1. 西日本新聞スポーツ余聞
  2. 65|一つ一つ登山家のように―..
2026-01-21 16:22

65|一つ一つ登山家のように―小久保監督と「山」

西日本新聞で記者生活の大半をスポーツ取材で過ごしてきた大窪正一記者が、アスリートの素顔や裏話、スポーツの可能性についてお話しする「西日本新聞スポーツ余聞」。5年ぶりの日本一に輝いたプロ野球・福岡ソフトバンクホークス。小久保監督はペナントレース、クライマックスシリーズ、日本シリーズをいずれも「山」に例えると大窪記者は話します。

◆出演:大窪正一(スポーツ記者/宗像支局長)、中富一史(販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略局)、音声編集:中富一史、映像編集:井上知哉(ビジネス開発部)

◆収録日:2025年12月24日

◆大窪正一記者の記事一覧
https://www.nishinippon.co.jp/writer/show/203/

◆西日本新聞me(無料ダウンロード)
https://nnp.link/3B8F9X1

◆西日本新聞(紙)購読申込はこちら
https://f.msgs.jp/webapp/form/16701_jsy_1/index.do

◆西日本新聞Podcast番組一覧
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1294904/

◆X公式アカウント:「#西ポキャ」をつけて投稿お願いします。
https://x.com/nishinippon_poc

◆番組はYouTubeでも配信してます
https://www.youtube.com/@N-StudioTENJIN/featured

◆メッセージ受付フォーム
https://x.gd/O5RFS

◆収録スタジオ「N-Studio TENJIN」(福岡市)
https://n-studiotenjin.jp/

#西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞ポッドキャスト #西ポキャ #西日本新聞スポーツ余聞

サマリー

ポッドキャストでは、西日本新聞の大久保監督が登山に対する情熱を語り、福岡ソフトバンクホークスの2026年に向けたリーグ3連覇の意義について考察しています。また、国母監督が経験した登山を通じて、アスリートとしての目標達成の重要性が強調されています。小久保監督が語る登山家のように一歩ずつ成長する過程が描かれており、彼の夢は高校野球の監督となり、若い選手たちを育てることにあります。

プロ野球選手の自主トレ
西日本新聞ポッドキャスト。
西日本新聞スポーツ余聞。
この番組は、記者生活の大半をスポーツの現場で過ごしてきた大久保さんが、
アスリートの素顔やスポーツの可能性についてお話しします。
こんにちは。福岡のニュースアプリ、西日本新聞民の横山智則です。
西日本新聞の大久保昌一です。よろしくお願いします。
同じく、西日本新聞社の中富一文です。よろしくお願いします。
配信日は1月下旬なんですが、その頃プロ野球選手って
何してるんですか?
自主トレ。
キャンプはまだ始まるんですか?
キャンプは2月1日から。
どこのチームもだいたい2月1日?
統一です。
毎年?
統一?
そうです。
大体、チクゴの二軍施設で、新人が合同自主トレをしてキャンプに備えてるような感じ。
キャンプ前の合同自主トレを新人とかしてる。
一応、球団は関わってないってことになるんですよね。
合同でやってる。
合同で自主トレしてるって言うだけ。
それが今のちょうど1月下旬頃の、だいたいプロ野球選手はみんなそうしてるみたいな。
いよいよ2月1日が、いわゆるプロ野球選手の一つのお正月。
国母監督と登山の関係
ここからスタートするみたいなの。
そろそろだなーみたいな感じで、体を準備してるところですね。
そういう意味じゃ、スポーツ新聞の記者さんたちも1月下旬頃ってのは意外とのんびりしてる。
いやいや、2月から自主トレが始まってるから、各地で取材してると思うんですよ。
なるほど。
逆にのんびりできるというのは、今アップしてる状況。
今放送してる。
完全にオフというか。
12月のオフ時期ですね。
この時期が一応球団から開放されてるんですよ。
11月と12月は厳密に言えば、プロ野球選手は個人事業主なので、契約してない状況になってるんですよ。
イベント系も全部球団通じて。
球団を通してやってるんですけど、いわゆる厳密に言えばということは、だからお給料をもらうのは、いわゆる1月から10月までなわけです。
それを、でも形状には12分割してるということだと、契約とか。
なので、一応だから今は球団からはフリーで、球団にこういうイベントでとか野球教室に行ってとか、球団から言われて、それをお金もらって受けるということです。
お取っているというような状況です。
なので、今紙面でたまに野球教室にとか、講演会に寄付を、先日、今日かな。柳田選手が寄付をしますとか、そういうのが出てる。
ああいう取材とかに、スポーツ版の高番記者はついて行くわけです。
ついて行って、話を聞いてというような。
なるほど。ただ、普段よりはやっぱりのんびりしているっていうのはそういうことなんですね。
そうですね。1日中拘束されてる。
今日はそれこそ、国母監督の話。
国母監督。実は、僕自身すごく意外に思ったんですけど、もうこの2026年のシーズン、フォークスがリーグ3連覇を目指すという形になるじゃないですか。
これって、福岡に移転後初めてのことなんです。
3連覇すれば。
すれば。
2連覇まではしたことはあるけど、3連覇はしたことがないんです。
意外ですね。
言われりゃそうなんです。
2連覇まではある。
要は、日本一は2位で終わってても、
日本シリーズまで勝ち上がって、日本一には2連覇以上してるので、3連覇あるんですけども、
フォークス、福岡移転後に関して言えば、リーグ優勝は2連覇が最高で、
なるほど。
初の3連覇を目指す福岡移転後ですね。
というシーズンに放送されているときはなっているということなんですけど、
お話としては、ちょっと動画の写真を見てもらったので、山の上なんですけど、
コクボさんって実は、結構登山をルーティーンの一つにしていたというお話をしたいなと思うんですけど、
去年のリーグ優勝、クライマックスシリーズ、日本シリーズ、それぞれコクボさん山に例えてたんですよね。
一つ一つ山を登るっていうような言い方をして、山に例えてたようにすごく山に対してのシンパシーとか、
そういうものを持ってらっしゃる方で、この写真、これはアメリカのアリゾナ州。
そうですね、どう見たって日本じゃない。
コクボさんは先ほど冒頭でお話しした自主トレを、現役時代はアリゾナでやってたんですよ。
アリゾナで自主トレの中の恒例が、これキャメルバックマウンテンという山なんですけども、
この登山も自主トレの中でやってらっしゃって、一度同行させてもらったときの写真。
山登り一緒に。
ちなみになんですけど、1月中旬、服装から見てわかると暑いんですかね。
昼間は暑くて、アリゾナって砂漠のような気候で、朝とか夜はめちゃくちゃ寒いんです。
だけど昼間はこのような格好になって、Tシャツでカラッとしてます。
1月頃ってことですか。
1月の半ばぐらいです。
だから昼間はこの格好でもいいんですけど、日陰とかに入ると寒くなる。
寒暖差がすごい。ただ練習とかすごくしやすい場所。
昼間は半袖半パンでもいい。
かといって暑すぎるわけじゃないですね。
湿気がないから。
カラッとしてるんですね。
気持ちよくできるという。
なるほど。
これも登山されて、そのときこの登山でお話しされたのは、
このときは30本がホームランバッター達のライン野郎だということをおっしゃって、
この写真の頃は2012年、だから13年前なんですけど、
国母さんって30本以上ホームラン打ったのは2005年の巨人時代ですね。
34本打って以来ずっと打たずに現役引退することになるんですけども、
その30本以上を目指すぞってこの山の上で誓ったという思い出がすごいありまして、
ちょっとこの写真使わせていただいたんですけど。
国母さんも若いですね。
まだメガネをかけてないんですね。まだ老眼も来ていない頃なんですけど。
山ということで国母さん自身、巨人から2007年に復帰したんですけど、
そのとき復帰しての自分の山というか目標としてたのが、
ホークスでもう一度優勝を始めたい思いだったんですけども、
2008年はリーグ最下位だったんですよね。
リーグ最下位でした。
そうなんです、あれ。
国母さんがある種戻ってきた年。
国母監督。
大定さん。
大さんが監督をもう優待なさると2008年。
その年ですね。
最下位で終わったんですね。
終わりましたね。
それも9月ぐらいまでは2位に行ってドドドドドドって負けが込んで、
最終的に最下位だったシーズンだったんですけど、
このシーズン国母さんはかかと痛でシーズン終盤からいなくなってるんですよ。
離脱しちゃって、
そういう大監督のラストイヤーに恩返しできなかったっていう悔しさみたいなものを振り払おうとして、
失敗と挑戦の山
この年には2008年オフには薬師間の山に一人で登って。
本当に本格的ですね薬師間。
僕山好きですね。
薬師間ってちょっとやちょっとじゃないですよ本当は。
その翌年2009年はシーズン3位で終わったんですよ。
これもまた優勝できなかった。
この年国母さんは首相に就任してたんですよね。
秋山さんの監督1年目。
そのクソという悔しさも振り払おうと思って、
愛媛県の石鎚山ですね。
西日本最高峰。
そうですね、四国最高峰。
西日本最高峰ですね。
標高1982メートルということだったんです。
この山に登ってらっしゃるんです。
なんで登ったのかっていうと、
その前の年か何かに知人から、
日本ハムの旗が頂上に立ってたぞという話を聞かされた。
それなら自分も登ったら優勝できるんだ。
そういう思いもあって登られたらしいんですけど、
僕自身この山は登ったことないんですけど、
結構試しの鎖みたいなのあったりして、
四字登るとかもあったりして。
結構難所があるんですね。
難所があったりして。
登ったことないですけど、登るでは1回特殊してます。
結構急な傾斜もあったりする山らしくて、
必死に掴みながら登ったっておっしゃってますね。
そしてその登って10年のシーズンですね。
10年のシーズンを覚えてらっしゃる方もいらっしゃると思うんですけど、
残り6試合で主位西部が西部と3.5ゲーム差の2位。
残り6試合。
ここからまくり上げてリーグ優勝という心願成就を果たしたということで、
この山登りも何か効果があったんじゃないかなと個人的には思ってるんですよね。
そういうこと?
大工さんも書いてあるけど、
霊山として知られる山ですもんね。
ということらしいんですよ。
山名はめちゃくちゃ綺麗。
紙がかかってます。
紙がかかってます。
そうなんです。
だからこれでそういう山に対しての思いを詰められたと思うんですけども、
もちろんあと2000案だとか400本ルインだとか、
そういう山というのを聞いたんですけど、
現役引退後の山という目標みたいなのも話を聞かせてもらう時もあったりもして、
その一つが一軍の監督だったんです。
ただ僕自身その頃国防さんぐらいの実績があれば、
それはもう決定路線じゃないけど、
普通に振れるんじゃないのとか思ってたんですけども、
すごくだから僕覚えてるんですけど、
国防さんはすごく本当に噛み締めるように、
自分に言い聞かせるように、
監督の成長の物語
これはでもただ自分でコントロールできるもんじゃないと、
自分がなりたいと思ってなれるもんじゃなくて、
監督っていうの、一軍監督っていうのは、
国防に任せたいというふうな人間にならんといけない。
それをすごいゆっくり噛み締めるように言ったら、
すごい覚えててですね。
結果、サムライジャパンの監督したり、
二軍監督なさったり、
こうやって信頼の山じゃないですけど、
それを登っていって、
一軍監督の山にたどり着いたんだという。
すごいですよね。
一軍監督よりもサムライジャパンの監督先ですよね。
そうかそうか。それはそれで。
いきなりエグエストになった感じ。
そうかそうか。
なんですけど、そんな話を聞いたりとかですね。
あと国防さん6歳、小学校1年生から野球始めたんですけど、
最後の山みたいなお話も聞いて、
全部やり尽くして、最後の最後は高校監督をやりたいと。
面白いと思いますよ。
甲子園目指して、高校監督を教える。
ご自身も甲子園目指して、結局甲子園行けてない。
なるほどね。
なので、じゃあ僕をですね、みたいなお話をしたんですけど、
若山の西林高校ってところです。
すごくそういう締めくくりの山みたいなお話してくださったりもしていてですね。
すごく覚えてます。
去年の話になるんですけど、さっき言ったように、
リーグ3連覇っていうのは福岡移転後初という大きな山ですね。
なので、僕は日本一決めた夜に祝福のLINEを送ったんですけど、
国防監督に送ったんですけど、
やっぱり返事はもうそこの喜びに余韻に浸るというよりも、
もう次のことを考えてましたね。
すごいですね。
おめでとうございますという。
高校野球への夢
僕はおめでとうございますというイメージとしては、
よかったよとか、なんとか乗り越えられたよというようなイメージをしてたんですけど、
細かい内容は省きますけれども、
帰ってきたのはもう今年です。
来期に向けて。
来期に向けての話だったですから。
すごいですね。
山を持つ、山登りの方はあれなんですよね。
一つ一つ、一つ登ったらまた一つみたいな。
そうですね。
だから登山家みたいだなというような。
自分だったら日本一一回になったらちょっと満足しちゃいますからね。
そうですよね。
一回頂きに最後にね。
それも2024年にできなかったことが2025年にできたわけですから。
普通ならここにはぁってなるんですけど。
そうですよね。
ちょっとこうそうなりますよね普通の人ならって言ったら。
その辺りが逆に頼もしいなというふうに思いました。
へえ。中田さんどうでしたか。
中田 奥尾さんの国防監督の最後の夢というか最後の最後は高校野球の監督って普通あれですよ。
高校野球、プロ野球、ジャパンみたいな。
そうか。
中田 が逆なんですよね。
本当だ。
ただ多分プロ野球選手ってもう出来上がった選手を使うっていうのと、
多分まだ成長一流しい高校球児をどういうふうに成長させていくかと、
結構監督次第って高校野球ってありますよね。
だからそういうのも結構楽しみがまた違ってくるのかなと。
僕も本当中田さんがおっしゃるように、
国防監督の高校野球って見てみたいな。
中田 見てみたいですよね。
もう整ったプロ選手っていうのはある程度、
もう4番でエースみたいな子ばっかりじゃないですか。
じゃなくて、もう原石からどう磨くかなんですね。
入学して卒業までめちゃくちゃ変わる選手だっているでしょうしね。
毎年毎年本当にプロもそうだけど、子供たちは入れ替わってもちろん行くしね。
だから甲子園が高校球児の時に出来なかった夢を監督になって土を踏むっていうのはいいですね。
ストーリーとしてもいいし。
ぜひ高校、その頃まで僕ちょっと元気でいて取材したいなと思って。
そうですね。面白いですね。
なんかあんまりでも僕は知らないですね、プロ野球選手、元プロ野球選手が。
いますよ。全然います。
あ、いるんですね。
大越監督とかね。
今回フォークスの方に入ってきましたけど、
早友高校です。
早友高校山口。
山口の。そこで監督なさってましたし。
早友とフォークスの選手。
選手。
引退。
引退されて、今度は高校給仕の監督。
はい。
で、今度はフォークスの日本軍監督。
おおー。
参加ですかね。
はいはい。
ただあこまで2戦あんだ。迷宮界といわれる。
まあそうですね。
そこまでやった選手で監督、高校野球の監督なさって、
っていうのをあまり僕はちょっとイメージがないですね。
いないですね。
落合、野望、一郎、松井みたいな人たちは高校野球の監督してないよね。
そうそう。そうなるとですね、見てみたいなという。
そうですね。
なるほど。
ありがとうございました。今日はこんなところにしましょうかね。
はい、ここまで聞いていただきありがとうございます。
大久保さんのスポーツ余分は西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞ミーで好評連載中です。
ぜひご購読をお願いします。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
どうも西日本新聞ミーです。
このアプリではあなたの知りたい記事から福岡の経済社会子育て教育イベント情報ライブカメラマップでわかる防犯情報に特集記事調査を依頼できるあなたの特命取材班速報
そう福岡の味方西日本新聞ミー今すぐダウンロード西日本新聞
16:22

コメント

スクロール