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2025-09-16 16:58

33|【特別版】就活イベントで公開収録!学生たちの鋭い質問に答えました! ゲスト/遊軍セクション・笠原和香子記者

この番組は、西日本新聞社の記者たちが、就職活動や新人時代、プライベートの生活までざっくばらんにしゃべるポッドキャストです。大学生・大学院生を交えた就活イベントで公開収録。参加者から集めた質問に答えました。

出演:星野楽(写真部)、笠原和香子(遊軍セクション)/ 音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:井上知哉(ビジネス開発部)

◆収録日:2025年9月4日

◆笠原和香子記者の記事一覧
https://www.nishinippon.co.jp/writer/show/360/

◆星野楽記者の記事一覧
https://www.nishinippon.co.jp/sp/writer/show/322/

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#西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞ポッドキャスト #西ポキャ #経済ニュース #人事 #就職活動 #記者仕事体験

サマリー

西日本新聞社のポッドキャスト特別版では、就活イベントの一環として学生たちからの質問に答えています。笠原記者は、取材や文章作成の経験を通じて、自身の成長や葛藤について語り、次世代の記者へのメッセージを伝えています。このエピソードでは、記者の取材体験や質問への回答が展開され、特に災害取材における感動的なエピソードが紹介されている。また、西日本新聞社の仕事や印刷メディアの重要性にも触れている。

ポッドキャストの特別版
西日本新聞ポッドキャスト
しゃべりぃよ特別版
この番組は、西日本新聞社の記者たちが、仕事や私生活のあれこれをザックバランにしゃべるポッドキャストです。
こんにちは、西日本新聞社写真部の星野岳です。
報道センター遊軍セクションの笠原です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
なぜ今回笠原さんが元星野松本しゃべりぃよのゲストというか隣にいるかと言いますと、今回は特別版ということで、現在西日本新聞社の2日間の記者の仕事体験、大学生とか大学院生の方向けのイベントをしておりまして、その一環ということで今回収録をしております。
今隣にはですね、大学生、大学院生の方々がカタズを飲んで見守っているという。
姿勢も感じてね、ちょっと緊張しちゃうかな。
そうね、さっきから怒られてばっかりだった。
今回はね、ぜひそういう一環だったら、もうせっかくなんで収録も一緒にしちゃおうということで、ちょっと今回の企画になりましたので、今回ですね、そのイベントに参加できなかった学生の方々とか大学院生の方々もぜひですね、この番組を聞いて、
記者の仕事とか西日本新聞社の雰囲気などを少しでもわかってくれるというか、こっちも伝えていけたらなと思いますので、よろしくお願いします。
取材や文章作成の経験
よろしくお願いします。
まずは今回最初ですからね、その辺は自己紹介をしようと思います。
まず私からですね、知っていただける方もいるかもしれませんけれども、山口県宇部市出身で広島の大学を卒業した後に2018年に入社しました。
初任地は佐賀県の鳥栖市局、その後2021年に本社の写真部に移動しまして、写真記者として現在まで働いております。
そして笠原さんお願いします。
私、ポッドキャスト、この番組は2回目の出演になるんですけども、改めて静岡県の掛川市出身です。
福岡県内の大学を卒業後、2018年、星野君と同じ年に西日本新聞社に入社しました。
初任地は大分県の北市局で2年間、その次は北九州市にある北九州本社で警察や行政などを3年間やって、その後本社に来て警察担当を2年間して、この8月からは郵軍セクションに移動しております。
そうですね。3月に配信した星野松本のしゃべり屋にゲストで来ていただいて、いろいろ楽しい話も聞けたので、今回私から笠原さんとぜひやりたいなということをちょっと言いまして。
ありがとう。今から初めて聞いたんだけど。
我々はね、今も言ったように2018年の同期組、花の同期組。
誰も言ってくれないから自分たちがね。
ということで、これだけね、でも今話したように経歴が全然違うっていうのも、これから新聞社を目指そうっていう人たちにも結構いい話になるかなと思って。
そうですね。確かに。配属先によって全然詰める経験は違ってくると思うので。よろしくお願いします。
今回はちょっと収録の前に、今回のイベントの参加者の人たちから事前に質問をいただいているので、たくさんいただいたので一部しか読めないんですけど、その辺をちょっと少しずつ答えていこうかなと思ってます。
じゃあ笠原さんからかな、まずは。
そうですね。では最初にいただいた質問でですね。私がそもそも前回のポッドキャストの時に文章を書くのが苦手だったんだという話をしたことを受けての質問だと思うんですけども。
今は文章を書くのが苦手だと思いますか。苦手だと思わなくなったのであれば、いつどのようにして苦手意識が消えましたかと。
お、いい質問。
いい質問ですよね。聞いてくれてありがとうって感じなんですけども。入社前はですね、本当に文章を書くことが苦手で、むしろ嫌いだったんですよね。でも今どうですかって言われると、書くことっていうのはとっても面白いことなんだなと思いました。
いいですね。
一方でやっぱり難しいことでもあるなっていうのは思っていて、そうやって苦手だと思わなくなった時期としてはやっぱり入社1年目ですね。
仕事として記事を書くように自分がなったことと、あとは自社他社の先輩たちに文章を書くことって本当に面白いことなんだっていうことを教えてもらったのが大きなきっかけだったなと思いますね。
きれいな話。
いや本当の話なんだけど、記事ってですね、事件とか事故の話だったら控え記事だとどうしても同じような形になりがちなんですけど、記事の種類によっては視点とか記者のセンスですよね。
言葉選びでその人じゃないと書けない原稿っていうのがあるんだなっていうのを知ったんですよね。
例えばその人物、例えばその星野さんを取材した時に、例えばどういう質問をするのか、星野さんの回答のどこを深めるのかとか、星野さんの仕草とか取材相手のどこを深めるかとかにも記者の目を通して記事になるので、
そうやって記者、自分じゃないと書けないものっていうのがあるんだなっていうのを知って、これは面白いなと。しかもそこは記者が成長すれば書ける幅も広がるし、これはやめちゃいけない仕事だなっていうのをすごく感じて、今は書くことが面白いなって思ってます。
確かに泣いて、私たち泣いていただいた後とかも文章書くの苦手って笠原さんが言ってたのを覚えてるんで、そこからこんな変貌を遂げるなんて思ってもなかった。
私も思ってませんでした。
記者は長く続けるつもりなかったみたいなのを言ってたもんね。
正直最初はですね、教員免許を取ってたんで、高校の先生になることも昔からの夢があったので、記者の仕事をどこまでするのかは入社したときはまだあっきり見えてなかったんですけど、もう1年仕事をして、この仕事はずっと続けたいって思って、それぐらい面白い仕事だなと思ったので、今8年目になります!
8年目ですね。
もうそっか、経っちゃって。
今みたいな感じかな、質問法がね。
ちゃんとアンサーになったのか。
じゃあちょっと次私行きましょうかね。
私はですね、写真部にいるということで、その質問だと思うんですけれども、カメラは昔から好きだったのですかと。そもそも会社に入社して一からカメラを学んだのかどうかという、経験がない人でも写真部とかカメラとかもさせてもらえるのかお伺いしたいですという質問をいただいたので、それについて答えようと思ったんですけれども、私はもう本当に写真は趣味でしかなかったですね。
小学生の時に両親がカメラを持っていたので、それをお風呂を借りて一緒に家族みんなで公園に行ったりとか、旅行に行ってみんなで撮って回るみたいな、そんなぐらいしかなかったです。
敵のファミリーだね。話しきれなければ。
だから身近にはあったけれども、それが仕事になるなんて全く思ってなかった。それはもう入社の時も全く思ってなかったんですけれども、最初の初任地の佐賀の鳥栖市局の3年目の時に、記者ってだいたい3年とか4年で異動になるので、自分の今後どういう仕事をしていきたいかというのを考えた時に、自分がやっぱり好きだった写真で1回ちょっとちゃんと勝負したいというか。
しかも当時27、8とかでこれ逃したらなかなかチャンスはないなと思ったので、希望を出して写真部に行かせてもらったという経緯ですよね。
なるほど。写真部の撮る写真っていうのは、やっぱり私たちが一記者が撮る写真ってやっぱり違うんですよね。紙面でよく見ていただいたら撮影保守の額とかになっている写真は、あの1枚に込められている情報量というのは、皆さんが意識している以上に多いんですよ。
そういう写真を撮ろうと日々頑張っているという。
撮ってるよ。きっと撮ってるよ。切り取る場面だったり、1枚に込めている視点とかがやっぱり写真部の写真っていうのは職人だなって思いますね。現場に一緒に来てもらえると、むっちゃ心強い。本当に。
ありがたいですよね。だから私も本当に別に写真学科にいたとか、勉強したというわけじゃなくて、もう自分がやりたいと思って入ったというような経緯なので、もう別にそこは写真が好きでやってみたいって人は全然拒むものがないというか、誰でも来れるような部署だとは思います。
ただ来てみて、やっぱ報道写真というものが何なのかっていうのを全然自分は知らなかったなというのは思ったので、そこはもう上司とか先輩にずっと毎取材後にいろいろ話しながら、ここはこうしたほうがよかったんじゃないかとか、そうやって勉強ずっと続けていって今に至っているという。
まあまだ毎回勉強というか、いろいろ指摘されるんで、そこは全然到達支点とかないですけど、そうやって報道写真やりたいなとか写真いいなと思ってもらえたら全然来れるような部署だとは思います。
記者としての葛藤
そうなんですよ。写真のことはなかなか確かにね、全然知らない人が多いと思うんですけれども。一般的に新聞社って言ったら記者の仕事があっと思いつくと思うんですけど、笠原さんそういう系の質問もありましたからね。
笠原 そうですね。取材をするという上での質問をいただいたので、じゃあ次行きますね。取材をする上で取材対象者にどこまで踏み込んでいいのか、葛藤したことはありますか?情報を伝える立場と人としての倫理観の狭間で悩まされたことはありますか?っていう質問なんですけども。もうねはっきり言いますけどね、葛藤しないことはないですよ。常に葛藤してますよ。
葛藤 あのですね、やっぱり記者の仕事って、さっき書くことを言いましたけど、記者の仕事って記事を書くことの前提で人に話を聞いて情報を集めてこないといけないですよね。で、人に話を聞かせてもらうってことはその人との関係性がもちろんあるわけで、で、その1回だけの取材の時もあるでしょうし、何度もあって関係性を築いた上での取材もあると思うんですけど、
やはり相手の置かれている立場とか状況っていうか、相手の性格にもよりますし、もうバラバラなんですよね。正解もないし、記者自身の性格にもよるので、正解はないので、どこまで踏み込んだ質問をするかとか、どこまでこういう関係を詰めるかとか、そういうのは一人一人に対してやっぱり考えるし、葛藤はありますよね。
そこはもう本当30代40代の記者でも毎回結構葛藤してるというか、書こうか迷うなみたいな話は聞きますしね。
ですよね。やっぱりその倫理観の情報を伝える立場と人としての倫理観の狭間でっていうことについて言うと、やっぱり私たちは人に話を聞くときに記者として聞いて、記事にして伝えるためにやっぱり聞きに行くんですよね。
例えば事故の遺族、ご遺族にお話を聞くとしたら、普通の知人だったら多分聞かない。そのときどういう状況だったのとか、撮ったんですかとか、どういう気持ちでしたかとか聞かないですよね。
多分知り合いだったら聞かないけれども、私たちはやっぱり聞いて書いて伝えることで、こういう悲しむ人苦しむ人がいるってことを伝えて事故とかを起こさないでほしいっていう事故の一件でも減らしてほしいっていう思いで書いていくので、やっぱりそこはなんか聞くのちょっと申し訳ないなと思いつつも、でもやっぱり教えてくださいっていうことで悩みつつもやっぱり質問しますよね。
だからそこで話してもらえるような、なんか問いかけとかその事前の準備とかをすごくして取材にいつも臨んでいるかなと思います。
まあなんかカメラマンも多分一緒だと思うんですけど、本当に準備が全てというか、現場での失敗はほぼ準備が原因だったりするとかは、その辺はまあ記者も一緒かもしれないですね。事前にいろいろ話を何を聞こうとかも準備しとかないと、その場で言ってもあんまり。
ですね。シャッターチャンスは一回だと思うし、記者としてもその人に会えるのはもうこれきりかもしれないっていう緊張感と、やっぱり今会えるからこそ聞くべきことを聞かないといけないみたいなのがありますよね。
そこがやっぱり醍醐味でもあるという感じかな。
え、醍醐味か。
そうですね。
ではありますね。
ちょっとじゃあ私の質問に行きましょうか。
ちょっと桂原さん、日々の取材のように、私に対しても記者の面白いところ、これは記者の面白いところだなと感じたエピソードはありますかという。
カメラマンも結構取材に出たりはするんですけれども、一個忘れられないというか、写真部に来てすぐの時に佐賀の方で大雨被害があって、割と水に浸かる、水没するっていう。
街が水に浸かるっていうところがあったんで、それもう災害取材でパッとそのすぐ後に行ったんですけど、被災されたところを巡っている中で一見寮邸を見つけたんですよね。
で、そこに入ったらアコーディオンが部屋に置いてあって、で何だろうなっていうので、その話を聞いたらこれはまあ亡くなった、災害ではないんですけど、前亡くなったおじいさんが大事にしてたアコーディオンなんだけど、
今回水に浸かっちゃってもう捨てようかと思っているという話を聞いたんですよね。
で、そこでもったいないなと思ったんです。ちょっと引き続き取材をしていて、その大雨から1ヶ月ぐらいが経つ前にですね、ちょっと無事アコーディオン見つかったと。
それが離れて暮らしてた娘さんだったんですよね。娘さんはおじいさん思いで、すごい昔からアコーディオン弾いてもらうおじいちゃんのそばでずっとなんか動揺とかを聞いてたみたいな。
っていうのを聞いて、しっかり取材しようと思って写真を撮りに行ったんですけど、最後に佐賀の実家に暮らしているお家族にアコーディオンちょっと弾いてくれたんですよね。
その時に夕日がパッと鍵盤に差し込んで、弾いてる鍵盤に。それがすっごい印象的というか。その場面って、たぶん二度と出会えない場面で。
自分が取材してたっていうのも良かったと思うし、そうやって二度と出会えない場面に出会えたっていうのは、本当にこの仕事してて良かったなと思った。
いい話。
しかもそれを写真に撮るというのは、やっぱりカメラマンの仕事だなとは思ったという感じですね。
私もそれさっきの私の一番最初の質問に戻りますけど、やっぱりそこにアコーディオンに目をつけるのが星野君の視点というかセンスですよね。
ありがとうございます。
他に彼しか撮れない写真だったろうし、聞けなかった話だろうし、そういうのがやっぱりあるんですよね。現場に行くと同じものを見てるはずなのに、星野君にしか見えてないものが目に入ってこないものとかがあって、そこが面白いなって思いましたよね。
だからまあいろんな記者とか、いろんな性格の記者がいた方が新聞社は絶対にいいんですよね。
信じてます。
なんかいい話、いい感じですね。ということでですね、ちょっと残念ながら。
短かったですね。
もう時間が来ちゃいまして、今回ちょっと収録で答えきれなかった質問がだいぶ多いんですけれども、これからも新聞記者の仕事だとか、西日本新聞社に少しでも興味を持ってもらえるように、私たちも普段仕事を頑張らないといけないなと思いますね。
感動的なエピソード
ということで、この番組や西日本新聞社を応援したいと思っていただける方、ぜひ西日本新聞社、もしくはニュースアプリ西日本新聞MEのご購読をよろしくお願いいたします。ここまで聞いていただきありがとうございました。
ありがとうございました。
皆さん、アナとくちゃんだよ。困っていること、調べてほしいことあったらどうします?検索する?それもいいけど。新しい方法を西日本新聞が作っちゃいました。パチパチ。新聞記者に直接SNSで聞いてみる?
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