そうですね、確かに。
だし、インフルエンザのような強力な感染症だと、どんなに気をつけてても、なる可能性あるっていう。
そうね、もうなんか、運みたいなところ出てきますよね。
ありますよね、運ですよ。対策にも限界があると。
コロナの時、思い出してくださいよ、みたいなね、話じゃないですか。
って時に、そういう病気にかかって、目標が達せられないというか、ノルマに届かないとか、
自分の生活が破綻してしまうみたいなことを、あらかじめ避ける予定の作り方が大事なんじゃないのかなっていうのは、すごく思ってること。
なるほどね。だから、1年間ないし、1ヶ月の中で、どっかのタイミングで自分が思うように動けない時期、
時間が出てくる可能性があるっていうのを念頭に置いた上でのプランニングというか、計画を作るっていう感じ。
そう、おっしゃる通り。
引きで、もっと言うと、そもそも日々100%頑張り切ってようやく達成できるという状態を前提に計画立ててませんか?っていう次回ですよ。
そうですね、12月の1日から12月の31日まで100%ずつ生きて、
で、なんとか達成できるものという。
今日のノルマは、365分の1なんですよ。1年の目標を365分割したうちの1だから、今日ダメだと達成られなくなるみたいな。
そんな細かくさ、自分の目標とかを数値化できることって、あんまりないと思うんですけれども。
そうですよね。
例えば、読書とかに置き換えると、いかに無理かがわかると思うんですよ。
確かに、毎日30ページって思ってても読めないですよね。
なかなかね、本によっちゃうね。進むのが何回で理解が打つかないとか、今日は読む時間取れなかったとかあるじゃないですか。すぐ起きるじゃないですか。
なのに、人生の多くのことについて、自分が取り組んだらその時は100%でできるという前提で予定を立ててしまうっていうのはありがちだと思うんですよね。
そうだよね。何なんですかね、この私たちの毎日100%生き切ることが良いみたいな擦り込みありません?
特に会社で働いてたりとか、あとは20代の時はそういう擦り込みがよく機能していた部分はもしかしたらあるのかもしれないんですけど、
やっぱり子供ができて、自分の世話だけじゃなくて子供の世話とか家族の世話っていうのも入ってくると、
特に毎日生き切ろうっていうこのメラメラした気持ちっていうのが逆に作用する時って結構出てくるなっていう感覚があるんですよね。
逆に作用する?どういう感じだろう?
それこそ毎日30ページ本を読もうっていう脅迫観念と一緒で、毎日100%で生き切ることがそれが素晴らしいことだとか、
私あともう少し頑張れたのに頑張れなかったみたいな自分を見てガッカリして、うまくいかないなって落ち込んでしまうみたいな、
100%生きなければいけないっていうことの負の面っていうのが、結構人生が複雑になるにつれて見えてくる気がするんですよね。
なるほどね。だから価値観がバックファイアするというか、自分が追いかけていた正しいものが反転してくるみたいな感じかな。
それをやることによって自分を保っていたものが構造的にできなくなってしまったのに、
でもその価値観は持ち続けてて。
追い目に転換してしまうってことか。
なるほどな。ライフステージ、家族ができて子供ができてっていう話はわかりやすいですよね。
僕らの会話でも何度も出てくるのがさ、
仮処分時間がやってくる。1日の24時間は増えない中で、自分が注がなければいけない器が増えるというか、仮処分時間がどんどん物理的に減っていく中で、
個人ごとの優先順位が僕は価値観っていう言葉の正体だと思ってるんですよ。
価値観って何?って言われると、私は家庭を一番大事にします。次に仕事ですみたいな。
そういう、今は極端だけど、それもいろんなグラデーションはあると思うし、
僕だったら筋トレが一番大事みたいなね、例えばね。
例えばですよ。
それは価値観っていうものだと思うんですよ。
家族の構成員が増えたら、いろいろ転換したり折り合いをつけていかなければいけないはず。
職場においても部下が増えたりとか、自分の役職が変わるとか、いろいろなものによって自分の今までの、
例えばお客さん先で営業マンとして提案して、でっかいアンケート取ってくるのが自分の価値であり、
思考の生き甲斐なんだって思ってた人がマネージャーに上がったら、そういう役割から引かなきゃいけないっていうのが例えばある。
そこをね、それができないとこじらせちゃった管理職の出来上がりみたいになるわけじゃないですか。
チェグはからんでしょうね、きっとね。
心よく思っていないから、この職場のコミュニティにおける子育てってかなりアップデートされてないんですよねっていう。
制度はあるにせよ、心理的なものに関してはアップデートされていない。
Aさんの家庭は昭和的な、全部妻が、女性側が家事育児を全部やるっていう家庭のままだし、Bさんは片身の狭い思いをしたまんまっていう。
そうね。
そうか、だから、もともとの今日の話で言うと、余白をスケジューリングしておくというか、余白があるものと、余白というか、ダウンタイムがあることを前提とした考え方ってなるけど、
自分一人でできるものでもなくて、ほんと周りの協力とか、あとはちょっと、少しズーズーしさも必要なのかもしれないですね。
男性Aさんみたいな、容認しないような人って中にはいるから、そういう人たちの声を聞いて自分が消耗するっていうのは、けっこう苦しいじゃないですか。
うん、そうっすね。
確かにな。
だから、子供がいて、どうしてもダウンタイムが一連の中で起きてしまいそうな人っていうのは、ある程度ちょっと、それこそ鈍感力というか、いい意味でのズーズーしさみたいなものも大事なんですね。
そうっすね。なんか、一個僕らができることとしては、論理部層を手伝うみたいな話かなとは思ったんですよね。
うんうん。
中長期的には、負けへの道を進む考え方じゃないですか。
うん、子供のね、そうね。
社会の子育てのしやすさに対して負の影響を与える態度が、職場の子育て世代、あるいは子育て中の社員同僚に対するプレッシャーという形で、負の因子として存在していて、
自分ちはそういう夫婦間でそういう話をして、したのかしてないかわかんないけど、育児は女側に任せるみたいな、妻側に任せて、自分がキャリアを追求して収入を増やすことでやっていくし、自分の収入が増えれば会社の業績も上がるし、自分たちの納税も増えるから世の中を良くしているんだって論理なんでございましょうけども、そういう職場は選ばれなくなっていくわけですよね。
そうね。
Bさんもその職場にいることよりも他の職場に移った方が良い未来が開けるかもしれないということで、短期的にも職場に対する悪影響を撒き散らすのが、そういう態度だっていうこと。
そうですね。この話、そろそろ畳みますけど、職場を自由に選べる人の論理かもしれないなって喋りながら思いましたね。Bさんの立場にいた時に他選べばいいじゃんみたいなことが出てきちゃうのは、自由に転職できるという前提もちょっと包含していた気がするので、それはAさんに加担する形になるかもしれないですね。嫌なら出ていけばいいみたいな形で。
なるほどね。
そういう意味では、この余白を設けた状態で期待を超えるパフォーマンスを発揮できるように個人レベルでは成長するっていうのが、求められるハードルなのかな?
厳しいな。
厳しい。厳しいな。
でも、世の中の変化のスピードよりも、個人がどう変わるかの方が早く変われるから。
小回りは効きますよね。
自分の会社が、僕が今言った話、半分はコーテンラジオの深井さんの受け売りだけど、リソース、要するに働き手、家事、育児というもの、この労働を妻に押し付けられる男性が、自分の働く時間というリソースを仕事に全部投入して、
その分先に成長とか評価とかを総取りしていくっていう。
でも、一方で家事も育児も仕事もしなければいけないっていう女性社員が割り送ってるっていうリソースを全部仕事に避けなくて、ここに投入できるリソースの差、時間という膨大なリソースの差で格差が生まれてるっていう、このジェンダーギャップのところを、