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公務員を辞めてサイドFIRE生活へ。安定を手放して気づいた“自分らしい暮らし”
2026-05-17 43:19

公務員を辞めてサイドFIRE生活へ。安定を手放して気づいた“自分らしい暮らし”

こんにちは、のらねこ夫婦です🙌公務員を辞めてサイドFIRE生活へ。安定を手放して気づいた“自分らしい暮らし”について話しました。公務員退職、FIRE生活、働き方、お金、仕事だけの人生への違和感を夫婦で本音トーク。辞めることをすすめる話ではなく、自分にとっての安心を考え直す回です。「仕事だけの人生がしんどい。」「早く帰りたい。」「社会の普通がちょっと重い。」このチャンネルは、そんな本音を再婚・子なし夫婦(共働きDINKS)が、夫婦の会話形式でゆるく話すビデオポッドキャストチャンネルです。テーマは、働き方 / 会社員の生きづらさ / 社会不適合 / 過剰適応 / 夫婦の価値観 / 子なし夫婦の暮らし。仕事そのものが嫌というより、仕事が人生の真ん中にありすぎる感じがしんどい。そんな気持ちを言葉にしていきます。保護猫3匹と暮らす30代後半(まもなく40代)のバツイチ再婚夫婦が、日常の雑談を通して、仕事、人間関係、夫婦の時間、暮らしのことを本音で発信中。Yotube:https://www.youtube.com/@nekonora-radionote:https://x.com/noranekofuufu【配信テーマ】・仕事だけの人生がしんどい・会社の飲み会、雑談、空気感がつらい・社会不適合、過剰適応、生きづらさ・再婚、子なし夫婦、共働きDINKSのリアル・保護猫3匹との暮らし・散歩、コーヒー、音楽、野球、旅行、家庭菜園「仕事だけの人生は嫌だ」「夫婦の時間をもっと増やしたい」「会社の普通がしんどい」そんな方は、ぜひのぞいていってください。

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サマリー

このエピソードでは、公務員からサイドFIREを経て再び就職した男性(ゆうくん)の経験が語られます。公務員になったきっかけは、自身の兄弟が発達障害を持っていた経験から福祉分野で働きたいという思いでしたが、異動が多く希望する分野で長く働くことが難しい現実に直面しました。また、ブラック企業での経験から、安定した公務員という道を選んだものの、自身の適性や将来のキャリアパスに疑問を感じるようになります。その後、妻のサポートもあり、公務員を辞職。サイドFIRE期間中は、自身のスキルアップや投資、家事などをこなしながらも、社会との断絶感や将来への漠然とした不安を感じる時期もありました。しかし、この期間を通して「働くことは嫌いではない」ということに気づき、再び就職を決意。新しい職場では、体力的な問題よりも、人と関わることによる精神的な疲労を感じつつも、夫婦で共に働くという新たな目標を見出していきます。この経験から、人生の選択肢は一つではないこと、そして心の健康を最優先することの重要性が語られています。

公務員からサイドFIREへ:キャリアの転換点
今日は、私から、ゆうくんにちょっといろいろ聞いてみたいなぁと思いまして。
この場を借りて。
思いまして。
はい、いいですか?
そんな回にしたいと思ってます。
え、なに? 聞かれる?
えっと、そんなに難しいことじゃない。
なぞなぞとか問題ではないです。
はい。
はい。
えっと、何を聞きたいかというと、
私とゆうくんが出会ったときに、ゆうくんは公務員だったじゃないですか。
そうですね。
そう。
公務員だったんですよ。
ね、そうなんですよね、実は。
で、公務員をその後数年続けて、
で、今の仕事との間に、
こう、ちょっと、なんて言うんですか?
サイドファイヤーであってます?
サイドファイヤーになるのかな、たぶん。
そう、的な期間を挟んで、今の仕事についてる。
そうだね。
そう、っていう歴史があるじゃないですか。
そうだね。
で、私の周りで、どうなんだろう?
聞いたことないだけかもしれないけど、
同じような経験してる人って、いないなと思ってて。
まあ、珍しいかもね。
そう、わりと珍しいのかなと思ったから、
なんか、こう、改めて、その3段階、3段階?
公務員、公務員と、公務員からサイドファイヤー。
そして、そのサイドファイヤーの期間から、
なんでまた仕事を始めようと思ったのかっていうところを、
こう、改めて聞いてみたいなと思って、
はい、その回でお願いしたいです。
まあ、たしかに、あんまりいないかもね。
うん、そう、けっこう珍しいなと思って。
たとえば、公務員とか、まあ、それ以外の仕事の人っていうのは、たくさんいるんだけど、
まず、公務員から、それ以外のお仕事っていうのも、あんまりいないかなと思うし。
そうだ、まず、俺の前提を話しておくと、
まず、大学を卒業した後に、普通の民間の会社員、住宅系の会社にいたことがあるんだけど、
その後に、公務員になって、それもちょっと、いわゆる事務職じゃなくて、
ちょっと教育系というか、福祉系というか、
だから、そういう職種があるんだけど、
それをやった後に、ちょっと思うところがあって、仕事をやめさせてもらって、
で、会社に属さないで、ちょっと自分でフリーで、少し稼ぎながら、家にいるみたいな期間が2、3年あって、
で、最近また会社に戻ったみたいなのが、これまでの流れになるかな。
はい、ですね。
じゃあ、ちょっと順番にいこうかなと思って。
まず、もともと公務員じゃないところから、公務員になろうって思ったきっかけって、どういうところ?
そう、いわゆる事務職じゃなくて、福祉職ってさっきお話したんだけど、
自動系の仕事をしたかったんだよね。
もともと、私の兄弟がですね、発達生涯を持っていたんだよね。
で、社会学系の大学の分野に行ってたんだけど、
社会学を学びつつ、で、専攻が終わったかたわら、ちょっと時間が余るから、
ちょっと社会福祉系の授業もとったんだよね。メインではやってないけど。
だから、自分の兄弟が大人になった時、親が先にどうしても亡くなっちゃうから、
なんか、制度とか、いろいろ知っといたほうがいいな、みたいなところがありながら、
最初はでも、普通の仕事は、民間の一般の企業に入った。
けど、あんまりその会社が合わなかったんだよね。いわゆるブラック企業みたいな感じだった。
前も話したと思うんだけど、体育会計の営業みたいな感じで。
それもあったし、自分で公務員をやって、福祉職系に入ったら、いろいろ制度のこととか、
そういう子たちが将来どうなっていくのかとか、そういうのが一切わかるかなと思って、
働きながら勉強をして、公務員試験を受けて、入ったと。
で、最初は福祉、役所が持ってる公立の施設があって、
小中学校に福祉施設の泊まる場所が、合体したような施設があるんだけど、
そこで小中学校の先生と一緒に働いて、その後、いわゆる役所に行って、福祉系の部署でお仕事をしたっていう感じかな。
きっかけと、やった内容。
俺はずっと児童分野でやりたかったんだけど、やっぱどうしても公務員って移動があるから、
自分が望まなかったような分野、福祉の中でもいろいろあるし、教育の中でもいろいろあるから、
長くて5年、早くて3年ぐらいで、どんどんどんどん移動させられてしまうから、
自分がやりたい仕事分野っていうのは、どうしてもできないっていうのが、やっぱあって。
なるほどね。
そんないろんな思いがあって、やってました。
なるほど。
なった経緯も含めて話しちゃったけど。
すごいな。働きながら勉強もしてなるって、ほんとにすごいなと思って。
そう、最初話聞いたときに感動した。
あんな努力する人。
いや、ほんとにそんなことないです。
いや、すごいよ。すごいことですよ。
いや、俺にとってはみんなの方がすごくて、ほんとに俺、小中高ってたいして勉強してなかった。
ほんとに野球部やってて、ほんとに部活やるためだけに行ってたから、勉強は全然頑張ってなくて、
それでも中の上ぐらい、でも上位3分の1入れるか入れないかぐらいの、なんか半端な感じだったんだよね。
で、高校も指定校推薦、みたいな、指定校じゃないや、推薦枠、内進店と面接だけで入れるやつ。
で、たまたま入れちゃったし、で、自分がこう、無理して限界の、なんだろうな、学力のレベルの学校を受けなかったし、
で、大学も、それこそ指定、それが指定校か、指定校推薦っていうのが当時あって、
まあ、それも内進だけで行けちゃう、みたいな、受験をしないでずっと、なんかこう、いわゆる有名大学に行ったわけでもなく、
なんかめちゃくちゃ勉強して、何労務もして努力するとか、現役ですごいとこ受かったとか、全くそういうとこがないから、
それでもね、最初に働いた会社が、けっこうブラックだったから、
逆にみんな学生のときに、いろいろやりたいことを見つけたりとか、受験頑張ってた人たちのほうが、よっぽどすごく出たら、大人になって、けっこう苦労しただけ。
なるほどね。
っていう感覚が、俺は強いかな。
そうか、私はね、ゆうくんと逆で、一般入試しか、高校大学で経験してなくって、
逆にその推薦とかして取れる人って、普段からね、努力してる人が手に入れられる権利なわけだから、
私としてはね、
マジで、それない。
いやー、すごいなって思ってたし、なんだろう、それが使える人はすごいことだから、
私はそっちをリスペクトしてたけど、ゆうくんみたいな感覚の人がいるんだっていうのは、なかなか新鮮だったなっていうのは一つ。
本題とは外れちゃうけど。
マジで、大した大学行ってないから。
いやー、でも、なんかそういうんじゃない。
妻のほうがすごいですよ、ほんとに。
いやいや、私は日常あんまり頑張れるタイプじゃなかったから、
どこで頑張るかの違いかなって、個人的には思ってたんだけど、でも、素晴らしいよね。
それで、大人になって努力して、すごいなって思ってます。
学生のうちから努力できるか、大人になってから、俺みたいに後悔して、
大人になってから働きながら、泣きながら勉強するみたいな、
本当に基礎学力ないんだなってことをマジで思い知ったし、
ほんとにみんなが、たぶん勉強なしで受かるような試験でもあるわけよ。
けど、それは俺もやってきてないから、仕事終わった後に、
10時から1時、2時まで毎日やって、
偉いよ。
週末やって、それを1年以上やって、
大変でしたね。
でも、やってよかったと思うんだよね。
俺が一番最初に公務員になって、配属されたのは、
マジでジャージ来て、学校に行って、そこにいる特殊なヤンキー的な子たちとか、
家庭の環境があんまり良くない子たちが暮らしてる施設だから、
小中学校の先生たちと一緒に働いて、一緒に授業に入って教えるの。
俺みたいな、うまくできなかったりとか、勉強してこなかったりとか、落ちこぼれの子も多いわけ。
でも、それに合わせて先生、授業してくれるし、
俺も一緒に授業に出るから、そこでももう一回勉強できたんだよね。
そこで、勉強ってすごく大事だったし、
ちゃんと社会のことを知ってから、もう一回勉強し直すと、
いろいろ見えてきたというか、
そん時に、お金のこともよくわかんない、役所の手続きのこともわかんないとか、
入っときながら、全然知らないことも多くて、
いろいろ本読むようになったりとか、お金の勉強するようになったりとか、
投資を始めてみたいなことが、ここから始まっていく。
なるほどね。
20半ば過ぎぐらい。
そっか、転職っていうだけじゃなくて、結構人生の転機になるような出来事だったのね。
本当に子どもたちと一緒に成長させてもらったみたいなところがあったね。
濃厚な時間だったかな。
いい巡り合わせというかね。
そうだね。
そっかそっか、そこも本当は詳しく聞きたいんだけど、
それはちょっとまた別の機会でというところで、
今、ゆうくんが公務員になりました。
そんなに努力を、たくさん努力をしてなって、
希望通りの配属にならないこともありつつ、
でも辞めるっていうのも結構大きな決断かなと思ってて。
そうだね。
そこの絵の思いというか、そこに至った思いとか、きっかけとかがあれば、それもお願いします。
そうだね。やりたいことができたっていうのも一個なんだよね。
公務員退職の決断とサイドFIRE生活の始まり
もともと福祉の仕事は、自分の生きていく中で選択はしたんだけど、
心からやりたいことでは正直なかったんだよね。
大学の時もやりたいことがなくて、
就活もちゃんとここのジャンルで就活するみたいな、明確な目標もなくきちゃったから、
その中でどれやりたいかみたいな、消極的な中での選択だった。
自動刑はやりたかったんだけど、やっぱり移動して役所に行きました。
役所の雰囲気って、いいところもあるんだけど、いわゆる村社会的なところもあるし、
なるほどね。
やっぱり、一生懸命能力の高くて頑張っている職員さんもいっぱいいるんだけど、
一方でそうじゃない職員さんとかもいて、なかなか親近対象も起こらない職場だから、
あんまり事務系の仕事で定年まで迎えられるみたいなイメージが湧かなかったっていうのと、
あとは、二人でプログラミングの勉強をして、一回エンジニアになったじゃない。
俺はならなかったけど、一緒に勉強して、ほぼ1500とか2000時間ぐらい多分やって、
そうだね。
やったじゃん。で、俺ちょっとブロックチェーンみたいなジャンルがあるんだけど、
そういうのにちょっとお金自分で稼ぐみたいなのがあって、
でも公務員って副業ができない。
あ、そっかそっか。
程度もあったし、
で、ちょっと自分で稼ぐみたいな経験も、金額はともかくともしてみたいっていうのもあったし、
さっき言ったように投資も始めたりしてたから、
俺20代の前半の頃は、まじでお金の使い方雑だったから、結構貯金なかったんだけど、
そのあたりから一気にお金がためられるようになったんだよね。
素晴らしいね。
で、投資も始めたから、わりとたくわえが、めちゃくちゃあるわけじゃないけど、
一般よりは持ってるみたいな状況があって、
そんなに稼がなくても、やっていけるなっていう算段があったのと、
結構つらそうにしたのか、妻から一回やめてみたらみたいな優しいことを言っていただいて、
ちょっと決断したって感じ。
なるほど。
そうね、つらそうなのはあったかな。
まじであってなかったからね。
帰ってきて、疲れてる様子を見てたし、
ゆうくんの投資の話とか、ブロックチェーンの話も聞いてはいたし、
私働いてるから、何かあっても生活は破綻しないじゃないですか。
だから、背中を押すじゃないけど、賛同はしてたし、
そんな妻いますか?他に。
なかなかいない。
そこにね、ちょっとのっかってしまった部分もあるんだけど。
もちろん、でも安心したよ、それすごく。
ねえ、やっぱり心の健康一番ですから。
少なくとも自分の、投資もやってたし、自分で稼ぐっていうのも軌道に乗せるっていうのをやってたから、
少なくとも自分のね、生活費とか自分でまかないようにやってたし、
そこだけは計算できたから、決断したのはあるんだけどね。
そこに対しての、やっぱ信頼もあったと思う。
本当に大丈夫かなって思ってたら、背中を押すのも勇気がいったけど、
そこの不安も私は全然なくて、っていう感じで決めて、
で、実際に一度退職と。
そうだね。
なりまして、始まったわけじゃないですか。
始まりました。
新しい生活が。
始まりましたよ。
そこをね、一番聞きたいと思ってて、
どうでしたか?始めてみて。
始めるちょっと前からでもいいけど、
退職を切り出してから始めるまでも結構不安だったとか、その間の心情も含めて。
どうでした?ぶっちゃけ。
一応ちゃんと迷惑かからないように、役所って年度途中で辞めても、
人が追加されないから、年度末で辞めたんだよね。
そうね。
けど、それに当たって言わなきゃいけない。
まあね。
それがね、11月末か12月頭ぐらいに言って、びっくりはされたよね。
結構ありがたいことに評価、結構してもらってたの。
で、今公務員も少し、評価に応じてボランスがちょっと増えるとか、そういう制度があって、
基本、全部プラスの評価もらってたから、
かかりちょう受けませんか?とか言われてて、
で、辞めるって言ったら、え?みたいな。
本当にいいんですか?みたいな感じではあったけど、
でも、その時の上司も、わりと若くて、年齢もそんな離れてなかったんだよね。
だから、気持ちもわかるというか、自分も辞めたいって思うことは死ぬほどあったって言ってたから、
みんな思ってるから、でもそうですよねって言ってくれて、
特にいじわるされるとか、めちゃくちゃ引き止めるために時間稼ぎされたとかはなく、
淡々と引き継ぎをして、年度末を迎える感じになるんだけど、
仕事の事務的な作業はそれで、その後でもどうなっちゃうんだろう?みたいな、
ワクワクもあるし、楽しみもありつつ、30、半ばぐらいで辞めるってことに関しては、
やっぱこう、大丈夫かなって思いはやっぱあったかな。
なんか後悔みたいなのはあった?辞めるって言っちゃったけど、なんか撤回しようかな?みたいな迷いとか。
それはね、正直なかった。
なかったんだ。
なかった。
でも、困るんだったら、何の仕事でも別にやるし、
あと面接受けて、一流の企業には入れないかもしれないけど、いろんな仕事はあるから、
また公務員もね、今社会人採用も増えてるから、最悪同じとこじゃなくても違う自治体で、
ちゃんと勉強して入れる可能性があるから、
なんとかなるかなっていう思いで、最初はいたかな。
そうなんだ。
不安はあるけどね。
でも、よかった。
ってことは、やっぱりゆうくんの中でもしかして、その職場でやるべきことはやりきったみたいな気持ちがあったのかな?
まあ、そうだね。
いわゆる役所の中での仕事は、あんまりモチベーションっていうか、
もちろん目の前にあることは一生懸命やるし、積極的にやるようにしてたから、
ちゃんとやってたんだけど、
あんまり事務的な仕事とかは、あんま興味がなかったというか、
俺はどっちかっていうと、子どもたちに死ねとか言われたり、
喧嘩しながら成長を見守ったりとか、
学校の先生といろんなことを考えて、子どもたちが興味ひくようにとか、
結構現場のほうが熱意があったりとか、職人技術の先生とか、
寮があるんだけど、寮長さんがいるんだけど、
そういうほうが俺は楽しかったんだよね、デスクワークよりは。
だからあんまり、でもそういう職場って、私が入った副職ってのはほぼないんだよね。
現場珍しくて、基本的にはやっぱり事務的な中の副職、教育みたいなほうが多いから、
あんまりそこに関して戻りたいとか、もっとやりたかったみたいなのはあんまないかな。
そっかそっか、なるほど。
よかったですというか、ちょっとね、私も背中を押すことを言ってしまったから、
なんか逆にそれがよかったのかな、というか、ゆうくんの後悔につながってなかったのかな、みたいな心配はあったから。
いやいや、全然、逆にそういうこと言ってくれる奥さんなかなかいないと思うし、
こんな好き勝手にやらせてもらって。
いやいや、そんな。
申し訳ないし、逆にこう責任持ってちゃんとね、ただこう家にいてゴロゴロしてるんじゃなくて、
やっぱり自分のやるべきことをしっかりやりたいと思ってたし、
自分のスキルアップしたりとか、勉強したりとか、そういうことは欠かさずやろうって思ってたかな。
なるほど、ありがとうございます。
じゃあ、そんな感じで、無事公務員を卒業して始まったわけなんですけど、始まりましたね、当時のゆうくんは。
その生活どうでしたか、ざっくり。
最初は、たぶん一時期ファイヤーとかサイドファイヤーとか、一回会社員辞めて、
自分でちょっと仕事しながら辞めるとか、完全に辞めるとか、いろんなスタイルはあるけど、ちょっと流行ったじゃない。
そうだね、私も聞いたことあったもんね。
そうそうね、なんか話題になったよね。
それと同じような生活を3年ぐらいやったんだけど、最初は朝仕事行かなくていいわけよ。
そうだよね、急にね、4月1日からいいんだもんね。
誰に命令されることもなく、なんかやな仕事が降ってくることもなく、電話も連絡もいらない。
で、毎日家族といれる、猫といれる、みたいな環境だから、めちゃくちゃ楽しいし、
あ、そうなんだ。
楽しいっていうか、不安がない、わくわくする感じは、最初はあったよね。
けど、同時に、最初の1週間、2週間は、めちゃくちゃ楽だなとか、そういうことがメインだったんだけど、
慣れてくるんだよね、人間ってやっぱり。
で、そうすると、俺、いわゆる、家でずっとゴロゴロして、ゲームするとか、漫画読むとか、アニメ見るとか、そういう趣味があんまないじゃん。
そうだね。
休みでも、基本なんか調べ物したりとか、勉強したりとか、本読んだりとか、そういうことをずっとやってきたから、何しよう、みたいな。
で、そのブロックチェーンをまずやろうって決めてたから、仕組みの構築、サーバー上でいろいろやるんだけど、やったりとか、
で、そのサーバーも、ちょっと広告宣伝みたいなことをして、それを信頼して使ってもらえる人を集めなきゃいけないっていうのがあったから、
そのサーバーをやります、で、それがちゃんと動いてるか監視します、で、ウェブサイト作ります、で、集客するためにYouTubeで発信したりとか、なんかやってたんだよね。
うん、うん、やってたね。
だから、けっこう、なんだろう、家にいるんだけど、朝から晩までやってたよね。
なんか忙しそうだった。
うん、ずっとやってた。で、やっぱり仕事しないって覚悟決めたからには、奥さんにもね、家族にも迷惑かけたくないし、ちゃんとそれでも稼げるように。
当初もやってたから、そっちでも稼げるように、なんかある程度、せっかく辞めたんだったら、全部自己責任でさ、ゼロかもしれないし、でも上限もないわけじゃん。
うん、うん、そうね。
だから、自分でできることでどんどんやってこうと思って、基本は平日。
あの、妻もあれなんだよね、リモートワークで週5日、基本やってる感じだったよね。たまに出社もあったけど。
そうね、週1行くか行かないかぐらいの。
だから、妻が仕事をしてるときは、基本全部、こびっとしてやってたかな。
そうだよね。で、さらにさ、ご飯をね。
ご飯は全部やってたね。
はい、ありがとうございました、ほんとに。
昼ご飯と夜ご飯は、朝はそれぞれね、簡単なものをとる感じになってたけど、料理は全部やってたね。
ありがとうございました、ほんとに。
洗濯はどうしてたんだっけ?
洗濯はやってた。
あ、そう、洗濯やってくれたんだ。
そう、せめてね、それぐらいはっていうところで。
いやいや、それもやるべきやと思うのに。
いやいや、そんなことないよ。だってさ、なんていうのかな、それはゆうくんが努力で手に入れた時間なわけだしさ、
何にもしてないわけじゃないから、なんか、ゆうくんが急に自由になったから、じゃあ家事も全部お願いしますは違うと思ったんだ。
だって、養ってないし、私。お金だってさ、もう相変わらずそれぞれだったから。
まあそうだね。
そう、私は何もしてなくって、ただゆうくんが、それこそね、なんか私の中の感覚としては、フリーランスに転身しただけみたいな感じだったね。
まあ動きはほぼそうだよね。
うん、そうそうそう。
なんか1日ゴロゴロしたみたいなことは、たぶん1日もほぼしてないと思うんだよね。
そうだね、なんか忙しそうだったから、ほんと普通に、なんていうのかな、フリーランスとして毎日働いてるよね、みたいなふうに捉えてたかな。
なんかやっぱり、さっき言ったけど、1、2週間は嬉しかったんだけど、やっぱり社会から分断された感はだんだん感じてきてて、
やっぱり生まれてから、小中高大と、価値観がさ、どこかに勤めて給料をもらって、結婚して家建てて、みたいな感じの人生が一般的じゃん。
もうその価値観でずっときてるわけ。
でも、全くそれとは違う価値観というか、世界観の生活に急にポンって30過ぎてから、初めてなるわけじゃん。
あれ、俺、どうしようかな、みたいな、ちょっと不安がやっぱあって、それもあって、なんかやんなきゃみたいな、なんか思いになって、休むことなく、だらだらすることもなく、ずっと作業するみたいなことを始めた気がする。
なるほどね。
めっちゃ模索してなかった、だって。
そうだね。
だって、プログラミングのサーバーの補修、監修みたいなことする、ウェブサイトやる、発信やる、お金関係のYouTubeとかやったじゃん。
ね、大変そうだった、あれも忙しそうで。
なんか、意外と中途半端に再生数伸びて、そんな爆発的に伸びなかったけど、いろいろやれることが増えたからね。
そう、意外と不安だったんだよな。
そっか。
で、半年経ったぐらいが、なんか頑張りすぎちゃう。
サイドFIRE期間中の葛藤と再就職への道
自分で言うのも、恥ずかしいというか、おこがましいんだけど、
そんなことないよ。
なんかやっぱり、追われるようにやるようになっちゃって、ちょっとなんか眠るのもさ、眠れなかったとか。
その時期あったね。
うつまれはいかないと思うんだけど、やっぱり家にいるから体力が、頭は疲れてるんだよ。
頭ずっとフル回転させてるから。
でもやっぱり家にいるからか、やっぱり眠れなくて。
あったね。
で、ちょっと起きるのが遅くなってね。
ちょっとなんか、大学生の時みたいな、2時、3時寝て、なんか9時ぐらいに起きるみたいになっちゃって、
なんかそれにちょっと自己嫌悪みたいな感じになっちゃった時期があったかな。
やっぱりなんだろうな、自由すぎるがゆえに、
サイドファイヤーとかファイヤーする人、結構調べてると、社会復帰しちゃう人多いんだよね。
それね、意外というかね。
あんなにやめたくて、毎日自由に過ごせるって喜んだのに、やっぱりこう不安になったりとかするみたいで、でも同じような感じだったかもしれない。
なるほどね。確かに、つらそうな時期あったよね。ゴールデンウィークぐらいとかさ、
なんか一緒に出かけたけど、ゆうくんがすごくつらそうで、みたいなときあったじゃん。
仕事やめたくせにね、何がつらいんだって感じはないけど。
いやいや、でもね、なんか、わからなくはない部分は確かにあったんだけど、
その社会からの弁談というかさ、あとは、私の中で結構印象的だったのが、
なんとなくつらくなっちゃうのも、わからなくはないんだけど、具体的にどういうところがつらいかっていう話を聞いたときに、
先の予定が決まってないっていうたとえを、ゆうくんが出してくれたのが、一番わかりやすくて、結構イメージしやすかったのね。
どういう感じだったっけ?
そうね、さっきの予定がない。
そう、毎日、自分がやろうと思うことをひたすらね、なんだろうな、毎日同じ生活なんだよね。
特にこう、自分で誰かを雇って、なんかプロジェクトでしめきりを切って、何かやるじゃなくて、できたら随時やって、公開するなり変更を加えるみたいな感じだったから、
なんか、いいも悪いも波がないというか、なぎな状態。
なるほどね。
そう、だから、来週予定は別にいつも通り。
それが、一生このまま続くんかな、みたいな。
適度な、仕事もね、ガツガツフルタイムでやるのはつらかったりとか、合わないことやるとね、あるんだけど、多少のストレスは必要かなって思ったんだよね。
うんうんうん。
で、生活してみて、やっぱり俺、ずっとゴロゴロするの無理で、作業ずっとやってたって言うじゃん。
働くのは、やらんじゃないんだって、なんとなく思ってきたの、1年ぐらい経ってきたから。
あ、働くのは、俺好きではあるんだなって。
ただ、自分のやりたくないこととか、なんだろうな、そういうやりたいことだったら、
もうちょっと働いても、くじゃないんだな、逆に好きな部分もあるんだなってことに気づいたんだよね。
うんうんうん。
で、だんだん働くって、またやるのもありなのかなって、うっすらは思い出してきたかな、1年ぐらい経ってから。
なるほどね。それは、やっぱり、サイドファイア期間があったから、気づけたことだよね。
それはそうだと思う。
そっかそっか、そんな感じで、いやでも、過ぎてみると、あっという間の3年間だったなっていうふうに、家族はね、思ってて、っていうのも、楽しかったんですよ。
ずっと一緒にいたからね。
つらくなかったですか?
あ、全然楽しかった。ホームフルリモートで、おいしいご飯をいつも作ってくれて、
料理好きだからね。
すごくありがたかったし、ただね、申し訳なさもすごくあった。
なんで?
やってもらっちゃってるから、ゆうくんの時間を削って、やってもらってしまってる、ほんとにごめんっていう思いは、めちゃくちゃありながらも、ありがたさと半々あったんだけど、
でもやっぱり、おうちにいられるから、話す、コミュニケーションの機会も多いし、
それはよかったよね。
そうそうそう、そこすごくよかったなと思うし、
あとはね、私が有給取ったりとか、あとは転職で、それこそ有給紹介1ヶ月半とかあるときに、ずっと一緒に遊んでもらってたの。
そう、なんか2人で無職みたいな期間があったんだよね。
無職じゃないんだけど、
いや、無職じゃない。
会社員ではなく、自営みたいなことをやってて、妻がたまたま無職で、再度ファイヤー期間に転職でね、1ヶ月半だよね。
1ヶ月半。
めちゃくちゃ遊んだよね。
遊んだ、すごい楽しかった。
旅行2回行った?
旅行は1回、
1回か。
そうなんだけど、なんかその、平日行けないなんちゃらミュージアムみたいなところに行ったりとか、
あとはテレビで見た話題の人気のお店を予約して行ったりとか、
なんかとりあえず、土日じゃできないところに平日も行くみたいなのをさ、すごい一緒にやったじゃん。
やったね。
どこ行っても空いてるしさ、
安いしね。
そう、安いし、空いてるし、予約も取れるし、混んでないし、っていうのをやって、で、もちろん旅行も行ったし、
本当にね、よかったなと思って、
その、ゆうくんがさ、仕事を始めてから、また転職で1週間ぐらいさ、そのちょっと休みをね、
短期でね。
その期間があったんだけど、ゆうくんいないからね、すごい暇だった。
そう、やっぱだからね、1人だけ、なんだろう、無職に完全になると、
意外とみんな、あれってなる人多いんじゃないかなって、
自分も、なんだろう、体験してみて、
なんかちょっとわかった。
たぶん、辞める前は、こんな会社辞めたいって思うし、
辞めたら、いくらでも寝て、いくらでも映画見て、いくらでもアニメ見るぜ、みたいなふうにみんなたぶん思うと思うんだけど、
コンテンツもたぶん飽きてくると思うんだよね。
それはあると思う。
消費できる余力がいっぱいあるから、たぶん更新よりもこう、
全部見終えちゃうというか、自分が見れる範囲のもの。
よっぽどね、他趣味でいろんなもの見れる人は違うかもしれないけど。
そうね、ちょっとね、わかった気がして、私なんかその1週間、2週間だったのに思ったし、
で、さらにそのとき勉強もしてたんだけど、なんかやるべきことあったのね。
勉強して、
あとトレーニングに行って、みたいな。
やることもあったんだけど、それでもなんかポツンとした感じはすごくあって、
なんかさ、やること中途半端にあるから、そんなに出かけるわけにもいかないし、
でも家にいても、たとえばXとか見てもさ、あんま更新されないというか、平日の昼間そんなに動かない。
なんだろうな。
めちゃくちゃわかる。
これさっき見たよ、みたいな。
そう、平日の昼間ね、誰も更新しないからね。
更新しないから、なんかね。
で、野球とかもやってないわけじゃん。
やってないね。
うち子供もいないからね。
あ、そうね。
そうそう。
ちょうど野球もね、オフシーズンだったのもあって、もうほんとにね、変わり映えしない時間を過ごし、
息抜きの時間すら退屈みたいなのがあって、ちょっとね、気持ちはわかったなと思った。
私が1ヶ月半の有休期間をすごく楽しめたのは、やっぱりゆうくんがいてくれたからかなっていうのは、そこで気づいたね。
我々なんかこう、夫婦であり、友達でありみたいな感じだからね。
休みもほとんど友達と遊ばないもんね、我々ね。
そうだね。
月は1回あるかないかって感じ。
俺特にもっとないと思うんだけど。
なかなかね。
だんだんさ、やっぱ30代になってくると、あんなに毎週会おうぜとか、
月1回は会おうぜって約束したのに、仕事が忙しくなったり、ご家族いたり、お子さんいたりとか、いろんな事情がやっぱりみんな転勤したりとかあるから、
やっぱね、夫婦仲いいっていうのはすごく大事だし。
そうね。
でも、やったからこそ、やっぱ分かったことってたくさんあったし、
我々の夢としては、今は会社員をね、2人ともやって、また戻ってるんだけど、2人で仕事できたらいいなって思ってるんだよね。
ビデオポッドキャストで喋った内容を残して、どっちかが早く例えば亡くなっちゃった時にさ、声もう1回聞けるように残しておきたいねとか、忘れないように記憶のあるうちに、面白い話残していきたいねってモチベーションもあるんだけど、
その1つのプロジェクトとかいう感じで、お試しでやってみてるんだけどね。
そうね。
やっぱ2人で働いたら、やっぱりこん詰めることもできるし、ちょっと平日、今休もうとかって、コントロールしやすいし、2人で言える時間増えると思うんだよね。
それは、今1番の願いだね。
模索段階で何をやるかって決まってないんだけど、そういう夫婦がいたら、ぜひそういう話聞かせてほしいな。
確かに知りたいね。
夫婦の仲が良かったりとか、2人で何かやろうって言って、例えば会社辞めて、始めましたとか、会社じゃないんだけど、こういうことやって2人の時間増やす工夫してますとか、そういう話めっちゃ聞きたい。
そうね。
今話してて改めて思ったけど、やっぱり、違ったらごめんね。
私の中で1番叶いたいことは、この2人の時間を増やすっていうことで、その1つの方法として、働き方とか変えたりとか、仕事を2人でするっていうのが、1つの選択肢としてあるのかなって、今改めて気づいた。
そうだね。
我々の正解はこれなんじゃないかと仮説を立てて、今頑張ってるんだけど、だから、もっと多様な生き方とか、働き方とか、こういうふうに考えるきっかけを、逆に気づきになったら嬉しいなと思うし、気づきがもらえたらいいなと思ってるんだけど、
そうだね。
なんかやっぱり、1個の選択肢がないって思い込んで働いてくることって、今までほぼ、なんだろう、辞めるまでの間、ずっとそうだったし、
辞められるんだって、1回辞めてみるっていうのも、1個選択肢なんじゃないかなと思うんだよね。
そうだね。
その結果、やっぱり俺は仕事でバリバリやるんだ、2人ともキャリア築いていくんだっていうのも、1個また2人の中の正解だろうし、
なんか、もっと柔軟に考えられるといいのかなって思ったし、
そうね。
1回辞めて、ちょっとは働いた方がいいんだなと思ってから、もう1回働き出すと、またちょっと違った感覚で働けるっていうのもあると思うし、
なんか俺は、働くことは嫌じゃないってことを気づいたから、始めたんだけど、でもフルタイムは違うかなって今、思い始めてるんだけど、
長くはね、今はとりあえずやってるけど。
そしたらさ、ちょっとまた話、本題に戻るというか、当初のテーマに戻るんだけど、
再就職の決断と新たな目標
今回、サイドファイヤーからフルタイムの仕事に戻るって決めたきっかけというか、何でそのタイミングだったのか、みたいなのがあれば、ちょっとそこに聞きたい。
そうだね、何だったんだろう。
結構突然。
まあ、そうだね。でも、ずっとふつうふつと、やっぱり漠然とした不安を抱えてたんだよね。
本当にこのままでいいのかな、みたいな。
で、30の後半になって、もうすぐ我々40が見えてきたじゃないですか。
そうすると、やっぱり会社に戻るにしても、やっぱり40越えてくると、なかなか選べない。
もう35を越えた時点で、なかなかもっと選べなくなってるんだけど、やるならこのタイミングのほうがやりやすいかなって思ったのが、まず一つ。
で、ちょうどたぶん働き始めたのが、年末とかだったと思うんだけど、
まあ、俺の誕生日が年末近いほうだから、ちょうど数字が上がるみたいなとこがあって、いよいよだぞ、みたいな、決断するならっていうのがあって、
で、俺こう1回決めたら、けっこうガーッと集中して、物事やるタイプ、興味ないと全然やらないんだけど、
で、求人とか見始めて、送り出して、いろんなことを応募して、もちろん当然めちゃくちゃ落ちるんだけどね、たぶん5、60ぐらい送ったと思うよ。
本当に?なんかすごい、でもさ、けっこうすぐ終わった体感として。
たぶんそう、面接がしっかり入ってからは、ぎゅっとたぶん、2、3週間で終わったよね。
ね、で、多かったし、面接もいろんなとこ受けて。
落ちるならやっぱ書類で落ちて、面接まで来て割と角度高く取っていただける内定をもらうっていう話は、3つぐらい結局もらったのかな。
そうだね、で、辞退したところもあり、だから候補はたぶんもっとあったと思うんだけど、
そのときもさ、実際に内定が近づくと、イコール働く時期が近づくってわけじゃん。
嫌だな、みたいに思わなかった。やっぱ働きたくないな、みたいな気持ち。
まあ、多少はあるよ。あるけど不安が強かったかな。
あ、そっかそっか。
久しぶりだけど働けるんかな、みたいな。
あとやっぱ、もともとそんなこう、しゃべれるんだけど、新しい人といっぱい出会って、なんかこう社交的にやるみたいなのがあんまり好きではないから、その不安の方が強かったかな。
働きたくないよりは、人間関係やっぱり。
そっか、社会生活的な、なるほどね。
向こうもそうだし、こっちでも合うかな、みたいな。そういう不安はあったかな。
そっか。
久しぶりに働いたらやっぱり、
うん、どうだった?
けっこう運動はしてたから、体力はそんなに問題ないんだけど、
そうだね。
頭がめちゃくちゃ疲れる。
うん。
やっぱり人と話したり、調整したりってことがちょっとしばらくやってなかったから、
けっこう頭痛くなったりとか、夕方ちょっとぼーっとしちゃったりとか、
なんかちょっとこう、フル回転すぎて。
うん、そうね。
そんな感じにしばらくなってたかな。今もあるけどね。
ね、だからまたさ、私がやめちゃえば、みたいなね、悪魔のささやきをさ、やめちゃいなよって。
普通はさ、もっと働けよみたいな、
いやいやいやいや。
暮らす月休がーとかっていう人もいる中でさ、そうやって言ってくれるのはありがたいよね。
でも本音ですよ。心の健康のほうが大事だから。
いや逆に、俺もね、そういうふうに自由にさせてもらって、自分の自己実現のエゴみたいなところをさ、
いやー。
決断してやらせていただいてさ、それで文句も言わずさ、ついてきてくれてるわけじゃないですか。
いや、だって私は助けてもらってしかいないもん。
いやいや、お金でね、困らせてることはないと思うんだけど、実際。
うん、ないし。
ね、おいしいご飯も作っていただいて、むしろごめんねっていう感じだったからさ。
ありがとうございます。
ご飯目当てじゃないよ、やめてよって。
ご飯目当て、こいつご飯くれるからみたいな。
そう、ご飯作ってくれる。まあ、もちろん食べたいけれども。
まあ、うちの保護猫は完全に俺らご飯目当てだよね。
まあね。
半分ね。
そうね。そうそう、なんかそういうわけじゃないけど、でもやっぱりね、変わらないのは、その、心の健康がおびやかされそうだったら、その前にやめてくださいっていうのは。
いや、それはね、まじで思う。
絶対。そこはほんと変わらない。
やっぱり俺、役所にいたときの最後の職場がさ、児童の後はその精神障害で仕事で大変だったりとか、ちょっとメンタルになっちゃったりとか、そういう人の支援みたいなことをやってたんだけど、やっぱり一回なると、その前に同じようになるってなかなかなくて、やっぱり付き合いながら、何とかお出会いつけてやっていくみたいな、対処療法的に何とかやってるとか、そういう人もいっぱい見てきたから、
やっぱり心の健康とか、体の健康はほんと大事。お金よりも大事だし、でもやっぱり自分のことになると、なかなかね、限界ですって、なかなか言えないから、こういった家族が言ってくれるのはありがたいし、逆にこう、つらかったりとか、私これやりたいとか、まあ、給料下がるけど、これやりたいんだとか、やめたいんだとかってのあったら、やっぱり言ってほしいし。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
まあ、俺がそうやって、余裕を持ってないと言いづらいだろうから、そういう状態でいたいなって、そうなりたいなと思ってるんだけど、
大丈夫ですよ。
だから、家族でこういう話をするのも非常に大事なんじゃないかなって、今つらいとか、大変とか、今楽しいとか、やっぱりコミュニケーションないとさ。
そうね、せっかく2人でいるわけだから、1人で抱えないでいられるっていうのが、家族でいることの1つの意味とか。
まあ、そうだね、一緒に支えたり、一緒に喜んだり、カバーできるのも1個メリットだろうし。
そうね、と思いますから、そこだけちょっと無理せず。
ありがたい環境だなと思いながら。
思ってます。
いや、まじで2人の仕事したいな、何か。
そうね、ちょっとまたアンテナ張りつつ考えていきましょうかね。
そうだね、じゃあ今回は公務員、いわゆる一般的には安定しているという公務員をやめて、無職になってみた、みたいな感じの話をしたんだけど、
意外と学びがあったので、ぜひみなさんもそういう話があれば教えてほしいし、これから俺らもね、このテーマいいんじゃないかっていうのがあったらまた発信していこうと思うから。
はい。
またやりましょう。
やりましょう。ちょっとね、冒頭グダグダで申し訳なかったんですけど。
いけません。ありがとうございます。
はい、じゃあいいですか。
はい、じゃあお疲れ様でした。
43:19

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