが英語にするとMIU。
面白かったんですよ、11話まで。
結構続き見たいなっていう気持ちもあるけど、
ドラマでやりたかったメッセージっていうか、
やりたかったことがやりきってるっていう感じもあって、
うまくまとまってるし。
このドラマでやりたかったことっていうのはどういうことなんですか。
私の理解ですけど、
03:01
物語の中での基本的なスタンスとして、
あまり世界を明るく捉えてないところが見やすかったっていうか、
というのも根底に組織も含む人間っていう存在は、
みんな不完全な存在であるっていうところからスタートしてると思うんだよね。
具体例は何ですか。
もう各話の犯人になる人もそうだし、
それが犯人だけじゃなくて、
主人公であるイブキとシマもまた不完全な存在であるっていうところが書いてあるのが、
犯人だけが不完全なんじゃないっていうか。
そこがよかったなっていう。
犯人の側を書くっていうのはサスペンスとかミステリーとかやるときには、
そこが肝みたいなとこあるけど、
なかなかその主人公側まで完璧な人間じゃないっていうことをやるし、
しかもそういう完璧じゃない人間が生きてるから社会っていうのも天国じゃないっていうか、
クソだし地獄っていうのがスタート地点だよねっていう。
ドラマの中でピタゴラスイッチみたいなやつが出てくるのもすごい象徴的で、
みんな主人公も犯人も環境とかきっかけとか運とか、
あと人との出会いとかそういうもので、
良くも悪くもどっちにも進みうる、
そういう間違いうる存在としてみんなを書くっていうのが一貫してて、
そういうこれをやりたいっていうメッセージが作品の中にあったとして、
それをやっぱり重層的に書くっていうか、
1話1話の中でも書くし、ドラマ全体を通したときもちゃんとそこがはっきりしてるっていうか、
どの登場人物にもそれがちゃんとハマるようになってるから、
ちゃんと受け取れるしわかりやすいっていう表現がいいかわかんないけど、
そこがちゃんと伝わるなって思いました、見てる人に。
あとは、ズートピアの時に私は言ってたんですけど、
06:01
警察とかの力がある人、権力を持っている人っていう人をどういうふうに扱うかっていうのは結構気になるんですけど、
だからズートピアの時は本当に貢献力っていうのがヒーローだったし、正しいものとして書かれてたけど、
ミュー404の場合はやっぱりみんな不完全だし、警察組織っていうのも不完全なものだから、
警察も間違うことがあるから、でも間違うことがあってはいけないからルールを守る必要があるっていうのを、
そのすごい島は重視しているキャラクターとして書いてあって、
その辺も権力とか地位がある何かが古いうる暴力みたいなものに、
自覚的なところも安心して見れるかなっていう。
まあその警察も間違いうるし、ものすごい権力があるから、
あくまでもルールの中で動くべきっていうのが島っていう人物だよね。
逆にいぶきは最初はやっぱりルールなんていいじゃん、みたいなキャラクターとして出てきてたけど、
環境をきっかけによって人が変わっていくっていうことが、
そこもね、島はいぶきと出会って、いぶきは島と出会って、
2人ともそれぞれに物語のスタートの時点と、11話が終わった時点で変化してるっていうところも良かったですよね、と思う。
それは、いぶきはルールよりも自分の勢いとかそういうものを重視する人間だったけど、
最終的には目の前にムカつくやつがいても殺したりせずに、
あくまでもルールの中でその犯人を捕まえようとするようになったとか。
11話、船のところに行って、
くずみの。
そう、罠なのかな、あれ。
2人ともそのドラッグで、
船でドラッグの施策みたいなのをしてるんだよね。
そうそう、潜伏先献みたいな感じ。
それで2人とも捕まって、薬で寝ちゃうとこがあって、
そこで2人とも夢を見てるじゃないですか。
なんかそこの夢っていうのが、島がいぶきに、いぶきが島に出会わなかったらっていう、
その出会わずに変化もしなかったらっていう、
その1話の時点の2人だったらどういう選択をとってたかっていう、
09:04
あり得た選択肢みたいなものがあの夢で書かれてて、
そこがすごいうまいんですよねっていう。
2人が変わったからこそその夢のようにはならないっていうところがあって、
しかもそのあり得た選択肢っていうのは、
いぶきの場合は警察であっても、
その時のクソ野郎だったら殺してもいいだろっていう衝動とか、
そういうもので、もし島が死んでたら、
自分がくずみを殺すっていう夢だったし、
島は犯人を捕まえるためとか、
あるいはどっか自分はもう別にこの地獄のようなところで生きていなくてもいいって思ってて、
なんかあったら俺死んでも構わないしっていう、
自暴自棄になりそうになるキャラクターとしていて、
だから自分が死ぬっていうそのもう一人の敵に地を突きつけられてて、
自分が死ぬことが確定してても相手を殺せるんだったら殺すっていうことがそのあり得た夢の中であって、
なんかそれが前の前ぐらいの話でガマさんの話があるじゃないですか。
コキナタフミヨね。
ガマさんは元警察で、
なんか息吹の恩人みたいな人でもうリタイアしてる元警察の。
なんかその人が自覚的に悪をなす人として出てくるじゃん。
それがその伏線っていうか、その話が一応あることで、
自覚的に悪をなす場合の息吹と、自覚的に悪をなす場合のシマを、
その夢のところでそこで重なって見せてくるっていうか。
あのガマさんの話があるから、これが夢なのかどうか、
一瞬本当にそういう選択をするんじゃないかって視聴者に思わせることができるじゃん。
だけどやっぱり息吹はシマと出会って変わったし、
シマも息吹に出会って変わったからそうはならないっていう。
なんだけどなんかその2人が互いに変化するきっかけになった出来事っていうのは、
それまでの話の中でやってるんですけど、
でもなんかそれが派手にやらないところもよくて、
なんかこうポイントになるセリフとかが互いにあるじゃん。
なんだけどその言葉を受け取った瞬間の息吹とか、
その言葉をかけられた時のシマっていうのは、
なんかそんなに派手なリアクションをしないし、
本気で聞いてない感じ。
ちょっとそこでふざけたり、
ちゃんとそれが届いてるのかどうかっていうのが半々みたいな感じで書かれておきつつ、
12:05
最後にああそうじゃなかったっていうのが伝わってたっていうところが、
なんかそれがリアルっていうか、
人にそういうふうにまっすぐ何か言われたりしたことを入って受け取れることってあんまないっていうか、
自分と違うとか今までの自分と変わるっていうこととか、
なんか自分にまっすぐ差し出されたものをまっすぐ受け取るっていうのは結構時間がかかる。
うるせえってなるよね。
そうそう。
なんかある日突然バッて変わったりしないみたいなとこが、
多分ゆっくり変わったんだって。
なんかきっかけになる一言があそこであったけど、
でもそれをちゃんと受け取るまでには、
ある程度のそのタイムラグっていうか、
時間みたいなものが必要だっていう感じ。
しまが自分の命を投げ出すようなことをして、
そういうことするなよって言われたのが多分4話ぐらい。
バスに乗るやつだよね。
そうそう。
うさぎの人形が出てくる回でしょ。
そっから11話だから、
ドラマのある程度の長さっていうのが、
それをうまく使ってる感じある。
なんかあれだね、くずみのすだまさきのすだまさき力。
すだまさきはいいね。
くずみの本当に嫌な感じ。
軽薄でその場その場で相手に会わせて。
人当たりはめっちゃいいけど、
本当のところを何考えてるんだろうみたいな。
不気味な感じとムカつく感じと。
いぶきが見た夢の中でさ、
あんなくずみが目の前にいてさ、
自分の手にピストルがあったらさ、
絶対にくずみのことを撃ったほうが気持ちいいよね。
しまもさ、自分の命と控えにくずみのことを射殺したほうがさ、
絶対にその気持ちいいっていうかさ、
カタルシスはあるよね。
なんかそれがさ、すべて白黒つけたりさ、
やっぱりいろんなテレビとか物語とかっていうのがすぐすっきりできる。
そういう系の話が増えたじゃん。
だからそういうものへのアンチな気がするんだよね。
増えたのかどうか。昔からそうなのかもしれないけど。
なんかギャフンと言わせて終わるみたいなのが、
見た肛門みたいなね。
確かにね。昔からあるね。
15:01
なんかそういうごちゃごちゃしたけど最後はすっきりして終わるみたいな。
とかムカついた何かが失策して終わるみたいな話ってすごいよくあって、
でもそういうそんな安易な解決っていうか、
そういう方にはやらないよっていう。
やっぱりそこにあるのが、人はみんな間違えるっていうのがあるから、
間違える存在だから慎重にいくっていう感じ。
引っ張りさせないっていうか。
どっちかに振り切れた方がわかりやすいけど、
でもどっちが正しいか実際わかんないじゃないですか。
そういう迷いとか疑うことっていうのもすごい丁寧だなと思います。
一番わかるなと思うのは、
10話ぐらいのSNSなんか爆破フェイク動画事件みたいなやつがあったときに、
右に行けばくずみを捕まえられるし、
左に行ったら病院での爆破を止められるかもしれないみたいな。
止められるわけではないのかな。
病院の救助の方に行くっていうか、
その時にどっちに行くかっていうことを迷って左に行くけど、
あれもどっちが正しかったのかみたいなことが、
その時その時にはわかんないけどやるしかないみたいな感じ。
なんかその疑うとか慎重であろうとするところとか、
不完全な存在だっていうことを自覚する自覚しないみたいなところも、
YouTuberのRECさんなんだっけ名前。
チェック・ザ・レック。
なんだっけ、なんか違う、わかんない。
RECさん。
ナイトクローラーみたいな、そんな感じの。
爆破動画みたいなやってる人。
あのRECさんは、自分が間違ってるんじゃないかっていうことを一度も疑わない人じゃん。
2人に出会うまで、島といぶきに出会うまで。
間違ってるかどうかはどうでもいい人だと思ってたけど、
ドラマの中では自覚がない人として描かれてて、
天然、実際の陰謀論とか流してるしょうもないYouTuberみたいな人って、
正しいかどうかとかどうでもよくって、とにかく理由を稼ぐみたいな、
そういうイメージあるけど、RECさんはもっといい人でしたね。
そう、ただ自覚がない人。
18:02
獣を着てね。
自分が拡散させてる情報が正しいかどうかとか、
そういうことは考えてない人なんだけど、
でも考えてない人っていうのが、我々視聴者でもあって、
逆にずっとそういうことに自覚がなかった人、
っていうと、奇想の若いエリートの息子のココナイ君も、
すごく自分に疑いがない人として出てきて、
でも途中で自覚する人っていうか変わるんだよね。
それも環境とかきっかけとか、そういうものによって人が変わるっていうことを途中でわかる人。
それまではずっと自分は正しい側の人間でいて、
自覚もないけど正しい側の人でいて。
RECさんは自分が正しいということに疑いがなかった人?
うん。で、ココナイ君も、
最初はそうだった?
うん。
悪人は悪人でしょ、みたいな。
そうそう。悪い奴は何でそういう悪いことをするのかわからないし、
俺とは違う人間だって思ってる感じがして、
途中で俺は運が良かったっていうところがあって、
そこがすごくココナイ君は重要なキャラクターだなって思いました。
最初から良いとか、最初から悪いとかじゃなくて、
何かあれば自分も悪い方に行くかもしれないとか、
自分は運が良くて、
生まれた環境とか、いろんなものの運が良いっていう場所に自分がいたんだって自覚できたこと。
成功した人ほど、自分は努力によってその場所にいるんだっていうことを思いがち。
だけど、でも努力できる環境にいたっていうことがあるじゃないですか。
それに途中で気づいた人っていう感じ。
でもその自分も間違うかもしれないっていう自覚がない人は、
慎重にならないので、何かあった時にコロってなるっていうことを、
それまでやってた犯人たちを見てるとわかるっていうか、
何かきっかけがあって衝動的に人を殺しちゃうとか、
どうしようもない何かがあって、悪事を成してしまうとかっていうことが書かれるから。
ピタゴラスイッチ装置みたいなやつがさ、このドラマの中で出てきてさ、
21:06
そのピタゴラスイッチ装置が何を象徴してるかっていうと、
説明されていたのは、出会う人によって何かのきっかけによって、
善にも悪にも転んでしまうんだみたいな、
何かそういうことを言われてた気がするんだけど、
何かピタゴラス装置はさ、何かもう走り出したらもうゴールに向かって進んでいくものだよね。
だから、何かその中に枝分かれがあるというよりはさ、
何かもう走り出したら止まらないっていうかさ、
もう初めからそうなる運命にあったみたいなさ、
何かそういう象徴とも取れるよね、ピタゴラス装置はさ。
運命論みたいなこと?
うん。
てかまあそっち、そういうふうに考えるほうが自然だよね。
そのようにはドラマの中では別に説明されなかったけどさ。
確かに。
そういう意味ではさ、
このドラマの中でさ、人を殺した犯人とかはさ、
人を殺さずに済むことができたのかとかね、そういうことは思いますよね。
うん。
その選択が本当に自分で選べた選択肢なのかってことになるね。
そうそうそうそう。
でも、
一応その間違うかもしれないって自覚するのがやっぱりスタートで、
そこで思い留まる留まらないっていうのは、
一応可能だっていうふうに書いてるんじゃないかなって思うけどね。
その高校生の、全然その名前が思い出さなくて申し訳ないけど。
高校生男子ね。
そう、あの高校生男子が井戸に投げ込まれる回の時に、
金持って逃げてもよかったけど迷うじゃん、あそこで彼が。
金持って今逃げるのか、
その自分が落とし入れてしまったかもしれない女性を気にかけるのかっていうところで迷って、
彼は気にかけることになって井戸に落とされるけど、
だからやっぱりあそこの選択で逃げる逃げないっていうのがあったし。
とか、いぶきとしまも、
そのドラッグで見た夢の方の行動を取ることもあったかもしれなくて。
だけど、俺はそうしないっていうことができたキャラクターとして書かれる。
だけど、その時にね、自覚的に悪い方をやるがまさんっていう人もいたりして。
とか、誘惑があれば人間は負けるみたいなこと。
楽な方法を選んでしまうとか。
基本的に愚かであるっていう。
24:00
人間が愚かな存在だっていうことはあって。
だから、誘惑もされず、
だから、誘惑もされず、
上手いこと進んでこれたココノエ君はやっぱり俺がうんうん良かったなっていうことになるし、
善と悪の境目に、
その悪の方にすごい重力がかかってる人と、
善の方にすごく重力がかかってる人がいるっていう感じはあるよね。
ココノエ君はすごい何もなければ良い方に良い方に進んでいく重力がかかってる人だし、
犯人たちっていうのは悪い方、悪い方に重力がかかりがち。
一般の人っていうか、すべて人は間違った方向に行くかもしれないし、
なんか楽な方に流れるし、
やんなきゃいけないことがあっても、やんなくていいことやっちゃったりするし、
なんかそういう。
あと、くずみさんのこと。
なんかくずみさんはどういう人なのか、
すごく分かりづらいキャラクターとして出てくるよね。
結局バックグラウンドについては何にも分からない。
とにかくなんかドーナツEPみたいなやつを作って、
若者たちを誘惑して。
メフィストフェルスっていうことを言ってたよね。
シマが言ってたのかな。
その誘惑に弱い人間を悪い方に誘い込む悪魔っていう存在で出てくるけど。
くずみ自身は別に直接的になんか悪いことをするわけでは。
まぁ、するか。
薬作って渡したりはしてるけど、自分で薬はやらないし。
ドローン飛ばして車を爆発させたりはしてるよ。
でも、人を使ったりしてるよね。
ドミノの一番最初を押すだけみたいな。
確かに。
途中の10話ぐらいの時に、くずみが蝶々を見るシーンがあって。
蝶々を追って、なんか手をひらひらさせて。
そうそう。
あそこすごい私、カーボーイビバップで見たよってなったんですけど。
カーボーイビバップの映画ですか?
前にこの音声配信でカーボーイビバップ天国の扉回をやった時があるんですけど。
27:08
その回を思い出しまして。
カーボーイビバップの悪役のヴィンセントと同じような人だったかもしれないっていう。
なんかヴィンセントも生物兵器みたいなやつをばらまいて、
この世をめちゃくちゃにしてやるみたいなことを言ってる悪役で。
生物兵器を吸い込んじゃった人が死ぬ直前に見るものが蝶々の原影を見て死んでいくっていう。
で、ヴィンセントは火星に送られて人体実験みたいなことで、
自分の記憶とか仲間とか、すべてを失った人として出てきてて、
勝手に重ね合わせることができるっていうか。
蝶々のモチーフっていうのは、もとはきっとカーボーイビバップも古蝶の夢から持ってきてると思うんですけど、
今自分が見てる現実っていうのは蝶々が見てる一瞬の夢で、
本当は現実なんかないんじゃないかっていう話だよね。
エドガーランポとかも、夢はうつつ、うつつは夢みたいなことをずっと言ってますけど、
そういう現実なのか、そうじゃないのかっていう疑いみたいな。
それでくずみがちょっと思わせぶりに言ったセリフとかから、我々は推測することができるとしたら、
東日本大震災の津波ですべて失った人なんじゃないかっていう。
なんか全部、全部失うっていうのは、ヴィンセントもそうだけど。
そこから人生が断絶している人ってことだよね。
うん、なんかその社会はクソ、地獄っていうのがこのドラマの根底にあって、
あまりにも地獄を見た場合、絶望した場合、深すぎる絶望の場合、
その悪夢のような現実っていうのは夢なんじゃないかって思いたくなると思うし、
そっから立ち直るのって本当に大変だと思うから、
なんかそういうキャラクターなのかもしれないっていう。
30:05
なんかそれで、その人を誘惑して、めちゃくちゃにして、
自分が誘惑したことで自滅していく人がいるっていうのが、
なんかそこで、やっぱり人ってバカじゃんとか、社会ってダメじゃんみたいな。
なんかそれはこんなクソな社会だったら、俺が破壊しようといいんじゃないかみたいな。
やっぱり人ってダメだとか、やっぱり社会はダメなんだみたいなことが、
なんかちょっとそれがくずみの安心だったかもしれないみたいな感じもして。
でもまあこれは勝手な解釈ですけど、
でもそう解釈してもいいししなくてもいいっていう書き方な気がする。
最終的にくずみは捕まった後に何も自分のことを語らない、その物語にはならないっていうことを言うんですけど、
なんかその物語にはならないっていうのは確実にその見てる私たちに向かってきてる言葉だと思うんですよ。
何か事件とか不幸な話とか、なんかそういう出来事を娯楽として消費されることに抵抗する人だよね。
で、なんかそのくずみが物語にはならないっていうことを言う。
それで、なんかこのドラマでやってきたいろんなことが他人事じゃないっていうことになる気がするのです。
いろんな実際の事件も消費して楽しんでるんじゃないのみたいなこととか、
あるいはこのドラマのメッセージとしてある、人間はみんな不完全で間違うんだぞっていうことも、
犯人もそうだし、主人公の島屋といぶきもそうだし、見てるあなたもそうですよってその時に言ってくる。
それで私たちにそれを突きつけて終わるっていうのは、すげえドラマだなって思いました。
なんかそれは、SNSとかこのドラマでも出てくるけど、そうやって何か情報を勝手に拡散することもそうだし、
犯人とかニュースに出てくる人とか、あるいは隣の人とかでもいいけど、
何かあった時に安全圏からこうだこうだ言って、こういう配信とかもそうですけど、
好き勝手なことを言って、前回のじゃりんこ知恵会でも言いましたけど、
勝手に判断する存在としているっていうか、ジャッジする存在として自分を捉えてるっていうか、
33:04
なんかそれに対して、おめえも間違ってるからなみたいなこととか、
ドラマに出てきたみんなが自分の選択とかについて慎重になったり疑おうとする、
なんかそのことは私たちにも向けられてるっていう感じがして、
伝わりますか、これ。
多分。
この世のすべてを把握することはできないですからね。
この世のすべてが把握できないのに、
何かさもすべてが分かったかのように物語を作るのが陰謀論とかそういうものだよね。
だからこの私が勝手にくずみのことを、
何かそういう世の中に絶望した人間なんじゃないかって、
そう思うことすらもお前の勝手な私の消費行動であって、
本当におめえなさいってなって。
こういうふうに帰ってくるみたいな、そういうドラマ。
ネガティブケイパビリティとか、最近は言うとりますけれども、
分からないものをそのままにして、
曖昧なまま放置しておくって、なかなかさっき言ったように、
分からないものをそのままにして、曖昧なまま放置しておくって、
なかなかそんなできることじゃないよね。
それは本当に疲れることだからですよねって。
何かしら単純化したり、物語化したりして整理しておかないと生きていけないよね。
てか、俺が俺であるとかってこともさ、物語でしょ。
物語がなくなっちゃったらさ、昨日の俺は今日の俺とは違うから、人格が破綻していくよね。
連続性がね。
さっきも言ったけど、展開は別に気持ちよくないっていうか、
モヤモヤするっていうか、ネガティブケイパビリティっていうかさ、
そういうドラマだけど、このキャラも絵によって何とか見れるものに、
続きが見たくなるっていうものになってるっていう。
スカッとする展開とかがないとさ、つまんなくて見るのやめちゃうじゃん。
現代はね。
そこをね、原力と合力で。
原力と合力で。
ここの絵、ジンバ、ペアも良かったですよ。
うんうん。
ベタだけど、現場のジンバと。
踊る大創作家だったあそこは。
エリートのココノエ君と、今日は酒飲みますよみたいな、ああいうところとかね。
36:04
青島君だった、ジンバさんが。
11話あるそのドラマをさ、言語化しようとするとさ、
すごく全ては単純化して言葉にすることはできるけど。
もちろんね、単純化して語るしかないし、そこからこぼれ落ちるものは当然ありますっていう、そういう話。
そうだね。
我々も不完全な存在であるゆえに、全てを説明しきることはできないので。
全てが分かったってなりたいけどね。
真実はいつも一つって言いたいけどね。
でもそうは言えない。
コナン君も傲慢だよね。
分かってると思ってるからね、全部をね。
コナン君いるのかな?
あの推理は正しかったんだろうかとかさ、あそこで犯人を言い当てたことが果たして。
コナン君にさ、言い当てられてさ、逮捕された犯人がさ、冤罪でしたみたいなそういう話とか。
そしてコナン君に復讐を誓って、そしてコナン君を倒しに来る、そういう映画どうですか?
でもコナン君の場合は、コナン君が解決したって思われてないから犯人に。
だから小頃のおっちゃんが狙われるんで、そしたらね。
あいつが俺をぶち込んだんだって思われて。
そしてこんなはずじゃなかったって、およもい悩むコナン君の話。
主題歌が米津玄師、星の源じゃないんだなって。
星の源を俳優としてだけ使うっていう、その選択が渋いなと思いました。
星の源は、でもこういう歌を歌ってたねって思いました。
地獄で生きるっていう歌を歌ってましたよね。
地獄でなぜ悪いね。
こういう感じじゃなかった。
基本的に社会は地獄です。
自分にできることがあったとして、警察にできることがあったとして、それはもう焼け石に水みたいな感じもあるじゃん。
全部を解決できないし、間に合わない事件の方が多いし、こんなことやってて意味あんのかなみたいな。
なんかそういう無力感もかきつつ、それでも生きるっていう感じ。
でもそれでも明るく振る舞ってるのが偉いね、源は。
39:05
この世はクソだからって開き直ってるのがくずみだもんね。
まあドラマの中でもね。
途中までの島も、この世はクソだし、別に死ぬってなったら死んでもいいやっていうのが途中までの島だけど。
それでもまあ仕方ないから生きるっていう感じ。
でもその仕方ないから生きるはさ、それだけじゃなくて、
だから、会います。
この世界は素晴らしいみたいな事を言ってこないのが、落ち着くっていうか。
宮崎駿の世界は結構、基本的には素晴らしいの。
でも結局、自分はこんな時に、
一生懸命に言ってこないのかなって思って
落ち着くっていうか
宮崎駿の世界は結構基本的には素晴らしい世界じゃん
少年少女が頑張るといいことが起きるしな
前回も言いましたけど
仕方ねえ仕方ねえけど生きるしかねえっていう
歌うしかねえ
こんな空気どうしようもね歌うしかねえっていう
なんかそういう感じだよね
だからその歌うしかねえの気持ちで
星野源も歌ってるかもしれないじゃんっていう
そうだね
ちえちゃんと同じだ
仕方ねえからよっていう
そんなところですか
なんかうまく喋れたかどうか分かりませんが
私は昨日のヨシーぐらいポンコツだったかもしれない
喋りが
伝わらないかもしれない
ギリーゴールスターでねヨシーが
トーナメント戦のやつでしょ
コメント何にも言ってなくてマジでポンコツだと思った
喋ることが仕事じゃないからいいんですけどね
すごくしどろもどろだったね
なんかそうだよねえ
いやそうなんだけどさみたいな
何ヨシーの話それともミュー404の話
もういいですこの話は
ようやく見ましたよミュー404の
そういう回でした
なんか見たいねまた島戸恵吹を見たいですよ
それって
当人誌を書いたらいいじゃないですか
そういうことになりますね
でも
もっともピュアな当人誌を書くポチベーションがあるじゃないですか
もっと見たいそれが本当にそうだよね
この気持ちでみんな書いてるんでしょう
誰かに見られたいとか美を稼ぎたいとかそういうことじゃない
もっと見たい
俺の頭の中で一瞬再生されたあれを紙に書き残しておきたいっていう
42:03
なんかそれで言うと
あの
そのドラッグで2人船で眠るじゃないですか
あのシーンってなんか手足は縛られてて
でも口は縛られてなくて
あそこすごくフィクションだなって思いますね
なんかあそこ
自分がくずみだったら確実に口も縛ると思うんです
あんなあそこさ口も縛らずにさ
あの状態でいたらさ
キスしろって思いましたよね私正直ね
あの頭突きするじゃん
あのしっかりしろよみたいなこと言って
キスしろって思いましたよね
知りませんけどね
そういう気持ちが同人誌に
ありましたそんな感じで今日はミュー404の話を
大丈夫これ
はいここまでありがとうございました
おやすみなさい