西日本新聞Podcast
西日本新聞あな特Podcast
このPodcastは、暮らしの疑問から地域の困りごと、不正の告発など、あなたの知りたいに西日本新聞の記者が答える調査報道
あなたの匿名取材班の番組です。
こんにちは、あなたの匿名取材班事務局の宮崎真理子です。
こんにちは、西日本新聞の坂本信弘です。
こんにちは、西日本新聞民の横山智則です。
今回は坂本記者と西日本新聞民Podcastの横山さんと進めていきます。よろしくお願いします。
今回は2本立てになりますが、どちらも福岡に関係のある関東の話になります。
まずは1本目が、2025年、去年ですね、9月に掲載された記事で、東京都にある東久留米市と福岡県の久留米市の関係は?という話題になります。
東京に東久留米市というのがあるんですね。
実はあなたの匿名取材班には東京に駐台する記者がいまして、東京拠点にあなたの調査依頼に応えている仲間がいるんですね。
なかなか心強いですね。
今回はその記者が取材をしてくれたのです。
久留米市と、福岡県地方地区に久留米市というのがあるんですけども、久しいに、留守の留に、米、九州以外の方は初めて聞く方もいるかもしれませんけども、
その久留米市と東京都の東久留米市はどんな関係があるの?というのがあなたの匿名取材班に調査依頼に寄せられました。
2つの市は約870キロ離れているんですけども、久留米という日常生活であまり耳にしない地名、なぜ福岡の方が久留米で、東の方にある3島の町が東久留米なのかという調査依頼があったということです。
東久留米市ってどんな町というか市?
東京の池袋から電車で20分ほどの多摩地域にある市です。
人口は約11万6000人で、湧き水とか川など自然の豊かな町だそうです。
市によると市内を流れる久留米川、これは福岡県久留米市と同じ川の久留米という川だったんですけども、今は漢字が変わっていて、黒目川ですね。黒いに目。
白黒の黒。
ちなんで1889年、明治22年に久留米村が誕生しました。
その後1956年、昭和31年に人口が1万人に達したことで村から町に、久留米町に。
そして市政、1970年に市政が施行されて東久留米市になったということです。
ここで東がくっつくんですね。
そうですね。鍵は駅名だったそうです。
大正年間、久留米村に武蔵野鉄道、現在の西武池袋線の駅ができたときに、福岡の久留米というのがすでにあったので、その久留米との混同を避けるために、東を関して東久留米駅と命名したそうです。
東京の駅名をつけようとするときに、わざわざ福岡に同じ駅名があるよというのを調べて、あっ、なっちゃったらいかんってするもんなんですね。
久留米市によると、久留米町時代に市に移行するとき、市の新しい名称について町民アンケートをしたそうです。
その結果、約半数の46.5%の方が久留米市を希望したそうです。
当初は、久留米村、久留米町、久留米市などの市名があって、当初は久留米市という名前も予定されていたそうなんですけども、すでに福岡県に久留米市があるということで、自治省、現在の総務省が、同一市名との混同の恐れがあるということで、別名をしたように要望をしたそうです。
えー、離れ統計さん、こっちが安いんやろうと。
ただ行政からするとですね、どっちなんだいっていうことがあるということで、町民に親しまれていた地元の駅名から、東久留米を希望する声もあり、現在の市名になったと。
最初、駅の名前をつけるときに、久留米が、福岡に久留米があるから東久留米駅、で、久留米村、久留米町、久留米市になったときに、もう同じように、本県って言いますか、久留米市があるから、福岡に久留米があるので、東久留米になったそうです。
市の担当者によると、年に1回ぐらい久留米市と間違えて書類が届くことがあったり、問い合わせがあったりするそうなんですけども、混同されることはほとんどない。
年に1回ならほとんどないですね。
福岡県久留米市の由来とかってはあるんですか。
これがまた不思議なんですけども、関東の方の久留米村ができたのが1889年、明治22年なんですけど、その同じ年に福岡県久留米市というのが誕生してきました。
久留米って軍と陸軍の司官、幹部厚生学校とか、今は自衛隊の幹部厚生学校がありますけども、昔は陸軍の司官学校があったりして、東條秀樹とかいろんな人たちのゆっかりがそこで学んだと言われてますけども、
そういう古くからある久留米市なんですけども、じゃあその久留米市の由来は何なのかということについては、
久留米市文化財保護課によると、古代に中国大陸から到来した旗織りたちの、旗織りの工人、工業の工人と書いて、職人ですね。
その人たちがクレメと呼ばれてたと。
三国志の義五職五という、広島のクレという町にある、それに女と書いてクレメと。
五福って、五福屋さんとかのどこかにありました。あれも五の国の、中国から渡ってきた、
五福屋さんみたいになっているので、なので中国からの旗織りの人たちが来たので、クレメという名前がついたとか、
あともしくはクリメですね。糸を繰るとかの、繰りに女の人と書いて、クリメという名前から、クルメという名前がついたという説。
もう一つは陽明天皇の王子で、七世紀頃に白城に、朝鮮半島の白城に派遣するために、畜生の国に来た久明の御子という人が由来になったんじゃないかとか。
久明の御子が文字っていって、クルメみたいな。
地区語に祀られていたとされる、クルミシンという神の名前がついたという説もあるんですけども、
詩の担当者は定説はなくて、これが決めてというのは今のところないということでした。
諸説あり。
そうですね。
じゃあ地名はそれぞれ由来が異なってて、姉妹都市でもない。
そうなんですよね。ただですね、共通点があると、あのとこの記者が言ってきました。
それ何かというと、詩の公式キャラクターに共通点がある。
湧水から生まれた流水の妖精、ルルメちゃんというのが東区のキャラクター。
福岡県のクルメの方のキャラクターは、チクゴ川生まれのカッパ、クルッパ。
そうですね。クルメといえばチクゴ川ですからね。
で、くしくもどちらも水に関わりがある地域。
なかなか無理やりであるのが何なのかというと怒られるんですかね。面白いですね。
でもこの記事、日日本新聞MEで非常に読まれていてですね。
そうなんですね。
アクセスランキングでも結構上位に位置するんですよね。やっぱり関東の。
関東の人も読んでるんですかね。
関東の方からすれば東クルメの方が当たり前なんですかね。
まあそうですよね。で、福岡にもあるんだみたいな。
で、なんで東なのかみたいな。
やっぱり地名って結構気になりますよね。何が由来なのかとか。
という話題でしたね。
じゃあ次がですね、2本目の話題に行きます。
福岡のご当地ファミレスといえば何かイメージあります?
ご当地ファミレスといえば、僕はですね、ロイヤルホスト。
私もロイヤルですね。
確かに。
ただ一方で、うどんのウエスト。
ウエストって結構あれなんですよね。
同僚でも二次会とかウエストで。
はいはいはい。
とかですね。
居酒屋ウエスト。
そうですね。
一緒にうどん食べたりとか、それこそおでんとかいろんな居酒屋メニューもあるということで。
うどん、福岡ではいくつかうどんとかいろんなチェーンをやってるんですけど、中華料理とかですね。
ウエストについての調査依頼が今回来ました。
ウエストに関する調査依頼。
安徳王。
面白いですね。
なんでもないですよね。
感じですね。
以前から千葉県の各地にウエストの店舗があるのはなぜという調査依頼が、福岡由加里がまた関東に住んでる市民から調査依頼が届きました。
近年、福岡から関東に相次いで福岡のご当地うどんが進出した。
去年かな、おとどしかな、話題になってますよね。
西日本新聞ポッドキャストでもうどんの話がありました。
ありました。
だってそういう、第5次うどんブーム。
5時まで。
巻き起こしてるすけさんうどんとか稲葉うどんに先立って、ウエストが実は千葉で根を張っている理由。
そうそう、稲葉うどん、すけさんうどんが関東進出が最近の話題ですよね。
ずっと前から、福岡のうどん、三大うどんとも言われますけども、ウエストが実は千葉で根を張っていた。
記者が探ったというものです。
なんで福岡から、イメージとしては遠く離れた千葉で、結構突出して多いんですよね。
ウエストは福岡県内を中心に国内外でうどん、そば、焼肉、中華など様々な業態の店を経営しています。
昨年11月現在で関東での出店数は、東京都と埼玉、神奈川両県に各2店舗、群馬県に1店舗あるんですが、千葉県内には16店舗もあると。
めっちゃ多いですね。
この16店舗どういう数かというと、佐賀県内にもウエストがあるんですけども、佐賀県内のウエストの数が16店舗。
なのでご当地の隣の、福岡の隣にある佐賀県にある数と同じだけのウエストが、実は関東千葉にあると。
へー、それは確かになぜですね。
しかもあれですよね、東京とか埼玉とかは2店舗。
そうですね。
ウエスト候補担当の方によると、担当進出は1997年。
もうすぐ30年前になります。
結構ですね。
九州で校長だった焼肉ウエストを大地駅前店という東京都内の店を皮切りに千葉・埼玉両県に出店したところ、なぜか千葉での業績が非常に良かったと。
相性が良いと判断して店舗を拡大。
2002年にはうどんウエスト関東1号店が千葉県の釜ヶ谷にオープンしました。
ウエストの和歌山和夫社長が千葉県出身で千葉に強い思い入りを持っていることも一緒です。
ということです。
千葉に進出した当初は焼肉やうどんの店が中心だったんですけれども、業績が振るわずお蕎麦の店に協会を変更したところ、校長に転じた。
現在は千葉県内16店舗のうちうどん専門店、うどんウエストは1店舗で、残りの15店は蕎麦を取り扱っている。
蕎麦の方が人気なんですね。
やっぱり関東の人は蕎麦物が大好きだよね。
福岡でも蕎麦のウエストはあるけど、店舗数でいうとおそらくうどんの方が全然多いですよね。
今回ですね、この番組、ポートキャストの番組にあたって、店舗名が生蕎麦あずまですよ。
これが生なのか、木蕎麦なのかという。
どっちが正しいかなと。
新聞で書くときは読み方あんまり関係ないですよね。
ネットとかでも諸説ありで、生蕎麦あずまに来ましたっていう投稿してる人もいれば、木蕎麦あずま。
CMソウルですみたいなのがあったりして、どうしたらいいんだということで、方々に聞いてきたんですね。
どっちなんですかと。
そうするとお答えがあったのが、木蕎麦ですと。
木蕎麦なんですね。
うちはずっと木蕎麦でやってますという話でした。
そこまで確認。
ポッドキャストしないんだったら、多分坂本さん聞かないですよね。
ある種の必要な振りがながら、記者として聞かれることはもちろんあるんでしょうけど、そこはスルーするところだったりしますよね。
書く上ではですね。
しゃべるときに言い間違えると、こういう名刺はちょっと格好悪いから失礼ですしね。
この番組聞いていただいた方は、木蕎麦あずまと目を張っていただければと思いますけど。
あの時の駐在記者がですね、木蕎麦あずまの松戸店、千葉県松戸店を訪れました。
店長さんによると、さまざまな小鉢料理がついたあずま御前とか、天ぷら付きの森そば、かつどんセットなどが人気だそうです。
居酒屋メニューも家族連に好評で、出汁から作る博多もつ鍋もよく出ています。
松鍋の出汁やそばつゆは関東も九州も同じレシピを使って、毎日店舗で手作りをしているそうです。
そばは引き立てのそば粉を工場から直送し、その日の気温や水温などによって調整する、こだわった料理を提供しておられる。
常連客も非常に多くて、平日のランチタイムには駐車場が満杯になる。
記者が取材に訪れたときも、会社員とか年配の方、家族連れで大変に意気揚がっていたそうです。
賑わってるんですね。嬉しいですよね。
生そば…あ、木そば。木そばはずまい。行かれたことありますか?
いや、ありますよ。
私、ないです。
あ、そうですか。あるし。
ウエストとか、どっちかっていうとうどんの…
やっぱりうどん屋や。
で、うどんのウエストでそばも食べれますし。
あれは同じものなのか違うものなのか、僕もさすがにそこまではあれだけど。
西にあるからウエストで、東にあるからあずまなんですかね。
そうなんですかね。
ちょっと候補の方に聞き漏らしましたから。
我々住んでいる九州ではウエストが、うどんのウエストが主流で、関東では木そば、あずま、東のあずまという。
そういうことなんですかね。
ちょっと無理やりですけど、東くるめとくるめしつながっている。
こっちにある方、東がついてるみたいなことですね。
なので、地域に合わせて柔軟に業態を変更したことが、そばの方のウエストのチェーン店が千葉に根付いている鍵なのかもしれないと。
なるほど。
それこそですね、あれですよね。
そうそう。本当にですね。
実はウエストを見た読者さん、ウエストの記事の読者さんから投稿がもう一つ情報提供があって、
何で千葉に多いのかっていうのは、京葉工業地帯が造成されるに従い、北九州工業地帯にて稼働してた企業が多数移転したことがメインの理由じゃないですかっていう投稿が来たんですよ。
僕もですね、これうどんじゃなくてラーメンの話になるんですけど、前にラーメン記者の岡田さんにそんな話を聞いたことがあったなと思ったんで調べたんです。
やっぱりうちの記事に、これ2025年、そんな古い話じゃなくて載ってまして、
これはですね、いわゆる千葉県に九州の豚骨のラーメン屋さんが古くからあると。
それは何でかっていう話になってるんですけど、
今宮崎さんが言ったとおりで、1965年に八幡製鉄所、いわゆる新日鉄ですよ今のところが、千葉県の房総半島の鬼滅というところに新しい製鉄所が創業するにあたってですね、
北九州から同社社員と家族を合わせ2万人が移住したと。
2万人ってすごいですね。
1965年頃ってことで、これが人口4万人だった鬼滅市に2万人が移住したと。
だもんだからやっぱりある種。
そうですね。
そういうことなんです。
それでその流れで、いわゆるもともと北九州の方がこの土地で、いわゆる九州の豚骨ラーメンのお店を始めたというところがきっかけで、っていうお店が今もありますよっていう記事があってですね。
じゃあこの豚骨ラーメン部門ができる前から、千葉県の鬼滅には実は九州があるということなんですね。
元祖九州ラーメン日吉山戸店。
すみません、元祖九州ラーメン日吉さんっていうところが今でもあるらしくて、
その方は同じように北九州から移っていった方が始められたラーメン屋さん。
その取材で面白い話がありますよ。
この方は親戚を頼りに北九州市から鬼滅市に出店したのがルーツだということで。
この街は九州では定番の豚バラを提供する焼き鳥屋さんがあったり、
JR鬼滅駅のそばのスーパーには九州のインスタントラーメンとかお菓子を集めたコーナーがあって、
福岡土産の麺米だったり、佐賀のメーカーマルボーロだったり、マルタイの棒ラーメンだったりっていうのが、
記事には写真が載ってますけども、九州コーナーみたいにしてスーパーに置いてあったりするそうでして、
当時の懐かしい話で、元々その土地にいた人の子供がですね、
北九弁が映って地元の子が親に注意されてましたね、母みたいな話がエピソードとしてあったりして、
へーっていうような。
すごいですね、すごいですね。
2万人規模が一軒作ってなかなかないですよね。
それも4万人の。
そうですね。
すごいですよ。
それは大事ですよね。
食文化だけじゃなくて言葉とかもね、そこで根付くっていうか、
最初はみんなびっくりするでしょうけど、根付くんでしょうね。
そういう記事もあったんで、確かそういう話。
多分その方も同じような流れで投稿されておられたんじゃないかなと思いますね。
ぴったりこの話かどうかはちょっとわかりませんけど。
面白いですね。
西日本新聞の社宅は今千葉県の幕の放送時点ではですね、千葉県の松戸市に。
私も東京勤務の時はその社宅に住んでたんです。
松戸にも木そばあずまもあるし、千葉ってなかなかこう。
九州と縁がある。
そうなんですね。
ありがとうございました。