中国の風土とかに対する見方を養った上でやりたいなと思ったので、
3年間の任期の最後の都市にやりました。
なるほど、なるほど。
で、この今回の本なんですけども、大きく3つのパートに分かれてまして、
三国定律と言いまして、カナエという古代中国の大きな三本橋の器があるんですけども、
その3つの足、1つは三国志とか中国のことがあんまり詳しくないという方でも楽しく読んでいただけるような、
生死と縁起というですね、歴史書の三国志と物語である三国志縁起の2つを解説しながら、
今の中国についてもわかりやすく伝える三国志と中国のガイドという第1章。
そして第2章がメインとなる三国志聖地巡礼。
それから3つ目がですね、三国志以外の三国志の終焉地を歩くということで、
新疆ヨーグル自治区とか、ジベット自治区以外のですね、内モンゴル自治区とか、
いろんな周辺地帯とか、あと中国の今センシティブな問題を抱えている場所に、
私が取材をしたベイプルポですね、そう組み合わせた三本橋なんですけど、
そこに意外と知らない中国の素顔ということで、
それこそアナトクのスピンオフ企画で、あなたの読牌員というのをやったんですけども、
中国版アナトクみたいなコラムも交えた企画が本になっています。
いやそもそもあれですよね、なんで九州福岡のローカル市である、
西日本新聞社の社員がね、そうやって北京に行ったのかみたいな話になるんですけどね。
そうですね、西日本新聞は中国北京とそれから韓国のソウルですね、
それからタイのバンコク、それからアメリカのワシントンの四ヶ国に特勤員を置いています。
さらに韓国のプサンと今台湾、台北にはですね、若手の駐在員がいるという体制なんですけども、
実は西日本新聞の北京特勤員の歴史っていうのは、
日本の北京特勤員の中でも最も古いうちの一つなんです。
1972年に日本と中国の国交正常化されましたけども、
その前のですね、1964年に、52年前ですね。
52年前の日中国交正常化のさらに8年前。
なので1964年、ちょうど60年前ですよね。
70年前、70年前のちょうど節目の年なんですけども、
日本と中国が記者交換というのを合意しまして、
70年前の9月に常駐特勤第1号として、
毎日読売日経3経の新聞社、それから共同通信、NHK、TBS、
そして西日本新聞の旧社が記者を派遣しました。
私はその初代から数えて21代目の特勤員になります。
福岡から中国最大の経済都市上海までの距離というのは、
福岡から東京までとほぼ一緒なんですね。
なので歴史的にも地理的にも経済的にも、
日本で最も近い、中国に最も近い九州福岡のローカルメディアならではの特勤員ということで、
いわゆる中央市、全国市とは一線を隠した視点で、
中国を見つめるというスタンスで、歴代の特勤員が
中国に取り組んできたという経緯があります。
で、私がなぜ三国志かというと、中には中国のことは、
三国志は大好きだけども、中国のことはよく知らないとか、
だんだんとしたら嫌いだとか、好きじゃないという方もいらっしゃると思うんですよね。
ただ中国という国は日本の隣国ですし、
アメリカに次ぐ世界第二の経済大国です。
どう考えても、これから日本の生き残りを考えていくと、
中国とうまく付き合っていくしかないということで、
三国志を通して中国の素顔を知って、
これからの日本と中国、それから世界の行方を考えてもらうということは、
我々にとって、九州福岡の読者にとっても大きな意味があるんじゃないかなというのが、
一つの建前で、本人としては三国志が大好きな人間として、
せっかくなんで中国にいる間に一つでも多くの三国志の名称をめぐりたい。
その趣味と実績を兼ねた企画として。
素晴らしい企画ですね。
実際にどれくらいですかね。60カ所、50何カ所か。
そうですね。
すごいですね。
相当な数回っていきましたね。
しかもあんまり日本人行かないというようなことも含めて。
いわゆる聖地巡礼?
そうですね。
今回の書籍では、日本の三国志研究の第一人者の渡邉義博先生、
西田大学の教授で、日本三国志学会の事務局長もされていらっしゃる従事員の方ですけども、
渡邉先生に解説を書いてもらいました。
その中にもちょっと書いてあるんですが、三国志の名称をめぐると言っても実はそう簡単ではない。
というのが三国志の名称ということは、つまりかつての洋装なので、
軍事的な洋装だったりということで、なかなか行きにくい場所がある。
なるほど。セキュリティがすごかったり。
そうなんですよね。
今でも三国時代の軍事の洋装というと、
中国の中でも軍事的な洋装でもあるわけですよね。
なので、そう簡単に行けない地域もあったりして。
なるほど。聖地巡礼なんですけど、
YouTube見てる方は背景が、今日は桃園の近い。
ですね。ことの音が流れてきそうなんですよね。
ですね。メロディ変えようかなと思って。
いいですね。
これはですね、場所は決議亭というところなんですけど、
これはタク州と言いまして、中国の首都の北京から最も近い三国志の史跡なんですけど、
これは劉備、関羽、張飛の三義兄弟が出会って、
義兄弟の千切りを交わしたというところの地域がタク州というところなんですけども、
そこの中にある張飛の故郷である施設ですね。
でも桃園の近いで劉備を挟んで、張飛と関羽が三人で酒漬けを交わしている。
なるほど。我々もちょうど三人で酒漬けを交わしている風な感じになりますけど。
そうですね。当年同月同日に。
死のうって。
本当。
これもそうなんですけど、いろんなところに行かれたという話なんですけど、どこが良かったとかあるんですか。
やっぱり石壁も良かったですね。三国志の見せ場の一つですね。