1. Off Topic // オフトピック
  2. #306 宮武さんの半生について..
2026-02-19 1:00:20

#306 宮武さんの半生について聞いてみましょう ft. ツドイ今井雄紀氏 前半 | オフトピック

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<目次>

() ツドイの今井さんの紹介、Off Topicとの繋がり

() 日本生まれ、2歳〜5歳はアメリカ育ち

() 神戸のインターナショナルスクールの経験

() 宮武・草野家のアメリカの憧れ

() インターの部活、話題になっていたトピック

() 宮武さんのインターでのポジション

() 学校後の様々な行事

() ボーディングスクールを選んだ理由

() ボーディングスクールの生活

() Off Topicの原石となった高校の授業

() 高校でのスポーツ

() アメリカのスポーツ業界でランキングを作りたがる現象

() 毎朝NBAのスタッツを覚える習慣

() バブソン大学に入学した理由

() バブソン大学の学生

() 1年目の起業する必須授業とそこからの学び

() 授業での反省点

() 就活とボストンキャリアフォーラム

() テックへの興味

() 大学生活、目指していたキャリア

() 夢のインターン:ボストン・セルティックス

() 来週は後半戦!

ツドイ | 「編集とイベント」を中核事業とする企画集団です。

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サマリー

今回のエピソードでは、ツドイの今井雄紀氏をゲストに迎え、宮武テツロー氏の半生を紐解いていく。宮武氏は静岡県生まれで、幼少期をアメリカのニューヨーク州で過ごし、その後神戸のインターナショナルスクールに通った。両親ともに日本人でありながら、幼少期から英語環境で教育を受けたため、英語が第一言語となった。父親の仕事の関係でアメリカと日本を行き来する生活を送っていた宮武氏は、神戸のインターナショナルスクールでバスケットボールに打ち込む一方、ピアノやそろばん、水泳など多岐にわたる習い事も経験した。 高校はアメリカのボーディングスクールに進学し、全寮制の環境で学業とスポーツに励んだ。特に、エッセイの書き方を徹底的に学ぶ授業は、後のポッドキャスト制作の原点になったと語る。大学は起業家精神を育むバブソン大学に進学し、1年次から実際の起業を体験する授業に没頭。グループワークの難しさや、アイデア採択の過程で人間関係のドラマを経験した。大学時代には、NBAチームであるボストン・セルティックスでのインターンシップという夢のような経験も果たし、選手スカウトのサポート業務に携わった。この経験を通じて、リサーチの面白さや、スポーツ業界の奥深さを肌で感じた。

ゲスト紹介と番組の繋がり
スピーカー 1
皆さんこんにちは、宮武徹郎です。 Off Topicは、アメリカ中心に最新テックニュースやスタートアップビジネス情報を緩く深掘りしながら紹介する番組です。
今回のトピックは、宮武さんの半生について聞いてみましょう。続いて話していきたいと思います。
先週のケンスさんに引き続き、またゲストを今回呼んでいるんですけど、今回は過去お世話になっているツドイの今井さんに来てもらいました。
皆さんありがとうございます。
スピーカー 2
ツドイの今井 こちらこそありがとうございます。ツドイの今井と申します。
スピーカー 1
最初に自己紹介だけしてもらう。
スピーカー 2
私は今40歳になるところなんですけども、編集者をずっとしていまして、いろんなものを作ります。
テキストコンテンツも作れば動画を作ることもあるし、あとイベントを作ることもあるし、そして最近はポッドキャストを作ることも増えてきました。
僕がお話ししている番組は主に2つあって、1つは考えすぎフラグメントというクラシコムという会社代表の青木さんとお話しているものと、
あと自分一人で喋っている編集者のハイポシシスという番組がありまして、そんなものもやっています。
お二人との縁みたいなところで言うと、実は僕は草野さんが高校生のときに、まだオフトピックを始める前の草野さんに取材をしたことがありまして、
もうだから14、5年前とかになるのかな。
スピーカー 1
そうですね。
スピーカー 2
そうですね。そのときに初めてお会いして、そんな草野さんが後にポッドキャストを始められて、
だから僕は子さんアピールをするわけじゃないですけど、たぶん第1話を1話しか上がっていないときに聞いている。
スピーカー 1
素晴らしい。すごい。
スピーカー 2
たぶん当時は会議室で撮ってたときですかね。
スピーカー 1
会議室で、たぶん1話目が100再生いったかどうかだと思うので。
スピーカー 2
ああ、そうなんだ。
スピーカー 1
そのうちの1再生ですね。
スピーカー 2
はい、ということで。
宮武さんともその後、ご飯食べたりとか、お互い人を紹介したりみたいなこととかあったりして。
スピーカー 1
そうそう。今井さんがプロデュースとか、支援されているポッドキャスト番組に出させていただいたりとかも過去はあるので。
スピーカー 2
そうですね。あと、ポッドキャストイベントというイベントを僕らが立ち上げたことがあって、今は他の方にも渡したんですけど、
そのときも会場に遊びに来てくれたりとか、そんなことがありました。
スピーカー 1
そこでグッズを作ってくださいってお願いされて、その翌年に予約グッズができて。
スピーカー 2
そうですね、確かに。スウェットとかですっけ。
スピーカー 1
あれですね、多分、僕も草野さんも多分行ったことないんですけど、編集の学校をやられてますよね。
それすごい面白そうなんですけど、それって具体的にどういったあれなんですか。
スピーカー 2
そうですね、集いの編集学校というのをやってまして、特徴がいくつかあります。
編集の学校というのはもちろん世の中にいくつかあるんですけど、僕らの特徴は、まず基本的に全て僕が教えるということですね。
講師が入れ替わり立ち替わり来るものが結構多いんですけど、割と体系的に網羅的に僕から教えるということ。
あとリアル限定であるということとか、本当にね、海を越えて通ってくれる人いるんですよ。
スピーカー 1
へー、すごい。
スピーカー 2
こっちもちょっと気合が入るというか、あれなんですけど。
あと、最大の特徴は、明日使えるようなTipsみたいなのは全然教えていなくて、
どっちかというと、どういう態度やマインド、スタンスでいれば、その編集者として良いものが作り続けられるかみたいなことを極力教えたいなと思っている学校です。
それこそ、ポッドキャストの作り方を教えたいしています。
スピーカー 1
ちょっと、我々が一回行ってみたいです。学びに行きたいですね。
それこそ、今回のポッドキャストは別のテーマなんですけど、
どっかのタイミングで今井さんと編集のやり方とか、そこらへん色々聞いてみたいです。
やり方を我々学びながらアマチュアでやっているので。
スピーカー 2
すごいけど。
スピーカー 1
そこはぜひぜひ色々教えてもらえたらなと思うんですけど、今回テーマが全然違う話なので、
オフトピックの番組なのに今井さんに振っちゃいますというところで。
そうですね。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
宮武氏の幼少期:アメリカでの生活と神戸でのインターナショナルスクール
スピーカー 2
オフトピックもそれを300回超えて、
子さんの方もいれば新しい方ももちろんいるし、そして全部聞いている人もそうでない人もいらっしゃると思います。
僕も正直全部を覚えているぐらい聞き込んでいるかというとそうでもなくて、
そんな自分からしても、この二人は一体何なんだという気持ちになる。
僕ですらなる。変な言い方ですけど、なるから。
お話の中で二人の人生が垣間見える瞬間というのはあるんですけど、
一旦線にして語られている場所というのがテキストでもないというふうに感じていたので、
そういうのをやったらいいんじゃないですかということを宮武さんにご提案したら、
じゃあそれぜひ一緒にやってくださいというふうに言っていただいたので、
今回お時間いただいているというところになります。
スピーカー 1
はい。お願いします。
スピーカー 2
はい。というわけで、宮武さんの超ざっくり経歴を僕は今手元にもらっているので、
ちょっと順番に、その中身は全然わからないんで、
どれぐらいざっくりかというと、ゼロ歳日本で生まれるとかだけそういうことが書いてある。
スピーカー 1
一応日本人ではありますというところです。
スピーカー 2
そうですよね。これもでも意外でした。日本のどこで生まれたんですか?
スピーカー 1
生まれは静岡ですね。
これは静岡なんですけど、静岡の記憶はほぼほぼなくて、
多分2歳の時にアメリカに3年半ぐらい行っているので、
どちらかというと最初の記憶はアメリカの方が先ではあったんですけど、
それもうっすらしか覚えていないという感じですね。
スピーカー 2
その時アメリカのどこだっけ?
スピーカー 1
アメリカのニューヨークなんですけど、ニューヨーク州の北の方、
イーストチェスターという場所で過ごしていましたね。
スピーカー 2
そこからお父さんは、周りのお母さんがニューヨークまで通ってらっしゃったという感じですか?
お仕事は?そこでお仕事があった?
スピーカー 1
そこでお仕事してたのかなっていうのが、ちょっと子供だったので全く知らないんですけど、
そこで3年半ぐらいですかね、5歳半まで過ごして、
それで日本の神戸の方に戻ってきたという感じですね。
スピーカー 2
それはご両親どちらかのお仕事の都合だったと思うんですけど、
どんなお仕事だったんですか?
スピーカー 1
そうですね、父が定人という会社で働いていて、
そこで繊維、具体的にリサイクルポリエステルを販売していたので、
それでアメリカで、昔は出張で行ってたのを、
一回家族で行って、全員戻ってきて、
またどっかのタイミングで父が単身不倫でアメリカの方に、
その時はマンハッタの方なんですけど、そこに10年以上過ごしていたので、
そこの影響で家族としては動いてましたね。
スピーカー 2
じゃあ、その後日本に帰ってきた時は、お父さんは単身不倫されてたという状態?
スピーカー 1
一回全員で戻ってきて、定人の本社が大阪なので神戸の方に住んでいた。
そこで何年か住んでから、父だけまたニューヨークの方に行ったという感じですね。
スピーカー 2
なるほど。
ご兄弟いらっしゃるんですか?
スピーカー 1
そうですね、兄が一人いますね。2個上の兄が。
スピーカー 2
そっか、5歳と7歳まではニューヨーク州にいたという時は、結構お兄ちゃんに遊んでもらってたみたいな。
スピーカー 1
いや、正直全然記憶がないので。
スピーカー 2
そっか、5歳だとそうですよね。
スピーカー 1
全然分かってないんですけど、基本的に僕は家にいて、
母が育ててくれて、そこで兄は学校に行ったりとか。
僕は一瞬だけ幼稚園に入ったりとかしてたんですけど、
まだ本当に小さかったので、基本的に家にずっといました。
なるほど。神戸の方に戻ってきて、その時はどんな学校に入ったんですか?
スピーカー 1
インターナショナルスクールに行っていたので、
僕は一回も日本の学校に行ったことがないという頃なので、
ずっと英語の中で教育されてきた人ですね。
ただ一応、親は2人とも日本人で、しぼくも一応日本人なので、
日本語は家では基本的に日本語。
親に対しては日本語で、兄に対してはミックス。
英語ファーストで日本語セカンドみたいな感じですね。
スピーカー 2
今、自分の辞任としてはどっちの言語が得意なんですか?
スピーカー 1
もう完全英語ですね。
やっぱりそうですよね。
だいぶ日本語のレベルが上がりました。
スピーカー 2
確かにそうかも。
スピーカー 1
デジタル会社、新卒で入った会社が日本の会社なんですけど、
その時は日本語がだいぶ良くなかったので、
たぶんそこから鍛えられたという感じですね。
スピーカー 2
確かに初期のオフトピックとかって、
これって日本語で何て言ったらいいのかな?みたいな場面がすごく多かった。
スピーカー 1
その下りが何回かありましたね。
スピーカー 2
お兄さんもずっとインターだったわけですけど、
ご両親としてはこれから少なくとも英語は身につけてほしい
みたいな気持ちがあったんですかね?
スピーカー 1
一応たまたま住んだエリアの近くにインターがあったので、
そこでそのオプションがあるのであれば入れたり。
たぶん父が昔からアメリカに行きたかったっていうのが結構昔からあったので、
だからこそ単身不倫で行ったりとか家族で一緒に行ったりとか、
たぶんそもそも選んだ仕事もアメリカに行けるからっていうのを選んだはずなので、
そういう意味でもたぶんアメリカに対する憧れは何かしらあったのかなと思います。
スピーカー 2
またこれの草野さん編もやりたいなと勝手に思ってるんですけど、
草野さんのお父さんもアメリカが好きみたいな話を聞いたことがあって、
だからなんか面白いですね。
お父さんはアメリカの文化が好きなんですか?
スピーカー 1
たぶん文化もそうですし、たぶんカルチャーとかもそうだと思うんですけど、
どっちかというとスポーツも含めて雰囲気がすごい好きだったのかなと思いますね。
スピーカー 2
お父さんは何が趣味の人なんですか?
スピーカー 1
趣味?今はわりとサステナビリティとかそっち系結構好きだったりとかするので、
スピーカー 2
サステナビリティが趣味ってすごいな。
家にコンポストがあるとか?
スピーカー 1
いやコンポストがないんですけど、
ただやっぱり服もそうですし、何を食べるかとかも含めていろいろそこら辺はすごい気にしてる方ですし、
あとランニングとかも好きだったりするので、
結構ニューヨークに彼がタンシーフニーで行ってたときは結構ランニングをして、
確かニューヨークマラソンとかも走ってた。
スピーカー 2
へえ、すごい。なるほど。
5歳から14歳、神戸のインターンですけど、
インターナショナルスクールでの部活動と学校生活
スピーカー 2
このときは例えば日本だと部活動みたいなものがあるんですけど、そういうのってあるんですか?
スピーカー 1
ありますね。ここが多分アメリカと日本の大きな違いで、
スポーツにおける多分結構大きな違いがあるとすると、
季節制なのでアメリカの場合ですと。
なので季節ごとに入れるスポーツチームが違うので、
僕はインターンのときは強制ではないので、
基本的にはバスケと野球はちょっとだけ中学のときにやっていたんですけど、
基本的に小学校は部活動が、クラブ活動みたいなのがあるんですけど、
基本的に部活みたいなものは中学から、
僕はバスケがメインでやってましたね。
スピーカー 2
バスケは正直得意だったんですか?
スピーカー 1
多分全般運動神経は割と良かった方だったので、
ただめちゃくちゃ背が小さい方だったので、
大体どこ行っても一番背が小さいっていう感じだったんですけど、
割と多分細くて、割とスピードある子だったので昔は。
今はもう違うと思うんですけど。
スピードである程度勝負できちゃうので、
ただ僕は昔サッカーの方が一番最初はサッカーが好きで、
デート始めてたんですけど、兄がすごいバスケが好きで、
そこから徐々に徐々に影響されて、
最終的に僕もバスケの方が好きになりましたね。
スピーカー 2
なるほど。
日本でバスケっていうとどうしてもスラムダンクが浮かぶんですけど、
神戸のインターとかで日々交わされる、
あれ面白かったよみたいな話って、
今思うと普通の、周りの日本語だけの学校とは違うんですかね?
スピーカー 1
そんなに変わらないと思いますよ。
スピーカー 2
アクセスできるものは一緒ですかね?
スピーカー 1
そうなんですよ。インターネットもないので、
あの時ってほぼほぼ。
なので基本的にテレビで見てるものとか、
ただ、結構僕が行ってたインターは日本人が割と少ない方だったので、
なので本当に全部英語で喋るっていう感じだったので、
日本のドラマを見るみたいな人は割と限られてたりとかするので、
基本的にもう学校の日々の話をずっとするっていう感じですね。
スピーカー 2
なるほど。
でもアニメとかはそういう意味では話題にしやすいですか?
スピーカー 1
アニメは当時はやっぱりあんまり。
スピーカー 2
ちょっとハードなものだった。
スピーカー 1
そうなんですよ。
どちらかと言うと、例えばロード・オブ・ザ・リングとか、
ハリー・ポッターとか、
組織系は友達と一緒に映画館で見に行ったりとか、
それはやってましたね。
あとスター・ウォーズとかですね。
スピーカー 2
はいはいはい。
なんかインターにそういうのがあるかわかんないですけど、
変な聞き方ですけど、
三宅さん、スクール・カースト的にはどういう子だったんですか?
スピーカー 1
そうですね。全然あります。
あります。あります。
スピーカー 2
あ、あるんだ。
スピーカー 1
そうですね。
自分で言うのもあれなんですけど、
多分ある程度勉強ができて、
運動試験も多少なりあったので、
割と全般的に好かれてたかなっていうふうには思うんですけど、
特に僕が行ってたインターって、
そこまで悪いいじめとかそういうのも全然なかったので、
今はちょっとどうかわかんないですけど、
僕が行ってた当時は割とみんないい子たちが揃ってたので、
多少ないいじめとかはあるんですけど、
別に本当に悪い名前で呼ぶとか、
学校退役になるとかそういうレベルは全然なかったりするので、
そういう意味だとすごい安全な場所でしたね。
スピーカー 2
なるほど。
じゃあ結構のびのび育ってたというか。
スピーカー 1
そうですね。その中でいろんな活動をしたりとか、
多分僕の中で割と特徴的だったのは、
学校の後に友達は全員一緒に遊びに行ったりとか、
帰ったりとかいろいろしてたんですけど、
大体親の影響でいろんな行事をさせられていたので、
それがピアノでしたり、
ピアノも最初はクラシックピアノから始まり、
後々ジャズピアノを学びに行って、
あとはソロバンと水泳と、もしくはバスケとかサッカーもするし、
将棋囲碁とかですね。
いろんなことをやってました。
スピーカー 2
気持ちとしては面倒くさいなと思ってたのか、
全部楽しいなと思ってたのか。
スピーカー 1
面倒くさいやつもありましたね。
ソロバンとか途中で面倒くさくなってサボり始めて、
親に捕まって怒られるっていうパターンはずっとありました。
スピーカー 2
とにかくいわゆる教育コストをかけてもらったなっていう感じはすごくあるってことですね。
スピーカー 1
それは、それこそその後も高校大学がアメリカの方なので、
もう親には何も言えないですね。
スピーカー 2
14までインター通って、その後いろんな選択肢があったと思うんですけど、
結果的にはボストン近郊のボーディングスクールに行くと。
これはどういう決断だったんですか。
ボーディングスクール進学の決断と寮生活
スピーカー 1
そうですね、その2年前から兄が実は応募をしていて、
アメリカのボーディングスクールの方に。
多分これも父がいろいろ調べている中で、
そういうボーディングスクールっていう概念があるっていうのを多分彼が知って、
それでそういうところに受験してみればっていう話で兄が受験していたんですけど、
当時は情報も全然なかったので、
父もやり方が多分わからなかったので、
とりあえずトップ校にしか応募していなかったんですよ。
兄が応募していた学校の一つが、
アンドーバーとかエクステタン、
ボストンだとトップ中のトップで、
そこはマーク・ザッカーバーグが行った学校になるんですけど、
残念ながらそこは2年間受験して、
結局東を通らなかったんですけど、
それで僕の番になって。
そこで僕の番になって、
僕も当然ながら落ちるだろうなって思ってたんですけど、
ちょっとレベルを落として、
もうちょっと入れるかもしれないところに応募したら、
運よく受かった学校がいくつかあって、
そこで行くことになりました。
ただ僕はインターその時9年目ぐらいだったので、
基本的に学校から離れたくなくて、
友達もずっといたので、
僕はあんまり行きたくはなかったんですけど、
今考えると行ってすごい良かったなと思います。
スピーカー 2
そっかそっか、インターに通い続けて、
大学受験までいるって手もあるわけですね。
スピーカー 1
そうですね、一応高校の終わりまではインターがやってるので。
スピーカー 2
ボーディングスクールっていうのは、
ちょっと僕も詳しくないんですけど、
全寮制の基本的には。
スピーカー 1
学校によってなんですけど、
一応僕が行った学校は多分9割以上がボーディング。
寮生活の子たちがいて、
残りはデイストゥーデンツって呼ぶんですけど、
一応日帰りする子たち。
そこは周りに住んでる子たちですね。
スピーカー 2
ハイスクールとどう違うんですか?
スピーカー 1
ハイスクールではあるんですけど、
英語で言うとプレップスクールってよく呼ばれるんですけど、
いわゆる大学の準備校みたいな概念で捉えるのがベストかなと思うので、
一応寮生活とか大学っぽさっていうのをいろいろ出してるっていうところですね。
スピーカー 2
日本で言うと多分進学校みたいな概念に近くて、
その先を見据えて生活をするっていうことですね。
じゃあ結構みんな、いい意味で意識が高い子が集まる?
スピーカー 1
必ずしもそうではないというところでして、
学費はすごい高いので、
あと親が行っていれば子供が入りやすくなるとか、
それは大学でもよくあるシステムだと思うんですけど、
そういった理由で入ってる子たちもおそらくいたりとか、
アメリカの高校も大学もそうなんですけど、
ビルに名前を付ける文化ってあるじゃないですか。
だいたい寄付すると自分の名前をビルに付けられるみたいなパターンってあると思うんですけど、
まさに自分の祖父が寄付してその名前が載ってある、
孫娘とか孫とかと一緒に学校行ってたりすることもあったりするので、
それで入ってるんだろうなっていう人も全然いましたね。
スピーカー 2
東京大学にもありますね、安田高等とか。
これは多分ちょっと間違ってたあれですけど、明治安田生命とかを作った安田さんのお名前だし、
あと福武ホールっていうのがあって、それはベネッセを作った福武さんっていう人がいるんですけど、
そうそう、その人のお名前が付いてたりとか、そういうのがありますね、確かに確かに。
スピーカー 1
なんかそういう、それこそ大学もそういうのすごい有名だったりすると思うので、
なんでそういう制度で入ってる子たちもいるんですけど、
でも全般的にはやっぱり結構頭いい子たちが入ってるのかなっていう感じですね。
スピーカー 2
なるほど。
一人で行ったわけですよね、ある意味。
スピーカー 1
そうですね、ただ父がニューヨークにいたので、
なので一応車で4時間ぐらいのところで行けるっていう。
スピーカー 2
アメリカの中では近いですね。
スピーカー 1
アメリカの中では割と近い方だったので、
そこで、でも寮生活なので基本的に一人ですし、日本人はいないので、
なのでずっと一人で過ごしてましたね。
スピーカー 2
それはどうですか?しんどかったのか楽しかったのか。
スピーカー 1
最初はやっぱりしんどかったですね。
しんどかったですし、寮生活慣れてなかったりしていたので、
なのでそこは調整は必要だったと思うんですけど、
ただそのおかげで大学がめちゃくちゃ楽になりました。
寮生活に慣れるのもそうですし、
あと学校の厳しさで言うと正直高校が一番厳しかったので、
なのでそこの基礎が全部身につけばある程度大学はいい。
スピーカー 2
厳しいっていうのは卒業に対しても厳しいってことですか?
スピーカー 1
卒業に対してっていうよりも授業の内容とか、
やっぱり多分アメリカの場合ですと、
特にインターナショナルから来る学生が、
アメリカの大学で一番困るものってエッセイの書き方なんですよ。
やっぱり仮説を作って、それに対してエビデンスを出しながらエッセイを作るっていう概念が、
やっぱりなかなか多分それを英語で、しかも英語でやるっていうところが、
あんまり学ばれてないところが多いのかなと思っているんですけど、
そこが僕の高校だと徹底してそれを学ばせるので、
スピーカー 1
それこそ僕がオフトピックの原石が多分、
僕の高校の教育からあると思っているぐらいなんですけど、
本当にそこのエッセイの書き方っていうのが、
多分オフトピックの最終きっかけになったかなと思います。
ボーディングスクールでのスポーツとアメリカのスポーツ業界
スピーカー 2
僕もそんな英文たくさん読んでないですけど、
確かにオフトピックって作りが英語論文っぽいっていうか、
スピーカー 1
英語で書いてるみたいです。
スピーカー 2
そこにちょっとポップな事例がたくさん出てきて、
確かにこれもこうだ、これもこうだ、これもこうだから、
確かにそうやるともしかしたらこうかもしれないなっていう、
独語感というか、そういう感じですよね。
なるほどな。
高校生のときは何が好きな子だったんですか?遊ぶときっていうのは。
スピーカー 1
でも遊ぶ、遊ぶ暇もそうですし、
やっぱりこれもボーディングスクールの特徴だと思うんですけど、
基本的に田舎に置くんですよ。
結構大きめなキャンパスとかがあったりするんですけど、
うちの高校もすごい結構大きめのキャンパスで、
多分大学よりも大きいキャンパスだったんですけど、
どこにも行けないんですよ、単純に言うと。
一番近い町がバスで15分ぐらいのところだったりするので。
スピーカー 2
そっか、じゃあ歩いてはいけないですね。
スピーカー 1
本当に閉じこもって勉強しかできないみたいな感じなので、
ただスポーツが強制なので、
1年生と2年生は3シーズンあるんですけど、
3シーズンそれぞれスポーツ全部やらないといけなくて、
3年生のときに2つのスポーツで、
アメリカの場合高校って4年間あるので、
4年生のときは1シーズンだけ強制されるんですけど、
僕がアメリカの学校は秋からなので、
秋がサッカーで、冬がバスケで、春が野球という形でやっていましたと。
僕の高校の場合ですと、水曜日と土曜日が学校があるんですけど、
ただ半日なんですよ。
半日で午後は試合なんですよ、スポーツ。
そこで他の学校にバスに乗って行ったりとか、
来てもらったりとかそれで試合をするっていう。
なので週2回試合をするっていうパターンが多かったですね。
スピーカー 2
なんか僕、
Apple TVでスワッガーっていうバスケットの
天才中学生の子の話をやって、
あまりに天才なんでいろんな誘惑があって、
インフルエンサーっぽくなって練習をサボっちゃったりとか、
地元出身のNBAの選手に声かけられて、
家に行って高い服とかもらってきちゃって、
チームメイトと圧力が生まれるとか、
そういう答えが書かれるものがあって。
それ見てると、中学高校のチームも
すごい地元で応援されてるというか、
そういう印象は、それはそうなんですか?
スピーカー 1
そうですね。ただ多分、僕の高校の場合だとすると、
ほとんどが寮生活の子たちなので、
あまりローカル感はそこまでないっていうのは確かにあるんですけど、
ただラクロスがめちゃくちゃ強い高校だったので、
それは一時期、
僕の多分1校へか2校への先輩で、
全米で9位にランクインされたラクロスの選手がいたので、
彼はそれこそスポーツ誌の表紙に乗るぐらい。
それでテレビが来たりとか、
いろんな人が来たりとかはしてましたね。
ただ全般的に田舎町でもあるので、
本当に周りに何もないですし、
一回クマが出てきたりとか、そういう感じですね。
スピーカー 2
なんかすごい余談なんですけど、
アメリカのスポーツってプロもアマチュアも、
すごい個人ランキング作るじゃないですか。
そのプロスペクトとか。
スピーカー 1
はい、よくあります。
スピーカー 2
あれってどういう基準?
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
僕は野球が好きなんで、
このすごい選手は実はプロスペクトのときから
すごかったみたいなこと言われてたりするんですけど。
スピーカー 1
前例、高校だと8位でランキングされた子がみたいなところ。
スピーカー 2
でも足が速い子もいれば、
遠くにボール飛ばせる子もいるわけで、
感覚でやってるんですか?
スピーカー 1
感覚です。数値ではないです。
なので、それでなんとなくリストを作って、
基本的にアメリカの場合ですと、
ドラフトとかそこに全部関連したりとかもするわけなので、
やっぱりエンタメ、スポーツエンタメ化してる文化からすると、
ランキングが一番分かりやすいっていう。
誰が、この人は5位の方がいいんじゃないかみたいな
討論にはなったりするので。
スピーカー 2
なるほど。
陸の孤島で暮らしていく中で、
やっぱりその中で今も繋がるかもしれないですけど、
インターネットとかテックみたいなものへの興味って増していったんですか?
スピーカー 1
高校の時はそんなにですね。
高校の時は多分バスケがすごい好きだったのと、
あと学校で割と必死だったので、
バスケはなぜかわからないんですけど、
毎日朝起きて、朝だいたい6時くらい起きてたんですけど、
その前の日のNBAの試合のスタッツを全部出して、
それをなぜか覚えてたっていう。
それをひたすらやってたっていう。
何も意味ないんですけど。
スピーカー 2
友達に便利に使われるみたいな感じですね。
スピーカー 1
それも全然ないです。
誰にも頼まれてないのに。
そうなんですよ。誰にも頼まれてないのにっていう。
本当にそれで終わったっていう感じなので。
それはそれでそうですね。
バブソン大学への入学と起業家精神の授業
スピーカー 2
ちょっとしんどい高校生活を終えて、
大学行くタイミングでは、
例えば日本に帰ってくることは考えなかったんですか?
スピーカー 1
大学は全く考えてなかったですね。
基本的に僕が行ってた高校も、
結構小さめの高校なので、
1学年80人ぐらいしかいないので、
合計4年間あるので、
320人ぐらいしかいないんですけど、
結構基本的にアメリカの大学に行くのが
そこだと当たり前になっているので、
そこでひたすら皆さん応募しているっていうところで、
僕もその中でいろいろ応募して、
その中でたまたまバブソン大学っていうところに
入れたっていうところですね。
スピーカー 2
入るときの興味としては、
そこで何が勉強できると思ってたんですか?
スピーカー 1
バブソン大学は正直言うと、
何やってる大学か全く分からなくて、
ビジネス系の大学っていうことしか知らなくて、
僕もバブソンっていう名前全く知ってなかったんですけど、
たまたま僕のルームメイトのお兄さんが
たまたまバブソンに行っていて、
それでバブソンっていう大学あるんだっていうレベル感で応募しました。
スピーカー 2
自分の成績とかもちょうどいいっていうか。
スピーカー 1
僕は正直言うと、もっといい大学に入ろうとしていたので、
それが全然うまくいかなくて、
結局バブソンか、
そこのライバル校のベントレっていう学校があるんですけど、
そっちのどっちかに行くっていう、
そこの二択で最終的に迷って、
それで最終的にはバブソンを選んだっていう感じですね。
なので全く期待がなく、
企業の勉強をしている大学とは全く知らず、
それで入りました。
スピーカー 2
後に分かるんでしょうけど、出身者としてはどんな人がいるんですか?
バブソン大学は。
スピーカー 1
バブソン大学は特徴はいくつかあると思うんですけど、
一つは海外比率が割と高い。
スピーカー 2
海外からそこに通っている人が多い。
スピーカー 1
そうですね。海外から来ている学生の方々が多いんですけど、
確か3割ぐらいだったはずなので、
それは結構多いです。
その中で結構2代目、3代目の子たちが多いですね。
なので親が実際企業されて成功しているビジネスを持っていて、
そこの子どもたちが来るような学校なので、
それは良い意味でも悪い意味でもっていう話ですね。
悪い意味で言うと、結構グループプロジェクトが大学多いんですけど、
もう2代目、3代目って自分の行き先が決まっているので、
勉強しない子もめちゃくちゃ多いんです。
その中でちゃんと勉強する子もいたりするので、
逆に言うと、リアルにグループプロジェクトに参加すると、
やる気ない子とやる気ある子が大体どの会社でもあるじゃないですか。
それを体験できるっていう意味でやるとすごい良かったと思います。
スピーカー 2
なるほどね。確かに。
そこで何を学ぶとこにいたんですか?
スピーカー 1
バブソン大学は少し特殊で、まず専攻は1つしかないんですよ。
ビジネスしかないので。
全員ビジネスを学ばないといけないんですけど、
その中で特徴的な授業でいくと、
1年生の時に必ず全員取らないといけない授業があるんですけど、
それがFMEっていう、Foundations of Management andEntrepreneurshipだと思うので、
実際に起業するっていう授業なんですよ。
ちょっとやり方が最近変わってるらしいので、
僕がいた時は50人ぐらいのクラスが8つぐらいあるんですけど、
その各クラスでまず3人組になって、
そこで何かアイディアを考えて、それでお互いピッチし合うんですよ。
そこでちょっとずつ投票とかを通してアイディアが絞られて、
スピーカー 1
最終的に一つのクラス、50人のクラスの中で2つアイディアが決まるんですけど、
そこに25人、25人って分かれて一つの会社になるっていう。
そこで最終的にそのアイディアをもとにビジネスプランを作って、
スピーカー 1
それを授業に提出するのが最初の1年間の半年、前半がそこまで。
残りの半年は実際にビジネスプランに書いてある、
学校からお金借りられるんですけど、
スピーカー 1
それを3000ドルまで借りられて、それで実際授業を運営するっていうのが後半なんですよ。
スピーカー 2
3,000ドルまでなんだ。
スピーカー 1
そこまで大きくないですし、たかが大学生の子たちなので、
特にバブソンってそこまでテック系の大学ではないので、
基本的に何か安く買って、それをちょっと高く売るっていうのが基本として皆さんやることですと。
そこで一応後半は授業を運営するっていう話なんですけど、
利益を出した場合、それは全部寄付するんですよ。
自分が選ぶチャリティーに。
ただそれは言えないっていう条件になっていて、
一応利益目的で運営してくださいっていう。
スピーカー 2
そういうことか。
僕らを稼がしてくれたら寄付できますよって言っちゃうと、ブーストかかっちゃうからってことですね。
スピーカー 1
そうなんですよ。ただ全員言うんですけど。
スピーカー 2
言うんだ。
スピーカー 1
結局。
スピーカー 2
みんな知ってますもんね。
スピーカー 1
周りの人知ってるので。
しかも大学、別に町がすぐ近くにあるわけじゃないので、
基本的に売り先が大体2パターンしかなくて、
他の大学生に売るか親に売るかの大体2択なんですよ。
なので、正直そこで学べることって、
ビジネスについて学ぶっていうよりも、
グループでグループワークの大変さを学ぶのが多分一番のことだなと思うので、
僕がいた当時は本当に社長がいて、
CTOとかCOOとか、
役員みたいな人たちがいて、
平社員みたいな従業員がいるっていう感じになっていて、
どの会社も何かしらのドラマが起きるっていうのが、
よくあるパターンですね。
スピーカー 2
めっちゃ面白い。だってそうですよね。
みんな10代とかで。
スピーカー 1
そうですよ。18、19、20歳ぐらいとかで。
スピーカー 2
いろいろ、それこそまず自分のアイデアが採択されなかったってことに
すごくストレスを感じてる人もいるだろうし。
スピーカー 1
ムカつく人もいますし、
一人言ったのが、
自分のアイデアが絶対勝つと思って、
先に在庫を仕入れた人もいますからね。
スピーカー 2
面白いな、そいつ。
それでも自分でやったらいいですけどね。
スピーカー 1
そうですよね。
スピーカー 2
2つに絞られていく過程って何が重視される?
大学時代のインターンシップとキャリアへの興味
スピーカー 2
収益性なのか、新規性なのか。
スピーカー 1
一番最初は多分単純にアイデアとかピッチの良さ、
カリスマ性とかそういうのが、
その後にもう少し大きめなグループになって
もう一回アイデアを組み直すんですけど、
その時は実際ちょっとヒアリングをしに行ったりとか、
これが本当にいける内容なのかみたいなところで、
それでもう一回ピッチするので、
最終的には人気投票だと思うんですよ。
人気投票とかカリスマ性があるかとか、
多分そこら辺のお金儲けできそうかみたいな話だと思うので、
正直大した投票にはならないんですけど、
でもそこである程度カリスマ性がある人が
だいたいCEOとして選ばれて、
その後の誰がCTOになるとか、
のは全部これも投票制になるので、
そこもだいたい人気投票みたいな感じなので、
僕はたまたまCTOとして選ばれたんですけど、
多分僕の推測で言うと、
アジア系でちょっとオタクっぽい子に見えたので、
この人だったらパソコン触れるだろうなって思われたかなって思いますね。
スピーカー 2
でも入学半年ってもうそれぐらいですもんね。
スピーカー 1
そうなんですよ。
情報量的にもね。
結局何も情報がないので。
そこは最初CTOとして一応その会社に、
会社というか授業に所属していたんですけど、
当然ドラマが起きるわけなので、
うちの会社の場合ですと、
クーデターが起きまして、
社長を追い出すっていうクーデターが起きました。
スピーカー 2
実際に追い出された。
スピーカー 1
そうですね、実際に追い出されましたね。
それも結局元々のアイディアが、
うちの大学のマスコットってビーバーなんですけど、
そのビーバーのいわゆるぬいぐるみを作ろうと。
そのビーバーのぬいぐるみでTシャツをカスタマイズできるようなビーバーにしましょうと。
そこで例えば卒業生とかスポーツチームとか、
そういうのを入れられるようにしたいっていう話だったんですけど、
結局ビジネスプランに書いていたサプライヤーの候補者みたいなところが、
一部嘘ついてたりとか、結局何も動いてなくて。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
それで結局後半、事業運営しないといけないっていうタイミングになってから、
何も動かなくて、僕含めて他の役員が、
これはちょっともう仕様変えないと話にならんと。
で、結局クーデターを起こしました。
スピーカー 2
すごい、面白いな。
いろいろ聞いたことあるんですけど、
そこで活躍したりとか、この人すごいなと思った人って、今もすごかったりするんですか?
スピーカー 1
いや、その時は全然わかんないですし、
今1年生なので全員、仕事のスタイルも全然違かったりとか、
僕もすごい反省したところがいっぱいあるので、
一応クーデターを起こした後に、僕とCOOの方が共同代表になったんですよ。
スピーカー 2
すごい。
スピーカー 1
そこでいろいろ事業運営してた中で、
僕は当時多分、もっと規則正しさとか、時間通りに来るとか、
ちゃんと言ったことをちゃんとやるっていうのを、
割と厳しく見てた人だったりするので、
スピーカー 2
なので、多分割と冷徹な人として見られてたと思うんですけど。
なるほど。
スピーカー 1
なので、それで多分好きな人もいましたし、
嫌われてたと思うんですけど、
そこで仲良くする必要ってあるんですかっていうのが多分僕のスタンスだったんですよ。
これビジネスなので、ちゃんと売り上げ作りましょうよっていう話だったんですけど、
CMOと、僕が最初の共同代表になった時にCMOと一回今後について話したいって言われて、
それで単純にミーティングするのかなと思ったら、ご飯食べたいって言われて、
割と普通じゃないですか、今普通に考えると。
お互いのことを知り合いたいのでって言われたんですけど、
僕は当時それが全く理解してない人で。
怖っ。
そうですよ。
なんでランチしないといけないんだろうみたいな感じで、
そういう共同代表だったので、多分割と扱いにくい人だったのかなと思うんですけど、
先生からは割と好かれてたので、ちゃんとやる人っていう人だったので、
そこで多分ちょっとギャップがあったのかなと思います。
スピーカー 2
なるほどな。
それが1年生終わって、その後は学生時代に授業始める人もいれば、
インターンに行く人もいるしみたいな感じですか。
スピーカー 1
そうですね、インターンはもう全員多分1年生の時から結構探しに行くっていうのが、
割とうちの大学だと普通だったので、そこは僕も含めて見ていて、
起業する人もゼロではないんですけど、めちゃくちゃ多くはなかった。
スピーカー 2
なるほど。
スピーカー 1
一応僕の年ですと。
スピーカー 2
めちゃくちゃインターンはどこに行ったんですか。
スピーカー 1
インターンは1年目の時は、当時はネットプライスっていう会社ですね。
今はビーノスっていう会社だと思うんですけど、
一応ネット系の会社でして、そこはボストンキャリアフォーラムで出会ったっていうところですね。
そこもボストンキャリアフォーラム、ボストンにある就活できる場所で。
スピーカー 2
それ1年生から行くんですね。
スピーカー 1
ボストンにいたので、すぐ近くなので。
兄がいたので、兄も行ってたので、それでちょうど行ってたんですけど、
僕も日本の就活全く知らなかったので、全身黒のスーツで行くっていう概念がなかったんですよ。
上は黒だったんですけど、下はカーキンだったので。
スピーカー 2
はいはい、すみません。
スピーカー 1
なので、1人だけすごい目立ったっていうのは、兄からも言われましたね。
スピーカー 2
逆に言うとみんな割ときっちりして行ってるんですね。
スピーカー 1
皆さんきっちりして行ってますね。やっぱり大企業もいますし、やっぱりちゃんと。
基本的に日本人がみんな行く場所なので、ちゃんと規則正しく皆さんやってる中で、
1人だけカーキパンツで横断な色合いで行ってる人がいるっていう感じですね。
スピーカー 2
そのインターンはどういう期間、何をしたんですか。
スピーカー 1
夏の間だったんですけど、2つのインターンをやらせてもらったので、
1つが社長直下で色々リサーチ系のプロジェクトをやっていたのと、
もう1つは他のインターンたちと何かしら新しい事業アイディアを考えるみたいな。
それこそオープンネットワークラボ、草野さんが所属してたアクセレータープログラムを作った会社でもあるので、
デジタルガレージと共同で。
そこの企業とかスタートアップみたいなところは、そこはずっと見ていたっていうところですね。
スピーカー 2
その頃からテックみたいなものに興味が出てきたって感じですか。
スピーカー 1
いや、でもそこまでなんですよね。
スピーカー 2
なかなか出ないな。
スピーカー 1
どこから出るのかっていう話なんです。
多分テックのところは、バブソン近辺なので、
僕多分3年生ぐらいの時にいくつかクラブ活動をスタートしてるんですけど、バブソン大学で。
そのうちの1つがマーケティングクラブなんですけど、
マーケティングクラブの一環で、友達とかと一緒にハーバード大学とかMITでのカンファレンスに行かせてもらったことがあるんですけど、
そこで初めてUberのTravisさんの登壇を見たりとか、
Androidを作ったAndy Rubinさんの登壇を見たりとかして、
そこでこういう世界もあるんだっていうのが、そこでようやく知るって感じですね。
スピーカー 2
おだしょー なるほど。そこで面白そうと思ったっていうことですかね。
スピーカー 1
そうですね。面白そうとは思ったんですけど、テックに行きたいっていうところは正直そんなに考えてなかった。
僕はどちらかというとマーケティングが好きだった人だったので、
大学時代の過ごし方と将来のキャリア観
スピーカー 1
あまりテックっていう、それこそ日本に行った時も携帯持ってなくて、
高校でようやく携帯持ったんですけど、
アメリカなので、ブラックベリーでもなくて、本当に柄系だったんですよ。
レーザーの赤い薄いやつなんですけど、
大学の時も同じ携帯だったので、
基本的にスマホとかそういうの全然触ってなかった人だったので、
逆にテック全然見てなかった人だったと思うんですよね。
スピーカー 2
その大学時代、遊びとしては何してたんですか?
スピーカー 1
遊びは、大学の子たちと一緒にバスケしに行ったりもそうですし、
特に4年生の時はルーメイトが何人かいたので、
そこで一緒にチポトレ食べに行ったりとか、
一緒にボーリング行ったりとか、いろんなところに出かけたりとかはしてましたね。
スピーカー 2
その時も全寮生、寮にいたってことですね。
スピーカー 1
寮にいましたね。基本的に僕はずっと寮にいたので、
一番楽なので一応寮の方にはいましたね。
スピーカー 2
なるほど。
そういう時に友達とかに、
哲郎はこれが得意だねとか、こういうとこあるよねみたいに言われてたんで、どんな言葉だったんですか?
スピーカー 1
多分、一回高校生の時に言われたのは、弁護士になった方がいいっていうのは言われてたんですね。
なので、一時期弁護士になる勉強はしてました。
エルサットっていう、ロースクールに入るための受験のテストですね。
それとかの勉強はしたことはあったりとかするんですけど、
コンサルか弁護士かみたいな、たぶんどちらかというとその二択みたいな感じでしたね、もともとは。
スピーカー 2
それってアメリカではどういうイメージの仕事なんですか?
スピーカー 1
特にコンサルは、コンサルもそうですし弁護士もそうなんですけど、
すごいロジカルな人っていうところで、
たぶんそこである程度評価されてたのかなと。
スピーカー 2
そうして、自分では言いにくいかもしれないですけど、
頭が良くてロジカルで、物事をクールに判断していく人みたいな印象を持たれがちだったっていう。
スピーカー 1
そうですね。たぶんそこは多少なりはあったのかなと思いますね。
スピーカー 2
なるほど。で、大学4年で無事卒業して。
スピーカー 1
そうですね。一応その大学生の途中で、個人的には絶対言った方がいいことで言うと、
僕は夢のインターンを一回してるので。
スピーカー 2
どこ行ったんですか?
スピーカー 1
ボストンセレクティックス、NBAのバスケチームのインターンさせてもらったことがあったので、
それはもう僕の中でも一生宝に残ってるものですね。
スピーカー 2
それって争奪戦なんですか?その枠っていうのは。
スピーカー 1
いや、そもそも存在しない枠なので。
スピーカー 2
存在しないんだ。なんで行けたんですか?
スピーカー 1
たまたまボストンセレクティックスのGM、当時ダニエンジュっていう方なんですけど、
それこそたぶん上段時代でバスケ見てた人はダニエンジュを知っている人なんですけど、
ボストンセレクティックスの元選手なんですけど、彼がうちの大学に登壇しに来た時がありまして、
それがスポーツビジネスみたいな観点で話していたんですけど、そこダニエンジュが来るっていう話だったので、
僕も見に行って、登壇した後に話しかけに行って、二度とチャンスがないと思ったので、
インターンさせてくださいって言ったら、すごい気軽にいいよって言われて。
で、そこでこれもまたチャンスがないと思って、ずるずるしくビジネスのインターンやりたくないんですよっていうのを言って、
バスケ側のインターンをやらせてくださいと。いいですよって言われて、結果的にスカウトのインターンをやらせてもらったんですよ。
それも別に存在するポジションではないんですけど、とりあえず適当に作るからって言われて。
スピーカー 2
スカウトマンと一緒にいろいろ回ったりとか、一緒に分析したりとか。
スピーカー 1
結構一人で動くことが多かったので、データベースがあったのでそこにアクセスして、
夢のインターン:ボストン・セルティックスでの経験
スピーカー 1
ベースの仕事が、セルティックスがちょうどこれ2012年、2013年の話なので、割と強かったタイミングなんですけど、
優勝したのが2008年でちょっと選手が年を取り始めて、ちょっとだけ衰え始めてたタイミングなんですけど、
一応優勝候補としては常に入っていたので、お金もスター選手が何人かいたのでお金があんまりないですと。
なのでヨーロッパでこのチームにフィットしそうな5番、センターの方を探してくれと。
それで毎週一人二人ぐらいの選手をピックアップして送るっていうのがベースラインの仕事だったんですけど、
それでそのやり方も基本的にデータベースにアクセスできるので、まず数字が全部見れるんですよ。
しかも数字がすごい細かい数字が全部見れるので、
例えばこの人が左に行ってワンドリしてシュートを打つタイミングで、
ディフェンスがそんなについてなかった時のシュートが入る割合がどれくらいなのか。
例えばそういうレベルの具体差が見れるデータベースがあるんですけど、
それをまずいろんな形でフィルタリングをして、
ヨーロッパの各リーグ、いろんなリーグがあるのでそこで各リーグでフィルタリングをして、
その中から候補者をピックアップして、
その候補者たちの試合とかハイライトとかをいっぱい見る。
結局ヨーロッパの試合とNBAの試合ってだいぶ違うので、フィルタリングするかみたいなところで、
それを一人二人毎週上げるっていうのがベースラインの仕事で、
その他、何かしらリサーチ系のプロジェクトが振られるっていう感じですね。
スピーカー 2
それは楽しかったですか?
スピーカー 1
楽しかったです。楽しかったですし、
これを仕事としてやっていいのかっていうのがいろいろあったので、
試合見るのが仕事だみたいなことを言えちゃうので。
スピーカー 2
すご。それどれくらいの期間やったんですか?
スピーカー 1
1年弱くらいですね。一応大学通いながらやっていたので。
スピーカー 2
その期間はGチームの試合も見放題っていう感じだったんですか?
スピーカー 1
そうですね。一応実際Stratixがプレイしている場所に行くのは遠いので、
あまり行ける回数はなかったんですけど、
ただデータベースは全世界の試合をほぼ全部見れるっていう、
しかも過去の試合も全部見れるっていう話なので、
それはめちゃくちゃ使ってました。
スピーカー 2
そこに自分の家からもアクセスできるし。
スピーカー 1
そうですね。たまたまなんですけど、
GMの方が大学のすぐ近くに住んでたんですよ。
本当に歩いて5分以内のところに住んでいて、
なのでたまに声かけられて、一生試合見ようよって言われて、
彼の家で見たりとかしてたので、それはめちゃくちゃ楽しかったです。
スピーカー 2
それは見るところ違うんですか?
スピーカー 1
やっぱり全然違いますね。
そこそこ僕もバスケのファンではあるんですけど、
やっぱり大学でプレイしてたわけではないですし、
プロでもプレイしてたわけではないので、
やっぱり見てる視点が全然違うかなと思います。
今だとインターネットとかあるので、もう少し勉強できると思うんですけど、
当時は全然何もなかったので、
何を見るべきかっていうのは本当に分かってなかったなっていうのは、
後々反省しましたね。
スピーカー 2
その元プロとしての目もあるし、
あとGMとしての目みたいなのもあるんですか?
スピーカー 1
そうですね。
それこそやっぱりすごい難しい仕事じゃないですか。
どの選手をドラフトするのは、
その人の未来を考えないといけないので、
どう育つのかみたいな。
彼に何回か車の中で一緒になった時とかに、
この選手どう思いますか?みたいなことを聞いたりとかしたんですけど、
やっぱり当たり外れはあったので、
これどこまで言っていいのか分からないですけど、
ヤニスっていうすごい、
ギリシャ人ですごい有名な選手がいるんですけど、
彼が多分NBAでドラフトされる時って、
ギリシャの3部リーグにいた人なんですよ。
本当にハイライト映像がちょこっとしかなくて、
この人本当にいいのかっていうのが全く分からない状況だったんですよ。
やっぱりダニエン氏もそれしか見てなかったので、
さすがに選べないですよねっていう感じになったんですけど、
それが多分大失敗だったので、
彼はそこを選ばなかったっていう話は一つありますね。
上手さ以外も見るんですか?性格とかカリスマ性みたいな。
性格めちゃくちゃ見えますね。
ただそこは結構僕が入ってないところの、
選手のインタビューとかいろいろあるらしいので、
そういうところで見てるっぽいですね。
スピーカー 2
でもそれを一生の仕事にしようとは思わなかったんですか?
スピーカー 1
いくつか多分理由があるんですけど、
一つはビザを提供してないので、
そもそも働けないっていうのはあるんですけど、
あとはやっぱりバス機の知識のレベルの差はすごい感じちゃったので、
僕だとさすがにちょっと厳しいだろうなっていうふうには思ったというところですね。
でもすごい楽しかったです。
それこそ、トレードデッドラインとかのタイミングで議論が交わされていて、
誰をどうトレードしようかとか、どういうふうに評価してるのかとか、
それをもしトレードを実現した場合に、
オーナーシップ、マネジメント側に説得しに行かないといけないので、
その説得材料を探してこいっていうのをお願いされたりとか。
スピーカー 2
上司はこういうプレイヤーが好きだから、こういうプレイしてるところの動画を集めてきてみたいなとか。
スピーカー 1
例えばなんですけど、二つ字を出すと、
この選手がいいと思ってる人たちがいますと、
ただ、GMはそんなにだと思ってますと。
なので、僕はGMの下で働いてた人だったので、
その選手がプレイするたびに相手選手のスタッツを洗い出してくると。
いわゆるディフェンスが下手なんじゃないかと。
いくらオフェンスが良くてもディフェンスが下手すぎて、
結局その人を入れてもあんまり意味ないんじゃないかという説を確認したかったっていうのが一つあるのと、
もう一つが、これはもうちょっとセルティックスのファンですと多分皆さんわかると思うんですけど、
2012年、2013年ってやっぱりちょっと落ち気味だったので、
セルティックスからすると、このままちょっとずつ衰えていくのか、
一回リセットしに行くのかっていう判断がありまして、
もしリセットする場合ですと、今一応オールスターの選手がいるんですけど、
そのオールスターを別のチームにトレードして、場合によってはオールスターじゃない人たちが帰ってくる可能性がありますと。
その場合にそれでも実績が上がったチームの事例を探してくれってお願いされたんです。
スピーカー 2
なるほどな。スター選手放出してプロスペクト取るみたいなことをしたときにってことですね。
スピーカー 1
その時に一番面白かったのが、一事例として上がったのが、
ボストンセルティックスが当時選手だったGMのダニエンジュを、当時はオールスターだったんですけど、
ダニエンジュを放出して、あまり良い選手が帰ってこなかったのに成績が上がったっていうのが、
自分が自ら事例になってたっていう。
それはダニエンジュと息子さんが一緒のチームで働いてるんですけど、息子さんがすごいいじってました。
スピーカー 2
パパがそうじゃん。
スピーカー 1
お前じゃんっていう。
スピーカー 2
面白い。やっぱり総じて宮武さんってリサーチが苦じゃないんですね。
前半戦のまとめと後半への展望
スピーカー 1
そうですね。そこは好きだったと思いますね。
一旦前半戦としてそんな感じで。
今井さん本当にありがとうございます。
スピーカー 2
こちらこそありがとうございました。
スピーカー 1
また後半話していきましょう。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
今回も聞いていただきありがとうございました。
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それではまた次回お会いしましょう。さよなら。
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