1. 『八女ラフラマナマナ』@FM八女
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#19_260115_『本編ラジオの補足:2026メモリアルの作曲家』『ベートーヴェン200年』『作曲家は夭逝するイメージ』『ハイリゲンシュタットの遺書』『まつおのCHONANの成人式』『羽織袴での成人式について』『昭和のヤンキー文化ってなんだったのか』『横浜銀蝿と氣志團の違い』『みとさんが勉強してきた【非暴力コミュニケーション】』

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コミュニティFM放送局、FM八女「きらきらミュージックBOX」でクラシック音楽を中心にお送りしている水曜日のコンビ、クラシックの解説をする担当「まつお」とそれを聞く担当「みとさん」でお送りする番組。フリートークがやりたくてラジオやりはじめたはずのまつおが、番組内容に余裕がなさすぎてフリーに話す時間がなくてやってるアフタートークを聴きやすく軽く編集したものです。

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「ラフラマナマナ」という言葉について

基本的には検索するための独自の言葉なだけなのだけど、『障碍・困ったこと』をあらわすサンスクリット語の『ラーフラ』という言葉と『神の力、パワー』を意味するハワイ語『マナマナ』をくっつけて、悪いことから良いことまでなんでも、っていう意味でつけた番組名です。

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まつお:松尾隆志:FM八女の市民パーソナリティでクラシック音楽の解説担当。番組「きらきらミュージックBOX」はすでに10年を超える長寿番組である。本職は写真屋さんで、写真を持っていないシニア層が多いのを心配していて、有償無償でそんなみなさんの撮影をやってる。ヴィオラを演奏し、単独での演奏、演奏付きの撮影会などを精力的に開催、2つのオーケストラに所属。

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みとさん:今村美都:FM八女スタッフでクラシックの番組ではまつおの解説を聞く役。がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。『「不」自由でなにがわるい 障がいあってもみんなと同じ』を上梓。

https://www.shinnihon-net.co.jp/child/product/9784406068703-----

FM八女:福岡県八女市を放送エリアとするコミュニティFM放送局。自局放送は、午前の音楽番組『きらきらミュージックBOX』午後のワイド番組『がまだすワイド801』を中心として構成している。このPodcastは水曜日版の『きらきらミュージックBOX』のメンバーが出演しています。---

八女市について(福岡県で暮らす|福岡県プロフェッショナル人材センター https://www.projinzai-fukuoka.jp/flive/flive_yame.html サイトより)八女市は、平成18(2006)年10月1日に上陽町、同22(2010)年2月1日に黒木町、立花町、矢部村、星野村と合併し、 福岡県内で2番目の面積を有する広大な市となり、現在に至っています。福岡県の南部、福岡市から南へ約50kmに位置し、北は久留米市、広川町、 うきは市、西は筑後市、みやま市、南は熊本県、東は大分県に接しています。八女丘陵には岩戸山古墳をはじめ多くの古墳があり、 仏壇・提灯・手すき和紙などの伝統工芸品や、ブランドとして名高い八女茶・電照菊・イチゴなどの農産物が豊富です。

サマリー

このエピソードでは、ベートーヴェンの200年メモリアルに関する内容が語られ、作曲家が短命であることが多い文化やハイリゲンシュタットの遺書に触れられます。また、成人式における羽織袴の影響や昭和のヤンキー文化と現代の違いについて考察が行われます。さらに、ヤンキー文化の歴史とその変遷が探求され、成人式における袴の着用とその意味についても語られます。非暴力コミュニケーション(NVC)についても言及され、対立解消の方法が考察されます。加えて、2026年のメモリアルに向けた作曲家やベートーヴェンの200年にわたる影響が考察され、特にハイリゲンシュタットの遺書の重要性が強調されます。日本の成人式や昭和のヤンキー文化についても触れられ、非暴力コミュニケーションの学びが日本文化に与える影響が探られます。

ベートーヴェン200年メモリアル
大量とか不作とか言えばどうしても失礼ですけど
大天才にしては56歳、結構生きてるなって思ってしまったりしませんか?
まあまあ、そんな感じ
何を高速通りの格好をしてるんだ、あいつはみたいな感じで
目をつけられない程度の薄い近寄り方をしておかないと
逆に目をつけられて
何それ?
横浜銀蝿はヤンキーだったかもしれないけど
気志団はすでにヤンキーじゃない
やめらふらまなまな始まってまいります
この番組はFMやめ、平日朝10時からの生放送
キラキラミュージックボックス、クラシック音楽の水曜日という番組が終了した後のアフタートークで
番組の反省とか振り返りをしながら
やめの話、ちくごの話、ミモニーの周りの話を
ちょっと長かったらしいな、今度は削ってきます
私松尾と相方の水曜さんがお届けするコーナーでございます
今日はメモリアルイヤーの作曲家の紹介をしたんですけども
こんな文化があることはご存知でしたか?
ベートーベン、モーツァルトみたいな大きな人たちって自動的に出てくるじゃないですか
自動的に出てきますね
割と大騒ぎをしてくれるので
社会が大騒ぎしてくれるので自動的に気づきますよね
それは確かにそうですね
ベートーベン、たぶん200年なので
ベートーベン200年は大棒お祭りになる気がします
まだもう今年じゃないので、もう一個来年なので
けど、世の中のコンサートシーンもだいぶベートーベンになるんじゃないかなと思ってますね
来年は本当に、だから今から準備されてるはずですよね
もう世界中のね
もちろんもちろん来年にベートーベン200年が来るっていうのは
作曲家と文化
それで、まあまあ
なんでこんな文化が始まったのかもわからないですけど
面白いですよね、なんか亡くなって何年とか
毎年誰かしら何かしらができますよね、クラシックって
毎年やってるんですよ
大量とか不作とか
不作とか言うと失礼ですけど
大天才と大天才の間に
天才のバリエーションってたくさんあるじゃないですか
ありますあります
やっぱりね、大天才をみんな好きだから
あとは流行り方とかそんなもんなんだと思いますよ
今日ご紹介したカール・マリア・フォン・ウェーバーとかも
もう本当に素晴らしい作品がいっぱいあるんだ
そうです、僕もだからさっきあれなんですか
ボルフ・フェラーリかなんかの
生誕150年の
ボルフ・フェラーリという作曲家を紹介したんですが
彼の話をしているときに
本当に皆さんに知られているその間奏曲
マドンナの宝石っていうオペラの間奏曲が
本当に素晴らしいメロディーで
こんなメロディーを書く人が他にどんなメロディーを書いてるんだろうって思うんだけど
他はもうほとんど演奏されることがないっていう
ちょっと聞いてみたい感じもするんですが
もう本当にもったいないんじゃないかなと思ったりしてますけどね
どうなんでしょうね
10年区切りの人はもちろんもっとビッグネームもいますし
パッヘルベルだけかな
パッヘルベルと没後20年の伊福部明さん
ゴジラの作曲家の方をご紹介しましたけど
以前は10年区切りの方まで
2週3週やったこともありました
来週くらいまでやってもいいんですけど
それはどうするかはまだ今後考えようと思います
それでも例年と比べると有名どころは
やっぱり今年は少なめなんじゃない
どうでしょうねベトベンの影響だ気もしなくもないですけど
そんな感じで来週まで考えてご紹介しようかなと思います
本編中に僕56歳ってメモしてた
確か59歳調べてみるか
56歳が正しい
みたいですね
僕なんで59歳って思ったのかな
確か59歳って言うと
それはちょっと長生きしすぎだろうと
なんとなく僕の感覚でも思ったので
56歳
56歳って今だと短いですけど
この大天才にしては
56歳結構生きてるなって思ってしまう
そんな感じ
モーツァルトとかシューベルトとかと比べると確かに
本当に若くして亡くなる天才たちってめちゃくちゃ多いじゃないですか
メンデルスゾーンとかあの辺と比べると
確かにそれなりに
それなりに生きていただいて
おかげでいろんな
一回この人死のうって思ったっていうか
一生書くんですよあの人
まだ公共曲第3番書く前だったかな
公共曲当然というか
第9番まで書くじゃないですか
第3番書く前だった気がします
ぐらいで耳が聞こえにくくなっていくんですよね
それで絶望して
やっぱ作曲家ですからね
作曲家で音楽家ですからピアニストでもありますから
聞こえない作曲家に何の価値があるだろうっていうことを書いた
遺書を書くんですよ
これ弟2人には出てたとかいう話だったっけ
すみませんちょっと記憶で喋ってますけど
そんなことを書いて
その遺書の中で
結局僕はもう自分の芸術のために生きることを決めたって
僕は生きることを決めたって書いてある遺書なんですよ
一旦今にもし納得したっていうことを書いてあるような遺書って考えたらいいのかな
僕も全文翻訳を読んだわけではないんで
いい加減な知識だけ今話してますけど
成人式とヤンキー文化
そんな感じのことがあってから
後に今よく聞かれるベトベルの作品っていうのは
よく聞かれるっていうとあれですけど
ベトベルの第一番は高級曲で言うと第一番も第二番も素晴らしい曲なんですけど
やっぱ人気があるのは3番以降ですし
3番以降5番ご存知の運命とかも
第9番
何回演奏会してますか1年で
生きていてくれてありがとうございますよ
本当です
その頃の作曲家の人生が
濃密だったようにも思えますよね
人生の密度というか
本当に
今日久米さんが亡くなった話
久米博さんが亡くなった話とか
黒柳さん相変わらずお元気ですごいなとかいう話をしてましたけど
長く生きることができる
それはもう医学の知識とかいろんなものが浸透してきて
それは幸せな時代なんだとは思うんですけど
その分何というか人生が気迫にならないようにというか
間延びするではないですか
もう本当に
39歳で
ベトベンだって僕と同い年ですよ亡くなっているのが
これからの人生も何とか濃密に生きていきたいなという感じがしますし
僕ぐらいのだからベトベンが亡くなった年ですよ
56歳ぐらいになってくるとやっぱもういろんなところが
動きに行くものもなってきますし
若い頃のようにはいかないなという話になってきますんで
若い頃のようにできないのはいいとして
そうなってきても
ちゃんとできることを考えていかないといけないというか
それでもちゃんと豊かに遊んでいかないと
気持ちを上げていくことができないと
体が動かなくなったから僕は何もできないってなって
沈み込んでいくばっかりでは本当にきつくなっていくだろうなと思いますんで
うちのお父さんお母さんの世代がそういう感じで
僕のお父さんがすごく近頃
車が運転できなくなった
できなくなったというか僕らが止めたんですけどね
自分は運転したくてしょうがなかったんですけど
でもしょうがないから
幸い僕のお母さんがまだ元気なもんですから
車も運転できるもんですから
運転できるというか運転できるぐらい元気なもんですから
ばあちゃんを召使いのように運転させて
自分で遊びに行きたいところに遊びに行ってるんですけど
そういうのを見ているとやっぱり
自分で遊べる範囲を何とか作っておかないとなというのをすごく感じますんで
あまり明るい話じゃない話で始めてしまいましたけど
明るい話で言えば息子さんが成人式で
FM闇の特番にもたまたま声を
たまたまだったらしいですね
ちょっと目立つ格好をしてた
素敵な墓姿でいらっしゃるから声をかけたらなんと
お父さんの息子だった
墓姿で出たいという感覚は僕は全然なかったので
けど墓の子たちもそれなりにいたのかな
わかんないけど
僕らの頃墓まで来た子い何人かいたかな
僕の印象ではちょっとなんか悪目な感じの子が
逆にそうなんですか
あった気がするかな
福岡ではもちろん北九州とかが有名だけど
北九州のあのあれでも
宮城のあれが
着物と墓が有名ですけど
多分初めは北九州のやつも
初めは今もかな
ちょっとやっぱりヤンキー文化だった気がするんですよね
そっちから今はね
パリコレに出たとか
市民権とか世界権を得て
世界権がすごいらしいんですけど
それはそれで文化としても面白い
面白いんですけど
僕らの頃も何人かいたような気もするんだよな
30年前30何年前の成人式にも
僕は全然成人式で目立ちたいとは思わなかったし
ただうちの子はそんななんか
ヤンキー文化とはあんまり関係のない多分人で
どうなんでしょうね
僕らの頃は結構ヤンキーがちゃんとヤンキーだったので
今ヤンキーいないというか
ちゃんとした悪いのっていないよねっていう感じはするんだろうね
ヤンキーがいないということなんか言い方がいいのかわからないですけど
今の子供たちに中学
お母さんの中学は窓ガラス全部割れてたみたいな
どうやって私たちの世代って
割れてたよね
そうっていう感覚があるじゃないですか
たまたま割れてない学校の時代にちょうどいましたけど
大抵割れてたじゃないですか
みたいなのが標準ですけど
今の子たちはなにそれっていうところから
大伝帝が違いするので
ヤンキー文化の進化
お母さんヤンキーだったのみたいな
いやいやお母さんもヤンキーじゃなかったよみたいな
前提が違いすぎて
よくあんな学校行ってましたよね
そうですよね今考えればねっていう
いや本当に
あれが当たり前だったのは本当に不思議
どういう流れでああいう学校が出来上がっていくんだろうね
あれがありだったんだよ
今だったらもう全くダメじゃないですか
全くダメです
全くダメですよね
全くダメです
もう即新聞に乗って
今の方が乗っちゃうんですよ
かつては全国的にそれがスタンダードだったので
もはやニュースに戻らなかったのが
全国的にそれがスタンダードでニュースにもならないっていう
文化になっていった流れっていうのはどういうことだったんだろうねあれは
不思議ですよね
戦後からそこに至ってみたいなその流れってなんだったんでしょうね
僕も全然そっち方面には共感ができない子供だったもんだから
そうですね
なんでお前らそんなことしてるのっていう感じではあったんだけど
かといって全くそっち方面の文化に
一個も近づかないっていうと目をつけられるんですよ
何を何を拘束通りの格好をしてるんだあいつはみたいな感じで
目をつけられない程度の薄い近寄り方をしておかないと
逆に目をつけられちゃう
何それ
なんであの流れが止められなかったのどういうことなんだろうね
あれをちゃんと犯罪として取り締まれなかったのはどうしてなんだ
子供のやることだからだったのかな
不思議だよね
犯罪ですもんね
犯罪ですよ全然
そら
学校の便所をあの男子便所を蹴って
あのあれをガシャガシャンって崩すっていうの
うちの中学校で当たり前に起こってましたけど
全然犯罪ですよ
犯罪ですね
全然犯罪ですよね
あれなんで当たり前だったんでしょう
当たり前しょうがないだったのかな
考えてもしょうがないんですけど
なんでこんな話になったのかわからないですけど
なんでこんな話になったんでしょう
それも考えると
多分こういうのを研究されている先生とかいらっしゃるだろうなとも思いますけどね
あのヤンキー文化ってなんだったんだろうな
それでですね成人式の話ですよ
息子さん立派でしたよっていう
ありがとうございます
だから今はそういうヤンキー文化っていうのがほとんど残ってないと思う
北九州どうなんでしょうね彼らは
北九州もうファッションになってるんじゃないかなと
あれはもうほぼファッションなんでしょうね
たぶんまあ
横浜銀梅はヤンキーだったかもしれないけど
騎士団はすでにヤンキーじゃない
ちょっとなんかわかりやすいかもしれない
感じかな
騎士団の子たちはたぶんあれはファッションとしてやっていて
話しててもあんま怖くもないしね
可愛らしいしっていう感じはなんとなくあるじゃないですか
そんな雰囲気なのかね
どうなんでしょうそこはわからないけど
わからないけど横浜銀梅は
横浜銀梅のあの4人は何か悪いことやってくれてないとこもあったはずです
イメージとしてはね
そういう感じなのかねわからないや
けどまあまあ
チェッカーズだってヤンキーとファッションの
境界線の中からファッションの方のかっこいい方に行った感じがありませんか
音楽でなければ
音楽でなければヤンキーだったかもみたいな
どうだろうね
チェッカーズのファッションはちょっと独特でしたよね
あれ自分たちで考えて作ったファッションなのかね
あれもちゃんとね我々の
ファッションシーンを設計したファッションではありましたし
あれが結果的に流行りみたいなことになっていきました
僕も別にあまり真似はしなかったですし
真似ができる世代でもなかったですけど
あれはちゃんとファッションシーンになっていったので
あれを自分たちで考えたとしたらすごかったし
それをプロデュースした人がいるんだったらその人がすごかったし
って思いますよね
それひるがえってだから今の成人式で
うちの息子が袴を着ようっていうのは
結構目立つ格好をするって話じゃないですか
そうですか
今目立たないんですか
割合で分かんないですね
僕ちょっと成人式会場にはいなかったんで
どのくらいの割合でいるんだろう
私は割ともう始めから割とふり袖を着てから
男性
私はあれなんですよね
成人式そもそも自分も行かなかったので
僕もあんまり行きたくなかったです
たまたま日本にいなかったので
ちょうど19から20歳が日本にいなくて
残念というか
ちょうど逃しちゃったんですよね
その時はどうだったか分かんないんですけど
今の子たち袴を着るって
何だろうそんなに
カード量が高くなくないですか
日本文化の着物着るみたいな
結構せっかく成人式だから
せっかくの機会だからみたいな
なるほど
そんな感じなのかな
もうちょっと気軽な
カジュアルな感じで
女の子と男の子で
着物を借りる料金がどのくらい違うのか
僕は分かんないですけど
結構カジュアルな感じで
今年は袴を着たい
うちの息子は
言い始めたらしいんで
いつもお世話になっている
美容室さんに
用意していただいて
着せていただいた
みたいなことだったらしいんですけど
お気軽な感じに
非暴力コミュニケーションの理解
袴を着る時代になってきたっていうことなんでしょうね
昔は
ヤンキー文化とつながっていたイメージがありますね
昔僕らの世代で
袴着てた子何人かいたような
覚えもあるけど
覚えてないけど
そっち方面の子ばっかりだった気がします
僕らは
そっち方面の連中に
名をつけられるのは嫌なので
目立ちたくないので
せいぜいスーツでしたね
あんまり会場にも
入りたくないなと思ってました
懐かしいですね
今はもっと
本当に
同級生に会いに行って
素直に形を言う
僕らもそうでしたよ
同窓会が
その後あったはずですし
何したのかはあまり覚えてないけど
35年も前ですからね
そんな感じの成人式が
ありまして
文化も変わってくるなという話でした
袴の着用事情
ミトさんに聞きたかった
話が一個あるんですよ
行かれてた
講座を受けられた話
ブログで書かれてたんですが
何をするものなのか
全然わからなくて
ミトさんがブログに3回くらい書かれていたので
西に行かれて何を勉強しているんだろう
と思ったのが
NVC講座というのか
非暴力コミュニケーションという
ノンバイオレントコミュニケーション
文争地域の問題解決とか
そういうものにも
使われるというか
元々はそういうところから
創始者のローゼンバーグという方は
そういったところから
この手法をアプローチを生み出されたというか
文争地域だと思うんですけれど
パッパッと説明できることでは多分ないだろうな
と思うんですけど
文争地域と言わずとも
日々日々
いろんなところでコンフリクトというか
対立って起きているわけじゃないですか
子供が言うことを聞かんで
父ちゃんがガンって頭を殴るのも
それはコンフリクトですよね
そういう
相違いなさを
どうやって乗り越えようか
という時に
このNVCを使うと
乗り越えられるかもしれないね
それに必要なのが
自分とコンフリクトを起こそうとしている人を
まず観察してという話から
その人の感情を読んで
ニーズがどうなんとか
という話だったような気がする
まずは自分の感情をきちんと
大切にしましょうね
感情というのは自分のほうの感情なんだ
自分も相手も
ないがしろにしない
その時その時
みんなそれぞれ最善を
生きているわけだから
その最善を
生きている時の
自分というものも
まずは認めてあげましょうね
対立が起きていた時に
相手はどういう感情の中にいたんだろう
ということを考える
その時点で相手の感情に
思いを馳せるというか
そういう流れで考えるんだ
自分の感情と相手の感情と
両方を水槽から目高を見ているみたいな
感じで
客観視するイメージは
NVCのサイトを見ていて
2人で喧嘩しそうになっているところを
上から見ているようなイメージは
すごくあった
客観視してちゃんと自分のことと相手のことを
観察して
どういう思いがあって
どうやって解決しようかな
というのを
冷静に考えるみたいなことを
書かれているような気がした
論理的にそれを捉えようとするというよりは
怒っている時って
体にも反応が出ているわけ
その時にどういう体の反応をしているのか
そういったことまで
スピリチュアルみたいな感じに
聞こえるかもしれないですけど
ちょっと怪しいなと思ったんですよ
スピリチュアルな感じでは別にない
人によってはそう見えちゃうかもしれないですけど
ちょっと見えちゃいました
それの勉強しに行こうぜって言われたら
えっとえっとって僕は思っちゃう気がするな
と思った
たまたま
それをずっとやっている友人たちが
5,6人いて
ずっと3年間ぐらい聞いていたんですけど
枠が開かずになかなか入れなかったんです
人気があるんだ
たまたま一枠が開いたよっていうので
聞きに行ったみたいな感じ
そんなに
ずっと
それをやっている方がいらっしゃるというか
日本には
まだ何十人とか
そういうレベルなんですね
教えられる資格みたいな
みたいなものを持っていらっしゃる方は
まだそのくらいしかいらっしゃいません
ちょっと額面通りに
おっしゃる言葉を
これをみなさんが
これをちゃんと把握して
みんなが
紛争という
言い方がちょっと派手すぎますけど
自分の周りに
何か諍いが起こりそうになった時に
これをみんなが
それぞれにできるようになると
確かに平和になるというのはあるかもしれません
そうですね
それはそうだろうなと思います
だから面白げな
面白げだが
怪しいですけどね
面白げだけどちょっと怪しいなと思うような
講座を受けて来られたみたいだったから
ここをたまたま聞きに来られた方で
NVC
Nonviolent Communication
っていうのが
僕が今怪しいなと思った
けどもしかすると
便利なのかもしれないし
もしかすると
平和につながるかもしれないような
考え方っていうのがあるらしいので
僕が思ったという話を
美戸さんに何を習ってきたかを
できれば聞きたいと思ったんですけど
聞いてみてもあんまりわからなかったという話では
けどなんとなくわかる
日本人に有効かもなと思ったのは
日本人って
自分を下げるとか
それが美徳みたいな
文化があるがゆえに
自分を下げる
ことで
抑圧をするっていうことが
かなり生まれてしまう
文化でもあるなと
自分を下げることで
相手を抑圧する
自分が抑圧された状態を
自分が抑圧されてしまう
甘んじて受けるみたいな
ことがなので
支配構造に飲み込まれやすい
と言いますか
もう遠慮するようなことで
あえてそっち方面に
自分を追い込んでしまう
不機嫌な
トップがいたら
当たり散らすので
ここ不機嫌になります
不機嫌な組織
出来上がります
その構図のときに
文化的に
自ら好んで支配下に入りやすい
文化的な
性質を持っているかな
そのNVCを
身につけると
自分の主張を
きちんとする
自分を大切にするという
自分の人生を生きていい
というOKが
自分に出せるようになるという人が
増えるんじゃないかな
という意味で
このアプローチ有効かもねという風には思いました
受けてみて
アプローチとして
4つのアプローチがあります
観察・感情・ニーズ・リクエスト
というのが書いてあったので
それのたぶんニーズの部分ですよね
感情の背景にある
自分にとっての
価値観というのを
どういう欲求が
自分にあるのかというのを
特定してから
そのために
リクエストをしましょう
こうしてくださいよというのを
発出しないといけないというのがそういうことなのか
察してくださいと
察する文化があるので
偉い人の意見を察して
終わるということが
起きがち
日本文化においては
相手のニーズ
自分のニーズ
ではどういうリクエストを言葉にして
伝えたら
お互いのニーズを
満たす
現実が目の前に起きるのか
という意味で
すごく有効だなと思った
これやっぱりあれですね
事例を例にして
やらないとちょっと難しいかもしれないですね
そうですねそうですね
ワークは割と具体的な
事例を出して
こういう風にやりますよって言って
目の前でデモンストレーションを
やってからそれを試してみるみたいなことを
やるんでしょう
もしかしたら
チャンスがあったら
やってみられるのは
いろいろと
勉強になるというか
なかなか自分の主張できないぞ
という方には
割と有効かもしれないです
というのを実際に受けてみて
感じました
それは確かに面白そう
タイトルだけ聞いて
ノンバイオレントコミュニケーションズ
っていう話を聞いて
僕は元々あんまりノンバイオレントな人のものですから
そうですよね
あんまりバイオレントな人じゃないものですから
これ
一番初めに
そのノンバイオレントが来るんだ
非暴力っていうのが来るんだ
っていうのはちょっと
面白いタイトルのつけ方だなとは
思ったんですけど
中身を聞いてみると確かにそれは
非常に
海外から入ってきたものを
そのままネーミングでつけちゃうと
わからないところは
非常になんか
平和的なのはもちろんですけど
細かいところから
大きいところまで役に立つ
という考え方ではありそうな気がする
舞台例も入れて
もっとわかりやすく解説するノートを
そのうち書きます
なるほど
またみとさんのノートとかもできれば
チェックしてあげてください
僕1月1日に
死にそうになった話をしようと思ったんですけど
そうですよ
時間が時間になってしまいましたね
また来週にしましょう
ありがとうございました
また来週あたり
相手してください失礼します
ありがとうございました
30:55

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