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2026-01-18 07:24

42|【障子ケ岳城】みやこ町にも山城が?障子ケ岳城を攻める!

この番組は、福岡県内だけでも1,000近くあったとされる戦国時代の山城の魅力を、現地探訪を交えて紐解き、熱く語り合う番組です。山城研究は地理学、歴史学、軍事学、地域経済学などいくつもの側面があります。かつて、その地で暮らした人々の息吹をあなたも一緒に感じてみませんかー。

今回のシーズンは福岡県みやこ町にある障子ケ岳城を攻めます。メジャーな城郭ではありませんが、豊臣秀吉による九州征伐の前哨戦の舞台になった城です。今回のシーズンでは郷土史家の清田進さんを招いて解説していただきます。

◆出演:清田進(郷土史家)、中山紘一郎(しかのすけ/販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/ 音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:中山 紘一郎(しかのすけ/販売部)/ディレクション:坂本信博(報道センター総合デスク)

◆収録日:2025年12月6日

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サマリー

福岡県に広がる戦国時代の山城を探求し、特に障子川岳の歴史や景観を紹介しています。登山を通じて、地域の戦略的な要所や城郭の役割が明らかになる様子が描かれています。

福岡県の山城の魅力
西日本新聞Podcast
西日本新聞 戦国山城Podcast
この番組では、福岡県内だけでも戦地核あったとされる、
戦国時代の山城の魅力をお話しします。
こんにちは。福岡のニュースアプリ、西日本新聞Bの横山智則です。
こんにちは。西日本新聞の鹿之助こと中山小一郎です。
こんにちは。歴史、街歩きなどを企画しています清太といいます。
どうぞよろしくお願いします。
今日もよろしくお願いします。
清太さんはこの間、福岡城県で出演してもらって、
2度目というか、2回目となっておりまして、
今日、どこに連れてきて、僕ら。
今ですね、河原町ですね。高川郡河原町に来ております。
今日はとにかく山城としましては、
ちょっと板丈がなくなっているのが河原岳一の岳でありまして、
セメントの石灰石を採るために、ああいう形になっております。
もともとはこれが一の岳です。もともとはこれですけどね。
これがもともとで、今はもう半分ぐらいになってますね。
その向こうは二の岳。
二の岳は河原町が中世城郭遺産群ということで調査を終えております。
二の岳は。
ただし、現在もセメント会社の私有地ですから、私有地図が入れないということで、
今日は資料での紹介になるんですけど、その向こうが三の岳でありまして、
全体が河原岳像ということなんですけど、
三の岳から一旦庵部に降りてぐーっと上がっていくと、
ウシキリ山というのがあるんですけど、
ウシキリ山もですね、
今日中心に話しますけど、天章十四年の小林川隆、
菊川本庵、黒田義隆、甘兵衛、河原岳像。
河原岳像のほうは高橋本種という武将がいたんですけど、
戦いでちょっとポイントになった山、中世城郭、跡があります。
向こう右のほうに行くと川があって、
これ何川と言いましたっけ?
何か忘れましたね。
何川だったっけ、
金部川とか、
菊川側も流れていますけど、
女川の支流ですね、女川につながっていくわけですけど、
向こう側の障子のように見えるのが障子川岳と言いまして、
こちらはですね、頂上部が南北250mぐらい、
もう両方に中世城郭が残っています。
向こう側は現在でいうと宮古町の勝山町なんですけど、
昔は宮古郡勝山町だったわけであります。
勝山町が地元の方が熱心に
山頂部の城郭部をですね、
管理してありますから相当綺麗な意向が、
障子川岳上のほうは見えます。
場所としてはですね、とにかくこの、
せっかくなんで答えましょう。
国道で行きますと、322号線から小倉を出てですね、
秋月に到達します。
それでもう一つ201号線がですね、降下しないから。
今日僕らが来たのはそっちのルートですよね。
こっち側から来たというか。
201号線のところに来まして、この辺に。
201号線は行く橋まで行くんですけども、
ちょうどその交差点にいます。
だからこれ古代から、古代官道もこのルートありましたし、
江戸時代は街道として。
洋商の洋商ですね。
武前の北部と筑前の南部を結ぶ、
現在見ますと322号線。
筑前の北部と行く橋、武前の東部を結ぶ、
その交差点、洋商に河原岳上と障子川岳上があったという。
今僕らはちょうどその間みたいなところにいるってことですね。
交差点のところにいますね。
今日登る予定は、障子川岳上。
障子川岳上の方から、障子川岳上全体の話もしますし、
周知で入れないから、障子川岳上から見まして、
河原岳上、特に稲の竹の中世城郭遺産物についてお話しします。
登山と歴史の探求
これと含めて、天章十五年に秀吉が九州平定戦、
島津征伐でやってくるんですけども、
その前年に小川岳上と岡本晴と、
軍艦として黒田漢部義孝が前年に前さばきで武前に侵入して、
ここで高橋持谷と戦います。
城郭遺跡に関係してですね、
実際残っている城郭遺跡が天章十五年の戦い、
1656年だったかな。
1600まで言ったら、
1500。
1586年だったと思うんですけど、西暦にすると。
これは後で確かめておいてください。
西暦、本当に覚えないんですよね。
その時に実際、今残っている城郭史がですね、
どのように使われたかというようなお話を現地に行ってやります。
分かりました。
一旦導入はそんなところですかね。
はい。
塩田さん、何か。
そうですね。
高知の要所というところで、
見てもらったら分かるとおり、
山もあって、
街道もあったということなので、
結構大規模な戦闘が行われたかもしれないなっていうのは、
ちょっとあまり知識がないですけど、
想像はできますね。
なるほど。
そういうことですね。
じゃあ、ということで、
この後は登るってことになるんですかね。
昭寿畑、登山口の地味峠というところに行きまして、
そこから昭寿高畑に登ります。
分かりました。
そしたら、一旦今回はここまでということで、
ここまで聞いていただきありがとうございました。
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本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
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