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おはようございます。 佐々木正悟の精神分析的ラジオです。7月になりました。7月1日水曜日8時9分です。
はい、今日はですね、早口になっていることからもわかるように、もはや20分しか時間が本当に全くないので、あのー、すぐに本題に入ろうと思います。
で、本題は、えっとですね、 まあこれも余計なお世話なんですけど、
私はやっぱり、山崎隆明さんとのイベントを通じましてですね、 あの、これはもうライフハックとCBTは、
協力を無理にしてもですね、あの、適応しない、特にまあ適応されている感が、 脳の医者のことですね。脳の医者って、あれなんですよ、私が前からこれは思ってたんですけど、
心理職にとっては、もう、 狩り場?いや狩り場はちょっと良くないな。
とにかく、あの、肥沃の地だと思うんですよね。 第一に、脳の医者ってカウンセリング受けるんですよ。
密かにかもしれないけど、絶対僕は受ける人が、普通の率の10倍ぐらい高いと思います。 だから脳の医者、脳の治療って、すごいもったいないと、
まあ僕余計なお世話だったので、そういうことは別に心理師じゃないんで、 心理職の人が、社会正義観とか倫理観からってのはわかるんですけど、
わかるんですけど、でもそんなことを言ったらですね、 あの、もっと他に言うべきところがいっぱいあると思うんですね。ある意味では。
脳の医者はって、まあ広範囲じゃないですか、 特に限定しているなら、ライフハック系と、あれですね、
スピからやや遠い、物をあまり扱ってない自己啓発系の脳の医者と、その周辺は、
僕は心理師の人は、まあ仲良くとは言わない、協業とも言わないけど、なんか敵対視したり、
なんかこうマシンガンで撃つとかはすると、たぶん、なんていうのかな、それはある意味潜在的な顧客に向かって、
あのマシンガン撃ってるようなところがなくもないですっていうふうに、いやそういう客はお断りだってなら、まあしょうがないんですけど、
で、この話はなぜわざわざというか、余計なお世話なんですけど、こういう話をしているかというとですね、
あの、最近ちょっとずっと思ってたことであるんですけど、喋ってても思ったんですけどね、あの、冒険としてのカウンセリングと作戦会議、
いや、わかるんですよね。そういう名称にするからこそ、あの本はベストセラーになるし、私は野々医者のくせにそういうブランディングが下手っぴだから、
今なにこう、やべえ来月のクレジットのお支払いはどうすればいいんだろう問題とかにハマるんですが、でもですね、なんかやっぱりあの、
特にこう作戦会議っていう方が、伊藤恵美さんっていうね、CBTの応募書の方もなんかこうチクッと指してましたけど、
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あのですね、でもね、あの言われ方だと多分やっぱりなかなかあれなんだろうな、あればっかりでしょうがないんですけど、でも僕の側からするとちょっと違う意味がありまして、
ケアとセラピーっていうのも、まあでもやっぱり分類っていうのはそういうことではあるんですね。僕はやっぱりここのところ3ヶ月チャレンジやってて、
ケアとセラピーって分けられないなっていう、これはこれも余計なお世話なんですよ。
同じじゃないのは確かだけど、そんな使い分けるとか、そんなことはできないなっていう、そういう文脈に果たしてあるだろうかと。
まあそれはこれだと党派と批判みたいになっちゃうんですよね。そんなつもりはさらっさらない。僕に彼を批判する資格はどこにもないと思うんですけれども、
だって3ヶ月チャレンジって彼の普通の相談がなければ、多分僕立ち上げられてないんじゃないかって思うぐらいなんで、もう何か
恩しかないみたいな人に向かって何か批判するってどうなのって、やっぱ人間的に思っちゃうじゃないですか。そういうわけで、しかも批判したいという気も批判しているつもりもないときているんで、
まあだからですね、その冒険としてのカウンセリング、あとケアとセラピー、であと作戦会議、これ名称なんだなっていうふうに思うんですよね。
僕の頭の中では、これらは採用すると何かこう、頭が混乱してくるんですよ。つまりそういうことなんですよ。この名称を取り込んで考え始めると、最初はすっきりできる気がするんだけど、
何かちょっと経つと、何か10分ぐらい経つと、頭が混乱に陥ってきて、何かこれはやっぱり無理が少なくとも、私の中で、私がやっていることに対しての整理法としてはね、
難しくむしろなっちゃうなっていうふうに思います。まあこれは批判ではないわけですよ。僕がそもそも間違っているのか、頭が混乱しているだけなんでね。
で、その、ケアとセラピーについて今日コンコンと話している余裕はどこにもないので、ちょっと今日はほんとあっさり目でいかざるを得、しかし話は実はあっさりしてないんだが、
タスクシュートじゃなくて、ライフハックとCBTはイベントではもう本当に酷似している。酷似しているということはですね、私は今日はここがメインテーマでいいと思うんですけど、ライフハッカーの人たち、特にライフハックでオンラインサロンを開くような人たちは、
すべからく、あーこれも何かの批判みたいになるな、すべからく他の何よりもカウンセリングを受けるべきであると思うんですよ。
ただそうするためには、おそらくカウンセリングができれば保険が効いてほしいであろうから、ライフハックの人たちが1年復帰してもそうはいかないかもしれませんけど、
国にでも働くわけでですね、こういう私がやらないことを人に勝手に進めているわけですけど、これ保険が効くようにならないとやっぱりダメだなっていうのをね、最近思うようになりましたね。
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何でかっていうと、今って山崎さんは、それは負の側面としてはその通りなんですけど、たらみ回しって表現がありましたよね。
困っている人を包括的に地域とかで様々な専門家が分担してケアするというのは一見いいけど、それは低の良いたらみ回しだと。
しかし僕はさらにもう一つ山崎さんがあの日おっしゃらなかったこととして、そのたらみ回しの回しの中に心理師はいないっていうね、なぜなら心理職は保険適用外の職業だからなんですね。
一部、でもあれは全く意味ない。ここで喋っておきますと一部知ってますよ。CBTのテストには保険効くんでしょ。こんなのはでもそれはカウンセリングじゃないじゃないですか。
それは心理テストに保険が適用される。しかもただでもないじゃないですか。保険が適用されているだけじゃないですか。
だから何かこうミソッカスみたいな扱い。古いこの言葉は。小田谷さんがですね。もうそういう扱いなんですよ。心理職というのは。そのおかしいじゃないですか。あれもともと包括的に見るのの中核ぐらいに心理カウンセリングがいて叱るべき話じゃないですか。
なのに心理カウンセラーは精神科医がいてなんかこう地元の保険所のセンターの人とか比較的裕福な市だと生活支援センターってところから手厚いんですよ。あとPWSでしたっけ。相談員と俗に言われているケアマネージャーみたいな人もいるわけです。
まあだから十分じゃんって言われるかもしれないけど、口頭による相談を受けてくれる人って実はいない。いや口頭にやってくれる人はいますよ。いますけど、これを僕はですね。まざまざと自分の肉親のことで思い知ったんですよ。
うちの肉親はその確かに投薬は受けている。治療も受けている。手厚く面倒を見てもらって大変ありがたいし文句言う筋合いではないかもしれないが、なぜ私からすれば最も必要であるはずのこの心理相談を受ける人は誰もいないんだと。それは保険的要害ですから。
つまり何とかの2級とか何とか手帳とかをもらっても心理師にあるんですけど抜け道みたいにでもなんか抜け道みたいなんですよ。その自然の公活プログラムが組まれていきそこにあそこに預けておけばようやくこうまともなと言いますかちゃんとこうすごい良いんですよね。
だけど結局話とかも聞いてもらっちゃうわけじゃないですか。聞いてもらっちゃうんですよ。でもそれは気の良い相談員さんなり気の良い支援員さんなり何なら気の良い精神科医さんなり残念ながらまだちょっとお目にかかったことはないんだがの行為で話を聞いているに過ぎないわけですよ。ある意味では本当ならそういう話は心理師さんに持って行ってくださいねなんだけど心理師さんはこの輪の中にはいない。
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何なんこのトラップみたいな感じなんですよね。この状態が心理師さんたちの知名度というのか市民認知度を著しく下げてるなって思う。我々ケアマネジャーとか相談員とかむしろもっと福祉の勉強をしてないと知らないような人たちの名称は結構今ほら高齢者介護の関係で知ってるわけですよ皆さん。
なのに心理師、高齢者介護がメインで考えられてたからここではということはあると思うんですね。だから心理師じゃないって感じなんだけどいや心理師はしかしそこに劣態に登場する登場人物じゃないかもしれないが当然いて叱るべきだろうっていう叱るべき人がいないんですよ。
それは害虫ですってこと。要するに害虫ですってこと。パックの中に入ってませんってこと。でも害虫だから害虫から入るしかないと思うんですよね。外の専門家。で僕はそこの一番の顧客がライフハッカーだと思うんですね。
なぜならライフハックの人たちはまず相性がいい。間違いない。だってライフハックで考えてる人たちがスピでない方向、特に自己経営でもあまりない方向をいわゆるライフハックスキルみたいなものでやってるのはCBTとほぼイコールだよねということで土曜日のイベントでは議論が決着した。議論が決着したのはただ私と山崎さんの間でそうだよねそうだよねって言っただけという話もありますが
私これはほぼ間違いないと思う。ということは最初から相性いいわけじゃないですか。だって自分たちが好んでやってることは心理カウンセラーが専門的にやってることと被ってるんだから相性いいに決まってるわけですよ。1位。2位。そしてライフハッカーの人たちは知らず知らず自らの緊張感を高めていってしまう。
3位。そして当然その結果なんですけどその結果でもありながらもちろんライフハックの人たちが先進的だということもありますが合理的だしね。現実検討の検討力は極めて高い。で合理的にものを考えるから社会適応も一般的なですよ。それによってむしろ損なうという残念な。だからなんですよ心理師がいるって思うのは。
話は合う。社会適応度高い。つまりお金払うことができる。そしてテンションが高いから必要性を持ってるんですよ。1位挙げますね。最近昨今流行りのAIで心の底ですよ。自分置いてかれるんじゃないだろうかって思ってクラウドコードだ。チャットGPTだ。ジェミニだ。最新のバージョンを全部試していかなければ気が済まないみたいに。気が済まないというのは脅迫的な心声の日本語の表れです。
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そういう風になりやすい人ってのは緊張状態が高いわけじゃないですか。そのタイミングでは傷ついてないかもしれないけど容易に傷つきうると思うんですよね。これは自己愛的傷つき。自己愛ってのは私大好きだから傷つきやすいんですってそういう人じゃないですよ。
自己愛的傷つきというのはまだ何も直接的な被害を受ける前からすでに傷つく状態を自分で作っちゃうみたいな話です。だから簡単に言うとこういうことですよ。
プレゼンでAIの話で下手なことを言って厳しめの超AI専門家みたいな人からそれこうなんじゃないですかって言われてみんなの前で恥をかかされるということが恐ろしいからめちゃくちゃAI勉強するぞみたいになるというのは非常に自己愛的なわけですよ。
だって自分の世界の中だけで勝手に傷つくことを予期してそれに向けてリビドを高めてテンションも高くして急に勉強を始めちゃうというのは非常に自己完結的世界。この自己完結的世界をリアルの世界と簡単に被らせていくっていうところに自己愛的な要素ってある。
これ自己愛そのものとはちょっと違うと思うんですけどね。こういうところで傷つきやすい人というのは無論内的テンションがとても高いわけですよ。いつもいつもある意味警戒してる面があるから。だから脅迫的に脅迫っていうのは結局外部が信用ならないというか不安だからがっちり身を固めておくぞっていうテンション高いじゃないですか。
だから私が昔やったみたいになんか膨大なチェックリストとかを作ってこの皿はここをチェックする。このサイン便所ではここの水跳ねをチェックするみたいなことをやっていてつまりテンション高いわけですよ。それは当然そこまでやったにもかかわらず奥さんがちょっと水汚いんだけどとか言われてカチンときて勝手に暴発するみたいなテンション高いじゃないですか。傷つきやすいじゃないですか。
心理職にやっぱりこれは向いた人だと思うんですよね。ということはつまり心理師に相談するのにも向いたところがあるということなんだと思うんですよ。
なのでこの線から皆さんがどんどん行くと3ヶ月チャレンジだっては1つの倍の奪い合いが起きるんでちょっと微妙なところもあるんですけど僕は3ヶ月チャレンジはそういうところにはないと思ってるんでそれは僕が勝手に思ってて皆さんがそう思っててくれなければ同じことが起きるんだけど。
でも私はそういう短期力動フォーミュレーションとかCBT的なそれこそ心理テストみたいなものとは自分の3ヶ月チャレンジは別物だと思っててここでさっきの冒険と作戦会議ケアとセラピーみたいな要するに僕は冒険側だしセラピー側だってことに東方さんのテーマではなるんですけど僕が言いたいのは僕はケア側とかセラピー側という区別はここに持ち込んでも
あまりしっくりこないなっていうかいやその通りなんだと思うんですけどねその通りなんだと思うんですけれどもでも私がなんてパイの奪い合いには実質ならないはずであると考えられるかというとそれはケアをやってないからとかではないんですよっていう話なんですね
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そしてiHackの人たちに対して心理師の人たちにお願いしたいというのはちょっと語弊があるんですけど別にお願いしたわけじゃないんでねでもまああえてここでお願いしたいと思っているのはケアだけやってほしいとかではないまあケアはもちろん入りますよテンション高すぎるわけだからAIで取り残されそうですっていうことに対してもAIで取り残されそうですっていうことに対するケアってどうなのかと大丈夫ですよって言えばそれで済む話じゃないと思うんですよね
実際に現実検討のレベルは高いわけですからこれはつまりエソラモードじゃないっていうことなんですよだけれども今の心理職の人たちで見ていて私が非常にこうなんとなく違和感を一つ覚えるのはですねまるで心理職というのが何か公認会計士か税理士さんみたいに見えてくる時があって
それは何かこうそこをやられるとまた心理職の部分に空洞が開かないかっていう懸念をこれも余計なお世話なんですけど思っちゃうわけですよね例えばAIの人たちにここが難しいんですよ戸畑さんもそこを微妙な書き方されているから例えばAIが流行っていて私はいろいろ勉強してるんですけど不安は消えないんですと心理相談来たとするじゃないですか
それですごく心理職の人が勉強されていて最近のクラウドコードこうですよねって話をするのは一見とてもいいけどそしてそれがある種のテクニックならはいいと思うんですけどそうじゃないじゃないっていうそれだったらAIの専門家のところにライハックの人は行くと思うんですよねやっぱり
そういう経験がないわけじゃないってことなんだけどそれはテクニックとしての話なのかそれともケアの一環としてそういうつまりこれはだから定義的状況を見ているのかそうでないのか本当に現実の話になっているのかっていうそこは区別できませんけどもね特に精神力動系となってくるとね難しいというのとはまだ違うんですけれどもやっぱりそこが心理の専門っていう部分なんだろうなとは思うんですよね
今日はちょっとねあんまり深入りできないからこういうちょっと曖昧もことした言い方で恐縮なんですけど本当はもっとちゃんと入っていかなければできない話をしてしまっておりますけれどもね要はあと数分でやめるからってことなんですけどあの要するにこれは冒険と作戦会議が同時並行的に進んでしまうと
あのカウンセリングとは何かではもう少し綺麗にきれいでもないのかもしれないがきちんと分けられるし分けるべきだというニュアンスがなくもなかった気がするんですけれども僕の読み違いの問題もありますがでもですねちっとも全く分けられないんじゃないんだろうかって感じがしてということではない区別がそこにはあるんではないだろうかって感じがするんですね
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で私はそれはつまり要するに浅いとか深いはここで申し上げたようにあの言語化しやすくて思い出しやすい記憶にまつわる課題なのかそれとも言語化ほぼ不可能で少なくとも非常に難しく思い出すのも大変困難で夢の報告とかまで導入しなければならないような記憶のつまり古い記憶ってことですねこれを深い浅いつまり近い遠いって話に限りなく近いと思うんですよ
で遠い記憶をわざわざ掘り出さなくてもいいじゃないかっていうのと遠い記憶にこそ課題があるんじゃないかっていうのの違いがつまり冒険か冒険かどうかみたいな話になっている冒険は遠いわけですけれども
でもですね私は近いところから結局遠いところに行くことにならないわけであってこれは多いところと近いところを扱うって話なのではなくて
止めるべきだと考えるか考えないかの違いなのではないだろうかっていうそして止めるべきだと考えるということに一定の根拠がもうこれだからCBT的じゃない今CBTはむしろ止めないべきだっていうスキーマ両方ですね
方向に向かっている気がするんだけど私はですねこの止めるべきだと考えるというのはやっぱりブリーフセラピーみたいな考え方が近いと思うんですよね
短期で切り上げるべきか長期に渡るべきかっていう話そしてそれは最初から決められてしまうというケースも多々あると思うんですけど
クライアントさんが本題は決めていいことだと思うんですけどここで倫理と策取みたいな話になってくるんですよねそして私はでもそこに深入りするとズブズブになっちゃうから
基本的にはそれこそ作戦会議だっていうことになるんですけどこの作戦会議においてそんなにはっきりしたことがわかるはずはないだろうと思うんで
一つに私の主義としてつまりブリーフですっていう人私は主義として逆ですから遠くに行くことを前提にするこの2派とどっちでもやりますよという一派がいて
このどっちでもやるっていう人たちの場合は正規がいいだろうと思うんですよねこれは絶対じゃないですよ正規のほうの人が倫理のことにはうるさいことになっているし実際そういう縛りを持っていらっしゃるんで
近くも遠くもやりますしやれますって言うんだったら決めなきゃならないじゃないですか私のように基本遠くに行くんですっていう人間の場合1回とかをやることはありますけれども
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それは対外の場合何かのサービスだったり無料だったりしているんで1回っていうのはです1回が無料とは限りませんけど1回っていうのは僕の中では例外的なオプションなわけですよ
この辺のことをちょっと今考えていてサンチャレについて考えてるわけじゃないですよこれを私はタスクシュート界隈ライフワーク界隈のことについて考えてるとき
メインで私がやっていく仕事ではないかもしれないんでだから余計なお世話だって言ってるわけですけどさっきから繰り返し余計なお世話なんですけどお前がやるんじゃないんだったら余計なプシ出ししてんじゃねえってことになるんだけれども
まあまあちょっと今そういうことを考えてみたということなんですよ
でもこれは要するに尚方さんがおっしゃってることと何ら変わってないのかもしれないですね