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文芸誌 空地とは何だったのか (1)
2026-10-23 1:16:12

文芸誌 空地とは何だったのか (1)

ここから3回にわたって「文芸誌 空地とは何だったのか」という特集をお送りします。弊誌の同人は松崎、藤原、中村だけではないので、あくまで3人から見えた歴史ではありますが、2022年11月に第一号をだしてから今日までの約4年弱の活動をアーカイブしていきます。

「文芸誌 空地とは何だったのか」というタイトルではありますが、われわれは休刊、廃刊する訳ではありません。ただ、これまでのやり方をつづけることは難しくなってきた、というのは主宰であるぼくの現状認識です。

 われわれがはじめて出店したのは、2022年11月の文学フリマ東京35でした。それから4年弱の間に、会場は東京流通センターから東京ビッグサイトに変わり、出店者も来場者も増え続けています。いわゆる大手サークルのメンツも変わりました。あの頃とはほとんどの景色が変わってしまいました。今までどおりのやり方ではいいのか、空地でやりたいこと、やれること、やるべきことはなにか考えることもふえました。

 だからこそ、ここでいちどこれまでの活動をまとめることで、われわれの“第1期”を締め括ろうと思います。


 今回は高校時代のぼくが当時はまだTwitterと呼ばれていたソーシャルメディアで「LOCUST」、「LUCKY STRIKE」や「痙攣」といった同人誌、ZINEと出会ったことから話していきます。

 その後、日本大学芸術学部に入学したぼくは同人を募集して、あつまったメンバーで文芸誌 空地の活動がはじまります。

「小説を書いてみよう」という、軽いノリではじまった、いわゆる創作サークルだった空地が、いかにしてポッドキャストや生配信、副読本の制作といった活動もおこなう歪な集団になったのか、第1回では結成から第2号の発行までを話しました。

(文責:松崎)


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サマリー

藤原・松原・中村の3人が、文芸誌「空地」の活動をオーラルヒストリーとして振り返る。活動を部数やリーチで拡大する「ベンチャー型」ではなく、10年後に同人誌史の中で自由な場として記憶されることを目指し、制作と交流のコミュニティへ重心を移す考えが語られる。松崎は高校時代、Twitterを通じて「LOCUST」「LUCKY STRIKE」などの同人誌やZINEに出会い、編集・執筆・デザインを自分たちで担うインディペンデントな姿勢に影響を受けた。大学入学後、Twitterで同人を募り、藤原や中村らと空地を結成する。第1号は嘘エッセイや嘘ディスクガイドを含むフィクション特集として制作され、同時期にポッドキャストも始まった。初参加の文学フリマでは100部中約30部が売れ、フリーペーパーを読んだ来場者が買いに戻ってきた経験が、執筆を続ける契機になった。第2号ではコンセプト性より作品集としてのまとまりを重視し、表紙写真やメンバー集めなど外部との接続も試み、50部を当日売り切った。後半では、空地を特定の思想や好きな作家への共感で閉じた読書会にせず、異なる人が参加できる場にしたいというコミュニティ論も話される。今回は第2号までを区切りとし、次回以降は芸祭、第3号・第4号、活動の拡大と「ベンチャー精神」が生まれた時期へ進む。

空地の現在地とアーカイブの目的
藤原です。 松原です。 中村です。 ジンブン学、今日もやってるわけなんですけども。
急に重たい話を… いいですよ、全然そんなの。
ここから3、4回ぐらいかけて、文芸誌 空地とは何だったのかっていうのをアーカイブしていこうかなっていう。
アーカイブしていくんでね。 オーラルヒストリーですか?
いやー、そうですね。
なんかこう… もう…
もう俺らの時代は終わったからさ。 もうダメでしょ。
俺はなんかこう、文繰りででっかくなることに、あんまりこう、意味を見出せなくなってきた感はあります。
あー、文数を伸ばす、リーチを増やすとかってことですか?
なんか、っていうのに対してなんか、文繰りの形がかなり変わってきたなと思うんですし。
それはもう文繰りのたんびに… 4年前とは何もかにも違いますね。
初めて参入した時とはちょっと違いますね。 その時点で結構違う感じてる人も多かったみたいだけどね。
だんだんその通りに改善してた感じで、気分大きくなって…
これだから前の回でも2人からの時も言ってるけど、文芸誌空地の今俺が思っている最終形態っていうのは、月に1回、2回集まって差は解映するってこと?
あー、だからコミュニティってことですか?
え、コミューンなの?コミューンとコミュニティってちょっと違くない?
お前とトイレに逸れちゃいけないの、俺。
カマじゃない?まず。
ショアンの炊飯器ってことですか?
俺、お前との撮影の時に、なんかこう、文繰りで、多分出すけど今後もね、なんていうのかな、こう、我々なりに戦ってきたわけだけど、
まあ大学生活ずっとやってましたよ。
まあ、敗北宣言だよね。
敗北宣言というか、まあもうなんていうの。
総括の時期が。
まあその文繰りが居場所じゃなくなったってことですか?
いや、そういうわけでもないけど、なんかこう、めっちゃこう、ゾスって、
この空き地という名を広めて、みたいな。
そういう段階ではなくなった?
そういう段階ではもうないなんですよ。
あー。
君もなってきたっていう。
いろんな人に知られたいとか。
そう、やっぱり前回の文繰りで、ちょっと待ってね、名前をちゃんと調べるわ。
まあでも、中場そういう目的は結構達成されてる方であるんですね、俺ら。
まあ着実に、後退はしてないよね。
あのね、前回の文繰りでさ、こう、分厚いさ、分厚い文芸師がいっぱい出てきたわけじゃないですか、分厚い有名人がいっぱい。
えーと、2つくらい思いつく?
まあ俺は書いてるさ。
2つ3つ思いつくじゃない?
はい、みなさんも思いつくと思います。
名前が出てこないんだよ。
あの、英語のやつでしょ?
戦争特集をしてる。
あー、やったね。
なんだっけ、エメールじゃなくて。
フィルメールじゃなくて。
これですね、ミメチカですね。
ミメチカ、もこもと戦争と、あとはマユと、チューブだよね。
チューブはちょっと会話と言うか、違う気もするけど、
なんていうの?
まあ、
悪い意味とかではなく単純に、
文繰りの戦い方ってそういうことなんだなと。
はい。
まあそのこと主催とかっていう。
ベンチャーっぽくなってる話をしてたよね。
前。
人いっぱい読んで、いっぱい売る。
ベンチャー化してきたの?
で、その、
大事なのは何を書くかとかっていうよりも、
っていうか、
ベンチャー的に、
まとめて、
人をまとめて、
で、売れるものを作るってことが重要になってる。
人材を集めて、
マネーフローを作ってるみたいなことだよね。
世界系と、
世界系が、
ベンチャー化なんだよ。
同人誌の拡大路線と空地の距離
同人誌っていうものは、
俺この似た、大体二つに分散されると、
大体思ってて、
ここで、
やべえ、めっちゃおもろくね、これ。
出し者大勢っていうのが、
世界系だと。
で、ベンチャーっていうのは、
誰々と誰々を集めて、こうして、
こういう話題性のあるというか、
力強いものを作るというか。
そうなんだけど、
そういう意味では我々の活動の中では、
言ってしまえば、
24時間配信とか、
そういうのってベンチャー精神だったわけ。
ある程度は。
ある程度はそうかもね。
一応、同人誌、
本誌っていうのは、世界系だったわけじゃないですか。
はい。
ということを考えて、
いろいろやってきたけど、
精神的負荷も大きいし、
単純にそういうことに対して、
美学を感じないっていう。
ただ、数字ある人を呼んで、
ものを作って、
悪口、これもしょうがないですけどね。
悪口っていうかね。
力強い言葉になってしまいますけど。
でも、言ってしまえば、
具体的な文芸師とか、
それをやっている方の悪口を言うつもりはないけど、
半プロじゃないですけど、
こういうことをやっていると、
文化クリマに留まらず、
セミプロじゃないですけど、
インディで名前の知れている人っていうのは、
割とたくさんいるわけですよ。
もしかしたら松崎とかも、
その一人かもしれないしね。
そういう人たちを集めて、
やれば、その人たちのファンとか、
名前を知っている人、ツイッターのフォロワーっていう面では、
勾配数が伸びるわけですからね。
そういう意味でも、
結構ベンチャー系ですよね。
でっかい、
本当にそれこそベンチャー系というか、
でっかい枠組みでやっている文芸師に対して、
ちっちゃな枠組みで、
念出しているというか。
普通に俺は、
マユが800部履けてるってことにビックリしてるんですよね。
あれはすごかったね。800部ってちょっとすごいね。
でさ、
まず、
2、3年前のプロのフリのさ、
特に文芸周りのさ、
ヘゲオニーっていうのもさ、
大同単価だったわけですけどさ。
大同単価が1000吐けましたとかで。
大同単価っていうのはさ、
あれじゃないですか。
いろんな過人とか、
あるいはクリエイターの分野の人を集めて、
単価のアンソデスを作るっていう。
まあある程度、
もう定まってる、
価値が定まってる人たちの、
だからこう、
反同人種なわけじゃない。
同人種の形態だけど、
中に普通に商業出版でやってる人が入ってる。
あと、
芸能人の方とかね、
いらっしゃってる。
こういうのがあったのが、
今それがマユに移ったというのが、
僕の見立てなんだけど、
マユっていうのは主催の、
坂野哲夫くん氏、
会ったことあるから。
坂野くんね。
別にさ、
商業デビューしてる人でもないし、
すでに、
権威が、
成り立ってる人ではないわけじゃない。
坂野くんは普通の大学生ですかね。
で、なんか彼が一応さ、
一万人いるからね。
って言って、
一万人いる、
一応アルファツイッターラーだったじゃん。
アルファツイッターラーで、
の人が集めた、
最後、1号が出るまで、
どこの馬のコネとも、
山のものとも海のものとも、
田中のものだとも、
盆地のものだとも分からない、
同人誌っていうのが、
800話ってこと。
一応確かに、青松明、
新田久留美とか、
職てる名前があるというのもあるけど、
結構早々たるメンツではありましたけどね。
あれって、
すごいこう、
ツイッター発で、
よく分かんないけど、売れたものではあるじゃん。
ある程度。
まあでも、
結構なメンツはね、
文学に来る人の一部、
書いてる人は結構知ってる人が多かったんじゃないかな。
半分以上はって感じだよね。
で、なんか、
タイドー単価とは質が違うなと思うわけ。
明らかに。
タイドー単価はどっちかっていうと、
あれと同じように並列で語られてたかも。
出版社が文振りに参入するとか、
そっち系だったよね。
公共的な、
文振りっていうアマチュアリズムに
乗っ取ってるというか、
そういうところにプロ精神とか、
高倍数が伸びる、
アンソロジーとしての価値は伝わっておき、
公的なものとか、
強い規模感を持つものが参入するのどうなんですか?
っていう意味で言われてましたよね。
タイドー単価はどっちかっていうと。
でまあさ、眉。
アイライブ用するさ、
アイドルのさ、
ヒロインズっていうグループが
大きいグループなんでさ、
そこに所属するアイドルなんか眉買っててさ。
えーそうなの?
眉って文振りだけじゃなくても買えんだっけ?
ブースとかで買えんだ。
オタク用のアカウント見せたらさ、
眉が出てきてさ。
それすごいな。
いっぱいニューツしてんだ眉って。
じゃあもう合計で言ったら
2000円くらい掛けてるの?
800分って一応公式では言ってて。
でも、だから。
800分ってそのくらいの数で。
ややこしいのが、そのアイドルの方が
長塚誠の
炎上とかにも出てるから
そんな遠くはないのかな。
ちょっと読んでる人だったら
とかちょっと知ってる人だったら
買うくらいの話題度であるんだろうね。
で、なんか
空き地はその戦い方では戦えないと
思ってるわけですよ。
まあそもそも
大きくものを変えるというか
ことになりますわな。
やってきたことじゃないことをやらなきゃいけなくなる。
人を集めて
めっちゃちゃんとツイッターで発信して
ある程度のイデオローグを
持ってさ。
まあそれこそ。まあまあゆうとか
そうですよね。坂野くんが序文とか書いて。
っていうことを空き地がやっていくのか
っていうことを考えて
空き地がやってるんですよ。
もっとニッチな話なんだよね。
うん。
そういう強いイデオロギーがあることはやってないですわね。
10年後に残す空地の歴史
うん。
だからもっとニッチなことをやってるわけだけど
まあなんていうの
このやり方で
800もかける文芸師はならないだろうと
まあそうですね。
ならないでしょうね。
ってなった時に
じゃあ何をするかって言ったら
10年後に空き地っていうのは価値があることをやっていたのか
っていうことを
短期的な
その部数とかっていう
分かりやすい数字指標じゃなくて
10年後に文学的
出してめっちゃ話題になるとかじゃなくて
10年後に同人誌の歴史が
また暴れる時に
はいはいはい。
空き地ってものが自由だったよねっていう
うん。
になるという方にシフト
はいはいはい。
はいはいはい。
している感があり
空き地っていうのはどういう風に
何をやってきたのかっていう。
ここにいるとりあえず3人
はいはいはい。
アーカイブしていくという。
まあそうですね。
だからこれはもう一時資料ですよ。
アーカイブ自分たちにしてこないと
ダメなんで。
歴史あんでくれってことですよ。
そもそも文振りの歴史自体は
ハテナブログとかの
いろんな人の実体験で
なんとなくみんなが知っているくらいじゃないですか。
せめてねうちの同人誌だけでも。
とりあえずさ
いい感じの時間までしゃべってみてさ
これが前何回になるのかって。
日本文壇史みたいなさ。
めっちゃ長いよね。
8巻くらいじゃない?
3、4年後もさ。
で、大学1年生の
それ実写でしゃべってるかもしれない。
でも相当盛り上がってるよね。
タイガードラゴンとかもそうだけどさ。
進み遅い時ほど面白いじゃん。
歴史系って
今度うちの編で何週もやるからね。
面白い時って進み遅いから。
飛ばすわけにはいかない。
飛ばされますから。
という感じなので。
急に公開面会から出てくる。
思想で閉じないコミュニティ
なんだったのかって言われても
そもそも別に
空き地において
難しいよね。
本質とは離れたこともたくさん起きてる。
そこまで
イデオローグに関与して
来てないってのもあるよね。
そもそも
同人誌として
そういう
イデオローグがあって
特集があって
組んでみたいなのは
文法の中で言ったら結構マイノリティというか
そういう風には作ってない。
俺らはどっちかっていうと
先輩で言ったら京都ジャンクションとか
創作サークルとかとも近いわけじゃないですか。
雰囲気的に言えばですけどね。
最終的に
松崎が形にして出すっていうところを
みんなで創作をして
別冊とかありましたけど
空き地はサワー会にしていきたいな。
サワーね。
最近思うのは
ちょっと上の先輩とか
のことだったけど
彼らがとりあえず喋りやすいから言うけど
ちゃんと麻雀をみんなが始めて
定期的に
会うようにしてたりとか
あとはちゃんと新年会をやるとか
やってるように見て
これを空き地における
同人誌制作とか
に入れ
できるのかなって気もする。
定期的な
刺激というか好感もあり
大学卒業すると感じるからね
そういうコミュニティーがないとね
人と会えないし
作ってる気がして
大学の時のグーッとなった感じっていうのが
仕事とかしてるし
遠くなっていくから
そういう
結局やっぱり
まださ
大学が良かったねみたいな話
になるけど
大学が一番楽しかった瞬間って
ひろといない
やっと例に出すのもあるんだけど
卒業式の後に
ハグで
酒飲みながら
結局
今の日本国憲法を
アップデートできる
文体っていうのを文学は考えないといけないんだよ
熱烈にしてる時間
ありましたね
池袋のハグで
結構最近だけ
思い出すぎる
最後の時におぼったのかよって
最後だからね
半年前ぐらい
ココとイキ君でした
同人の
結局大学生の
特権だったヤニスにながら
ヤシモトリーメンの話をするみたいな
ヤシモトリーメンどころじゃないもんね
大学の一番良かった
ことじゃない
学校って大ごにしてそうだと思うけど
それをさ
大学生だからできたことに
していくと
ただの凡庸なことになっていくんじゃないか
でもこれからもやっていきたいです
それがない大学なの
それがない大学じゃないですか
俺がやってるのは
本当に
ただ先に就職があり
その前ですよ
就職したら本当にそういうのないんだろうな
って思います
大学で先とか行っても
そういう場にしていくべきなんじゃないか
互いにね
刺激をもらえる場というか
それこそ読書会じゃないですけど
そういうことですよね
ラウンジというか
読書会も難しいのは
読書会は読書会でやるべきなんだけど
ある程度
関係性がまともとない人間同士でやると
逆に
イデオロギーとかでまとまるのが
怖いっていうのがあるし
戦争とかでまとまるのが
基本じゃない読書会で言ったら
本当にそうじゃないのをやりたいとしたら
地域とかでやるのが
一番いい
地域で
何の集まりかって言ったら
張り紙だけで集めたりとか
大学の同期ってちょうどいいと思う
俺最近思ったのは
脱社会的なコミュニティを
作るって考える時に
ちょっと批判めいてるような人いるけど
危機開会っていうか
タイタンが読書会やるんだよね
でメンツ集めて
福岡区宮城過去創始って
そこら辺で
バーっているんだけど
これに行く
コミュニティ作りなわけだけど
危機開会とかにシンパシーがあって
みたいな人たちが集まるわけじゃん
これって
コミュニティの代替にならないと思うんだよ
ファンイベントみたいなのあるだけってこと?
っていうか
社会って何がすごいって
生まれたら
全員とりあえずは日本国憲法に
則って生活しないといけないっていう
強制力があるじゃん
強制力があっていないといけない場
に対して
いたい人が
いる場っていうのは
ベンズが
中になっちゃう気がするわけよ
社会の中のベンズで
大学はある程度
芸大ですから
それがあるとはいえね
これはすごい怖いことを言うけど
なんか
いないといけない
強制力があるオルトナティブっていうのが
そこの程度は難しいけど
好みとか
イデオロギーとかシンパシーで集まったんじゃなくて
いちゃってる人たちに
コミュニティを作らないといけないっていう
感覚があるんだよ
それが難しいじゃん
毒災だったらめっちゃやばいんだけど
だから
そもそもそういうのっていうよりは
ファンの人とか
そういう人たちで読書会やりましょうという程の
力強い
シンパ性じゃないですけど
じゃない方が
めっちゃやばい言葉で言うと腐れるんで集まろうって
誰でも
参入できるという
別にさ
ここにいるみんなが
同じものを見てるわけじゃないんだよ
それは本当にそうだね
それが
そういう環境にするべきなんじゃないかっていう
例えばここにいるみんなが
吉本流明シンパですってなって
集まってるのって
それはもうまた違うもんね
流明シンパじゃなくなったら一気に
そうだね
転校したらもう終わりよ
だから俺らの中に医療ローグがない
ってことが重要ってこと
そうそう
だから何の強制力もないし
何のシンパシーもないっていうのも
ぐらいの
じゃないと俺たちにならないじゃないかなっていう
気はする
だしそこからその状態で
1年生の時に集まってそこから
俺ら5年積み上げてきたというか
部分はありますからね
特にねそこらへんの擦り合わせもね
自然とはなるけど
原稿はしてないもんね
ある程度の共通項や
5年一緒にやってきた中で生まれては来ているし
もともとあったのもある
性格が近いところとかもあると思うけど
厳明化して
合わないものを捨てる
この前ヒロ君さ
松崎が誕生日プレゼントくれたのマイジョじゃなくてよかったわって
俺マイジョが一番好きだから
こんぐらい距離あるんで
安部和重だって渡されたこと
読んでないだろお前
読んでないけどマイジョよりは嬉しい
マイジョよりは嬉しい
マイジョは読んで
本当にダメでショットしたから
もらっても読まないんだろうなと思って
安部和重も実は
俺と松崎一緒に風呂に行った時に買った記憶があるんだよ
終わってからから買ったんだよ
一緒の時に
何買おうかな
買うもんねえなみたいなこと言ったら
こいつがプロジェクション持ってきて読めよみたいな
これ読んでけ
それで読みましたよ
それマイジョもいただきましたけど
仮パックしたんだけど
最初の50ページ
返すよって言ったら単行本手にしたから
いらんって
俺やっぱマイジョオトロの
おいしいシャワーヘッドを
2ヶ月に1回読み直したんですから
人生で俺マイジョのおいしいシャワーヘッド以外に
小説を読み返さないんだよ
好き好きも最初の50ページを
5回くらい挫折してるからさ
言うんだよ
逆にこれ皆マイジョ好きだって
コミュニティだったら
確かにそもそも
好きな作家も共闘してないし
だったら読書会やればいいんだよ
好きな作家共闘してないし
っていうことに最近思ってたの
逆にね
っていうのは
未来の話だよ
これまでですか
これまでの足跡をまとめてみよう
青松さんとか
3年当時
あの時は
一晩しか会ってない
一晩しか会ってないわ
青松さんとあの一晩だけですから
アキシとしてはあの夜だけですから
言論的にあの夜以来
青松さんとは
あの夜だけアキシとして
ご一緒にさせていただいたっていう
それだと何回か
お会いしてますけどね
同時に呼びつけてもいいし
俺ら3人の意見になるの
アキシが
やることはやってきたんだって言うから
こういうことをやってきたってことをね
残す?
一応ね
何から話せばいいのか
そもそもさでもこれ難しくてさ
自分の中でアキシ
本心について振り返っていくとかってなったら
自分の小説について振り返る
ってことでもあるし
自分自身の大学生活について振り返るってこともあるし
それはでも言うことは選んだほうがいいんじゃない
まあそれはね
自分の大学生活について振り返ってもしょうがなくない
それはそうだよ
それはそうなことはそう言うな
お前らとの友人関係も
そこには多分に含まれてるから
あんまり言わないほうがいいよ
なんか
本で用意したかったな全部
今
過去後をね
そこまで行くのか分かんないからね
1号まで行けるかっていう今日
行けるっしょ
今朝高校に上がるふうに来たんですよ
え?
15歳?
自分の話すんなよ
ここ長いから
大学入るまでが長いから
高校に入るときにさ
スマホを買っておるわけですよ
高校時代、Twitterと同人誌との出会い
世界が広がる瞬間ですから
スマホ買うとインターネットというさ
情報の海
壮大なおもちゃですよ
15歳から
Twitterっていう
当時はまだTwitterだったんだけど
ジジイかよ
当時はまだTwitterだったんだけど
わらじゃねえよ
Xがねゲーム
を始めるわけですよ
うちはさ
親はさ
基本的にさ
個人の家と一緒ですよ
自分で買えるようになったら買えっていう
ゲーム機とか
友達とかはぶられちゃいますからね
自然と
高校もその方が歩きに進むもんじゃん
ベニステのアプリとか売られるじゃん
ちょうどクラスルーム
コロナ禍だったし
コロナで急に
デジタルがインプラになりましたね
2018年前後
Twitterを始めるとさ
コロナ禍前に
ギリ平穏なTwitterだったよ
だってみんな辞めたよ
あの頃
ミュージシャンとか
誰がTwitterやってるんだよ
ピエール中野とか
セイコちゃんとかさ
ぐらいですよ
Twitterを見てるとさ
音楽
オタクだったから
自然に音楽クラスター
みたいなところに行くの
最初は普通に
見てたら
普通に
ミュージシャンをめっちゃフォローしてる人とかに
フォローされたりとかする
別に単なるオムセンだったけど
そこから色があってさ
フォロワーが増えたり
普通に
音ワカだったからね
今や恥ずかしいよね
別に
音ワカだったって公言できない
アニブタだったみたいな話ですからね
バチャブタだったみたいな
インムチューだったみたいな
高校生だったらそんなもんじゃない
高校生でSNSで
でさ
懐かしいね確かに
あの頃やりとりしたFFとか
ネットジジイが
俺も思うよ
俺と一緒に音ゲーやってた時どこ行ったんだよ
九州に住んでてさ
ニルバーナとトニックユースと
アズマヘルキが好きだったあいつとかさ
あいつ何してんだろうな
同い年だったんだよ
働いてんだろうね
何してんだろうなとめっちゃ思うけど
でやってると
ロカストってさ
あれは現場の
日曜日再生時期の2期生か3期生だね
卒業生とかでやってる同人誌
ロカストってのがあったんですよ
急勘してるけど
旅と
旅表のクロスポイント
福島特集とか
北海道特集とか
同時に全員で
旅行に行くのよ
それぞれテーマを見つけて来て書くっていう
いわゆるコトリップってあるじゃん
旅行誌
あれっぽい見た目とか
旅行っぽい感じ
中に地図とか載ってて
それぞれ各々
群馬特集だった
それぞれ
自分でテーマを見つけて書く
みたいなやつがあって
福島駿って音楽ライダーだから
そこら辺の
タイムライン流れてくるわけ
その前に
俺は小沢賢が好きだったから
小沢賢の本を出してたのが
宇野コレマサで
その時小沢賢の期間っていう
それで宇野コレマサと
福島駿がサナソーのポッドキャストが出てて
その流れで福島駿を知るんだけど
でどうやら
同人誌を出してるらしいってなるんですよ
それなんか
福島駿をフォローして
そうするとなんか
周りの同人誌の情報とかもアルゴリズムが
なんか
ラッキーストライクっていう批評の同人誌があった
ありましたね
今批評の歩き方っていう風に出てた
本の
松田一喜と赤井孝太っていう
二人の批評家が
賢者なんだけどその赤井の方が
やってたのがラッキーストライク
ウサミ輪論とか
昔書いたんだけど
音楽批評割とコンテンツ批評より
ゴダール論とかブルーハス論とか
ウサミ輪論とかいろいろ載ってるっていうやつがあって
当時さ
私は茨城に遊兵されてた人だから
文振りなんか
届くはずもなく
そういうものがあるらしいって
あとなんか宇野コレマサをめっちゃ
攻撃しているよくわからないアカウントがいるなと思ったら
それが音楽人の敬礼っていうのをやってる
歴史っていうアカウント
みたいな感じで
いろいろやってるし
同人誌になるものを知ってて
文振りになるものを知ってたんだけど
あの頃の同人誌ってすごいソリッドだったんだよね
今より
ホリオ的な感じだったよね
売るものっていうより
作っているもののほうが大事みたいな
感じだった
コンセプチュアルだったし
チューブが出た
近いアノームプレイスとか
SFとかの割と
あったりとかして
結構バンドキャンプとか
みたいな感じだったんだよ
俺の認識では
バンドキャンプとかでインディーズでめっちゃソリッドで
ニッチな音楽を出す
感じ
作る目的というか
同人誌がまだカッコよかったんだよね
まだって言っちゃうけど
多分
安いとかよりも
アクセスしやすいっていうのは
同人誌っていうものが
文芸とかは
そこまで数がなくて
とか検索しやすいとかね
そういうのもあるよね
単純にもっと
オルタネティブにカッコいいものだった
既存の出版構造とか
それこそ別に
古くからある同人誌文化というか
文学でされてきた
物事にちょっとデザインとか
コンセプチュアルなものが入り込んできた
みたいなイメージだけどね俺の中では
あれだったな
あの頃さ
平田クリーカーとか
いたじゃん
ああいう感じに近かった
インディペンデントで
そうなんだよね
ラップが流行ってた時期だからさ
全部自分でやってるじゃん
ああいうところと近いものに見えたんだよ
自分でアートワークとか
MVとかまでディレクションする
ラッパーみたいなイメージで
編集者というか
編集して自分で書いて
デザインまでやる
そういうものとして同人誌系の認識を
始めたのが高校生で
その頃俺はSFにハマっていたんだけど
知らないでしょ
フィリップ・K・リックと
スタニス・ワフレムとかを
フィリップ・K・リックを読んでるイメージある
ハーラー・エリスのとこ読んでる
ギブソンになぜか挫折するっていう
俺ニューロマンサー挫折したっていう
珍しい
読みやすい
別にニューロマンサーなんて
SFじゃん
ハーラー・エリスが
危険な美女っていう
60年代半ばくらいの
めっちゃこれからくる厚い
SF作家の短編を
集めて自分で
キュレーションしてる本っていうのがあって
それがちょうど早川から出てきて
それもうすら読みつつ
そこが自分の中でリンクしてた
その頃にはもう大学
日芸志望だったから
大学入ったら
もう3年経った
やるわ
やってみようと
2年後ぐらいに
2年後3年後はそうしようって
ってなってて
今振り返るとおかしいのは
全部批評誌なんだよ
批評誌だけど小説誌をやろうと思ってた
批評誌っぽいことはね
別に最初から
花から批評誌やろう
みたいな雰囲気はなかった
そんな話は一回も聞いたことない
批評誌を見てこれで小説出せるやん
って思ってた
やり口で小説出せるやん
インドスタイルの方とかを知るのは
まだ先の話なので
そもそもこいつが実作やりたいっていう
感覚もあったっていうのがあるんじゃない
カットコースに
入ったわけだし
映画に対しての実作をやりたい
って思って入って
っていう感じで
気圧悪いから
頭回んない
今週ちょっと雨がちでね
そのままローカストと
ここですごい余計な話をすれば
前も24時間アイシンとか喋ったけど
やっぱこう
前日カナダがいるわけですよ
前日カナダは1章から
MVから曲の発揮まで全部自分でやるわけ
オールディレクションしてるわけですよね
そういう意味で
前日カナダってめっちゃヒップホップのヘッズだから
当時の
いわゆるラップのタルタルコとリンクしてるから
そういうことをやってるっていう面もあるんだけど
そういう意味でインディペンデッド格好ええやん
そこが全部一緒に
なってて
ヒップホップもヘッズだったわけだし
そこが一緒になって自分で何でもかも
ディレクションするというか
インディペンデッドにやるっていうのは
高校生のまさきにとっては
ジブジャンも出格を
インディペンデッドでしたね
インディペンデッドでしたね
コンサンスとかかっこよかったよね
っていう感じで大学に入るわけですよ
大学での結成と第1号
2022年になりましたね
当時まだみんなマスクしてましたわ
じゃあこっから藤原
いやこっから秋知に行けないって
それ俺の2022年し
俺と出会うまで
いやでもそんな同じ先
やって秋知に入るまで
同じ先行ですよ俺と松崎は
本当に
俺マジで
俺がまだ
一年生きてなかった時期ですよ
一年生きてなかった時期
社会性を全く持ってなかった時期に
まだマスクしてて嫌音とかがある時期でした
ピーってね
昔話だよ
ずっと昔話だよ
2022年の4月ですか
とかに
松崎君と出会いましたよ
出会った時のことはよく覚えてない
何でもこの番組の話だけど
同じ先行だから
自己紹介の日があったのかな
思い出すな
大学出てるからほんま懐かしいかも
行かない教室だから
あの教室まだ行ってんだよ
あの教室講義使うから
でもあそこにいた
教授とまだ喋るし
キツイ女とか出会えば
逃げてよ
逃げてよ
お前泣いておぼってるのかとか言われたから
逃げていいんだね
その時まだヒロと知り合いじゃないんですよ
先ここだね
ここは同じ先行で
俺20歳で大学なんかに友達が行けないと思ってたんだけど
とりあえず入ったから
ゆっくりしようと思ってたら
18歳ですよね
松崎が
自己紹介で海外文学読みますみたいな
嘘つくのもよくないと思ったから
当たり前のことを言おうと思って
好きな映画と
好きな映画なんて言ったか忘れちゃったけど
海外文学読みますみたいな
多分ね
古典映画行ってる
北野とか行ってると思う
ピーとJKとハニーレモンソーダ
2010年代少女漫画
ハマろうとしてなかったの?
女子に
女子にハマりたいんだったら
たぶんコレイドとかじゃない
ガチ悪口見られたけど
ガチ悪口見られたけど
とりあえず思うんだけど
藤井さん自分で勝手にポケット持って
この空間が酔わせたみたいにする
俺被害者ぶるこういう時
酔わせてるみたいにならない
今そういうことになっちゃったもん
藤井とかコレイドとかだろ
とりあえず
海外文学好きですみたいに言ったら
中島ですれ違ったのなんですよ
その時に海外文学何読むの
当時ヤクルトソロズの帽子をかぶってた
松崎くんが
あの
誰にもらったんだっけ
誰に
なんかしてもらった帽子が
そりゃあヤクルトソロズの帽子
なんか写真
写真とかもあったんだっけ
夏目だっけ
夏目さんだっけ
夏目の個展行ってヤクルトファンだから
夏目のそれで盛り上がったっていう
ヤクルトソロズ
タイラー豆腐ビーツって来てるよね
次チーターだよ
次チーター帽子だろ
シーサー
ヤクルトソロズ気になったわけです
あれ長かったですけどヤクルト期は
でもその時にすれ違って
海外文学何読むのって言われて
ガルシアマリキスとか好きなんだよねって言ったら
あの
俺そこで
好きな
バンド何って言われたら
言いづらいみたいなのあるじゃない
そういう感じで一番読まれてるだろうなと思った
好きだったけどね
ガルシアマリキスも待ち受けにしてて
ガルシアマリキスは全部読んだ
人生でまだマリキス以外全部読めない人いないね
っていう話になって
そこで地元が近かったんですよ
今もそうですけど
俺の実家と今住んでる家と
こいつが一人暮らしてる家がチャリで30分くらい
そこで4月からうっすら長くなって
俺は20分
お前の漕ぎのスピード知らない
じゃあ俺っちから登ってくから坂
高校時代
往復16キロ毎日チャリ
こいつチャリ飲むのうまいね
こいつ両手離して乗れるんだよチャリ
めっちゃかっこよくない?こいつ
バス使えないから
時効済んでるとさ
チャリで死ぬほど遠くまで行く
こいつ深夜のチャリとか乗ってるときさ
タバコポッケとか
焦げながらパッと
超かっこいい
やだな
恥ずかしい
花粉症だわ
ティッシュ取るとキュンと噛んでる
超かっこいいじゃん
まあでもそれで
長くなってって感じですよね
でもアキシロ立ち上げは
そこと同時変更で進んでて
それ知り合うのは先です
そのアキシロ立ち上げより
でその時に
多分もうツイッターとかで
多分繋がってんだよね
たぶんね
俺も春日とかで
俺そもそも自己紹介で同時にポッケしてやりたいんだよ
それ覚えてないわ
最初からこうやってたんだわけ
それ覚えてないわ
でなんか
藤原がやりたいですってなって
言ったっていうのは覚えてない
いやそんなないないない
4月の半ば過ぎぐらいよね
こいつはそのツイッターで
ツイッターで
まだツイッターだったの
そうまだこういう文芸師とかをやりたくて
なんかその
ツイッターで文芸師とかをやりたくて
同期なんか書きたい人を募集してます
同期しかFFしかいないからね
それで
そこで面白いなと
思うじゃない
今まであったサークル
サークルとか入った方がいいのかな
みたいな思考からは20歳の俺にはないわけ
どうでもいいのサークルとか
そういうの興味ないかったんだけど
コロナでサークルしんどかったし
なかったですね
人とはできるだけ関わりたくなかったので
その時に
立ち上げ
芸大行ったら面白いやついるんだろうな
って思うじゃん多少は
18の子たちほどではなかったけど
みんなから後々聞く感じだよね
特に幻想とか思ってなかったんだけど
でも大学行ったら面白いやつ
いるのかなと思ったら面白いやついたわ
と思って
そういう立ち上げのツイート見て
リプしたの覚えてるよ
ツイッターそのツイートに
リプられてますか
残ってるとも消してないから
松崎は追記してるから
募集のツイートは残ってない
残ってない失礼して
追記して
大学1年生の
秋冬ぐらい
全部お皿にしよう
今までの俺は全部出しにしようみたいな
くだりがあったよね
それぐらいの時に
歴史
こうやってアーカイブってなくなっていくんだよね
人が失礼するやつ
あるな
こうやってオーラルヒストリー起こしても
例えば
今23じゃん
28とかぐらいの松崎が
こんなのだから俺はダメなんだ
全部消しちゃったら
本質にも
ポッドキャスターにもアクセスできなくなっちゃったら
これもなくなるから
俺は夜中に戦慄家の昔のツイートを
見たくて見れないからね
そういうことはしないです
こいつの1年生の時のツイート俺らはもう見れない
俺はオタクだからね
オタクの気持ちがわかるから
今はそういう顔してますね
とりあえずそれで
ツイッターにリポして
それでその時の時点では
結構もう同期の中で
喋る方というか
ぐらいだったよね
4、5月ぐらいには
教室行ったら
喋るし全然
本当に互いの共通点結構あったと思う
まず
ナンバーが好きだったしね
本当にそういう平たいことから
俺って怯な人間なんだよ
ナンバーが好きで
レイハラカミが好きで
せいこちゃんが好きだから
俺全部いける
とかも好きだったし
1年生の時何の話したか覚えてないけど
宮台の話だよ
あーしてたわ
こいつが宮台真治の読者だったのよ
俺が宮台真治の
母校の出身なんですよ
俺の母校と母校が一緒なんですよ
でひたすら俺の
高校に詳しいっていうボケをずっとしてた
こいつが
俺の地元に詳しいってボケもしてた
だから宮台がずっと
僕の高校はこういう高校でって話を
14歳から社会学
やってるからこれ本当なの?
ってことを冷笑気味に
冷笑気味に
散々聞かれて
あれでしょ鉄桁で
出前は禁止なんだろ?
かけまわしは禁止なんだろ?
今思うとそれをね
話してる宮台の
俺それ当時も言ってたけど
ライジーチャンネルなんだよね
それでそんな話をして
た時期くらいに
4月くらいに立ち上げがありました
その時に
いきくんとか
当時に書いてる
今いない方もいるんですけど
今いない同期の子とか
今で書いてるのと
あとは浴子さんとかがいて
いきくんとかがね
ひろとがちょっと遅かったんですよ
こんな詳しいことまでいいんだけど
ひろとがツイッターの募集に対して
なぜか松崎にインスタでDMをしてきて
全く覚えてねぇ
インスタで
松崎にDMをしてきて
松崎がこいつら遅れって
不審があったよ俺は
ツイッターで見たんですけど
多分ね
あの頃のお前はもうさ
意味わかんなかったじゃん
不審滅裂むちゃくちゃだったよ
でも
中村ひろとってめちゃくちゃだったからね
だいぶまともにやってきた子だと思うけど
当時だから
高校がコロナで全部なくなって
バンドも
やってたんだけどずっと
それもコロナで全部なくなって
正直こうどうしようみたいな
感じだって
それは知らないお前目線は
普通に
高校2年生から何もなくなったんだ
で
まあどっせくすきとか言ってしこしこ読んでたりして
宅録とかしてたみたいな感じか
遊んで
中学旅行行く感じで
エイブルトンライブ買ったりとか
なくなったからとかやって
で高校3年生で普通に受験免許をしてて
普通に文系の手術に行こうと思って
勉強してて
なんか本当に勉強だったんだな
と思って
付属校だったの
このまま日劇は行くかと思って
小説好きだし映画にするかと思って
映画にするかと思って
文芸入ったぐらいのあれです
4月ぐらいに
ここ会ってんだよね
これはね他の
すごい覚えてるんだけど
他の集まりで会ってた
当時もそういう
1年生だけで集まるみたいなの結構
動物多発してた時の
他の集まりでこうやってた
え
とりあえず飯でも食うみたいな
怖いよね
俺が完全に査定押しようとしてるんだけど
人を査定押しようとしてるんだけど
ひろと遅かったし怪しすぎたんだよ
怪しかった話はこいつからめっちゃ聞いたもん
その話ちょっと聞いてないんだけど
他の集まりが先前
で
他の集まりの時
他の集まりで
1年生らしい意味わかんない人数で
カラオケみたいな
懐かしい懐かしい
ひろとがめっちゃ遅れて入ってきて
めっちゃ早く出てったんだっけ
なんか用じゃって
その時のひろとの佇まいを見て
やばいやつかスターだみたいになって
ひろと
やばいやつではあったけどね
こいつがカラオケに全然馴染めんくて
当時羊文学が流行ってて
羊文学の光る時に出たの
そしたらひろとが歌ってくれるかなと思ったら
ひろとがもう出てっちゃって
まさか滑ったっていうエピソードまで覚えてる
それエピソードまで覚えてる
光る時は歌えたね
そんなひろとがいたんですよ
なんで入ろうと思ったの
なんか
ほんと最初は軽い理由で
まず文芸学科があって
ゼミの顔合わせとかもちょうどあれぐらいだった
ゼミってのがありますからね
ゼミ文芸学科の人たち
こういう感じなんだなっていうのも
あり
そこでちょっと
大学のあるうちに
なじめる感じはないかもね
意外と思ってた
文芸科と違うぞみたいな
大丈夫かみたいな
それはマジで
お前は大きな意見を案件だけど
大きな意見も絶対分からなくちゃいけない
確か大きな意見も言ったんだけど
俺
情報文学しか言ってなくて
文芸行ってないんだ
高3の
5月ぐらい
夏ぐらいに文芸学科って決めたから
あと1レースゼミ選べるやつ
大学の時代
外で何かをやらないとやばいのかもしれない
と思って
見てたら
松崎が流れてきて
なんでインスタDMしたのか全く覚えてないけど
深かりすぎて本人も覚えてない
多分ね
何も理由はないんだけど
それで
決め手
みたいなものは特になくて
そこでぬるっとやるんだと
やってみようかなと思って入って
ポッドキャストがその後にあったっていうのがあるね
そこからだね割と
ポッドキャストまでは
ポッドキャストぐらいまでは
なんとなくって感じだった
でもポッドキャストの前に1号作ってるやんな
作ってない
そうだっけ
書いてはいる
出る前から始めてんだ
ポッドキャストって
エピソード1っていつ撮ったあれ
調べる
1年生の10月とか
ちょうど11月
出る前にやらないとだめだった
そうだっけ
それまでは
1年生の夏ぐらいには
俺松崎大学で一番仲良かった
ずっとすっごい一緒にいたよね
確かに1年生の夏休みに
この2人と行った記憶は
そこまでないな
定期的に一応飯食いましょうやみたいなやつ
やってたね人を集めて
そうだね
一番最初にでかいの
その時の春の
分割35ですかね
みんな下見行ったね
いなかったか
私いなくて私が紹介した友達がいてね
そうですねそらしろくんが
そらしろ
そらしろは現在音楽と日本酒を
テイスティングするみたいなやつ
あれめっちゃ面白かった
あんな人見ねえな
あんな人もう見ねえわ
11月2日だ
上げてるのがね
あといきくんとか
あと初手のズームがあったり
初手でズームして
9時からだったんですけど
俺は早い早起き
俺が9時に始まるときに
ごめん松崎俺マジ眠いから寝るわ
ぶちってきたら阿部子さんが
どういうことって言った
マジかよ
藤原っていう早年のシャフがいる
だからそうね
そこらへんは置いとく
エモい人だよ
でも5月分割行きましたよね
そうか
その時の分割の雰囲気みたいのはあった?
どれだろう
出店してからの方が
記憶あるんだよな
でもなんかそんなに混んでなかった
そうだねスカスカだったと思う
そんなに混んでなかった気がする
流通センターが込み出したってなったのも
2,3年生とかの話あったと思うから
で
夏休みとかあったんだよね
ちょこちょこあった
じゃないとあんたは呼ばないんだよ
ここがね仲良かったと思うよ
あと音楽はあったね
音楽の話
音わかなかった
俺も松崎のさっきの
高校の経緯の
文芸師がない部分の
音わかの部分をツイッターで
俺もなんか当時
一緒にスタジオに入ったミシェルが好きな
何々くんとか
一緒にストーンローズのコピーやった
何々くんとかそういうのが
プレイヤーよりも音わかで
なんかね分かったけど
俺が普通にやり取りしたことある
FFをお前がフォローした
俺の音わかの
ちょっと近かったかもね
お互いが
所詮さ名前出すのもあるけどさ
ロックンロールくんとさ
丸代目
あとリシがいてさ
あれしょ遠藤さくら
リアルムギャラバー
俺はそう思ってるけど
あと聴いてた音楽もね
全然
レディオケットとか
フランクオーシャンとか
そんな感じで
そうだね
1年夏ぐらいに
制作期間に入りますみたいな
それでブンフリ行って
作ろうかみたいな
あったんだよな
総刊号にあたって松崎が
その時にメンツ集まってて
横断系な
ここから俺が引き取ろうか
1号はとりあえず
コロナ禍ってモキメンタリーが流行ってたから
モキメンタリーやるしかないでしょ
流行ってましたね
ずっと何でもやるしかないでしょ
今は撤退戦するしかないでしょ
守りするしかないでしょ
撤退戦するしかないでしょ
守りで時間を確認するっていう
時間を確認する
だからモキメンタリーだったから
割と特集は
フィクション特集にして
嘘エッセイとか
嘘ディスクガイドとか
ガチ小説とかは難しい
あーそうだったね
拒絶飛沫でやろう
嘘ディスクレビューとか
嘘CDを
嘘2010年代名番特集を
そういう意味では
これまでのGOの中で
一番ちょっとコンセプチュアルな
表紙に結構文字が濃いことでも有名
岩上文庫のパロディー
表紙にあれが除文が書いてある
嘘ディスクガイドとかを作ったりとか
嘘エッセイと
あと普通の小説とか並べて
拒絶飛沫な感じでやるっていう
やるべき仕事をやった感はあるよね
のが一年の夏ですわな
でもそこまで18歳の夏で
作るエッセイ作ったのもすごいしね
マジでお前らに言っておきたいのはね
っていうのがあるんだけど
うん
ポッドキャストと文学フリマ
人文系ポッドキャストがね
流行る前からね
ポッドキャストを
やってるんだよ
こっちは18で
同人誌一冊目出してるんだと
マジで言いたい
最近始めた人文系の
ポッドキャスター達に言いたいけど
俺ら別に
しかも俺ら別に
ツイッターが有名とかじゃないから
どこの馬の骨とも知らん奴らが
ツイッターも6人
リアがぐらいしかやってないのに
始めたよね
俺らは早かった
一年の夏に書いたの覚えてます
俺が書いたの7月末から8月明けだったの
覚えてます
総勧告が出る出ないぐらいの時期に
ポッドキャストが
始まりました
でもね1回目のエピソード真っ先に
店で撮った記憶がある
覚えてないんだけど
何を喋ったのか覚えてないんだけど
結構藤原が話した記憶がある
乃木坂ポジティックス
すごいのは
鈴下たすきだからだっていう
今とそんな変わんないけど
ずっと同じ話をしてる
一応
俺らは結構いろんな
ポッドキャスターと違って
再生回数が10回もないみたいな
俺らがチェックのために聞いたぐらいしかない
みたいなのを消してないから俺らは
いつ消えるかわからないけど
本当に席面するようなこと
今まで言ったら間違いが多いようなことも
言ってると思いますよ
日常の精神状態とか出てる
滲み出てると思う今より
なんでポッドキャストやったのか
でもその時には
俺が覚えてる範囲で
記憶の範囲とか印象の範囲では
その時松崎は機械界の
ヘビリスナー
機械界の話を
ロールモデルでは
ギリギリポップライフスポッドキャスター
やってた
あれじゃない
機械界が筒さえ書店で
そういうのは
機械界のイベントとか
昔は全部
ぐらいの時期だよね
機械界の本が出たぐらいの時期
ぐらいの時期に
今はポッドキャストっていうのが
熱くて
それは松井がもともと
高校生の時からポッドキャストリスナーだったんじゃなかったっけ
そうそう
でもやりませんかってなって
でも俺なんて
俺はそもそも高校時代はラジオリスナーだったんだけど
ポッドキャストは聞いてないわけですよ
ポッドキャストに
アーカイブされてるのは聞いてましたけど
いわゆるポッドキャストは聞いてなくて
俺はオールナイトニッポンのヘビリスナーだったんですけど
ポッドキャストってちゃんと聞いたことなかったね
なかったです
そう思うとさ
なんかこう
Twitterでポッドキャストやるみたいな流れさ
全然あったな
めっちゃあったよこの2年ぐらいじゃないこの1年とかじゃない
頭がおかしいな
あれは
なんでポッドキャストできるんだよ
今思うと分かんないな
でも俺らのノリとしては
でも俺らの想定では
多分ね
こういう風になると思ってなかったと思うよ
いや俺は思ってた
お前は思ってた
俺は仲間うちで
こういうものを作るっていうか
そのなんていうか
友達とその午後何だらけ
音楽鳴らしてたらみたいなのに近いか
俺の中では
学校の隅でサイファーやってる友達いたじゃん
そうそういう系だった俺は
俺はね
これからはオーラルコンテンツによるね
人の消費こそがね
最も有効な
習慣であると思う
松崎はそれで始めて
自信満々な顔してるからやってた
俺だって
基本俺の大学生活なんて
大学の実習とかじゃない限り
松崎に誘われてやってますから
小説今では自分だけで書いたりもしますけど
それも別に松崎が
俺初めて書いた小説が
1号に載ってる小説だから
生まれて初めて書いた小説が
ポッドキャストも言われたから
自分から思いつかないですから
ポッドキャストは普通に
聞き換え会があって
しかもあの頃まじで
野良のポッドキャストってないんだよほぼ
ゆる言語
とかしかなかったよ
大きいのあったけど
あったのかもしれないけど
普段いろんな人が聞いてるとかではなかった
大学1時生だったって
あるんじゃないの
俺が知らなかったとか
俺は自分では思うな
結局いわゆる人文とかで
ポッドキャストが流行るのが
もうちょっと後だよ
それこそ2年前
だから
言論とかそこら辺がポッドキャストが来てる
みたいなことを言い出すのは2年前くらいで
それより前はどっちかというと
音楽ライターとかのほうが多かった
ライターとか
あとはあれでしたよね
今でも流行ってると思うけど
30代独身女性の
とかそういう系の
恋愛がたり
とか
先生と生徒が
しゃべるとか
インディペンデントな
ラジオドラマみたいなのが流行ってました
結局
16歳くらいから私の
ロールモデルが田中聡一郎だってことに
全ては起因してるんだよ
田中聡一郎が好きな小説家
映画監督志望だったから
文芸じゃなくて
そっちのほうにアンテナがあったから
ポッドキャストが来るだろう
ポッドキャストが来るって
説明されたのすっごい覚えてますね
1年の夏明けくらいですか
ポッドキャストが来る
やろうみたいな
俺はそもそも人の前で立ったりするのは
好きじゃないから
説得するってのがあった?
誘われたからやる
自分くらいは思いつかないから
ポッドキャストなんて
友達が聞いてくれる
みたいな時期
までも長かったし
聞いてくれてから
そうじゃない人まで
そうじゃない人まで
試合しか聞いてねーだろみたいな時期も
結構
長かったからね
それが一番長かったと思うけど
なんか1回だからさ
飛ぶけどさ
コンテンツやった時にある程度
再生回数が増えたじゃん
そこらへんくらいから意外と聞いてるんだな
みたいな気持ちには
一番最初に伸びたのが100年の孤独じゃないかな
三宅少女だっけ?どっちだっけ?
100年の孤独だった
100年の孤独が
初めて1000を超えた
回じゃないかな
誰もやってなかったからとかあるよね
とりあえず23歳ですよ
懐かしいな
と思いながら言うのは
18歳の子
俺が一番面白いと思ってるから
俺が番組をやったら
回るだろ
謎の確信だけはあった
万能感もありますしね
もちろん実績に基づいてる
恋愛してたしね
あの頃ね
恋愛してる人って万能感あるから
あの頃ね
万能感を失った時期があるでしょ
ツイート全景色
そこまでいくともう
アウティング
ただの昔話
それが1年の秋くらいですか?
うん
それで初めて文振り出ましたよ
文振り出ましたね
意外と売れたんだよね
意外と売れたよね
当時のいわゆる初参加の中では
だいぶ売れたの覚えてるわ
25分
30ぐらいはけた
しかも俺らは
そう考えるときばかりめっちゃ吸ってんだよね
100吸ってんだよ
ずっと持ってた
100あってそのうち30ぐらいはけたんですよ
それは初めて
フリペにしてはすごかったですね
覚えてますその日の文振りのこととか
フリペの裏に
俺の小説800字書いてって言われて
載っけて
フリペパーって渡して
フリペ文化があったので
フリペを渡してそれを読んで
戻ってきてくれて買ってくれた人がいて
その時はすごい覚えてる
嬉しいね
俺はその時にちゃんと書こうと思って
それが初めてだったの覚えてる
もっと真剣にやってみようかなって思ったのが
その日初めてだったの覚えてます?
ここら辺は別に
そんな強い意志があったわけじゃなくて
ヌルッときてるよ
ヌルッとだった
ヌルッとだった
でも創刻文のときは
出してみようが一番でかかったよ
全体的な雰囲気としてね
作ってみよう出してみようというか
一回聞きますか
流しとか
ここは使わないからいいや
汚いこといっぱいいいよ
今しょんべんの音が流れるからさ
汚いもん十分
十分だな
汚いもん一緒十分
まさき
AI系
あいつ一年の冬すごかったな
一年の冬とかも
ずっとすごいけど
一年の冬はすごかったよこいつ
チャリで夜中家へ飛び出して
チャリで近く行くって思ったら
調子いっちゃったんだよこいつ
すごいね
こいつは元気かね
松見さ
松見を新卒に入った会社
辞めちゃったらしいんだよね
大丈夫流れた
出てきた
なんでもない
なんでもない
やりますか
やりましょう
俺の元の全員をたぶらかしてるんだ
で
ぬるっとやってましたね秋くらいまで
出してみようやっぱ一番
当時
自分たち以外の
場っていうか世界を知らなかった
というか
自分でめっちゃ覚えてるのは
出して自分の元の調子読んだ時
ひどいなと思って
それまで自分が書けるほうだと思ってたんだよ
ずっと
実際こうしてみてひどいなと思って
もうちょっとちゃんとやったほうがいいなみたいな
気持ちになった記憶がある
俺で書けたなと思った
藤原書けてるなと思った
すごい
こいつ書けるな
いまだに文芸師はきちないじゃん
波を数える以降の藤原
右肩下がりつつ
確かにあの時期の
このなんだ
レベル差的に言ったら
こいつが一番書けるなと思った
で悔しいと思った記憶があります
色々ありましたね
確かにね
松崎の2作目の方が覚えてる
俺1本目からさ
適当小説書いてる
なんだっけ1本目
ゴールデンウィークのスゴシカートだよね
小説らしい小説を書いてて
マルケス好きな人のやつ
あと1作目っていう点で言ったら
色んな小説家を取っても
俺かなり書けてるほうだと思う
あれからの進歩が
マジで
ないね
ないね
そんなちょっとずつ
色んな技術をやってますけど
1作目ってラッキーパンチで書けるから
あれがラッキーパンチでしたね
そんなことはいいんですけど
最初に書いたのってあれとずっと一緒だからね
俺がね
やってることがね
最初に書いたことって
みんな継続してるじゃん
それぞれ
俺も1作目からできるだけ
序章性とエモがない文章を
書くのを見てる
俺のはノート見てください
ノートに無料で
あげてますから読めますよ
俺はもうできるだけ
基本的にルーク・コルビジュ的な
機能主義が理想だと思ってる
情報を伝えてるだけの文章で
めっちゃいい文章を書かないといけない
っていう
俺は1作目みたいな文体量も書いてないですけどね
ちょっと文体違いますけど
最後気づいたのはね
俺はねこれさみたいなことを書きたいね
あれ
あなたがくれた煙草みたいな
これさみたいな
ちゃんと私を見て
ハニーワークス
これさじゃないよ
これさがガイドの曲やったのあったべ
最上級にかわいい
これさみたいなことがやりたい
普通に好きな
彼氏いる好きな女の子と
2人で
出かけて説明
みたいなことが
ずっと書いてるしね
それが一番おもろい
めっちゃいい文体で書くっていう
俺はもうあの時書いてたことね
あのちょっと
何個かのテーマ今でも通ってますけど
今でもありますけど
あの時思ってたこと
あの時等身大だったことを書いてるんだけど
今では全然どうでもいいことしか書いてなかったりもしますね
第2号までの制作と次回への展望
まあとりあえず1年の秋はそんな感じでしたね
1号ダッシュが降りたんだよね
でもポチョキャストがぼちぼち取り始めて
あの頃は
まだその習慣化する
ってことになるまで結構時間かかってたよ
2ヶ月空いたりとかざらざらだったと思うんだ
ちょっと待って
1ヶ月
えっとね
もうほんとね予定を無理っくり
合わせるとかしてなかったと思う
はいはいはい
でも意外と3ヶ月空いた時は
そうそうそうそういう感じだったよ
エゴンシーで行くまで3ヶ月空いてました
エゴンシーで行ったね何年前
マジで昔話
なんか昔話みたいな
なんかいよいよちょっとコンテンツやってみよう
そうちょっとコンテンツやってみよう
みたいな時もありましたね
だからあれか時計的には
この時期はノートを毎週更新してるわ
はいはい
1年の春とかちょっといろいろやってみよう
みたいな時期だった
でも意外と2号まで早いな
その時に2号やってたのか
エゴンシーで行った時期に2号書いてるわけですよね
はいはいはい
俺が黄金の月書いた時だ
はいはいはい
これはねノート見てもらえばね
アキチのね
意外と実はいろんな
エッセイとかディスクレビューとか
ちょっと毎月
毎週やってみようとか持ち回りでやってみようとか
してた時期ですよね
大してバズらずに
負荷が多いってことでやめるみたいな
そうそうそう
でもやっぱさすがに
俺ってこう主催の人があるよね
なんかバズる音してるよね
そうだね
読書会とかやってたの正直ですか
2年の頭
ちょこちょこやったけど
いろんなこと幅広げて
やってこうかみたいな
寄り合いで本作るだけじゃなくて
やってみましょうかみたいな時期がありましたね
そうだから少なくとも
ポッドキャストを始めたのは明らかに
ポッドキャスト
なんか強いたからやっぱ
なんでもない学生の同人心に
どう付加価値というか
プレゼンスというか
どう見てもらうかと考えたら
普通にポッドキャストとか外部を使って
そこで
客を読む
っていうことしかないよなっていうのは
意外と当時からあって
そういう目的で
始めてるというイメージですね僕も
でも2号
で割と文学じゃない話しっぽがもしつつ
文学じゃない層にも
リーチするように
そういうことはあといろいろあったじゃない
文学交渉じゃなくて
もっと実地に
というか
いろんなところを横断的に
今でもその感じですけど
色々興味があって
いろんなことをしてた
自分でもあったし自分的には
幅広がり的に
で2号が始まる
2号は
あれですよ
表紙が大田切り
大田切りで
ひろとが写真
懐かしい痩せてる
本当にね
あの時のひろと
あの時はまだもうちょっと気力があって
だから同期とかで
おもろいやつを
集めて一緒にコレクティブみたいに
面白いやつを表紙に
使うとか
あとはゼミ誌とかを読んで
面白いやつがいたら
引き抜こうとかあったね
引き抜けなかった
ゼミ誌読んでいいやって
本当に悪口だけどね
悪口というか
リアルに
俺らに
タイプも違ったし
文芸学科と俺らがやってること
その時も逆に
俺らよく集まったなんかもあったし
それを覚えてるわ
なるほどね
結局
大体先輩下
全部見て思うけど
大体日芸の保守本流に
乗れない奴らが
自主活動するんだよ
だけの話だから
だからそれで2号で
おだぎりの写真
おだぎりの写真を頼む
なんかこれもっと
どうにか
俺はやっぱこう
おもろいやつを集めるみたいな
意図があったんだけど
意外とその後も
次は寺本さんの写真を作ったけど
いい写真だったね
あれもいい写真だった
いろいろ
費用対策の方面とか
そもそも
呼んではいるけど
向こうにどれくらいのリターンを
与えられたかっていうのもあるし
フックって意味だよね
探し
切ったとは言わない
毎回同じ人に頼むのも
あれやな
写真の時期かっこよかったけどね
2号のぶんふりは
壁沢だったんすよ
偶然壁沢で
偶然壁ですごい通るところに
たまたま物配置がされて
人込みで酔いそうになりながら
売って結構物数が上げたのも覚えてます
2号は一番早く売り切れた号でしたね
印刷物数を減らしたのもあるけど
50部とかが
当日で
相当売れた記憶がありますね
2号は
作品集にしたんだっけ
全員作品で特に変なことはしない
してない
一応関東弦はちゃんと書いてた
懐かしいね
まるで関東弦を
始めたい君に
伝えたいことは
関東弦を書いて
それっぽくキュレーションすると
こういうことをやりたい
ことなのかなっていう
コマーシャルになる
当時関東弦が
一番目立ってた
時期じゃない
まるでみんなが
一つの目標に向かって
酔い集まりなんですね
って見られてたと思うな
松崎がそこら辺を
切れた
そもそもその時点で
ポッドキャストなんて
友達が聞いてるか聞いてないかだったから
露出で言ったら一番でかいの
松崎の序文でしたよね
それが2号機ですか
そっからそんなに大きな変化がある
ところまでいった?
2年の秋か
芸祭3号か
2号の話をもうちょっとしておくと
はい
2号って
特集を
2号の頃って周りのサークルはあんまないのか
交流も
とりあえず出してみる
2って感じで
継続大事じゃん
っていう時期だったよね
1号で終わりなんですよ
だけで終わるのか
サークルのほとんど
ここに続けてこうぜ
っていう
そこで明確なあれはあったのか
それまでも
1冊出すって今後も出し続けるのか
とかまでは
俺らの中で多分ビジョンがなくて
ポッドキャストのね
エゴのシーで展を見に行く
ナンバー9までの3ヶ月のままが
それだった気がするんだよね
ポッドキャスト続けて継続的にやっていくか
みたいな
ポッドキャスト取ってやっていこうか
みたいなことになって
覚えてないですけどね
あれは普通に
編集しだしたら
全部切っちゃって
あの時期本当につまんないのしか取れてなくて
つまんないルールもいいから
あげようやみたいな雰囲気になった
とかもあったと思うけどね
あの時期ガチ人生つまんない時期だった
ツイート全景色
1年生の春休みって
ガチ人生一番つまんなかったかもしれない
1年生の春休み俺自分が何したか覚えてない
何したか覚えてないもんな
大事好き書いてた記憶あるけど
ガチで何したんだろう
1年生って春休みを楽しめることって
友達もいないし
金もないし
酒も飲めないし
23年
1月でしょ
今から3年前ね
何もしてないな写真見返すと
それが2号ですか
その1月
2号で他のことありますかね
この場所の時間が
あと10分くらい
じゃあ2号まで
今日は2号まで
意外と進んだな
この後結構さ芸妻とかさ
芸妻って結構雰囲気変わりましたよ
俺らさ
芸妻があり
3号があり
4号があり
そうですね
自分の中で書くものをちょっとずつ変わっていく
ちょっとずつ変わる
3号の時はまだやってないけど
4号の時に俺新人証書き始めてる
あと大学の実習も
ちょっとずつ本格的になってた時期
でもありますしね
それぞれがそれぞれの活動が
ちょっとずつ本格化してた時期じゃないですか
松崎は実製作撮ったのも2年のやつだし
あーそっか
初めて撮ったのも
1年生の
芸妻で上映があってみたいなことがありましたよね
1年生の3学期はあれだわ
サトリタが選抜に入るか入らないか
みたいな時期
ただのドロータイム
藤原の製作で
私が出たりとか
そういう外の関わりもあって
そんなのあったっけ
ソラシの動画のやつ
あーでも2年のやつ
それは結構あると思う
それは
次回に
3号の時期か
2年のやつですね
私が変数していく時期
2号は1号でやってた
コンセプチャルっていうのに
あんまり
価値を満たさなかったというか
効果を得られなかった
俺って損切りしてんねん
それでもやろうかみたいな
そして
その時期は結構メンツの入れ替わりも激しい
1号2号3号ぐらいまで
今のメンツになったら4号ぐらいまで
さっき松崎言ったように
おもろいやつ入れてこう探してこう
俺らは一回も切ってはいないんだけど
切ったってことはないんだけど
いろんなフェードアウトして方もいらっしゃったので
この話をすると思うのは
なんていうの
言えば言うこと
入れる人がいなかったって話になるとやばいな
そうだねだって俺ら
読んでもらえば分かる通りに
途中から
メンツ一回も買ってないですからね
中に入れ入れる人ってこと
それは置いといて
2号はそういうムードがあって
だからなんかあったよね
作品でいこうみたいな
ムードがあって
うん
正直2号までは
対して何かしら
話が変わるところはない
そっちから言うと学生生活の話になる
ここは
関わりとかあんまない
俺らで秋町どうしていこうとか
芸祭と穂坂和志トリビュートぐらいから
話が変わってくる
俺らの中でもともと
今ほどじゃないというか
大学の後半ほど
何かその制作についてとか
実地で
会うためにガッツリ話してみたい
時期でもなかったと思うんだよ
だから盛り上がりと
次回は
盛り上がりと
盛り上がりと外との
接続と
それによる
各室が始まる
各室あった?
あったら今なくない?
引きがなくなるだろ
各室でさまざまな衝突
衝突
藤原の泣いた路地
松崎の
馬鹿山まで行って泣いたの?
路地は馬鹿山以外にもあります
かっこ路地じゃないんだから
松崎の
松崎の出した花路とか
阿部教官の
超絶怒涛の
第2回が待ってます
第2回3号4号編
息ゆたれ呼ぶか次
息の息も聞きたいね
そろそろ息がね
阿部子さんとか来るのかな
そしたら顔が出せなくなる
阿部子さんも働いてるから
外務会
外務会の阿部子さん
ぬいぐるみとか
声かけてみる?
聞いてくれてると思う
そんな感じで
声かけてみて
俺がLINEすんの?
めんどくせえ
LINE怖いなよ
藤原にLINEするときで
1回書いてから30分寝かせる
俺に?
メモ帳にメッセージ書いて送ってる
よく
そうなったら
俺が緊張させてるみたい
藤原に対して?
全員
そういう感じで
正直あまり
わかりやすく
業績があるわけでもない
1号まで
逆にこっから
どっちかというと
外の話が
芸祭ぐらいから
集まりの雰囲気が変わった
3人でやるときは
2人でやるときの雰囲気が
変わりました
サークルみがなくなっていく
ベンチャー精神が出てくる
どうして
ベンチャー精神が
消滅するのか
そこまで
3回目ぐらいになる
やがて今に至る
アクションオーラルヒストリーでした
ありがとうございました
また
01:16:12

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