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2025-07-04 06:44

考えるより先に、身体が知っている──身体的思考という知性

生成AIはロジカルシンキングもクリティカルシンキングも得意。負けてたまるか!と対抗しますか?

我々は"頭の思考"偏重になっていませんかね?

このポッドキャストは以下のnote記事をNotebookLMで音声化したものです。

 

note記事URL :

https://note.com/daisaw33/n/n2b3182f7fa33

サマリー

AIが論理的思考を担う中で、人間が磨くべきは身体的思考であるというテーマが深掘りされています。身体の直感や微細なサインに意識を向けることが、AI時代に人間特有の知性を再評価することの重要性が語られています。

身体的思考の重要性
ノト丸
こんにちは。ロジカルシンキングとか、情報処理って、もうAIが得意ですよね。
そうなると、じゃあ私たち人間は何をすればいいんだろうって感じている方も多いんじゃないでしょうか。
これまでちょっと頭で考えることに偏ってたかなぁって気づき始めた今だからこそ、深く考えてみたいテーマです。
今日はですね、Daisuke Sawaiさんという方の、考えるより先に身体が知っている──身体的思考という知性という文章、これを手がかりに掘り下げていきましょう。
AI時代の人間の知性とは何か、改めて見つめ直す、そんな時間になればと思います。
ブク美
よろしくお願いします。このSawaiさんの文章で提示されている身体的思考という考え方、これは非常に興味深いですね。
いわゆる論理とか分析とか、そういう従来の知性とはちょっと違う、もう一つの大切な軸を示唆しているように思います。
AIが論理を担うなら、人間が磨くべきは、もしかしたらこっちの方かもしれないと。そんな問いかけですよね。
ノト丸
まず面白いなと思ったのが、センスの定義なんですけど、センスとは、つまり身体センサーの"動的感度"のことかもしれないと書かれています。
これもう少し分かりやすく言うとどういうことなんでしょう。
ブク美
そうですね。これは身体が無意識のうちに捉えているすごく微細な情報ってありますよね。
例えばその場の空気感とか、相手のほんのちょっとした表情の変化とか、そういうものにどれだけ敏感に気づいて、そして反応できるかっていう、そういう能力のことかなと。
頭でこうすべきだとか考えるより、もっと先に体がこっちだみたいに動いている、そんな状態を指しているんだと思います。
ノト丸
なるほど、なるほど。文章にあった絵描きの例、手が勝手に動いて気づいたらこれだと思えるものが現れているっていうのは、まさにその感覚なんですね。
ブク美
そうなんです。それは身体的思考と呼ばれる状態で、スポーツなんかでいうゾーンにも近いものがあると思います。
ブク美
考えるっていうプロセスを超えちゃってて、感じることと体が動くことがほとんど一体化している。言葉にはすぐにはできないんだけど、でもそこには何か確かな判断がある。
ブク美
これも人間の大事な知性なんだ。というのが筆者の主張の中心ですね。
ノト丸
でも私たちの社会って、どうしてもテストの点数とか、論理的に説明できるかとか、そういう頭で考える力の方を重視しがちですよね。
ロジカルは測られるけど、身体は無視される社会っていう指摘は耳が痛いですが、確かに実感としてあります。
ブク美
まさに。そのちょっと頭脳偏重とも言える状況に、近年のAIの進化が重なってきたわけです。
論理的な思考とか膨大なデータ処理ではもうAIにはなかなか価値はない。そうなると、じゃあ人間の価値ってどこにあるの?ってなりますよね。
筆者はその答えの一つが、この感じることとか身体で判断すること、つまりこの身体的な知性にあるんじゃないかと問いかけているわけです。
ノト丸
そこで直感の話も出てきますよね。頭の直感と身体の直感があると。
頭の直感は知識とか経験からの高速な予測だから間違うこともあるけど、身体の直感はなんかちょっと違う気がするみたいな、もっと静かで深いところからの感覚だと。
ブク美
その区別はすごく重要だと思います。そしてAI時代にはこの役割分担がもっと進むんじゃないかと提案されていますね。
つまり、論理的な組み立てとか、あるいは頭の直感が本当に正しいのか、その検証の一部なんかはAIと一緒にやればいいと。
身体の直感を信じる
ブク美
一方で人間はもっとその身体の直感、身体が発する声に耳をすませて、それを信じることに意識を向けるべきじゃないかということです。
AIはいくら進化しても思考のパートナーにはなれるかもしれないけど、感じること自体は代行できませんから。
これが人間の最後の砦というか、感受性なんだと。
ノト丸
そのための具体的な指針として5つ挙げられていましたよね。
"考えすぎない勇気"とか、"身体の違和感を信じる"とか、これらをギュッとまとめるとどういう心構えにつながるんでしょうか。
ブク美
そうですね、本質的には考えすぎるのをちょっと一旦やめてみようと。
身体が発している微細なサイン、例えば違和感とか逆に心地よさとか、そういうものをちゃんとキャッチしてまずは動いてみようと。
言葉で説明するのは後からでもいいじゃないかと。
それから頭で考えた判断はAIと一緒にもう一回問い直してみようと。
そして何よりも、感じるっていうこの人間固有の領域を大切にしようということだと思います。
ブルースリーのDon't think, feelっていう言葉がなんだか新しい現代的な意味合いを帯びて聞こえてきますよね。
ノト丸
ただその身体の違和感を信じるって言っても、それが単なる不安とか自分の思い込みなのか、それとも本物の身体からのサインなのか、その見極めって結構難しそうだなぁと思うんですが。
ブク美
それはおっしゃる通りですね。確かにそこは一朝一夕にはいかない部分で、訓練とか経験が必要になってくる部分でしょうね。
ただ最初からどうせ気のせいだって無視するんじゃなくて、まずはあれってちょっと立ち止まってみる。
その感覚に少し注意を向けてみるっていう習慣をつけることが第一歩なのかなと。
言葉にできないモヤモヤした感じをすぐに気のせいだって片付けない勇気みたいなことかもしれません。
ノト丸
なるほど。AIに思考の一部をある意味アウトソースできるからこそ、私たちはこれまでちょっと無視しがちだったかもしれない、身体の声にもっと注意深くなれるし、そうなるべきだということなんですね。
頭の知性だけじゃなくて、身体が持っている知性とのバランスを取り戻していくと。
ブク美
まさにそういうことだと思います。今回の探究でこう見えてきたのは、AIの時代だからこそ人間の感じる力、つまり身体を通した知性というものが新しい価値を持ってくるんじゃないかという視点でしたね。
ノト丸
では最後にこれを聞いているあなたに一つ問いを投げかけて終わりたいと思います。
もしこの身体で感じて判断する力というものを、芸術やスポーツだけじゃなくて、例えば仕事の決断とか日々のコミュニケーションとか、これまで主に頭で処理してきたような領域でもっと意識的に使ってみたらどうなるでしょう。
あなた自身の選択やあるいは世界の見え方はどのように変わっていく可能性があるでしょうか。
ぜひ少しご自身の中で探究してみてください。
06:44

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