番組紹介と今回のテーマ
はい、こんにちは。ネジネジ低空飛行 — ゆるバイポーラー thinking aloud —。
このポッドキャストは、アラフィフおじさんが 頭の中のモヤモヤを声に出して考えていく
thinking aloud という番組です。
本日5月24日、日曜日。 1週間ぶりの収録ですね。
先週は、気分の波を
プラス5からマイナス5まで
どんな気分なのかなーっていうことを
つらつらとゆるゆると話していきましたが
まとめとしては、なるべく低空飛行で
触れ幅少なく行こうよ。
そこを目指したいなというところで
今週1週間は割とそんなことを目指しながら
本日、気分はプラス1って感じでしょうか。
そして今日はですね、以前から気になっていました
朝日新聞の記事と
朝日新聞ポッドキャストの番組の感想を
ポッドキャストでまとめたいなと思っております。
朝日新聞記事とCoCoTELIの紹介
もともとはですね、4月26日、もう1ヶ月前ですね
B、別冊Bのですね
フロントランナーでこんな記事、見出しがありました。
親が心の病支援広げたいっていうですね
見出しで
ココテリというNPO法人の理事長平井遠衣さんという
24歳の若い男性の方ですね
が紹介されていました。
ココテリっていう団体は
コネクションのC、コミュニケーションのCO
トラスト、信頼のT、エモーショナルサポートのE
ラブのL、インフィニティ、無限のIという頭文字を取って
ココテリというらしいんですけれども
はい、あの
そう、記事の内容はですね
Bの方にもあるんですが
デジタルの記事にもありまして
デジタルの方は5月5日って書いてありますね
に配信されていて
そっちの方の見出しがちょっと衝撃的なんですけども
父が包丁を振り回した夜も
親が精神疾患、悩む子供を支える24歳
山下智子さんの記事ですね
ちょっとこのデジタルの見出しね
とBの方の
さっき言った見出しとちょっと違うなという
このね強いね
父が包丁を振りましたっていう
ちょっと恐ろしい
怖い表現を取っているところも
ところはちょっと気になるんですけれども
これはね
なんかこういうイメージが先行するというか
キャッチーなものをやっぱ見出しって
取るのかな
そうですね
デジタルの場合はそういうふうに取っているの感じがしましたし
逆にBの方は
さっきも言いましたけど
親が心の病支援広げたいっていう
包括的な温かさみたいな
現状はでも
Bの方は
親が心の病支援広げたいという
事実親が心の病っていう
優しい言い方をしているなっていう感じて
ました
でこの記事の内容ね
内容なんですけども
その若き
代表の
遠井さんという方がですね
下の名前が遠井さんっていうんですよね
平井さん
平井遠井さんという方が
親が精神疾患を持つ子ども
若者を支援する団体を
立ち上げて活動しているんですが
当事者でもあるらしいんですよね
平井さん5歳の時に
父がうつ病になったと
ということで
実際彼自身の
当事者経験として
包丁をお父さんが振り回したり
窓ガラスが割れたっていうようなことが
実際書かれていまして
お母さんは
母の
愚痴の危機役だった
平井さんは
お母さんの愚痴の危機役だったってことですね
それで
小学校の頃は
問題行動が出たっていう風に
休職の時間に椅子を投げたりとか
中学校の時は
同級生とよく喧嘩をしたっていうようなことが書いてあって
高校の時は
サッカーに
冒頭して
合法的にエネルギーを発散できた
仲間とおばか話をするのも癒しだった
家族から離れる時間と場所が
ギリギリで僕を支えてくれたっていうような
高校時代を
伝えていて
それで大学生の時に
親が精神疾患であることに悩む
という人に
ツイッターXで出会ったということが
きっかけで
メッセージのやり取りをして
そこから子どもや
精神疾患の親がいる子どもや
若者が安心して集える場所を作りたいということで
コロナ禍だったのもあってか
オンラインで始めて
雑談会に
開いたという話
活動ですね
そういうことをされているという方がいますと
っていう記事を読んで
いまして
パーソナリティ自身の経験と葛藤
最初はね私これなんか
自分のことじゃんって思ったんですよね
っていうか自分の
うちの娘のことじゃん
って思ったんですけど
なんかこう無意識に
逃げるようにっていうか
当事者意識は
しなかったというか
避けてたんでしょうね
今の私自身は
そうそんなに
ひどいことを
ひどい状態じゃない
波はあるけれども
生活はできている仕事はいけている
っていうことが
維持されているから
なんていうのかな
大丈夫だろうというか
自分のことじゃんって思ったんですけど
娘のことが
ここまで
実際にうちの娘がこうだ
でいうことをなんとなく認めたくなかったんでしょうね
それでちょっとこの記事は
読んでですけども
ちょっとこれは
自分のことじゃなくて
自分のことじゃなくて
のことではなくて
この見た目が
本物じゃなくて
のことじゃなくて
本当のことで
がとのえっと対談型の番組なんですが 編集委員の方ですね
はい そこでポッドキャスト
アサリス熱烈 アサリスの私のもんですから
これをしっかりと 聞きましてでここでこの
番組 じゃない記事だ
記事のことを 触れていたんですよねこのポッドキャストで
はい で
そこで まあこういう
えっと 活動している平井さんて方がいるって話とともに
その 精神疾患を
がある親を持つ子どもっていう
これ以上のこれという言葉が ないとこれ記事にも書いてあるんですけども
なのでそういう言葉 がないからあの
山下さん考えてくださいよみたいな話を神田さんがしてて それが宿題だなんだって
嫌だとかなんとか言ってたんですけども
そう そうかと思い
なんかそのあたりから強くですね 意識するようになって
で この
言葉 例えば
ヤングケアラーですよねとか 不登校
虐待とか 児童労働とか
障害者 っていう
言葉 があるともちろんその
これをそれが誰を
意味するというか あの
しっかりと 言葉があるということで認識できるっていうことはあるんですけど
と思うんですけど それがこう
スティグマ 楽園的にね
こう 押される
あの悪く言えば偏見として捉えられてしまうって言う ことも
あるんじゃないかなぁなんて 感じていて
で その辺のもやもや難しさ
が あるなと
でまぁ それは
あの
なぜかというと 自分自身
と そのうちの
娘に対して
楽園をされるような ことはが嫌だなっていうまあ浅はかな
気持ち 心情だったんですけども
それとともに 感じたのは
うーん うちの子も
精神疾患を持つ親 の子供だ
っていうことを改めて 思って
しっかりしなきゃちょうど その週末妻が東京
出張でいなくなるから あの
まあ一人で私が今家のこと娘のこと 送り迎えとご飯と掃除洗濯
っていうようなことを あのやるわけですけども
まあ慣れてはいるんですよねもう本当1歳 小さい頃からそういうケースはあって妻が仕事でいない時に
パパと2人で留守番っていうのは まあ慣れてるんです慣れていたんですけど
まあそこから
まあ 娘が小さい頃保育園
の時も私は元気で再発症していなかったし 保育園もね
保護者会長とかやって 絵本の読み聞かせグループとか
結成したりして 音楽と絵本を結ぶ
で楽しく 集いましょうみたいなことをやったりとかまぁ元気で
でも娘が小学校 4年生
3 4年4年生ぐらいから 残るの頃今中1だから
233年前か
334年前か の頃から調子悪くなっちゃったっていう経緯なんですけども
うーんとなのでだから慣れてはいるんだけれども
もう えっと
でも ああそうだ
私は 精神疾患
送局省の親だと 手帳も持っていますと
そして 地域の地区の人にはそれをまあ
地区のですね
手帳を持っている人は 人を持っていない方が
手帳を持っている人はもうちょっとそれを持っていない方が
そういう人に対する経験があるわけですよ
この小さい村のコミュニティではですね、きっとそんな話が
広まっているだろうと
そういうラベリングをされていてもおかしくはないだろうし
実際そうだろうしということも考えて
うちの娘自身ともこういう話をする
CoCoTELIラジオと支援のあり方
パパは送局症なんだよって、どういう症状なんだよって
話をするっていうことを改めてする必要があるのかなとか思いつつも
でも毎晩寝る前にね洗面所の引き出しから薬を
3錠も4錠も飲んでるのは娘は目の当たりにしてるんで
まあ薬飲んでるなということは分かっていると思うんですけど
それとともにこのココテリさんのですね
ポッドキャストがありまして
ココテリラジオかな、ココラジ、ココテリラジオっていうのを聞いたんですよ
そしたらこれがすごくて素晴らしくて
すごい印象でしたね
もしかするとうちの娘も困ったことがあったら
こういうところに相談する必要があるときがあったら
伝えたほうがいいんじゃないかなと思うぐらい素晴らしい活動をしているところで
何が素晴らしいかというと
ココラジの最初の導入部分の言葉を引用させてもらうと
このポッドキャストココラジの説明では
精神疾患の親を持つ子ども若者そして親のリアルな声
社会にある見えにくい壁について話していくと
精神疾患の親を持つ子ども若者を取り巻く課題は
多くの場合親のせいではなく社会側にある親子
親子それぞれにとっての生きづらさや障壁によるものだと
親子関係は人それぞれ違って何が正解なんて簡単ではないし
メンタルヘルスの不調の有無に関わらず多くの人が悩むものである
だからこそ精神疾患を有する親が悪いという対立構造を作るのではなくて
仕組みで社会側にある様々な壁を取り除いていくことが大切だと考えていると
そのような対立構造を作らないというですね
親子が生きやすい社会について一緒に考えていけたらなっていう思いだっていうこのポッドキャストがね
本当素晴らしいメッセージで感銘を受けたわけなんですけれども
私は包丁は握るんですけど料理にしか使わないですよ
家族への影響と公的支援
でもこのやる気のない活力のないお父さんと過ごす娘が
もしかしたら何らかの悪い影響というか受けてるでしょうね
それによって妻が色々と仕事家庭のことを担ってやってくれていて
妻がオーバーワークになって機嫌が悪くなっちゃったり
娘に厳しくしたりとかいうこともきっと家庭内の相互関係で生まれてきてるでしょうし
もっと怖いのはこれで妻が倒れてしまったらどうしようかと
私がやるしかないですよね
私が仕事しながら家のこと娘のバレエのこと全部やったとしてもきっと持たなさそうだなと
短い間はできるかもしれないけどもそうしちゃったらもう友倒れって思ったら怖いですよね
まあまあそんな心配ばっかりしてもしょうがないんですが
実際に今のところ
そうですね社会とか地域が力に支援になってもらっているという意味では
自立支援っていう保険制度を精神科に通う上で受けているので
いつもはですね更新するときに薬場から
ハガキというかその証書が郵便で送られてくるんですけど
この4月は保険福祉課の係の方が家に来たんですよ
来て持ってきてくれておかわりないですかなんて玄関で話していて
でその時妻も子どもも家にいたんですよね
だからまあ家族はなんかそんなような話してるなって耳にしたのかもしれないし
もしかしたら保険師さんは
うちの様子を全体的に見るっていうことをしに来たというか
サービスというか支援の一環としてね様子を見に来たのかなぁなんて今考えればそう思います
でもしねもしまあその時に僕が昼間から例えば飲んで酔っ払って包丁を持ってたりしたらですね
そんなことがあったらきっとこの家は問題だと支援が必要だっていうことになったんでしょうけれども
いやいやまあまあそんなことはないんですが
なのでまあねでも実際はきっと保険福祉課の方も言いにくいでしょうけど
家族妻や娘とインタビューというかインテークというかですねしてもいいことなんでしょうね
お父さん子どもに言うのは難しいか
まあ妻に夫さんは具合はどうですか家庭はいかがですかみたいな困ってることなんかないですかみたいなことを聞いてもいいんじゃないかなって聞いてもらったらありがたいことなんだろうななんて今思えば考えております
こういう要望をすればいいのかな
言葉の難しさとオーストラリアの事例
役場の方にそれもいいですねいいですねこうやっぱりこう話すことでそういうアイディアが出てくるっていうのはいいですね
でまぁそんなことでこのポッドキャスト心地にも出会い
でしっかりしなきゃと思って張り切りすぎた2週間前の週末ででそこから落ちてしまったということなんですがまあそこから低空飛行でやっております
はい
こんな話をですね
ポッドキャストの方にも山下記者さんの方にも
お送りしたいなぁなんて思ったんですがなかなかこれをまとめてテキスト化することも大変だし
果たしてテキストで書いたらそれが温度感や熱量を持って伝えることができるのかっていうこともとても不安
確かじゃないなぁなんて考えたんですよなので
ディスコードにも書かなかったしお便りもまだしてない状態です
そうそうそれと後ディスコードの方に書きづらかったのはもう一つあって
そのこの言葉ですよね
精神疾患がある親を持つ子供かきかっこのやつ
これをですね
どんなアイディアがありますかっていうこの
この言葉を書き込んでこんなのはどうですかねなんて書き込んでいる方もいたんですけども
それが割とぐさっと私には
うちのうちのことだって思うとですね割と胸が痛くて
まあ言葉
どんな言葉になるかにもよるんでしょうけど
ここテリここテリストここここテラー
なんかそんなかわいい感じだったらいいんですけど
なんかいかにも障害者の子とか虐待
されるされつつある子とか
なんか恐ろしい言葉になったらもうなんかそのイメージで
レッテルを張られそうで怖いなぁなんて思って感じておりました
まあねでも本当そのこと
うまいことですね
言葉っていうのが
新しい言葉ですね
生まれることによって今現在はやっぱりこのことその言葉がないから存在が
困難だってことは記事にも書かれてて
なので福祉の場にも教育医療保険
児童福祉精神保険福祉のその制度の狭間に
こう落ちちゃっている
そういう子どもたち若者たちが支援を受ける
システム制度がないっていうのはなぜかっていうとやっぱりそう
端的な言葉がないっていうこと
あるんだっていうことですね
はい わかっておりますので
いい言葉あればなぁとは とも思うんですけどもこのココラジの中でもですね
えっとそういうふうに まあケアラーっていう風なまあケアラーと言ってる
ケースの場合は本当にヤングケアラーであの大人がすべき 家庭の
ケアロードを交換になっているみたいなあのケースの場合のことを言ってるんです けども
かぎかっこ精神疾患がある親を持つ子供っていうことはそのままその ココ定理のねえっとポッドキャストの方でもそのまま使っているので
それに関わる人たちが あの社会福祉士の方とかあの
ピアスタッフって呼んでるかなの方たち いろんなゲストが
と対談型でやってるんですけどもその人たちもこの言葉を現在使っているって いうことはなかなかいい言葉が生み出せないのが現状なんだろうなぁと
思っております そうそうそういえばでもオーストラリアでは
なぜかあの 進んで
いるようで えっと
オーストラリア イギリス
ですかね の方では
うんと なんだなんて言ってるのかな
ヤングケアラー文化とも
はい通じますが
だ co pi 違う co pmi 支援
って言って えっと
なんだこれはし 略は
c はちょっと調べますね 略じゃなくてあるか
チルドレンな c はちちゅうチルドレンオブペレンツウィズメンタウイルネスの略です 直訳すると精神科疾患のある親を持つ子供たちまあまさにそうですね
オーストラリアでは co pmi コプミーって言ってるんですかねわかんないですけど
ねえっと支援研究
ん 心理
教育家族支援の分野で使われてきた言葉で ああコプミーコップ3みたいに読まれるらしいですね
でその支援は 子供自身が病気でなく親の精神疾患の影響を受けている立場を表してて
えっと そうそうそう
そう 制度的にですね
あの社会的 サービスというか支援が
あるっていうそう全体的に 考えられているっていうことらしいですね
この辺のオーストラリアの事情は 詳しい
いくわー あの聞いてみたいなぁなんて
思うんですが はい
また 機会があったらというか知ってる方が言ったら教えてほしいですが
コップ3の 実情はどんなのかコップ3が日本に取り入れることが
取り入れられるきっかけになることはあるのかなぁどなど気になるところですね はい
まとめ
今日は37分長くなりましたが 以上で終わりたいと思いまーす
ではでは