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2025-09-06 06:39

#403 教育を料理に例える

レシピ通りか、食べたいと思わせるか
#学校 #教育 #子育て
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サマリー

教育を料理に例え、子供たちが興味を持って学ぶことの重要性が語られています。特に、教育においては受動的なアプローチではなく、子供たちの興味を引き出すシチュエーションの提供が求められています。

教育と料理の比喩
はい、おはようございます。こんにちは、こんばんは、oipyです。
隣の市中学校で教員でやってます。
いつも最善にいいねコメントありがとうございます。
と言ったところで、
台風の推測。
私の住む地域でございますが、
東京なんですけどね。
東京でございますが。
やっていこうかなと思います。
はい。
今日はね、タイトル。
教育を料理に例えてみる。
なんていうちょっとふざけたタイトルで
やってみようかなと思いますけれども。
どういうことなのか?
という話なんですが。
教育っていうか、
教育子育てというか、
育成というか、
大人の方々が、
大人というか経験がある方って言った方がいいかな。
別に人にも関係ないから。
経験がある方が、
まあ、
僕らなんか教員やってますけど、
僕らからすると子供達とかですね。
そうじゃない方々でも、
学校の先生がやってなかったとしても、
いろんな経験を持っている人たちが、
子供達に対して、
これからの時代、
こういうことをやるべきだ。
やった方がいい。
絶対やっておく必要がある。
みたいなことを言いつつ、
こういうプログラム提供ができるとか、
ビジネス化したり、
無償で提供したりっていう、
大人からの、
これを、
先見の目というか、
子供達に渡そうとしているのが、
やっぱりあるかなと、
思うんでございますよ。
当然ね、学校なんてほぼほぼそうなってるんじゃないかなと、
思いますし、
国だってね、そういう風に考えながら、
学習しろよりはなんだかんだっていうのを、
編成していくわけなんですけれども、
うーんとね、
義務教育と、
そうじゃないところとか、
子育てとかで、いろいろ、
場所場所によって、
異なってくるっていう大前提はあるんだけれども、
とはいえ、
目的として、
これをやりたいんだ、
やった方がいいって思ってるのは、
それは僕も共感できるんですが、
それを達成する方法が、
結局こっちからの提供になってしまったら、
それは、
なんか、
僕としては、
いまいちだなって、
毎回毎回思うんですよ。
これを料理に例えると、
どういうことかなって、
ふと頭に降ってきたんですけど、
家の子育てあるあるで、
早くご飯食べなさいって、
あるじゃないですか。
早くご飯食べなさいって言っても、
なかなか、
ゲームね、とかね、
よくあるじゃないですか。
ちなみに我が家はそんなことほとんどないんですが、
たまにあるから、
たまにあって、
これ見終わったら食べるとかね、
いろいろあったりするんですけれども、
もし、
例えば時間が迫っているとか、
家が冷めちゃうよーとかね、
なんかこういうことあるじゃないですか。
早めに温かいうちに食べた方がおいしいよーとか、
言う声かけとかもあるじゃないですか。
うーんみたいなのとかあるじゃないですか。
そういう形も、
いいかなと思うんですが、
めちゃめちゃおいしそうな料理で、
匂いめちゃくちゃ漂わせて、
うまうまって言いながら、
大人が食ってたら、
ご飯食べにくんじゃねって思うんですよ。
どういうことかって話なんですが、
要は食べさせようとするんじゃなくて、
食べたくなるような、
シチュエーションを作り出すっていうことが、
一番いいのかなと、
僕は思っていて、
ものすごい難しいことだと思うんですけど、
これがやっぱり教育にもいえることで、
これから先の社会を、
豊かにするために、
これから、
社会を豊かにするじゃないな、
人生を豊かにするために、
こういうことを子供たちはやった方がいい、
このプログラムは最高だ、
みたいなね、
どんどん営業をかけていくんじゃなくて、
最高だっていう自信を持ったもとで、
やっていれば、
釣れるというか、
それに興味を持った子が、
ちゃんと来てくれるんじゃないかなって思うんですよね。
そうやって来てくれた子たちだと、
ちょっと抽象的ですが、
ちゃんとやるというか、
非常にのめり込んでいくというか、
いう感じになるのではないかと、
よく思うんですよ。
学びの手法と効果
で、料理について、
教育と料理についてもう一個言うと、
教育というかね、学びのほうになんですが、
特に理系の科目ですね、
僕なんか物理やってるんで、
あれなんですが、
結構レシピなんですよね、
アカデミックな部分っていうのは、
材料揃えて、こういう順番でやっていくと、
溶けますみたいな、
美味しくできますみたいな、
変にアレンジとか加えないで、
レシピ通りに作ると答えが出るっていうのが、
アカデミックな、
教科書に載っているものだったりするんで、
だから子どもたちが、
教科書的な学びをやるときに、
なかなか溶けないなーって言ってるときは、
レシピ提供ですよ、レシピ。
あのね、これはね、
こういう手順でやっていくと溶けますよ、
確かにみたいなね、
うまく溶けましたーって言ったら、
成功体験がなんかになって、
逆に言われた通りにやっていけば、
人生にたどり着けるんだ、みたいな、
感覚にしていくと、
結構アカデミックな方は成長がいいんじゃないかな、
と思うんですね。
一方そうじゃなくて、社会的なものとか、
これからいわゆる創者スキルっていうものは、
興味関心を掻き立てて、
古いたたせて、
レシピの提供、
こうすると人生うまくいくぜ、じゃなくて、
なんか、こんな楽しそうなことを、
俺たちはやってるんだけど、
興味あったら来てよ、みたいな感じで、
発信していった方が、
いいのかなということで、
教育と料理なんていうところでね、
学術的なアカデミックなところは、
レシピの提供で、
手順通りにいくと美味しいものができますよ。
だけど、
社会的な部分は、
先に美味しいものを作って、
わちゃわちゃしている大人の姿を見せて、
そこに興味を引かせて、
仲間に入りたいですって言ってくる、
仕掛けをやった方が、
よりいいのではないかな、
なんていう個人的な見解でした。
何の参考になるか分かりませんが、
聞いてくださった方、ありがとうございました。
来週、1週間後、
僕、文化祭で
プーペルをやりますのでね、
もし東京近郊にいる方、メッセージくれたら、
ぜひ、
声掛けさせていただきたいので、
よろしくお願いいたします。
それでは、今週もお疲れ様でした。
来週もまたよろしくお願いします。
ではでは。
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