1. 佐々木正悟のライフハックからの精神分析
  2. 公認心理師のふたばさんと対談..
2025-09-15 40:46

公認心理師のふたばさんと対談【1249】

今回のエピソードでは、公認心理師・臨床心理士のふたばさんをお迎えしました。
ふだんはSNSやnoteで心理の話題や読書感想を発信しており、音声を配信する場に登場するのは初めてとのことでした。

肩書きとして「ネガティブ心理士」と名乗る理由をうかがうと、小中学生の頃から失敗ひとつで「自分はいない方がいい」と思い込むほどの否定感に悩んでいた体験を語られました。高校以降は「自分はネガティブだ」と自覚し、臨床心理を学ぶなかで認知のゆがみを理解できるようになり、切り替えも可能になったと述べました。

ただし心理士としては、自分の体験をそのまま伝えるのではなく、まず相手の語りを受け止めることを重視していると強調されました。自身の発信では自己否定や自責といったネガティブさを加工して公開する一方、専門職としては一人ひとりの背景に即して関わる姿勢を持っていると話されました。

SNS発信については「炎上が怖い」と語り、下書きに多くを保存し、感情のままでは出さない工夫をしていると述べられました。その慎重さがむしろ言葉を選ぶ練習になり、アウトプットの精度を高めていると振り返りました。また、自分は非社交的な性格であるとしながらも、それがカウンセリングの場で沈黙を大切にする態度につながり、プラスに働く面もあるとお話しされました。

ネガティブさとの付き合い方については、「選択肢を複数持つこと」を挙げてもらいました。ネガティブさは危険を知らせるセンサーでもあり、無理に否定せず背景を探ることが大切だとお話になりました。私自身の体験を交え、二者択一に囚われていた時代の話をすると、ふたばさんは「無理に別の選択を押すのではなく、なぜそう考えるのかを一緒に掘り下げていく」と答えました。

最後にふたばさんは「ネガティブさに悩む人に興味をもってもらえるだけで嬉しい」とまとめました。弱さではなく人の心の働きとしてネガティブさをとらえる視点は、多くのリスナーにとっても支えになると感じられる対談になりました。

ふたば🌱ネガティブ心理士(@nega_chan28)
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ふたば🌱ネガティブ心理士
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サマリー

公認心理師のふたばさんとの対談では、彼女の経験やネガティブな思考へのアプローチを通して心理学の重要性が語られています。双葉さんはSNSでどのようにネガティブな感情に対処しているのかも紹介しています。対談では、SNSの発信がもたらす影響や、心理職における非社交的な性質の利点についても議論されています。また、ネガティブな感情に対処するためのヒントや選択肢の重要性が強調されています。さらに、ネガティブな思考に関連する感情や選択肢の制限についても深く掘り下げられており、感情が心のセンサーにどのように影響するのか、他の選択肢を探ることの重要性が伝えられています。

ふたばさんの自己紹介
はい、おはようございます。朝っぱらから精神分析、第1249回をお送りします。
今回はですね、めったにないことなんですけれども、ゲストにですね、心理師のふたばさんにお越しいただいています。
でですね、この番組に聞いている方はだいたいご存知だと思うんですけど、
簡単に、ごく簡単に説明させていただくと、私は要するにライフハックの話を中心にビジネス書を書いて生きてきている人間、
まあそれだけじゃないんですけれども、まあそういうところが一番知れ渡っているところかと思うんですが、
あのそういう人間の中では結構心理よりだから、まあこういうあのポッドキャストもですね、
まあなんだかんだで1000回もやってきているわけですが、
あのなので、このようにゲストをお招きしてやるっていうことは私の中ではごく自然なことなので、
今日はそれであのお願いしてみたところ、了解いただけたのでですね、このふたばさんとちょっと番組をお送りしていきたいと思っております。
じゃあふたばさんよろしくお願いしたいんですけれども、
あの簡単にですね、まずお話しいただいたところから、本当にごく差し支えない範囲で結構なんで、
自己紹介を簡単にしていただけるとありがたいんですけど、お願いいたします。
はいありがとうございます。よろしくお願いします。
えっと皆さん初めまして、ふたばと申します。
えっと音声配信とか何もしてないので、多分ほとんどの皆さんが誰それっていう感じなんですけど、
あの本当にただただSNSでつぶやいてるだけのものです。
で私は臨床心理師、公認心理師の資格を持って心理師として働いています。
で今年度からXだったりとかノートっていうのを始めて、その中で臨床心理師っていうのを名乗って、
その心理師として思ったことだったりとか、個人的な悩みだったりとか、
最近はその本の感想を書いてみたりとかっていうことをやっています。
今回佐々木さんにお声かけいただいて、
音声配信にチャレンジとして参加させていただいているっていう形になります。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
ネガティブ心理師の由来
本のこととかを最近書いていらっしゃるってことなんですけど、
これ本っていうのは、例えば一番最近ではどんな本とかをご紹介いただいてたりするんですか。
えっとまだ本の感想は1回しか書いてないんですけど、
しかもそれも心理のやつじゃなくて、
各週刊っていう石川由紀さんの本なんですけど。
かなり有名になった方ですよね。
そうですよね。
Xとかを始めたきっかけが、心理師としてっていうのもあるんですけど、
そういうライター的なこと、文章を書くことを自分のスキルにしたいなっていうのが一つあって、
石川由紀さんの各週刊を参考にされている方がいて、
それを読んだ時に、
私も感想文書きたいって言ってノートに書いたのが最近ですね。
で、今後は心理系の本を読んだことをきっかけに、
その感想であったりとか、関連する概念の紹介だったりとか、
そういうことも組み込めたらなっていうふうに思ってます。
その各週刊は書くのにあたって、すごく参考になったりしました?
私が思ったのは、かっこ苦しく考えずに、
自分の思ったこと、好きなことに好きなように書いてごらんよって背中を押してもらえた感じがして。
なるほど。
そこがもっと気楽に書いていいんだなっていうふうに思いました。
なるほどですね。
割とライフハック系でイケてる本になるやつの特徴かなって思うんですよね。
なんとなくスキルについて書くようでいて、
モチベーションに火をつけるっていう結果をもたらすっていうのが大体、
願わくばそう書きたいっていうのがありますよね。
ビジネス書ってやつですね。
そういう双葉さんなんで、
私は一番何といっても興味を持ったのは、
この肩書きというかハンドルネーム、ネガティブ心理史と書かれているんですけど、
そんなにネガティブな感じがそもそもしないってこともあるんですけれどもですね。
行動も活発ではありますし。
ネガティブ心理史というのはどういうきっかけでこれを名乗っていって、
またご自身、どういうご自覚があってこういうお名前になっていらっしゃるんですか。
これが今回私がゲストにお話いただくことにした最大の理由なんですけど、
これを聞きたいということですね。
そうですね、自分が臨床心理史になりたい、
なろうと思ったきっかけの一番が自分がネガティブだったことなんですね。
そのネガティブさが故に心理学に興味を持ち、
このネガティブさをどうにかするにはどうしたらいいんだろうってなった時に、
そのまま仕事にしようと思ったら臨床心理史だったっていう感じで。
一番そのネガティブさがひどかったなっていうのが、
子供の頃、小学生とか中学生とかの頃なんですけど。
こんなふうにとか差し支えがなければお知らせいただけます?
そうですね、小学生とかの時に何か一つ失敗しただけで、
自分なんかいないほうがいいんだとか。
そっち系ですね、なるほど。
自分がいたら迷惑だとか、
何の役にも立ってないとか、意味がないとか、
そういうことを考える子供だったんですね。
それはでも小中学校ってことは、
高校とか大学になった頃には少しはマイルドになってきたってことなんですか?
小中学校の時は、たぶん訳もわからずにネガティブさに巻き込まれていたのが、
高校生とかを減ると自覚は芽生えた。
自分がネガティブであるという自覚が芽生えてきて、
で、その中学校とか高校とかに入ってくると、
その周りの人にネガティブでいても、
あなたのとくにも何もなってないっていうのを気づかされる出来事とか、
言われたりとかですか?
そうです、言われたりとか。
気づいた体験があって、
改善というか、そう思ってもしょうがないよねって長引かなくなった。
スイッチを切り替え、自分の手動でスイッチを押せるようになったっていう感覚がありますね。
その話からして、別に臨床心理を学んだからとか、
臨床心理師になったからとかではないわけですよね。
その気づかせてもらったのが、なる前とかにもいろいろありますね。
ああなるほど。
で、切り替えられるようになったというのは、臨床心理師になったからみたいな感じなんですか?
入っても、流れに身を任せてもいいんだなって思えるようになったり、
いろいろ概念として名前がついてたりするので、
認知のゆだみっていう、知ってる方は知ってる考えが、
今はべき思考になってるなとか、今はゼロ百になってるなとか、
そういう知識も身についてきて、分析ができるようになり、
切り替えやすくなったっていうのは、やっぱり臨床心理学だけではないと思うんですけど、
心の働きについて知れたからっていうところがあるかなと思います。
なるほど。
もし、双葉さんとかなりよく似た感じの、これは家庭の話になっちゃうんですけど、
ネガティブな発信とその試み
かなりよく似た感じのクライアントさんなりがいらっしゃった場合には、
今のようなお話というのか、今のようなメソッドなのかな、
知識みたいなものを提供して、なんとかかんとかしていくみたいな感じでいらっしゃるってことですか?
臨床心理史としては、そこが難しいところで、
私はこうやったから、あなたも似た匂いがするから、こうしたほうがいいよって教えるのはどうなんだろうっていうのが一つあって、
その体験、改善された体験は私の体験であって、その方の体験ではないし、
辿ってきた歴史というか、育ってきた環境とか感覚とか、もちろん年齢性別も全然違う方だったりするので、
一概に私の経験とか心理学の知識を提供すればOKかっていうと、なかなかそうでもないんですね。
まずは、お話を聞かせていただく、受け入れてもらえた体験というのが先に来ないといけないなっていうのを思っていて、
個人としては、こういうふうに今曽祥さんにお話ししているように伝えられるけども、
専門職としてやることはまた別かなっていう感じです。
なるほどですね。
でもですね、双葉さんはネガティブ心理師というふうに、何らかの理由があって、
働きとしては持ちになっているわけじゃないですか。
これって別の言い方をすると、今でもネガティブですっていうようにも聞こえるわけですけれども、
この辺って結局はどういった狙いがあったりするんですか。
ネガティブさを持っていること自体に変わりはないと思うし、
私が周囲の人に比べたらネガティブだなとは思っています。自分ではそう思っている。
もっと私の方がネガティブだよっていう人はたくさんいるかもしれないんですけど、
私の中では自分はネガティブだと思っているっていうのがあって、
やっぱりSNSってネガティブなことも書きたくなるじゃないですか。
まあね、ネガティブといってもSNSにあるものはアグレッシブであったり、いろいろですけどネガティブ。
いろいろありますよね。
全く言っちゃいけないって禁止されるのもしんどいから、
受け入れられる形にして表現する形として、
ネガティブをSNSとか人に話しても大丈夫なように加工してお伝えしてるって感じです。
加工をしてお伝えしてるってことは、
双葉さんの中では今は例えばXとかでいいんですかね、Xなりでの発信は、
これは受け入れられるだろうという、
双葉さんから見るとそういう水準?
デートもわかんないですけど、ネガティブ水準に収まっているっていう感じがしているということですか。
少なくとも人を傷つけない、誰かを非難するような内容ではなく、
あくまで自分を非難する内容っていう感じですね。
私の中のネガティブさっていうのは、
やっぱり自己否定とか自責とか、そういうのが強いなって今思いました。
それを取り上げたいんだなと思ってます。
それがしかも小学校の頃から、
すいません、話が戻っちゃうみたいなんですが、
小学校の頃からというぐらいだったってことですか、自覚的には。
なんて子供らしくない子供なんでしょうって思うんですけど。
まあまあ、でもみんながみんな明るい子ってわけじゃないとは思うんだけれども。
確かに、自己否定、自責、自己否定、お両親が厳しかったとかなんですか?
もうこの辺ベタですから。
それはありがたいことにそういうわけではなくて、
私が勝手に非難してるっていう感じです。
むしろ、両親には悲観的になっているところを軽くしてもらったり、
救われるとかじゃなくて、拾ってもらう意味の救うをしてもらってたなって、
子供の頃から振り返って思ってます。
なるほどね。
だから自分のネガティブさの根源みたいなのは正直わかんないんですけど、
そうしたらこれは性格と言ってしまうほかないのかと思うんですけど、
周りの環境でネガティブにさせられたっていう感じは私にはなくて。
ないんですね。
なるほど。
気がついたら、かなり早い段階からネガティブね。
そうですね。
むしろ周りのおかげでこの程度で収まってるって思ってます。
それを別の言い方をすると、
周り次第ではこれよりもはるかにネガティブだったみたいな。
僕はさっきから申し上げてるとおり、
双葉さんがでもそんなにネガティブなのか不運ぐらいな感じしかまだわかんないんですけどもね。
具体的にどうネガティブかとかは。
Xの発信とかノートの発信は読ませていただいているんですけども、
そこまでネガティブなものは抑えめにしているってことでしたから、
そうなのかもしれませんけれども。
僕が感じるわけではないんですけれどもね。
そうですね。
正直、公開するものなので、どこまで出すかっていうのはものすごく怖いんですよね。
怖い?
なんか炎上しないかみたいなこととか、そういうのもすごい怖いし。
でも自分のネガティブさが元になって、
Xとかノートを書いてみようっていうふうには思ってるので、
方針、指針として掲げているっていう面もあります。
そこにアプローチしたいっていう。
そこにというのはネガティブな人とかネガティブな発想といったものにアプローチしたいってことですか。
そうですね。
発信の影響
これはXとかノートに発信を始めた理由ってことになるんでしょうけれども、
これ実際発信してみて、そういう炎上はしないように気をつけておられて、
あれなんですかね、正規の審議職としては炎上している人がいらっしゃらないわけではないような気もするんだけど、
実際に発信してみていかがなものでしたか。漢字として。
Xとノートではちょっと違うんですけどね。
最初はもちろん見る側から始めたんですけど、
あ、仲間結構いるんだなって思って、
同業者って意外とみんな言ってんだなっていうのが分かってちょっと心強かったなっていうのもありますし、
そういう人たちを見つけていったときにノートをやってる方がわりといたので、
そこで初めてノートを知り、
私はそんなに書くことが嫌いではないと思っていたので。
ライターもやりたいっておっしゃってるくらいですもんね。
そういうことができるといいなと。
なので、Twitterだと短い文章でしか言えないので、
ノートでまとめてみるっていうこともやりたいなと思って始めました。
やってみて、意外とリアクションってもらえるんだなっていうのが分かりました。
何の業績もない、無名の、よくわからない二羽っていうのがこんなことつぶやいてるぞみたいなので、
たまたま見つけてくださった方がお気に入りしてくれたり、
たまに返信くださったり、
今日こうやって佐々木さんが声かけてくださったり、
もうこの展開は全く想像していなくって、
なるほど、そっか。
意外と見ていただけるんだなっていうところが、
一番発信して見て驚いたことってやってみて、
自分にとって良かったなと思うのは、
やっぱり誰かに伝えるっていうことを練習して、
言語化する力だったりとか、
自分のインプットしたものをアウトプットするっていうものの精度が、
少しずつは変わってきてるような気がするので、
それをやってみてよかったなと思います。
心理職と非社交性
なるほどです。
Xがツイッターだった時代、まあ今でもツイッターという人はいますが、
一番最初にこれを盛んに使ってたのはライフハッカーみたいな人たちだった気がするんですね。
私の統計とかがあるわけじゃないんで。
あと政治的なことに使うっていう方は結構早くからいらっしゃいましたけど、
たぶんライフハッカー界隈では早かったんですよね。
出てすぐぐらいにみんな割と使い始めたりしていて。
今おっしゃったようなことを、やっぱり皆さんすごくライフハックやってる人たちは、
いろんな意味で、いろんな形での目立ちたさってあるんで、
そういったものでやっていたわけですけど、
その中でですね、延長とかいろんなことが起きるようになってくるんだけど、
その中で私が今のところ一番、
そういう出会いみたいなのとか情報発信みたいな話もある中で、
なぜなのかはよくわからないんだけれども、
たとえばXでならつぶやけるとか、そういう人がちらほら出るんですよね。
他では全然自分というものを表現できないんだけど、Xでなら出せるとか、
そういう話に私はドキドキ惹かれて、
私はライフハックやってたけど、ライフハック心理学とかよくわからないタイトルで本出したりもしてる人間なんで、
一番最初にライフハックやってた頃の心理学で、
やっぱりこれは引きが強いって意味ですけど、
強いのはモチベーションが維持できないとか、やる気が出ないとか、ぶっちゃけ言ってしまうと。
そういう話が多くて、やる気が出ないって言っておきながら、
この人はやたらとXではつぶやくなみたいな、
そういう現象ってのが、ライフハックっていうものが、
必ずしもそれを僕が推奨したいとか、広めたいと思ってたわけじゃないんですけど、
環境ってものが少し動くと、人の心というのはやけに揺さぶられるところがあって、
そのやけに揺さぶられる環境設定として、
ライフハックってのは、これまでなかったものが次々に出てくるっていうことがあるんで、
それまで自分自身の中には、結局Xが出てこなければツイッターですけど、
ツイッターが出てこなければツイッターが好きなのという感情って知りようがないので。
そういう方向から僕は最初は、すごくライフハックと心理学みたいな話を展開していた気がします。
だから今の双葉さんの話は、その話が一周めぐって心理職の世界にも今あるんだなみたいな、
そういうものを、ライフハックの人ってガジェットとか新しいITサービスには異様に好きなので、
流行ってない頃から手を出していくってところがあったんで、
そういうお話としては今、そういうモチベーションの火のつき方がするんだな、やっぱりっていうのを感じました。
やっぱツイッターはつぶやきやすいっていうか手軽さみたいなのがすごいあるので、
いきなりノートで長文書くのはハードルとかあったし、
発信は結局環境を整えるとかも大事かなと思って、
1日1ポストはしよう、なんでもいいからっていうので始められるのはXとかは良かったかなと思うし、
なんかすごい本音があるがゆえに炎上もあるんだと思うんですけど。
でも今のお話ですと、サーバーさんの中では一定の努力は要するってことですよね。
1日1ポストみたいな、そういう決め事があるみたいなところからすると。
はい、そうですね。一定の努力はいると思います。
なんかこう、気がつくとポストしてたみたいなことは起きないってことですよね。
あーと、下書きにいっぱい保存してあります。
あー、なるほど。
それはやっぱり、そのままでは出せない感じがするってことですか。
そのままで出せないのと、もう少し練りたいなっていう言葉だったり、
あとその感情のままに流す、炎上怖いんですかね。
感情のままに流して、制させずに出すことがすごい怖いなって思うんで、
それを慎重にしています。
なるほど、だから下書きには分かりませんけれども、実際に出てる数よりも多い感じですか。
そうですね。気づいたらたくさん溜まってますね。
思ってることはたくさんあるなと思うので、
それを出す、出さないとか、出すにしてもどういう表現にするのかっていうのを
発信しようとするとものすごく考えるなって気がします。
その分、記録とかメモに留めておく分、
振り返りやすいというか、深めやすいなっていうところはありますね。
それはあれですか。
Xをする以前にはそもそもそこまではそういうものも溜まってはいなかったってことになります。
やってなかったです。
Xやるようになったら溜まるようになって、
溜まるようになったらいろいろ思ってるということに
勘付き始めたみたいな感じですか。
勘付いてはいたけど記録をしてなかった。
だから思ったことが、そのときガーって強く思うんだけど、
すぐ忘れられることあるけど、
でも何回も思ってたりとか、やっぱこれ大事だよねっていうのがツイッターとして発信していると、
あーに見返したら思い出す。
あー、私こんなこと思ってたみたいな。
それはライフハックの人にしてみると、ライフハックっぽさがあるんですよね。
ツイッターの下書きはメモってわけじゃないんだけど、
明らかにツイッターの下書きがメモになっていくっていう話になってますよね。
ありますあります。
今ふと思ったでもすぐはつぶやけない、ちょっと入力しとこうみたいな感じで。
メモ機能らしさも出てますね。
なるほど、それは本当に。
出すところ出すとライフハック扱いですよ、たぶん。
それがいいかどうかは別として。
やり方としてありかなっていうところですね。
ちょっと話が動かすんですけれども、
スタバさんはネガティブっていうふうにおっしゃってますけど、
非社交的っていうように感じたことってありましたか。
そうですね、社交的なタイプではないと思います。
私自身はすごく積極的にコミュニケーションを取りに行ったりとかするような人ではない感じがあります。
なんか関連しないように聞くかもしれないですけど、
非社交的であるってことは、
臨床心理師にせよ、小児心理師にせよ、正規の心理職としてプラスに働いたりします。
そういうことってありましたか。
あるのがあったと思います。
プラスに働く面もあるとは思います。
非社交的であると、
コミュニケーションを強要しないっていうあたりは、
心理師らしくなれるかなと思っていて、
カウンセリングってあくまでその方の気持ちを取り扱う場であって、
話を引き出すとか、盛り上げるとか、そういう目的にしてないんですよね。
だから全然沈黙もあるし、
黙ってる時間も大事にしましょうみたいな教育があるんですけど、
なので非社交的な人とかのほうが、
沈黙、静かな場にないというか、
そういうところはもしかしたらあるのかなって。
ただ、人との距離感が遠すぎると、
遠すぎるところはあるかもしれないです。
非社交的っていう場合だとちょっと距離を取り過ぎて、
こちらが関心を持って近づかなきゃいけないところを、
一定の距離を保ったまま近づかないみたいな感じには、
もしかしたらなるかもしれないです。
なるほどね。
そうするとわかるような感じがするんですが、
社交的な人にはコミュニケーションを取る圧力みたいなものを、
沢さんはご感じられたことがあったってことですかね。
社交的と言われてすごい陽気な人が思い浮かんだんですけど。
一般的にはそうでしょうね。
ビジネス本とかで話を聞くってなると、
何か情報を聞き出すみたいなニュアンスがどうしてもあるかなと思って。
カウンセリングももちろん情報は欲しいんですけど、
ただそれはあくまで相手のペースというか、
クライアントさんのペースを邪魔せずにお聞きするっていうところが、
心理療法とかになってくると大事かなと思って。
引き出したいものとか、話を聞く目的が普段の生活とは違うかなと思います。
ネガティブな感情への対処
なるほどね。
手元にリストがあってですね。
僕は滅多にリストというものを用意しないんで、
今回自分はなんでリストを用意したんだろうと思いながらお話を聞いたんですけど。
ここに最後に言ってあるんですけど、別に最後じゃなかったなと思いながら聞くんですが、
このネガティブというものと、
結局何だかんだスタバさんはそれをもって心理職にまでなられてるわけじゃないですか。
それはネガティブさと無関係ではありえなかったことだっていうことになると思うんですけれども、
こういう感じで、このリスナーさんに言ってもいいんですけど、
僕のリスナーさんはポジティブじゃない人のほうが多いぐらいじゃないかと思うんで、
ネガティブさとスタバさんなりに付き合う上で、
ヒントというか、ライフハックなんでいいっていうコツみたいなものがもしあったらお話しいただけると。
面白いかなと。
そうですね。
やっぱり普段カウンセリングをしていて、ものすごくネガティブな方がいらっしゃるんですよ、やっぱり。
それはいろんな背景があるんですけど、その方たちにお伝えすることの一つが、
選択肢をいくつも持ってくださいっていうことを言う機会があって、
だいたいネガティブな方は、これしかないとか、
AかAでないかみたいな、すごい選択肢が狭いんです。
なので、じゃないと1個しかないっていう切迫感もあるだろうし、
2極化するとやっぱ0か100にもなりやすいし、
なので、第3の選択肢、よく言えば3以上出してみるのはどうですかっていうふうにお伝えすることもあります。
なので、これしかないとか、ずっと一生このままっていうワードを浮かんだときは、
もう1個他に選択肢はないかなとか、自分はどうしたいんだろうって理想も含めて
考えてもらうと抜け出しやすくなるんじゃないかなって。
ネガティブさ自体はあんまり規定しすぎないでおいてほしくて、
危険のセンサーだと思うんですね、ネガティブになるっていうのは。
ネガティブ思考の影響
このままじゃ危ないとか、このままだと傷つけられるとか、
そういうセンサーが働いた上での、自分を守るために働いてる感覚だと思うので、
それを全否定するんじゃなくて、そのセンサーがちゃんと正しく機能してるかとか、
なんでこのセンサーが反応してるのか、
そういうところを考えられるようになるといいなっていうふうに思うし、
臨床心理師としては、そういうところをサポートすることが、
カウンセリングでできるよっていうのを伝えたいですかね。
なるほど、なるほどですね。
せっかくなんで、双葉さんに伺いたいんですけど、
過去にこれしかないと思っていたことと、今のお話ですとネガティブであったことは
深く関係があるってことになると思うんですけど、
そのこれしかないみたいに思ってた時期もあったってことですか。
うーんと。
具体性がないんですけどね、今の問いだと。
でも私の経験から申し上げたっていうよりかは、
クライアントさんのお話を聞いていく中で、
この方はこれしかないって思ってるっていうのをすごく強く感じて、
でも私には別の選択肢も浮かんでいて、
すごい囚われてるなっていうところがあって、
その囚われてしまっているっていうところが、
身動きが取れなくなっちゃうのが一番良くないかなって思うので、
他の選択肢に増やしてあげたいなと思うし。
私自身、強烈に囚われていた時代っていうのは、
20歳前後に非常に長くありまして、
こういうときって、別に反論したいわけじゃないし、
もう過去のことだから、今二葉さんおっしゃってる通りだと思うんですが、
一方であの時代の私にしてみると、
囚われている選択肢以外のものをどれほど提示されても、
少しもリアリティを感じられなかった気がするんですね。
これが手に入らないんなら、それいくら手に入っても全然何にもならないんだけどっていう気持ちに、
なぜかもなんとなく思い出せるんですけど、
当時は猛烈になってたわけですよ。
そういうふうな、こだわりの強さみたいな抵抗に遭われたりはしません?
今のような。
もちろんあります。
カチューに入ってるなっていうか。
他の人から見たらそうなんだけど、
やっぱり本人の中ではもうこれしかないっていう風だし、
逃れられない感覚に陥ってるなっていうのはやっぱりありますね。
でも私たちはそこを無理やり、いやこっちもあるってっていうふうに言うんじゃなくて、
なんでそうやって考えるのかなっていうところを、
一緒に深掘りしていくっていうところで支えていくお仕事なので、
そのへんはいっぱいいらっしゃいます、そういう方。
感情と選択肢の探求
うんうん、なるほど。
最終的には大体なんとかなるものですか?
なんとかなるものかな。
なんとかなるって言うのも難しいんですけど、
当時の私、自分のことを思い出してみて、
あのときの自分はなんとかなったんだな、なんとかしてほしかったなみたいな。
そんなこと今から思ってもしょうがないんですけどね。
なんとかならないかもしれないけど、
そのとき一生懸命考える、そうせざるを得なかったって振り返るときは、
また別の機会にやってくるのかなっていう感じがします。
ちょっと曖昧な答えなんですけど。
なるほどね。
そう、あれは大変不思議な心理状態で。
第3の選択肢というのは、意味としてはそうなんですけど、
2がもう異常な大きさになっていて、
対比する雰囲気を持ってないんですよね。
これがないということは、何もないということで、みたいな。
そういう感じが非常に強くあって、圧倒されると言えばいいのかな。
なんかすごい難しいんですけど。
端的に言ってリアリティを感じないっていうんですかね。
この第3の選択肢を選ぶ自分に何のリアリティも感じられないっていう。
そういう現実味がないっていう。
そっちを選択して生きていく人生っていうのは、あまりにも色褪せすぎていて、
なんていうんですかね、現実感がなかったんですよね。
とても今の、当時の状態からは他のことなんて多分想像できなかったと思うし、
現実味がないっていうか、言われていることの言葉は理解できても、
じゃあ、やっぱ体験としては全く入ってこないっていうか、
身に入ってこないっていうか、そういう感覚があるでしょうね。
不思議な感じが。
今から思えば、何のこだわりだっていうほどのこだわりなんですけども。
小学生くらいはそういうこだわりで、大変ネガティブだったんで。
ご本人のことを云々だけじゃなくて、やっぱり環境、ご家庭の事情とか職場とか、
そういうものによって、自分ではどうにもできないのに巻き込まれるってこともあると思うし。
でもそれがたぶん一番絶望を感じるというか、
どうにもならないっていうのが、すごいしんどい時期だったんだろうなと思います。
しんどい、しんどいというか、なんて言えばいいんですかね。
あれはね、現実味が感じられないんですよね。
その選択肢以外の現実というものは、もはや現実という名に値しないみたいなね。
たとしてもう少しこなれるものがあるといいんですけど、
そういう何にもなくなってしまうみたいな感じなんですよね。
環境は関係があったかもしれないんですけれども、
何の関係もなかったようにも思うんですよね。
僕の場合はってことになっちゃうかもしれませんけどね。
パッと心理的なものだった感じがしますよね。
神的実という言葉がぴったりで、
神的なものでしかありえないみたいな。
周りの環境はほとんど度外視していたっていう感じでしたね。
16、7から26、7ぐらいまでですかね。
漠然と、そんな感じですかね。
いやでも楽しくお話しさせていただいたし、
リスナーの皆さんも楽しく聞いていただけたんではないかと思います。
大体いつもこのぐらいの時間でやってますので、
今日はこのぐらいにしたいと思うんですけども、
何か双葉さんのほうでございましたら一言。
はい、今回聞いていただきありがとうございました。
そうですね、ネガティブさに悩まれてる方とかも多いでしょうし、
こうやって、それってなんだみたいな疑問に思っていただいて、
興味を持ってもらえると嬉しいなと思うので、
また自分の発信にも生かしていけたらなと思いますし、
頑張っていきます。
はい、ありがとうございました。
ありがとうございます。
じゃあ今日はこちらでおしまいにしたいと思います。
失礼いたします。
40:46

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