1. 佐々木正悟の精神分析的ラジオ
  2. コーチング受けました
コーチング受けました
2026-07-02 41:15

コーチング受けました

そこで見たのは逆転移でした。
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感想

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00:06
おはようございます。佐々木正悟の精神分析的ラジオです。 7月の2日、木曜日、雨がざんざか降ってます。朝の7時30分です。
はい、えーとですね、あの、お知らせがあります。 まだちょっとね、準備がもうちょっとなんですけれども、
3ヶ月チャレンジ、第14期の3ヶ月目に突入しましたので、 第15期の募集を開始したいと思っております。
で、いつも通りお試し4回というのを させていただきますので、こちらが25,000円ということになって、
このお試し4回25,000円で、 まあ3チャレやってみたいということであれば、この4回分は無料ということになり、
3チャレは25,000円引きの5万円から、
お申し込みいただけます。税別ですけどね。 だから5万5千円で3チャレ、まあそれまでに2万5千円お支払いいただくことになるんで、
まあそういうことなんですけどね。 7万5千円でプラス4回受けていただくことができる。
4回で終わっちゃうよという場合には、えっと2万5千円は返却しませんので、 2万5千円で4回だけお試しいただくと。
2万5千円割り切れはするんですけどね。6,250円かな? ということになりますので、プラス税ね。
6,250円プラス税。1回あたりにするとそういう計算になるんで、 まあそんなに1回の1時間のセッションが6,000円ちょっとなら、
まあ包外に高くはないでしょうと。 ちょっとね、お高めのお食事どころに行くと6,000円いっちゃいますからね。
今ね、東京とかだと1回の食事で。 まあだからまあ贅沢かもしれませんが、そのぐらいにはなりますということですね。
で、えっと、これはいわゆるカウンセリング業界の一般的な値段からすればやや安め、ややね。
あの高くない方では7,500円ぐらいでなさっている方もいらっしゃるんで、 そんなにすごく安いよとは言えませんけど、少し安いよと。
ここにね、なんかNPO法人とか何とかを投入していくと福祉的な何かになるんでしょうけど、 ちょっと今のところ3ヶ月チャレンジにはそういう側面はありませんので、
そうするとますますこうね、治療に近づいていってしまうんで、 結局福祉となって安くやる、それでもやるっていうのは医療じゃないですか。
そこまでやっぱり今行ってはいけないのではないかというふうに考えているので、 まあ今のところはここが落ち着くべき。
ただですね、保険が効かないんでどっちみち、 心理臨床というのは昨日も申し上げた通りでね、保険が効かないから福祉っていうには遠い状態なんですよね、今のところね。
つまりこれは日本国は人に心理相談することそれ自体を 医療福祉的行為とはまだ見成しきってないということになると思うんですよね。
03:09
これはもう、県会の総意とかではなくて事実、今のところはそうだと思うんですね。
だって国民健康保険が効かないんですから、 心理テストは一部効くんだけど、それは心理相談にはなってないと私は思うんで。
で、えっとですね、まあそれはいいとして3ヶ月チャレンジの第15期、 8月から8、9、10月の3ヶ月間ということになります。
はい、まだ7月始まったばっかりですので2日ですからね、 でも近々にやらないと4回のセッションを7月中に受けていただかないと結局ね、
8月からもう3ヶ月チャレンジになっちゃうんで、 そんなつめつめで無理やりやることもないんですけれども1回オプションでとっておいて11月に1回受けてもらうとかでも全然いいんで、
えっとそれはいいんですけれども、 まあまああのなるべく早く2、3枠だなとは思っております。
新規でね募集させていただけるのは今の私からすると、今後の夏ね、 異常に暑い、なんかパリでは40度とか言ってるじゃないですか。
パリで40度って、死人出てますよね、死者出てますよね。 いやークーラーがない世界で40度があり得るってのは恐ろしいですよね。
あの大変なことだと思うのですが、 ということなのでね、あの8月のセッションは厳しい恐れがありますので、
それも加味してまああと2、3名かなというふうに思っております。 はい。
後ほどこれはあのいろんなところで告知していきたいと思っております。 本題に入りましょう。
本題はですね、コーチングを受けてきた。 今日は本題に入りましょうとかがっちり言ってるのはね、これがあるからなんですよ。
コーチングを受けてきたっていうのは精神分析的という内容としては非常にこう、 あの最も逆に言うと遠い、ワンオンセッションであることを除くと、
共通点は何もないんではないかという感じがするほど、 やってみていろんな違いを感じ、面白かったといえば面白かったわけですが、
そのコーチングを受けてきて、まあ私はでも、 今回無料でお試しみたいな感じの30分だったんですね。
まあ事前の説明を全部入れると60分ぐらいにはなっていたんで、 まあ30分とは言ってもですね、
あの接している時間全体で、まあこれを見ようってしちゃうところがやっぱり僕の精神分、 力動的なあの方の人間だからなと思うんですけれどもね。
コーチングを受けてきましたと。
まあ内容まで全部ガシャガシャ喋っちゃうことはどうなのかちょっと考えてみると聞いておかなかったんで、
後ほど聞いてから考えようと思ってるんですけど、
まあ僕はね、あのぐらいの内容であれば、 録画した内容そのままインターネットで世界中に出していただいても一向に全く構わないので、
06:04
あのセミフォニア主品にもあるらしいんですけど、 私の方にはないと思うんで、
これは3カ月チャレンジだって同じですよ。
だから私に受けて私にされたのかわかりませんが、 私との会話内容をご希望であるならば外にそのまま出していただいても、
私は文句は言わないし文句は言えないと思っております。
私の方は一切出しちゃダメだと思って、 ここは編無性だと思いますので、
あのカウンセリングってそういうもんなんですよね。
だから私が何をその時に喋ったとかは、 外では全部言っていただいて、
本人が構わなければね、一切言っていただいても、 私に止める権利はないと思うんですね。
でも、私はそれを全部一切やっちゃダメだとは思ってやっています。
僕はこれはコーチングにもそのまま適用できると思っているので、 今日喋るわけですけど、
中身については別に先方にその主品読みについて一切聞いてなかったんで、
中身については今日はあんまり喋りませんけれども、
外見についてはこれはいいだろうと思うんで、
その体験について精神分析的なところから見たら、 どんなふうに何となくですけれども見えるのかっていうことを、
このラジオの方には興味あるだろうと。 一般には興味ないですよね。
コーチングが精神力道から見るとどう見えるのかなんて、
しかもそのわずか30分の無料サンプル一例から何が言えるんだって感じで、
だからこれはラジオのヨタ話だと思って聞いていただくのが一番いいと思うんですけど。
まずですね、私がまず何よりも感じるのが、
やっぱりゼロをプラスにするとかマイナスをゼロにするとか、 ああいうことは全然感じなかったなと思います。
で、私はやっぱりもっぱら精神分析的にそういうものを今は体験してしまう。
少なくとも今は絶対そうなる。
おそらく今後永遠にそうなると思うけど、
ここにはもちろんある種のバイアスがかかっていると言うべきなんでしょうけど、
バイアスがかかっていない人なんていませんから、
当たり前ですが私にああいうものが施されれば、
それも精神分析みたいなものに感じられちゃいます、私だったら。
それは本当の精神分析ではないとか、それはそうに決まってます。
コーチング受けたんだから言われるかもしれませんけれども、
そんなことは関係ないです。
私にはあれがコーチングを受けたという体験そのものとしては残らず、
やっぱり精神分析的な体験としてまず実感されると。
その上で言うとですね、まず転移が起きてます。
ただし、これは私は言葉の厳密な意味で使いますが、
転移は私には気づかれません。
私に気づかれるものはそれは転移ではないと私は一意を見出します。
これは非常に微妙でして、人によって言うことは違うし、
明らかに転移に非分析者、つまりアナライザント、患者さん、クライアントさん、ユーザーさんの方で
転移に気づくという学科の人だっているし、
それもそれで否定できるものでは全くないので、
09:01
気づいてる転移があるんだって、それはあると思いますが、
私は今日ここではBionのそれに相当習って、
私が気づいたものは一切転移と見出さないということにしておきます。
で、私が逆転移っていうのはいかにもおかしいんで、向こうがコーチですからね。
コーチが逆転移っていうのもどうなのかと思うんですけど、
一応ここではそこまで言わないことに一旦して、
つまりあれを精神分析だと見立てれば、向こうが分析家だということになりますので、
では逆転移はあったのかと、この話が今日のテーマになると思っているんですが、
ありました。これも先方は気づいていません。
これは力量の話とか分析の話ではなく、ここでは先方が気づいたものは役割応答か何かであって、
逆転移とはみなしませんという定義にします。
無意識というのは潜在意識とかじゃないんです。
全意識の奥の方にあるやつとも違うんです。
無意識は無意識。意識できないから無意識。
なので、逆転移は先方は気づいてない部分を逆転移とします。
で、私はそこに注意を自然払うようになってるんだなと、まず。
別に私はここで逆転移に気づくぞとか思ってやってたわけじゃなく、
なるべくコーチングの流れに乗って、なるべくコーチを受けるという流れの中に最大限身を置こうと意識できる部分においてはね、
していたんだけれども、やっぱり逆転移というものに強烈に触れていくっていう体験をしました。
これはもう間違いなくしました。
むしろ、初回だからってことはあるんですけど、初回だから
不快な部分も含めてですね、不快があったっていうことは先方は嫌かもしれないけど、
この種の不快感というのは、転移逆転移における不快感は無意識に進行するものなので、とどめようがないんですね。
で、私は人と人が接するんだから、それはβ要素なんだから、これも言葉のかなり精密な意味だと僕は思ってますが、β要素なんだから、そこに不快感がないというのはおかしいと思うので、当然あったというふうに考えます。
そして逆転移的なものというものが私には実は強烈に感じられたのは、おそらくは相手が精神分析家ではないからなんです。相手の人がね。
精神分析家ではないので、ここでそういうものが起こるということについては、私はやっぱりかなり無防備だったというふうに感じます。感じました。
それは当たり前なんですよ。だってコーチングやってるんだから。精神分析やってるわけじゃないんでね。
精神分析やってるつもりもお互い全くない。私も全くなくはないけど、基本ないわけですから。
そうすると転移逆転移について、いろんな意味で注意を払う必要がないわけじゃないです。
そっちに注意払ってると今度コーチングがおろそかになるから、多分あの流れだとね。だから絶対そういうことはないわけですよ。
まず一例を挙げますと、私も非常に3ヶ月チャレンジで全く人のことは言えないというか、人のことは言えないというか、そもそも向こうにコーチングやってるときにはそれは問題じゃないんで、むしろやるべきだからいいんですけど。
12:12
当たり前ですが質問が非常に多いですよね。質問は明確化というふうに、精神分析では全ての質問が明確化を意図しているわけではありませんが、
やはり明確化を意図した質問というのが、私の体感では30分にしては精神分析と比較すればってことになるでしょうけど、100倍ぐらい多い感じがします。
私は質問をなるべく減らそうとあれでもしてるんですよ。本当にお前どの口が言うって言われると本当に恐縮で、それこそ穴があったら入りたい的なところもないわけではないのですが、
質問はなるべく僕は控えたい。質問は解釈じゃないですからね。精神分析にのっとりたいということではないんですよ。
もはや精神分析における質問というのはどういう意味を持っているかを意識してしまっている以上、非常に私はそういうタイプの人間だし、聞きたがりだし、ポキシは猫を殺すタイプだから質問したくなりますよ、私はね。
でも質問をするということは、いろんな意味で非常に問題が多いとは決して言わない。精神分析は質問しないとかじゃないからね。質問しますが、多すぎるということは、多すぎるというのは誰が決めるのかというと私が決めるんです。
自分として多すぎるなというのはダメなんですよ。やっぱりそれはだからコーチングでダメとかいうことでは全然なくて、コーチングでは引き出すあれは多分技法は絶対中核にあると思うんで、質問は多めになると。
その質問をされている中から転移と逆転移が起きてしまうと、これはもう絶対起きると私は思うんですね。この逆転移というのはコーチングの人は気づかない。気づくんだったらそれは逆転移ではないとここではします。美音に沿うと沿うというつもりでいます。
少なくとも私は逆転移は無意識であるというのは定義上絶対に欠かせないと思うので、意識されている逆転移というのはそれじゃエナクメントになってしまうので、エナクメントだって全部が全部じゃないとは思いますけれども、少なくとも意識されているのは転移逆転移と言わなくていいと思っておりますので、転移逆転移と言うからには転移は私が気づかない、逆転移は相手が気づかない。
でも私は気づく。猛烈に気づかされるってことが起きて、つまり何がここから言えるかというと、この逆転移に気づきながら私は自分の転移を推測はできるということなんですね。そしてなかなか意外なことが、だからこの辺を先方に確認しておきます。
私に守秘義務がどの程度あるのかということは、これはさすがに迷惑かかっちゃまずいでしょうから、聞いておこうと思います。
15:11
それはとりあえず今日の話では良くて、つまり転移逆転移というのは当然のように起きるし、こんなに短い時間でも起きるし、この転移と逆転移が起きるというところに、これは私はお伝えしたことでもあるし、別に何の問題もないと思うんですけど、私は悩みを打ち明けるという形を取りました。
それがコーチングの形にかなっているのかどうかは知りませんけど、私は別に自分の目標とかゴールとかは一切ない、ないというかあるのかもしれないけど否認してでもないことにしたいくらい、あまりそういうものを持ちたくはないわけですね。成長動機みたいなものもそんなには意識したくない。どうしても必要な成長ってあるとは思うんですけれども、自分が取り立てて成長したいとは別に思わない。
余計なお世話だと思う。ゴール設定ということをいくら一応ということで終わった後どうなっていたいか、この質問自体が私には終わった後どうなって私はいたいんだろうというふうに素直には出てこないわけですよ。
どうしても終わった後どうなっていたいと、なぜこの人は聞きたいんだろうになっちゃうわけですよ。どうしてもね、コーチング受けてるんだけど、これを話すことは不可能なんだなっていう、無意識とは言いませんけど反射のように出てくるって言っても、反射は言い過ぎですね。自動応答みたいになってしまうんですよ。
この人はなぜ私が30分後にどうなっていたいかを決めてここで起きたいと思っているんだろうというのはどんな不安なのかしらというふうに考えるわけですよ。不安が一切ないというふうには僕は思いません。それがコーチの流儀だから型だとしてもなおそこに不安は見ます。
なぜならばこの問いを使わずにこれを私に意識させることはそう難しいことではないと思うんですよ。これをあえて言わなければならないという時にはその方は何かを不安に思っていることは100%間違いないと私は思うんですよね。もちろんこれは迫害不安ではなく欲打つ不安です。
この辺がどうしても精神分析的になってしまうんですよね。型が非常に似てますからたとえ全く違うことだとしても1対1しかいないプライバシーに最大限配慮されている時間が限定されていて特定の話について自由に話す。そっくりじゃないですか。ここまでにいればですね意識しますよ。
野球観戦に行ってるんだったら意識しませんけどそれは意識しますよこの状態。野球観戦に行ってたって私はここでやっぱりウィニコット出てきちゃいますもん。ここで遊ぶためにはとかって言い出しちゃいますもん。この野球スタジアムという可能性空間においてはってやっぱり考えちゃいますもん。それでも野球の楽しみは全然損なわれないしむしろかえって面白くなる部分があるからいいと思うんですよ。
18:03
ましてコーチングは本当に形式的にとはいえオンライン精神分析そっくりですからそうなってくれば考えますよそりゃどうしたってね特にこの問いがたったときにはだって私30分後どうなっていたいなんて一瞬たりとも考えたことはここのところも本当ここ何年だここ6、7年そんなこと考えたことないわけですからこの問いを言われればなぜこの人は私に30分後にどうなってほしいなんて。
これはコーチだからっていうことになるわけでしょ。でも私はそうは思わないんですよ。そんな話をしていると30分がそれによって費やされるのでもちろんしょうがないので30分後どうなっていたいかというのは頭に一切思い浮かばないし嘘ついてもいいのかどうかっていうのについてもちょっと考えたんですけどとりあえず無理矢理頑張ってひねり出しはしました。
ただこのひねり出したと言うときにやっぱり私は非常にこうなんていうのかな迫害不安を感じました。ねじ込まれつつあるっていう感じを持ちました。非常にこう納得がいかないという感じはですね。
30分後にどうなっていたいかは頭にないのにあるはずないしはあったほうがいいという前提で話を進めねばならないということが非常にこう迫害不安を強めたのでその時に強い転移が起きるということはほぼ確実だと思うんですね。
私は悩んでいるわけでこれも非常に不思議だったんですけど私が悩んでいるというようには見えないとそれは非常に不思議で私は常に悩んでいるし悩むっていうことをやっぱり一番私の核だと思っているわけですね。
悩みを私から取っちゃったら私なんか何にも残らないよなって思うんですよ。悩むということが私であると言ってもそう間違ってはいないでよく言うじゃないですか悩んでも何かが生まれるわけではないとか解決しないとか解決を目指して悩んでいるわけではないのでもちろん悩みが解決するならそれに越したことはないんですけど
そんなにいい解決法が思い浮かぶだろうか私はそんなにこうなんていうのかなキレッキレの頭とか一切持ってないんで極めて鈍いんで頭はね頭のなんていうのかなよしよしで言うとIQとか言えばそれは平均よりあるのかもしれないけどそんなもんですよっていうぐらいこれによって何かが得られるとか人に先んじられるとはとても思えるような
人より暗算が少々早いとかあるんだけどそんなことを今の世の中ではほぼ何の役にも立たないじゃないですか悩みの解決にはもちろんならないですしね悩んでますよ本当に悩んでるでその悩みは30分ぐらいで解決するなんて思いませんもん
21:01
相手の人が抜群にキレてるって言うんだったらそれは毎日のように相談したいくなりますけれどもまあ私は何や単純に悩みの解決それ自体を目指したければ今のところシャットCPTに聞きますねこれは私は今日はしませんけれどもカウンセリングの代わりに今日ちょっとしようかなAIはカウンセリングの代わりには基本ならないと思うんですね最大の理由はこれはやってみるとわかるんですよ精神分析的なことを自分で言うと
やんないかもしれないけど起こること100%絶対にどんなに軽くても極端に言うと道路で道訪ねられたりするじゃないですか今インバウンドすごいから外国人に道とか訪ねられたりしません私結構なんかねあのなんだっけ羽田空港とかに行くと聞かれるんですよねこの知らないんだけど本当に知らないよって言いたくなるんだけどなんかなんかあるじゃないですか
まあ京急なんとか線でこれは浅草行くのかとか知らないよっていうそんな京急なんとか線乗ったことなんて滅多にないんだし浅草なんか行かないしっていう感じなんだけどそれでも一生懸命私なりにも調べてまあ乗り換え案内とかでねあこうこうこうこれでってそれを英語で説明することのあの面倒臭さこれ何が言いたいかというと相談を受けるということは相手のストレスをこっちに持ってくるってことなんですよ
この相手のストレスを100%じゃないですよ100%っておかしいんでそうしたら私が代わりに浅草行くみたいな話になっちゃうんで相手のストレスを私の中に投げ込まれるこれこそが私は相談の本質だと思うんですよねだからあの分かんなくっても相手はまあ本当は喜んでないかもしれないし感謝されてないかもしれないけど結構いやごめん分かんないって言っても相手は一定程度喜んだ感じほっとした感じってやっぱ外国での相談って言うと
不安に思っている不安をその国に住んでる人に分かち持たれるということには一定の効果があるんですよ情緒的な私はこれはカウンセリングの少なからぬ部分だと思うんですよね
要はストレスというものは何種のかな要はストレスの松木さんが言う通りストレスには何の意味もないっていうそりゃそうなんだけどこの際ちょっとこれを東映ドイツかって言うんでしょうけどねストレスにしてみましょう
要は最低限カウンセラーがやる仕事っていうのはストレスの置きどころになることなんですよねと思うんですよ私は
だから全く意味のないカウンセリングってないと思うんですよねよっぽどそれは人としてすでにどうかと思うんですよね相談受けてるのに
いや俺相談飲んないから会いたいなそれは絶対カウンセリングじゃないですよねよほど特殊な理由だったら別かもしれないけどコントみたいになっちゃうじゃないですかそれじゃあ
でもここに割と中核的な要素はあると思うんですねそのストレスの置きどころになってくれるっていうことそして考えてみると私はストレスをコーチングの人に置いたわけですよ
24:14
これがどういうふうに取り扱われるかということが恐らく体感できるのであれば私はカウンセラーの質を見極める一番いいポイントになり得ると思います
寄り添われているとか共感してくれるとか支持してくれているっていうようなことよりも自分の悩みをそこに置いておけるのかっていうふうに見た方がカウンセリングを見極めるという意味では重要な意味を持つと思うんですね
でここでAIは失格なんですよなぜならAIはストレスを感じないことを我々は知ってるからいくらいくら問い合わせをしてもどんな苦悩をそこに置いてもAIは苦悩しないってことを知ってるから
もしAIが苦悩しているというようなことがあそこに疑似的にでも作り出せるなら大きく話は変わってきます
でも我々はAIは死んだりお腹が空いたりすることは熱くて困ったり寒くて困ったり私が辛いと言って本当に共感して辛いと思ってはくれないということを知ってるので
くれないとかそういうことはできないことを知ってるので我々の現段階ではAIはカウンセリラーには絶対なれないと思います
答えがどれほど優れていても無理だと思うんですよねなぜなら苦悩の置きどころにはなってくれないからAIは一緒に苦しむことはないからということ
一緒に苦しんでもらうことで我々は自分の苦しみをいくばっか軽減いくばっかですよ軽減できるんですよ
これはつまり苦しみが物質でない証拠なんですよ
自分の物質でないと言ってみながらいきなり数値に直すのは非常に言ってての矛盾も酷いんですけど
まあそれでも私の悩み私はいつも悩んでる90だとしましょう
でコーチの人と一緒にやることで私の悩みは少なくとも89にはなるんですよ
これは一般人のレベルよりももしかして低いかもしれないんでこれは今のコーチングの批判じゃないですよ
89だったと言ったわけでもないです最低でもそうはなると言ってるだけです
これが90のままだと言うんだったらAIと同じです
つまりそれは少なくとも相談者にはなってないということですよね
ただそんなことは普通は起きないです
例え娘に娘は結構効果でかいからだから申し訳ないからやんなくなっちゃうんですけど
娘に相談していやそれ困るよねって一緒に言ってくれれば僕の悩みの苦しみは50ぐらいになります90から
でもそれは娘が相当一緒に苦しんでくれるからなんですよ
残念ながらあんまりそれは私はやりたくないので
だから一人で悩むってのはそういうことなんですよ
一人で悩む人は大変良心的なんです
このことを知ってるしそして知っててやりたくないから
27:03
もちろん逆のタイプの人もいます
知っててやりたいという人これはいますよね
明らかにいるってことを皆さんご存じだと思います
でそれらの人はしかし良心的ではないかもしれないがいいニュースでもあるんです
それらの人のおかげでその人が例えば一人でどんどん苦悩をため込んで
病気になっちゃいましたみたいなことが起きにくいわけですよ結局は
しょっちゅう周りの人に苦悩を分かち合ってもらうことによって何とかしているという人は
その人が根本的には重大なダメージを起きにくくすることによって
周りの人がその人のおかげで何か一気に何かをこむるという可能性
この話は会社で仕事をため込む人の話によく似てます
大変良心的なんだけど自分の仕事を人に絶対に回さずに
自分一人で一生懸命頑張っちゃう
でもその人のおかげである仕事プロジェクトなりが届こうってしまって
気がついた時には手遅れですって困るじゃないですか結局
この辺が良心的であることといい加減であることの両方が大事な話みたいな
これはもう本当に初歩的な話であって
そんな話はいちいち3カ月チャレンジのレクチャーですらしませんけれども
この構造っていうのは絶対あると思うんですよ
端的に言ってしまうと心理臨床の世界では実はね
そうは言われてないかもしれないけど精神分析じゃないですよ
心理臨床一般の話として実はね
ストレスなり苦悩なりの起き所になるわけですよ
カウンセラーはそしてそのカウンセラーが
カウンセリングの中で一生懸命どんどんどんどん相手の苦悩を引き受けた上で
自分苦しくなってきますよね
つまり良心的ならそうなるはずなんですよ
本当に私死ぬほど苦しいんですって言われて
いやいや私は別にそれで苦しまないからって言うんじゃダメじゃないですか
それじゃ全然話が進まないというか話にならないので
で一緒にこの人がこんなに苦しんで大変だっていう風に
自分も苦しくなったこの苦しみを
自分で解決するカウンセラーがですね
なんとか消化していくということが
相手の苦しみを減らすことになるはずなんですよ
良心的かつ一定の水準に達したカウンセリングは
全てこの構造によって一定の効果をもたらすはずなんです
完全に解決するとか完全に苦しみを消滅するとか
そんなことは起きないはずなんですよ多分
だけれどもこれでこの構造だけでも
一定の効果が流派はどうであれ流儀がどうであれ
質問をいっぱいしようとしなかろうと
沈黙が多かろうと少なかろうと
情報に有用性があろうとなかろうと同じで
一定の水準に達して良心的にやるならば
この効果が機能するから
何の効果も起きないってことはないはずなんですよね
30:01
この観点でコーチングは見るべきではないなと思います
私はですね
コーチングってのはそういうもんではないなっていう風に
私は思います
だから私の悩みを持ち込むってのは
本来どうなのかはよく分かんないんですよ
ただ私は悩める人なんで
悩める人なんで
当然持ち込むものは悩みになります
たとえ言ってることが違っていたとしても
持ち込んでいるものは悩みそのものになっていきます
それを中心に
逆転移が展開していきます
これはもう私がサンプルでやってしまった以上
必ず起きることだったので
しゃあないなっていう感じで
相手の人にはもしかすれば分かんない
私はコーチングというものが分かってないので
それが良いことなのかそうでなかったのかは分かりませんが
いずれにしても私がやったから
そうなったということではありますね
そして逆転移があったと
逆転移は気づいたと
それもほのかにとかではなく
明瞭に
多分それは
それに対して扱う
手を打つトピックとして取り上げるという
コーチングで取り上げないと言ってるわけじゃないですよ
あの初回30分では
取り上げる要素はどこにもなかったので
もちろん定義解釈なんてしないでしょうし
逆転移を取り上げられることも一切なく
私がその逆転移というものをずっと
強く意識しつつ
さあどうするっていう
逆転移に乗ってコーチング
そういうことはできないわけじゃない
この逆転移を
楽なことではないけれども
非常に重々しいことではありますが
それでも乗ってやるのか
ある以上無視するということは
はっきり言えばできないので
それとも基本的には
重々しいけれどもスルーしながらやるのか
どうしようかなと思っていたら
30分が経ちました
つまりどっちつかずになりました
あらゆる意味でどっちつかずになりました
でもそれはとても正しいとは思うんです
だって私は悩んでるんで
すごいスッキリしましたとかっていうのは
おかしいと思うんですよ
私がその後スッキリしないのに
コーチングのシーンだけで
コーチングという場面だけではスッキリする
っていうのはあり得ないじゃないですか
そうするとバーチャルリアリティになってしまう
私自身は悩んでるわけですし
その悩みが30分やそこらでは
相手がお釈迦様でもない限り
解決しないと思ってますから
当然無理なわけですよ
この無理だということを踏まえて考えれば
全てがどっちつかずになって終わるというのは
それは当たり前のことであって
それ自体は製品とは
関係ないと思ったということです
そもそも私はここで製品
コーチングの製品それ自体には
興味を持っていませんので
それは向こうが判断すれば
いいことだろうと思います
私が興味を持っていたのはやっぱり
精神力動的に見るとこれがどう見えるのかと
明快に見えたのは
逆転位だったとそういうことなんです
33:02
そして逆転位は私をやはり
どうしても重いところに置いてしまう
どうしても重いところに置かれる私というのが
そこでコーチを受けるということにならざるを得ない
これはでも多分どんなコーチングを受けたとしても
少なくとも一定の水準に達しているコーチングを受ければ
必ずこういうことに私はなるだろうなと
気づいてなくたってこうなっているんだろうなと
よくよく考えてみれば昔から私は
1on1セッションなり面談なりで
こういう重苦しい気分に
気分ですよ
その時に何かがうまくいったとか
うまくいかないとかそういうことではありません
あくまでも気分
気分としてボラスが近いなこれはやっぱりな
気分というものがある
私はある意味気分の中に隠れてしまうという言い方をしてもいい
よく言うじゃないですか
不機嫌の鎧をかぶるみたいな
不機嫌を身にまとって
人に対しているとかそういう
その一種なんですよね
私は悩める気分というものに
まとってしまう
ああいうところではね
それはいいことではないかもしれないけど
これはもう確実にそうなっていくのであるからして
もちろんこれを
それこそ偽りの事故みたいな話ですけど
全くそういう気分をお首にも出さないということはできます
昨日はしなかったけど
これがある程度コーチングに何か意味があるかもしれないなと思ったので
逆転移的な気分というものは
そのまままりっきりさらけ出したってことはないですけどね
一定程度それを隠すことはないにしても
大きらにはしないぐらいなところではありましたけれども
そういう感じでやってはいました
こういうことを皆さまにお伝えしたかったわけです
なぜならばコーチングを受けるという方は
これを聞いている方にどのぐらいにいらっしゃるか分かりませんが
ライフハックでは少なくないでしょう
これはもともとタスク主導協会との兼ね合いで始まっていることですから
当然少なくはないでしょう
カウンセリングというものも私がここで進めたりもしているってこともありますが
CBT中心のカウンセリングみたいなのも
今後私はさまよってみようと思っているわけですよ
受ける側としてはた迷惑かもしれんが
つまりそれは私の情報発信を受けてくださる
そのチャレンジに参加されない方もいっぱいいらっしゃるわけですから
そういう人のためにやっぱりそういう方々に
有益な情報になり得るかなと思っているわけですよ
ワンオンセッションをリキド側から見るということによって
CBTなりコーチングなりがどういったものだと考えられるのか
それはそれぞれの流派で定義しているので
それはいいじゃんって言えばいいんですよ
36:00
コーチングとはこうですって個人教会とかが言っている
CBTとはこういうものですとカウンセリング教会が言っている
それはそれでいいんだけど
それはまるで我々がタスクシュートとはこういうものですと
教会の側から言っているのを丸々受け入れろって話に近いじゃないですか
あそこに私はちょっとずるいところがあると思うんですよ
線なんていうのかな
ちゃんとしたものなんだから
公式の言い分を信じなさいみたいな
だけどそれはおかしいだろうと
公式だからそう言えるのかもしれないけど
野良は全く同じことを言ったら
詐欺だとか搾取だとか平気で言うわけじゃないですか
宗教がそれを言ってもあれは宗教だとかって言うわけじゃないですか
なぜそれが公がついた瞬間に
いきなりそこが面題されて
要するにPRのものなはずなのに客観的定義であるかのような
ビヨンで言うところの定義的仮説みたいになることができるんだみたいに
私は思いますから
やっぱりだから山崎さんがイベントでおっしゃってたから
僕こういう活動を始めたわけですけどね
さすがに本格的に染みて勉強しますみたいなことは
もう私はそういうことにはならないわけですよね
時間もかかるし
そういうだからなんていうのかな
何かをしないための勉強って私は一番嫌なんですよね
そんなことはない
そういうふうに白色になってるのっていうのは
ある種の防衛だという気がしちゃうので
もちろん防衛として必要っていうことも
社会人やってるのはわかりますけれども
50過ぎでからはやっぱりバカバカしくて
とてもやってられないっていうのが本音のところにはあります
なんかこう私はCBTはしないんだけど
知ってはいるよみたいなのがいいってんでしょ
いいと思わないんですよもう歳をとってきたから
若い頃はいいって思ってたんだけど
なんかかっこいいのかな
わかんない安全相談のかもしれない
非常に防衛的ですよねつまりね
不安に対して何かをやろうとしてますよねあまりにも
しかもそれは迫害不安ときてますよね
あまりいいことのような気がしません
なので私は勉強するんだったら
もう精神分析に特化したいっていうふうに思うので
趣味で何か本読むときは別ですが
何かを勉強のために読むということであれば
やっぱり3ヶ月チャレンジのための
これもあんまり行きすぎると良くないってのは
わからなくはないんですけど3ヶ月チャレンジの
やっぱりでも参加者さんのためでありたいとは
非常に思うわけですね
それでしか勉強なるものはもうしたくない
一切したくないなって思うんですよ
なのでそうでなくても僕は勉強嫌いですから
だから苦手だしね
そうですねだからCBDの勉強したいとは思わない
でも受けてみたいぐらいはまだ思えるので
ちょっと本格的にやる
39:00
そこは手間暇とお金がいるからやっぱり
まだまだ優先順位は上がってきませんが
そういうことをやりつつですね
こういうもののような気がします
分析側から見ればねってことになるけれど
こういうもののような気がしますっていう
一つ言えることはだからコーシングでは
気づく気づかないは全然関係ないとして
だってどうせ扱うことがないんだから
転移逆転移が濃厚におそらく
そこは立ち込めるでありましょう
ということは言えます
良いとか悪いではなくて
だってこれが起きないっていうのは
精神分析に困るわけじゃないですか
だから悪いことではないんですよ
ただそれを扱わないところで
それはどうなっていくのかの
良し悪しは私には判別がつかない
ただ起きることは絶対起きるだろうな
と思いました
やっぱ体感的にもそうでした
そして私は普段は逆転移という側を
全く認識できない方から見てますから
やっぱり逆転移というものを
強く意識させられるということが
どういうことなのかというのも
非常にそこは勉強です
この勉強の仕方はただですね
分析株コーチングを受けることによって
精神分析について
勉強するみたいな話なんで
あまりにもレアすぎるんで
僕は分析家じゃない
まして私は分析家じゃないときてるんで
あまりにレアすぎて
他の人の参考にならないかなっていう感じが
するんですが
しかし人の話を聞く
相談に乗るというのは
いろんな職業で
当然あるわけじゃないですか
その時に逆転移というものの
位置というか意味について
なるべく詳しく知っておく価値は
極めて高いとやっぱ思いました
相談される側は
何をしてしまうのか
何が起きてしまうのかその場で
ほとんど全く認識されて
意識もされていない
もちろん専用できるようなものではないですが
結局だから精神分析って
なかなかよくできてますね
この究極的解決はどこにあるか
精神分析受けることにあるんですよ
41:15

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