SNSと批判の心理
こんにちは、二次創作メンタルアドバイザーのほうりです。よろしくお願いいたします。
今回は、10人が褒めてくれても一人の批判にやられる心の話というテーマについて語っていこうと思います。
なんでこれをテーマにしようかなと思ったのは、SNSで久しぶりに自分の推しカップを検索したのがきっかけだったんですよね。
私の推しのジャンルが数年ぶりに映画化されたっていうことで、しばらくSNSからも私距離を置いてたんですけども、
なんかちょっと今の私だったらSNSとうまく付き合えるかなと思って検索をかけてみたんですよ、自分の推しカップをね。
まあそうしたら相変わらず推しカップで検索しても、なんか知らないけど今Xの仕様なのかな、
推しカップで検索しても逆カップが出てくるような感じの仕様になってて、それはフォロワーさんのたまに見るつぶやきから予備知識として入れたんで、
ああまあやっぱりそうなるよねって風になっちゃって、それ自体も全然平気だったんですよね。
前までは逆カップの検索結果が出てきたら、なんで推しカップで検索してるのに逆カップが出てくるんだこの野郎ムキリみたいな感じで、
すごいムカムカイライラしてて、カッカカッカしてたんですけども、まあ映画化になったら私の推しカップ好きだっていう人も増えるけど、それ以上に逆カップも増えるってことはうんわかってたって感じで、
淡々と冷静にミュート作業を続けてたんですよね。
この放送でも何回も言ってるけども、私の推しカップと逆カップの数の開きっていうのは10倍以上あるから、そこはどこ行ってもしょうがないんですよね。
逆カップとの対峙
原作もそういう読み方をされても仕方がないかなっていう風な感じで、私も最近受け止められるようになってきたんですけども、
じゃあ何がね、今回そういう風に10人褒めてくれても1人の批判にやられるっていうような結論に至ったって言ったら、
その後に目にしたとあるアカウントが結構グサッときたんですよね。
映画化の影響で、私の推しカップと私の推しカップの逆カップっていうクソバカカップリングを書いて、
公釈されてるやついるけども、公式無視してキャラ考察してんじゃねーよクソバカ野郎みたいな、
そんなバリ像言がガツンと目の中に入ってきて、うわーってなったんですよ。
私の推しカップと推しカップって割と人口密度が結構少ないんですよね。
私含めてあと何人いるかなってぐらい、片手で数えられるぐらいの人しか今活動してなくて、
えーってなっちゃったんですよ。
逆カップの方は、それこそ何十人も何百人、何百人は言い過ぎかもしれないけども、
結構数、新規参入者も増えてるから、そっちの方はちょっと私分かんないんだけども、
だけども、私の推しカップのキャップも逆カップもバカクソカップリングっていう風にとくくりにされて言われたってことは、
いや、私もこれ、私も含めてだよなってことで、ちょっとショックっていうか、うわーってショック受けちゃったんですよ。
で、ここから先はちょっと完全に自分の興味本位が好奇心が猫を殺すじゃないけど、自分の責任なんですけども、
その人のバリ像言を呟いた人のアカウントを見に行ったんですけども、
その方の苦手なカップリングに対しての悪口が山ほど来たのを見ちゃったんですよね。
いやー、なんかよくそこまで言えるよなーみたいな感じで、
あのー、まあ私が検索したってことは、今Xの仕様がどんなのか知らないんだけども、
カギアカウントではなかったんですよ。
なんか一時期カギアカしててもなんかつぶやきが見れるバグとかってあったらしいけども、
今それって解消されたんですよね。
ちょっと分かんないんですけども、もし知ってる方いたら教えてほしいんですけども、
まあその方はカギもかけないで、自分の苦手な嫌いなカップリングを推してる人のつぶやきを引用リポストして、
なんかすごいなんかつらつらとなんか文句というか苦言というかそういうのをなんか呈していて、
ネガティビティバイアスの影響
ちょっと見てるだけでうわーってなっちゃって、もうパタンと閉じたんですよね。
もうミュートしちゃったんですけども、
いやこの感覚ってね、なんかあれだよなって。
普通に歩いていたらいきなり通りすがりの人に思いっきりぶん殴られたみたいな、
通り間にあったような感じかな、あり程に隠さないでいえば。
まあそんな衝撃を受けたんですよね。
で、いやーこの感覚めっちゃ久しぶりだなと思って。
今まで私はそういうふうにツイッターの、
まあそうしたなんかモヤモヤとしたドロドロとした雰囲気に身を揉まれまくってて、
結局何もやる気が起きなくて手がつかないから、
ちょっと脳の仕組みを整えて、
SNSとは距離を置こうと思ったんですけども、
今回距離を積めた結果、
まあ今まで積み重ねてきた、
そうした自分のやってることを出て、
覆されるようなショックを受けたんですよ。
で、これが10人中9人が褒めてくれても、
1人の否定で、
なんかこんなにね、メンタルやられるんだろうっていうことに繋がっていくんですよね。
あの、
なんか、やっぱりその、
私も毎朝、
あの、今日はどんな気分で過ごしたいのかっていうことをイメージして、
それで毎日日々を過ごしてるわけで、
で、1日、
あの、今日あったお疲れ様っていう風に自分をねぎらいたいこととかも、
3行ずつ書いたりとか、
あと、
テキストドキュメントを使って、
その日思ったことを、
なんでもいいから、
ずわっという風に書き流していくっていうような作業もやってて、
とにかくやっぱ自分のメンタルを整えてくることに集中してるんですよ。
にもかかわらず、
今日、昨日たまたま、
そうやって見かけた、
特定多数に向けても、
私もその中に入ってるんだろうなって思われるつぶやきを見て、
もう通り、人数知らずの人のつぶやきを見て、
うわーって感じでなったっていうのは、
ま、これ何かあるなってことで、
ま、例えて言うなら、
私の日々の積み重ねがね、
あの、1点1点だとして、
ま、ようやくね、
10個積み重ねて10点だとしたら、
その人のつぶやきはもう5億、
マイナス5億点ぐらいの、
それぐらいのなんかの大ダメージを受けたってことなんですよ。
で、
これ調べてみたら、
あの、ネガティビティバイアスって言って、
ま、人間の脳の仕組みなんだよね、
ってことなんですよね。
あの、ほら、
人間っていうのは、
昔から、
あのー、危険と隣り合わせて生きてきて、
やっぱり、
不安とか、
あのー、
そうした、
もやもやとかに敏感じゃなかったら、
命を落とす危険性があったわけなんですよ。
だから、
今、こんなに便利な世の中でも、
脳っていうのはすぐ、
す、すごくあの、
危険を察知しやすい風にできててって、
ポジティブなことよりも、
ネガティブなことを、
3倍から5倍は、
強く反応してしまうんですよね。
で、やっぱりその、
不安になったり落ち込んだりっていうのは、
あの、その人の、
あの、
人間性の問題とか、
自分、
その人の弱さとかじゃなくて、
あの、これは人間だから、
あの、
あ、もう、
最初から備わってる、
生存本能の一つなんですよ。
だから、
そうした不安に見舞われた時は、
批判に敏感な心
もうそういう風に自分を責めなくてもいいっていうことなんですけども、
あの、
それって、
今回の、
ま、その、
たまたま見かけた、
その、
全然知らない人のつぶやきで、
ま、ガツンとやられたっていうのは、
まさに、
ま、危険に見舞われたっていう風に脳が判断してるんだなっていう風な、
そんな風にあの、
改めて感じることができたんですよ。
じゃあ、
どうしたら、
そうしたね、
通り間的な、
つぶやきとか、
なんか、
ショックなことから、
身を守れるかっていう風に考えた時に、
あの、これは、
もう、
言い聞かせる、
のが一番なんですよね。
いや、
なんか、
うん、
大丈夫、
大丈夫だからっていう風に、
あとは、
ちょっと、
今感じてる自分の心に、
ちょっと寄り添ってあげて、
いや、
いきなり殴られたようなもんだよね、
ほんと怖かったよね、
とか、
嫌だったよね、
とか、
それでもミュートして、
自分を守れた、
あの、
君は、
あの、
自分は偉いよっていう風に、
こうして、
あの、
自分のやってる行動とかを否定しないで、
ま、
感じた気持ちに寄り添って受け止めてあげるっていうことなんですよ。
これは、
あの、
セルフコンパッションって言って、
セルフコンパッションって言うので、
ま、
ぜひ、
ま、
そうした、
ま、
通り間的な呟きで、
うわーってなった時には、
ちょっと試してほしいなって思うんですよね。
あとは、
気分を切り替えて、
あの、
味方の声を思い出すのもすごく大事なんですよね。
ま、
味方の声っていうと、
あの、
過去に褒めてもらったこととか、
あの、
もとあって嬉しかった感想とかを思い出すと、
あ、
私には私の世界があるよねっていう風に思えるんですよね。
あの、
ま、
二次創作について、
ま、
過去に褒めてもらったことなんかないよっていう人は、
あの、
二次創作に限らずに、
自分の私生活で、
ま、
頑張ったこととか、
これ自分でもめちゃくちゃ頑張ったで、
みたいなことを、
ま、
思い出しても全然効果があるんで、
たのし、
試してみてほしいんですよね。
やっぱりその、
私もほんとに怒りにとらわれてたから、
ほんとその人の気持ちわからないでもないんですけども、
そうやってやってても、
なんか、
喚いても喚いても楽になれない苦しさっていうのは知ってるわけだから、
ま、
あの、
あの、
あの、
あの、
あの、
ショックも受けたものの、
う〜〜〜ん
大変なんだなあ、
この人みたいな意見も、
ちょっとそういった考えも浮かんだんですけども、
大抵の人って、
そういう意見って、
浮かべない、
浮かぶ余裕がないと思うんですよ。
だって、
いきなり殴られてさ、
あの、
その人に対して、
可哀そうに何かあったんだね、
っていう余裕なんか絶対持てないもん。
そんなねえ、
心の広いさぁ、
仏様じゃないんだからさぁ。
心の広いさぁ、
仏様じゃないんだからさぁ。
心の広いさぁ、
だから、まずは、そういうふうに殴られた人の気持ちを察するよりも、自分の負った心の傷を癒してあげることがね、大事だっていうことなんですよね。
だから、もうそういった住人中が好きだって言ってくれてても、たった一人のバリ像号に心が折れそうになった時には、
そうした、怖かったよね、嫌だったよねっていうことを慰めてほしいのと同時に、人間にはもともとそういう、こいつ嫌い、あいつ嫌いとかっていうネガティブな方の情報にね、
惹かれやすいっていう性質があるっていうことを、今回覚えておいてほしいなということでお話しさせていただいたんですよね。
心の癒し
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