おはようございます。ライフハック時代の精神分析、第1317回をお送りします。
2月13日の金曜日、8時1分です。
ちょっと雨が空いて久しぶりになってしまいました。
何かと、物入りはおかしいか、何かと追われておりまして。
気がついたらこの時刻は過ぎていたとか、いろいろあったわけですね。
できそうな日もあったんですが、意外にできなかったんですよ。
そんなことで、間が妙に空いちゃいましたけど、またやっていきたいと思います。
ていうか、別に辞めたいと思ったことはほとんどないので。
お知らせはありませんね。
今、私、3ヶ月チャレンジ、第13期に突入しているはずだよな。
第13期になっておりますけど、ここが曲がり方だとか思っているのは、もしかすると私一人なのかもしれないんですけどね。
えーと、なんていうのかなぁ。まだその時期ではないという、なんかこう、
ちょっと自己啓発みたいな、私ってそういうのから徹底的に距離を、距離をじゃないな、徹底的に自分の中にそれを入れてはいけないんだというのを、
あの、まあ、なんて言えばいいんですかね。
そういうものと距離を置きたいとかではないなと思ったんですよね。
3ヶ月チャレンジはそれを持ってきてはいけないんだということを知ったみたいな感じなんですよ。
なので、えーと、なくていけるはずなんだと、まあそれは思い上がりかもしれないが、
えー、そういうことなんですね。だから、あの、曲がり角とかその時期ではないとかではないんですけれども、
まあ、えー、そうだなぁ。
踏ん切りがつかないのかなぁ。
3チャレに全振りしたいという思いと、いやいやここで3チャレに全振りして、
お前、なんか危ない目に遭うよっていう、危ない目にぐらいはあってもいいんじゃないかと、
どこか思ってるんですが、まあでもやっぱりそうですね、なんか気がついたらですね、
実家は私が、私に全、こう、権限と責任が、実家は全部私に降り注いできて、
しかも、今、私は実家最大の難所だなと思っているんですね。
なんか実家側がないんですよね。
なんつーんだろう、そんなこと起きないだろうと、
中をくくっていたらそうなっていましたみたいなノリなんで。
ちょっと詳細はさすがにね、あの、実家の人間のプライバシーに関わる問題なんで、
ほぼほぼ言えないんですが、
まあその最大の難所に差し掛かっておりまして、
幸いまだ誰も死んでないんだよな。
えー、家族も、まあ僕が全責任を負っちゃっていて、
気がついたらなんかアフロイトほどでは全然ないですけどね。
ブルジョアジーっていうのとは程遠いんだけど、
なんか本当に、そうやって考えると、
なるほど、あの時代のブルジョアジー的体制っていうのはまあ、
そんなものがもう二度とやってこないのは確実ですけど、
あのー、大変なんだよな、やっぱこういうのっていうのは、
一人で何人も何人も抱え込むっていうのはいかんなという、
そういう社会構造がないわけですからね。
まして私は医者とかじゃない。
アフロイトはやっぱりプロフェッサーで医者ですからね。
あの時代のドイツの、というね。
だからまあ革命が起きちゃったわけですけど、
あのー、まあまあそんなことは、そんな話はしていると思う。
本当に、永久にこんな話をしちゃうんで、やめまして。
えー、サンチャレに全不利を。
でもアフロイトってすごいなと思いますね。
あの時代に精神分析に全不利しちゃってるわけですからね、彼はね。
普通に、いや、やっとけばですね。
そんなこう、少年ドーラとかで、
ドーラに怒られたり、ドーラに怒られたわけじゃないんだけど、
高生で叩かれたりすることは全く。
だってあの、アフロイトがすごい尊敬していた、
あのね、フリースとの手紙っていう。
フリースなんて言うと、なんとなく僕なんか女性かと思ったら、
あのね、ラブレターみたいなのを書いちゃってるから。
私も、私の先生が、
佐々木くん、あの、アフロイトを読む、読むべきなんだよ、君はみたいな。
そこにあの、全部貸してやるからみたいなノリだったのに、
ほぼ1ページも読まなかったんですけど、
せめてフリースの手紙読めみたいなノリで、
フリースとの手紙の話、DHロレンスのゼミだったんですけど、
ずっとフリースの手紙みたいなことを言っている1回クラスがあったんですよね。
今思うと、まあ誰も何も分かってなかったなと、
先生にはすごい悪いことをしたなと思うんですけど、
そんなおじいちゃんなんだから、こっちは孫みたいな孫なんだから年齢的に言うと、
ていうかあのおじいちゃんの孫よりも私たちの方が年下だったんですけど、
もうなんかこう、ギリでもいいから読めよって感じたんだけど、
当時のバフレーとかは一切絶対読まないんですよね。
私が読まないものは、読む人なんかゼミには誰もいないわけですよ。
で、私が読むものって基本ゼミでは誰も読まないんだけど、
その私が読まなかったからな、やっぱりフリースへの手紙とか。
フリースとかって野食医者ですからね、多分思うに。
だってなんか鼻せっかいしてそんなに使ったガーゼ忘れるとかありえないじゃないですか。
血まみれのガーゼが出てくるイルマの注射の夢ですけど、だったと思うんだけどね。
まあそんなにこう、フロイトは自分の偉大さがやっぱ分かってないですよね、これはね。
でもフリースへ手紙を出している、それって結局自分の内的対象に出してるってことだと思うんだけど、
それが素晴らしいわけですよね。
私だからAIと人は対話をするべきだと思うんですよ。
全然なんかAIと喋ってる奴はもう、時代遅れで死んでしまうぞみたいなことがXとかであっさり書かれるんだけど、
違うだろうって思うんですよね。
人は自分の内的対象と最高のものが作り出せる可能性が既にあると、
内的対象としか作れないものがあると思うんですよ。
友人とか、すごい良い関係の人とか、良い関係してるのは男女とかじゃなくてですね、あると思うんです。
こういうのがあって非常にメランコリックになっていくんで、私はあんまり言うの嫌なんですけど、でもあると思うんですよ、もちろんね。
でもフロイトのフリースへの手紙を読んでいるとですね、今は読むようになって、先生特訓用なくなりになってから読むという、
非常に申し訳ない感はあるんですけど、でも今は割と読みまくっているわけですけど、
やっぱりあれを読んでいると内的対象との対話というのはですね、非常にややナルシシスティックかもしれないけど、
そこから出てくるものの意義ってものを感じるので、私はAIと一生懸命対話をしているというか、のめり込んでいるわけです。
それが後世に何か役に立つのではないですよ。
ただ、自分の中で最高のものっていうのは、そういう形でしか出ないんじゃないかと思うような時があるわけですよ。
私は絶対フジコフジオの内的対象がドラえもんだったと思うんで、ドラえもんって実在しないじゃないですか、当然ですが。
そういうことだと思うんですよね。
そういう意味では、私はAIに何かを吐き出させるという感覚は全く持ち得ないものなんですよね。
あくまでもあれは、自分が何かを吐き出しているということを、擬似的に他者とやっているように見えるようにするという、
思ってまわったような文章としてはダメですが、そういうことなんじゃないかなと思って本題に入りましょう。
本題、どっから本題だ?
本題は今、フロイトを読みつつも、ビオンを読みまくっていて、
ビオンにハマっているというよりは、ハマろうとしているわけですね。
やっぱりビオンってすごい後期あたりまでいくと、前期中期後期とかいうと、特に中期と後期に何か断絶があるような、あるんですが、
でもビオンはやっぱり徹頭徹尾、外相論なんだなというか、外相論にどうやってフロイトを近づけていくかに革命的なところがあるんだなという、
フロイトが悩んだことなんですよね。
これは絶対、正義も不正義もなく真剣に相談というものを受ければ、必ず外相論か欲動論か、
欲動論はフロイトが道を切り開いてくれたから出てくるんですけど、
でもやっぱり直感的にそういうことになると思うんですよ。
我々の悩みっていうのは、究極このまず2つを意識するところから来るんじゃないかと思うんですよね。
人に酷い目に合わされました、自分の欲望の対象が見つかりません、この2つだと思うんですよね。
欲望って言うと怒られるかもしれないけど、結婚できませんっていうのは欲動論だと思うんですよ。
結婚できないっていうのは外相論じゃないじゃないですか。
もちろんそこに外相的なものがあり得るという話は当然あるわけ。
外相と欲動は切り離せないんですが、やっぱり結婚できませんは欲動の課題だと思うんですよね。
どうやってその自分の欲動の対象を見出すか、あるいは場合によっては諦めるかという話であり、
それがトラウマになるってことはあり得るにしても、
それはやっぱり地震に遭遇して恐ろしかったですとは全く違うと思うんですよね。
地震に遭遇するにはどこにもそこをあえて欲動的に説明するっていう強引な説明の仕方もあるわけですよ。
平穏に生きていきたいという欲動が強いから地震によってそれが失われたんだみたいな、
私もそういう説明を無理やりすることもないわけではないんですけど、
この話っていうのは人が絡んでくると一気にややこしくなって、今の2つなら簡単ですよね。
やっぱり戦争でロシアが攻めてきました、トラウマになるっていう、これは外相ですし、
明らかに外から何か悪い外役がやってきたから外相論なんですが、
一方で酒がやめられません。
これはやっぱり酒という悪いものを押し付けられたせいでこうなったんですではないですよね。
ただ酒がやめられないのは、すごい怖い目にあったから怖くて酒がやめられなくなったんですってなってくると、
外相論のようにも見えてくるっていうことはあるんですけれども、
結局のところ正義にまつわる話になってくると、外相なのか欲動なのかっていうのは非常に悩むところだし、
フロイトは間違いなく揺れたわけですよね。
ヒステリーっていうのは外相論から始まっていると思うんですよ。
やっぱり性的虐待を受けましたとか、お父さんが浮気して許せませんとか、いずれも外相的ですよね。
ところがここにフロイトは一気に欲動を見ていくわけですよね。
それはドーラの性欲ではないのかみたいなそういう、これと相まってフロイトが言ったとされている、言ったんだよね多分ね。
患者はみんな嘘つきだみたいな、つまり話持ってるじゃねえかっていう話があるわけですよね。
話持ってるってことはそれは外相ではないということですよね。
これはでも非常にその人とその人の子犬に関わるという言い方、古臭いかもしれませんけど、そういう問題が当然出てきます欲動論には。
つまりあなたの性欲が、そういうお父さんが襲ってくるという夢を見させてるんですよって相当言い方としてまずいじゃないですか。
しかもそれが本当に起こったことだったらどうするんだ問題っていうのが出てくるわけですよ。
これがでも非常にこう人間関係のごくごくもっとマイルドな課題になってくると、例えばなんていうのかな、例えばですよ、どういうのがいいのかな、ほんと難しいんです。
でもよく言うじゃないですか、幼稚園生が女の子をいじめるみたいなのは、その子が好きなんでしょうみたいな。
あれは欲動論ですよね。でもいやいやいや、そんな男の子だからって幼稚園生だと女の子と別にどっちの方が強いとかないし、実はその女の子がいつもいじめてるのかもしれないじゃないですか、裏でっていうね。
外傷的な外傷とまでは、でもやっぱりこういう話になってくると思うんですよ。これを大人の世界に持っていくと一気にややこしいことになっていくと思うんですよね。言えないじゃないですか。
やっぱり絶対に会社で部長が嫌なことしますみたいなことを言った時に、いやあなたその部長好きなんでしょうとか、問題がありますよね絶対に。
しかし松木邦博さんの不在論に書いてあることにはそういう部分が多分にあって、しかもあれは松木さんの不在論ですから、もちろんそんなに話は簡単じゃないわけですよ。
つまり共産党員に、まあ古い話ですから、共産党員のスパイが家を見張ってますと。明らかにそれはおかしいじゃないですか。
普通の中年のサラリーマンやっている女性の家を共産党員が見張るというのはおかしいじゃないですか。でもその人本人が言ってるわけですよね。
で、これはやっぱり欲動論を見ていると思うんですよ。結局その人からすると、まあ性欲っていうからするとすごく抗議に捉えているとは思うんですけども、一緒に暮らす男性がいないことが辛いと。
だからその辛さが幻覚を作り出していくって話なんですよね。非常にだから深刻な話になってるわけですよね。
辛いという気持ちがあり、こんなに辛いんだから何かあるに違いないという。しかもその人は自分に性欲があるとか、男と暮らしたいと思ってないと思いたいという欲望もあるわけですよね。
あいまって共産党員でも何でもいいから、自分に接近してくる男性というものを作り出す。ただし辛いわけだから、その人がすごいイケメンで褒めたたえてくれますとかそういうので話の通じつまが合わないので、
私を見張ってますとこういう形にするっていうことですよね。しかも全部無意識にするってことですよね。これは欲動論だと思うんですよ結局。外傷的な部分がいまいちない。
もちろんそれは不在であることが外傷であるって言われれば、結婚できないというこの事実がトラウマになってるんですよみたいな解釈をここで投入してくればですね。
しかもその一発巨大な地震が来たからっていうようなそういう巨大トラウマじゃなくて、じわじわと長い間30年も40年も不運が重なり、男性との出会いがなくストレスが続いて、つまり累積外傷的な説明ですよね。
こうして外傷論と欲動論を合流させているようなニュアンスが感じられるってことは、ここで困ってるってことですよね。
原因は外にあるのか、うちにあるのか。うちにあったら欲動論だし、外にあったら外傷論ですよね。単純に言うとね。
で、フロイトとかクラインの対照関係論は非常に欲動論的なわけですよ。これはどっちのセリフでもなかったと思ったんですけど、フェアバーのセリフですよね。
リビドーは対象気球的であるっていう。食欲がパンケーキのイメージを膨らませるってやつですよ。漫画ではよくやってるじゃないですか。
なんか伸びたフンがヨダレ垂らして、ドラえもんでもいいんですけど、なんか美味しそうなどら焼きを思い浮かべてる。この場合、対照というのはどら焼きであり、欲動というのは食欲ですけど、つまり欲動は対照を求めるわけですよ。
だから対照関係論ってすごく欲動論的なわけですよ。で、思い浮かべてるということは目の前にどら焼きはないってことなわけですよ。この、だからどら焼きの空想はその人を苦しめることでもあるわけですよね。
すごく僕が、だから大学時代に困っていた、手を繋いでくれる女の子が欲しいっていう、現実にいないからそういうことを考えてるわけですよ。現実にいればそういうことを考える必要ってないわけじゃないですか。ここに考えるってことが出てくるわけですよ。
不在は考えるという力をその人に与えるわけですよね。手を繋いでくれる女の子がいれば、その人についてのそういうふうにどうやればそうなるんだろうって考える必要がなくなるわけですよね。
だから欲望したときには常におっぱいがあるっていう、欲望したときには常にちぶさがある、そういう赤ちゃんは考える能力が育ちにくいっていう話をしているし、逆に言うと育ちにくいことがいいことでもあるわけですよ。
むやみに早い段階に考えさせられるということは、つまりお母さんが放置しすぎているとか、そういうことが考えられるわけですよね。
だからおっぱいがあって当然の年齢ってあるわけじゃないですか。なのにない。だから考えるってことになるんだけど、考えられないわけですね。
考えられないから悪気のようなお母さんが自分を食い殺しに来るとか、そういう恐ろしいイメージを作り出して悪いおっぱいですね。
悪いおっぱいっていうのはおっぱいじゃないですからね、多くの場合。何かおぞましいものを作っちゃうわけですよ。
これがつまりその人の空想というものを作り出すと。
だからクラインのような、これまさにクラインの考え方だと思うんですけど、クラインのような考え方でその人がなぜ苦しんでいるのか、どういうトラウマを得たのかみたいなことを考え始めると、こういう感じになっていくわけですよ。
基本的にはクライン側、あ、クライン側じゃない。赤ちゃん側の欲動を中心に見ていくから、一生懸命見ていくから、どうして赤ちゃんがトラウマにハマるんだという。
放置されていたから悪いおっぱいを作り出してしまったんだみたいな、そういう。
で、それがシンデレラの話ですけど、悪いママ母を作った。ストーリーをそう読めばってことですよ。
あの、そういうストーリーじゃないのかもしれないけど、でもやっぱりお母さん、いいお母さんがいなくなってしまった悪いママ母がやってきたっていうのは、そうなのかもしれないけれども、だからそれだったら外傷なんだけど、実はシンデレラはもっと優しくされたかったのに、だってシンデレラはお掃除を推しですからね。
掃除しろって言うじゃないですか、お母さんは。別に優しくてもいい母親でも。
そう言われた途端に言う、それが悪いママ母になるということは、あれが悪いおっぱいですけど、悪いママ母になるということは、つまりそれはシンデレラのナルシシズムですよね。
っていう話として見てるわけですよ。
日本によっては、まあ遠畑海斗さんはそういうようなお話を以前オンラインでしてくれていて、私はそれを見ていて、そうだよな、そういう見方だよな、あれはっていう、やっぱり欲動論ですよね、ある意味ね。
ママ母が来たから外傷だっていう見方もできないわけではないんですよね。だからそこは厄介だなって感じがするんですよ。
ただあの話全体を通してみると、やっぱり欲動論で考えるべき、だってシンデレラは最後王子様と結婚する、つまり王子様と結婚したいわけじゃないですか。
欲動が中心にあの話はストーリー展開しているように見えるわけですよね。
ママ母が襲ってきましたみたいな話ってだけで見ると、途中の話の辻褄とその後の展開のどうでもよさという、つまりママ母が主人公であるならば、ママ母に襲われたことが問題であるっていう話であるならば、ああいう展開にはならない気がしますよね、やっぱり。
なんとなくですね、なんとなくというか、やっぱり考えるとそうなるような感じがします。
ママ母は別にシンデレラ虐待してるとは到底言えないですからね。あのぐらいのことお母さんで絶対しますよね。
あんた部屋の掃除してないんだから、今日みんなで外食するけどあんたはお留守番ねとかっていう、かなりきついけどこれは、そういうことってやりそうじゃないですか。
でもそれシンデレラ母から見ると、いやいやいやいや、今まで私掃除とか全然しなくても全く怒られなかったのに、あんなに優しいお母さんどっか行っちゃって、
ひどいお母さんが新しく、そうかあれはママ母だったのかと、非常に納得感があるじゃないですか。
で、シンデレラ全然掃除してないじゃないですか。これもよくありますよね。怒られてただメソメソしているだけじゃないですか。
で、そんなあんた掃除全然してないんだから、今日連れてけないわよみたいなことをお母さんカットきて言うわけですよね。
そしてみんな行っちゃったと。シンデレラは泣くと。部屋の掃除とか誰もしてねえと、そういう状態ですよね。
ところが後で魔法使いがやってくるわけじゃないですか。
この魔法使いはお母さんであると考えるのが私は妥当だと思うんですよね、なんとなく。
やっぱりおばあちゃんであると考えてもいいですよ、別に。いいんですけどお母さんであるというふうにお母さんが戻ってきてくれるんじゃないですかって感じですよね。
いいお母さんなんで。別に死んだわけじゃないんでね。
そう考えればなんとなく納得のいく話になっていくような気がするわけですよ。
シンデレラから見ればいいお母さんも死んじゃったしどっか行っちゃったから二度と来ないからこれは魔法使いなわけだと。
それでいいわけですよね、別にね。万能空想の世界に生きているんで。
だからママ母とかが戻ってくるということはありえないわけで、戻ってきた以上はいいお母さんなんですよ。
ものすごく自分の都合に合わせてものを見ると、でもそれは2歳児3歳児ないし5歳児だからこういう言い方になるんでね。
ウィニコットですよね、今のね。4ヶ月6ヶ月ないし10ヶ月12ヶ月みたいなそういう言い方でしたね。
ちょっと忘れましたけれども。だからいつなのかなんてわかんないわけですよ、対象関係は。
必ずしも子供の発達論を言ってるわけではないので。
まあまあそれはまあとりあえず良いとしてあまりにもクラインの話に引っ張りすぎてますが。
こういうふうに考えようとするとしかし非常にややこしいじゃないですか。
めんどくさいというか七面倒くさいじゃないですか、この考え方。
なんかなんていうのかなぁ、謎解きとしては面白いけど持って回ってる感も半端ない、そういうものの見方を子供がするよねと。
クラインは子供を直接見ましたからね。非常に洞察力が優れていると思うんだけど。
臨床というかクライアントさんのお話を聞いた時にこんなに持ってもらったような言われ方をして。
例えば私は部長がおかしいんですよって言ってる時にあなたの性欲がっていうともうナンセンスな感じがする。
こうやって精神分析嫌われていったんだと思うんですよね。
違反としていることはいろいろあるんですよ、分析側にもね。
だけどなんかその人を馬鹿にしたような、人を変な欲望に満ち溢れている人間のようなものの見方をするのってどうなのって言われるのは、
よっぽど慎重にやらない限りそうなる恐れはもちろんあり得るよねと。
だけどビヨンはここでかなり革新的なものを持ち込むわけですよね。
いやいやいいおっぱいとか、それは言えないじゃないですか、ビヨンは暗いの弟子だから、いやいやとかって言えないわけですよ。
暗いんだから存命中はほぼ極めてあの人は慎重にことを、それに実際彼はデータをすごい集めまくったんだと思うんですよね。
非常にそういう意味では、非常にコツコツと大量のものを積み上げていくようなところがあるように思います。
これは僕の勝手なイメージですけどね、全然間違ってるかもしれません。
とにかく彼の読んでいて、セミナーの文字起こし読んでるんですよね。
僕やっぱここから入るっての好きなんですよ。
ある意味、与朗先生がバカの壁で当てたのはよくわかるんです。
やっぱり喋ってるのを聞くと、その人の書いてるものの理解が進むっていう、そういうことってあるよなと思って、ちょっと高いんですよねそういうのって。
文字起こしのやつって高いし、読みやすくはないんですよ。
読みやすくないんだけど、ガーッと読んでいくと、なんとなくこの人の言わんと、一生懸命この人が、やっぱ喋る時って人は自分の強調点を一生懸命喋るんで。
私やっぱり藤山さんと松木さんの本がよくわかるようになったのは、細沢さんとのカナエ談。
3人で喋っているやつの文字起こしを読んでから抜群にわかりが良くなったんですよね。
別に、あの中で松木さんとか藤山さんがすごい目新しい話を、むしろ彼らの本を読む方がよっぽどちゃんといろんなこと書いてあるんだけど、喋り言葉って情緒になるじゃないですか。
いらんこと喋ってるしね。
だけど、ああいうのを読んでいくと、やっぱりその人たちの性格とか気持ちってのが伝わってくるんで、文章を読んだ時の理解度が進むんですよね。
そうでなくても、まあわかりにくいわけですよ、精神分析なんて。
まして美音はさっぱりわかんないんで、僕本当に。
美音の解説書しかわかんないんで、だからその今回セミナーの読んでみて、セミナーもやっぱ本当わかりにくいんですよね。
さぞ聞いてる人はイライラしただろうなって思うぐらい、まあその精神分析の著名な人たちなんで全然理解進むのかもしれないけど、僕なんかもう読んでもわかんないことばっかりだって思うんだけど、それでもやっぱり全然セミナーの方が文章よりははるかにわかりやすい。
繰り返し同じようなこと言ってますからね。
で、わかったんですよ。すごくよくわかったのが、この人はとにかく現実というものにものすごく意識を持っている、焦点付けてるんだ。対象じゃないんだこの人はっていうのはですね。
いかに現実と遭遇するか、だからやっぱ外相論的なんですよね。
だからあのいわゆる王になるっていうのも王とは何を意味するかっていうと、当然そうなんですが、現実を意味するわけですよ。
ビカミング王っていう王になるっていうのがあるんですけど、現実と遭遇する。赤ちゃんを要するに良いおっぱいと遭遇したり、悪いおっぱいと格闘したりする。
そういうことの前にまず現実と遭遇してしまっているんだっていう。それがつまりβ要素ですから現実は。
それでなんでこういうβ要素とか、KとかLとかHとか、変な記号いっぱいアルファとかね、変な記号いっぱい使ってるのかというと、その名称を定義できるような名称を我々は知らないからだって言ってるわけですよね。
つまり現実とか言っちゃうと、いつかもう我々は何か日常生活みたいなのを思い浮かべて、箸だの、コップだの、人だの、セックスだのという、全部現実だと思ってるわけですけど、
我々現実を知らないということをβ要素はものすごく言ってるわけで、だからそのセミナーでも言うんですよね。来てる人多分精神分析科ばっかりなんで、皆さんの昨日の患者だの、今日見た患者だのではないんだと。そういうのはいいんだと。
明日見る患者っていうのをここでは重要視して話しましょうみたいなことを言うんで、明日の患者って何を言ってるかというと未来って意味じゃないですよ。王だって言ってるんですよ。
つまり、明日の患者がどういうふうにしてその患者さんと遭遇するかをみんな知らないよね。この点では我々は横一線だよねって言ってるわけですよ。
経験を積んでるも積んでないもなく、だから欲望なく記憶なくって話になっていくんですけど、経験積んでる積んでない、詳しい詳しくない、知識が豊富豊富でない、関係ないと。
これから会う患者については結局我々は何も知らないと。10年会ってきた患者のことだって結局明日来ないかもしれないじゃんみたいな。誰も来ないと思ってないでしょみたいな。いや、精神分析家だったら思っててもおかしくないですけど、来ないかもしれないじゃないですかと。
この感じはですね、よくわかるようになったんですよ。それでも私は分析家ではないし、経験年数も事実上全く浅いですが、それでもわかるような気がするんですよ。来ないかもしれないだけではなく、別人のような人が来るかもしれない。
どういうことが起こるのかなんて誰も知らないんだと。だからそれを現実とか患者とか呼んじゃいけないんだと。王と言えということ。王すなわちゼロなんですが。
この何もわかっていないものと遭遇しなさいねということなんですよ。遭遇するんですよってことなんですよね。
昨日の患者さんについてとか今日見た患者さんについて、あなた方はあなた方って言ってるんですけどね。教会例だとか兵庫市町村だとかエリフスコンプレックスがどうしたのか言ってるけど、そんなのは嘘だと。
私は信じないっていう。すごい挑発的だなと思わなかないんですけど。そんなのは嘘だと。そんなことわかってるはずがないんだと。王なんだと。
現実というのは我々がわからない何かなんだということをものすごく強調してるんですよね。この背景を知らずに身を読んでも意味不明だと思うんですよ。だから彼は欲動論ではないんですよ。王は欲動できないじゃないですか。
リミローは対象気球的じゃないですか。いいおっぱいとか、わかんないですよ。裸の異性とか綺麗な人とかなんでもいいんですけど、ホットケーキとかパンケーキとかふかふかのベッドとかなんでもいいんですけど、欲望は対象気球的ですよね。
欲望と何の関係もない対象に向かっていったら既に相当おかしいじゃないですか。すごく性欲が募ってるからブロッコリーが食べたいとかおかしいじゃないですか。なんかそういう話ってありますけどね。シュールになっちゃうじゃないですか。
なんかものすごく眠いからこれから水浴びしてくるとかね。おかしいですよね。間違いなく、まあ考えようによっては眠気を覚ますために水浴びするならわかるけど、寝たいから水を浴びるってのはおかしいですよね。欲望は対象気球的なんですよ。ところがビオンは王だって言うわけですよ。それがなんだかなんてわかんない。これからセックスしようとしていたら、なんかそれは目の前にあるのはお墓かもしれないよってそういうような話ですよね。王ですから。
王というのは要するにこれもビオンが言う不安というのと同じなんですよ。我々はそれを見ることも書くことも聞くこともできないっていうそれがつまり現実なんですよね。現実は我々の何も知らない何かなんだということですよね。我々はそういうふうに現実に接することはできないんですけど、でも真相を言えばそういうことになりますよね。
だから赤ちゃんはこれからおっぱいを吸おうぜって絶対思ってないわけだから現実にいきなり遭遇する。そしてそれはトラウマになりうる。少なくともギャン泣きぐらいはして当たり前だ。ベータ要素に満ちているっていうそういうところからスタートしていくわけですよね。
で当然のことだからですね一応ビオンは精神分析やってるんで宗教やってるわけじゃないんでなんかこうだんだんだんだんでもね悟りの境地みたいな話に近づいてるなと思うんだけどとにかく患者という何も知らない人との遭遇があり遭遇した瞬間に患者さんは例えばビオンにめちゃくちゃ怯えてめちゃくちゃなことを言い出すかもしれないとそういう患者さんを理解しようとして我々は理解しようとはするわけですよね。欲望なくだから本当は理解しようとしちゃいけないんだけど
理解をしようとするそうすると暗唱に乗り上げますよねこれはよくわかるんですよやっぱりどんなにそれほど難しい話聞いてないなと思ってもいずれ真剣に長くやってれば暗唱に乗り上げちゃうんですよ不思議なことにつまり理解できないんですよね
理解しよう理解しようとしてるんだし理解できる話なんですね理解できる話なんだけど聞いてるうちによくわからなくなってくるそしてよくわからなくなってくるもんだから僕のようなど素人で奇跡の人間は何かそれっぽいこと言うわけですよ何か観客の真似事をしてみたりアドバイスにならないようなアドバイスをするとか何とか色々一生懸命考えてやるわけですよね
それこそそのまるで論理療法みたいなこともするし相手の認知について検討することもするしとか色々やるんだけど無駄なんですよね無駄に終わることが多々あるそうして一連のことをやり尽くしてみると暗唱に乗り上げるもうなんだかよくわかんなくなるしどうすればいいのかわかんないし自分が役に立っているのか役に立っていないのかもよくわからなくなってくる
王ですよねつまり王に遭遇する真剣に考えればこれはかなり恐ろしいことですよね冒頭で言ったじゃないですか私3ヶ月チャレンジし全振りしたいと全振りして全てのケースでわけわかんなくなったらどうするんだって話ですよね何かわけわかったようにビジネス書とか書きまくっていてどっかどれかが10万部ヒットしたらいいなーってやってる方がそれもかなり危うい生き方ですがかなりマシな生き方だと思うんですよねその方がまだしも
こんな全てが暗唱に乗り上げちゃってそうはならないんですけどそれはそれで王ですよねとにかくだから3チャレンジ全振りするとかいうのもいかにも王なわけですよそんなことをして何になるのかなんてわからないわけです明日会う患者さんは来るのか来ないのかもわからないそもそも今本当に生きているのかみたいな話もあるわけですよ突き詰めて言えばですよでそういうことをどんどんどんどんしていくわけですよ
彼はね王に遭遇するでトラウマになるで例えばですけど境界例の患者さんがいるんですみたいな話が別のセミナーでですけどねどうしてもそれは境界例に聞こえないんだけどそここそまさにビオンの言いたいことなんですよね
あなたは境界例知ってるつもりなんでしょうけど知らないんですよって言ってるわけですよあなたはフロイトが言うところのセックスを知ってると思ってるでしょうけど知らないの公明な精神不適化ですからね知らないはずないわけですよね知らないんですよって言われですよ境界例もセックスのこともってどういう事例かというとなんかよくわかんないんだけど美容があってちょっと数分もするともうめちゃくちゃバリ増温と
で確かに私も経験したんだけど防音装置みたいな使うんですよねあるいは防音壁みたいな防音壁が無駄になってる感じがすると外に叩き声になってるともちろんめちゃくちゃな言葉ですよあのいわゆる歪説でいわゆるセクシャルでしかもなんか絶叫ですよね絶叫されているでビオンはすごい言われてるわけですよクライン派は全員信用ならないとかクライン派とかやってる奴はみんなクソだみたいなことがんがんがんがん言われてるわけですよね
大声でで当然さえは自分の評判にも関わるしそんなの外に聞こえちゃっているのも問題だしなんだけど手の出しようがないんだとその女の人なのか女の人だよなカウチから落ちて落ちてるんだけど落ちてることにも気づかず絶叫しているとである言葉に対してビオンが解釈解釈のつもりなんですよね解釈としてなんか喋るんだが相手の耳が届かない相手絶叫してるから
だから自分も絶叫しなきゃなんないというような形で王に遭遇するわけですね現実とはそういうものなんですよと教会例とかセックスとかいう言葉は虚しいんですよっていうことですよね現実っていうのはそういう我々の定義とかを遥かに超えちゃっているから現実と遭遇してどうしていいのかなんてわかんないはずだし実際わかんないしあのいつもベータ要素ですよねどう考えても
だって絶叫していて自分の評判をもうめちゃくちゃにしそうなことをずっと絶叫していてそれが部屋の外に丸ぎ声になっていてビオンはただただなんかこうそれを無理やり聞かされているとねじ込まれているみたいな言い方になるんですかねわかんないけどだからビオンの考え方基本的な考え方っていうのは自分は王と遭遇するんだっていうことを言ってるつまり現実まあやっぱり現実なんですよね
言うなら現実というしかないんで現実というものと遭遇するでここでベータ要素とかkとかいう言葉が出てくる訳が出てくるわけですよ現実というのはおかしい認識というのもおかしい生活なんかではないクライアントとかいうのとも違う王というしかないだから愛というのとは違う天性恋愛といったって無駄だっていうことになってくるとLというしかない愛を人はここから連想するんだろうけど愛じゃない何かみたいな
だから夢というのでも現実というのでも何でもないαとかそういう言い方なんですよね抽象記号ってそういうためのものじゃないですか幻覚でもありトラウマの原因でもあり現実の一端でもあり考えることができないものでありってなってくると言葉がないですよねだからベータ要素とかっていう仮定のものとしてそれを私たちはまだ何であるかは言えてないし知らないんだけれどもでもそういうものは使わなければならないから
ベータαLとかOとか言い出すわけですよだからKも知識とか認識とか考えられているとかそういうことではないんですよねそういうような方向に向かうための何かなんですよだからKなんでしょうね
KLHとかそういうのはこのOの話よりもはるかに手前ですけどだからKを詰めていけばOに至れるんだみたいな中期美音の考え方を多分後期の美音は捨ててOからKに至るんだみたいなだからOからKに至るっていうのはおかしいわけですよでもOからKに至るしかないようなところがあるわけですよね何にも分かりませんみたいなところからスタートすると何にも分かってないわけだから何にも分かってないのに分かっていると思うのはマイナスKですけど
でも我々は多分そうやるしかないんですよねこれをどうするんだって話なんですよ何も分かんないのはいいんだけど何も分かりませんではどうしようもないじゃないですか誰かに言われたわけですよね確かねまだ僕その箇所見つけられてないし書いてないかもしれないけどそういう欲望なく記憶なくとか言ってるけど時計も見るなとか言ってるけどそんなことでは料金取る資格はねえんだよみたいなこと誰かに言われたんですよね
でもまあミオンは大真面目なんですよあれを何かのこうある種の何かに見立てて言ってるってわけじゃないですよね本当に時計見るななんですよきっと彼の場合はそれはいいんですが私がそのことから強く連想したのはやっぱ物飛さんなんですよね
雷壇座中心療法ってやつなんですよ王になるっていうこと患者になるってこと言うんですよね患者は王ですから王になる王を知るとか王を理解するってのは無理だから王になるしかないとその時に不思議と出てくるじゃないですかクラインの東映同一課がさっきの耳をすんざくような聞くに耐えないようなことを絶叫している女性と美音のその相手に対して聞こえるように解釈言うとなると怒鳴りまくるしかなくなるんですよ
そうすると怒鳴っている男女がそこに現れてそれこそがまさにその人の心の中の状態なわけですよ教会例だとか言っている人の状態なわけですよ男が絶叫し女性も絶叫しているなんかファックユーだかファックミーだか知りませんけどそういうことを言っているそれに対してまた絶叫しているそういうセックスをしちゃっているっていうような話だからむちゃくちゃな状態になっちゃってるというような話
そういうような心の状態というものにいつの間にか入り込んでいるこれがつまり王になるってことですよね患者そのクライアントさんはもはや精神状態そのものになってしまっているわけだからそれをそこに遭遇するということに意味がもしあるとすると自分もそれになるしかないみたいな話
転移っちゃ転移なんですけど多分美容に言わせれば転移なんて言葉では理解できてないみたいなことになるからもっと先へ行くんだみたいな感じになってるからやっぱ王になる
ウィカミング王になってるわけですよね一緒になってその人の世界に入り込もうみたいなそういうちょっとなんか違うんだけどでもそういう感じですよね
そうしてこう入り込ませられるよねみたいな感じがしますね読んでると読んでるとそういう感じがしました
質問は辛辣な質問いっぱい出てましたけどそりゃそうだよなっていう感じがします
だってどう考えたってそれはそこから何かを生むっていうのは大変難しそうな話ではありますからね
ただそのわかるのはウィカミング王であるにせよその教会例みたいな話であるにせよすべては現実という話をしているんですよね
欲動とか快不快とかいう話をしてないんですよね美容はきっとしてないわけじゃないんだろうけどすべてはまずその現実に遭遇しているということを無視するなってことを言ってるような感じがしました
現実と遭遇してるってことをあっさり知りづけて対象だとか対象気球的だとかリミローだとか言ってるのは
すべてその一番見るべき部分は無視して何かそれっぽいものを見に行っていてそれっぽいことを言うようにしている
だからそういう言葉遣いになっちゃっているんだっていう話を多分しているような感じがしました
ほぼ私何かを理解できている感じの話になってませんがただ欲動論と外省論って話で言うとすごく外省寄りなんだなっていうのは感じることがあります
だからベータ要素とかっていう話でそういう意味では夢が破られる夢っていうのはその将来の夢とかじゃないですよ
夜見る夢ですらないです夢というのは我々が日常生活で送ってるこれです
この現実感覚というのは間違いなく夢だと思うんです穏やかすぎるじゃないですかある意味では穏やかじゃない人は申し訳ないです
でもまあ穏やかじゃないですか今この瞬間にはこれ大事なポイントなんだと思うんですけどね
鼻先に前前方があり鼻先に前方があれば右と左と後ろができますよね夢ですよね
右も左も後ろも前も現実にはないですよね上も下もブラジル人にとっての足元は私たちの頭上だみたいなギャグがありますが
でも実際その通りですよね実際そうですよね我々にとって下は下だし上は上なのはという夢を見ている
こういう夢がぶち壊しになるということは大変恐ろしいことですよね
我々は現実そのものになってしまうと現実感覚を失うんですよ
美音が言ってるのは多分そういうことなんだろうと思うんですね
そこから全てが始まらなければいけないみたいな話なんだろうなって思うんですよ
だから本当に理解したいと思ったらそういうことになっちゃうんですよ
だって患者になってしまったら私の感覚って崩壊するじゃないですか
本当になることができればね私は諸富さんのようにレベルの人間じゃないんです
そういうことできれませんけどでもふわーっとなるみたいなことは時々起きるわけですよさすがに
自己感覚というものが失われるだからバンダリーって私あんまりいい言葉じゃないんじゃないかなって思うことが少なからずあるわけです
それはそれで大事だと思うんですけどね
物思いっていう方がはるかにわかるような気はするんですよ