はい、どうもこんにちは、やじまです。
こんにちは、ほそやまです。さあ、今日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあるやこれやについて、広報PR視点を織り交ぜながら、雑談する番組です。
はい、よろしくお願いいたします。
お願いします。
ということで、やじさん、前回が2025年の振り返りと、2026年の抱負について話したと思うんですけれども、
その時に、やじさんがたくさん本を読んでたっていう話があって、
はい、今日はちょっといろいろそのあたりを掘り下げていきたいなと思ってるんですが、いいでしょうか。
ぜひ、はい。
お願いします。
お願いします。
私も年末年始、ちょっと珍しく本を読んだので、その話先にしてもいいですか?
あ、ぜひ。
すいません、聞きたいと言いながら。
そうなんです。私がね、今年、読むべき本何かなって探してて、見つけたのが、「ひのえうま」っていう本なんですけど、これ聞いたことありますか?
ひのえうまっていう言葉は知ってますし、なんかその縁起が悪い年なので出生率が下がるっていう話ぐらいは聞いたことありますけど、
そうですよね。
でもその由来とか、何が縁起が悪いのかとかはよくわかってないです。
そうですよね。なんかそういうふわっとしたイメージというか情報じゃないですか。私もそうだったんですよ。
なんでこんなに言われるの?と思って、ちゃんと文庫本になってたので読んだんですけど、完全なる迷信というかなんですよ。
そうなの?
そう。全然科学的根拠があるわけじゃなくて、もう本当に社会的に広がってしまった悪い情報なんですよ。
その影響がすごく面白くて、始まりは江戸時代らしくて、書いてあったのは1666年、もう300年、400年前。
そこの時に、とある女性がですね、火事があった時、助けに来てくれた男性がいたらしいんですよ。
ちょっと私の理解が違ってたらあれなんですけども、来てくれた男性がいて、その人に恋をしたらしいんですね。
それで、あの男性にもう一度会いたいっていうので、火事を起こしたらもう一度その男性が来てくれるんじゃないかっていうので。
やばい奴ですね、その女性が。
そうなんですよ。それで、どこかに火をつけて火事を起こしちゃって、男性来るかなって待ってたっていうのが始まりで、なんでそんなことしたんだっていうので、男性に会いたくって。
女は一体何歳なんだっていうので、馬年の女だったっていう、そういうところからスタートしてるらしいんですね。
そこからどうやって、そういう迷信が社会監修というか、
そう、そこから。
忌避されるものになっちゃったんですかね。
そこから、馬年の女は凶暴であるとか、夫を死にいたらしめるとか、すごくそこは完全におひれはひれついちゃって広がったらしいんですけども、
その馬年、ひのえまの年っていうのが印象に残ってしまっていて、次いつ来るかっていうのが60年後になるので、
その時、江戸の次が明治?もう一個挟んでた気がするんですけど、大正だったか大正。
その時に、ラジオが今度発達をしていて、ラジオで盛んにそういった昔の話とかも言われてる中で、それを聞いた人たちが、自分が産んだ子供が15から20歳とかの結婚的霊気になっていくと、
また自分の息子と結婚させたら、そういった被害があるんじゃないかっていうので、結婚破断っていうのがすごい続いたケースがあるんですって。
それを区に自殺してしまった女性がすごく相次いだっていうのが、60年後の出来事で、でもそれって完全なる何もないんですよ。根拠もないのに、
別に間戻し女性だからって関係ない、ただただその人の女性一人だけの話なのに広がっちゃって、そこで一気に悪い噂がさらに広まったんですね。
ああいうえーみたいな。
そうそうそうそう。連綿と明治からずっと続いてる日本の古き良き文化みたいな。
そういうイメージがあるんですけど、全然違くて。
そうなんですか。
由来としては演説の歌っていうものだったんですけど、一回それはもう廃れちゃって、
昭和40年代に入ってまた全然違う文脈で復活をするっていう話なんですけど、
かつその演歌って、すごい民謡とか浪曲みたいなエッセンスはあるんですけど、
音楽的に言うと、ラテンとかジャズとかブルースとか、結構その洋楽由来というか、
戦前戦後のレコード歌謡っていうカテゴリーの流れを組むもので、
音楽的には別に和の歌っていうことでもないんですよね。
そうなんですか。もう全然和だと思ってました。
伝統音楽みたいなね。脳とか狂言とかそういうのと関連するようなイメージありますけど。
ラテン、ジャズ、ブルース、はあ、そうなんですか。
でもマンボとかね、そういう結構。
軽妙な歌も結構多いじゃないですか、演歌で。
ヒカワキヨシとか。
ずんとこぶしとかね、周りの。
確かに。
で、なんでまあそういう音楽、音楽的には結構洋楽由来というか、
ダンスとかすごい洋楽什么やったかって感じがあって、
だんだんちょっと進み始めちゃったから、
音楽的には結構洋楽由来というか 結構その民謡とかごちゃ混ぜな
内容なんだけどなんでその 演歌というのが日本の心って言われてるかっていうここが一番面白くて
要はなんかその1960年のアンポン以降の話で
それまでそのまあ 進歩的な知識人というか左翼の人たちっていうのが結構その論説をリードしていて
要はまあ戦争の反省みたいなところから右寄りの人っていうのがちょっとこう 育てていってどっちか左寄りの人たちが論談というのをリードするようになって
その昔ながらのレコード歌謡みたいなものっていうのは帝族だよねとか 大覇的だよねっていうふうに
まあ結構そういうエリートの人たちからすると古いって言われてたんだけれども その60年代アンポン以降の話になって
その 逆になんかそういうその西洋とかその新しい音楽みたいなものよりも
どっちかというとなんかアウトローみたいな切れ事の市民社会みたいなものよりも アウトロー的なもの
例えばヤクザとか流しとかホステスとか盛り場みたいなこういうその 地場のものって言うんですかね
そのそういうそのこう 方がよりまあリアルだよねっていう
なんかそういうものこそ本当のなんか日本だよねっていう
その見直す文脈みたいなのがあって そういう流れの中でその
演歌っていうものがその抑圧された庶民の感情を代表するものだよねっていうので
カテゴリーを最低下したというか その今までのレコード会話の中で
ちょっとそういうその ヤクザとか流しとかホステスとかそういうちょっと裏ぶれたこの世界を描いたものっていうのを
演歌というそのカテゴリーに後付けでその当時のその
その新ポテ…そのなんていうのかな あの文化人新しい文化人たちが忌み付けをしたっていう
うんうん じゃあ演歌の前にそのちょっと悪い感じの音楽は流行っていたけどそれを
そんなに流行らしといちゃいけないってなって 再定義された演歌が広まったみたいなそんな理解でいいんですか
あそうですねえっとうまく説明できないな あの
そういう戦後の流れの中でまぁそういうその
えっと新しい音楽みたいなものっていう その
古き古き日本みたいなものよりかは新しい音楽みたいなものっていうものに対して えっと
あそうですね えっと
こう 新しい音楽ですよね
っていうのがまぁ流行るようになったと 新しい音楽みたいなものが流行ってくる流れの中で逆にその
知識人の人たちは逆にそういう新しいものじゃなくて古き良きものに目をその見直そうよ っていう
あそういうことか ごめんなさいそういう流れの中でその演歌というカテゴリーっていうのが
再評価というかカテゴリーができてきたっていう
じゃあその知識人の方々はもともとその演説のために あのあった演歌を
なんか評価してたというか好きだった人たちってことですか まったく関係なくてもう
関係ないんだ そのレコード会の中で古き良き日本音とかを歌ったものをその
演歌という そのしかも演歌っていうのもなんか演説の演じゃなくてその艶っぽいあの演っていう
妖艶の演ってあるじゃないですか あれの演と歌っていうのをつけて演歌っていうふうに
最初カテゴリーしていて
で代表的なのがちょっと五木博之とかが 書いた小説でその艶っぽい演っていう演歌っていう
小説を出して 結構それがヒットして
演歌というのはこういうものだよねっていうその世界観みたいのが概念化されたっていう
そうなんですか 艶っぽい歌でも確かにそういうイメージありますよね今の演歌もね
そうですね 艶っぽい
でそれがその最初はそのどっちかというと演歌っていうのはその艶っぽいその演の歌って
だったのがその表記そのメディアで使う時にこう 簡易表記みたいなのを直されて
その演説の演の方になっていったっていう そうなんですか
へー知らなかった
そうなんです そんな歴史があったんですね
だからまとめるとその戦後でまあそういう新しいその西洋由来のよりなんていうかね
グループサウンドとかジャズとかロックとかそういう新しい音楽ものが流行っていく中で
そういう新しいものじゃなくてむしろそういう日本のそのアウトロー的な世界観を歌った日本の歌っていうのは
より大事だよねっていうことを知識人たちが言い始めて
でそれをいつきひろゆきとかがその 演歌という小説を作ってちょっとその象徴みたいな
なんていうかな概念化したというか っていうので
でそれまでのその60年代以前のそのそれっぽい音楽も全部演歌であって後付けで全部 カテゴリーが作られていったっていう話ですね