1. 西日本新聞 戦国山城Podcast
  2. 47|【米噛城・福岡県筑紫野市..
2026-02-22 23:18

47|【米噛城・福岡県筑紫野市】福岡の住宅街にある「奇跡の山城」を堀切氏が解説

この番組は、福岡県内だけでも1,000近くあったとされる戦国時代の山城の魅力を、現地探訪を交えて紐解き、熱く語り合う番組です。山城研究は地理学、歴史学、軍事学、地域経済学などいくつもの側面があります。かつて、その地で暮らした人々の息吹をあなたも一緒に感じてみませんかー。

「福岡県筑紫野市の住宅街にある防衛省用地に、戦国時代の山城跡があると聞いた。どんなものか知りたい」。西日本新聞「あなたの特命取材班」に調査依頼が寄せられました。確かに「米噛城(こめかみじょう)」という城跡があるようです。今も昔も、軍事的に重要な地形「緊要地」なのでしょうか? 今回は、「あなたの特命取材班」と「戦国山城ポッドキャスト」のコラボ企画。現地で撮影した動画を、お城映像クリエーターの堀切さんが解説します。

◆出演:堀切凡夫(お城映像クリエーター)、宮﨑真理子(あなたの特命取材班事務局長)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/ 音声編集:中富一史(販売部)/ディレクション:坂本信博(メディア戦略局兼編集局上級専門委員)

◆収録日:2026年1月18日

◆「空から攻める」堀切凡夫Neo2(YouTube)
https://www.youtube.com/@horikiri

◆城・ドローン+(関連記事)
https://www.nishinippon.co.jp/serialization/castles_in_kyushu/

◆西日本新聞me(無料ダウンロード)
https://nnp.link/3B8F9X1

◆西日本新聞(紙)購読申込はこちら
https://f.msgs.jp/webapp/form/16701_jsy_1/index.do

◆西日本新聞Podcast番組一覧
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1294904/

◆X公式アカウント:「#西ポキャ」をつけて投稿お願いします。
https://x.com/nishinippon_poc

◆メッセージはこちらから
https://e-ve.event-form.jp/event/122339/pre

#山城 #ドローン #山城ドローン #空から攻める #九州の山城 #西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞ポッドキャスト #西ポキャ ♯城・ドローン+ ♯戦国山城Podcast

サマリー

このエピソードでは、福岡県筑紫野市の住宅街にある米噛城跡について、お城映像クリエイターの堀切氏が解説します。米噛城跡は現在、防衛省の敷地内にあり、特別許可を得て取材が行われました。自衛隊関係者も城跡の存在をあまり知らなかったようですが、Googleマップには「米噛城跡」と記載されています。取材班は、自衛隊の訓練広場として使われている平坦な場所や、見晴らしの良い高台、そして「堀切」や「土塁」の可能性のある地形などを動画で紹介しました。特に、自衛隊が訓練のために整備したのではなく、元々城跡としての通路や構造物であった可能性が指摘されています。標高70メートルのこの場所は、周囲の地形を見渡せる戦略的に重要な地点であり、かつて山城として利用されていたことが伺えます。立命館大学の教授による航空レーザー測量でも、さらなる遺構の存在が示唆されており、今後の調査によってこの地域の戦国時代の歴史解明に繋がることが期待されています。自衛隊の敷地内に残された米噛城跡は、周囲が宅地開発される中で奇跡的に保存された貴重な遺産と言えます。

米噛城跡への特別取材許可と概要
西日本新聞Podcast
西日本新聞 戦国山城Podcast
この番組では、福岡県内だけでも戦地核あったとされる、
戦国時代の山城の魅力をお話しします。
こんにちは、福岡のニュースアプリ 西日本新聞民の横山智則です。
こんにちは、お城映像クリエイターの堀木立音です。
こんにちは、宮崎真理子です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回は、それこそ宮崎さんも一緒に取材に行った、
福岡県筑紫野市二階地にある自衛隊の敷地の中に、
城跡が残っているというところに行ってきまして、
そこのお話をちょっと、動画も撮ってきたんでですね、
それを堀切さんに見ていただきながら解説というか、
聞きたいなと思っておりまして、
ちょっと動画を、
ここからちょっと、これ今まだ止まってますけど、
映像を見ていただきながら聞いていただきたいんですけど、
防衛省の敷地だから勝手に入ったらいかんぞって書いてあるのを、
自衛隊の方に開けていただいて、特別に許可をもらってですね。
で、この奥はあんまり使ってないらしいんですけど、
一応敷地としては訓練すると。
なるほど。
あんまり使って実際ないですって言ってましたけど、
でも一応訓練をするところで、
それがある種そっくり山城だったという場所で、
皆さん行ってますよね。
二階地送信所としてっていう名前ですね。
ちなみにこの僕らの後ろ側には感謝って言われる、
いわゆる自衛隊の方たちが住んでる団地もあって、
その隣にある自衛隊の敷地、なんていうお城?
ほめかみ城。
ほめかみ城。
ほめかみ城というところになってまして、
自衛隊の方たちも実際は知らなかったっちゃ知らなかったみたいです。
あ、お城なんですねみたいな、
お城跡なんですねみたいな感じでした。
そうなんですね。
そういえば好きな方たちがここが城跡だったとか、
YouTubeに流れてるの、ブログか何か書いてるの見ましたとか、
よく見たらGoogleマップに、
ほめかみ城跡って載ってますね、
うちの敷地はぐらいのところで、
自衛隊の方でも好きな方はもちろん知ってらっしゃるかもしれないけど、
一般に訓練をする中で、
ここは城跡だったんだ的な話はないみたいなことをおっしゃってました。
現地調査と地形の解説(広場、高台、堀切、土塁)
ということでちょっと動画をですね、
2倍速で進めていきま、
あ、中に。
そうそう。
これね、26年の1月に見せてもらったときの。
もうつい最近。
つい最近です。
収録も1月なんで。
で、これがですね、
あ、今言った感謝っていうのが僕らの背景にあって、
それこそブログを書いてらっしゃる人たちも感謝側からですね、
ここからは入れないんだけどって言いながら解説してる、
いわゆるお城のブログとかもありました。
で、ちょっとだけここを止めたいんですけど、
ある種ここだけがですね、
まさにここが自衛隊の方たちは訓練に使ってる広場っちゃ広場。
小学校の運動におけるもだいぶ狭いぐらいのイメージだと思います。
半分か3分の1ぐらいのスペース。
小学校によるとは言いながらですね、
イメージとしては小学校の運動場よりも狭いぐらいのスペースなんですよ。
で、自衛隊の方に聞いてもですね、
自衛隊が訓練に使うからここは平らなのか、
それとももともと山路だったから平らなのかっていうのは、
正直よくわからんとおっしゃってたんですけど、
どう思います?
やっぱり自衛隊の位置がそもそもいつから成立したのか。
昭和30年?
昭和59年。
ごめんなさい、34年。
1959年に旧防衛省が、防衛省が購入したと。
誰から購入したかわかんないって言ってました。
おそらくこれは僕の想像で自衛隊の方も言ってましたけど、
今はこれ周りは全部宅地になってるんですけど、
ここだけがいわゆる自衛隊の敷地だから、
そのままの森みたいなことになってるんですけど、
おそらく昭和30年頃って、
この築志野市の二日市のこの辺りって、
全部田んぼとか畑とか基地とか、
そんな感じでその宅地は周りなかったんじゃないかって、
おっしゃってましたし、
きっとそうだろうななんて言いながら話はしたところなんで、
素人だから買ったとか、防衛省がですね、
って言うでもなさそうなんですね。
偶然買ったところがそうだったみたいなのか、
なのかなとかって言いながらちょっと歩いたんですけど、
これ見ただけじゃどうなんですか。
ちょっとなんともわからないですね。
なんともなんかやはり、
お城ってよくあるのは狂わっといって、
例えば小屋があったりとか倉庫があったりとか、
あと何にもないんだけど、
戦争が起きた時に兵たちがこうやって寝転がったりとか、
兵が駐屯したりとかする。
集まっとかないといけない。
そういう意味で平坦地、削減地を狂わって言うんですけど、
そういうのは結構いっぱいあると、
江戸時代とかで明治にかけてですけど、
それを利用して畑にしちゃったりする。
なるほど。平坦だからですね。
そうですね。
もっと言ったらもうちょっと付け足そうよって言って、
勝手にどんどん山の形を変えていったり。
手が入っていって、
どこからどこまでが改編をされたかってわからない。
なるほど。
なんとも言えないんですけど、
ただこれ本当に試験なんですけど、
奴隷とかっていうのは改編をするってあんまりないんです。
後から付けて奴隷作ったとかってないんで。
もしそういうのがあったら結構貴重なんじゃないか。
なるほど。
ちなみにここは自衛隊が訓練をするから、
芝刈りは年に何回かはもちろんしてる。
めちゃめちゃ綺麗ですね。
綺麗ですからね。
じゃあちょっと待って。
これでそう言うとですね、後からね、
奴隷っぽいんじゃないってみんなで盛り上がったところも出てくるんですけど、
これね、今ずっと今話した広場なんですけど、
これ上がっていってですね、
ここすごいでしょ。
広場がいいですよね。
そうなんですよ。
これ目の前が本丸山のはずで、
今森でちょうど綺麗見えないですけど、
こっちの左側は、それこそあのあれです。
塩路山。
大野城。
大野城。
岩屋城がこっちに見えてて、
それこそ今言ったように周りはもう、
ここ以外は全部周りは住宅地になっているんですけど、
ちょっと高いんですよ、やっぱり。
ちょっと高いだけだけど見晴らしむちゃくちゃいいんですよ。
それだったら本当にどっかしらの市場とか、
でも全然あり得ますよね。
何か状況変化し、乗ろしちゃいたりとか。
そうですよね。
すごい重要な場所ってわかりますね。
標高が70メートル。
70メートル。
だそうです。
この家の屋根から行くと2階ぐらいかなと思われるんだけど、
ここ自体、この目の前の赤い屋根の家も、
少し高いところにあるんで、
本当の平地っていうところから、
ゼロメートルから数えると、
やっぱ70メートルあるだけあって、
こうやって眺望がいいんで、
確かにここ、昔の人も城作りたくなるよね、
景色だったような気がするんですよね。
乗ろしをたくだけでも、
すごい意味があるというか、
フォーマン山城っていうのもあったらしいので、
ただもうコメカメから煙が出てるぞって、
それだけでも情報が伝達になるので、
すごい意味があると感じはしましたよ。
あれなんですね、
城主がまだ、原田御神っていう城主らしいんですけど、
詳しいことは不明ですよね。
それこそ高橋城雲が作ったとも言われている、
とかいう話で、
ここですね。
落下があるんですよ。
これは当時なのか何なのかわからないにしても、
人が掘らないと、
ちょっと進めたほうがいい。
あれですね、道路のちょうど先目見。
そうですそうです。
確かにここはね、
そうなんですよ、
ここから下を見下ろすと、
誰かが掘るのか、
いわゆる削るのか、
埋めるのかしないと、
こうはならないよねっていう雰囲気ではあったんですよね。
周りの状況とか見たら、
ただの丘とかじゃないというか、
本来はもうちょっといろいろあったんじゃないかと、
しますよね、なんとなくですね。
今奥で見えているのが、
それこそ大野城というか塩尻山。
いい場所ですね。
いいでしょう。
最初にこっちに見晴らしがいいところに行って、
その後ですね、
今度は来た道を戻りますなんですけど、
ここがここでですね、
ちゃんと道になってるんですよ。
ここがね、道になってるでしょ。
ザクッといって、
軽自動車1台登ってこれそうな雰囲気だったんですよ。
なんで、
これ今向こう側にもちょっとあるので行ってるんですけど、
これ一回止めて。
結構広いんですね。
思ったより広いんですね。
今映像飛ばし飛ばしだったんであれですけど、
さっきあの門を開けて、
最初に運動場より狭いぐらいの広場がありました。
そこから本当にこれと同じ雰囲気ですけど、
軽自動車1台上がれるぐらいの道と言えば道があって、
少し登って右に行ったらさっきの景色。
今これはT字型になってて、
反対側のTの左側に登ろうとしてるんですけど、
最初僕本当にこれ自衛隊の人たちが、
何か訓練か何かのために車一台通れるようにしたんじゃないかというぐらい、
綺麗なそのくらいの道なんですよ。
ただ自衛隊の人もはっきりしたことはわからないというものの、
別に上で訓練とかしてないし、
別にわざわざ車を通すような、
整備を自衛隊がする理由も一応ないらしいんです。
通信所を作るとか。
作るとかでも全然ないので、
この道はそれこそ城跡としての通路というか、
道だったのかもしれんよねって言いながら、
ここを歩いて行き寄りまして。
結構思ったら広いですね。
結構広くてびっくりしました。
この上で何か訓練をしてます順だったら、
後から自衛隊が道にしたともなるんだけど、
別に使ってない。
この辺りってどうなんだろうと思って。
広いですねそれ。
すごいすごい。
そうなんですよ。
これ右側だってどうなんですか?
明細の方の右側に映ってるもの。
これって高まりがあるんですけど。
この一本木がそこに。
地形が高まりがこうあるんですよ。
確かにもうちょっと上った方が。
確かにここがちょっと。
もう一回上りましょうか。
上ったら大体上り切ったイメージはここまでなんですよ。
これちょっと段がある。
段がありますね段が。
この奥はここが一応上り切った場所がここ。
ありますね右側やっぱり。
そうそうここを見せたかったんですよ。
これ多分どれじゃないですか。
わかんないですけど。
多分もうちょっと進んだら。
これ一緒に行った坂本さんて記者も、
これ土類じゃないって言って今興奮して写真を撮ってるところです。
これでも写真だけだったらわからないですけど。
そうなんじゃないですか。
ですよね。
ほろっとなったんですよ。
これがね。
進みますね。
やっぱそうなんだ。
じゃないですかねおそらく。
城跡としての通路と構造物の可能性
よく例えば外側に堀とかがあったりとかしたら、
一見土類じゃなくて掘って埋め戻したとか。
っていうので土類じゃないかっていうふうに研究されている場合もあるんですけど。
多分そういうのじゃなくて普通に、
例えば北側とかのある一定の方向だけ作ったりとかっていうのがよくあるので。
それとさっき堀切さんが言った土類っていうのは、
その前の映像で流してきた見晴らしがいいねって言ったところから、
今ずっと歩いてきたじゃないですか。
その右側っていうのは、
ある意味でずっとあんな感じでちょっと盛られてる。
そうなんですよ。
わかりやすいのは今の場所でしたけど。
だからおーとかって言いながら。
すごいですね。
それこそ自衛隊の人が後から作るような話とかじゃない。
多分ここが一番高い場所です。
場所としては。
Googleマップ的に言うと、ここに印が付いてます。
米紙表跡っていうだけ。
誰かが付けられた。
誰かが付けられた。
別に自衛隊の方が付けたわけじゃなさそうですが、
ここがGoogleマップでもここを指してますよねとかっていう話で、
ちょうどこれしてるのがこの辺りなんですけども。
それこそ今坂本さんの後ろがやっぱりちょっとそうですよね。
やっぱりそうなんですね。
じゃないですか。
ちゃんとありますねしっかりと。
やっぱり見ればわかるもんなんですね。
なんつうわけですかね。
長いですもんね距離がバッて今見てても。
そうなんですよ。
1区間だけ2、3メートルだけ横にちょっとありますよね。
じゃないですかねおそらくその。
で、これあれですよね。
このドルインの先はもう。
下ってます。
はいはいはい。
じゃないですかね。
ここでちょっと盛り上がったんですよ。
そうです。
で、仮にお屋敷とかがあるんだったら今僕らが映像で立ってるところが一番高いところだし、
そうなのかねみたいな話をしながらですね。
よく山頂というかいわゆるお城で主角、メインの車っていう書き方で主角って言うんですけど、
主角のとこにはちょっとドルインじゃないんですけど、
例えばですけどちょっと高まりがあってそこに3メートルぐらいの例えばヤグラとかを作れば多分もう一望できるので。
ヤグラ台とか作ったりするんですか。
今の。
今ね。
そういう意味ではね確かにそのおっしゃる通りでちょっと広場といえばその、
家1軒立つ2軒立つぐらいのそのあたりも。
しっかりありますね。
そう。
そうじゃないですかね。
そうじゃないですかね。
よかったよかった。
多分、多分、多分ですよ。
すごいしっかり残ってるんですね。
なんかそれがやっぱり丸々こうやって自衛隊という感じで残っているのがやっぱり奇跡ですよね。
だから今僕らが歩いているのが少し獣道というか車一台通るか通らないかみたいな道になってるんですけど、
これ別に自衛隊の人が訓練のためにしてるわけでもないという言い方なんで。
使ってるのは実は下の芝生のとこだけだって言ってたんですね。
福岡県教育委員会によると山頂部に本丸それから近くに二の丸三の丸もあったっていう記録が残ってて、
広場のその先の丘に登るとその法満山とかあと住宅地も一望できますし、
山頂部は平らに整地されてるっていうところまで。
あと調べられて、これも奴隷じゃないかっていうところですね。
奴隷に囲まれてる。
一緒に来たらよかったですね。
素晴らしいですね。
今映像では右左を映してもらってますけど、
今映ってるのが奴隷があったって言ってる方の道の右側がちょっと草むられてるっていうか木が生えてるところが奴隷があったところで。
反対を向くと見晴らしがよかったところに行くと。
これがT城になっててこれを降りていくとさっきの訓練をされてる下の広場みたいなところに降りていく感じですね。
素晴らしいですね。
そういったもんではほぼほぼ、周辺のところはもしかしたら帯クラとかにしてもいじったりしてるかもしれないですね。
でもこうやってメインのところはこうやって残ってるのは奇跡的ですよね。
この道も非常に怪しいんですよ。
最初僕は車通すために作った道なんだろうぐらい思って登ったんだけどどうもそうでもないという見方なので。
だったら上に土類があって、たぶんそのあたり一番高かったところも平らになっててそこにお屋敷があったとすると、
ある一部当時からもそれに上がっていくための道だったのかななんて言いながらですね。
というところでございますね。
今後の調査への期待と米噛城跡の価値
上核の専門家で現地を調査したことがある立命館大の岡寺教授が航空レーザー測量で、
土地のデコボコ分析できる赤色立体図を確認したところ、他にも遺構が残存している可能性があるということだったそうです。
今後の調査次第では重要な知見を得ることも期待できるんじゃないかと。
梅上城の詳細がわかるということはこの土地の戦国史を知る上でも考える上でも大事なことではないかということだったそうです。
やっぱり自衛隊が保存しているというか。
本人たちも素人だから積極的に保存しているというよりも、
自分たちの使いやすい場所だけを使ってて、残りのところを別に手をつけなかったというのが正しいんだと思うんですけど、
おかげで今ご覧になったとおりで周りは全部宅地なんで、
おそらくそうでなかったらそれは団地か家かにひょっとしてなっててもおかしくないような場所だったと思うんで、
そうするともう何もわからなかったんだと思うんですよね。
率直にこの位置、お城ファンとしてはこの映像自体めちゃくちゃ貴重だと思うんですよ。
すごいと思いますね、相当。
そうなんですね。
確かに好きな人でもこれ自衛隊の敷地だから、
今新聞社でございますで取材に入れていただきましたけども、
普通入れないんですよ。
ここも少し高くなってて、これまた別の場所に登るとしてますね。
ここはここで少し高くなっててですね。
さっき見晴らしが良かったってところのすぐ下に今出ようとしてるんですよね。
この右上のフェンスというか柵になってるところに、
さっき見晴らしが良いでしょって残ったところがそこで、
赤い屋根とかで上から見下ろしてた屋根がここのお宅で、
ちょうどここもここで掘られてるか切られてるのかなっていう感じではあったんですよね。
こっちの住宅地のもとのほうも、自衛隊の方が言うには崖みたいに急な坂になってるっておっしゃってました。
崩れないように堂々としてるんでしょうね。
本当、住宅地の中にこうやってあるからはがりにくいんですけど、
結構もう独立者っぽくて給料だったのかもしれない。
ちょっと険しい。
えーですよね。
ここ歩いてるところもたぶん、掘ったんじゃないのかなーとかいう話をしながら。
何かしらの跡を埋まって、それから改建していったのかもしれないですね。
その下のここが一番広い場所。さっき入り口からすぐ見える。
自衛隊の方たちはここで、通信の訓練、
たぶんアンテナ立てるような訓練を年に何度かはしてるんですよみたいな話をされてましたけど。
ここは本当に平らで、僕キャンプ好きなんでキャンプするには持ってこない場所なんですけどね。
エンディングと関連情報
こんなところでいいのかな。あ、無事エンディングですね。
ということで見ていただいて、そういうことでございました。
めちゃめちゃ貴重な映像ありがとうございます。本当に素晴らしいですね。
というところでエンディングにしましょうか。いいですかね。
ここまで聞いていただきありがとうございました。
堀切さんが全国各地のお城をドローンで撮影しているYouTube番組、空から攻める。
それと西日本新聞の城戦国ドローンプラスは、西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞みで連載中です。
ぜひご購読をお願いいたします。本日はありがとうございました。
西日本新聞ミーです。
このアプリではあなたの知りたい記事から福岡の経済社会子育て教育イベント情報ライブカメラマップでわかる防犯情報に特殊記事調査を依頼できるあなたの特命取材班速報
そう福岡の味方西日本新聞ミー今すぐダウンロード西日本新聞
23:18

コメント

スクロール