精神分析中心のセミナー
おはようございます、グッドモーニングボイスです。
9月5日火曜日の夜20時4分ですね。
夜晩のグッドモーニングですね。
本月29日の金曜日に、上板橋で、精神分析的心理療法課の、こういう風に言いましょうってことになってるんで、
こういう風に言い直しておるんですけど、山崎孝明さんをお招きしてですね。
ゲストにお招きしてね。
これもね、わけあってこういう名前になったんですけど、トラケンナイトといったセミナー、ミニセミナーをします。
ちょっと込みっちゃいないですけどね。
まずリアルの方は、5000円で食事込みとなります。
ので、食事がそのうちの半額ぐらいと思ってください。
食事代とセミナー代といった感じですね。
これで、はみだまして。
質疑応答の時間と懇親会の時間を兼ねるといった形にします。
今回はですね、一応質疑応答をガーッと取るっていう最初の形式ではなく、
だいたい方向性が見えてきたので、私が最初に導入のお話20分ぐらい、本当に軽くさせていただき、
この後、先ほどのトラケンの東京ライファー研究会の北信也さんと私と、あと山崎さんとでね、
カナエランぽいトークをして、その後に食事と懇親会を兼ねると。
この中でですね、当然オンラインのご参加もいただけるんですけど、
オンラインの方は言うまでもなく、食事は出ませんので、
オンラインの方は3500円でご参加いただけるという形になってます。
これが開始が29日の7時なんですけど、一応18時半頃から会場するので、来ていただくことはできる。
終わりが21時、最大延長21時30分ぐらいまでというふうにさせていただくことにしています。
でですね、テーマはもちろん精神分析中心になっていくと思うんだけれども、
そこはですね、精神分析的心理療法という名前になっているので、
これは山崎さんの肩書がですね、そういう肩書ですので、
臨床心理一般のお話を専門家を交えて聞いてみたいことがあったら聞いていただく。
この番組を通じて僕が告知しているということは、
この番組の話に興味があるという前提で私はこういう会を主催しておりますので、
これ何回やれるかわかりませんけれども、可能である限りはこの会は続けていきたいなと。
特にこの先に何があるというものは、僕の頭の中にはまだ一切ないんですけどね。
こういう会は毎月では無理でも、2ヶ月を空けずにやっていければいいかなと思っています。
やりたくないことを避ける
場所もですね、ちょこっとは点々としたいと思っているんですよ。
神房町なり上板橋なり、その他良さそうなところを見つけては点々と開催させていただければ、
月に1回、月に1回は無理だとは思うんですけどね、今後はね。
でも月々開催できればいいなと思っています。
私はこういうのの告知と文章を全部今までブログとか書いてたわけじゃないですか。
でもこの喋ってお伝えするという形にしてからですね、
本当に書いてお伝えするというのが、
全く同じようなものは今のところ僕には無理だなということがわかってきたので、
書くともうちょっとやっぱり違うことを書き出しちゃうんですよね。
器用な人は、もっと書いていることと喋っていることが近くてですね、
同じようなことを書けていけるんですけれども、
努力すればできるかもしれないんですけどね、
書くとなると全然違うことを書きたくなってしまうんですよ。
今両方できるかっていうと、ちょっと今両方する余裕はさすがにないので、
どっちかになって、せめて書く方は週に1本ぐらいは書こうと思ってるんですけど、
それは書いていることと喋っていることは近いはずなんですが、
全然違うことになってしまうんで、
少なくとも喋ったことそのまま書けないんですよね。
だから告知もこの喋るの中心で、
あとはSNSは別として喋るの中心でいこうというふうに思っております。
だからこれもですね、それでいいんだろうかっていうと、
あんまりよくはないのかもしれないなと思いつつ、
もうあれなんですよね、
何だろう、先日50歳になりました的なのを振りまいてみましたけど、
ノードとかニュースレターとか、
やりたいとどうしても思えないことを無理してやるのはやめようと、
なんかですね、今ちょうど娘が、
中間試験というか、あれ期末試験なのかな?
なんかよくわかんないですね。
シリーズのため変則的な時期に、
夏休み明けにいきなりテストが集中的に来る定期テストなんですけど、
見ててですね、人にやりたいと思ってないことをやらせるのって、
本当に不毛だなって思うんですよ。
これを仕事だと私たち、私なんかの人生、
昭和最終盤ですよね、昭和、僕48年生まれですから、
昭和50年中盤から意識があるわけですけど、
記憶があるわけですけど、
そして昭和63年くらいまでね、
昭和64年っていうのがちょこっとあるんだけど、
昭和63年まで。
もう本当にやりたくもないことをやるっていうのが、
人生になっていくっていうのが、
小学校、高学年から始まったんですよ。
僕は最近、時々この番組でお話してますけど、
複雑性PTSDというのを今ちょっと読んでるんですけどね、
これといったトラウマの原因は見つけられないけど
PTSDになっちゃってますみたいな、
そういう慢性化するトラウマみたいな、
これは本当にそれを言ったら、
精神障害なんて全部それなんじゃないのって思いますが、
ある意味そういう概念が今発展してきていて、
素人的に簡単にそういうことを言ってはいけないんだと思うんですけど、
そう思う感想ですから、これは。
思わなくはないんですね。
それを言ったら全部そうなっちゃわないかなっていうのもあるんだけど、
僕の経験でもですね、
結局これを人生観の中に、
強引に投入しちゃった記憶があるわけですよ。
それは大学までやってたんだから記憶にありますよね。
やりたくもないことばっかりやっているうちに、
生きていくというのがすっかり嫌になってたんですよね。
競争の勝ち負けであるから、
勝てればまあいいようなもんじゃないですか。
でも僕は別に100戦全敗とかいうわけじゃなかったのに、
嫌になっちゃってるんですよ。完全に。
ポータルで見ると嫌になっちゃうんですよね。
別にゼロ勝100敗だったわけじゃないけれども、
先日、話が野球とかに飛んでるんですけど、
まもなくですね、どこかな、アスレチックスかな。
メジャーでですよ、MLBでアスレチックスがまた100敗いくんですよね。
100敗するとほとんどずーっと負けてる感じがするっていうふうに解説の人が言ってたんですけど、
全敗してるわけじゃないんですけど、50勝100敗とかって、
ファンでそのチームを応援してると、
私好きな千葉ロッテとかそういう都市があるんで時々、
ほんとにこう、全部負けてる感覚になりますね。
あれやってる人はほんときついでしょうね。
やってる人は多分ファンよりも全部負けてる感覚強いと思うんですよ。
3回に1回くらいは勝ってるはずなんですけどね。勝率3割3分ってものすごい低いから。
多分勝ってるはずなんだけど、勝ってる感じは全くしないんですよ、ああいうのって。
だから本当、なんていうんですかね、
人生ゲームで競争ゲームにしてしまった挙句負け続けるっていうか、
勝率4割切る感じの勝負してると辛いと思いますね。
私、今の幸せ度からすると、
ありえないぐらいあの時代はつまらんことをやってたなと思うんですよね。
これがお娘がなんとなくLINEに入っちゃってて、
本人はやめたいって言わないからやらせてますけれども、
やめたいって言ったらやめさせてあげたいなというふうに思いますね。
本当に不毛なものを感じるんですよ。
ただ、人の人生なんてね、ある意味娘のとはいえ、
簡単にそういうふうに親が持っていくわけに、ここら辺が難しいんですよね。
親って何を言っても誘導してしまうところが、誘導になっちゃうところがあるんで、
簡単じゃないというところはあるんですよね、確かに。
判断っていう意味では、
なんとなく自分の方が見えてるものが多そうな気もするんだけど、
本人じゃないという意味からすると、やっぱり見えてるから判断できるかっていうと、
そういうことでもないような気もするので、この辺でちょっと思うところはあります。
話戻すんですが、僕自身の複雑性PTSDかは知りませんけど、
そうだな、10から28くらいまでかな。
今思うと、留学で脱出するきっかけを得たんですよね、自分は。
自分の意志でやること
そうと気づいてませんでしたけど、当時は。
留学してようやく全廃モードから脱出、ゼロ症100廃モードから脱出しかけたんですよ。
やっぱり以来、私の考えてることややってることって、
ある種の方向性を持ってて、GoodVibesでこれが確定的になったというのがあるんですけど、
確定するしないっていうのは本当に大きいんですが、
30前後から始まっているんですよ、この手放すモードというのは。
やりたくもないことをやるのはやめようっていうモードが急速にそこから始まってるんですよね。
運用曲折ありますよ、もちろん。
例えば、ライフハックってものが、
帰国してからですね、仕事の大橋栄総さんと仕事させていただいていて、
当然、自分の仕事環境がライフハック化したから、
これはですね、よく思われている通り、
僕が喫水のライフハッカーってわけじゃない気がするんですよ、周りの人見てると。
僕が喫水のライフハッカーじゃないなって気がするんですね。
ただ、ライフハック界隈で運良くやらせていただいて、
まあまあうまく軌道に乗れたから、
やっぱりそうするとライフハック的な、
ライフハックそのものに価値観ってないと思うんですが、
やっぱりライフハックの人たちが持つ価値観というものを共有するようになりますよね。
そうするとそこに手放しがたいものが出てくるわけですよ。
考えてみるとライフハックというものは、
僕はだからライフハック好きだったんですけど、
価値観を持ってないところがあると思うんですよ。
全くないわけじゃないけど、
例えば英語ができた方がいいとかいう価値観を、
ライフハックそのものは持ってないと思うんですよ。
英語ができた方がいいと思うならば、
英語をハックする、そういうような本を書きましたけど、
僕もってことはあってもですね、
英語をできる方がいいかどうかについては何にも言わない。
僕はそこがいいと思ってたんですよ。
まあでも今はいろんな意味でそこも大筋手放しつつあるんだけど、
少なくとも30代前半の頃に、
正確には30代後半かもしれませんけど、
記憶曖昧なんでね、
すごく決意したことがあったんですよ。
英語はもう二度と勉強しない。
プログラミングの勉強しない。
デザインの勉強しない。
あと投資の勉強しない。
この4つは消したんですよね。
意を消した記憶がどこかにあるんですよ。
そういうことを私はやってたんですよね。
いろんな意味があって。
とにかくやりたくないことをやるってダメだなっていう。
やりたくないことをしかも自分が絶対これだけは自分にとって欠かせないっていう場合を除いては、
その当時の決意ですね。
欠かせないっていう場合を除いてはやりたくないことはやめようと。
自分そういう意味でやりたくないことをあまりにもやりすぎてきたから、
そういうことをするのが人生だと思ってましたからある意味。
受験勉強とかね。
やりたかった記憶ないですからね。
得て不得てという意味では得意だったと思うんですよ。
だからやってられたんですけど。
得意だったのは、
これも良し悪し言ってもどうしようもないんで、
相対的には得意だったんでしょう。
僕より得意な人はいっぱいいますけどね。
相対的に得意だったからやってられたのが果たしていいことだったかどうかというと、
未来を予知する能力の喪失
いいことだった気はもうしないんですよね。
全くしないんですよ正直言って。
ただこれは後からだったら何とでも言えるところはありますから、
分かんないですけどね。
そういうわけでとにかくやりたくもないことをする。
やめようと。
一つ決定打になったのが、
もう一つの、
そういうことは徐々に自分の中で決意が固まっていって、
何かちょっとしたことがある度に、
やっぱりやりたくないことに固執するからいけないんだなという風にして手放していった。
英語プログラミングデザイン投資は、
つまりこの中で僕が好きでやりたいんだけど手を出せずにきたことが、
プログラミングなんですよね。
好きでもないのにやたらのめり込んだのが英語なんですよ。
あとデザインというのは苦手そうでしかもかっこよさげだという、
つまり一番手を出したくないものの一つだったんですね。
投資というのはやるために失敗しているという、
多分僕はこれはもちろんお金に困りがちなフリーランスから投資したいというのがあったんですけど、
向いてないなというのもずっとあったんですよね。
だからこの4つをとにかくやめようと。
決定的にやめたのが30代だったと思うんですよね。
前だったか後ろだったか真ん中だったかは忘れましたけど。
それにさらに追い打ちをかけてきたのがあれですよ。
東北関東の東北震災ですね。
あれがすごい決め手になりました。
あの時に僕は人間には未来は読めないんだということを、
いろんな意味で僕にとってはですよ。
本当は知りませんよ。
でも私は人間は未来を読むことが絶対できないから、
一瞬でも先のことを読もうとするのは金輪際予想というふうに思ったんですよ。
このまま未来を読もうと頑張ったりしたんで、
この決意というものは揺らぐんですけど、
本当に一瞬先が読めるはずはないなっていうのを知ったんですよね。
一つはやっぱり自分がいた場所で知りましたね。
あの震災の時に渋谷の上層階にいる自分は未来が読めてるはず。
読めてれば絶対あそこにいないと思うんですよね。
だから読めないはずだっていうのがまず一つと、
もう一つ原子力発電所の事故があったじゃないですか。
あの時のいろんな専門家の、僕も結構ハラハラしてたんで、
NHKとか真剣にあれほどテレビを真剣に見たことはなかったと思うんですよね。
不可知論に向かって
あの時僕、広瀬隆さんって反原発の割と有名で、
よく時々批判もされてますけど、
僕は東京に原発をっていうのは中学の頃から読んでたんですよ。
だからすごい好きだったんですよね、ああいう論っていうのはね。
そういう反社会派の論っていうのは大体好きな思春期を過ごしてたんで、
思春期の頃ささくれだってましたからね。
そういう人の話ばりばり読んでました。
ハニアオタカ、ハニアオタカ、わからずにでも読むみたいな。
とにかく反社会的なものなら、
そして論人に立っててやたら頭良さそうなものがあったしから読むみたいなね。
そういうところがありましたから、広瀬隆さんの広瀬隆だよね。
全然原発関係ないね。
赤い盾とかも読んじゃってて、正直つまらなかったですね。
僕にはね、あの話はやめよう。
そんなことまで喋っていると本当に本筋に、
どれが本筋か分かりませんけど、見れなくなるんで。
そうそう、だから原発の見てて、
これはみんな分かってないんだわっていう、
この先どうなるかを完全に分かっている人いないんだ、
ますます怖くなったけど見てて。
でも分かっているという喋り方をする人が確実に減っていったんですよね。
また大丈夫だって感じになってくると、
分かっている感を出して喋る人がどんどん出てくるんだけど、
上空からボンボンやってて、やってることがすごい緊急事態感があったじゃないですか。
その時に分かって喋ってるっていう感じの人がどんどん減っていって、
最後まで頑張って喋ってるっていう人が本当に数えるほどしかいなくなって、
実に心細い状況が起きたんですよ。
テレビの上での話ですよ、これは。
それで私は思ったんですよね。
人には未来は読めない。
そもそも未来が読めてれば、あの設計はなってないんでしょうけどね。
だから、これは他の人がどう思ったか分かりません。
ただ僕はその辺で決心したんです。
未来が読めないのに未来に向かって投資したり、
手を打ったりするのは僕はもうやめるし、
一緒に仕事をする人は、僕は当時まだタスク管理系のところにいたから、
もっと未来に向かって投資するとか備えるって話をするのは、
ここで微妙に難しい線引きをすることになるんですよ。
ここにあるのも僕はエディフスコンプレックスの一種だと思ってるんですけど、
どっちのお父さんの方が権威強いのって話になると思うんだけど、
自分は後ろ盾はありませんけど、
もう僕は僕でこの線は押すっていう風に決めたんですよ。
もしそれで田元に分かつっていうのかな、
円切られるということがあっても、
それはそれでいいやっていう風に考えるようにしたんですね。
これも円を切られるのが怖いってことはこういうことだと思うんですよ。
円を切る人の一種の力を借りていかないと怖いっていう。
でもこれってやっぱり未来が読めていると思ってる証拠だと思う。
この人と一緒にいれば大丈夫だろうみたいな。
でもそれはおかしいと思ったんですよ。
なぜなら僕は震災の時に誰かと一緒にいることが宛にならないという風に
ある意味確信したので、
誰かと一緒にいることが宛になるということは、
その人は現状が分かっていて、
この人がいるところは安心だっていう意味になりますよね。
それがないってことがあの時分かった気がしたんですね。
あの時本当にいろんなことが起きましたよね。
電車が全く止まってしまって駅から人が出てかなきゃならないとか、
そういうのって法的に整備されてる話じゃないから、
誰が何の権威でもってそれを決定できるのかっていうのが後で問題になったじゃないですか。
未来の計画の放棄
あと人は歩いて帰らなきゃならなくなったけど、
歩いて帰って大丈夫なのかっていうのに対する判断も非常に曖昧なものがあったような気がするんですよ。
あれだけの人が歩いて帰ってるんだから大丈夫だって感じもしたけど、
あれだけの人が歩いて帰っちゃうから帰って危ないんじゃないかっていうのもあったしね。
で、私が都内から出られなくなったんで、
経験したことでコンビニに行っても食べ物が一切ないっていうシーンを見たんですよね。
まあそれで震え上がるってことはなかったですけど、
ああやっぱりこうなんか外国の災害の時のテレビ、
それこそ内線とかで見たような光景が目の前に来ることがあるんだなって思ったんですよね。
で、この時にますますこれは投資とかプログラミングとかを僕がしてる場合じゃないなというふうに思ったんですよ。
この時ますます一瞬先で死んじゃうかもしれないのに、
嫌だ嫌だと思いながら何かをやっているっていうことはもう自分できないだろうなってそもそも思ったんですね。
それができるモチベーションはもう僕から多分永久にあの辺で失われた感じがしたんです。
なぜならこう未来について語る語り口を信じるという心理機能が消滅したんで、
反省はやっぱりあれですよね、原子、抑圧電車は大丈夫なんですよっていう話をしてた人が、
だんだんそれを言わなくなるっていうね、あの光景はすごかったんですよね。
結局大丈夫だったんだから大丈夫だって言っとけばよかったんじゃないのかという、
大丈夫だったとは言えないのかなあれはやっぱりな、大丈夫ではなかったのかもしれませんね。
だからそこは分からなかったんですけど、私も見ていても。
でも分かるように少なくとも喋るということをなりわいにしている方々が、
分かるようには喋らなくなる、分かりませんみたいなことを言い出し始めたっていうのが、
やっぱり一番怖い光景だったんですよね、当時は。
そうか、分からないんだなっていう、そのことがやっぱり、
それが人を不安にさせるんだなという、ってことは僕らは分かっているつもりでいるってことですもんね。
自分に分かんなくても他の人には分かっているだろうみたいな。
で、これに僕はそのままずっと不可知論みたいな感じで、
曖昧なままずっと言ってたんですけど、ただそれが、
分かんないことはもう確定済みだったんですけど、
分かんなくていいんだろうかっていう不安は、これ変な話なんですけどね。
分かっている人がいないのに、僕の中ではいないことになったんですね。
その震災の日以来。分かっている人がいないのに、
なんで分かんなければ安心か不安かって問題が出てくるのかっていうのはあったんだけど、
当時、子供もとてもとても小さかったということもありまして、
1歳ぐらいかな、まだこう、わちゃわちゃわちゃわちゃっていう言葉しか発することがなかったんで、
それでもね、時々驚くようなことを聞いて、
人間の脳って不思議だなっていう、
親にしか分かんないような言葉の使い方で、
一つはですね、私の実家近くに住んでたんですけど、
実家に行ったっておじいちゃんとおばあちゃんは言うほど遊んではくれないんだよみたいなことを、
これをね、もっとはるかに分かりにくい言語で伝えてきて、びっくりしたんですよ。
そんなにおじいちゃんおばあちゃんが相手してくれていて、
うちの子のアイドルみたいな扱いだったのに、
もうそんなことが分かっちゃうんだ、えーって思ったという。
これを、わちゃわちゃわちゃわちゃっていう風に伝えてきて、
それはそれで本当に分かってるのかなっていう感じもしないではないんですけど、
面白いなーっていうのは思ったんですね。
で、つまり、この辺から僕はだんだんグッドバイブス方面に知らず知らず向かってたということなんですよ。
気がつかないうちに。
僕の場合はすべてイベント絡みでそういう風な決心をしてたわけなんですけれども、
震災とか大きいのでいうとそういうことになるんだけれども、
あとは何だろうな、いろいろあります。
震災以後、セミナーが一瞬消滅したみたいなことがあった時にも、
ひとつまたこういうことやるのやめようみたいな、やめることばかりがどんどん出てくるというね。
とにかく何かをね、それまでやっていたことで、
あ、これはもう何の意味もなかったんだなっていうのに、
不意に気付くっていうような事態が起きてたんですよ。
それが繰り返されつつですね。
その頃からその未来の計画を立てるというのは当然やめました。
なぜなら分からないことについて計画を立てるっていうのは矛盾のように感じたので、
分からないのに分かっていることにするっていうのはやっぱり矛盾な気がするんですよ。
だからレビューをしてそれを未来に生かすっていう観念は捨てたんです。
捨てはしてないんだけれども、まあ宙吊りにしたんですよね。
それをできるっていう人はやっぱりやったらいいと思ってたんですよ。
自分はできる能力がないからやめようと。
結局これは自分がその能力を持っているかどうかが、それを決するなって思ったんですよ。
例えばある人が、いやいや俺には未来わかるから俺の言う通りにしないよって言ったとするじゃないですか。
他のことは分かんないかもしれないけど、これから円が安くなるからとか高くなるからとか、
投資だけはやっときないよとか、一切信じないのはなぜかというと、
私にその人が真実を言ってるかどうかを判断する能力そのものがないからなんですよ。
こういう意味なんですよ結局。
それまでだって私自身に未来を予知する能力はなかった。
それは自覚があったんだけど、この人は分かってそうだとか分かってなさそうだというふうに判断してるつもりでいたんです。
夢と現実の区別がつかない
でもさっき言ったテレビ云々っていうのは、分かってる人いないんだというふうに僕の中でなったんですよ。
だから人の未来についてのアドバイスとかについては、
この人が分かってるかどうかがそもそも私には分からないということが分かったんですよ。
私にはそれを判断する能力がそれまである気がしてたんだけど、ないっていうことが分かったんですよ。
それ以来やめたんですよね。
つまり、すごいこの人当てになりそうだと感じてしまうことがあるんだけど、
この感覚それ自体が信用にならなくなったわけですね。
だから僕の中でそれは崩壊したので、
結局これはですね、信じませんよって言ってるわけじゃなくて、
分かんないなって感じがしちゃうんですよもう、あの震災以来。
分かる感じっていうのが壊れたんですね。
だから分かんない感じしかしなくなったんで、
先のことについて判断する人の話を真面目に聞くってことがほとんどできなくなったというところがあるわけです。
意欲の問題なんですよね、ある意味では。
そういうことが、分かるっていう話を聞こうというモチベーションが消滅してしまった。
そういう感じがするんですね。
だからこれは、その人がこんなに俺分かってんのにって言われると、
気を悪くするだろうなという心配はあるんだけどしょうがないんですよね。
モチベーションがなくなってることってできないんで、
だからしょうがないなというふうに思うようになったわけです。
これどっちにしても同じことになるんでね、
結局のところ僕その種の話は今や聞いてないに等しいので、
先々についての見通しや青蛇心、
いわゆる僕はそれを青蛇心と呼んでるんだけど、
青蛇心については一つたりとも真面目に聞いているとは言えないんですよ。
だからどうしようもないことではあるんですよね。
これはあれなんですよ。
例えばこれから本を出しますよとか、そういう話が信じられないっていう話ではないんです。
話半分だなっていうか、100%はもう信じられなくなっていて、
昔よりはそのいわゆる信じてる度合いが下がってるんだけど、
信じてないっていうわけじゃないんですよね。
例えば出版社さんがこれからスワシさんの本出しますって言ってるのを信じないっていうのも変な話なんで、
信じはするんだけど、まあでも100%ってことは全然ないよなって感じは持つようになっちゃったんです。
しょうがないんですよこれは。本当に事実とそうだったんです。
震災以来やっぱり壊れたプロジェクトっていっぱいありましたから。
そういうことは起こり得るっていうことですよね。
で、起こり得る以上、いや起こり得ると思ってるという段階で、
常に信じているとは言えないと思うんですよ。
何が何でも出すっていうのはまたそれとは別の話なので。
こんな感じで一つ一つを手放していった結果として、
とどめのようにドバイオスが登場したわけですね。
先のことは分からない、自分のことは分からない、4つ分からないのが出てきますよね。
そうだよなと。それが、何て言うんですかね。
ある種、確証を与えられた感じがする。
分からない方面の確証を与えられるっていうのも、これもまた不思議な感じなんだよ。
分かるんだよっていう話ではないので、分からないんだよっていう話なので、
分からないよなと思ってたところに、
分からなくていいんだろうかっていう問いが消えたわけです。
いいも悪いもないなと。
そして、グッドバイオスでクライザーの系統さんと仕事をするようになって、
コロナ騒動じゃないですか。
現実がこれにさらに追い打ちをかけてくるような感じがあったんですよね。
これまで続けていた仕事もどんどん消滅して、
僕の就任を事実上言っときですけど、
4分の1以下に激減したんで、
現実って本当に何が起きるかなんて全然分からないし、
何が起きてもおかしくないから、
備えるなんて僕の中ではナンセンス的だって感じになったんですよね。
これで僕は楽になったんですよ、多分。
グッドバイオスでコロナ以前から楽になってましたけど、
結局コロナそれ自体は災難でしたけどね、私にとって。
でも楽になったんですよね、心理的には。
現実というものは分からないし、
僕はその中で生きてきたんだし、
分かって続けていたかもしれないけど、
つもりも何もあったもんじゃなくて、
それは夢見てるのと何も変わらなくて、
分からない中で生きてきたのが実態であって、
それはそれで心もとないかもしれないけど、
この代わりに分かっている幻想を見ることは全然心強くはないじゃないですか。
分かってないわけだからね。
夜道の中で、前には猛獣がいっぱいいるんだけど、
いない幻想を持って歩いていくのと、
いない幻想を持たずに歩いていくのとで、
安全面に違いはないという感じが私はやっぱりするんですよ。
分かっている幻想を持って歩いていっても、
そういうことは僕には依然として起きることだから、
しょうがないなと思うんですけど、
分かっている幻想があってもなくても実態は変わらないんだな、
分かってないんだなということが分かったっていう、
それによって楽になったんですね。
例えばお金が今後なくなるかもしれないとか思っても、
なくならないかもしれないんでね。
どれほどその概然性が高そうに見える不幸な話でもですね、
それが概然的に高いっていう結論は出せない。
私も例えばアトピーとかも、
生涯こんな感じなんだろうなと思ったけど治っちゃいましたからね。
いい加減なんだなっていう、
そのいい加減さに僕らは、
しかし十分うつうつとして、
そのいい加減さの中で嫌になっちゃいやすいので、
だから最初に言ったように、
やりたくもないことを黙々とやってちゃダメなんだなって感じがするんですよ。
そうするとこれから先いいことがいっぱい待ってるかもしれないのに、
それが起こるまでずっとうつうつとしなければならないことになるので、
このうつうつがやっぱり無駄なんですよね。
別にそう思っててもいいんでしょうけれども、
ここまでからくりが明らかになってくると、
そう思ってていいも何も、
いいからそう思っていたいなんてもんじゃないですしね。
だからやめようと。
そのためにはやりたくもないことをやるのが人生だから。
これもだから一つの結論なんですよね。
そういう結論を持つ根拠がなくなったといった感じですかね。
ここまでが前段中がおかしいですよね。
バイアスまみれな人々
これはもう明らかに本題に入っちゃっていますけど、
今日ですね、セッションを一つ、
定期的にやっているセッションを一つやっていて、
僕らってバイアスまみれだっていう話をしたんですね。
これはもう相手の方との、
僕がそれを伝えるというよりは、
ポータルでそういう話になってたって感じたんですけど、
バイアスまみれなんですよ。
このバイアスまみれっていうのは、
先日もう偏見に溺れているみたいなタイトルで、
Podcastでお伝えしたばっかりなんですけど、
とにかくこのバイアスが凄まじい。
そして今日ですね、今朝なんですよ。
まさに夢を一つ見たんですね。
で、珍しく明石夢だったんですよ。
あ、これは夢だと。
気がついたんですよ。
で、なんで気づいたかというとですね、
庭に水やりしてたんですね。
で、水やりしてたら、
もこもこっと土の中でですね、
カブトムシの幼虫みたいなのが動いたんですよ。
で、びっくりして、
この季節にカブトムシってなくない?って思ったんだけど、
土が柔らかくなってそうだったんで、
あ、奥さんが土入れといてくれたんだ。
たまに入れといてくれるんですよね。
植木鉢の中に土、新しく。
あ、その時に入ったのかな?
じゃあなんか違う虫かな?とか思って、
気持ちが悪くなったんですね。
えーと、一旦水やり停止してみたら、
不意にですね、
いつもあったはずの、
いつもあるんだけど、
その隣にあるはずの、
メラカの鉢だけないんですね。
で、すげー驚いて、
え、あれ、いつ片したんだろう?って思ったんだけど、
いやいやと思って、
片すはずないし、
片したのを忘れるはずもないから、
だから夢でしょ?と。
で、あまりにもリアルなんで、
すごいやっぱびっくりしたんですよ。
ほんとに。
どこをどう通ってもこれが夢だという、
大体夢だとすると、
俺いつ寝たんだ?っていう、
これを夢の中で通っても無駄なんですけど、
ほんとに驚いたんですよね。
夢と現実の近さ
メラカの鉢ないじゃんっていう。
で、思ったのが一つ。
まず、鉢がないんだから、
夢なんだったら鉢出せるだろう、
ここにと思ったんだけど、
出せないんですよね。
ここで夢であることを疑いそうになるんですよ。
ひどいなと思うんですよね。
もう幻覚見てても、
私は絶対に気づくことできないだろうな、
こんなんじゃと思う。
周りを見て、
どれくらい現実と違うんだろう?
一向に全く違わないんですよね。
恐ろしいですよね。
雑草の一本一本がめちゃくちゃリアルで、
触っても感触がバッチリあるし、
鎌で飛んできて、
刺されると痒いんですよ。
ほんとにそうなんですよ。
どうなってるもこうなってるもないんですけど、
全ての感覚は作り出されているものだから、
こうやっておかしくはないんだけど、
蜂だけは相変わらずないんですね。
どうしてこの夢では、
目高の蜂が消えてしまってるんだろうなっていうのを、
この目セキモノの話は、
また今後もう一回別の機会にしたいと思ってるんですけど、
今日したいのは、
要は、
僕らの近くと、
これは何回かこの番組でもお伝えしてますけど、
夢の中の描写との間には何の違いもない。
それは当たり前なんですよ。
これは当たり前ではあります。
なぜならば、
素材が同じで、
作品も同じ作り方をされているのと同じですから、
要は、
素材はないんだけど、
結局近くというのは、
近くというのは、
夢と全く同じ材料でできていると思うんですよ。
言ってみれば脳内神経伝達物質の活動によるものですよね。
そして、
素材と作り方も一緒なんだと思うんですよ。
多分、記憶をベースにして夢というのは、
視覚やその辺の発動によるものなので、
つまり、
同じ素材で同じ描き方をしているから、
同じになるに決まってはいるんですよね。
ただ、
現実と夢の最大の違いは、
現実は多分、
現実からくる何らかの、
何て言うんですかね。
やっぱり、
刺激なんでしょうね。
現実にあるエネルギーを使って、
何て言うんだろう。
いわば、
設計図だけが、
ある程度与えられている状態なんだと思う。
ただ、
この設計図の使い方は、
多分、
知覚の脳の方に、
ほぼ完全に任されているから、
だから、
実は妄想を見ようと思えば、
いくらでも見られるんですよ。
プラザの計造産流に言うとですね、
私たちは見たいものを見ているんですよ。
そうは思えないんですけどね。
みんな見たくもないものを見せつけられることが
多いような気がするんだけど、
心の底では見たいものを見てるんですよ。
だから、
あのメダカがなかったというのは、
どういう意味なのかな。
夢の中での触覚と目覚め
ちょっと非常に考えたんですけどね、
あの後もね。
メダカの蜂だけない。
だから気がついたんで、
夢だと。
とにかく、
あ、でも、
カブトムシの幼虫らしき動きもあったんですよね。
この後が面白かったんですよ、
その夢の。
この虫に当然触れるような後なんですよ。
だって夢なんだからね。
触れないとすると、
私はこの夢が夢だと確信できている程度が
まだ十分じゃないっていう意味だなと。
触れないとすると、
現実かもしれないと思ってるわけですよね。
で、触ろうとして、
引っかかるんですよ。
引っかかる。
僕なんか昔なんか、
そもそもカブトムシの幼虫なんて
いくらでも触れてたんで、
大人になったんだなと思ったんだけど、
こう引っかかりがあるんですね。
この引っかかりも当然作り出されているものですよ。
なんとか頑張って触ろうとした時に、
これ目覚まそうと今ここで思って
目覚ませるかなっていう方にむしろ
興味が移ったんですね。
目覚ませようと思ったら目覚ませない
ということになってくると、
僕は幻覚から自分を目覚めさせることが
できないということになるので、
これはこれで追っかないじゃないですか。
これは現実を見に行くことができるだろうか
っていう問いに切り替えてみたんですよね。
そしてかなり努力を要するんですよ。
これもやっぱり夢をどの程度
夢だと信じていられるかどうかの度合いによるんですよ。
忘れそうになるんですよ、頻繁に。
これが夢だっていう確信をね。
いや、もう夢じゃないんだぞっていう。
面白いですよね。これ逆転してるんですよね。
夢だと確信するとそれは終わるっていうやつなんですよね。
これはすごく僕は大事な話だと思っているので、
夢だと確信すれば終わると。
この話はさっきした導入の話と一応
夢から現実への努力
繋がってるんですよ。
皆さんもご承知の通りと言っておきますけど、
やりたくないことをやってるというのは、
これが夢であるという確信を得られてないという証拠なんですよ。
未来が読めるとか、先のことが分かるとか、
何が大事か知っているというのは
全部僕は夢だって言ってるわけですよ、要は。
そこから夢を覚ますためには、
この夢から覚める力と同じものを使うはずなんですよね。
夢だと確信できれば。
厳にそれは使ったんですよ。
僕の中では身体感覚ってことになるんだよ。
身体は例えば水を撒いてないはずだ。
横たわっているはずだ。
この身体感覚を思い出せれば、
この幻想は消えるはずなんですよね。
最終的に僕が頼りにしたのはそれだったんですよ、身体感覚。
すっごいきついんですよ。
でも覚めたんですよね。
これできるんだなって思った時の
ある種の高揚感、極めて強いものがある。
これがあればですね、奥さんと喧嘩して辛くなったりするとか、
最終的にはどうにでもなるはずなんですよ。
それは夢なんだ。
奥さんと現実に喧嘩してないって話ではないですよ。
ただ奥さんと喧嘩をしているというのは
イリュージョンを見ているわけで、
このイリュージョンを消す力が自分にあるということが
一瞬でも確信することができればですね、
必ずそこから冷めることができるはず。
冷めれば喧嘩する理由は消えるんですよ、僕の側からはね。
結局これはどっちが正しいかが分かるっていう夢を見ているわけだから。
それは分からないんですよね、結局。
私は目高の蜂がなくたって一本は違うと、
あれが幻想だってことを気づけなかったぐらいなわけですからね。
いや、もともと蜂なかったんだよとか、
昨日片付けたじゃんとか平気で言うんですよね、私は。
もう一つ、私はこの光景を写真に撮っておくかどうしようか迷ったんですよ。
ポケットを見たらiPhoneあったんですよね。
夢の中の話ですよ。
写真に撮ってもその写真は残りませんよね、絶対に。
でも撮ってみたんですよ。
で、当然残ってないわけですよね、その写真は。
今日はこのぐらいにしておこうと思うんですけど、
この力が私は人間みんなに備わっているはずだと思うんですよ。
例えば、だからこそ夢の中でトイレ行かないで済むわけじゃない。