なるほど。閣議決定をしないと、閣議決定になるといわゆる政府の公式のというか見解になるということで重みが違うということなんですよね。
そうですね。閣議決定をその後も継承しなくてはいけなくなるので、影響も大きいですし、とても重いものになると思います。
それで皆さんにも多分一番記憶があるのは安倍さんが出された2015年の戦後70年談話というのが多分記憶にある方もいらっしゃるかなと思うんですが、実は10年前私これ取材してですね、かなり有識者会議、有識者の方も多く官邸に何回も呼んでいろんな他方面から検証して、
それで練り上げていって、毎回その取材がかなり、本当に有識者の方の議論も長時間にわたって取材が大変だったなという記憶もあって、安倍さんの思い入れも相当あったので、その70年談話というのを記憶されている方も多いと思うんですが、
70年談話がなぜそこまで強く我々印象づくというのはどういう内容だったかというのをちょっとご紹介してもらってもいいですか。
その前の戦後50年談話の時にですね、この時は村山富一首相だったんですけれども、その時に大きなテーマとして出たのが過去の植民地支配と侵略への反省とお詫びという立場を示したわけです。
ただこれがやっぱりどうしても中国だったり韓国だったりとの関係の中で毎度持ち出されたりするということで、当時の安倍総理は70年談話でですね、こういう50年談話60年談話の歴代内閣の立場も継承しつつ、戦争に関わりのない世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないという未来志向を打ち出してですね、
そういう謝罪外交に区切りを打ったという評価が自民党内の中でも今転職しております。
そうですね、中国とか韓国からは50年談話を理由にもっと謝罪を要求されるというか、たびたびそれを安倍さん自身が終わらせたいというのは当時私も取材をしてて、多くの側近とかが言ってたので、そこに言葉はあれですけど、
70年から未来に向かって日本が新しく歩み出すんだという意味で未来志向というのを強く打ち出したということが70年談話の真髄だったのかなと。
なので今も岩谷さん自民党内の保守派を中心に70年談話で決着がついたんじゃないかと、この歴史問題というのは、という声が多いですよね。
そうですね、とても多いです。いわゆる安倍談話ですよね。国内だけじゃなくて海外からも指示をされてて、ここで日本の政府としての公式見解というのはここでとどめるべきで、ここを触るべきではないという声が多いですね。
そうですよね。だからもう80年談話は出さなくてもいいんじゃねっていう、むしろ出すなっていうようなことを言っている自民党の議員さんもいらっしゃいます。
そうですね、多いですね。
じゃあなんでそんな自民党内からも出さなくていいって言われてるのに、山口さん、石破さんはなぜそこを意欲やっぱり出したいというのは、どういう思いがあるんでしょうか。
衆議院への取材からは、この80年の節目の夏に石破さんが風化を防止して記憶を継承するということに強い意欲を示しているというのを何度も聞きました。
風化、だから要は戦後80年ということは、戦争体験をされた方っていうのも相当な高齢になっておられて、戦争を直接知らない世代、石破さんもそういう風な言い方をして、そこへの危惧、風化を防止するためにやっぱりもう一回きちんと自身の考えみたいなのを出したいと。
80年っていう節目には、長崎の原爆の式典であったり、広島の式典でもそうだが、決まった短い文章を、政治の限界として言わなければならない挨拶の中にも、広島の地元ではよく知られたカジーの言葉を入れ込んだり、
長崎では同じく地震も被爆しながらも、救護に訪れた被爆博士の永井さんの言葉を入れたり、一貫して8月に入って、彼がこだわっているということをずっとそういった場でも示してきた。
なるほど、独自職みたいなところ。山口さん大丈夫ですか?緊張されてます、ちょっと。
緊張してます。
なんかね、あれ、いつもの山口さんとは違う。
いやいや、もっとテーマは重いですけど、カジュアルに話していただいて大丈夫ですよ。
ゆるりで。
ゆるりなんで、難しいネタも届きやすくということで。
そのこだわりみたいな古川さんも1年、総理版を山口さんの前にされてきて、この80年、談話的なもの。
相当前から石場さんは、今も閣議決定のバージョンは見送っているとはいえ、相当結構頭にあったんですよね。
そうですね、年が明けて、今年に入ってから特に公の場でも、そういう今年が戦後80年なので、こういう歴史を検証するのは、もう今年しかないというようなことを、いろんな場面で実際に言うようになって、
うちうちにも有識者を集めるように官邸内部で指示を出したりとか、実際うがうけもあったんですけれども、
なかなかちょっと4月以降はですね、いわゆるトランプ官邸だったりとか、米価格の高騰だったりとか、そこに発球した農水大臣の辞職だったりとか、
いろいろありました。
いろいろあってですね、なかなかそれが進んでなく夏を迎えたというのが、今までの状況ですね。
そこで参院選を迎えてしまって、残敗して、退陣も引かれて、みたいな、それでも気持ちは揺らいでないということで、
山口さん、8月15日の終戦記念日に行われた全国戦没祭、追悼式も取材してくれましたけれども、この式辞の中でも、やはり石場職、
さっきの言っていたような、こだわりが感じた部分はやっぱりあったんでしょうか。
そうですね。先ほどから話題にあがっている安倍談話、いろいろ安倍談話を読んだ、安倍さんの挨拶以降、ずっと見送られてきた反省という言葉が入ったこともそうですし。
第2次安倍政権、安倍晋三政権以降、使われなくなった。それまで私も当時取材していたから覚えていたんですけど、反省とか加害という言葉をね、繰り返し言っていたのが、安倍さんは言わなくなった。
その反省という言葉を石場さんは復活させたと。さらに。
首相周辺は、その上で意図は、いわゆるアジア諸国に対する謝罪とは異なる意味で使われていた。
何度も、割と何度も強調するんですが、一方で反省が盛り込まれた当時の村山さんの挨拶と、やはり比較して、それ以降、
野田さんの民主党政権の野田政権までに受けられたものとの関連を新聞や報道で言われることも想定した上で、それでもなお独自職を出すというところに強い意向を持っていたと解説をしています。
なるほど。だからやっぱり安倍さんが区切りをつけたといわれる謝罪外交等を受け取られるのは嫌なんだけれども、とはいえその反省という言葉を用いずに、言葉を淡々と終えるというのも石場さんは嫌だったと。
周辺は足りないというふうに言った。
足りない、安倍さんの言い方だと。
教訓の、その後地震の過去見取材の場でも載っていましたが、教訓の上に反省がある。
反省の上に。
教訓の上に。
そうですね。まず何かに反省してから次に向かう教訓が生まれるんだと。いきなり教訓があるわけではないんだぞという言い方を石場さんも当日の夜に記者団にしているわけで、
そこがだから過去の謝った日本のことを帰り見る、どう帰り見るかという姿勢の違いをやっぱり示したかったということなんでしょうね、なるほど。
細かいところでいくと、敷地の最初の方に、各都市への空襲並びに滑坊射撃という言葉が出てくるんですけど、これは前年とかの挨拶を見ると、各都市への風爆、爆撃がある。
これも周辺によると、空襲と滑坊射撃による被害は異なるのである。
滑坊射撃って北海道とかでも結構あるんですけど、九州の人はあまりたぶん身近にない。
そうですね、そうですね。
これも滑坊射撃で被害に遭われたり亡くなられた方からすると、空襲と同じではないというのをわざわざ言った方がいい。
なるほど。そこら辺の細かい、どういう被害状況だったのか、どういう攻撃を受けたのかということも、石原さん、歴史がきっちりずっと勉強されているから、そこはこだわりで官僚が書いた文章じゃないと、自分でしっかり追考を重ねたと。
なるほどですね。
今年4月にはフィリピンを訪問されたりして、6月には沖縄慰霊の日には古川さん行っていただきましたよね。
沖縄慰霊の日には姫入りの塔も訪れて、これも自民党の現職首相だと29年ぶりですかに訪れたということで。
戦争の足跡というか、そういったところをきちんと見て感じて、自分なりの言葉で届けたいというのは、石原さんの一貫した思いというか行動なんですかね。
そういったことをして、いろいろ戦争に絡めた場所を、医療等にもついているんですけれども、それがやっぱりメッセージなり見解の伏線なんじゃないかという見方もあって、そこに盛り込むためのですね。
いろんなところに行っていて、思ったことを80年単話的なものに入れたいんじゃないかと。
入れたいんじゃないかという見方をする人もいますね。
8月15日、当初はその見解になるものを8月15日に出すんじゃないかという話もありましたけど、参院選でもああいうことになって準備も進んでないしということで、本当に出せるのか準備が間に合うのかっていうのが今長田町では言われてますけど、
岩谷さんその日程観的なものと準備状況、さっき古川さんは有識者へのヒアリングも密かに始めているということでしたけど、その辺どうなんでしょうか。
まず日程観なんですけど、一つ言われているのは、日本が文副文書に調印した9月2日、ここに石破さんの思いが結構強くあると言われていて、
総理としてここで何かしらの見解を発表するのではないかと見られています。
ただ、ご自身の身体をめぐる党内の政局の動きもあるので、ちょっとこれそのまますんなり出せるのかっていうと不透明感はありますね。
準備の方がっていうお話なんですけど、古川記者が説明したように、すでに何人か水面下であって話は聞いているようだっていうのは周辺の取材でも出てきていますし、
この前8月12日ですかね、国会図書館で本を借りていらっしゃって、この本は何だったのかと。
我々報道陣、首相同棲を取材するために石破さんの秘書館の旗とかに何借りたんですかと聞くんですけど、
大体夏休みに本借りたり買ったり総理されることが多くて、前岸田政権の時とかは聞いたらちゃんとこういう本ですって答えで返ってきたんですけど、
今回返ってこなかったんですよね。
明らかにしなかったってことですか。
明らかにしなかった。タイトルも何冊借りたかも含めて明らかにしなかった。
これを石破総理の周辺だとか話を聞いてみると、どうもこの80年憲改に関する戦後の文明統制だとか、
なぜ戦争に至るまでに至ったのかと。
そういった石破さんが関心のある戦争に関する本をどうも借りて読んでたようだというようなお話も、
はっきり裏は取れてないんですけど、
ちょっと漏れ聞こえてきてるところはあります。
じゃあ我々も国会図書館行けるから、
山口さん、誰でもいいですけど、石破さんが借りた本を読ませてもらえますかって突撃してみる。
借りさないといけないから。
正面突破で。
レンタルカードとか。
個人情報。
思想心臓に関わる。
ダメダメってやつですけど。
でも知りたいですね。今のは冗談ですけど。
報道陣の記者、他社の記者仲間とも、
やっぱりちょっと80年憲改とリンクしてくるからやっぱり言わなかったのかなとか、
憶測をすごい読んでるようなことがありました。
確かに歴代首相がスーパーで物を買ったりとか、
百貨店行きましたとこで何買いましたって言っても、
一体何を買ったんですかって記者団が聞いて明らかにするので、
今回あまり教えられません。
石破さんがすごいこの時期に想像の斜めを行くような、
キャピって感じの小説を借りてるとも思えないし。
好きな鉄道とかキャンディーズとかを借りてると思うので。
ひょっとしたら10冊のうち1冊か2冊は今疲れてらっしゃるから、
心の支えとして。
鉄太田だから図鑑とか借りてるかもしれないです。
でも大半は、おそらくは首相憲改に関する仕込みの資料だったり。
言われてはいます。
じゃあ山口さん是非、本を何を借りたのかというのを合わせて、
その憲改表明の取材をしてもらえれば。
これは日本国内だけじゃなく、先ほど古川さんがご紹介してもらったように、
やっぱりアジア諸国も注目。
日本の首相の歴史観っていうのは、
常にやっぱり加害の歴史を我々を背負っていることもあり、
注目されているので、多分どういう書きぶりになるかっていうのは、
国際的にも注目ですし、
そもそも石場さんが、先ほど岩谷さんがおっしゃってくれたように、
9月2日という、もしそこを狙ってるんだとしたら、
参議院選の自民党の総括も8月中には終えるという話もあるので、
その後の本当に進退のことももちろん注目なので、
いろいろ何重にも見どころが下旬から9月にかけてあるということですね。