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2026-03-03 11:07

41|【都地(とじ)城・福岡市西区】宅地の脇に土塁の名残、堀跡と思われる水路も

この番組は、福岡県内だけでも1,000近くあったとされる戦国時代の山城の魅力を、現地探訪を交えて紐解き、熱く語り合う番組です。前回の「米噛城」に続き、今回も住宅地にある城跡に迫ります。福岡市西区の金武小学校近くにあったとされる「都地(とじ)城」。城の遺構は宅地になっていて大半は消滅していますが、宅地の脇に土塁の名残があり、堀跡と思われる水路が残されているようです。

◆出演:堀切凡夫(お城映像クリエーター)、宮﨑真理子(あなたの特命取材班事務局長)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/ 音声編集:中富一史(販売部)/ディレクション:坂本信博(メディア戦略局兼編集局上級専門委員)

◆収録日:2026年1月18日

◆「空から攻める」堀切凡夫Neo2(YouTube)
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サマリー

今回の西日本新聞戦国山城ポッドキャストでは、福岡市西区に位置する「都地城」跡を紹介します。住宅地の中に消滅した城跡ですが、宅地の脇に残る土塁や、堀跡と思われる水路がその名残を伝えています。都地城は、京都から下向した人物が築いたとされ、小早川隆輝の配下であった可能性も指摘されています。番組では、全国に数多く存在する山城の現状や、開発によって失われつつある遺構について、ドローン映像などを交えながら解説しています。また、他の地域にも多数の山城が存在することや、戦国時代の争乱が城の築城や強化に繋がった背景についても触れています。

番組紹介と福岡県の山城の多さ
西日本新聞Podcast
西日本新聞 戦国山城Podcast
この番組では、福岡県内だけでも 戦地核あったとされる
戦国時代の山城の魅力をお話しします。
こんにちは、福岡のユースアプリ 西日本新聞MEの横山智則です。
こんにちは、お城映像クリエイターの 森木立音です。
こんにちは、宮崎真理子です。
今日もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
それこそオープニングで、いつも福岡県内だけでも 戦地核あったとされるって言って
番組でアナウンスはしてるんですけども、
今ちょっと調べたら、福岡県内の小学校の数って 700ぐらいらしいんですね。
そうです。
ていうことは、何それ、え?1000って小学校の数よりも 多いぐらい山城ってあったの?
っていう話になってくる。
ほんとそうですね。
どこでもここでも公民館みたいにして 山城があったんだろうかとちょっと思ってるんですけど、
都地城の紹介と遺構
今日はそれこそ、前回も本当に今となっては、
宅地の中にこんなお城があったという話を 前回、米上城の話でしましたけども、
今回は同じように、今となっては 町の中にあったお城の紹介。
町の中っていうか、今いわゆる住宅地の中にある、 福岡市内にあるお城をちょっと紹介していただこうって、
なんてまずお城ですかってところが出てますか。
富士城というお城を。
富士城。なんて書いてあるの? ちょっと地図出してもらいましょうか。
そうですね。都に地域の地ですね。
東京都の都。
そうですね。都ですね。
地域の地。地面の地。で、富士城。
富士城。
自分も初めて知ったというか、
福岡県の中勤制城間という福岡県教育委員会が出してる、 無償を配布してる報告書はずっとあるんですけど、
その中でたまたま知って、
さわらに寄る用事があったんで、 見てみようと思って寄って知った場所を。
福岡県福岡市さわら区ですね。
最近ポッドキャストポッドキャストと言いながら、
映像付きの方が楽しんでいただける作りになってきてますけども、
今回僕らの背景はグーグルマップで、
さわら区のどの辺り?
金竹。
はいはいはい。
下の方に黒木団地とかが。
これ上が北で下が南ですね。
の場所で土地上。
このピンが打ってる場所は、
看板がこっちになってあるんですね。
看板しかないんで、そんなに大したあれがないのかなと思って。
ピンっていうのはちょうど堀切さんの頭の上のオレンジか赤かのピン?
緑のピンです。
頭の真上ぐらいにある。
これです。
小学校の上にある。
道路のところのピンですね。
看板が土地上ってのがあって、
おそらく看板を読むと、
土地士っていう方がいたんですけど、
先祖だったりその方が作られた看板がある。
こちらの一応中均性上巻報告の読んでいくと、
実は土塁がこの街中に残ってるんですね。
ちょっとわかりにくいんですけど。
カフェがなんかあるみたいなんですけど。
さっき言ったオレンジのやつですね。
そこにカフェがあって。
カフェ沿いにあるんですね、実は。
緑の線でちょっと伝わりにくいんですけど。
現地に行ったらまんま高さ3メートルぐらいの土塁があって、
普通に住宅の角にあるんですよ。
わからなかったら誰々さんといっても嫌なんだなと思う。
そういう館後で見たらしっかりコーナーが、
この左側の。
そのカフェといったオレンジの点は、
右の地図でいうとそこのあたり。
指で今指してた。
多分カフェがあって。
僕は寄ってないですけど、見る限りグーグルの評価めっちゃ高かった。
めっちゃオシャレなカフェだと思うんですけど。
一応入口のところに石組井戸の跡があるらしい。
関連なのかわからないんですけど。
そのカフェは古いお屋敷を改築してみたいなカフェですか?
そりゃそうじゃないかと思います。
都地城の歴史と人物
一応この都治市っていうのが人物がいまして、
もともとは京都とかで、
京都の都で宮中に奉仕してた方が、
1530年に足川義輝という当時の将軍がいたんですけど、
今から命を受けて下校といって、
こっちの福岡の市に来て、
そこから都治市制を名乗ったと言われています。
後々、小早川隆輝の配下として、
この一帯は沢良郡の大化になったと言われてはいるんですけど、
詳しく書いた資料が残ってなくて、定かではないということで。
その館跡があったっていうのは伝わっていて、
実際に奴隷跡が調査でわかっているそうでございます。
カフェオレンジのところあたりに奴隷があって、
その奴隷っていうのは、今度はこっちの地図で言うと、
グレーで塗られてるところがそれだってことになるんですか?
そうですね。奴隷があって、
現在もおそらく確認ができる感じですかね。
道路で寸断されてるんです。
ちゃんと外郭の凝ってるみたいな形で。
家の中は当然敷地なんで入れないんですけど、
でもそういうのはしっかり残っているので、
現代には様々な改変がある中では奇跡的に残っている場所だなと感じました。
住宅地に残る城跡の現状と全国の山城
すごいな。でもうち結構近所なんです。行ってみようかなって感じで。
看板はあるんですよね。
看板はあるんです。
いわれが一応書いてあって、それを見るとここかっていうのはわかるようになってる。
看板だけなので何もこういう図はないので。
なるほど。
確かにそうですね。図書いちゃったら本当に興味で見に行くところがちょっといろいろ。
入っちゃいけない。さっきから自衛宅でしたけど。
そういう理由もあるのかなっていうのもあるんですけど、
しっかりこの自衛宅地を歩いてみたら、
いる人が見たらわかる。
しっかりありますので。
ということで、だからこういうお城が、
お城というか何というかみたいなものなんでしょうが、
だから戦地核あったというのは、こういうのが戦地核あったんだよという話でもあるってことですよね。
本当は伝承だったりとかであっただろうっていうのはあっても、
開発でさらっちになっちゃったというのはいっぱいあるんですけど。
全国で見たらこういうケースがめちゃくちゃ多くて。
それこそGoogleマップの航空写真で見たら、
どう見てもその区画だけまるで奴隷学民があったんかなっていうぐらいにポンってあったりとか。
結構ありますね。あざめいで城とかあったりとかして。
あざめいで城とかあったらここ怪しいぞってことになるんですか。
でもそれは明らかに田んぼなんですけど、そこだけ区画がおかしいとかです。
なるほど。区画がおかしい。なるほどですね。
区画を生かして道にしちゃってる。道が突然カカカカってなってるとかですね。
そういうのでよくSNSで湧いたりする場合もあります。
もしかしたらみたいな。
それこそ新発見かみたいな話で盛り上がるってことですね。
すでに発見はされてるんですけど、そうやってマップで見たらもう。
わかりやすいぞと。
全国の山城の数と築城の背景
それこそ皆さんさっき質問があるってことで。
先ほどおっしゃってた1000以上福岡県あるって言ってるんですけど、
他の県とかってそれぐらいあるんですか。
福岡県は割かし多い方なんですけど、
特にあっちの愛知とかだったり長野県とかの、
あの辺りとかもう本当に何千ってくらいあるらしくて。
そんなはずないだろうって思ったんですけど、
2年前くらい長野のご友人に案内してもらって行ったら、
やっぱりもう午前中その方が車をずっと運転してくださるんで、
午前中行っただけでもう午後ぐらい案内してもらって、
いっぱいそこにあるんですね。
その城跡が。巨大な泥とか。
そもそもそういう竹田であったり植えすぎであったり、
ほうじょうもあったり、馬場もって考えたら、
もうあちこちとすごい争いをしてるので、
するたびにどんどん砦を作れってなったり、
あるいは砦を奪ったらそこをさらにアップデートして、
次絶対来れないようにしてやれって、
奪い合いをしててどんどん強化したりとか、
そんなのがわーってなってるっていうのがあるので。
なるほどね。
すごいですね。
すごいですね。
それこそ豊臣兄弟も始まりまして、
番組告知とエンディング
収録時点で僕は2話目まで見ているんですよ。
面白いですね。
面白いです。
面白いです。
楽しみですね。
そういうお城出てくるのが。
確かに豊臣兄弟2話目までいくとですね、
大きな合戦ではないですけど、
村と村とのこぜり合いというか、
武士なのか盗賊なのかわからない人たちが
村を攻めてきたりするんですよ、荒らしたり。
だからあの類のことから村を守るためにも、
ある種こういったものは必要だったと言えば、
必要だったってことになるんですよね。
園長にあったと。
ということで、今回はここぐらいでよろしいですかね。
ここまで聞いていただきありがとうございました。
堀切さんが全国各地のお城をドローンで撮影している
YouTube番組、「そらからせめる」も公表配信中です。
それから西日本新聞の城戦国ドローンプラスは、
西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞ミーで連載中です。
ぜひご購読をお願いいたします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
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