1. やじま・ほそやまの「桶屋ラジオ」
  2. #014 信じ込みはどこから来る..
2026-01-16 29:10

#014 信じ込みはどこから来る?丙午と演歌をめぐるメディアの話

ふだん広報・PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあれやこれやについて広報PR視点も少し織り交ぜつつ、脱線しつつ雑談する番組です。今回のテーマは、年末年始に読んだ本の話題。細山が読んだのは、今年60年に一度の”丙午”の年を迎えるにあたり手に取った一冊。江戸時代の一つの逸話から生まれた迷信が、新聞やラジオといったメディアの発達を通じて“事実のように”全国へ広がり、出生率や人々の行動にまで影響を与えていった過程をたどります。矢嶋が紹介するのは、「演歌」と戦後大衆音楽史をめぐる本。「演歌=日本の心」というイメージはいつ、どのようにつくられたのか。明治期の“演歌”から戦後の音楽文化、そして1960年代以降の「演歌」の再定義までをひもときながら、言葉やカテゴリーが後付けで意味づけされていくプロセスを語ります。迷信も、音楽ジャンルも、「そういうものだ」と思い込んできた背景には、時代とメディアの力がある。意外な事実に気づく一編です。参考資料:・ひのえうま 江戸から令和の迷信と日本社会 (吉川徹 著)https://books.kobunsha.com/book/b10131909.html・創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史(輪島 裕介 著)https://books.kobunsha.com/book/b10124420.html

サマリー

このエピソードでは、「ひのえうま」という迷信の起源とその影響を掘り下げます。江戸時代に始まったこの迷信がどのように広まり、現代にまで影響を及ぼしているかを考察し、メディアの報道が人々の信じ込みにどれほど影響を与えるかを議論します。このエピソードでは、演歌の歴史が戦後の日本文化の中でどのように変化し、再評価されているかを探ります。特に、演歌が元々政治的な演説から発展し、西洋音楽の影響を受けて発展した過程が紹介されます。このエピソードでは、演歌とメディアに関する信じ込みの形成過程を探ります。特に、藤恵子の登場が演歌のブームに与えた影響や、メディアの発展による自由な報道の重要性について論じられています。

ひのえうまの由来
はい、どうもこんにちは、やじまです。
こんにちは、ほそやまです。さあ、今日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあるやこれやについて、広報PR視点を織り交ぜながら、雑談する番組です。
はい、よろしくお願いいたします。
お願いします。
ということで、やじさん、前回が2025年の振り返りと、2026年の抱負について話したと思うんですけれども、
その時に、やじさんがたくさん本を読んでたっていう話があって、
はい、今日はちょっといろいろそのあたりを掘り下げていきたいなと思ってるんですが、いいでしょうか。
ぜひ、はい。
お願いします。
お願いします。
私も年末年始、ちょっと珍しく本を読んだので、その話先にしてもいいですか?
あ、ぜひ。
すいません、聞きたいと言いながら。
そうなんです。私がね、今年、読むべき本何かなって探してて、見つけたのが、「ひのえうま」っていう本なんですけど、これ聞いたことありますか?
ひのえうまっていう言葉は知ってますし、なんかその縁起が悪い年なので出生率が下がるっていう話ぐらいは聞いたことありますけど、
そうですよね。
でもその由来とか、何が縁起が悪いのかとかはよくわかってないです。
そうですよね。なんかそういうふわっとしたイメージというか情報じゃないですか。私もそうだったんですよ。
なんでこんなに言われるの?と思って、ちゃんと文庫本になってたので読んだんですけど、完全なる迷信というかなんですよ。
そうなの?
そう。全然科学的根拠があるわけじゃなくて、もう本当に社会的に広がってしまった悪い情報なんですよ。
その影響がすごく面白くて、始まりは江戸時代らしくて、書いてあったのは1666年、もう300年、400年前。
そこの時に、とある女性がですね、火事があった時、助けに来てくれた男性がいたらしいんですよ。
ちょっと私の理解が違ってたらあれなんですけども、来てくれた男性がいて、その人に恋をしたらしいんですね。
それで、あの男性にもう一度会いたいっていうので、火事を起こしたらもう一度その男性が来てくれるんじゃないかっていうので。
やばい奴ですね、その女性が。
そうなんですよ。それで、どこかに火をつけて火事を起こしちゃって、男性来るかなって待ってたっていうのが始まりで、なんでそんなことしたんだっていうので、男性に会いたくって。
女は一体何歳なんだっていうので、馬年の女だったっていう、そういうところからスタートしてるらしいんですね。
そこからどうやって、そういう迷信が社会監修というか、
そう、そこから。
忌避されるものになっちゃったんですかね。
そこから、馬年の女は凶暴であるとか、夫を死にいたらしめるとか、すごくそこは完全におひれはひれついちゃって広がったらしいんですけども、
その馬年、ひのえまの年っていうのが印象に残ってしまっていて、次いつ来るかっていうのが60年後になるので、
その時、江戸の次が明治?もう一個挟んでた気がするんですけど、大正だったか大正。
その時に、ラジオが今度発達をしていて、ラジオで盛んにそういった昔の話とかも言われてる中で、それを聞いた人たちが、自分が産んだ子供が15から20歳とかの結婚的霊気になっていくと、
また自分の息子と結婚させたら、そういった被害があるんじゃないかっていうので、結婚破断っていうのがすごい続いたケースがあるんですって。
それを区に自殺してしまった女性がすごく相次いだっていうのが、60年後の出来事で、でもそれって完全なる何もないんですよ。根拠もないのに、
別に間戻し女性だからって関係ない、ただただその人の女性一人だけの話なのに広がっちゃって、そこで一気に悪い噂がさらに広まったんですね。
迷信がもたらした影響
で、そのまた60年後にそれを聞いていた人たちが、今度子供を産むんですけど、その時って多分産み控えるっていうことまでできてなかった時代だと思うんですけども、産んだ子供を、
マビックって言葉を使ってたんですけども、出生届出さなかったりとか、出生届を翌年にずらしたりとかして、そこで調整するんですよ。だから出生率が下がったのもそうなんですけども、届出が調整されてしまったことで、前後がすごく多くなっているっていう時代が続いて、
さらに直近の60年前って、もう昭和になってるんですけども、さすがに昭和はないだろうって思ってたけど、結局それがまだ拭えず、自分たちはいいと思ってても、自分のその子供がとつぐつに生きているので、そうなんですよ。で、まだ続いてるっていう状況の中、今年どうなのかっていう。
そこはね、まだ読み切れてないんですけど。
まだ全部読んでないんですか。
はい。
みなさんはそこは読んでいただいて。
これはでもこれから起こることだからね、まだわからないですよね。
そうなんですよ。そこの数字がすごいわかりやすくて、前年とその翌年がすごいやたら多いっていうところが、なんかすごい人の生物学的でも宗教的でもなく社会学的な話であるっていうのはすごく面白くて。
へー。
そう。もう少し読み終わります、きっと。
もともとはだから都市伝説みたいな話なんですよね、だから。
そうなんです。
事実としては、好きな人に会いたいために日を越したっていうのは事実だけど。
そう、事実で。
それがなんか縁起が悪いとか、生まれてくる子が不幸になるとかっていうのは後付けっていうか。
後付けなんですよ。
ね。
だから今年、だってね、もう関係ないじゃないですか、っていう結婚を例えばするかしないかとかも含めて、これだけ多様になってきていて。
しかも15年後、20年後ってどうなってるかなんて、さらにわかんないので。
私はむしろ、いいじゃん、強くてかっこいい女性じゃんと思っちゃって。
そう、今活躍している60歳の方々とか見たとき、鈴木穂波さんとかもそうらしいんですよ。
ああ、そうなんだ。
そうそう、かっこいいじゃんって、私は逆になっちゃいましたけど。
うん。
っていう、そんな本でした。
えー、その日の絵馬っていうのは、60年に1回の馬年に生まれた女性が、すべからく不幸になるっていうことなんですかね。
っていう、そうそうそう、都市伝説みたいな、迷信みたいなので、もう長らく続いてきたっていう。
しかもね、まあ言うたら陰謀論みたいな話で。
ね。
エビデンスっていうか、なんか別に、なんか特にあるわけでもない。
そう、なく。
実際、不幸になっている人がいるとか、そういうことだったらあれだけど。
そうそう、そうなんですよね。
戦後の、せっかく子供が順調に増えてきている時代に、ただその情報があるだけで、本当に純粋現になってしまった時代もあったらしくて。
なんていう社会的ね、損害だっていうのがあるわけなので。
メディアと信じ込み
だから、そこの報道の仕方もちょっといけないよねって。
あー、確かにね。
そう、具体的には書いてないけど、まあそういう見方もできるなって。
あまりに信頼とか。
まあでも、そうかもしれないですね。
そう、報じてしまったから、やっぱり危ないんだとか、自分もこの先暮らしていけないんだって、結婚できないんだって思っちゃうから、女性が増えたとか。
あると思うので。
確かに。
まあ、報道されることがね、によって、なんかそれが、みんなそれを影響を受けちゃって。
そうそう。
事実になっちゃうみたいな。
そうなんですよね。ほんとそれ、ほんとそれ。
うん。
っていうことに、一人、はい。
よかった話して、今日。
知らなかったです。そういうエピソードがあったとは。
たぶんので、私はこの場で、聞いてる人は数えるくらいかもしれないですけど、今年いいと思うんで。
逆に。
まあそうですよね、別に何の大した根拠っていうかさ。
そうそう。ほんと。だから、ちゃんと歴史を知ると、怖がることもなくて、何の根拠もないんだなっていうのが分かってよかったなと思って、すごいモヤモヤしてたので、私も。
まあでもなんか、難しいのは、なんかその、本人が別にね、そんな何か大した根拠もない話で気にしなくていいよと思っても、結局ね、親戚とか家族とか。
そうなんですよね。
やっぱり古い世代の人って、やっぱりそういうのを信じがちっていうか。
そうですよね。
だから、周りからやめといた方がいいよとかいろいろ言われて、かつなんかもし万が一なんかね、その子供に不幸なことがあったときに、やっぱりそうじゃんみたいな、なんか後付けでそういう風に言われちゃったりとかするっていう、たぶんそういうのもあるんでしょうね。
そういうのもあると思います。めちゃくちゃそれが多そうですよね。
うん。確かに。
そう。だからその、それを防ぐために、なんかちゃんと報道してほしいけど、結局その、ちゃんと伝えた報道をどう解釈するかで、またSNSでね、どう広がるかとかは難しいですよね。どこまで想像するか。
果たして令和の時代になってもね、その日の出馬の都市伝説が続くのかっていうのは実際ね。
そう。
気になりますね。
だからもし困ってる方がいたら、私が説明に行きますって言ってくださいね。
はい、じゃあ。
説明に行きます。
お願い、お願いするかもしれないですけど。
はい。というそんな本の話でしたか。
なるほど。
じゃあ、やじさんの。
はい。
演歌の起源と発展
そうですね。僕は、以前在津和夫のエピソードでも少し話したんですけど、
演歌の話を書いた本で、作られた日本の心神話っていう本があって、
副題が演歌をめぐる戦後大衆音楽史っていう本なんですけど、
これもともと2010年に出された本で、和島雄介さんっていう音楽学者の方が書かれた本で、
はい。
僕、2011年ぐらいにKindleで買ってたんですけど、
そうなんですね。
ずっとつんどくしてて。
最近在津和夫とか、いろいろ日本の音楽史みたいなのをちょっと興味持って、いろいろ読み始めたときに、
演歌の由来みたいなのちょっと触れられてる一説があって、
そういえば、あの本買ってたなと思って、年末年始に読み返したんですね。
で、けっこう350ページぐらいあって、けっこうボリュームあったんですけど、
まあでも、結果面白かったなと思って、ちょっと改めてご紹介したいんですけど、
最初にクイズなんですけど、演歌っていつからあると思いますかっていう話。
演歌ですか。えっとね、江戸時代。そんな前じゃないか。明治時代。
違いますね。
違う。あ、じゃあ昭和?昭和。
昭和ですね。
昭和。あ、昭和ですか。
厳密に言うと、演歌というカテゴリーができたのっていうのは、
1960年代中盤から後半ぐらいになってカテゴリーができた。
昭和40年。
戦後。
戦後ですね。
で、もともとその演歌って言葉自体はもちろん明治時代にあったんですけど、
それは全然別の意味で、演歌って演説の歌が歌っていうのを略して演歌なんですよね。
あ、へえ、そうなんですね。演説。
これは明治大正の自由民権運動っていうのがあったときに、
政治演説っていうのが弾圧されちゃうんで、
で、これは歌なんですって言い逃れるために演説を歌にしたっていう。
いわゆる今の拳を利かせて、日本の古き良き心を歌うみたいな、演歌とは全然違う文脈なんですよね。
そうなんですか。そういうもんなんだと思ってました。
戦後の文化と演歌の再評価
ああいうえーみたいな。
そうそうそうそう。連綿と明治からずっと続いてる日本の古き良き文化みたいな。
そういうイメージがあるんですけど、全然違くて。
そうなんですか。
由来としては演説の歌っていうものだったんですけど、一回それはもう廃れちゃって、
昭和40年代に入ってまた全然違う文脈で復活をするっていう話なんですけど、
かつその演歌って、すごい民謡とか浪曲みたいなエッセンスはあるんですけど、
音楽的に言うと、ラテンとかジャズとかブルースとか、結構その洋楽由来というか、
戦前戦後のレコード歌謡っていうカテゴリーの流れを組むもので、
音楽的には別に和の歌っていうことでもないんですよね。
そうなんですか。もう全然和だと思ってました。
伝統音楽みたいなね。脳とか狂言とかそういうのと関連するようなイメージありますけど。
ラテン、ジャズ、ブルース、はあ、そうなんですか。
でもマンボとかね、そういう結構。
軽妙な歌も結構多いじゃないですか、演歌で。
ヒカワキヨシとか。
ずんとこぶしとかね、周りの。
確かに。
で、なんでまあそういう音楽、音楽的には結構洋楽由来というか、
ダンスとかすごい洋楽什么やったかって感じがあって、
だんだんちょっと進み始めちゃったから、
音楽的には結構洋楽由来というか 結構その民謡とかごちゃ混ぜな
内容なんだけどなんでその 演歌というのが日本の心って言われてるかっていうここが一番面白くて
要はなんかその1960年のアンポン以降の話で
それまでそのまあ 進歩的な知識人というか左翼の人たちっていうのが結構その論説をリードしていて
要はまあ戦争の反省みたいなところから右寄りの人っていうのがちょっとこう 育てていってどっちか左寄りの人たちが論談というのをリードするようになって
その昔ながらのレコード歌謡みたいなものっていうのは帝族だよねとか 大覇的だよねっていうふうに
まあ結構そういうエリートの人たちからすると古いって言われてたんだけれども その60年代アンポン以降の話になって
その 逆になんかそういうその西洋とかその新しい音楽みたいなものよりも
どっちかというとなんかアウトローみたいな切れ事の市民社会みたいなものよりも アウトロー的なもの
例えばヤクザとか流しとかホステスとか盛り場みたいなこういうその 地場のものって言うんですかね
そのそういうそのこう 方がよりまあリアルだよねっていう
なんかそういうものこそ本当のなんか日本だよねっていう
その見直す文脈みたいなのがあって そういう流れの中でその
演歌っていうものがその抑圧された庶民の感情を代表するものだよねっていうので
カテゴリーを最低下したというか その今までのレコード会話の中で
ちょっとそういうその ヤクザとか流しとかホステスとかそういうちょっと裏ぶれたこの世界を描いたものっていうのを
演歌というそのカテゴリーに後付けでその当時のその
その新ポテ…そのなんていうのかな あの文化人新しい文化人たちが忌み付けをしたっていう
うんうん じゃあ演歌の前にそのちょっと悪い感じの音楽は流行っていたけどそれを
そんなに流行らしといちゃいけないってなって 再定義された演歌が広まったみたいなそんな理解でいいんですか
あそうですねえっとうまく説明できないな あの
そういう戦後の流れの中でまぁそういうその
えっと新しい音楽みたいなものっていう その
古き古き日本みたいなものよりかは新しい音楽みたいなものっていうものに対して えっと
あそうですね えっと
こう 新しい音楽ですよね
っていうのがまぁ流行るようになったと 新しい音楽みたいなものが流行ってくる流れの中で逆にその
知識人の人たちは逆にそういう新しいものじゃなくて古き良きものに目をその見直そうよ っていう
あそういうことか ごめんなさいそういう流れの中でその演歌というカテゴリーっていうのが
再評価というかカテゴリーができてきたっていう
じゃあその知識人の方々はもともとその演説のために あのあった演歌を
なんか評価してたというか好きだった人たちってことですか まったく関係なくてもう
関係ないんだ そのレコード会の中で古き良き日本音とかを歌ったものをその
演歌という そのしかも演歌っていうのもなんか演説の演じゃなくてその艶っぽいあの演っていう
妖艶の演ってあるじゃないですか あれの演と歌っていうのをつけて演歌っていうふうに
最初カテゴリーしていて
で代表的なのがちょっと五木博之とかが 書いた小説でその艶っぽい演っていう演歌っていう
小説を出して 結構それがヒットして
演歌というのはこういうものだよねっていうその世界観みたいのが概念化されたっていう
そうなんですか 艶っぽい歌でも確かにそういうイメージありますよね今の演歌もね
そうですね 艶っぽい
でそれがその最初はそのどっちかというと演歌っていうのはその艶っぽいその演の歌って
だったのがその表記そのメディアで使う時にこう 簡易表記みたいなのを直されて
その演説の演の方になっていったっていう そうなんですか
へー知らなかった
そうなんです そんな歴史があったんですね
だからまとめるとその戦後でまあそういう新しいその西洋由来のよりなんていうかね
グループサウンドとかジャズとかロックとかそういう新しい音楽ものが流行っていく中で
そういう新しいものじゃなくてむしろそういう日本のそのアウトロー的な世界観を歌った日本の歌っていうのは
より大事だよねっていうことを知識人たちが言い始めて
でそれをいつきひろゆきとかがその 演歌という小説を作ってちょっとその象徴みたいな
なんていうかな概念化したというか っていうので
でそれまでのその60年代以前のそのそれっぽい音楽も全部演歌であって後付けで全部 カテゴリーが作られていったっていう話ですね
日本文化の視点から見る演歌
そうなんだ
矢島さんは演歌 興味がある方ですか
いや全くないですね
だけどこの歴史をなんか聞くと聞いてみたくなりますよねその なんか
戦後直後とその 70年代80年代とかちょっとずつなんか
違ってくる気がしますね
だから僕らがなんか演歌って思ってるイメージと でも実はそれがその後付けでその
なんていうのかなその知識人みたいな人たちが後付けでその演歌っていうコンセプトを作って
で遡ってそのそれがカテゴリーができる前の音楽もこれ演歌だよねっていうふうに 歴史が修正されちゃうみたいな
なんかそういう なんていうのかな
のって結構あるあるんですよね
そうなんですね
武士道とかワビサビとかもなんか別に明確になんか日本人でそれまですごい
こう思っ まあ一部にはそういうのあったかもしれないけどこれが日本人の心だよねっていうふうに
別に言われてたわけじゃなくて
その武士道とかもその二十尾稲造とか
人たちがそういう本を書いてそれが海外でしかも評価されて
ある種それがその逆輸入される形で日本人って武士道っていうのもともと持っていてねみたいな
信じ込みの形成
なんか既成事実化しちゃうみたいな
なるほどいやありますね確かに間近にありますねそういうこと
ワビサビなんてね別にそんな概念私たちも後から知ったみたいなね
そうそうそうそう
だから歴史その後からそのそういうなんかエリートとか知識人みたいな人たちが元々現象であったかもしれないけど
概念化して
でその概念に基づいて過去の起こったことを再解釈するとか
日本人で昔からこうだったからさとかっていうふうに
修正されていくっていうのがめちゃくちゃ面白いなと思って
確かに
えー知らなかったな
そういうもの知らないだけでもっともっとあるんですねきっと
多分あるとも思いますねそういう
そうなんだなんかその
今この時代になってようやくあの情報として出せるようになったとか
いろんなその社会的背景とかしがらみとかもあって今まで出せなかったものが明るみになったっていうの結構ありますよね
うん
例えばでいくとなんかイメージあります?
うーん
えーなんか
でもすごいちょっとそれだと近代の話になっちゃう気がする
しちゃうけどなんか不思議な例えばですよ例えば
ホリエモンが
超最近の話になっちゃうけど
ホリエモンがなんで逮捕されたのかっていうのとかって
当時あの買収事件とかフジテレビとかどうのこうのってあった時って
すごいホリエモンがやっぱり結局悪いことをしたから逮捕されたんでしょって私は思って
ただそういう理解で終わってたけど
今こうやってyoutubeとかで本人が語れるとか別の方が語れるってなって初めて
実はそうじゃなくていろんなことが絡んでたっていう
でも完全に真相を知ってるかどうかは私はわかんないんですけど
それもどうかわかんないけど
でも確かに
そうとかそういうのがこうやってチャンネルの発達によって
確かに
メディアの発達によって自由化によって出てきてるのがある気がしますか
でも確かにだから新しい事実とか新しい発見みたいのがあることで
そのみんながそれまで常識だと思ってたものっていうのが
藤恵子と報道の自由
上書きされていくみたいなことっていうのはありますよね
ありますよね
なので矢島さんのその話も今日聞かなかったら
全く演歌とはああいうものであるって思ってましたし
艶っぽいっていうのがあった歴史とか知らなかったし
そうですね僕もこの本を読んで
なんか僕意外だったし
あとその演歌のブームになったのって
その60年代後半から70年代前半ぐらいがピークで
そこからはどっちかというと
まあ徐々に加工していくんですけど
藤恵子がそのまさにその演歌のブームの象徴みたいな
60年代後半ぐらいかな
に一躍そのブームを作った人みたいなのを
この本を読んで知って
豚田ひかるのお母さん
ねえそうですよね藤恵子
っていうのを知ったりとか
そうなんだそうなんだ
私くめひろしさんの不幸の話とかも
なんか今となったら
ああいう自由な報道って
チャンネルを変えたらいろいろできるようになってるかもしれないけど
当時やることのすごさとか
改めてちょっと考えてましたね
いや確かに改めてね
あのわかりやすくこう
ね報道する紹介するっていうやり方とかもね
ねえ今では当たり前になってるけど
当時で言ったら相当ね
堅破りというかね
ねえそうですよね
それを語り継がれる方になるすごいなと思いましたが
そっか藤恵子さんとかそうなんですね
知らなかったな
かもしらなかったです
えきっとまだまだあるんですよね
読んだ本
まあいろいろありますけど
でもなんか今日はなんか1個に絞ろうかなと思って
えーそうですか
ちょっとじゃあまた別の機会で
はいぜひぜひ
ありがとうございます
それでは勉強になりました
はい僕も勉強になりました
ありがとうございます
ありがとうございます
はい
29:10

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