1. 丹羽には、にわかに庭が広い。
  2. 夏の終わり秋の始まり、断捨離
2023-09-12 24:47

夏の終わり秋の始まり、断捨離

捨てるもの捨てて、秋晴れのような心の丹羽です。

断捨離に導いたのが自分が前回話したPodcastと、そのタイミングで読んでいた 山本文緒さんの『自転しながら公転する』という小説でした。

部屋のものを捨てるのは「もったいない」と溜め込むよりも自然なことな気がします。

👂前回の丹羽さん https://open.spotify.com/episode/6OQZR4jOReTggddKl88klC?si=EBT7MSybRWyVQjebxJGI0w

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サマリー

9月12日、第66回目のにわにわにわかに庭が広いです。ガーデニングと断捨離について話しています。山本文夫さんの小説『自転しながら好転する』は、アパレルで働く32歳の宮子が自分の選択に悩みながら物事に振り回される中で、片付けや断捨離を通じて自分自身と向き合っていく物語であり、主人公と母親の視点を通してリアルな描写がなされています。

季節の移り変わり
9月12日、第66回目のにわにわにわかに庭が広いです。
天気予報の長期予報なんかでは、10月までこの暑さが続くなんて言ってたりしたような気はするんですけど、
だから10月まで夏なんじゃないかってこう、私は考えてたんですけど、
日が短くなってきて、これは夏の終わり、秋の始まりというか、
そういうふうに感じてきました。
たまたまこの期間が、台風の影響で雨降っていたりとか、
ついでにその、秋っぽい気圧のアレになって、秋雨前線があってなって、
雨が降ってるっていうことが多くて、まあ気温が下がってたり、風が強めに吹いてたりしたっていうのもあるのかなと思うんですけど、
それでもその、秋風もちょっとは感じたけど、それよりも日が短くなったなっていうことの方がちょっとショックで、
なんでしょうね。
暑いのに日が短いっていうこの感じがなんか、何とも言えないんですけど、
まあでも10月まで暑さが続いても四季っていうのは、こう動こうとしてるんだなっていうか、
進んじゃうんだなあ、季節って思っちゃいますね。
いやー日が短いっていうのは結構、なんかショッキングな出来事な気がしちゃうんですけど、
なんやかんや、エアコン切って寝れた日が、ここ10日間は2日間ぐらいあったので、
まあ涼しくもなってきてるんだろうなっていう、本格的に若者のすべてを聞く日は近いですね。
そんな感じの9月半ばです。
にわのようけい上、このコーナーでは私にわの最近あった出来事をお話しするコーナーです。
断捨離の始まり
まあどんなに夏だ、暑いんだと言っても、こんな風に季節の巡りを感じてしまったのでというか、
そんな簡単な理由ではないんですけど、こう、ふと思い立って断捨離をしました。
ちょうど一昨日ぐらいまで実家にいたので、実家の自分の部屋を断捨離したんですけど、
帰る直前に断捨離を急に思い立ってするなんて結構迷惑だったかなと思うんですけど、
1日で部屋の大半のものを捨てたりまとめたり、これは何ゴミだってやったりするっていうことをしてました。
部屋の大半のものっていうのが高校の頃の教科書、ノート、プリント参考書とかそんな感じのもので、
高校3年の頃のまんま、今自分大学3年の後期を迎えるところなのに、
全く手をつけずに、一回もそういうまとめたりとかせずに、そのまんまの状態でちゃんと実家にはね、定期的に帰ったりしてたんですけど、
断捨離っていうものとか整理整頓とかせずに来てたので、結構大事というか、1日がかりのことだし、
本当に部屋の大半何もないんですよ。高校の頃のそういう教科書、ノート、プリント参考書以外は、
音楽雑誌とかCDとかなんか残ってる。小学校中学校の頃のものがちょろちょろ残ってるとか、
人からもらった捨てれないものが残ってるとか、そういう状態だったから、本当に部屋の容量の大体のものっていうと、
高校の頃の道具だったので、勇気がいることっていうか、結構なことだったんですよね。
ここ最近の流行りじゃないけどね、昔からそういう七夜みたいなのはあったけど、
結構手軽にメルカリとかヤフオクとかネットで売れるようになったり、今回は大量に出てしまったので、
ブックオフとか、まあそれ系のお店に持って行った方が早いなって後から思ったんですけど、
ただ断捨離って言っても捨てる捨てない、使う使わないだけじゃなくて、そういう売れる売れないも保存状態考えてやったりするので、
ただ捨てる捨てないよりは時間が食ったかなっていう感じでしたね。
捨てる捨てないを分けるだけがね断捨離じゃなくて、ちゃんとねゴミまとめたりがあるじゃないですか、分別したりっていうのがあるので、
その中で結構困ってたのが、そのプリント類で、自分もねプリント類なんか使ったらすぐ捨ててしまえばよかったんですけど、
問題解いたやつとかでもちゃんとファイリングして全部取っていたから、
初めはファイルごと参考書教科書と同じように新聞雑誌みたいに束ねても出しちゃおうかなと思ってたんですけど、
まあ母親がねすかさず登場したので、あのプリントはちゃんとファイルから取って分けてって言われて、
その作業がね何気一番大変とまではいかないですけど、困った作業でしたね。結構な量の全科目のプリントがものすごい残っていたので、
多分1科目で全然余裕で100とか超える枚数のプリントがね残ってるから、
それを解体して、自分ファイル、ファイリングもしてたけど、全部を統一した2つ穴のファイルとかじゃなくて、たまに紙の2つ穴ファイルもあれば、ちょっと高めの2つ穴ファイルもあれば、
金属でできた金具になってるファイルもあればっていう、結構全部同じところにファイルを燃えないゴミとかプラゴミってできるファイルにしてなかったのもちょっと面倒くさかったところではあるんですけど、
そうやってまとめて、プリント類はプリントを母親が言うには、私は新聞雑誌みたいに束ねてファイルから外したプリントをこんな量あるから束ねていいんじゃないかなと思ってるんですけど、
母親が言うにはプリントは新聞じゃないし、ノリのついてる紙類じゃない雑誌みたいなものじゃないから燃えるゴミだっていうんですよね。
だから、細かくして燃えるゴミにしないといけないって言うんですけど、そうなんですかね。
やっぱ燃えるゴミなんですかね。なのでシュレッダーがうちはないので、ちぎるっていう作業をしながら燃えるゴミに分別してるっていう、なんか大変な作業がありました。
プリント類とリングノートの処分
これは正解なんでしょうか。まあいいやと思いながらね。ちぎるっていうのも結構楽しかったので、そんな感じでね、やってました。
ファイリングしてたプリントってね、結局こうなっちゃうんだなぁと思いながら、
それでもその時、高校の時はこうせざるを得ないというかね、まとまっててくれないとわからない部分の方が大きいから、
ファイルするよなぁと、ファイリングが意味ないっていうわけではないよなぁと思ってやってましたね。
その問題集を解いたやつとか問題集のコピーしたやつとかのプリントはまあガッて捨てれる、迷いなく捨てれたんですけど、
自分は特に社会科系の日本史とか原写の流れのあるプリント、事業プリントとかは結構捨てるのに迷ってました。
なんかめっちゃ事業中付箋貼ったりしてて、付箋があるとかそれだけじゃないんですけど、
なんかね、流れのあるものをと思うと、問題集だって流れあるんですけど、
なんかね、事業って思うとなんか思い出したくなるというかなんか捨てれないなぁと思って、
結局原写のプリントは捨てたんですけど、日本史はプリントだけじゃなくて参考書とかまで取っておいてしまいましたね。
あと迷ったというか、ゴミにするのがかなり大変だった系で言うと、リングノートなんですよね。
なぜか私そのプリント貼れるからいいだろうなぁと思って、
1年の頃必ず取らなきゃいけなかった世界史Aっていう事業と、
あと原写と現代文、古文、漢文のノートのかなりの差数をA4のリングノートにしてたんですよね。
これがゴミにまとめる時に大変で、リングノートのリングの部分って金属じゃないですか、アルミですかねあれ。
なので新聞雑誌にそのまままとめるのはダメらしくて、だから金属部分は外さないといけないかったんですよ。
でまぁ結構そのプリント貼ったりしているノートだったし、なんか提出とかも多分あったりした時に金属結構歪んでたりしてたので、
そもそもがボロボロで、真っ直ぐの金属じゃないっていうのがあって外すのが一苦労だったんですよ。
初めはその金属の取り方ってどうやって取るんだろうと思ってたから、ネットで調べたやつをやってたんですよ。
金属の輪っかの間に割り箸を真っ直ぐ刺して、それを上に上げるだけで綺麗に取れるよっていうことだったんですけど、
私の場合その金属の部分に歪みがあったから、割り箸がうまく真っ直ぐ入らなくて、
いいやと思ってしばらく手をね本当にペンチみたいにして、無理やりね力技でやったりとか、
もう結構ボロボロになってたから、そういうのはノートの部分を引っ張っちゃって、床にゴミがねポロポロって散らばってもいいやと思いながら外していってたんですけど、
途中でその歪んでるリングの部分を無理やり力技でこう外そうとしてた時に気づいたんですけど、
リングの初めの輪っかの部分だけ紐状に崩してしまえば、あとそれを何も考えずに真っ直ぐ引っ張るだけで気持ちよく全部取れるんですよ。
全部こう真っ直ぐになっちゃうんですけど、これね大発見で気づいた時にはもう引っ張るの爽快って思って結構集中というか楽しくなってやってたんですけど、
後からねどっと疲れが出たので、もうリングノートは生涯使うって決めたものしか買わないぞって思いましたね。
こんな感じで爽快感のあるね、ちぎったりとかリングノート引っ張ったりとかいう爽快感のある作業があったっていうのもそうだし、
家の大半のものがなくなったっていうのとで、物理的なすっきりも確かに損なんですけど、心まですっきりしましたね。
なんか自分は今までもぼちぼち、かなりかなぼちぼちじゃなくて言ってる通り、過去回帰人間で小学校の卒ある見てすごい泣いてみたりとか、
中学校の頃あんなだったとか、すごいよく思い出してはどうしようもない感情になったりとかしてる人だったし、
そうやって過去回帰人間だからこそ、あの時こうしてればよかったとか、たらればも言ってしまうくせに、
気持ち的にいろんなことがもったいないっていう気持ちで引っかかってずっと、そうやって過去を持ってる人間だったから、
人間だったらこれからもそうだと思うんですけど、でもね、それが物を捨てるのと一緒にちょっとすっきりするっていう感じはあってね。
なんかこう、なんかね、なんかハイになる感じはありました。物捨ててる時に。
本当にすごくなんか頭がスカーッとするとか、冴え渡る断捨離中毒になりそうな感じは結構したようなぐらい気持ちよかったですね。
庭のガーデニング。このコーナーでは私、庭の好きなものをお話しするコーナーです。
好きなものことの話というか、断捨離のきっかけを話そうかなと思ってて、
3年も手すらつけてこなかったものを、なんで急に一気に捨てるなんていうのができたかっていうと、
前回、第65回で、だから嫌だったのにの話をしているうちに、
自分はだから嫌とかどうせ無理って言ってる割には、高校の頃のものを残してるっていうのがなんとなく矛盾があるなぁこれって気づいたんですよ。
残しとくとか片付けてない状態っていうのは、過去のいい思い出も悪い思い出も持ってて、
自信は失せてるんだけど、変にプライドみたいなものがあるような感じなんじゃないかなって思って、
それを気持ち的な面でも物理的な面でももったいないって、ずっと縛ってるのと一緒だなっていう考えが、前回話してるうちにその矛盾ある自分みたいなものに気付いてきたんですよ。
このタイミングでずっと読んできてた小説が、断捨離レベルのものを捨てるとか片付けるっていう行為をしてたりとか、
それ以上に大きなものの片付けをしてるっていう行為がかなり出てくる話だったんですよ。
だからこう読んでると片付けないとなーっていう気持ちが、ちょうど自分の気持ちと重なって、そうやって自分の部屋の片付けを急にやるスイッチが入ったんですよ。
片付けをたくさんしてる小説って言ったんですけど、
主人公とか周りの人間が断捨離が好きとか、近藤真理恵さんみたいな人っていうわけじゃないんですよ。
宮子の内面の葛藤
なんかこのポッドキャストで何回か近藤真理恵さんが出てくるんですけど。
別にそういう片付け好きな主人公が物を片付けていくみたいな通りではないんです。
この小説が山本文夫さんの自転しながら好転するっていう本で、もしかしたらタイトルで察する人もいるように、
主人公、宮子っていう32歳のアパレルで働く女の人なんですけど、
この主人公がずっと自分自身の選択とかを決めかねていて、
周囲のこと、親のことだったりとか、彼氏のことだったり会社のことだったりに振り回される、振り回されてる気になるというか、
ずっとぐるぐるとしたお迷いとか悩みを持ったまま話が進んでいくっていう物語ですね。
読んでるうちに片付け、洋服を捨てるであったりとか、引っ越しをするであったりとか、災害ボランティアの片付けに行くとか、そういうものが本当によく出てくるんですけど、
なんかね、読んでるうちにこれってこう迷ってるからこそ、自分自身とか周囲のこととかに迷ってるからこそ、
物を捨てたりとか片付けたりっていうのが自然に起こることなんだろうなと私は思いました。
主人公は宮子っていうね、32歳の女の人なんですけど、たまに母親視点のショーが出てくるんですよ。
そのターンがこの主人公宮子視点をより心配させたり、安定の方になってくんだなっていうのが分かったりとか、
本当にこの母親、桃江っていうんですけど、そのショーの方が好きだったりしてましたね。
母親の桃江のターンで、いいなぁと思った箇所があって、主人公の宮子は母親のために実家に戻っているんですよ。
その先で結婚まで考えるような相手と付き合うことになっていて、
それにその恋愛をしている娘に気づいた時の母親視点が私はとてもいいなぁと思って、その部分だけちょっと読みます。
近いうちに娘はまた家を出ていくのだろうなと桃江は思った。
それは老いてホルモンバランスが崩れるのと同じように、生き物の成り行きとして仕方のないことだ。
だが、マットはそんな風に思っていないだろう。
この一節が私は勝手になんか響いていて、
さっき言ったように、迷っているからこそ片付けするんだろうな、多く出てくるんだろうなっていうのに、
なんとなく気づく軸を与えてくれた箇所でもあって、
迷っているからこそ人間の体が代謝するのと同じように、物を出すというか海を出すというか、
そういう意味できっと片付けって自然に起こっていいことなんだろうなと思って、
ものすごく悪いものじゃなくて、きっと自然な流れなんだろうなっていうのを裏付けてくれるような一文だと。
母親の視点とリアリティ
この箇所は当たり前のように、恋愛って起こって生物の成り行きだよっていう一箇所なんですけど、
この箇所は結構序盤の方に出てきて、だからこれから起こることとか、この小説で書いていることが、
人生で当たり前のことというよりかは、生物として当たり前に起こっていくことをこの小説で書いてるんだよみたいなのが、
すごく裏付ける説だなって思って、このシーンがずっと好きでした。
この自転しながら好転する作者は山本文雄さんっていう、ちょっとおおしい名前なんですけど、女性の方で。
だからなんだろう、この母と娘のそれぞれの視点を結構心えぐられるように、
リアリティのあるように、自分はこれから起こることなんだろうなと、本当にそういうリアルが肉付けされていく感じで、
えぐられる感じで、ずっとハッピーな感じではことが進まないお話だったから、
そういうリアリティを常に持って読んでました。
女性ならではの視点というか、それがすごくあったように思います。
だからこれを自分が男子だったらどう読んでたんだろうなぁとか、途中で考えたりもしたけど、下手したら読めないかもしれないって思ったぐらい。
男子だったら主人公に共感が全くできないかもしれないし、母の視点になった時もその母親像みたいなのがうまく読み取れる気がしないなぁってすごい思ってました。
私この自転しながら好転するっていうタイトルめちゃくちゃ気に入ってて、なんか日常で使いたいなーってすごい思ってます。
なんかタイトル回収結構早めに来るタイプの作品でした。
いいですよね、この小説のタイトルの話が文字で出てくる時の高鳴りというかね。
自転しながら好転するって意味ありそうで、当たり前のことを言っているというか、逆も叱りでっていう感じでね。
すごくいいなーっていうタイトル。
表紙も自分文庫で買ったんですけど、表紙もすごく好きだなぁと思いました。
なんか文芸の時に本当はいいなーって思ったんだけど、文庫になるまで待っちゃってましたね。
あんまり文芸の新刊のあのサイズで買うことがなくて、文庫まで待っちゃったのをちょっと後悔しました。
とにかくね、この自転しながら好転するっていうこのタイトルしかり、
さっき私が一部読み上げた母親の宮子ちゃんに対する思いというか、
ホルモンバランスと同じようにみたいな生き物の成り行きみたいなものをね、すごく感じて
リアリティは手ぐられはするんだけど、こうやって私みたいになんかきっと片付け物がしたくなるというか、
気持ちの断捨離もしたくなるような作品なんじゃないかなぁと思いました。
夏休みの読書感想文じゃないですけど、そんな回です。
そろそろ第66回目を終えようとしているところです。
今回は割とスッキリしてる回だなと自分でも、断捨離した後だからか思います。
なんで今まで自分多分おかしかったんでしょうね。
断捨離って本当に当たり前のこと、すごい量じゃなくても当たり前に物を捨てたりとかってやっていいことだったのに、
ものすごく溜め込んでたなぁって改めて思いますね。
私本当は夏休みにサリンジャーのフラニーとズイを読みたかったんだけど、失敗しました。
それこそフラニーとズイ読んでたのは高校の頃で、
それで途中で、フラニーが先だっけ、ズイが先だっけ、忘れちゃったんですけど、
前編後編みたいになってる前編の途中でやめちゃってたから、
この夏に読み返したいなと思ってて、実家に自転しながら好転すると一緒に持って帰ってきたんですけど、
なんかね、どうしても自転しながら好転する先読もうって思っちゃって、
まあ、いっか。片付けできたし。
そんな感じで、ちょっとスッキリしてました。
また、荷のつく日には、庭が庭かに広い庭を開きますので、お楽しみに。
では。
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