1. 西日本新聞 星野松本のしゃべりぃよ
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2025-07-29 22:26

9-3|取材と締め切りに追われる新人時代。ある日突然、伊藤記者は行方をくらました…。ゲスト/本社運動部 伊藤瀬里加記者③

この番組は、西日本新聞社の記者たちが、就職活動や新人時代、プライベートの生活までざっくばらんにしゃべるポッドキャストです。同僚にも初めて明かす悩みや失敗の数々。記者の仕事に興味があるみなさん、ちょっくら聴いてみませんか?

ゲストは本社運動部の伊藤瀬里加さん。本紙と西スポの締め切りに追われる新人時代。ある日、伊藤記者が行方をくらまし、部内は大騒ぎに-


◆出演:星野楽(写真部)、松本紗菜子(経済担当)、伊藤瀬里加(本社運動部)/ 音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:井上知哉(ビジネス開発部)

◆収録日:2025年6月26日

◆伊藤瀬里加記者の記事一覧
https://www.nishinippon.co.jp/writer/show/254/
https://nishispo.nishinippon.co.jp/journalist/serika_ito

◆星野楽記者の記事一覧
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◆松本紗菜子記者の記事一覧
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サマリー

伊藤記者は新人時代の体験を通じて、スポーツ取材の厳しさと楽しさについて話しています。特にプロ野球チームとの関係や厳しい取材の姿勢、思いがけないハプニングにまつわるエピソードが印象に残ります。新人時代の伊藤記者は、取材と締め切りに追われながら、福岡ソフトバンクホークスの記事作成に奮闘しています。運動面の取材は困難を伴い、特に季節オフにはネタ探しが大変だったことや、紙媒体からデジタルへ移行した際の変化についても語っています。

新人記者の日々
西日本新聞ポッドキャスト、星野松本のしゃべりぃよ。
この番組は、西日本新聞社の記者たちが、仕事や私生活のあれこれを、ザックバランにしゃべるポッドキャストです。
こんにちは、番組の進行を務めます、西日本新聞社写真部の星野岳人、経済担当の松本真子です。よろしくお願いします。
今回も引き続き、本社運動部の伊藤瀬里加記者をお呼びしております。伊藤さん、今回もよろしくお願いします。
冒頭の経歴紹介でもあったんですけども、2008年に入社されてからっていうことなんですが、もう本当に最初からずっとスポーツを取材してきたっていう感じになるんですかね。
最初の3ヶ月は、5、6、7かな、地域報道センターって言って、今の多分都市圏担当の部署にいて、夏の8月1日の移動で、なんか血因が出た時のたまつきみたいな感じで、運動部の所属になって、そこからはずっとスポーツの現場です。
伊藤さんが入社の時から運動部で希望をしてたから、8月に出てなったんでしょうか。
あったんじゃないかな、希望はしてたけど、同期が運動部に行って、そうなんですよ。それでなくて、みたいな感じで。
新人時代の話でなると、運動部に入ってからのっていうか。
そうですね、もうほぼほぼ最初の3ヶ月はもうお客様みたいなもんだったから、選挙とかもやったわけじゃないし、基本的にはスポーツでっていう感じですね。
担当とかって、新人の頃って何になるんですか。
新人の頃は、今と一緒って言ったらあれですけど、何でもっていうか、アマチュア班の一人に入れられて、当時はまだ九州一周駅伝とかもあって。
そういうのに行ったり、一通りそういう運動部の金集計力力もやったし、高校野球もやったしっていう感じで、何でも、フォークス以外の何でもをやったっていう感じです。
経験として一通り積んでっていうことですね。
3年目からソフトバンクの担当になったんですけど、どっちかっていうと、そういう全くの新人の頃より記者の基本を勉強したのはフォークス担当になってからですね。
そうなんですね。なんか高番って言われるやつですね。
あんまりその仕事ないよとかって知らないことも多いんですけど。
結構その、うちは過去に西日本新聞って本市の新聞とは別に西スポっていう市も出していましたけど、やっぱりそこの記事を書くっていうのも結構。
そうですね。なんかこう胸を張って、私ちゃんと2年、その時は2年しかやってないんで、もうこの会社には何十年もフォークス担当やってる先輩ばっかりなんで。
なんかやってましたとはちょっとあんまり声を大変にしては言えないんですけど、でもやっぱり野球取材っていうのは本当に記者としての基本をいろいろ勉強するいい機会だったなっていうふうには思いますね。
取材とプロ野球の現実
結構ソフトバンクのチームというか球団としての人事情報とかそういうのの抜き合いみたいなのがあったり。
そうなんです。やっぱりプロ野球っていうのはすごい結果がはっきり出るんですよね。
やっぱりそういうさっきおっしゃった人事情報もそうだし、毎日試合があるから毎日試合のサイド原稿を書くと、やっぱり題材が同じだからヒーローとかって書くし大体同じじゃないですか。
フォームラウンターとかしたらもう内容の差が歴然と出るんですよ。
同じ条件とで書いた。
同じ条件が出ますから。だからもうそれまでの取材の蓄積とか書き方の上手さとか、そんなの全部出るから毎日はぁって思いながら今日ももうだぁみたいな。
一目瞭然で出しそうなのがですね。
なるほど。まあその選手との関係性とかも結構出てきますね。
原稿に反映されるから。
そうですよね。
ライバルはスポーツ誌さんもいらっしゃいますよね。
そうですね。
スポーツ誌は、私がもう来た時には西スポがもうなくなる時だったんですけど、もう先輩方、写真部の先輩方はやっぱりスポーツ誌との勝負になるという写真。
決定的瞬間とか、どのポジションに行って何を狙ってるみたいなのがやっぱり勝負になるって言ってたんで、スポーツ取材って楽しそうと思われがちだけれども結構シビアな世界だと。
シビアだと思いますね。見てる人が多い分。
はいはいはい。そうですよね。しかももうプロ野球とかだったらもう毎試合、もう結構毎日あるぐらいあるので、休みもなかなか取りづらかったりとかも。
当時はまだなんかそういう働き方改革とかないから、あまりそういう連勤何日までとかもないんで、なんかすごい勤務日数多くて、1日もすごい長かったですよね。
私は新人だったんで、二軍ファームを任されることが多くて、だいたい若手だから若手の取材をしろというところで、当時はまだ東区のガンノス球場がだいぶ古い話になっちゃったと思うんですけど。
今は地区語の。 そう、今は地区語。ガンノス球場に毎日、朝だいたい二軍の試合がある日は8時半ぐらいから練習が始まるから。
8時半に行って、二軍の取材をして、あとは怪我人とかそういうのも全部まとめてやって、その後ドームに帰って、ドームで今度はナイターの取材をして、日付が変わるぐらいに帰るみたいなすごい生活してましたね。
印象深い思い出
すごいですね。 球団職員みたいな。 いやもう本当に。 そうですよね。 すごいですね、それも。
で、毎日怒られるんですよね。本当に仕事が今も大してできないけど、当時は本当にできなかったから、できない上にそれこそ準備をする余裕もないんですよね。
結局1時とかに家に帰って、次また7時とかに起きてみたいな。だから本当に毎日怒られてました。 そうなんですか。
特に印象に残ってる思い出とかあります?当時の。 別に仕事でもなんでもないんですけど、ある日出勤前の朝にトイレに閉じ込められて。
閉じ込められた。 やばくないですか。 家の。 誰に?みたいな話になります。
家のトイレに、普通に朝トイレに入ったら、ドア、鍵じゃないんですよ。ドアが開かなくなって。よくわかんないですけど、今でもわかんないんですけど。
ドアが開かなくなって、開かないと思って。でもそんな携帯とか持ってはいらないじゃないですか。家のトイレなんか。だから連絡が誰ともつかなくて。
新聞だけは多分おじさんみたいに嫌なんですけど、新聞だけは持って入ったんですよ。 その場ではもういらない。
今何時なのかも全然わかんなくて。 そうですよね。仕事の日ですよね。 仕事の日だったからよかったんですけど、誰も連絡がつかない。移動に連絡がつかないみたいになって。
そうですよね。心配しました。 心配されて、当時の部長さんが家に来てくれて。
うちはオートロックじゃなかったし、家の鍵が多分新聞撮るのに開けたかなと思って。たまたま開いてて、助けてくださいみたいな。
いや、事件現場みたいな。 自分もヤバいと思って。 びっくりですよね。
すごいですね。相当心配したでしょ。 そうなんです。毎日怒られてたんですけど、当時のキャップもさすがに会社の中でもしかして。
みたいな話になってて、血迷ったんじゃないかみたいな話になってたらしくて、さすがに当時のキャップも気にかけてたらしいんですけど、次の日から仕事戻ったらまた普通に怒られるみたいな。
水に流されたんですね。 水に流された。あれ?みたいな。
あ、そうなんですね。それめっちゃおもろいですね。そんな閉じ込められたことありますか?とかないもんね。
今でも絶対家のトイレの鍵は閉めない。鍵っていうかドアを閉めない。 原因そこじゃない気がしますけど。
でも怖いから。 なんでしょうね。そうか、当時だったら携帯を持って入るとかいう習慣もない?
ないですよね。意外の意地悪ですね。
そういういろんなハプニングもありつつ。 全然すいません。仕事の話じゃなくて。
こういうの聞きたいから。なんかこの運動部の記者というかスポーツ記者になって、良かったなとかいう瞬間とかはあったりしたんですか?
これもあんまり仕事っていうか、仕事は仕事でやりがいがいがいっぱいあるんですけど、運動部ってやっぱりうちの社内でもかなり出張の多い部署にあるんですけど、
だからなんかいろんな場所に行くこともすごい楽しくて、いろいろ行って立って、あとうちの運動部すごい自由だから企画が通れば何でもやっていい。
予算とあれですけど、若い頃にホノルルマラソンに挑戦するみたいな企画をやって、しかもそれになんかスポンサーがついてくれて、部長の知り合いとかそうなんですけど、会社のお金だったしかなくて、部長のお知り合いでお金を出せるみたいな。
上司のです。 実際走ったの? 走った。すごー。
その後、マラソン自体はめっちゃきつかったんですけど、なんか普通に観光とかもできて、そういうなんかいろんなところに行けるっていうのは楽しいかなって。
そうですね。それホノルルマラソンは記事に?
あ、しました。なんかそれまでの家庭も記事にしてるんですよ。ちょっとオリンピックのメダリストの方が福岡に住んでるから、その方に毎回走り方とかのアドバイスをもらってみたいな企画を毎日やってて。
そう聞くと、やっぱちゃんとした仕事。
えー、じゃあ準備段階から本番まで。
そうそう。
面白いですね。
あと取材の中で、戦前時代に取材した選手って印象に残ってる方とかいらっしゃいますか?
どんな取材だったかとかそういうのではないんですけど、すごいお世話になったなって思ってるのは、今西部でヘッドコーチをされてる鳥越雄介さん。当時私がフォークスで1年目の時に二軍監督だったんですけど、すごいお世話になりました。結構怒られたりも。
厳しいで有名で、今年の政府が強くなってるのも鳥越さんが言ったからじゃないかっていう。
あるんじゃないかなーって思いますけどね、私は。
そんなに結構ちょっとしっかりした厳しい方。
そうですね、面白い。もちろん面白い方なんですけど、やっぱり今言ったみたいに、フォークス好きな人だったら若い選手をすごい鍛えるっていうイメージがあると思うんですけど、その接し方が記者に対しても。
そうですか。
そうで、やっぱりこれは勝手な想像ですけど、特に西スポの記者に対しては、なんかそういう厳しいって言ったらあれですけど、
愛情。
そうです、愛情みたいなのを持ってしてくれたような感じではいますね。
結構、じゃあ厳しいって言っても、取材の仕方とかになるんですか?
そうですね、やっぱり下手な質問は、勉強してないような質問とかしたらすごい怒られるし、あと時間にすごい厳しかったんですよね。
で、野球の取材で、だいたい二軍の練習先8時半からって言ったと思うんですけど、それぐらいにウォーミングアップ始めるぐらいの時間には球場に多いと。
取材するだけなら若干もう少し遅くても大丈夫なんですけど、やっぱりその時間に、チームが始まる時間にみたいな感じで言われて。
それは先輩から、前任のファンの先輩から引き継いで。
仕事の姿勢みたいな。
そうそう、仕事の姿勢みたいなんで、前の日が泣いたとかったら、もう本当きついんですよ。きついんですよ。
当時親子ゲームって言って、ドームで一軍も二軍も試合をするっていうのがあって、すると二軍の試合開始も早いから、当然練習開始も早いんですよね。
したら、もう7時とか7時半とかかな、当時。もうドームにそのぐらいの時間に行かないといけないみたいな。
そんなことが。
そんな、もうマジできついみたいな。
とりあえず挨拶だけして、そっと隠れて、化粧速攻から始めるみたいな。
そうですよね。
中学生みたいな。
そうそうそう。とにかく来ましたよって。
姿勢を見せるって。
見せる。
取材の日々
本当に試合も見ながら取材して、記事を書いてっていう毎日だったんですけど、今は夫ですね、多いですけど、当時は西スポにも書いて、西日本シミの本市の方にも運動面に書いてという。
非常に分量、書く量も多いのかなというふうに思うんですけど、結構大変でしたよね。
そうですね、書く分量っていうのはおっしゃってる通りすごくて、ちょっと担当によって大変さっていうのは違うんですけど、フォークスの場合はやっぱりまず1面から3面、丸ごとフォークスって言われてたから、とにかく毎日1面から3面を埋めるっていう感じなんですよ。
でも試合があればトピックは出てくるからいいんですけど、休みの日とかシーズンオフとかはめっちゃ大変で、とにかくネタを探すのが大変。
動きがないですよね、その日。 そう、動きがないんですよ。もうずっとドームの搬入口にいて、来た選手に話を聞くとか、でもただ話を聞くだけじゃ原稿にならないから、やっぱり質問もすっごいひねらないといけないし。
運動部の記者は、例えばフォークスのキャンプとか行ったときもチラッと聞いたのはストックを持ってたりするみたいな、そういう感じなんですかね。 そうですそうです。だから何にもない日のために、何か動いてる日にいっぱい聞いといて、休みの日に出すみたいな。
私はストックも作れなくて、「今日も何もない、何もない。」って思います。 自転車創業ね。 自転車創業。もう何、自転車創業って。もう何よかと怒られてみたいな感じ。 そうなんですね。
前の試合でいっぱいになりますよね。 そうなんですよ。逆に一般スポーツ班だと、フォークスは結構人数が多いから、大変なんですけど、一人当たりの分量があってところもあって、逆にアマチュア班だと一つの取材に当てられる人数が少ないから、それこそ西スポも書いて、本誌も書いて、さらに自分で写真を撮ってて日も多くて。
だから、Jリーグとかナイターとかあるから、ナイターだと西スポも書いて、本誌も書いて、たまに写真部さんが来てくれなかったら、自分で写真も撮って。写真はきついです。ナイターで写真持ってくれる日は、もっときついです。
確かにすごく感謝をされるような気もしますね。写真来ていただいて。
そう、今ちょっと話終わったんですけど、スポーツ記事って西スポの記事とかになると、結構独特な作詞というか表現とかが違いますよね。その辺をじゃあもう西スポ用と本誌で使い分けて書くというか、頭を切り替えながら。
私はあんまり余裕はなかったから、いつも同じような結果になって。たまに取材内容でちょっとそういう笑えるような話と真面目にいい話の両方が撮れたりしたら、かなりかけ分けができるんですけど、なかなかそこまで余裕はなくて。
普通だったら朝日新聞の日刊スポーツ記者と別じゃないですか。それを一人でやってるみたいなもんだから。
そこから西スポもなくなって、今オットになりましたけど、実際紙とデジタルに投入になって、進め方変化とかありますか?
移行期間があったんで、いきなりってわけではないんですけど、やっぱり数字が出る分、出稿のスピードとか、読まれる原稿はどういうものかとかいうセンスがすごい今まで以上に求められて。
同じ記事でも出した時間によって全然読まれるPBSが変わるし、東京に私は勤務してた時期があるんですけど、東京紙社の時代は他のスポーツ誌の先輩たちってめちゃくちゃ速報が早いんですよ。
見た瞬間書くとか、拝見聞いた瞬間出すみたいな。すごい人がいっぱいいて。で、なんかそういう印象に残る言葉とか、アクシデントが何か起こったら、もう次の瞬間には光の速さで原稿が出てるみたいな。
カメラマンにもめちゃくちゃ速い。写真出すのもすごい速い。そういうのを見てて、その域には達してないんですけど、そういう部分は今の業務にすごい生きてるなというふうには思います。
最初に出たものが一番ファーっと読まれる。たぶん経済とかも。会見とかも同じものだから。
そうなんですよ。今まで以上に記者個人、SNSのアカウント持ってる記者なんかもすごい多いし、多い人は満タン位のフォロワーがいる記者もいますし、すごいそういうのは紙も新聞を男子も撮って読み比べる一般の方なんかいないじゃないですか。スポーツ紙をAもBもCもみたいな人はいないじゃないですか。
特殊な時はありますけど、でもネットって簡単にそれができるじゃないですか。たとえばスポーツだとスポナビでソフトバンクっていうページとかアビスパってページがあって、バーっていろんな社の記事が。
すごい簡単に読み比べられるんで、あの人の記事はいいみたいなのが結構感想で生まれるんですよ。た球団とかも署名が出るし、そういう人気のプロスポーツとかあとはフィギュアとかだと神とか呼ばれる。聞いたことありますよね。
神って呼ばれるカメラマンが。 カメラマンの方も。 覇乳譲るカメラマンも美しく撮る。 読者の方が結構記者個人っぽい。そこら辺はやっぱりスポーツ観戦、最近ちょっとアビスパの取材とか言ったのも思ったんですけど、すごい女性ファンが増えたりして、なんか押し勝つっぽくなってきてるんですよね、スポーツ観戦が。
そういう意味ではやっぱり記者としてはやりがいとかチャンスって思う部分もあるし、なんかこう下手なものは出せないなっていうプレッシャーは、やっぱり神の時代より全然ありますね。
やっぱり見る人の熱気みたいな。 すごい。 普通のニュースとは違いますよね。 逆に叩いてるのも見たことあるんですよね。怖いなってプレッシャーがかかりました。
デジタル化の影響
ありがとうございます。ということでいろいろお伺いしてきましたが、今回もちょっと時間が来てしまいました。次回がラストですかね。伊藤さんの私生活についても少しお話をお伺いしていきたいなと思います。
ここで一つお知らせです。西日本新聞では全国の新聞販売店さん向けにスマホで簡単に操作できる新聞配達用のナビを販売しております。
西日本新聞とお取引がない販売店さんもご利用いただけますので、ぜひ問い合わせ先は概要欄をご確認ください。
西日本新聞社やこの番組を応援したいと思っていただける方、ぜひ西日本新聞もしくはニュースアプリ西日本新聞ミーのご購読をよろしくお願いします。
ここまで聞いていただきありがとうございました。伊藤さん次回もよろしくお願いします。
西日本新聞社 お願いします。
22:26

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