1. 佐々木正悟のライフハックからの精神分析
  2. 「雨の日」は心の専門家に!で..
2025-09-18 45:29

「雨の日」は心の専門家に!でもお天気雨の日は?【1252】

東畑開人さんの批判ではありません。ないつもりです。
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サマリー

このエピソードでは、精神分析とタスクシュートの活用方法を深く掘り下げ、確定申告を例にとって実践的な側面を探っています。また、行動科学的な観点からタスク管理の重要性と報酬システムとしての役割についても考察しています。 このエピソードでは、カウンセリングや心の専門家に対する理解が深まり、特に専門家とユーザーの視点の違いに焦点を当てています。さらに、タスク管理の手法やカウンセリングの効果についても論じられています。 このエピソードでは、雨の日に心の専門家に相談することや、心理的な健康の重要性が議論されています。特に、お天気雨のような微妙な状況での適応についても言及され、個人の経験と健康管理について考察されています。 このエピソードでは、心の専門家によるアセスメントの重要性や、自己責任の時代において適切な専門家を見つける方法について議論されています。

精神分析とタスクシュートの概要
おはようございます。朝っぱらから精神分析第1252回をお送りします。
9月18日木曜日7時58分です。
はい、えー、今日はですね、あまりパリッとまとまってないんで、昨日はパリッとまとまってたつもりなんですけど、あのー、今日はグダグダいこうと思っています。
まあグダグダやめてくれよっていうこともあると思うんですけど、何しろ1200回もやってると、まあそりゃグダグダな会話いっぱいあると思うんですね。
ネタがそんな無限…でもネタは尽きてない感じがするんですよ。まだ喋ってないことがいっぱいあるんですよね。ケース面とのお話とか、昨日のマテブランコだってほぼ初登場感がありますし、昔喋った気がちょっとしますけどね。
あのー、心身症のこともまだ全然お話してない…いや、しろよってことだと思うんですけど、なんかするほどのまだ魅力を僕の中で感じきれていないっていうのかな。なんかあるんですよね。
ビヨンとかも最初はなんか希望抜きのおっさんみたいなイメージだったんですけど、今もなんかビヨンのことならば、えーと、これあれですよ。
ビヨンのことなら語れるってじゃないですよ。この辺が私がこの番組でいつも言ってることなんですけれども、ビヨンについて語る資格があるかっていう、頭をかすめるということ自体がすでに病気だってある意味思う。
あーもうちょっと言い過ぎですけど。そんなことを考えていたらダメじゃんって感じがするんですよ。もちろんその、わかりますよ。今はほんと専門家の時代なんですよ。
でも例えば石場首相は辞めるべきかどうかっていうのは、市民に問うみたいな話じゃないですか。なんかよくわかんないけど電話調査しましたみたいな石場首相を辞める必要はない43%みたいなやつね、あれ。
別にいいじゃないですか。どっち答えた。なんかこう資格があるかとかって考えないじゃないですか。でも辞める必要はないっていうのに対して腹を立てる人はこいつはもう何もわかっていないパヨクダみたいになっちゃうし、絶対辞めなきゃダメだっていう人に対してはネトウヨメみたいになるじゃないですか。
つまり要するにどっちの意見だったとしてもある種の人から見れば戯言じゃないですか。得意の、私なんかそう言いたくなりますけどこういうこと、こういうことちょっと頭に入っちゃうと当然どちらとも言えないって答えたくなるじゃないですか。23.7%みたいなね。
なんでどちらとも言えないとかって、どっちかって聞かれてるのにどちらとも言えないって答えるみたいなね。昔面白い漫画があったんですよ。朝日新聞の夕刊だったかな。夕刊とか撮ってたんだな、うちもな。どちらとも言えないがやたら多いね。これは日本人の性格なのかね。これいいことなのかね。悪いことなのかねって誰か会社の上司の人が言うんですよ。
それに対してあの主人公の冴えない男の子が男の人、男性社員がですね、どちらとも言えないんじゃないですかって答えるんですよ。あれはよくできてるなって思うんですけど、まあそうっすよ。そう答えておきたくなりますよね。
いやなんか私不勉強で美容なんか全然わかんないんですよって答えておけばいいわけですよ。その効果収まりが絶対いいですよ。そうして誰も何も言わなくなっていく感じになっていくんですよ。で僕らは何にも聞けなくなるわけですよ。あの昨日ですね、この話をする前にCMしておこう。絶対CMのことを忘れると今思ったんですけど。
だからあの23日にタスクシュート完全活用術をやるわけですけど、もう私がやりたいくってパタパタしていること、パタパタもしてないんだけどパタパタしてたのはちょっと前のことだったんですけどね。タスクシュート完全活用術という定義で私が言いたいことは精神分析なんですよ。言ってみれば。
なんでかっていうと、タスクシュート完全活用術を行動良好的に言うのは一見したところ普通にできるわけですよ。だってタスクが終わるのは報酬じゃないですか。これはもう間違いなく報酬ですよね。よっぽど仕事が嫌だって人じゃない限り、例えば私なんか全然楽しいと思ってないですけど、それでも確定申告の準備が整うと気分は絶対いいわけですよ。やったぜって感じ結構ありますよ。
どのくらいあるかっていうのは微妙なんだけど、わりとね、鈴広ってところにおいしいかまぼこ屋さんがあって、練り物なんでそこではシフォンケーキとかも作っててこれがおいしいんですよ。ぜひ今度行ってみてください。
箱根湯本の手前の風祭りみたいな名前の駅に降りるとですね、ある不思議なところでですね、なんかかまぼこテーマパークみたいなことを打ち出してて、いやかまぼこテーマパークって人集まるかってすごい人いるんですよ。週末とかもうお盆ぐらいになってくるとディズニーなのかここはほんとテーマパークだよねっていう一大テーマパークですよね。そしてかまぼこばっかり売ってるというね。
まあおいしいんで。今やっぱりみんな二ペラしあがったんだな。うちの親とかバカじゃねえかって言うんですけど、あなた方はわかってないんですよかまぼこ好きなくせにねっていう。だからそういうまあ別にいいや、そこら辺のなんか着色料のついたようなかまぼこをうめいうめい言って食ってるわけですよ。まあいいんですけど。
えーと何が言いたいかというと、そこのシフォンケーキはおいしいので食べると幸せになりますが、間違いなくそんな私でもあの面白くもなんともない確定申告の書類を出し終わった後の方が発生感ある。あの幸福です。だから当然タスクが終われば報酬になるに決まってるわけですよ。
だからこのタスクが終わる報酬のためにタスクシュートを繰り返し使うのは行動科学的に理にかなっているって説明一発入れとけば済むのに私は何を納得できずにですね、そこにこうニードガーとかコンテナガーとか聞く人が聞くと笑っちゃうようなことを不正確に無理やりぶち込んでいるのかアホじゃねえかと思われていると思うんですけどね。
でもですね、納得できてないんですよ。だってタスクシュートを使わなくたって確定申告終わらせてる人はいっぱいいるわけじゃないですか。
なんでタスクシュートのボタンを押せばAIがやってくれるみたいに確定申告ってボタンを押せばですね、なんかこう書類がわーって集まってきて、オカルドですけど、わーって集まってきてピューってなんかこうレターパックにたまって、そして一番僕が嫌な、なぜ嫌なのか不思議だから地味だこんなことではいけないと思って手で書くんですよ。
だって手で文字を書くのは辛いと思うので、私は聞いていてすっごい納得するんですよね。こんなものを書かせるのやめてよみたいな。でも、手でものを書くのが嫌なはずは絶対ねえと思うんで。
そんなものを重いにするなんてどうかしてると思うんで書きます。これが嫌だと思う自分が嫌だと思うんで書きます。だってにそっちだって手でものを書きたがるじゃないですか。あんな誰でもできる、何の疲れももたらさないものを抵抗感を持つっていうのがどうかと思うんですよ。抵抗感を持つけど。
で、あれポチって確定申告タスク開始ってやった瞬間にうわーってこうロボットみたいなAIがやってくれるなら、それならタスクシュート絶対続けますよね。でもタスクシュートに開始終了のボタンの記録を押したからって確定申告をやってはくれないんですよ。僕このことをめちゃくちゃ言ってるんだけど。
この当たり前のことをめちゃくちゃ言ってるんだけど、なんかねえ借念としない顔をされて私が借念としないんですよ。タスクシュートをやろうとやるまいと、終わるか終わらないかに関係ないじゃないですか。ところが終わるんですよこれが。ここを説明したくなるわけですよ。このまま放っておくと、いや終わるわけないから騙されているんですっていう風に最もらしく言う人もいるんだけど。
にしてはタスクシュートって多くの人が続けて使えているわけですよね。必ずしもチェックリストではこうはいかないし、かの有名なGTDでも結構マッチョに頑張らないとこうはできないんですよ。もちろんあの一時有名になったホモ道路テクニックで25分ずつやるってなんか一時ものすごいこう沸騰してね。
タスクシュートの効果と課題
あ、やばいタスクシュートもう押し出されるかもって思ったんだけど、気がつくとホモ道路テクニックで確定申告終わらせていますって人は必然してるわけですよね。終わりませんって人の方が遥かに多くなってるわけですよ。だからダメじゃんって感じだ。説明しろよちゃんとっていうホモ道路だろうとGTDだろうと私が言った問題は何ら解決できてないですから当たり前じゃないですか。
ホモ道路のあのトマトの25分のキッチンタイマーをセットしたら自動的に確定申告の書類がスッだったらいいけどそれはただキッチンタイマー25分にセットしただけじゃないですか。それと何の関係もないですよね。何の関係もないというか関係づけるんだけどここに少し真理入ってくるんですけど関係づけることができて結局マッチョなことができる人はいいですけどできる人はいいっていうかそうすれば進む場合もありますが進まない人はそれをセットする気すらしなくなって。
終わるわけですよね。
だってやってはくれないんだもんトマトのキッチンタイマーは当たり前ですけどGTDだって同じですよ洗い出した後でこれは何かってそういう等だから心が水物ように静かになったからだから確定申告ができますってことにはならないんですよ。
水物ように静かになるようになっちゃうわけですよ普通にだから代わりにやってくれるわけじゃないんですよAIは代わりにやってくれるところが偉いわけですね代わりにはやってくれない以上タスク管理いくらやってたって仕事が進むわけじゃないのにでもタスクシュートの人は多くは仕事も進むっていう風に言うわけでここは仕事が進んだらそれは報酬になりますけど
でもそれはタスクシュートを使う理由にはならない確定申告をする理由にはなるけどねあれやればまあほらカンプ金が戻ってきたりするんで報酬は用意されてるわけですよだからあれが繰り返される理由はわかるところが私なんか確実に言えるんだけどタスクシュート抜きでは絶対確定申告はできない自信がありますこれが不思議なんですよだからということはこれは何かしら動きがある力度がここにあると思うんですね
でそれは認知の歪みとかではない私の認知は歪んでるかもしれないが確定申告についてはそこまで歪んでない一回も失敗したことないですまだフリーランス歴もう20何年20年近くなりますが確定申告は全部やり終わせてますからね税理士さんの力借りてますけどでもできなかったとか落としたとか不十分だったなと思ったことはないです
あの私はつまらん自慢だと思ってるんですけどあの一応書籍原稿も落としたことはないんですよね締め切りに完全にアウトだったっていうケースはなかったと思ってあったぞっていう編集の人がいたらコメントに書いてみてください忘れてるからあのでもなかったと思ってたぶん聞いてないよねこれね残念ながら
ロック60タイトルでゼロだったっていうのは結構珍しいことだと思うんですよでもこれは僕は完全にタスクシュートとしか関係ないと思ってるんですよはっきり言ってタスクシュートなければ無理なんですよ僕にはねでこれは認知の歪みとか関係ないだろうと思うんですよね
なくはないんだけどなくはないんですよ落とすんですけれどもタスクシュートないとねじゃあタスクシュートは認知を正してくれるのかっていうとそういう面もありますがそれだけでは説明になってないなと思う行動主義も一見すごい良い説明のようであのボタンを押すことにはね愛した方針はないあの j 松崎さんは非常に行動科学的なあの
夫婦を怒らされていてですね開始ボタンを押すといいいい感じのロリンっていい感じの音効果音がでもこうか
効果音聞きたくて仕事するって話ですよねでしかも j さんはすごい良いことにあの終わらせた時よりも始めた時の方がいい効果音これは確かにいいいいってみんな言ってるんでいいんですよねでこの効果音結構ですね小音にしてもイヤホンしてる時入ってくるとか
ちょくちょくなんか音を絶対出すようにしたんですよあの人偉いなって思うんですよね 非常に行動科学的ですよねこれはね
着手の効果しかもいいんですよ何もしてなくてもスタートボタンをした瞬間にいい感じの音で終わった 時の方がもっといい感じであったほうが良さそうな終わった時はそこまでテンションハイになるような音じゃないんですよ
エンドボタンの場合はねあれは大したもんだなって僕は思います この人はよっぽどここにあの信頼おいてんなって感じがしますね
私はあそこまでやろうとは思わない 市民あっさり小音とかにしちゃいますつまり音じゃないんですよね
音の効果でボタンを押しているわけではないんですよやっぱり でこの力度について説明したいというのがずっとあって実験的にずっと説明しているわけですよ
対象関係論とかまで使ったりコンテナーとか使ったりいい線きてると思うんですけどね 私の中では少なくとも認知の歪みっていうが意外年をタスクシュートにぶつけるよりは
はるかにマシだとは思っています 人によってはそれでいいんですけど
てかだからそのどの説明でも ok です私の説明を信じるのは最後にしてくださいっていう 最後まで何か私と似てですね会議派みたいな
どうしてもそういう説明でも納得がいかないっていう人向けなんですよ あれは私の
よくて23日の終分の日にタスクシュートの説明もしますけど 私が使ってなどを使ってるかっていうのはでもそれは
認定トレーナーさんがやっていてしかもどう考えても今や認定トレーナーの方が詳しくやっ 私より私は相当大雑把にやるようにしています
カウンセリングの理解
意図的なところもありますけどね 確実に効果が上がるところだけでタスクシュート使ってますからそうしないとなぜ効果が
上がるのかの説明を抽出しきれてないと私はまだ思ってるんでこれは 不思議でもあるんですけどオリジナルで創始者の開発者である大橋
奏さんでも同じで説明としては私は十分ではないと思っているんですよ だけれども説明なんか十分でなくても全然いいんでこれはツールでありメソッドなんで
ツールとメソッドってそうじゃないですか 何で動くかよりも動くってことの方がはるかに大事ですよ
なぜそれが効果あるかよりもそれが効果のあるってことの方がはるかに大事ですよね 思うんですねこれは先日だからここから話がねあの
カウンセリングとは何かこのタイトルで出してる本って多分世の中に少なくても10冊 以上ありますよねカウンセリングとは何か間違いなく他の人も出してますよね
かわいい早結びとかね でカウンセリングとは何かを戸畑海人さんが書いて現代
公文社現代新書だったと思います結構分厚い本だしでもなんか読めるらしい あの人は本当にここはもう本当に私も
なぜ私にこの能力がないんだっていうぐらい本を読ませる才能に 才能だけじゃないですよねあれ大変なサービス精神でまぁもちろん占えばっていう意識も
極めて強く持ってないとあーは絶対書けないんで偉いなぁとこれも思うんですけれども あの山崎たか山崎高木さんですねはい
youtube の中でこの本についての紹介をしていてそこでですね さっき私が言いかけていた
何を言いかけていたのかを忘れている今日グダグダなんですよね忘れているんです けれどもあの
結局カウンセリングとは何かっていうふうに言ってまぁすごく幅広いですよね彼は中立 って極力言っているんでだから
結局カウンセリングはなぜ効果があるのかが大事なのであってここにつながってるわけです ユーズ派にとってなぜ効果があるかが大事
専門家の視点
効果があればいいんですよ効果があるなぜ効果があるかっていうのは大事じゃない ということです今の言い間違いそれが大事なの専門家にとってだけであって
使う側にしてみると僕があるんだったらそれでいいわけですよ 認知行動の方が精神分析よりなぜいいのかどうのかっていう議論は勝手に
やっててくださいってことですよね タスクシュートの方が gtd よりいいとか何とか言ってるの勝手にやっててくださいって
ことですよね なぜ効果があるのかみたいなことにこだわるのは一部のマニアックな人だけなんですよ
専門家的な方向に向かいがちな 効果がありゃいいわけですよ方法論なんだから
ツールなんだから ってことをある意味今の語弊がありますこれだけ言うと非常に誤解を招く
戸畑さんがでもおっしゃってるのは要するにユーザーから見たカウンセリングってどうよってことなんですよね
我々はつい我々っていうか私はおかしいんだけど 専門家から見たカウンセリングを説明してしまう
だから要するにこの車にはでもそういう車のマニアさんいるんでそういう言うだって いるんで僕は僕が言いたいのはそっちの話なんですけどね
一般論として彼らが正しい山崎さんとか 戸畑さんがおっしゃってるのしかもそれを専門家側から言うから素晴らしいって思うんだけど
でもそれは一般論であって私は例えばパソコンマニアってこのパソコンのスペックはって言い出すじゃないですか
使えりゃいいのはそれは一般的にはそうですよユーザーからすると なぜお前らは専門家でもないのに実は私もパソコン自作したことがあるんだけど
このなんか基盤がいいんだよとかって言い出す人はいるわけですよ プロマって明らかにいるじゃないですか
軟気等で難視排出力がどう排出がどうのこうので しかもこれはにもかかわらず音は静かでその設計にはこうなっていて
ほぼ興味ないんですよね 車にいや車ってのはまっすぐ走って動いてでなるべく安くてコスパが良ければそれでいいんですっていうのが
まさに普通のユーザーの普通の言い方なんですよね でカウンセリングもそうであるはずだって話でそうであるはずだって私も思うんですよ
でも私は私はなぜ精神分析で対象関係論が最も素晴らしいっていうのかって話を しかも対象関係論を語るそれこそ資格も精神分析を語る資格すらなく
それどころか心理印象について語る資格すら一切ないから まず専門家から絶対相手にされない類の人間ですがでも喋りたいから喋る
そうであるべきだっていうのは僕の考えからなんですね しかもそれを一部の人間はこれは一部の人間でいいんですよマニアックにそれをやりたがる
つまり自動車整備工の人みたいにやりたい自動車ユーザーは絶対一定数いる 少数かもしれないけれども少数としたって車のユーザー多いですからいる
でそういう人たち自身が集まっていくと車についてもっとある意味使いが 使う能力が上がっていくっていうのは私の方法論の基礎にある発想なんですね
精神分析について精神分析家でもつまり自動車整備工でも何でもない人間がしかし精神分析についてマニアックに語っていくうちに精神分析的な効果がその人には現れていくっていうのが私の基本的な考え方のもとにあるんです
ライフハックってそういうもんだと僕は思ってるんで タスク管理について爪に詰めて考えているうちにその人は仕事ができるように少しは絶対その人比であればなる
他の人よりできるようになるとかそういうことではなくて こんなことやってるんだから仕事しろって言われるというようなことも踏まえて
一生懸命タスク管理GTDでもその辺は何でもいいと思うんですけど マニアックに詰めていけばその人は絶対仕事ができるようになるって私は思うんですね
これがベースです 私はだからアンチテーゼでは全然なくて違う話をしているだけだと思うんですけど
田畑さんのカウンセリングとは何かとはある意味逆の方向に向かっているわけですよね
専門家であるカウンセラーは僕はそれもそこにも本当は言いたいことはあるんですけどそんなこと だから非専門家が言うんですよねこれをね何でなんだろうな
非専門家なんだから彼が言ってる通りにしとけばいいんですよ一番ね 彼が言ってくれてるのは非専門家に優しいんで
だけれども私は秘伝のところ釈然としないところはいろいろあってですね でもこれもわざわざ言っても別に田畑さんがやってることに批判的なわけでもないんで
非常にこうそういうそういうもんだと思うんですけどね あのねじれているものだとすれ違うものだと思うんですけどね
つまり彼が言ってるのって中立なわけですよ でケアは素人のケアでいいんだと民間が民間セクターが一番
最終的な価値は決めるんだと実際そうなってるはずでしょうよねっていうそこを専門の カウンセリングの例えばセシムゼリーが一番そうですけどね
もっとも専門家的なところがあのそれには有効性があるとかないとかいうのを決めるのは おかしいとそれは私もそうだと思うんですよ
そういうふうにつまりどれもフラットに見ていけばですね だから最終的に心の専門家というのは逆にその多様性を扱える人間だってことを
言ってるわけですよね 誰にも彼にも同じように同じ方法を当てはめるのは一部の人にはそれはいいでしょうけど
例えばまじないとかだって聞く人には聞くと でもすべての人にまじないをやろうとするからそれは素人誌なんだっていう
ここはでも私はSPの方の人には絶対反論があると思うんですけど 心の専門家っていうのはまじない扱わないでしょうけど
人によってはCBT人によっては精神分析人によっては何だろう 関係分析かな人によってはブリーフみたいにこう人によってマッチングを使い分けられて
自分にそれができないんだったらリファーができるのがまあ確かにそれはそうなんだけど 専門家ってもんなんだと
まあまあいい話だなと思うんですよね 総合外来みたいなんですよね
その分だからシステマティックにもなれるし まあいろいろいいわけですよ近代的になれるわけですよ
同じような馬鹿の一つ覚えみたいに精神分析精神分析みたいな うつの人にも精神分析だし
タスク管理とその影響
ヒステリーの人にはもちろん精神分析だし ボーダーの人にも精神分析だしパーソナリティ障害の人にも精神分析だし
精神分析は万能なんですよみたいな それはダメだってでもこれ精神分析は専門家領域の中に入ってんだよなって僕は思うんですよね
そこのところは多分今のところうまいことを政治的に決着してるんでしょうけど どうなっていくんだろう今後っていう
あとこの発想だと理論としてはわかりますけど 全てのことをアップデートして勉強一生続けるのが素晴らしいんですって
そうだけど最近のスキーマ両方とかを見ても買っちゃってるわけですけど
読む気も全部読む気もないくせに買っちゃってるわけですけど ブリーフセラピーとかもあってねロジャーズも深く学べば
諸富さんとかね深く学べばすごいことが起きたりしてでもユングも学ぶべきだ 理屈はわかりますけどそんなのできるのかよっていうのが
心理臨床科はなんだ超人科っていう感じがしかもお医者さんほど儲からないという噂のあるところでですね
そんな風になるもんかなっていうそこまで期待する 何に誰が期待するのかわかんないですけど私なんかは松木さんの本読み
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わけなんですよユーチューブね ザッ
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全部読発してそれを解説するとなってくると結構ややこしいというかそれなりのボリューム になってしまうのにフロイト全集だけだってあんなにありますからね
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エリスとか これ今言ったのは僕一応全部読んでんですよ
一人一人のそれなりに全員全部とかじゃないですよ 一冊は読んでるって意味ですよクラインとか
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みたいな人の方がはっきり言って健康で長生きしています いらっしようないわんみたいなことを言っていたうちのおじいちゃんは一番私の祖父の祖父母の中で
早く死んでるんで わかるんですよ言いたいことはね
でしかも宗教家だったからね医者など信用ならんみたいな 私は信仰で治すんじゃんみたいなことを言っていて
なんか医者にかかっとけば絶対防げたような病気でコロッと死んじゃったんですよ いいおじいちゃんだったんですけどね73歳ぐらいかな
まあ苦しまない感じだったからそれはそれでいいかなっていうのもあるんだけど
家族と健康管理
やっぱりですね人に相談するっていうのは別に私心理臨床推しみたいなこと言いたいわけじゃないんですけど大事だなって思うんですよね
信念は信念としてあってまあそうじてそれでだっておじいちゃんもそうだったんですよ 私は医者にかかったことはないが今日までピンピン一人じゃないかみたいな
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自分だったらみたいな 何でかっていうと
相手の腕次第ではないからだって思ってるんですよねどっかね うちの父見てるとなんかそれを思うんですよ
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私もバッチリ受けて酷い目にあってんですよ 本当にあの悪くもない犯人も抜かれてますからね
それはだいたいうちの父親のせいなんですよ あそこを異像みたいなデタラメを吹いちゃうするから
甘えがいいと思ってるの名前覚えてるだけじゃんっていう人の名前覚えられない人ですからね 名前覚えたらもうそこはいいところなんですよ
でも結果としてはトータルとしてはうちの父はなんかね母より健康 母は明らかに体は父より健康なんですよ
だから病院なんか行かないわよみたいな 寝てれば治るのよみたいなこと言って本当に治っちゃうというかそもそも風邪引かない
でもあの人を見ているとそうして医者を選びまくるんですよね なんか歯医者ジプシーとかにあっさりなってたわけですよ
なんか選んでも選んでもあそこの先生はここがこうであそこがああでみたいなこと言って違う歯医者言ってるんですよ
でも結果として歯はうちの母は父より良くなっていないんですよね 最高の医者さん見つけたのみたいな人なんだけど確かにいいんですけど
うちの母の言うことを聞いていればほぼ確実に間違いないですよね でも
父の歯の虫歯が少ないんですよねうちの母は 母はトラウマがあるのかなんか変な
なんかねコロコロ回す歯ブラシとか電動歯ブラシとかなんとか歯ブラシとか 歯ブラシオタクなんですよね
そして今歯がほとんどないみたいなもう8秒だから ある意味しょうがないんですけれどもなんかおかしいよねっていう感じがするんですよね
私あれは結構警戒するんですよ 自分絶対心理系であれやる人間だって
あそこの先生は対象関係でどうたらこうたらとか言っていて そして心を病むタイプなんじゃないかなって思うんですよね
ここにはだからトラウマっぽいものがちょっとあるような気がします でこの
本当ですね まあ大体もうこんだけでいいと思うんですけれども
今日はだからグダグダ回だからこれでいいと思ってるんですけれども あの
なんで私がその東方さんの素直には受け止めていけないかというと雨の日 ゆっすりそういうことじゃないですか雨の日じゃなければ民間がやっとけばいいんだ
つまり民間すごくこうよく言っているようで民間の力というのはなんて言うんだろうな そんなにマニアックでなくていいところに良さがあるしその力が偉大なんだっていうふうに書いてくれているんだけれども
なんかそう思ってはいないんじゃないかなこれは相当受かってますけどねこういう読み方を するっていうのは
結局は 結局本当にちゃんとできるのはつまり
あれなんじゃないのかなやっぱりこう普通の相談にありましたねなんて書いてあったっけ 金ですよ金
結局はあの金は臨床心理にありっていうことなんじゃないだろうかこれは 雨が降ったら
専門家が必要なんですっていうでも私は3ヶ月チャレンジでやってるから何のか そもそも私はそういうふうに思う人間だからなのか
お天気雨がひどいって結構あるんですよみたいに まあハンダルヘリクスですけどこれは一歩間違ってもあるいは
いやーカンカン出りで雲一つないけど40度って困りませんみたいなそういうですね ことを言いたくなる何が言いたいかというと
例えばなんですが 確かに適応していると困っていなければ民間でいいんだよとか
困ってなければあの周りの人の暖かいケアが有効なんですっていうのは マクロにははよくわかります
でも困ってないとはどういうことなのかと 例えば私の3ヶ月チャレンジの参加者さんは私に比べれば一人残らず困ってないわけですよ
一人残らずは言い過ぎかもしれないけど 平均的に見ると私に比べると困ってないんですよ皆様
私が一番困ってるんですよ3ヶ月チャレンジの中では 社会適応度で言えば明らかにそう思う時があるわけですよね
だって彼らより年収低い気がするし友達も少ない気がするし 人間関係もできている気がしないし
いろいろとこうハンザばっかり見てるしね 困ったやつなんですよ私は
雨の日と適応
でも じゃあ困ってないっていうのは社会適応できてれば困ってないのかっていうと
これは例え話なんですけどライフハックなんかではよくあることなんですが あるいは会社でもよくあることだと僕は思うんですけどね
ある種のパーソナリティー障害とまでは言わなくても ちなみにディスオーダーを障害と読んでいいのかってまず下の本に先日書いてあって
そうだよって思うんですけどミスオーダーですからね 秩序がディスになってるだけで障害かっていう話ってあると思うんですが
パーソナリティーの偏りみたいなのを一つとってもですね 対象関係論的にとか自我心理学的に見るとあれはもうボーダー付近ってことになるわけじゃないですか
もともとの概念から言うとパーソナリティディスオーダーみたいな話になってくると 例えばそれが
オブセッシブコンプレッシブみたいなね脅迫性な心象だとしましょう 性格つまりめちゃめちゃきちっとしてないけど気が済まない
それこそある意味タスクシュートでよく言われることですよ 1分単位で時間記録とらえみたいな
それ病気ですからみたいに言われても文句は言いにくい 1円単位でこないだ私ピーボットであれ受け狙いで言ってたんだけど家族から散々だったんですけどね
あの財布の中には29,661円もありますみたいなそれ何の役に立つわけみたいでいくら 29,661円ですみたいなことを言ってまあ派遣さんが気を回してくれて僕に花を持たせてくれたんでしょうけど
あれねつまり脅迫的だって言われるわけでしょうけれども でも
ピボットで受けてるわけじゃないですか まあ受けてるか知りませんけど少なくともあの場面では役に立ったわけですよねつまり
強迫性的な先進症が有効活用できちゃうシーンとか成功体験につながっちゃうシーンって いくらもあるわけですよ
ライフハックで成功するうまくいれば本も書ける なんか変にオタッキーでマニアックでなんか取り憑かれているように
まるでこうねとじまりを10回確認する人みたいに あの財布の中のお金は何円単位でいつも届くのもチェックして
えっと360日いつでもわかるようにしてあります娘の場所もありますみたいな 1分単位で20年前にご飯食べる時間わかりますバカじゃんみたいなことがあっさりと書かれていたわけですけど
ユーチューブにねそう見えるよねそりゃね 西なのはですねこれが僕の成功なら本を書いたとか50冊の本書いたとか
持ち上げてくださる人いますけどのに 明らかに人役買ってるわけですよでもおかげで僕がめっちゃ強迫的になっていたら
困ってないのかって話になった時にうまくいってることと困ってることはどうやって 切り分ければいいんですか
ってことはあると思うんですよねこれは晴れの日なのか雨の日なのか 晴れの日なんだけど申書だったり国書だったりしてるんじゃないのかっていう話はあると思うん
ですよ 私は3ヶ月チャレンジっていうのはそういうことへのチャレンジだと思ってるんですよ
分け切れるけどは全く分けようがない感じがする 困った時は心理臨床困ってなければ家族のケアっていうではものすごく困った人なんだけど
本人は困っているとは思っていないとか 逆にはっきり言って全く困ってないんだけど本人めちゃくちゃ困ってるとかそれは心理臨床対象なのかもしれないけれども
でもいやでもこれ心の病だと私は思ってませんみたいな でもものすごくある意味いろんなところで衝突もしているし
なんかこううまくいっていない気もするしでもこのうまくいっていないやり方が大成功を導いて くれてるんです
成功体験だから手放せないんですっていうのは心理臨床対象なのかって本人の中ではああやって書かれてみても結構困ると思うんですよねそれこそ
っていうのはまあこれはだからすれ違いなんですよ 細かいこと言うからそういう話になるのであって別に批判してるわけじゃなくて
心の専門家とアセスメントの重要性
おっしゃることは最もだと思うんだけれどもでもおっしゃることは最もなんだけど 私はその枠からはみ出ている気がするんです
っていう人間が私であり でそういうことがしばしば起きちゃう
でなくなることも多分決してない で私が一番言いたいのは
対応しているのが実は民間セクターなのであって民間セクターというのは必ずしも あの専門家でなければあの専門家じゃなくてもできるような
軽めのお仕事ばかりをしているとは言い切れないんではなかろうかと なんだかむしろ
なんかよくわかんないこの アセスメントという言葉がありますがあれは専門家がするんですよね
でもそこに行く前にどこかで誰かが何らかの形で自分がって場合がほとんどなんですけど今は
自己責任の世界に時代になっちゃったから 自分でアセスメントできなかったらそもそも専門家のところに行けないじゃんっていうことが
素人がアセスメントしちゃいけませんということになってるんだけどなってないのかもしれませんけどね 私の偏見かもしれませんが
私は一応なってると思ってるからやってないんですけどでもアセスメントを全くしないのにどうして例えば 私はアセスメント全くできなければ会社に行けないじゃんって思うわけですよね
会社には行けないじゃないですかねやっぱりね 内科でなく自備科に行くもっと簡単に言うとこれ話も以前したことありますけどね
内科でなく外科医に行くのはどうしてなのっていうそれってアセスメントしてるからじゃないですか そんなの常識じゃんって思われるかもしれませんが僕は心の問題になってきたら
その常識のところまでは我々はまだ至ってないんじゃないのかなっていう感じもしなくはないんですよ
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