まあ気になる人は見てくださいと で私合わせてですねあの
このアトピーの話をするようになって わかってきたことなんですけどもうとにかく
すべてを すべてなんて言うんですかねまあ
なんつーのかな考えまいと思ってるんですね今ありとあらゆることのについて これは反転できるパースペクティブちょっとなぁこれすぐわかんなくなるんだよな
8ルビンのツボと向かい合う顔なんですけどもこれなんですがものの見方というのは あの
我々はコンセプト抜きでは見ることができないんですね だから
その2カリロンっていうのが待てブランコの2カリロンっていうのがね 非常にいい話の沼月くん様さんがですね
たしてる例も悪くはないんですけどあのあなたはお父さんがなくなって悲しいんでしょう っていうと相手が怒りだして俺に悲しめというのかみたいなことを言うと
これもっともなんですよねあなたがお父さんがなくなって悲しいんですねって言うってことは 聞きようによってはですよ
だから反転できるパースペクティブなんですけれども企業によっては8 両親が死んで悲しくないと思ってる
俺は人出なしだというのかとかねいくらでもできるじゃないですか 対偶を取るみたいな感じかなあの私これウェインの4枚カード問題を思い出すんです
けど あれですね k の後ろにはボインがあるみたいなじゃあボインの後ろにはあのキスがある
みたいなでどれとどれをめくればいいと思う いいかみたいな問題ですねああいう対偶っていう考え方を取るとでそれって普通に
考えるとありえないじゃないですかわざわざ対偶を取るとか裏を読むとか でも我々人間関係ですぐそれやりますよね
あのありがとうございました丸ってあまるで終わったってことは私はあの なんかこのメールでは嫌われているに違いないとか何とかそういうことをやり始めるじゃない
ですか 丸打った方はあのもしかすると自動入力で丸打ってるだけなのかもしれないのにそういう
こう裏を読むしかも必ずそういう時にはネガティブな裏を読もうとする ネガティブに対偶読もうとすればもはや世界の全メッセージはネガティブに読めるわけですよ
それをだから幻覚症による a 変形による転移みたいな言い方をしているのも専門用語をガチャガチャ出して
ますけれども それはなぜかというとこういうふうに回言っておかないとですねこれは何の文脈で出た出た話の
わけわかんなくなっていくからなんですよね 話が常に散逸するのがこのポッドキャストの特徴なんでこれを聞いていらっしゃる方はこの話が常に
散逸するものは好きだってことになるわけですよ そんなつもりはないってことになるかもしれないとこれが対偶で相手に言いがかりをつける
時の一つのやり方なんですよ私はこれを今 事例で示したつもりでいるわけですね
わかります何を言わんとしているかわかりにくいですねこれではね私もこれがうまい事例だとは 全然思ってないんですけど何しろ眠いんで口が喋るのに対して思考を後から
覆わせるみたいなやり方なんだ このポッドキャストで本当そうなんですよ僕1000回以上やってきてわかってきたことは
基本的に口に考えさせているわけですね頭は何も考えてないんですよ だからこんなに早口で喋れるというふうに私自身は思ってるんですけど
さほどのいいよ飲みもなくですね 考えさせている感覚なんですよそれは脳が考えてるに決まってますよ当たり前です
けれども脳が考えたものを口から出すって言うんでは こういうふうには喋れないなって感じがするんですよ
今とにかくねっいいんであのねー 5時50分に起きて娘を送ってきてゴミを出した後にこれ喋ってますから
これを喋り終わったら即座に寝るっていう状態なんで何にも考えられてないんですね 私の頭ではまともにはだから基本的に本当に口の音
あのなんかエクボできるあたりあるじゃないですかあの辺が考えている感じで喋っている わけですよ
そういう時が一番なめらかに出てくるんですね だから当然何かを用意しているとかノートがあるとか論外なんですよ
ノートを目で読んでいたらもう全然口は考えてくれないわけですね この感じってあるんですよ
たぶん右脳がとかっていうことにどうしても脳でねいきたいということであれば右脳がって ことになるんでしょうね
今ちょっとマトリックスを思いついたんですけどちょっとここはねとっておこうって言っても無理な 口にはね記憶力がないんですよ
残念ながらだから思いついた順に喋っていくより他仕方がなくて意外とその順番が良かったりも するんですけれども
とにかくそういうことなわけですね ものすごく多弁でしょう私ここの中で誰かと会話しているわけでもないのに
全く途切れることがないじゃないですかこれは口が喋っている口が考えている 口が動くに従って動かしているからこういう風になるわけなんですね
通常でこれをやったら多分割と鬱陶しくて騒がしいだけのやつになっちゃうと思うんですけど 通常私一応頭で考えて喋ったりしますから
だからつまらなくなると思うんですけれどもね あのまた3ヶ月チャレンジのセッションは別なんですよ
あれはこう情緒で喋ろうと一生懸命頑張っているのでこの速度に比べると多分1 8分の1ぐらいまでは落ちるんだ今8って何で出てきたのか私は
わかんないんですよ 測ったわけでもないくせに1 8分の1っていう数字が出てきたんですよ
こういう感じなんですよねでも出てきたのはどこかというと口なんですよ 頭に8っていう数字は全く思い浮かんでないんですね
8という数字を頭に思い浮かべてからそれについて読むってことをやるとおそらく本当に 8かっていうそういう突っ込みが頭の中で入っちゃうから言い淀むはずなんですよね
それが起きないというのはつまり口が考えて喋っているからということに必要なるわけです 私の表現を使えばですね
まあ youtube お願いいたします で本題に入って今までのは前置きですからね
何をどう前置いたのか youtube のこと喋ったなぁ以外は何も覚えてないんですけど私の 頭はてか私の頭今何も覚えようという気がないんですけれどもね
8口が喋っておりますで今しから話したいことを話したいことはないんだけれども何も ないですよ頭の中には話したいことはないんですけれども
そうそうさっき言ったノートを取りたくないとその前にマトリックスの話しましたね私 あのマトリックスってすげーひどい詐欺だなって思うんですよ
あの作品あの作品は意味が先にあるじゃないですか それがそもそもものすごくおかしいわけですよ
現実というものがこの世にあるというのであればね あの世界現実が一応あることになってますから何もないとはいうふうにはあの
描かれてなかったですからねどういうふうに見たとしてもですね 何かはあるわけじゃないですか
その意味が先にあるということ自体がおかしいし それに社会的な意味が付与されているのはいよいよおかしいと思うんですね
いやそれはあなたその映画だからいいんですけど あなたそれ映画監督の意味付けを人間すべてに押し付けようとしてるじゃんっていうことになるわけですよ
天球天空に黄色い光の玉があるからってそれを太陽だと認識すると誰が決めたんだって ことなんですよね
みんながそう言ってるじゃんって言うかもしれないけどそれは人間勝手にそう言ってるんだって 他の動物に聞けば全然違う答えが返ってくるかもしれないわけですよ
我々は社会的認知をもって真実の代わりにするっていう離れ技をやってのけてますから 例えばだからよく言う交差点に入ったらそこを交差点だと認識しちゃうじゃないですか
私たちはそれができなければ車の運転でできないんですよ でも交差点でどこから入ってるんだよっていう交差点の形なんて一応じゃないですからね
4サローばっかりであるわけじゃない5サローも6サローもあるわけでなんなら3サローもあるわけで でそういったものは全て交差点なんだけどその交差点はどこから始まっているのかっていう
定義という定義はあるのかもしれないけど多分定義なんか意識している人はほとんどいないと思うん ですよ運転中にしかし交差点に入りますよね
我々は絶対そういうことはあるんですよ 交差点前後5メートルには駐車にしては駐車違反になるっていうのも当然なんですよ
めちゃくちゃ危ないんでああいうところに車止まってると止めちゃう車はありますけどね でもとにかく危ないわけじゃないですかこれは運転手ならみんな知ってるはずのことなんで
概ね知ってるはずのことですね つまり交差点とは交差点であるというのを
if にマトリックスみたいに信号で全員同時に10日に出すということで成立させるということが本当に できるというならばこの世に統合失調症の人は誰もいなくなるんですよ
一体マトリックスで見ている現実を見ている人たちとマトリックスの中ですら統合失調症で 幻覚を見ている人どうやって作り分けるのかってことですよね
幻覚と空想は違いますからね幻覚と夢も違いますからね 夢の例えばマトリックスの世界で事実上夢をみんなが見てる集団で夢見てるわけじゃないですか
しかもその信号はなぜか1個みたいなところがあるわけじゃないですか 2人の人間がいて共通認識を持つということは同じものを見ているという前提に立っているわけ
ですけど あのマトリックスの世界では完璧に同じものを見ちゃうじゃないですか
一人一人の異なる主観というものがない世界ですよねすべての人が同一の意識状態で 生きているようなところがあるわけだから
つまり意識というのは信号によって作り出されるものだから で我々の現実世界というのは多分ああじゃない
つまり現実というものはほとんど意識に入ってこないはずなんですよね 無視されている現実がほとんどですよね
あのマトリックスの世界って無視されている信号ってものがない感じの世界だと思うんですよ
であの我々は目は重要機関だと思っているし 鼻も口も耳も重要機関取り込む機関だというふうに考えてますけれども
まあそれが逆転すると幻覚が見えるってことになるわけですけど 幻覚ってそうですね心の中にあるものをある意味目を通じて外の世界に
映し出してしまう まあこれから投影なんだけど作り出してしまうと幻覚になるわけですね
ということはつまりあれですよ あのプロジェクションマッピングっていうのかな
あの プレゼンテーションするときにスクリーンあるじゃないですか
あのスクリーンがあれば投影なければ幻覚なのかなって感じがするんですよ だからやってることは近いんじゃないかと思うんですよね
いずれにしても目という機能を逆転させている あのマトリックスの世界って受信してばっかりいますよね人間はね信号
だからみんな正気のはずなんですよね 狂気の人がいない世界になっちゃいますあれではでも狂気の人はいるはずだからこの現実
には狂気の人って言われている人がそれが狂気というのはなぜかというと 目の使い方が逆だったり耳の使い方が逆だっていうことを言ってる
私はその youtube の中でですね肌の使い方が逆だからアトピーになったっていう理屈 すなわち私にとって世の中のアトピーというのが定義上はそうではないかもしれない
けれども私にとってはアトピーだと言われたところの私自身の皮膚病は精神病 だったと言いたいわけですよ
まあ身体精神病というですね言葉を松木国宏さんがだと思ったんだけどパーソナリティー 障害の本の中で書かれているのでそれにのっとって私はああいう見解を自分で自分に対して
出してみたという話でしかないんですけれどもそういう話なわけですよ つまり受診機能受診機能を持つはずのものが発信機能を持っちゃっている
アトピーというか皮膚の上にかゆみというものを作り出してしまったわけです でこのかゆみというものはしたがってですね
この世でかゆみと呼ばれている感覚とはおそらく違うんですよ このようにして私はさっきマトリックスを批判したんですよ
マトリックスのように世界ができているというなら私にかゆみという信号を与えられれば 痒くなるこの場合のかゆみというのは全世界の人にとって共通のものじゃないですか
でも私はそれは違うと思うんですよねそういうのは社会的な制約というか社会的な 共通言語というか社会的な約束ごとに過ぎなくてつまり他の人もかゆみだと言っている
なんか爪を肌に立てているなんだか知らないけどボリボリという音がする なんだかこう虫がたかっているああいうやつを全部かゆみとああそうかあれがかゆみなんだな
みたいな感じで他の人がどういう感覚でいるのかを本当の意味では知らないくせに 我々はそれを同じような感覚だと勝手に納得することに決めてるんですよね
だと思うんですよ実態は決して同一の信号を同一のように受け取っているから つまりかゆみと全く同じ感覚であるものをお互いが言葉を使って述べているわけでは決してないと思うんですよね
現に私自身にアトピーだった時代にですね この肌のこの上のこの感覚は一体何なんだろうっていうことについてものすごい考えた
十数年はそれについて考えてたという気がします だから全然学校の成績とか伸びないんですよ
ちなみに学校の成績が良くならないということの意味をですね 多くの人はすごく誤解していると私は思うんですね
それはそんなことやってる場合じゃないってことなんですよほとんどの場合僕はそうだと思うん ですよね
私自身全然大学に行った頃とかはもうまともに授業なんかほとんど出ていなかったんだけど それは肌描くことに忙しかったからに他にならないわけですよ
そういうふうには人は理解してくれないんですよね 肌のことなんて気にせずに勉強に集中しなさいとか意味不明なことを平気で言うわけですよ
これがいかに意味がわかっていないかというのは その人だって私と同じ事態が発生すれば肌描き続けるに決まってると私は断言できるぐらい
それがどういう感覚だかを知っていたから だからそういうふうには考えることは不可能だと言って私は基本的にはですね
私もよくよく見落とすしよくよくやらかすし やらかすことも非常に大事なことなんだけれども
つまりさっき言ったような勉強しなさいというそういう言い方をしちゃうということが親の機能として超大事なんですけど
これは厳しくするって話では全然ないですよ 親は私のことを理解できないという体験を子供はしなきゃいけないって意味なんですよ
そうしないと親は私のことを全部わかってる これと同じことを言いに行くとか言ってますよね
精神分析家は間違った解釈を施すべきなんだ 私が黙ってると私が何でもわかってるというふうに考えるだろう
あれは全くそうだと思うんですね だから私も勇気いるっていう面はあるにせよ
3ヶ月チャレンジとか100日チャレンジとかのセッションで何とかそこそこいけそうだと思った解釈は
相手に対するインパクトがデカすぎないだろうなと これもまたわからないことなんだけど
思ったら口に出すっていう努力はするようにしてるんですよね
松木隆一郎さんと藤山直樹さんははっきりと 転移解釈ができるときに解釈しない
それはダメですみたいな なんか即答なんですよねあの辺がね
2人ともそれはダメです それはダメですみたいな感じで
それ本当にダメですかねみたいな
なんか細澤さんがいろんなところで食い下がるみたいなことをやってるんだけど
基本的にはやっぱそれはダメなんだろうなと
私は精神分析家じゃないからちょっちゅう言い淀む黙るみたいなことが起きるんだけども
基本的に転移解釈ができるときにしないというのは分析家だったらありえないみたいな感じなんですよね
でも私は分析家じゃないからありだって思っているし
でも一生懸命頑張ろうと思ってるんです
なんとかこうここで喋るって
そしてやっぱりこういやそれはちょっとって言われた時には割とドギッとするんだけど
でもこれがないと非常に困ったことが起こるんだっていう
お互いがお互いのことが分かっている分かっている分かっている分かっているになってしまって
そして何も分かってないっていう
それはそれで大事なんですけどね
だから大事やないシーンってないんだけど
だから親が子供を雑に扱うシーンっていうのは
やっぱりどうしても欠かせないというか
実現してしまう
昔の昭和の親なんてそれがオンパレードだったなと思わなくはないんですけど
とにかく親ってのは私のことが分かってないんだということを
よくよく理解する必要があるわけですよ
かじみなんていうのはまさにいい例でして