1. 西日本新聞 戦国山城Podcast
  2. 44|【障子ケ岳城】絶景の山頂..
2026-02-01 12:06

44|【障子ケ岳城】絶景の山頂から九州征伐に思いをはせる

この番組は、福岡県内だけでも1,000近くあったとされる戦国時代の山城の魅力を、現地探訪を交えて紐解き、熱く語り合う番組です。山城研究は地理学、歴史学、軍事学、地域経済学などいくつもの側面があります。かつて、その地で暮らした人々の息吹をあなたも一緒に感じてみませんかー。

今回のテーマは九州征伐について。山頂からは北九州一帯を見渡せる絶景が広がっていました。景色を見ながら、当時の豊臣先遣隊の動きを振り返ります。

◆出演:清田進(郷土史家)、中山紘一郎(しかのすけ/販売部)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/ 音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:中山 紘一郎(しかのすけ/販売部)/ディレクション:坂本信博(報道センター総合デスク)

◆収録日:2025年12月6日

◆me会員特典「天神ビジネスセンター」の飲食店街でお得な優待体験
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1319605/

◆「空から攻める」堀切凡夫Neo2(YouTube)
https://www.youtube.com/@horikiri

◆城・九州戦国ドローン(関連記事)
https://www.nishinippon.co.jp/serialization/castles_in_kyushu/

◆西日本新聞me(無料ダウンロード)
https://nnp.link/3B8F9X1

◆西日本新聞(紙)購読申込はこちら
https://f.msgs.jp/webapp/form/16701_jsy_1/index.do

◆西日本新聞Podcast番組一覧
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/1294904/

◆X公式アカウント:「#西ポキャ」をつけて投稿お願いします。
https://x.com/nishinippon_poc

◆メッセージ受付フォーム
https://x.gd/O5RFS

#山城 #ドローン #山城ドローン #空から攻める #九州の山城 #西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞ポッドキャスト #西ポキャ #鷹取城 #黒田藩 #母里太兵衛

サマリー

今回のエピソードでは、障子ケ岳城の山頂からの絶景を眺めながら、戦国時代の九州征伐について語られています。特に、大名たちが動員されて九州に入城した様子や、城々の関係性が詳しく紹介されています。また、庄司川岳城の戦いにおける小早川吉坂軍の進撃や、国立城、河原岳に関する戦略についても言及されています。このエピソードでは、戦闘とその歴史的背景についての考察が行われています。

障子ケ岳城の絶景
西日本新聞Podcast
西日本新聞 戦国山城Podcast
この番組では、福岡県内だけでも戦地核あったとされる、戦国時代の山城の魅力をお話しします。
こんにちは、福岡のニュースアプリ、西日本新聞民の横山智則です。
こんにちは、西日本新聞の鹿之助こと中山小一郎です。
はい、こんにちは、街歩きの会、中高校の教室の清太です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
山城到着しました、障子ケ岳。
今、いわば三ノ丸、二ノ丸、障子ケ岳城は、南北に250mあるんですけど、最後の大変きつい登りですね。
三ノ丸までたどり着いて、二ノ丸と上がって、本丸に。
本丸後って書いてますね。
はい、参りました。で、最長部がそこですから、そっちに移動しまして、ちょい360度見ながらお話をしたいと思います。
はい、ここまで登れば全部見えますね。
このあたりが見えるのか、カメラがここに来たほうがいい。
いいですか、いいですか。
はい、はい、はい。
ここら辺がいいんじゃないですか。
そうですね。
今、障子ケ岳城の最長部にまいりました。
障子ケ岳の最長部でもあるということなんですけど、360度見えてまして、
まず向こうから行きますか。
向こうから行きますと、高原城のところが平尾台だそうで、ずっと右に降りてきますと、奥は北九州空港があったりして、
今、諏訪奈田であります。
行く橋の町が見えているということですね。
そうですね、あそこ行く橋の町か。
はい、はい、はい。
遠くにうすら見えているのが国崎半島で、
海の向こうにうすら、多分カメラにも写っていると思いますけども。
はい、で、ぐっとここさんあたりが見えてくるということですかね。
そのあたりにいくつも谷がありますけども、ずっと谷がみれみれが見えております。
おそらく手前、やっぱりあそこが行く橋ということは、
手前真っ直ぐに見える一番近くのところ、ポコッと広がっている山は馬畑城じゃないかと思いますけど、
今日はちょっと馬畑城の話を聞かせてください。
ずっと右にまた降ってきますと、
多分鉄道川とか鏡山とかいう山だと思います。
あの下には川長という人の神社があったりですね。
古代からの話題があるところで、またぐるっと右に曲がりますと多川の町があって、
そしてこう四季間の鳴き声が。
カメラ入るかな。
音が入ったらいいですけどね。
河原岳の一の岳、石灰石を採掘しています。一の岳の真っ白になったですね。
もともと490メートルあった頂上を削って、今どれくらいか。
標高200メートルくらい。
半分くらいになっているんでしょうね。
半分にはなっていますがな。
その次が二の岳があって、右にもう一つ行くと三の岳があって、
それで河原岳、一、二、三の岳が終わりで、
そのまたちょっと右側が牛切山という山があります。
それでどうしましょう。
それでですね、これが生地形町の平面図です。
平面図でありまして。
今だから一番下の方の主角にいるんですか。
そうです。今ここに立っているということですね。
ということです。
南側の方にはやっぱり掘り切りが巡らしてありまして、
ずっと南に行くとこの生地形町、主城とはまた別の蔵、
先ほどからずっと稜線上に蔵があるんだという話をしてきましたけども、
また別の蔵もあったりして、
この生地形町本城としてはですね、主角から、
ずっと南に向かって二の丸、三の丸と、
南北250mあります。
ありました。確かに。長かったですもんね。
最後の残りを上ってですね、河原岳城領域だと思うところから、
また四角までは250mあったということであります。
それで、そしてですね、今おっしゃいましたように、
生地形町がありまして、
向こう側には河原岳の一の岳、二の岳、三の岳がありまして、
その間をですね、秋月街道、現在で言いますと国道322号線が走ってまして、
川を逃れてまして、両方の山城が退治しているという状態です。
そういうことになるんですね。
それで、ここからは天正十四年の話になるんですが、
天正十五年にですね、秀吉が翌年の天正十五年に
秀吉が本軍を引いて九州にやってきます。
その時は全国の大名を連れて九州に下降するわけですけども、
10万とも15万とも言われてますけども、
その1年前に翌年の九州への大軍の上陸がうまくいくように、
武全を併定するためにですね、武全、現在の北九州市から中津市辺り、
武全を併定するために、戦犬軍としてですね、戦犬軍として
小林川、菊川、そして黒田、吉高が軍艦で武全に入ってきます。
全然、天正十四年にですね。
その時に、武全に入ってきて、徐々に、
その時のですね、360度一望できる景色の状況なんですけども、
まず北九州方面ですね。
北九州方面、平宇沢の向こうになりますけども、
小柱城、それから御賀川通りにですね、
浅川城、小賀城、つり城等がありまして、
この4つの小さな山城はですね、島津型でありました。
直接的に言いますと島津型の秋月種々の関係。
秋月種々の関係ということは、川崎城の城主が秋月種々の実施のために、
川崎城の城主が秋月種々の実施の高橋本種でありますから、
北九州方面はですね、秋月種々あるいは高橋本種の行きかかる城々がありまして、
この島津型は高橋本種の市城でありますから、
高橋本種の兵が籠っていたということです。
で、川崎城はその高橋本種を官人が首長として対象としておりまして、
その戦犬軍であります菊川小林、黒田を迎え撃ちということで、
待っとったわけであります。
ずっとですね、南の方を見ますと御所山が見えるんですけども、
御所山はですね、部全地区全の中でも特に高橋本種の実譜であります、
秋月種々が御所山に籠ってですね、
戦犬軍、菊川小林は軍艦黒田、官兵吉坂を待ち受け取ったというような状況が、
この庄司戸だけでは頂上から360度見れるわけであります。
戦国時代の軍事情
今、そういうところに立っております。
これ、相当長くなるけど続けてやりますか。
続けてやりましょうか。
ちょっとチャンラゲの構造は後引きしましたね。
戦犬軍ですけども、転送10年の9月10日、
9月10日ですね、まだ小早川家は武田に渡ってないのに、
ちょっと先走って黒田官兵吉坂がですね、9月10日、
小早川家から兵を借りて、500兵を借りてですね、渡るんですよ。
渡って、結局あの小倉城から出てきた秋月、
秋月、高橋関係の兵にやられてですね、負けるんです。
だからそれについて吉坂元春がですね、
だから言ったじゃないか、みたいな訴訟も残ってるんですけども、
続いてですね、10月3日に本格的に下関から文字にですね、
小早川吉坂軍が渡ってきます。
おそらく2万から3万の兵だったと思われるんですけども、
そこでもうあっという間に小倉城を落としてしまってですね、
先ほど申しました、ほばしら、小川、浅川、鶴木城、
北九州のほばしら山から御賀川沿いの小さなお城なんですけども、
ここは麻生市とですね、村形市の連合軍が戦犬軍側に付きまして、
この4つの城を落としてしまいます。
落としてしまってですね、続きまして小早川、木川、本軍は
国立城と言いまして、行く味の町が見えてますけども、
南のほうに国立城という海城がありました。
各市、各なんとかって女優いますよね。
各なんとかって女優と同じ苗字の各市というのがやっぱり島津型でおりましてですね、
ここもあっという間に落としまして、その後、
この庄司川岳城をですね、2万から3万の兵で攻めます。
で、ちょっとこぜり合いが1日目あったんですけども、
要が明らかに言うとですね、庄司川岳城の兵はみんな川岳城に逃げてしまったということで、
ほぼ戦えなくてですね、この庄司川岳城は接収してしまいます。
逃げたというか逃がしたというか、戦後時代よくあることですね、
主たる城を滅ぼすためにですね、その周りの属城の兵をわざと主たる城に追い込むと、
そうしますと、主たる城、この場合は川岳城ですけれども、
川岳城の上が早いということでですね、
戦略と戦いの背景
上が、上るものがなくなると、
川岳城の兵狼攻めを効率よくするためにね、
わざと庄司川岳城の兵を見て見ぬふりをして逃がしたのではないかと思われます。
で、先ほどから見てまいりましたように、この庄司川岳城を登ってくる間ですね、
ところどころに車があるんだということをお話ししましたが、
前後いくつか、十幾つの、庄司川岳城を真ん中に置いてですね、南北に、
この稜線上に十幾つの車がありまして、この車についてはですね、
庄司川岳城を戦犬軍小林川、菊川黒田が接収した後ですね、
この対面にあります河原岳を囲むために、
作った砦であろう、つけじろ、陣じろと言いますけども、
戦いのために急遽こしられた砦のことを言いますが、
であろうと言われております。
で、向こう側の河原岳についてはですね、
実は河原岳に登って説明できればいいんですが、
河原岳はですね、セメント会社の支有地になってまして、
ちょっと入れないもんですから、
この庄司川岳町の山頂から河原岳町について、
お話を続けていいですかね。
続けようかと思います。
一旦ここまでで、続きは次回ということにさせてください。
鹿之助、なんか言うことあった?
大丈夫ですか。
はい、西日本新聞の城戦国ドローンプラスは、
西日本新聞とスマホアプリの西日本新聞の
城戦国ドローンプラスは、西日本新聞とスマホアプリの
西日本新聞MEで連載中です。
ぜひご登録お願いします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
どうも、西日本新聞MEです。
このアプリではあなたの知りたい記事から、
福岡の経済、社会、子育て、教育、イベント情報、
ライブカメラ、マップでわかる防犯情報に特集記事、
調査を依頼できるあなたの特命取材班速報。
そう、福岡の味方、西日本新聞ME。
今すぐダウンロード!西日本新聞
12:06

コメント

スクロール