1. 丹羽には、にわかに庭が広い。
  2. 高校のプリントを処分しながら..
4月に身体が追いついていない・追いつきたくない丹羽です。
春休み中に高校の頃のプリントを全処分しました。勢いに任せて小学校の思い出として取っておいていた3枚のプリントも捨てました。高校の頃から変わらない低空飛行の自分がいます。
オープニングとエンディングのBGMを変えてみたので、いつもよりうるさいかもしれません。また変わるかもです。使用BGM/ジングル BGMer ( http://bgmer.net )
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Summary

4月1日になり、新年度が始まった中、3月31日の夜に熱中症のような症状に悩まれ、眠れない日を過ごされた。 また、春休みに実家で大掃除をされていた際、高校生時代のプリント類を処分する作業に取り組んでいらっしゃいました。 高校のプリントを処分されながら自分を思い返されるテーマで、主人公がシュレッダーを購入してプリントを処分される中で昔の思い出を振り返る内容となっています。 味覚が敏感で、声はデカいが耳が遠く、暗い、自分が嫌いと書かれていました。 Web 2.0以降、ブログやSNSが人々の情報交換や交流の場となり、野球界の最新動向やプロ野球のマーケティング戦略について解説されました。

新年度のはじまり
4月2日、第86回目の、にわにわにわかに庭が広い。です。
4月に入って、新年度になってしまいましたね。
私は、3月31日の夜、だから4月1日を迎える日の夜に、
なんだかこう、眠れなくなって、なんか3月31日すごい暑い日だったじゃないですか。
なんか多分ですけど、軽く熱中症になったというか、なんかのぼせてたような感じになってて、
ずっと1日中ぼんやり頭痛かったんですけど、寝る頃になってすごい頭痛くなって、頭痛薬を飲んで寝たんだけど、
吐き気だけ残ってて、それでずっと寝れないっていうことがあって、どうやったら寝れるんだーって、
いろいろ調べて、なんか頭冷やすと気持ち悪いのが取れるかもしれない、
その熱がこもってるかもみたいなのを書いてる記事を見つけたので、氷枕してみたら、
まあ気持ち悪さは取れていったんですけど、結局眠ることができなかったなっていう日がありました。
まあまあその熱中症気味だったっていうのもそうだし、
4月1日になる、新年度になると身構えたところもあるなーっては思いました。
いやでも言い訳というか、ついこの前の2のつく日、3月の22日まで、どちらかといえば寒かったじゃないですか。
暖かい日もあるなーってぐらいだったのに、急に暑い日になって、そりゃ体燃えつかないよって思うんですけど、
言い訳かな。
まあ気持ちも弱いし、自立神経もぐにゃぐにゃだろうし、みたいなところですね。
自立神経をどうにか機能させてあげたいけど、気温がこんなじゃ無理だわって言いたい。
そんな風に新年度を気温のせいとかにしながら、もう始めざるを得ないなーって気持ちで過ごしております。
熱中症の症状
2話の陽気状、このコーナーでは私2話の最近あった出来事をお話しするコーナーです。
春休み3月中旬に実家に帰っていて、その時に自分の部屋の掃除を、大掃除をねしまして、
夏休みも大掃除したっていう話をこのフォトキャストでもしていて、またがよって感じなんですけど、
夏休みに大掃除としてやったことは、主に高校生の頃の教科書、ノート、参考書類をまとめて、ゴミに出すように紐でくくるみたいな作業をしたんです。
今回春休みに大掃除としてやったことは、プリント類を捨てるようにするっていうことで、
夏休みにまとめはしたんですよ、その一区画にこう置いておくみたいなことをやってて、
本当は夏休み中にそのプリント類も一緒に捨てれるのがベストだったんですけど、書き込みしてあったりとか名前が結構あったりするし、
付箋もすっごい、私その高校生の時付箋族って呼ばれてて、
そのプリント、授業プリントとかのその穴埋めじゃない部分とか全部付箋で補ってた人だったんですよ、授業中に。
付箋族だったわけなんで、付箋とかも貼ってあって、そもそも書き込みのものと名前と付箋っていうのがなんか結構気になってたから、
これ腰で大丈夫かなーって、あの新聞雑誌の日にまとめて一緒に捨てるみたいなんで大丈夫かなーってこう両親に聞いたら、
破けば燃えるゴミだから破いたらっていう話になって、でもそんな量じゃなくて、高校3年間分のものを破くのってすごい量だったんですよ。
結局、夏にはそのちぎって捨てるも腰にまとめて腰として捨てるもできなくて、
その一区画、その教科書ノートを捨てたところの空いたスペースに置いておくっていうことしかできなくて、
なのでね、春休みにどうにかその次年度っていうものに持ち越すのは嫌だったので、
大学4年にもなってそのゴミがあるのはすごい嫌だったので、
あのどうにかね春休み中にやろうと思って、まあなんとかプリント類をね処分の方にすることができたんですけど、
教科書ノートを捨てるのと同じぐらい大変、いやそれより作業は多かったですね、プリント類捨てるっていうのは。
その夏休みこそその両親の言ってた破いたら燃えるゴミだから破けばっていうのに抵抗感はあったんですけど、
プリントってその問題演習で解いたりとかテストとしてやったりとかするものを持ってるものまで理事義にとっておいてたので、
名前のあるプリントがものすごく多くて、その名前の部分だけ破いてほしいとしてまとめるとかでももしかしたら良かったかもしれないけど、
それも結構大変だなと思ったから結局全体的に破かなきゃっていうプリントがもう何枚もあって、そうなので、
この1日2日しか使わないかもしれないけどって思ったんですけど、
プリントの処分作業
アマゾンでシュレッダー自動でカットしてくれる3000円ぐらいするシュレッダーをポチりまして、荒れなかったらだいぶしんどかったですね。
だから買うの躊躇いはしたんですけど、自動のじゃなくて手で回す式能でいいんじゃないかとか色々考えはしたんですけど、
その手動のって1枚ずつしかできないものが多いから、結局手で破るのと時間変わんないじゃんと思ったので、
5枚まで一緒に自動裁断できるやつをね、3000円したんですけど買って5枚ずつね、名前のあるプリントを裁断してましたね。
荒れなかったら本当に終わってないと思うので、本当に買って良かったと思います。
1日2日しか使ってないから、まあまあもったいないっちゃもったいないけど、これからも使う場面あると思うので、
実家に置いてあるっていうことがちょっと問題点なんですけど、まあまあ今後のことも考えた買い物だったって思うことにしようって思いました。
あとその名前の書いてあるプリント以外に裁断したのが付箋を大量に貼ってあるプリントで、
いやーなんかあれみたいですね、個室としてまとめるには付箋とかのそういう粘着物が貼ってあるプリントはダメらしいので、
付箋全部剥がさないといけないっていうことになって、それもだいぶ付箋族と呼ばれていた私にとっては時間のかかりすぎる作業だったので、
もうシュレッダーかけようって思ってシュレッダーをかけてました。
で、後からあのちゃんとシュレッダーの取説とかなんかよくある質問をネットで調べてみた時に、
基本的に粘着物のあるものはあんまりシュレッダーかけないでください。
歯に粘着のものが付着して詰まりとか切れ味の悪くなるっていうのとかの原因になるのでっていうのをやり終わってから見つけたんですけども、
まあまあ無事終わったので付箋族も解体されてよかったなって思ってます。
いやーすごい量張ってました。特にあの社会科系のプリントにはすごい張ってて、
あの日本史専攻だったんですけど、日本史のものだけは教科書もノートもプリントも全部取ってあって、
だからそれ以外の1年の時にやらなきゃいけなかった世界史Aとか、
あとなぜか、たぶん別に全部取る必要はなかったであろう、元社と倫理と政治経済っていう。
なんであれ全部1,2年でやらなきゃいけなかったんだろう。意味わかんないなって未だに思うんですけど。
どれかとかでいいんじゃないんですかね。なんかよくわかんないけど。
3種類、社会科の日本史とかじゃない方の科目3種類のプリントに付箋がめちゃめちゃ貼ってあったので、
それをね全部裁断して付箋族は解体されました。
いやーなんであんなに付箋貼ってたのかなーってだいぶ後悔してましたね。
社会科以外にもまあ貼ってて、本当に大変だった。
まあ付箋剥がせそうな少なめの量のものとかは剥がしたりはして、で腰でまとめてってやったりはしたんですけど、
結局そのシュレッダーで出たゴミが、あの町指定のゴミ袋を1個半分出まして、
うまく詰めれば1個に収まったかなって思うんですけど、だいぶ裁断しましたね。
1日2日で頑張らせてしまったなシュレッダー君って思って。
本当に1日2日だけしか使わなかったらかわいそうだなと思うから、今後ともねシュレッダーを適度に、
この量をやることはもうないと信じながら、シュレッダーを適度に動かしたいなと思ってますね。
部屋の大掃除をする時に、ゴミ捨てってあるじゃないですか絶対。
でゴミまとめるとか使わないものまとめるとかっていう作業が、
本当になんでこんなもの買ったんだろうとか、こんなに高校生の頃理事義にとっておかなくてよかったじゃんとか、
本気になって授業でプリントに付箋貼るなよとか、すごい思ってて、
結局、いつか見返すからとかって、まあまあ3年の間は何回も見返したからいいかもしれないですけど、
その綺麗にファイリングしてあっても、あんな風にゴミになるんだ、シュレッダーで粉々になるんだ、みたいなのを
なんか思ってしまうと、もらったプリントって丁寧に持ってても意味ないなってすごい思ったし、
結局、何年か後に捨てることになるんだから名前を欠かさないでよって思ったりとか、
腹立ったし、あーなんかこんなに真面目に付箋貼って頑張って授業を聞いてたのになーとか、なんかそういう思いがね、
出てきてしまって、まあ今回はねプリントの紙のゴミだったんですけど、
本当にそもそも、あんまり物を買うって意味ないなってすごい思ったりしてました。
その後シュレッダーの祭壇を聞きながら、なんでこんなにゴミになるって分からないで取っておいちゃったかなーとか、
なんかいろいろ考えてましたね。祭壇の音が妙に悲しく感じるような感じでした。
本当に大体の物って本当にゴミになるなーって思ったら何も買えないなーって母親に喋ったら、
そんなこと言ってると何も買わないつまらん人生になるじゃんって言われたんですけど、
いやでもそうだと思うんだけど結局捨てる時がこうやって来るんだよなーってまたなって、
シュレッダーガガガガガガガガみたいな、なんかすごい悲しい、悲しいっていうかなんか本当になるべきはミニマリストなのかなみたいな。
なんかこう自分の主義をね決めたくなるようなゴミまとめでした。
庭の掘り起こし、このコーナーでは私に私が思い出した過去のことをお話しするコーナーです。
今回はそのこの春休みのプリント代処分で出てきたプリントから思い出した話をしようかなと思ってます。
ゴミの話で2本立てです。
小学校時代のプリント
まず高校生の頃のプリントが一番のメインだったんですけど、
そのシュレッダーも買ったしってことで、ゴミ捨ててやるっていうこうノリに乗ってたので、
小学校の頃の思い出として取ってた数枚のプリントとノートと、あと音楽の教科書と地図帳も処分しました。
小学校の頃のプリントで数枚取ってたプリントっていうのが、卒業文章の下書きと、卒業式の時にみんなで読むあの爽やかな春の日差し。
僕たち、私たちは卒業しますっていう。
相似であってますか?でもみんなで掛け声をし合うからなんか違いますよね。
まあまあその爽やかな春の日差しの自分で読むとこマーキングしてあるプリントと、
あと自分の小学校では文化祭ってほど自分たちでやる感じでもなく、まあまあ3館目の1館としてイベントも兼ねてやるみたいな、
一番わかりやすく言うと6年生を送る会みたいな、でもまあその前にやる出し物をするみたいなイベントがあって、
それでなんか私は司会をやってたみたいで、その司会の進行の台本が出てきて、
なんでこの3枚かなーって思った。まあ卒業文章の下書きは記念にとってあるっていうのはなんとなくそっかーって思ったんですけど、
その爽やかな春の日差しの卒業式のプリントと、その自分が司会だったイベントの台本にはまあ繋がりがあって、
その爽やかな春の日差しふんたらかんたら卒業しますっていうので、私が叫んだ一文は、
初めてのアンコールに胸が高なったなんとか祭りっていう、まあ小学校名が入ったイベントだったのでまあ伏せちゃいましたけど、
まあまあそれを叫んだみたいで、で、その司会の台本の方にもなんか殴り書きで書いてあるアンコールありがとうございましたっていう文字があって、
私なんかそれがすごい良かったみたいですね。アンコールのシーンが。こういうの好きだったよな私と思って。
懐かしいな。でもなんかそのアンコールが、なんていうかな、小学校5年の時の担任がちょっと不祥事を起こし、
不祥事って言うほど、あの捕まるとかのレベルじゃないんですけど、まあややこやしいことを起こして、小学校5年で自分の小学校辞めて、
で、小6になった時のその小学校のなんとか祭りっていうのに、その先生が来て、その小5の時に辞めてた先生があの叫んだね、アンコールだったから、
なんとなくこう、なんか考えてしまうところはいろいろあるんですけど、まあでもその時私はよっぽど感動したんだなっていうのをすごい思い出しましたね。
だって、そのまま卒業式で、そのことを叫んだから。
良かったですね。なんかそのアンコールで究極何をやったかっていうと、みんなのカノンのリコーダー演奏をバックに谷川俊太郎の生きるっていう詩があるんですけど、
その詩を一文ずつ覚えながら、まああれですよ、卒業式の爽やかな春の日差しみたいに叫ぶっていう、叫ぶというかね、読むっていうやつですね。
あれや、もうなんか生きるっていう谷川俊太郎の詩ではあるんですけど、教科書バージョンなのかなか知らないけど、その詩集に載ってる生きるとはちょっと違うかなって思います。
そう、妙に覚えてるな。私はなんかアンコールとか、そうやって辞めてた先生だから気を使ってしてくれたみたいな。
かんぐってしまう部分もあったにはあったし、けどそういうアンコールとかに心躍るんだよなって感動するんだよなっていうことをね、なんか思い出しましたね。
まあでもシュレッターでね、再産したんですけど。
高校時代のプリント
小学校の頃の思い出として撮ってたね、プリントの話だけじゃなくて、メインで処分してた高校生の頃のプリントの話もしたいんですけど、
シュレッターで処分する前に記念に写真撮ってきたプリントが2枚あって、1枚がこれは倫理のプリントでヘーギルのとこやってるとき、いやその前かな?
なんか労働の話と人間みたいなのをやってるときに、なんか先生がどんな仕事つきたいかっていうのをプリントの余白に書いてくださいみたいなのがあって、
で、そのどんな仕事につきたいかを自分で書いてたんです。
これ倫理だから高校2年生の時なんですけど、その時すでにもうどんな仕事につきたいかなんて思えなくて、
そう思いながらも書いてたのが、うっすらたくさんの人と触れ合う仕事って書いてました。
どういうこっちゃって思うんですけど、なんかなんとなく私も今もそれ変わってないなって思いますね。
そういう風な感じでしか私はどんな仕事につきたいかとか考えられない気がするなぁ。
難しいですね。どんな仕事につきたいかって質問ね。
で、このプリントがなんか、人間疎外っていうテーマの脇にそれが書いてあるからなんとも面白いなと思って写真撮ってきました。
あともう一枚の写真撮ってきたプリントっていうのが、高校1年生の時の保健体育で心の健康と自己実現ってテーマでやったプリントで、
B4の裏表なんですけど、表がライフシュミレーションを書く欄で、
それが小1から高1までの自分の人生の充実度を可視化、点数化する過去を見てから未来を書かせる。
現在20歳の自分は何してる?35歳の自分は50、65、80っていうのを書かされるやつで、
あと裏が序端の窓っていう、自分から見た自分と他人から見た自分と、そこが他人から見た自分と自分から見た自分が合わさっている部分はっていうものを書くっていう、
私にとっては1枚なのにすごい重たく感じるプリントが出てきたので、記念に写真を撮ってね、シュレッダー書いたんですけど。
まずそのライフシュミレーションの方の過去の自分、小1から高1までを点数化するっていうやつ見てて、
これがその充実度なんですけど、人間関係充実度と趣味充実度と勉強の充実度っていう3つの分野をそれぞれに、
小1から高1まで0を真ん中にマイナス3、プラス3まである点数で点打っていくっていうやつなんですけど、
自分のね、趣味の充実度がマイナスで、平均してもマイナスで、だいぶひどいし、その時書いた感想っていうのが、
何をやっても楽しいと思わないから趣味がマイナスなのは当然だと思うって書いてて、変わんないなーって思いましたね、高1の頃から。
変わんないなーって思う理由の一つでもあるんですけど、
そのそれぞれの人間関係、趣味、勉強、一番最低点なのが高1なんで、
高1からこのマイナスな感じずっと変わってないなーって思いました。
で、あとその高校1年の頃に書いた未来を思い描いてみよう、ライフプラン考えるやつで書いてたのが、
まず現在の自分はこんなことしてますっていうのを画欄に、何書いていいかわかんないから、ジョハリーノマドやってますって書いてて、
そっから4年後、20歳になってる自分はきっとこんなことをしているだろうっていう欄に、
大学か短大か専門学校に行っているだろう、もしくは就職をしているかもしれない。
何にも書いてないのと等しいですね、これね。
この頃の感じから変わってないですよ、私。
で、35歳の自分、多分こんな暮らししてますっていうのを画欄に、
独り身の王家って書いてますね、デカデカと。
多分もっと具体的に書かなきゃいけないのにね。
で、50歳の自分、周りを気にし始め少し運動をしだすって書いてます。
もうちょっと前からやってた方がいいと思うんですけども。
まあまあ今書いてもこんなこと書くよなぁと思って。
で、65歳、退職かと考えにふけるって、一番でっかい字で書いてます。
で、80歳、就活で人生を見つめるって書いてます。
いやー、なんかね、ずっと前から未来を思い描くっていうのは本当にできなくて。
普段ちっちゃい字なくせにさ、空欄にデカデカと一文未満みたいなことしか書けなくてさ、
なんかよくわかんないこと書いて。
だいたいそうだろってことしか書けないみたいなね。
プリントから思い出す未来への予測
本当に具体的なこと何も考えられないのは変わんないなーって思いました。
で、裏面のジョハリーの窓ですよ。
えっと、このジョハリーの窓の自分が考える自分っていうのは秘密の領域、秘密の窓って言うんですけど、
そこに書いてあるのが、なんでかわかんないけど、
味覚が敏感、声はデカいが耳が遠い、暗い、自分が嫌いって書いてました。
味覚敏感はなんかよくわかんないけど、なんかね、過剰だったんですね多分。
気にしてた部分があったんだと思います。
声がデカいが耳が遠いは、なんか自分の自覚する嫌なところでもあったりしましたね。
暗くて自分が嫌いは未だに変わってないですね。
で、他人から見た自分っていうのを書く欄、盲点の窓って言うんですけど、
それ何人だろうこれ。
1、2、3、4、5、7人ぐらいの人に他人から見た自分を書いてもらってて、
なんか半分以上の人にTheAB型の変人って書かれてまして、
変人って書いてないの?AB型の人ぐらいで。
なんか何なんだこれって思って。
そんなに変人かな。変人か。なんかよくわかんない。
なんかだから、全然その他人から見た自分と自分から見た自分が一致する開放の窓っていう領域があるんですけど、
それがほぼなくて、あったのが、まあまあ何事にも興味がなさそうっていうのを書いた人がいて、
それだけだなって思って、そこの開放の窓のところにそれを書いてましたね。
うーん。
あ、じゃあここのその他人が見た自分のとこにも付箋族って書かれてる。
どんだけ付箋使ってたんだろうな、私。
マジで捨てるの大変だった。
まあそんな感じですよ。
なんか自己分析とかやっても結局こんな感じで、大雑把なことしか書けんし、暗いし変わりないしなーってすごい思って。
うーん、この時のプリントを飲むことをね、懐かしいというか変わんないなっていう目で見つめてました。
そろそろ第86回目を終えようとしているところです。
今回はプリントのゴミ出しの話でしたね。
もう実家の自分の部屋は空っぽと言っていいほど何にもないですね。
あるにはあるんですけど。
なんかほとんどのものがそうやって、小中高の教科書ノートプリント参考書とかだったから、
なんかそれが一気になくなるとこんなに空になるんだって思ったりしましたね。
プリントのゴミ出しとミニマリストの考え
あるにはあるし、まだ売らないといけないものとか残ったりはしてるけど、いずれそれらもなくなるし、
なんか本当にゴミってまとめてると、なんとも今後のものの買い方を考えさせられる瞬間にはなるんですけど。
しばらくすると結局また新しいものを買ってたりとかして、ずっとそういうものの増えてったり減ったりの繰り返しなんだろうなぁと思ってますね。
いやー、ミニマリストになりたいなって、今はねゴミ捨てをいっぱいしてたから、その直後だからミニマリストになりたいなってすごい思うんですけど、
そのうちこの気持ちも薄れて、ものに埋まりますね。
ゴミ捨てとか部屋の大掃除とかは、リセットというか気持ち新たにするみたいなのができるからいいなとは思うんですけど、
空っぽになっていくと結構寂しいなって思ったりはしましたね。
その、やっぱ棚の外枠が残ってる分、空にすごく見えるから。
でも棚捨てるとなったら結構大事なので多分ずっと取っといちゃうんだろうなって思いますね。
そんなゴミを捨てて、気持ち新たに新しい年度を迎えようっていう話ではありました。
4月になるのはどうしてもね、嫌ですけど。
また荷の付く日には、庭が庭家に広い庭を開きますのでお楽しみに。
では。
29:56

Comments

新しいBGM、イイ感じです✨

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