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スピーカー 2
みなさん、こんにちは。Off Topicの宮武 徹郎です。Off Topicは、アメリカ中心に
最新テックニュースやスタートアップ ビジネス情報を緩く深掘りしながら
紹介する番組です。今回のトピック は、ゲストを招いた特別シリーズ
をやりたいと思っているんですけど、 今回のゲストは、アーバーエネルギー
になるんですかね、のみほさんを 招いています。みほさん、ようこそ
Off Topicへ。
スピーカー 1
みほ ありがとうございます。よろしくお願いいたします。
スピーカー 2
おだしょー よろしくお願いします。たぶん
みほさん、もともと知人の記憶の 紹介で、それこそエルセグンド近辺
のところでお会いして、LAだったん ですけど、そこでバーベキュー会
みたいなことをやった時にお会い したっていうところからスタート
ですよね。
スピーカー 1
みほ 日本のすごいいろんなビジネス
をされてる方や、ポッドキャスト をされてる方のバーベキュー会
に招いていただいて、面白い人たち に会うっていう。
スピーカー 2
おだしょー そうですよね。
スピーカー 1
みほ 誰にいらっしゃった。
スピーカー 2
おだしょー なんで、じゃあ一回みほさん
ちょっと自分の自己紹介含めて、 あと今どういう会社で働いてる
のかっていうのを、あとどこにいる のかっていうところからお願いします。
スピーカー 1
みほ そうですね。名前はビールオンヌキ
みほと申します。クルムダテキミコ みたいな。もともと旧姓オンヌキ
なんですけど、結婚してビールで。 今はエルセグンド、ロサンゼルス
のエルセグンドというLXの南側にある 場所でアーバイナジー
スピーカー 2
おだしょー 真下ですね。
スピーカー 1
みほ 真下ですね。というところで働いて
います。今やってるのは購買とか サプライチェーン担当しているんですけど
もともとはオペレーションをやって いて、今現在の会社には5人目として
入りました。
スピーカー 2
おだしょー 一応ファウンディングチーム
として入ったっていう感じですよね。
スピーカー 1
みほ そうなんです。それこそ本当に よくあるあるのWeWorkから始まって
4人部屋から今この自分たちのオフィス をエルセグンドに持っているっていう
状況なんですけど。
スピーカー 2
おだしょー オフィスも素晴らしいですよね。僕
も草野さんと一緒に行きました けど、1階がオフィススペースって
よりもいろいろものを実際作ってる 場所になっていて、2階がオフィス
スペースになってるって感じですよね。
スピーカー 1
みほ そうです。ありがとうございます。
来ていただいてわざわざ。下の 階ではよくこれそれこそエルセグンド
でよくあるそのビルの仕組みっていう かオフィスのレイアウトだと思うん
ですけど、下で何かを作っていて 上にエンジニアがいる。デザイン
も入りつつ実際に何かを組み立てる のもここでできるっていうことになって
いますね。
スピーカー 2
おだしょー 実際何を作ってるんですか。
スピーカー 1
みほ 実際に今作っているのはガスタービン
ですね。発電機。それこそGEさん とか三菱さんとかほうしばさん
ひたちさんシーメンズさんとかが 作ってるガスタービン。あれを
もっとスタートアップ化させていこう っていうのが私たちのやってる
ところで、もともとはカーボンニュートラル のガスタービンのデザイン。もちろん
カーボンニュートラルのデザイン ではあるんですけど、それこそスタート
アップ代表とするとスペースX。彼 らがやっぱり民間で宇宙に行くこと
を成功させて宇宙開発に成功させた じゃないですか。あれと同じような
感じで我々も発電とかもともと やっぱり大きい会社がやってた
ところをスタートアップとして もっとスピード化させ、さらに
開発も早く進めて、もっと世の中に 役に立てるものを早く出せるではない
かと。そういう思想でやってる のですね。
スピーカー 2
おだしょー やっぱり今アメリカですとすごい
このエネルギー問題っていうものは すごい注目されていて、特にAIのデータ
センター周りとかもすごい注目 されていて。最近ですともう宇宙
までデータセンター作るみたいな 話まで出てきてると思うんですけど
やっぱりその中でこの発電とか エネルギー関連はめちゃくちゃ
投資も集まっていますし、注目度 もやっぱりすごい高いですよね
大平 すごく高いですね。今は本当に
スピーカー 1
それこそ2023年ぐらいから一気に 来たなっていう感じはしていて
もちろんデータセンターもそう なんですけど、マニファクチャイング
だから生産をもっとオートメーション 化させるためにやっぱりどうしても
電気が必要になってくる。あとは 地球温暖化のために温度が上がる
ので、それのための冷却用の電気 が必要になってくる。いろんなもの
が電子化されてまた電気が必要 になってくる。やっぱり電気がどんどん
必要になるっていうのはすごく 課題に出ていて。そうですね、2023年
から比べるとどんどん来ている のかな。でも私がやっぱり否定できない
のが一番集まっているのはフュージョン とかですよね。
スピーカー 2
おだしょー はい、資金的に集まっている
スピーカー 1
大平 そうです。もちろん私たちの 会社も注目はしていただいている
のですが、やっぱりフュージョン は否定できないぐらい注目を集まって
いますよね。
スピーカー 2
おだしょー そうですよね。でもそれこそ
去年末でしたっけ、アーバーも調達 を発表しましたし、すごい進んでいる
っていうふうに僕は聞いている ので、そこは非常に期待したいな
と思うんですけど、みほさんそこ までの道のり、どうやってセグンド
にたどり着いて、しかも日本語も 喋れますし英語も話せるじゃない
ですか。そこのみほさんジャーニー はどこからスタート、生まれは日本
ですよね。
スピーカー 1
みほさん 調布です。もう調布市で生まれ育ち、
私の親はもう2人とも調布市役所 で働いていたザ日本人の家庭で育
ってるんですよ。
スピーカー 2
おだしょー そっからどうやってアメリカに
行くんですか。
スピーカー 1
みほさん 本当ですよね。いやもう本当、ゲゲゲ
の北郎と一緒にいたらアメリカ に来てしまったんですけど、ゲゲゲ
の北郎が住んでいるとされている 仁大寺の本当、仁大寺じゃなくて
そこはふだてんじんか、の本当に 市郭で生まれ育ったんですけど。
スピーカー 2
おだしょー あ、そうなんですか。
スピーカー 1
みほさん そうなんですよ。だからもう本当に
水木しげる先生のものをいろいろ 見ながら育ってきたんですが、そう
なんですよ。そう、なぜ私がアメリカ にいるかですよね、そもそも。本当
に中学校ぐらいまでは普通に日本 の、シリーズではあったんですけど
学校に行っていて、目黒整備学園 っていうところがひもん屋のところ
にあるんですけど、そこに行って いて、で中学、中学校ぐらいのとき
に、なんなんですかね、ミドルライフ クライシスじゃないんですけど
中学生でなんか、私はこのままで いいのかみたいなのを考え始めたん
ですよ。っていうのは、当時女子校 に通っていて、でいろんな中高が
一環だったので、いろんなその、 まあ高校の受験を考えなくて済む
んだけど、やっぱりそうすると大学 考え始めるじゃないですか、その
ときに私のこれからの人生はどこ に向かっていくんだろうっていう
のを見たときに、中学2年生ぐらい のときに、ちょっとなんかいろいろ
考えたんですね。で、そのときに、 なんか女性だと限られてるんじゃない
のかなってふと気づいたんですよ。 そのまあいろいろな道が。でもちろん
そのまあ外交課になったりとか、 そのまあ国を引っ張る方に、それこそ
まあ女性で素晴らしい方たちも いらっしゃるので、まあそういう
ところに行くのかなっていうのも あったんですけど、どう考えて
も、なんだろう、狭きもんではある じゃないですか。で、そのときに
アメリカっていうか、つまり海外 のことを考え始めたんですよね。
海外っていうのもあるんじゃない かって。で、そのそれと同時ぐらい
に父親がなぜかグリーンカード の抽選出して
ありますよね。それをなんで 出したんですか。
スピーカー 1
大平 それはですね、あのまあ市役所 に勤めていた父と母だったのですが、
ハワイが好きだったんですよね。 で、まあもともとなんとなくアメリカ
に憧れはあったみたいで。で、まあ いろいろそのアメリカのそのグリーンカード
を、抽選をなんか助けますみたいな プログラムがあって、まあ助けた
ところで不動産を見ていただいて 買っていただきますみたいなそういう
まあプログラムがあったわけですよ。 で、まあ私の親はまあ将来ハワイ
に住めたらいいわねみたいな感覚 で、とりあえずまあ応募してみた
らしいんですよ。で、当たるんじゃない じゃないですか普通。それこそ
スピーカー 2
気を取りそこは期待しない ですよね。
スピーカー 1
大平 そうそうそう。そうなんですよ。
あのもう多分、今本当にどれだけの 人が当たるかわからないんですけど
世界で5万人とか
結構人いいですね。
大平 そうそうそう。
スピーカー 2
やばいですよね。
スピーカー 1
大平 それこそあの、なんか宝くじに当たる
ぐらいみたいな話はされていて その方たちも。で、まあ10年あれば
いつか当たるだろうぐらいの感覚 で、アプライし始めたら2年目で
当たっちゃったんですよね。で、 当時まだうちの父親多分40代ぐらい
で。で、母親もまだ辞められないし 英語話せないしどうするみたいな
状況になってるのが多分中3ぐらい。 で、その時に多分それを見たから
私がちょっと海外のことを考え始め たのかなっていうのはあったんですけど
それこそ本当すんごい昔の話で ちょっと忘れてしまったのですが
で、グリーンカードがありました。 とりあえず取りました。アメリカに
ハワイに行ってソーシャルセキュリティ 番号とかも取って、で、まあどうする
という状況ですよね。で、私がこう いちの
スピーカー 2
おだしょー 一応このグリーンカードの抽選
っていうのはアメリカでいわゆる ビザではなくてグリーンカード
の永住券をもらえるような抽選 が存在するんですよね。いまだに
確か存在するんですけど、それ 別に基本的に誰でも応募はして
いいっていうところで、ただ当たる 倍率がすごい低いので、そのプログラム
を今回使って、最終的に美穂さん がそれを行くと思うんですけど
グリーンカードの仕組みを知らない 人
スピーカー 1
大平 そうですよね。普通はビザを 使って大学に行ったりとかビザ
を使って就職、就職してビザを 会社からアプライしてもらって
アメリカに行って仕事をするとか、 やっぱりそのチートみたいな技が
ありまして、それが永住券の抽選 です。当たる人がいないと言われている
スピーカー 2
でもそれをたまたま当たったんですね、 今回2回目で
スピーカー 1
大平 そうなんですよ。2回目で当てて しまったのが、で父親が当ててしまったん
ですよね。
スピーカー 2
でもどうするんですか。さすが にいけないじゃないですか、今の
さっき話せた状況ですと
スピーカー 1
大平 そうなんです。いけないんですよ。 やっぱり調布市役所で働かせて
いただいているし、そもそも英語 を話せないし。で市役所からやっぱり
海外に転勤できないじゃないですか。 どうするかとなった時に彼らの
娘がアメリカに行きたいと言い出すん ですよね
スピーカー 2
すごいですね。それがたまたま とかめちゃくちゃうまくラインナップ
しましたね
スピーカー 1
大平 そうなんです。すごい覚えている のは、高校1年生で2週間だけだったん
ですけど、オレゴンに行く機会を 私の高校が設けてくれていて、それ
を使って2週間オレゴンに行ったん ですよ。2週間のオレゴンに永住県
で行くっていう謎の行動史。入ったん です。その時に、これはいいかもしれない
と思ったんですよね。もしかしたら 違う道が開けるんじゃないかっていう
のを高1の夏ぐらいに思って、帰って 永住県あるし、私はこっちを試したい
って言ったんですよ、親に。それこそ 高1の秋ぐらいに。で、親もやっぱり
それを聞いて、これだって思うわけ ですよね
スピーカー 2
自分達ではなくて娘に渡そう と
スピーカー 1
大平 そうなんですよ。多分それも あったし、私も自分の将来のこと
を見据えてたので、ただ単に留学 したいってわけでもなく、私の将来
の道を開けるために、小さい時から プレゼンを私よくしてたんですよ。
ピアノを辞めた時もプレゼンしたり とか。私は高校で才能がないから
今すぐピアノを辞めるべきだと思います みたいな。で、もう同じようにアメリカ
のことも多分話した時に、親は親 で一致するわけじゃないですか。私たち
は永住権を残しておきたい。子供 が行きたいと言っている。変な
道は踏まないだろうから、じゃあ 送ろうみたいな。
スピーカー 2
それはちなみに渡せたんですね。
その永住権を。
スピーカー 1
大平 そうです。
スピーカー 2
それは可能だったんですね。
スピーカー 1
大平 父親が取ると自然にその時も
18位か21位か、いくつか忘れたん ですけど、の子供と配偶者には送ら
れるんですよ。なので家族全員 永住権を持てるっていう形にはなって
いて。で、それそうですよね。永住 するのには家族一緒にっていう
考え方があるので。それで最初は 本当は元々オレゴンでお世話になった
方たちに一緒に住むように話そう としてたんですけど、やっぱり彼ら
は2週間だからオッケーなわけで あって。
スピーカー 2
急に住まれて持つっていう。
スピーカー 1
大平 そうそう。永住は難しい。まあ それはそうだよなって言い渡った
ところになって。で、留学発展の方の 方たちに話しに行ったら、いや高校生
でなんかで行ったら絶対に失敗 するって言われたんですよ。それで
また火がついちゃって、そんな絶対 失敗するってなんだっていうもの
自分の中でやって、結局自分で当時 インターネット使って誰かいないか
そのホームステージ先を探してくれ 誰かいないかっていうのを見つけた
ときにパサデナ、カリフォルニア それこそサンゼルスのパサデナ
にいいよ手伝うよって言ってくれた 日本人のケイティさんっていう日系の
方だったのかなっていう方がいらっしゃ って、その人が本当にもう個人的に
個人的なファミリーを探してくださって そこに住むことになったって。そこからが
まあ、で、私の中で思ってるのは 最悪高校1年の3月に行ったんですけど、
それで会わなかったとしても高校生 で帰ってくればまあまあ取り戻しは
効くじゃないですか。だから今のうち やっておこうっていうイメージで
スピーカー 2
行ったのが初めですよね、高校で じゃあ高校から行って、
それまでのその英語のレベルとか そこはどうだったんですか
スピーカー 1
もう話せなかったんですよ、
びっくりするほど。NOVA、わかります? NOVAのサンキューっていう、まあちょっと
会話できるかな、でもできないよね みたいな。旅行行ったら頑張れるかな
みたいなレベルだったんですよ。本当に 英語話せなくて、何なんですかね、
それこそ若気の至り?でしたね。 そうなんですよ。
スピーカー 2
それで高校で行くと、まず何話してるかわかんないじゃないですか。
スピーカー 1
わかんないですよ。
スピーカー 2
それどうするんですか、
スピーカー 1
だって宿題も出てくるわけじゃないですか。 そうですよね、それがですね、
それこそ、ちなみに英中研だったので、日本の 東京の私立の女子校からアメリカの公立高校に
入るっていう。英中研だってやっぱりパブリック スクールに入れるわけですよ、普通に。
英中研じゃなくても入れるのかな。まあ それは入れると思うんですけど、普通にまあ
そこになるじゃないですか。やっぱり ホスト的にも一番いいので。
分からないじゃないですか、英語。 だから一番最初にすごくラッキーだったのは
テンプルシティっていう市だったんですけど、私が その引っ越したのが。でテンプルシティ
配は65%ぐらいアジア人なんですよ。 で結構そのまあ
中国からとか韓国からとか台湾からとか、いろんなその アジア圏の国から引っ越してきた人たちっていうのが
スピーカー 1
結構な数でいて、それなんで 私も英語わからないんですけど、向こうも英語わからないから
勉強中みたいな子たちもすごい多かったし、英語わからない人たちに対してすごく優しく接してくれる生徒っていうのもすごく多かったんですよ。
スピーカー 1
それがラッキーでしたよね。ただ日本人がすごく少なかったの。日本人がそれこそ3人しかいなくて、
4人いたのかな。でもまあ少ないじゃないですか。だから結構 英語を二カ国語として話す生徒との交わりがすごく多くて、それが多分
すごく役に立ったのかなって思ってました。でまあ授業的にはもうトレープレコーダーを持ち歩いて、で高校の先生に
Hello, can I record this? Because I don'tunderstand Englishって言いながら、もう録音させてもらうっていう。で家帰って何回も何回も聞きながら
だからすごくその英語の勉強に役立ったなって思うのは、まあそもそも日本語を話せる方がいなかったけれども、英語を二カ国語として勉強してる人が多かったっていうのはすごくありません。
スピーカー 2
いやでもその日本語が周りしゃべれないっていうのはもう基本的にその言語学習ではめちゃくちゃ大事じゃないですか。
だいたいその交換留学で例えばアルゼンチンに行ったらスペイン語とか、スペインに行ったらスペイン語をしゃべれるようになるとかそういうのはやっぱり全然あったりするので、そういう意味ですと環境がすごい、たまたまかもしれないですけどすごい良かったっていうところですね。
スピーカー 1
そうですそうです本当にいろんなことがたまたまなんですけど本当にその環境はすごく良かったなっていう、やっぱりそのアジア人だっていうので入りやすかった。さらにみんなも理解してくれたっていうのはありますよね。
でもう一つ多分すごく役立ったのはグリクラブに入ったんですよ。そのもともと日本にいた時も合唱部とかでミュージカルをすごくやってたんですよ。なので日本の部活だったけどイタリア語で歌ったり英語で歌ったりとか。
でそれこそなんかドラマみたいな話なんですけど、その英語を話せない子たちは結構女性合唱部、合唱クラスみたいなの入れさせられるんですよ。でその時にパート分けをしなきゃいけないのでアルトソプラノメザとかっていう。でその合唱クラスの、音楽クラスのディレクターですよね。がパート分けのために歌ってみろって言うわけですよ。
で歌ったらお前は今まで歌ってたなって。お前歌ってたんだったら俺のミュージカル部に入れみたいな。でそこでよくわからない、そのトライアウトとかあるじゃないですかアメリカって。そのいろんな部活入るのに。でトライアウトここ何時何日何時だからこの時にここの音楽室に来いって言われて。
でわけのわからないまま行き歌いオッケー合格って言ってミュージカル部に入って。わけのわからないまま。
スピーカー 2
それもやっぱり、なんかグループに入るっていうのもなんか一つ大きいですよね。その学生からちゃんとなんか受け入れてくれたんだっていう多分感覚にもなると思う。
スピーカー 1
ありましたね。もうとりあえずその自分のそのロッカーはあるけど、自分のランチの溜まり場。大切じゃないですか。
スピーカー 2
どこに座るかみたいな。
スピーカー 1
そうそうそうそう。あれに座れるチームがあるっていうのは自信にもつながったのかなと思いますよね。
スピーカー 2
ちなみにその高校生活中ってもう帰りたいって思った瞬間は結構あったんですか。
スピーカー 1
ありましたよ。1回だけです。でも1回だけ。
は3月に行くじゃないですか。その高校1年生3月に行って4月にスプリングブレイクがあったんですよね。
でやっぱりその3月から4月の1ヶ月ってそれこそ英語一番大変で、なじむの大変な時期で、でスプリングブレイク春休みでどこにも行く場所がない。
その時に親に電話して、それこそ母に電話して、スプリングブレイクなのに行く場所がないっていう話を電話したんじゃん。
そしたら母がチケット明日の分帰って帰ってこいって言われて。
でその時に一体帰れたんですよ。
その1週間の間に高校の友達に会ったりとか親と会ったりとかして、いろいろ話してまた戻ってきたんですけど、それがすごい効いたんですよね。
その後は1回も思わなかったです。
スピーカー 2
へーすごいですね。
スピーカー 1
なんか最初の1ヶ月だけど、その帰った後からコーラスのグリークラブがそれこそ5月に終わるじゃないですか。
6月だったかな。でも5月にプロムがあったりとかイベントがあったりとか、それこそトライアウトがあったりとかして、一気にスポーツ。
スピーカー 2
一応聞いてる方々たびに言うとアメリカの学校は9月からだいたい5月から6月ぐらいまでの期間なので、日本だと4月スタートなんですけどアメリカ9月スタートで5月6月ぐらいに終わるっていう感じですね。
スピーカー 1
そうですそうです。そうなんですよ。だからその5月にプロムというアメリカ高校最大のイベントみたいなのがあるんですけど、それに誘ってくれた方がいらっしゃって。
その後のスタートアップでまたその人に会うっていうミラクルが起こるんですけど。
スピーカー 2
リビアン前にあったスタートアップで、GE出ました、スタートアップ入りました。1日目歩いてたら、お前デニスじゃねえかっていう。私の初めてのプロムのデートじゃないかっていうミラクルが起こすんですけど。
スピーカー 1
プロムに誘ってもらったりとかグリークラブのトライアウトがあったりとかして、それで一気に世界が開けたんで、自分の流れになって友達もすごいできて自分の場所も見つかってっていうのがどんどん広がってたんだよ。帰りたいなっていうのがあったですね。
スピーカー 2
すごいですね。そのまま高校生活から大学に入り、大学でどちらかというと今やってるような仕事の領域に興味を持ったっていう感じなんですか?
スピーカー 1
そうなんですよ。でも高校から大学もあんまりスムーズではなくてですね。それこそ高校、ソフモアとして入るんですよ。ソフモアだから高校の2年生ですね。
スピーカー 2
一応、アメリカは高校4年間あるので、その中の2年生っていうことなので、日本で言うと多分高1になりますよね。
スピーカー 1
そうです。フレッシュマン、ソフモア、ジュニア、セニアがあって、フレッシュマンが中3ですよね。日本の。ソフモアが高1、ジュニアが高2で、セニアが高3になりますよね。日本の。
で、カウンセラーにジュニア、だから高2の時に会うじゃないですか。で、将来どうするのか、それこそ大学どうするのかっていうシーローの話をするときに、カウンセラーが、あなた英語できないから、その時本当に英語できなかったんです。それフェアなんですけど、英語できないから4年生入っても絶対成功しないから、コミュニティカレッジにした方がいいわよって言われたんですよ。
で、その本当イメージでそうなんだと思いながら卒業したので、最初コミュニティカレッジだったんですよね。
そうなんですね。 ミレイ そうなんですよ。まあそのコミュニティカレッジが何かというと、2年生の大学みたいな。ただそのまあ。 短大みたいな感じですよね。 ミレイ そうですそうです。そこでまあエデュケーション、学歴を積むこともできるし、そこからまあ大体の人は4年生大学に、2年終わったら4年生大学に移るっていうシステムがあるんですけど。
まあそのコミュニティカレッジに入った方がいいわよって言われた。ああそういうものなんだって思って、どこにも本当アプライしなかったんですよ。で、まあコミュニティカレッジに入りまして、1年終わったところで。1年終わる前ですね。1年が1年目の春休みに、友達がすごい近くにUCっていう南カリフォルニア大学っていういい学校あるから見てきた方がいいよって言われたんですよ。
ミレイ すごい軽く。好きだと思うよみたいな。で、近いんだったら見てくるかっていう感覚で、USC南カリフォルニア大学のカウンセラーとアポイントメントを取って会いに行ったんですよ。春休み中に。
で、話をしに行ったら、もちろん通知表、通信簿を持って行って、見せるんですけど、自分の今やっている科目とか成績とかを。で、カウンセラーが、あなたなんでUSCにそもそもアプライしなかったの。帰ってアプライして私にメールしてって言われたんですよ。で、ああなんでだろうって思って、とりあえず帰ってアプライしてメールをしたら、合格通知が来たっていう。
で、それがエンジニアだったわけなんですけど、なぜそもそもエンジニアになろうとしたかっていう話ってしたことありましたっけ?
スピーカー 2
いや、たぶん僕は聞いてないですね。
スピーカー 1
航空業界、なんでフライトアテンダントさんたちはかっこいい職業なんだろうっていうのは、すごく子供の時に頭にあったんですよ。英語も話せて世界を飛び回れて、素晴らしい。で、高校でこちらに来て英語を話せるようになって、フライトアテンダントも行けるんじゃないかって思ったところで、アメリカには結構いろんなプライベートパイロットもいるっていうことに気づいたんですよね。
そのいろんな人と話しているうちに、普通の人がパイロットになってるぞって。そうか、パイロットになれば面白いかもしれないな、空を飛ぶのって面白そうだなって、すごい単純な考え方で、フライトアテンダントでもパイロットも面白そうだな、かっこいいな、そっちになるのもいいなって。
で、そう思った時に、いや、そもそも飛行機ってどういう仕組みなんだっていうのがポッと頭に浮かんで。いろいろパイロットとかフライトアテンダントになる前に、飛行機の仕組みを勉強しておくのも面白いだろうなって思って。
その時にコミュニティカル、だからコミュニティカル1年目は結構エンジニアベースの物理だったりとか、数学だったりとかっていうのを取ってたんですよね。ケミストリー、科学とか。なので、USCに話していた時はもうエンジニアリングスクールですよね。
スピーカー 2
で、エンジニアリングスクールとして今思えば、それは女性エンジニア入りたいって言ったら嬉しいわなっていう。 特に当時はだいぶ少なかった。
スピーカー 1
そうです。私のクラスとか本当にそれこそ女性は20%くらいでしたね。そのクラスに。20にいったら4人もいなかったのかな。クラスの女性。だから今考えたら過去からしたら女性エンジニアに入りたいって言ってる。そこそこ出席も良かったので。
スピーカー 2
あと一応あれですね。美穂さんが言ってるエンジニアはソフトウェア側ではない方ですよね。
美穂 そうです。航空工学で。そうですよね。そうなんですよね。日本でエンジニアって言うとそうですよね。航空工学です。航空宇宙工学です。 完全にハードウェア系の。
スピーカー 1
美穂 飛行機なので。飛行機の飛び方を知りたかったので。航空工学です。そうなんですよ。ハードテックで技術者になりたくて。
そこで大学も入れて、そこから大学の中でもいろいろ活動されていたんですよね。そこからGEですよね。多分そこの大学での経験からGEに行けたっていう話ですね。
大学では、でも結局その飛行機では授業で知ることができるから、なんならできないことをやりたいって言って、UCですごく活発だったのがロケットクラブだったんですよ。UCロケットラブって言って。
それこそリレティビティとかアーサーメイジャーとかっていう会社を始めた同級生がいるんですけど、のいるクラブがあったんですよ。ロケットはまあまあ卒業したらできないだろうからやってみるかって言って、
UCロケットクラブに入ったのが、そもそものスペースXとかの周りに関係してくる始まりで、でまあそれをしつつ。
スピーカー 2
ちなみにそのロケットクラブは何をするクラブで、多分日本のサークル文化とアメリカのクラブ文化若干違いがあって、多分特にロケットクラブとかって予算とかってまあまあつくと思うんですけど、そこら辺の規模感とかもし話せる範囲で。
スピーカー 1
あ、全然全然話せます。そうですね、ゴールとしては大学で一番初めに宇宙に届けるロケットを作ろうっていうところがゴールです。
ちょまど はい、すごいですね。
スピーカー 2
ちなみにうちの大学は全くそういうのないので、ビジネス系の大学なので全然そういうのがないんですよ。ある程度規模がないとそもそもそういうことってできないので、あとエンジニアの人たちがいないとできない学校なので。
スピーカー 1
そうか。鉄郎さんってワッシン?ジョージワシントン?
スピーカー 2
バブソンですね。ボストン近辺ですね。
スピーカー 1
まあ、ボストン側はそれはポリティカルな方たちの、また違うところで国を支える方たちのあれなんです。
UCはそれこそロサンゼルスっていう場所にある工学部は強いですよね。それなので結構活発なんですよね。クラブ的にもそういうのもあるし、ロボットクラブがあったりとか。
今は結構AIとかも、AIのチームとかもあるみたいで。で、その中でレーシングカーチームは本当にレースカーを自らデザインして作ってレースに挑む。
飛行機も自分たちで飛行機をデザインして飛ばしてコンテストに出す。2つともコンテストっていうかコンペティションベースなんですけど、ロケットはそもそもコンペティションがないので自分たちでゴールを決めて。
で、何をするかっていうと本当にもう自分たちでデザイン、ロケットをデザインし部品を買ってきて機械加工とかしたりとか、それこそ手でカーボンファイバーを普通に巻いていってロケットの形を作っていくとかっていう本当にもう工場みたいな活動していく。
スピーカー 2
これロケットのサイズってどれくらいのサイズなんですかこれ。
スピーカー 1
私たちが作ってたのは直径だから30センチくらいですかね。でも高さは2メートルくらいあったんじゃないかなと思って作ってたの。
そうなんです、サイズ感的には。で、ソリッドプロペラントって言って固形燃料を作ってるんですけど、後々その液体燃料をやっていこうみたいな話もできたんです。私たちはもう本当に固形燃料でぶっぱなして宇宙を目指そうっていうクラブだったんですよね。
本当にみんな優秀でしたよ。結局そこからスペースXに行って自分の会社立ち上げたりとかレリティビティとか、あとはそれこそブルーオリジンに入ってとかっていう。で、自分たちでFAAだから飛行させていいですっていうクリアランス取ったりとか。
そうです。許可を政府から取らないといけない。
飛行機の邪魔になるので、いつ飛ばしていいかっていうのを知らなきゃいけなかったりとか、あとは年に1回あるロケットをとりあえずぶっぱなすみたいなお祭りがあるんですよ。ブラックロックっていう、ネバダ州にある砂漠なんですけど、よく知られてるのはバーニングマンとかですかね。
バーニングマンっていうイベントがアメリカでよく知られてる。そこである時期ロケットをただ飛ばすっていう時がある。その時はもう全体的に飛行許可を取ってくれてて、そのイベント自体が。で、いくつもいらんところでロケットを飛ばすっていう。
それに参加したりとかしてたんですけど、それでそういう大学時代を過ごし、ただ。
スピーカー 2
ちなみに宇宙には飛ばせたんですか?
スピーカー 1
後輩がやりました。やり遂げました。ありがたいことに。
スピーカー 2
じゃあ卒業した後に。
スピーカー 1
卒業した後ですね。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
そうなんです。でも本当に楽しかったですよね。最初にそもそもどうやって自分たちでロケットを作るかって試行錯誤を重ねて。
どういう固形燃料のデザインにするべきなのか。どういうマテリアルを作っていくべきなのか。で、先ほどどれぐらいのファンドがあるかっていう話されたんですけど、結構ドネーションで素材をいただいたりとか。
あとは会社のスポンサーとかもあるんですけど、あとUSCに行ってる方たち。USCでロケットを目指す方たちの親は太いっていう。そこがあるんですけど。やっぱりUSCって冗談でUniversityof Spald Children。甘やかされた子供の大学っていう。
スピーカー 2
そんなニックネームがある。
スピーカー 1
というぐらいまあまあその財力のあるご両親を持つの方がいるじゃないですか。バブさんとかもたぶんそうですよね。
スピーカー 2
いますね。バブさんの場合は2代目3代目の子たちが結構多いので、会社のアポスターの子たちが。なんでそれもある程度お金持ってる人たちはいます。
スピーカー 1
そういう流れで出してくださる方たちがいる。そういうところで賄ってましたよね。で、私的にはロケット飛ばし楽しかった。大学的にも飛行機をデザインできることは楽しかったのですが、結局自分の中でどういうことをしたいかっていうときに。
飛行機の最先端、航空系の最先端だとやっぱり戦闘機とかになるじゃないですか。あとはロケットの固形燃料だとミサイルとか。そもそもそっち側にパッションがあるのかっていうのを自分で考えたときに。
私オペンハイマー見てすっごい心情分かったんですよ。やっぱりその技術的に作ったもの、自分の責任はどうなるかみたいな。
特にそれが武器に使われたときに。 そうですそうですそうです。それこそパルマさんみたいに、武器がないとそもそも守れないっていう考え方もあるので、作ってることに対してはあれなんですけど。
もし使われたときにどう思うのかなっていう、自分の中での葛藤が大学生のときにあって、どうしようかなって思ってたときに、当時ソサイリウムゴメンエンジニアって女性エンジニアのためのクラブでバイスプレゼントでもやってたんですけど、GEにインターンシップで呼ばれたんですよ。
インターンシップで呼ばれたってすごいいろいろスキップしてるんですけど、インターンシップを知らぬためのインタビューを受けたところ、インタビュアーが出てこなくて、それを他の子たちは諦めたらしいんですけど、私はGEの人事に連絡して、いらっしゃってないんですけどどうすればいいですかね、どこを探せばいいですかね、会いに行ったほうがいいですかねっていうやり取りをしたところ、それが評価されて。
インターンシップオファーされ。
で、GEに入ったときに、私の知識は発電っていうどんな状況の人たちでも使えるものにも使えるんだっていうことに気づいたわけですよ。で、そこが発電のほうに行こうって。で、発電といえばそのままGEですよね。GEのインターンシップからフルタイムポジションのエディソンエンジニアリングデベロップメントプログラムっていうエンジニア育成プログラムがあるわけですよ。GEに。
で、それに入って発電を極めることになったっていう流れですね。
スピーカー 2
でもそこからまたアメリカに戻って、しかも次リビアンですよね。
スピーカー 1
アメリカに戻ったのは、バッテリーのロミオパワーっていうのは今は無き会社にいたんですけど、日本GEO出てロミオパワーに入り、でロミオパワーでやってたのが電池開発だったので、それでリビアンとすること。
スピーカー 2
でもそもそもそれ、USに戻るっていうのは元トミホさんも最終的にどっかの国に戻るっていうふうに考えてたんですか?
スピーカー 1
それがですね、私日本国籍をなくしてるんですよ。
スピーカー 2
そうなんですね。
スピーカー 1
そうなんです。いろいろありますよね。それで何があったかというと、初めの方で永住権を取るじゃないですか。で永住権って5年いると市民権に変えられるんですよ。で航空工学って市民権持ってないと知らないことが多いんですよね。
スピーカー 2
あとあの会社も入れない会社もあるよね。
スピーカー 1
そうですそうです。GE内でもやっぱりそのGEの発電の方で開発された技術ももしかしたら航空の方で使われるかもしれない。例えばそのマテリアルとか素材とかだと。だからやっぱりその規制がかかってくる情報があるので、本当に資格ぐらいの感覚で市民権に書き換えたんですよ。
市民権を取ると何が起こるかというと、日本は二重国籍を認められていないので、残念だから喪失しなきゃいけないんですけど、私本当にその時何も考えていなかったのですが、考えるようなんですけど考えていなかったんですが、日本に転機になるっていう時にGEで私アメリカ市民として入っているので、GEの方たちが日本のビザを、
日本のビザにアプライしてくださったんですよね。そりゃそうですよね。
で、日本の大使館に行ったら、あなた日本国籍持ってますよね。喪失しないとビザ渡せませんってそりゃそうですよね。
で、ビザもらえなかったらいけない状況なので。
喪失したんですよ。
自家に戻ったんですよ。なので、調布市役所の市民課にいる父親のところに外国人登録を届けに行くっていう。
スピーカー 2
すごいですね。
スピーカー 1
あ、娘です。どうも、今日は外国人登録ですっていう。
スピーカー 2
なかなかすごいことが。
スピーカー 1
そうなんですよ。でもありがたいことに、親が市民課だったので、すべてがスムーズにいきました。
スピーカー 2
確かに確かに。
スピーカー 1
プロセスが滑らかに。
そうなんです。なので、アメリカに結局もいつかは戻らなきゃなっていうのはあったんですけど、
当時GEの中でもいろいろ落ち着いてくるわけじゃないですか。バタバタしているけど、ずっと忙しいわけじゃない。
ある程度プロジェクトとかも落ち着いたときに、すごく知識の豊富な、それこそアメリカのエンジニアからも尊敬されている、
日本のGEのエンジニアの方がいらっしゃったんですけど、その方が、君ね、もしこれからどんどん育っていきたいなら、一旦アメリカに戻ったほうがいいよ、みたいなことを教えてくださったりとか。
私もまたいろいろ考えてたんで、一旦戻ろうっていうことになり、その時に、ただGEで戻ろうとしてたんですけど、
GEがアルストムっていうまた大きいヨーロッパの会社と合併、買収なんだったんでしょう?っていう状況で、いろいろバタバタしてたんですよね。
なので、結構インターナルのいろいろ移るっていうのが、全部フリーズしてて、じゃあ、BGEじゃなくてもいいかっていうので、ロサンゼルスにたまたま遊びに来たときに、友達が、実は自分のバッテリーのスタートアップで人を探していると。
それがサプライチェーン、購買系なんだけど、スタートアップのサプライチェーンですごく求められる技術っていうのは、サプライヤーとつながる技術、プラスサプライヤーに対してビジネスっていうか、どういうテクノロジーを開発していて、どういうビジネスオポチュニティがあるのかっていうのを売り込める力ですよね。
そうそう。が必要なんだけど、君の営業エンジニア、営業セールスエンジニアとしてのスキルっていうのをアプライできるだろうから、どう?って聞かれて、ロサンゼルスもともと好きだったし、GEで待ってたら何も起こらなそうだったから、とりあえずやってみるかって、実に失うものはあまりないので、やってみるかって言って入ったのが初めてのスタートアップですよね。
スピーカー 2
やっぱり全然違いますよね、スタートアップの雰囲気、カルチャー。人も少ないですし。
スピーカー 1
そうですね、やっぱGE5万人とかっていうところから、やっぱスタートアップ入ると全然違いますよね。GEってやっぱりすごく皆さんよくトレーニングされてるなっていうところであったんですけど、スタートアップは結構ワイルドワイルドウェストな感じで。
違いましたね。でもそこですごく面白かったのは、やっぱり入った人たちがスペースXとか、それこそスペースXはいろんなところに出てきたんです。大学で友達がスペースXに入った。
今もすごいいっぱいスペースXの卒業生と一緒に仕事してるんですけど、そこはもう本当にCOOがスペースXで働いたりとか、サプライチェーンのディレクターもスペースXだったりとか、プロキュメントサプライチェーンがあったりはガッチガチにスペースXで固められてたんですよね。
そこでスペースXのちょっとトクシックな働き方を。
スピーカー 2
それは具体的にどういうトクシックな働き方?
スピーカー 1
やっぱり。
スピーカー 2
超ハードっていう感じなんですか、単純に。
スピーカー 1
超ハードだし、やっぱりいろんな人に対して結構ガチガチ、なんていうんですかね、バトルっていうのもありますし、生産系は勾配が物を持ってこないから遅れるんだとか、
あとは、こういう場合はデザインが遅いから遅れるんだとか、なんかそのままで結構ポインティングフィンガーみたいなのあったりとか。
スピーカー 2
お互い攻め合って、でもなんかそれがやってる、多分スペースXの文化としてはそれをやり合ってるから、なんかどんどんどんどん上がっていくっていう、どんどんスピードアップしていくっていう。
スピーカー 1
すごい速さで進んでいく。そのアージェンシーがリアルなのかフェイクなのかわからないが、アージェンシーはあるみたいな。でもアージェンシーに対してやっぱりその対応力がつくっていうか、OKじゃあこれでやってみようみたいな。
そこは全然違いましたね。速さ、スピード。
スピーカー 2
そこはやっぱり最初追いつくのに結構苦戦したのか、そこは割とスムーズに溶け込めたのか。
スピーカー 1
行けましたねっていうのは、日本のGEの時もそうだったんですけど、やっぱり現場の実際に工事をされている機関の方たちと一緒にお仕事をさせていただいた時があったんですけど、やっぱりそういう時、現場だと早くこれをどうにかしなきゃいけない。
電気、発電の交換機とかも発電をできてない間だけでやっぱり稼げない分があるわけじゃないですか。それをちゃんとミニマイズするためにはちゃんとスケジュール通りにいかなきゃいけない。
やっぱりそうすると早いところがあるので、そういうところを見てるとやっぱりすごくギャップがあったわけではなくて、ちょっといい感じにトランジッションできたかなっていうのがありますよね。
スピーカー 2
結果的にそのスタートアップはあまりうまくいかなくて、シャットダウンしてしまって、そこからLivianですよね。
スピーカー 1
向井 結局私が出てからNikolaっていうトラックのEVの会社に買われたんですよ。Nikola自体が全部売ったんでダメだったんですけど。私はその前に、なんとなくいろいろこれからあるなっていうのは、社内にいると感じるわけじゃないですか。
ファイナンス的にちょっと大丈夫なのかなみたいな感じるところがありまして。私その時チームを任されていたのですが、絶対自分の中であったのは彼らが出るまでは私はここにいると。
で、一人Teslaに行って、一人また違うところにいてっていうのがあった中で、じゃあ私も行けるかなと。で、その時にLivianにもうすでに行っていた、そのスタートアップからLivianに行っていた人が一人いて。
その人と話をしていた時に、実は僕の隣に座っているサプライチェーンのチームのマネージャーがポジションがあって探してるからちょっと話してみるよっていうので繋げてもらったところ、ちょうどその私がロミオパワーっていうところでやってた仕事と本当にもう同じものをLivianで探している。
で、Livian当時まだAmazonからのファンディングが2019年にあったんですけど、その発表される前で。
スピーカー 2
一応あれですよね、Livianは電気自動車メーカーで、今もう上場してますし、結構出回ってますよね。
結構台数もちょっとずつ出てきていて、僕もそれこそ多分LAでUber乗った時にLivianに乗ったことあるんですけど。
びっくりしました。そこで働いてたっていうか。
スピーカー 1
そうなんですよ、電気自動車の。本当にまだプロトタイプのバッテリーを開発している状況で、まだ全然大量生産っていうところじゃなかったんですけど、そのプロトタイプの高圧のハイボルテージバッテリーのサプライチェーンプログラムマネージャーが必要っていうことになって。
ハイボルテージバッテリーを作るための部品がちゃんと届くように、そのプロトタイプがちゃんとできるように管理していくっていうプロモネが必要で、それをすることになって、それでLivianに入って。で、コロナだったんですけど。なのでもう最悪ですよね。
世界すべてのロジスティックスが止まっている状態の中で、さあどうやって車を作るかっていう状況に置かれながらもやり遂げました。
スピーカー 2
それはちなみに何が一番大変だったんですか?
スピーカー 1
すべてのものが止まってしまったんで、どのルートだったら通せるか、それがダメだったらこのルートはどうなのか、それがダメだったらやっぱり国内で見なきゃいけないのかっていう、もうすべてのプランB、プランC、プランDを網羅していかなきゃいけなかったっていうのが。
スピーカー 2
すごいですよね。しかももう完全に止まっているところもいっぱいありますし。
スピーカー 1
そうですそうです。もう中国は無理ですみたいな。
スピーカー 2
そこそこパーツのリプレイスするとかも、なんかここは中国で作られてるから違うところで同じようなもの作れないかっていうのを探りに行かないといけない。
スピーカー 1
そうですそうです。
スピーカー 2
でもそこに行けないですもんね。
スピーカー 1
行けないですし、行ったところも止まってますしみたいな。いやー大変でしたね。あれはあの時はもう多分みなさん大変だったと思います。
スピーカー 2
逆にそこで何でも対応できるような体質になったんですかね。
スピーカー 1
やりましたね。本当にそれこそ。あとスピード感だけではできないこと、圧力だけではできないみたいなことも学びましたよね。
結構やっぱりそのスペースXとかテスラとかAppleさんもそういう感じだとは聞くんですけど、結構その会社こうだぞって結構な話をして早めてもらうっていうのもあるんですけど、早められないですよねっていう。
スピーカー 2
止まってますからね。
スピーカー 1
そういう対応力もやっぱりそこで学びましたね。
スピーカー 2
そこから最終的に今のアーバーに行ったっていう感じですよね。