で、最終的にフロムはto haveじゃなくてto beある様式を進めてはいるが、じゃあto beある様式にするためにはどうしたらいいかっていうところまでは明確には明言されてないんですよね。
明言できないって言ってますね。
そうですよね。明言できない。難しさの残ることというか複雑なこの社会の中で簡単ではないってことなんだろうなと思うんですけど。
次世代の我々に向けられた、託されたものとして私は解釈しましたけどね。
でも私この本を読んで、今2025年は彼が生きた世界よりも急激に物質的な世界になってるんじゃないかなってすごく思ったんですよね。
どんな声?
ヒントの差もおそらく1970年代に比べたらすごく大きいし、物にあふれ、マーケティングにあふれ、お金があれば解決できることっていうものの数とか幅がめちゃめちゃ増えてるんじゃないかなって思うんですよ。
何か例えばね、ジュエリーとか新しいパソコンとかガジェットとか、そういうものを手に入れたっていうことが価値とされたりとか、いい会社とかいい給料をもらってることが良いことみたいな価値観って、
本当にこの彼が生きていた50年以上前か、50年ぐらい前からに比べても、すごい急激に起きてるんじゃないかなって感じたんですよね。
まず彼が生きて、だから本を書くようになって、最終的に出版した1970年。だから第二次大戦をまるっきり成人として経験をしている人で、その後の社会っていうのは初めて貧困な人の方が少ない世の中みたいな。
貧富の格差が拡大はしてるけれど、増えてる人の数は少ないじゃないですか、今。どっちかっていうと、スーパーリッチ、ウルトラリッチが世の中に出現しつつあるというか、今から50年前には考えられなかったような額の資産を持つ個人が増えてるっていう。
だって国と同じくらいの規模の資産を持っていますからね。
そうですね。それでは貧富の格差は拡大しているけれど、苦しい生活をしている人の数っていうのは、たぶん絶対数では減ってますよね。
生死を、貧困によって苦しい生活って人はたぶん減ってるんでしょうね。
と思うんですよ、絶対数で見ると。
で、50年前と違うのは、スーパーリッチの人たちの生活、暮らしぶりっていうのが、もっと目に入りやすくなっているというか。
若くして成功した人の話とか、自分と同い年で成功している人たち、年が近しいのに全然違う暮らしをしている人たちの生活が、SNSなどによって日常的に晒される、目に触れるような世の中になっていて、格差を痛感しやすい社会になってきているのかもねって思いましたね。
そうですね。成功しているとか、お金を持っているもそうだし、あとは本当に身近な隣の友人があれを買ったとか、家を買った、車を買った、これを買った、あそこに行ったとか、そういうものもすごい見やすくなっちゃってますよね。
おっしゃる通りだな。
なんか、バッドに入るきっかけがたくさんありますよね。
ノータブルラジオ。
持つ様式か、より多く持っている方が幸せである、より良いものを持っている自分の方が上である、みたいな、この価値観のまま突き進んでいった結果が今の世の中で、今はこの超知能というか、AIが人と同じレベルで物事を考え、
考えられるようになって、汎用人工知能のAGIになって、で、AGIたちが自分たちを自己改善して、人間をはるかに超える超知能となるASI。
これが発生すると、今までの持っている方が幸せみたいな価値観って、多分大きく転換していく。
あまり意味をなさなくなるというものが、結構現実的になってきたと思うんですよ。
パソコンでやる仕事はもうAIの方がうまくやるし、で、AIがね、テスラが作ったロボットで体を持つようになったら、
そこら辺の人が、ちょっと体と頭を使ってやる仕事ってロボットに代替されてしまうみたいなことになった時に、今までの価値観でより多く持っている人とか、
いい仕事に就いている、いい会社にいるみたいな話って、今までほどあまり意味がないってなった時に、
改めて人はどうあるべきかの方が重要じゃねっていう、世の中に突然晒される気がするんですよね。
そうですよね。だからお金を稼ぐためとか、その会社で働くことで得られるステータスを得るために、そこで働くとか、
そういうこと自体が人間の喜びじゃなくなってくるってことですよね。
そうっすね。だし、ずっと人間の喜びだったのかっていう問いが来てると。
幻のような人間の喜びとして、みんな感じてるけど、実は幻だったんじゃないかみたいなところもあって、
本質的という言葉があっているのか分からないですけど、
真に人間が生き物として幸せに、この社会で生きるためには何が必要なのかっていうのをすごく考えさせられたなと思ったのと、
同時に、とはいえ、この社会、超資本主義なんだよなっていう。
足元ね。
そう、足元。お金がないと、得られない選択肢があるっていうのは、やっぱり間違いないことなんですよね。
この今の現実社会。
はい。
だから、そことの折り合いをうまくつけていくっていうのが重要だし、
そのために、私結構矢沢栄吉が言ってること、
ここで出るわけですね、矢沢栄吉。
いいなって思って、
彼はね、
どんなこと言ってるんですか?
自由になるためにビッグになるみたいな、そんな感じのことを言ってた。
自由になるためにビッグになる、すなわち有名になるとか、お金を稼ぐとか、そういうことですよね。
本当に自分がやりたいこととか、表現したいことを表現していく、自分ができるようになるためには、
その前にまずビッグになって、自分の思想とか、ありたいものを表現できる立場になる。
立場になるっていうか、権利を手に入れるために、
その前に、俺はまず泥水をすすっててもビッグになるんだ、みたいなことを言っていたんですよ。
なるほど。
これすごい確かになって、私これを見て思って、
人生のこのフェーズ、特に今100年時代って言われるような時代だから、
ずっとなんとなく生きていくのを、
なんとなく生きていくっていうか、ずっと例えば80点ぐらいを生きていく。
80点っていうか、何て言うんですかね、80ぐらいの数値で生きていくんじゃなくて、
Aちゃんの考え方って言うと、2000を人生の前半でバーって出してビッグになって、
その2000になったところからしか選べない選択肢とか、立場みたいな、
自分の自由みたいなものを手に入れてから、
この資本主義社会を生きていくみたいな考え方を持っている人なんだろうなって思って、
そうすると、真に自分のありたいこと、ありたい姿とか、
表現したいことっていうのができるようになるんだなって、すごくふに落ちたんですよ。
だから、よくちょっと前から、ファイヤーしましょうみたいな、
ファイナンシャリーインディペンデントリタリアアーリーで、
ファイヤーしましょうとかいうコンセプトが流行ってますけど、
それもきっと一つ、このAちゃんが言ってることにもしかしたら近いのかもしれないですよね。
早めに、資本主義からの苦悩から少しでも脱却して、
自分の好きなこととか、ありたいこととか、自分の真にやりたいことに集中できる人生を歩もうみたいな考え方なのかなと思って、
どうしても、この資本主義のこの世界の中では、ある一定時期、トゥーハブに振り切って、
地盤を固めなきゃいけない。
固めたほうが、よりその後の人生で、ノータブルラジオ、2Bに触れる時間が増えることがあるのかなって思ったんですよね。
なるほどね。面白いな。
今、聞きながら思ったこととしては、
ファイヤーとAちゃんの言ってる、自由になるためにビッグになるっていう話。
は、似てる部分もあるし、Aちゃんの言ってることは、集団の中における影響力みたいな。
そうね。その点もありますよね。
だから、ファイヤーってどっちかっていうと、独立であり、ファイナンシリインディペンデントって、
要するに、お金で困らないようになるって意味ですよね。
で、仕事から離れる。で、そのために早くに稼ぐっていうことで、
その後、自分がどんな影響力を発揮するかまでは、ビジョンに入ってない考え方なのかなっていうふうには。
そうですね。
思ったので、経済的な独立のところにおいては、そうだよなと。
その上で、みんながどうしたらいうことを聞くかの中に、早くに成功するっていうのも入ってんだろうなって。
そう、Aちゃんの言うね。
Aちゃんの言ってることには、っていうのは一つ思いましたね。
で、あとは、気せずして、
エイリヒフロムって最初のでかい本が、自由からの闘争っていうタイトルで。
これは現代人が、かつてと比べると、自由に自分の生活を選べるようになった。
働かないと死ぬみたいな時代ではなくて、物があふれて豊かになっていって、
自分で職業を、親の仕事を継ぐ、家業を継ぐしかないみたいな世の中ではなくて、
自分で職業を選択していって、いろんな生き方ができるのに、
みんな、なんとなく周りから規定された、これがいいって言われたものを選ばされていて、
本当に自由なんかいないみたいな。
実際に自由って与えられると、奴隷みたいに振る舞うわよね、みたいなことを二次大戦直後に世の中に投げかけていて、
人間は本質的に自由なのか、みたいなことを問うてる本なので、
主題が一致するというよりは、織り重なる部分があって面白いなって思いながら、
確かに。
聞いていたんですよね。
ちなみに、Aちゃんの、ビッグになるためにマズリ稼ぐみたいな話は、
シリコンバレーの哲学者って言われてる、ナヴァル・ラビカントっていう人がいて、
シリコンバレーでスタートアップをいくつもやって、ものすごく経済的に成功した後に、
いや、哲学が重要だよということで、不道徳にお金をかき集めるのではなくて、
一人一人が豊かになるために、まずリッチになろうっていう。
だから、本当の仕事ってのは何だと、資産とは何だ、みたいなことをいろいろ、
人間関係の資産とか。
そうなんだよな、面白いところだと思うんですよね。
隙間がないところに本を差し込めないみたいな。
うんうん。
なんかこう、本棚に入らないから横向きに上にねじ込まれてる本とか、
上に無秩序に積み重ねられてる本みたいな状態って、
部屋片付かないじゃないですか。
自分の部屋持ち物がオーガナイズされてるみたいなものって、
物を手放さないと得られないっていうのはあると思うんですよね。
うんうんうん。
あとは、新しい挑戦みたいなものも、生活がキツキツになってるときにできるものじゃないと思うんですよ。
失敗してもいいとか、役に立たなくてもいいみたいなスタンスがないと、
例えば今日リリースされたばかりの最新のAIツールみたいなもので、
例えばめちゃくちゃ面白い動画が作れますみたいなものがあるとするじゃないですか。
それを、自分は動画編集者になるつもりはないけれど、
どんなものができるのか一回触ってみるみたいなスタンスを持ってる人と、
関係ないことやってる暇ないんで、
もう全く取り尽くし間もないみたいな態度を決め込んでいる人たちの間には、
今の時代みたいに毎日新しいAIツールとかが出てくる世の中だと、
ものすごい蓄積として差がバーンと広がっていく気がするんですよ。
なので、隙間、自分が何かこういろいろ試したりとかできる隙間を持っていく、
あるいは面白そうな仕事が入ってきたとき、
職場で言えば、これやってみる人いるとか、
あるいは仕事をしていて、これなんかおかしくないみたいな、
ちょっと頑張ればもっといいやり方ありそうじゃないみたいなことを思いついたときに、
それを試してみるのか、見てみるふりをするのかみたいな差として、
たぶん毎日皆さんの前に立ち現れてると思います。
において何か新しいことに、これチャレンジしてみようかな、
失敗するかもしれないけども、みたいなものを、
職場自体がそういうアクション、そういう行動に対して寛容である人もあると思うし、
自分自身がそういう寄り道だったり回り道だったり、
脇道を行くみたいなものに対して寛容である人もあると思うし、
そもそも脇道を見れる速度で歩んでるかみたいなね。
F1レーサーみたいに時速300キロぐらいでサーキットを駆け抜けていて、
綺麗な花が脇に咲いてることに気づかずにレースを終えるみたいなさ、
ものだけが人生じゃないでしょうみたいなことは個人的には思っていて。
そうですよね。
ノータブルラジオ。
本当に最終的に隙間時間とか余裕時間ができたときに、
何が幸せなのかというか。
2Bの世界を実現できるときに、
自分は何を幸せと思えているのかっていうのが結構大事なんだろうなと思って。
そうね。
それにいくと、Aちゃんは自分の欲望をかなり明確に捉えていたっていうことなのかもしれないですね。
彼は本当に音楽というか、
自分、矢沢栄一をやることでそれを体現しているから、そうですよね。
みんながみんなロックスターになりたいわけじゃないじゃないですか。
そうそう。
私、そこで矢沢栄一を調べたんですよ。
彼は知らなかったんですけど、彼の父親は広島で被爆してるんですよね。
そうなんですね。
だから、矢沢栄一本人も被爆2世なんですよ。
矢沢栄一以外の家族もみんな被爆して死んでるんですよ。
孤児なので、その後親戚をたらい回しにされて、
すごい存在な扱いを受けて育ったっていう幼少期があって、
ケーキも食べれないし、
広島を見ると、悲しいとか寂しい気持ちがわいてくるぐらいの、
故郷への思いみたいなものがあるらしくて、
そこからビッグになるっていう夢をあきらめずに、
その夢を追い求めてる姿に、
矢沢栄一のファンはみんな、矢沢になりたいって言って、
まねして武道館に行くわけですよね。
そこの夢というか、希望を、
彼は音楽を通して伝えたり、力強さを伝えてることに、
2B的価値というか、幸せを生み出してるのかなとか思ったりして。
なるほどね。
俺はいいけど、矢沢はどう思うかなみたいな話。
全部2Bの話じゃないですか、どうあるかっていう。
どうありたいかっていう願望だったりとか、
そっちに集中していくことが、
精神的な豊かさをより担保するっていう側面もあると、
同時に、2ハブの世界でも自分の身を切り開いていく、
道を切り開いていくことには、
つながっていくのかもしれないねっていう。
そうそう。
私、人に対してもインスパイアできる深さが違うのかもなって思ったんですよ。
意図してできるものなのかはちょっと分からないながら、
矢沢のあり様には、ありよう、あり方には胸を打たれるところがありますもんね。
ある。しかもね、若い時の矢沢がめちゃめちゃかっこよかった。