2026年6月12日、にわにわにわかに庭が広いです。
私の住んでいる関西地方では、6月4日に梅雨入りしました。
全国的な梅雨入りは、まだ東北の方とかは、6月の後半なのでまだかなと思うんですけど、
関西の梅雨入りの前に来ていた台風が、かなり長い期間、雨をもたらしていたような気がしていたので、
今年私、その天気予報を見る以外、毎日のルーティンのない私としては珍しく、
本当に梅雨入りのニュースを、なんか見逃してて、見逃してて、なんか気にしなかったんですよ。
なんか6月1日からもう梅雨入っている気でいたから、梅雨入りの日っていう正式な日って、本当にニュース的には見逃してました。
でも梅雨入りのニュース見逃すはずなくて、私最近は目覚ましテレビを朝見ているから、
雨床って、雨床天気、雨立つっていうお天気キャスターの男性の方と、
ゆかちゃん、何ゆかちゃんなんだろうって呼ばれてる、多分女性のフリーアナウンサーの方で、
2人でやってる雨床天気っていう、毎朝お仕事行く前にスイッチ入れるタイミングになってくれてるのが、この目覚ましの雨床天気なんですけど、
だから毎朝割と見てるというか聞いてるというか、見てるはずなんで、
なんか梅雨入りしましたっていうのだったらいつの間に?ってならずに、6月例えば5日とかに気付けるはずなんですけど、
なんか今年改めて今調べて、自分の地域の梅雨入りを知るっていう感じでしたね。
別に梅雨入りの日程が細かくわかったからなんだっていう話なんですけど、
こんなに天気予報を毎日見てても、全国的なニュース番組って東京のことばっかりやなっていうのとか改めて思ったりしました。
目覚ましテレビのその雨床天気は、本当毎朝の若干のこの元気出るスイッチの一個で、
あの本当、お天気イングリッシュって、ゆかちゃんがこの英単語何でしょう?って出題して、
雨立さんが頭抱えるみたいな時間があって、
毎回それであのスタジオの伊藤アナ、最近あの三宅アナからね、伊藤アナに目覚ましテレビはメインのキャスターが変わって、
伊藤アナが、雨立さんこれはわかるでしょう?みたいなこう、一発入れてみたいな、この謎のこのやりとりが好きで。
でもそのお天気イングリッシュばっか印象残ってるから梅雨入りのニュースわかんないのかな。
確かに全然入ってこないっちゃ入ってこないんですよね、天気が。
言ってその英単語も全然覚えてないんですけど、
なんか人会話劇が面白いなって思いながら、ちょっとだけ元気を補給してます。
それこそ雨夜か天気で言ってたんですけど、今は梅雨の中でも梅雨の中休みっていう期間で、
雨の降らない時期っていう感じなので、確かに降ってないし、暑さもそこまで高くないので、すごい過ごしやすいですね。
なんか梅雨はいつも気持ち落ち込むかなーっていうのを結構警戒してたんですけど、
なんか意外とその梅雨入り前だったあの台風があった時期は、気持ちっていうよりは体調の方に結構頭痛とか出てて、
そっから連日雨になってきてからは逆に楽に過ごせてるっていうか、落ち着いてるなーって。
まあ、上がりも下がりもなくって感じでこう、ずーっていう感じ。
まあそれが通常なんでしょうけどね。
改めて自分のその気持ちとか体調の波を言うとしたらそんな感じで、
でも意外と今年の梅雨は安定しているような気もします。
毎朝のルーティンの雨夜か天気のおかげかもしれませんね。
そんな梅雨の中休みの6月半ばです。
庭のガーデニング。
このコーナーでは私、庭の好きなものをお話しするコーナーです。
前回、小枝裕和監督最新作、綾瀬遥香と千鳥の第5主演の
箱の中の羊という映画を見に行った話について感想のお便りが届いていたので、
読んでいきたいと思います。
少年Zさんという方から、
私も違和感を感じながら箱の中の羊を見ていました。
ただ違和感の正体は何なのか分からず、違和感を違和感のまま抱えながら見ていました。
そして違和感の正体を考えるヒントとして感想を配信しているポッドキャストを探して、
庭庭庭館に庭が広いに出会いました。
庭さんの感想を聞いて、一部ではありますが、
自分の感じた違和感の正体が分かりました。
私のざっくりとした感想は、
過去にこだわる人間と明日を夢見るヒューマノイドのファンタジー作品です。
オレイダ作品は一貫して家族をテーマにし、エンタメ性はほとんどありません。
箱の中の羊で言えば、エンタメ性を出すならヒューマノイドを無償で提供する団体の目的とか、
陰謀の謎解きを描いたでしょう。
そこは謎のまま残し、家族のありさまを通して人間のありさまを描くことに専念していました。
オレイダ作品はいつも見終わって、あれは何だったんだ、どういう意味だったんだと考えさせられます。
そこが私がオレイダ作品に惹かれる要因だと思います。
今回の出会いで、庭庭庭館に庭が広いに興味を持ったので、
過去にこだわる人間の一人である私は2021年の第一回から聞くことにします。
では最新回に追いつくまでゆるゆると配信を続けてください。失礼します。
というお便りをいただきました。
追伸ということで、私はオレイダ作品の映画17作品中10作品を見ています。
すごい、すごい数ですね。
我ながら自分がオレイダ作品を見ていることに感心していました。笑って。
追伸来ていました。
少年Zさんお便りありがとうございます。
このオレイダ作品を10作品も見ていらっしゃる少年Zさんに言わせてもやっぱり
オレイダ作品は違和感を違和感のまま捉える部分のあるものなんでしょうね。
私もそういう映画が苦手とかでは全然ないし、むしろ好き寄りなんですけど。
やっぱ今回の箱の中の羊はお便りでいただいた部分にもある通り、
そのエンタメ性を出す部分で、まあそのヒューマノイドを提供する団体の陰謀的なところ。
あんなにその手に届きそうなところというか、あんなにこうすごいちらつかせて、
そこで違和感を残すっていうのはなんか、
なんかもうちょっと違うところの違和感の残し方を期待してしまう部分。
あそこやるなら、なんかもっと深みを追って思ってしまう部分は結構私にはありました。
今回、あの追伸の部分に少年Zさんが見たオレイダ作品の10作品のタイトルを並べて書いていただいてるんですけど、
こう見ると何個も、あ、見たいなーって思ってた作品あるなーと思ってて。
いやーでも、箱の中の羊を経験して、このきっとやっぱりオレイダ監督のものは、
わからないわからないままにとか、違和感を残しつつ的な映画かなってすごくやっぱ思ったので、
配信とか、あのドヨープレミアム、フジテレビ系でやってるあの映画の時間とかに見るのは、
余計にわからないというか、映画館で見るわからなさじゃなくて、やっぱりダラダラ見ることによるこう、
見逃し的なわからなさで、なんかもったいない時間になっちゃいそうやなーって思ったから、
映画館で集中してみる、そしてその後あれこれ考えるっていうのが一番合ってる映画な気がするから。
でも、万引家族とか怪物は結構気になってるから、集中して見れるときに配信で見ようかなと思ったり、
映画館の最上映を待とうかなーみたいな部分のある、やっぱ難しいなって、これだ作品はっていう感じが私には残っています。
あとなんか、過去にこだわりのある人間の一人として、
にわにわにわかににわがひろいを第一回から聞いてくださるということなんですが、
本当にだいぶ、あの最近文字起こししても思ったんですけど、
だいぶ話し方も、声のトーンも、そのフィラーの数も全然違うので、
時間とかも全然違うし、やってて残しててなんやねんって感じなんですけど、
なんかすごい大丈夫かなって思ってます。
私も何かこう、新しいコンテンツ見つけるとか、こう遡って見たり聞いたりするのが好きなんですけど、
私のに至っては、なんか、なんかあんまりじゃないかなーって思ったりしています。
お便りありがとうございます。
今回はにわのガーデニングとしてもう一通お便り読ませていただきます。
たぬきさんという方から、
にわさんこんにちは。こんにちは。
いつもヘッドキャスト楽しく拝聴しています。
以前メールでお送りしたガリレオガリレーのライブに行ってきました。
行けなかったーとおっしゃっていたのをつい思い出しつつ、少しだけオッサワケのような気持ちで感想を書かせていただきます。
やっぱり自分にとって特別なバントだなと改めて感じるライブでした。
後半に行くにつれて会場が一つになっていく空気感が印象的で、その流れのままアンコールが2回起きたのも驚きでした。
その場のノリに応えてくれるところも含め、やっぱりいいバントだなと思いました。
とても楽しめたのでにわさんにも共有できたらいいなと思っていました。
また次回の配信も楽しみにしています。
というお便りいただきました。
たぬきさんありがとうございます。
たぬきさんからは、3月中頃にガリレオガリレーの大阪でのライブに行く予定はありますか?っていうお便りいただいてて、
5月14日平日だなぁ、行く気多分ないなぁっていうポットキャストを撮ったのにも関わらず感想を聞かせてくださいって言ったら感想を送っていただいて本当にありがたく思っています。
ラジオで生まれていく感想合戦みたいなのがすごく声のメディアらしくて温かいなぁと私は思っています。
というよりも、ガリレオガリレー、ビッグキャットですよね5月14日ね。
ビッグキャットで2回アンコール答えてくれたんですか?
すっごい羨ましいです。
私同じビッグキャットっていう大阪のライブハウスで、ガリレオガリレーというか、あのほぼ同じメンバーのBBHF、この説明難しいですね。
フロントマン尾崎悠希が立ち上げて、メンバーがあでもないこうでもないしてるうちにほぼ同じになったBBHFというバンドがあって、
そのBBHFのライブがこのビッグキャットでやった時、それもなんか5月だった気がする。
ちょっと待って、いつだったんだろう。
手帳を確認したところ、2024年の6月2日でした。
なんか似たような時にやってる。
えーめっちゃ羨ましい。
この時は会場のお客さん的にはアンコール2回まとめたんですよ。
1回目はまあやってくれて、で2回目なくてそのままライトがついてって序内BGMに変わってって、
ライブハウスのアナウンスが普通にこれにて終了となりますってなってて、
みんな拍手してる中であれなんか衝撃的で変に覚えてるライブですね。
でもなんだろう、消化不良といえば消化不良なんですけど、
ライブのその本編とアンコール1回はすごく良かったし、
ある意味なんかアンコールって基本答えるじゃないですか。
アンコールワーってなって拍手起こって、なんかこうバラバラのあの拍手になってっていうところで、
でちゃんとバンドが対応してみたいになって綺麗に終わっていくから、
なんかある意味アンコールって特別感あるはずなのに当たり前になりつつあるから、
なんかアンコールって思い出残んないことも多いんですけど、
あのライブで2回目のアンコールなかったことにより、
なんか変に面白かったというか、
あれ2回目のアンコールないんだってお客さんがビッグキャットの会場の中でザワザワってしたまま退場してたのがなんか変に印象的ですね。
だからある意味思い出に残るライブの一つではありますが、
なんか同じ場所でだいたい似てる月に同じ、ほぼ同じメンバーがライブしてダブルアンコールだったんだっていうの。
なんかちょっと羨ましいというか面白いというか、そんな感想の感想を抱きました。
お便りありがとうございます。
2話の陽気以上、このコーナーでは私2話の最近あった出来事をお話しするコーナーです。
最近の私は、仕事と寝るだけになっちゃわないように、
無理やりそれ以外の時間に映画を見るだとか、くだらないバラエティを見るだとか、
あとは土日土日で人と会う予定を入れて話すっていう場を作ることで、
なんとか、なんとかというか割と元気よりに過ごせてるかなーっていう印象があります。
まあ、冬じゃないっていうのだけで行動力があるっていうどうしようもない根源的な理由な気もするんですけど、
それなりに安定して過ごせてはいるなぁと、
自分自身にフィードバックで、そこそこな感じで二重丸をあげれそうな気がしています。
そんな中なんですけど、自分の中では結構考えちゃうなーっていう大きいことなんですけど、
まあ話す機会とか作ってはいるけど、そこで話せないことがあって、
頭の中でぐるぐるしてるだけだからっていう状態の話があって、
このポッドキャストではそういう話をよくもやもやをもやもやのままに、
正しく喋れてるかといえばそうじゃないけど、そのままに喋って、一応喋ってはいたから、
ここで喋ろうかなぁと思いつつ、
でもお仕事の話だから、なんだろう、行動とかそういう部分は喋らないで話すとなると、
めっちゃふわーってしてるなーって思って、だから伝わらないかもしれないけど、
もやもやをもやもやのままに喋ろうかなって思います。
これはお仕事の話ではあるけど、愚痴でもなんでもなくて、
自分もああなっちゃうのかなーっていう人というか、
なんかこうそういう像の話なんですよね。
職場の人で関わりのあった40代の方がいて、
その人がものすごくコンプレックス丸出しなんですよ。
これはご本人自覚なくて、でも関わっている私という客観的なところから見れば、
わかりやすくコンプレックスが出てあるなーっていう感じなんですよね。
この話は、このコンプレックスに対してとやかく言うとか、
その人ごじんに対して愚痴を言いたいとかじゃないところまでも来てて、私は。
本当にこのまま年を取ったらこうなってしまうのかなーっていう話なんですよね。
自分自身がコンプレックスに対する自認がない。
まあ完全にないわけはないんでしょうけど、なんて言うんだろうな。
なんかこう正しく認知できていないまま過ごして、
それでいって他者に対してはすごくなんて言うんだろうな。
なんか、コンプレックス由来の昔は大変だったんだよっていう話をするっていうか、
まあもっといろいろあるんですけど、
なんかまあライトなところでいくとそんな感じで、
その昔は大変だったんだよっていう話が全部が全部コンプレックス由来ってわけじゃないと思うんで、
そのコンプレックス由来の昔は大変だったんだよっていう話?
みたいなのを人にいっぱい言ってしまうみたいな。
どうしたらああならないようになるんだろうというか、
私もああなる未来しか見えなくて、
それなのにその言動とかその人に対して嫌悪感抱いてしまっている自分がいて、
じゃああんたはコンプレックスのない人間になれて、
コンプレックスを人にこう見せないというか、
人に丸出しにしないで過ごす中高年になれるのかなって、
自分をすごくぐるぐると攻め立てていて、
最近なんか日記に書くこと全部その話で、
なんかああなってしまうのは怖いけど、
どう頑張ってもああなる未来しか見えないなっていう話をぐるぐる日記に書いてて、
正直今の私は仕事と寝る以外の時間無理やり予定入れるだとかしたり、
仕事でもとりあえず集中するみたいな感じでやってるからさ、
今はコンプレックスが表出しなかったり、
コンプレックスのことを考えなかったりできてるんだと思うんですよ。
その全部ポジティブな方でコンプレックス考えてないって言いましたけど、
なんかもっと鬱っぽい時って、
そのなんか一個一個のバラバラのコンプレックスではあるんだろうけど、
それを全部一個の人格として自分自身で人格否定する、
もっとなんか自分なんてダメな奴だって全部言いくるめて動けなくなることで、
なんかどんどんマイナス思考とか負のスパイラル入ってくから、
まあまあそういうその安定してるからコンプレックス考えないもそうだし、
低いところにいるからコンプレックスじゃなくて、
自分自身っていう全体で×つけてるっていうのもそうだしで、
コンプレックスのことを今は本当に思ってないっていうところなんですけど、
でもまあその自分なんてみたいな感じで、
自分ごとこう否定してても、
最近の私は本当そういうの嫌だったはずなのに、
諦めモードというか、そういう風になってきたから、
ああ、生きちゃうなーって思うようになったんですよ。
だからなんかそのうちその、もしかしたらこの自分なんてっていう、
人格の、自分自身での全否定みたいなのしなくなって、
それなりに安定してくる時が来るかもしれなくて、
どうせ生きちゃうしなーって思うんですね。
でもそれでやってってたら、
本当に自分自身がコンプレックスに対して向き合う時間がないまま、
ちゃんと直せないとか、そこに対しての自信を埋めれないまま、
いつの間にか今のその上司と同じような40代の年齢に突入して、
なんか満たされないとか、なんか埋められないみたいな感じを表出しちゃうのかなーって。
ああ、絶対私そのルートたどるなーっていう予測がもうついてる。
だから同族嫌悪っていうか、その上司の言動なんかしんどいなーって思ったのも、
もしかしたら自分自身見ているようだったからなのかなーって思えてきて、
なんかすごくショックで。
でもどうやったらちゃんとコンプレックスと向き合えて、
他者に対して自分のコンプレックス由来のなんかこう攻撃的だったりとか、
逆に過剰防御しすぎて面倒くさいみたいな行動を取らないようにできるんだろうか。
どうやったらちゃんとコンプレックスを回復していってあげられるんだろうかっていうのはすごくわからないし、
あとコンプレックス、自分でちゃんとわかってあげれてないかもなーって思うんですよね。
そのさっきもちらっと言ったみたいに、
全部一個のものとして罰にしちゃったから、
自分自身を巨大な塊にして、
あー全部ダメなやつなんだ、全部こんなやついない方がいいってやっちゃってたから、
何が要因かっていうのが多分ちゃんと向き合えてない。
まあコンプレックスだけじゃないんでしょうけど、
いろんなことあるんでしょうけど、
でもその中の一つにきっとコンプレックスはあると思ってて、
うーん、なんか植え付けられた学歴コンプとか、
自分からは絶対なってないと思うけど、学歴コンプに関しては。
なくはないよな、その日だねっていうところにいる気もするし、
あとは友達が少ないコンプレックス?
全然少なくても小さいコミュニティでも相手がちゃんといればいいはずなのに、
なんとなく多い方がいいっていう理想の周りの物差しに流されて、
なんとなくでコンプレックスになってる、日だねになってる可能性全然あるし、
あとは用紙のコンプレックス、見た目?
もう思ってなくても日だねとしてはある気がしてて、
ある気がしててっていうか確実にあるなーって最近思ったんですよね。
なんか見た目めっちゃ難しいんですけど、
ちょうど先週の日曜日に、
ユーネクストで私が大好きな、この間もその炎上っていう映画の話したんですけど、
その監督の長久監督がドラマを撮ってたやつがあって、
それFM999っていうやつで、
999人の女の女って何?って主人公が言うと、
頭の中で流れ出すFMっていう設定のドラマなんですけど、
そこの女と可愛いっていう回があって、
でもなんかそれが苦しくて苦しくてたまんなかったんですよ、その回が。
まぁでも最後はユリアン・レトリーバーがFM999で、
どんな眉毛でも可愛いって言ったらそれでオッケーみたいな感じの良い歌歌ってたから、
なんとかなったものの、本当にその導入の部分、
その主人公の恋人、男の子がそのホモソなコミュニティの中で、
お前あいつ好きなの?美衣装じゃんって言われてるのを主人公が聞くんですよ。
そっから女って何?可愛いって何?っていうラジオが流れ出すんですけど、
あれはしんどいというかめちゃくちゃ傷口パカッってなったなって思ってて、
いやぁグロかったなぁこのドラマ。
でもやっぱ長久監督だから見れて、いろいろ考えたなぁと思ってて。
まぁそんなこんなで、容姿に関わる、いやまぁ可愛いに関わるコンプレックスがないわけではない。
ヒダネにはいつでもなるぞっていうのを最近思い知ったし。
でもなんだろうな、なんかすごく自分がやっぱり気にしてはないけど、
たぶん今言った3つって全部相対評価が強いかなっていうのも思ってて、
自分がいいって強く思えてたり、自分が自分のことを認めてあげられたりちゃんとできてたら、
全然コンプレックスの日はつかないかもしれないけど、
でも私はまだまだダメだから、すぐ人と比べちゃうから、
そうなると、この今言った3つとか、もっともっと表質してない、
自分でも気づけてない部分のコンプレックスみたいなのは、すぐに燃え上がっちゃうだろうなぁっていうか。
どっちが先かでもわかんないですよね。
コンプレックスがあるから自分のことを認めてあげられないのか、
自分のことを認めてあげられないからコンプレックスがあるのかは、
永遠の課題にわたまだと思うんですけど、
どっちにもなるなってなるし、やっぱりうまくいかないというかさ、
コンプレックスをちゃんと向き合えてあげれてないと、
コンプレックスを人に向けちゃうなっていうのがすごい思い知ったから今回。
本当にどうせ長生きしてしまうんだったら、人格者になりたいのに、
私はコンプレックスまみれの人間になるルート決定だなって思ったら、
もうなんか情けないし怖いし、どうしたらいいんだってなるしっていうモヤモヤが、
ずーっとここ数日募ってました。
今元気ではあるんですけど、
なんだろうこのモヤモヤは。
いつでもやっぱりそのマイナス方向で自分自身に罰をつける方向での火種にもなるしコンプレックスは。
でもそれ無視できたとしても人に向けちゃうしっていうので、
本当どうしたらいいんだっていう。
どうせなる自分に向けた方がまだマシかなーって思ったりとか、いろいろ。
コンプレックスについてどうしよう、どうなるかなみたいなグルグルの止まらない話でした。
鶏が先か卵が先か、略してニワタマ。
もう既に結構長い時間話していたんですが、
さっきの庭の養鶏場でもチラッと鶏が先か卵が先かの話をしたので、
なんか庭の養鶏場でグルグル考えちゃってネガティブっぽくなって眠れなくなりそうなので、
どうせ眠れなくなるならポジティブな考え事で眠れなくなろうという、
ニワタマを一通読んでいこうかなと思います。
うとうつばささんという方から、
ニワタマ、考えても納得ができないことと言われて真っ先に思い浮かんだのがモンティフォール問題です。
3つの扉から当たりを選ぶという有名なパラドックスです。
この問題の答えが直感に反する一番の理由は、条件が司会者がランダムに開けた扉がたまたまハズレだった、
ということでなく、司会者が回答者が選んでない扉の中から意図的にハズレの扉を選んで開けたという点にあると思います。
この条件によって司会者の行動で新たな情報が増えているのですが、
問題文をパッと読むだけだと見落としてしまいがちです。
読解力はしばしば軽んじられますが、数学の問題の一つとっても大事ってことですよね。
有名な話です。しむすびもまとまらないのでどうかなぁと思いましたが、眠れない夜のたしにでもなれば幸いです。
というニワタマいただきました。ありがとうございます。
モンティフォール問題ね。これは難しすぎるニワタマです。
中学校の確率を習うときに多分、教科書か何かのコラムかなんかで出てきますよね。
3分の1、3分の1、3分の1のあって、でも一個開けたらなんか確率がどうのこうのっていうやつ。
これね、わかんないですよね。
というか、わかるようになるのかなこれ。
なんか思い出した記憶があってモンティフォール問題って聞いて、
中学校の時に確率習って、そのコラムでモンティフォール問題出てきたんですけど、
数学の先生が授業を一コマ使ってモンティフォール問題、こんなちっちゃいコラムなのにモンティフォール問題を1時間使って解説したんですよ。
私、あの時テスト勉強のことしか考えてなさすぎて、
モンティフォール問題絶対テスト出るっていう単純な思考にしかならなくて、その一コマかけて解説してるし、
絶対テスト出るって思ったんだけど、
何回言われてもどんなに先生が熱いれて解説しててもわかんなくて、
でもなんかみんなそのなんだろう、授業って誰もこうディスカッションみたいにならないから淡々とまあ進んでいくし、
うんわかるわーみたいな顔して数学の授業って進んでいくじゃないですかみんな。
だからなんか変に焦って絶対テスト出るって思っちゃったから、
教科書のコラムと解説を紙にかき殴って、
本当にあれですよね、理解も納得もしないままに暗記1日9するっていうのを絶対数学でやっちゃダメなことをやったんですけど、
見事にテストには出ませんでした。
そりゃそうだよなというか、
今このモンティホール問題って単語を宇藤翼さんから送っていただいて、
なんかいろいろ思い出して、数学の先生も数学を研究した大学生だったっていうこととかを大学卒業を経て思うと、
ただただ数学の難題としてモンティホール問題にテンションが上がってただけだったんだな、あの先生はって今になって思いました。
結局モンティホール問題の具体的なことを考えないままにわたま終わって、ただの過去の話で終わりました。
すいません。
にわたまたくさん送っていただいてありがとうございます。
どんどんお待ちしています。
そろそろ終えようとしているところです。
今回少し長くなってしまいました。
でも、にわのガーデニングで箱の中の羊の乾燥の感想をいただいたり、
ガリレオガリレーのライブの感想をいただいて、昔のBBHFのライブの感想を返したり、
この時間もすごく私にとってはカットできないなって思ったし、
お便りを読むことによってこっちとしても見た映画のことをまた思い出すし、
これから見たい映画とかまた聞きたい音楽を自分の中で発生させていく時間だから、
すごくやっぱお便りの時間いいなって思ってました。
あとは同じくお便りコーナーのにわたまも、
あとつばささんからモンティホール問題いただいて、
結局モンティホール問題については具体的に考えずに、
モンティホール問題にまつわる過去の話をして終わるという謎な時間。
でもモンティホール問題ってわっ!って言われなかったら、
あのテスト前の最大瞬間学力のことを思い出さなかったなぁと思うので、
すごく面白い時間でした。
にわたま本当にたくさん今いただいてて、
めちゃくちゃ読んでて楽しいです。
ありがとうございます。