寝落ちの本ポッドキャスト、こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
作品はすべて青空文庫から選んでおります。ご意見ご感想ご依頼は公式Xまでどうぞ。
寝落ちの本で検索してください。
また別途投稿フォームもご用意しました。リクエストなどをお寄せください。
そしてまだ番組フォローをしてないよというそこのあなた、ぜひ番組のフォローをよろしくお願いします。
そして最後におひねりを投げてもいいよという方、エピソード概要欄のリンクよりご検討いただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いします。
さて今日は、夏目漱石さんの倫敦塔です。
イギリスに留学してたはずですもんね。その時のお話なんだと思います。文字数は1万7千字。
40分くらいかな。旧金使い。ちょっと読みづらいですね。
あ、そうそう。いただいているメッセージですがすべて目を通しております。中にはすごい褒めてくれるのもあるんですけど、
それを自分の声で読み上げるのも照れくさいのでこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。励みになります。
はい。じゃあやっていきましょうか。
どうかお付き合いください。それでは参ります。
倫敦塔。2年の留学中、ただ一度倫敦塔を見物したことがある。その後、再び行こうと思った日もあるがやめにした。
人から誘われたこともあるが断った。一度で得た記憶を2編目にぶち壊すのは惜しい。
見た目に拭い去るのは最も残念だ。塔の見物は一度に限ると思う。
行ったのは着後間もないうちのことである。その頃は方角もよくわからんし地理などはもとより知らん。
まるで御殿場の席が急に日本橋の真ん中へ放り出されたような心持ちであった。
表へ出れば人の波にさらわれるかと思い、うちに帰れば汽車が自分の部屋に衝突しはせぬかと疑い、朝いう安き心はなかった。
この響き、この群衆の中に2年住んでいたら、我が神経の繊維もついには鍋の中の布糊のごとくベトベトになるだろうと、
マクスノルダウの大火論を今沢のごとく大真理と思う檻さえあった。
しかも、与は他の日本人のごとく紹介状をもって世話になりに行くあてもなく。
また、在留の窮地とては無論ない身の上であるから、
ごわごわながら一枚の地図を案内として毎日見物のため、もしくは用達のためであるかねばならなかった。
無論、汽車へは乗らない。馬車へも乗れない。
滅多な交通機関を利用しようとすると、どこへ連れて行かれるかわからない。
この広いロンドンを雲で十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も工場鉄道も、世には何らの便宜を与えることができなかった。
与は、やむを得ないから四つ角へ出るたびに地図を開いて通行人に押し返されながら足の向く方向を定める。
地図で知れぬときは人に聞く。人に聞いて知れぬときは巡査を探す。巡査で行かぬときはまた他の人に尋ねる。
何人でもがてんの行く人に出会うまでは捉えては聞き、呼びかけては聞く。かかしてようやく我が指定の地に至るのである。
唐を見物したのはあたかもこの方法によらねば外出のできぬ時代のことと思う。来たるに来所なく去るに居所を知らずというと前後めくが。
与はどの道を通って唐に着したか、またいかなる町を横切って我が家に帰ったか未だに反然しない。どう考えても思い出せぬ。
ただ唐を見物しただけは確かである。唐そのものの光景は今でもありありと目に浮かべることができる。
前はと問われると困る。後はと尋ねられても返答しえぬ。ただ前を忘れ後を執拗たる中間がえしゃくもなく明るい。
あたかも闇を裂く稲妻の眉に映ると見えて消えたる心地がする。
ロンドン唐はスクセの夢の商店のようだ。
ロンドン唐の歴史は英国の歴史を千字詰めたものである。
過去という怪しきものを覆える戸張りが自ずと避けて眼中の有効を二十世紀の上に反射するものはロンドン唐である。
すべてを葬る時の流れが逆島に戻って古代の一片が現代に漂いきたれる人も見るべきはロンドン唐である。
人の血、人の肉、人の罪が結晶して馬、車、汽車の中に取り残されたるはロンドン唐である。
このロンドン唐を東京の上からテームズ川を隔てて目の前に臨んだ時、
与は今の人か、はた陰棄の人かと思うまで我を忘れて四年もなく眺め行った。
冬の始めとは言いながらもの静かな日である。
空は悪王鏡をかき混ぜたような色をして低く塔の上に垂れかかっている。
壁土を溶かし込んだように見えるテームズの流れは波も立てず音もせず無理やりに動いているかと思われる。
ホカケブネが一石塔の下を行く。
風なき川に頬を操るのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じところに止まっているようである。
天馬の大きいのが二層登ってくる。ただ一人の扇動が共に立って楼焦ぐ。これもほとんど動かない。
東京の欄間のあたりには白き影がちらちらする。大方カモメであろう。
見渡したところすべてのものが静かである。物憂げに見える。眠っている。みな過去の感じである。
そうしてその中に冷然と二十世紀を啓仏するように立っているのがロンドン島である。
汽車も走れ電車も走れ。いやしくも歴史の荒ん限りは我の身は確てあるべしと言わんばかりに立っている。
その偉大なるには今さらのように驚かれた。
この建築を俗に島と唱えているが島というは単に名前のみで実はいくたの矢倉から成り立つ大きな寺城である。
並びそび得る矢倉には丸きもの角張りたるものいろいろの形状はあるが
いずれも陰気な灰色をして前世紀の記念を永劫して伝えんと誓えるごとこに見える。
九段の優秀館を石で作って二三十並べてそうしてそれを虫眼鏡で覗いたら
あるいはこの島に似たものは出来上がりはしまいかと考えた。
世はまだ眺めている。
セピア色の水分をもって飽和したる空気の中にぼんやり立って眺めている。
二十世紀のロンドンが我が心の内から次第に消え去ると同時に
眼前の東映画幻のごとき過去の歴史を我が脳裏に描き出してくる。
朝起きてすする渋茶に立つ煙の寝たらぬ夢の尾を引くように感じられる。
しばらくすると向こう岸から長い手を出して与を引っ張るかと怪しまれてきた。
今まで初立して身動きもしなかった与は急に川を渡って島に行きたくなった。
長い手はなおなお強く与を引く。
与はたちまち頬を移して東京を渡りかけた。
長い手はぐいぐい引く。
東京を渡ってからは一目散に東門まで馳せつけた。
見る間に三万坪に余る過去の一大磁石は現世に浮遊するこの小鉄屑を吸収し終わった。
門を入って振り返ったとき
憂いぬ国に行かんとする者はこの門をくぐれ。
永劫の貨釈に合わんとする者はこの門をくぐれ。
迷惑の人と御膳とする者はこの門をくぐれ。
正義は高き手を動かし、真意は最上智は最初愛は我を作る。
我が前に物なし、ただ無窮あり我は無窮に忍ぶ者なり。
この門をすぎんとする者は一切の望みを捨てよ。
という句がどことで刻んではないかと思った。
与はこの時すでに状態を失っている。
空掘りにかけてある石橋を渡って行くと向こうに一つの塔がある。
これは丸型の石像で石油タンクの城を成してあたかも巨人の門柱のごとく左右に競立している。
その中間を連ねている建物の下をくぐって向こうへ抜ける。
中塔とはこのことである。
少し行くと左手に首塔がそば立つ。
真金の盾、黒金の兜が脳を覆う秋の陽炎のごとく見えて、
敵遠くより夜と知れば塔上の鐘を鳴らす。
星黒き夜、壁上を歩む商兵の隙を見て逃れいずる囚人の探し間に落とす松明の陰より、
闇に消ゆる時も塔上の鐘を鳴らす。
心おごれる市民の君の祭りごと非なりとて、
ありのごとく塔下に押し寄せてひしめき騒ぐ時もまた塔上の鐘を鳴らす。
塔上の鐘はことあれば必ず鳴らす。
ある時は無二に鳴らし、ある時は無三に鳴らす。
草来たる時は草を殺しても鳴らし、仏来たる時は仏を殺しても鳴らした。
霜の明日、雪の夕べ、雨の日、風の夜を何遍となく鳴らした鐘は今何処へ行ったものやら。
与賀神戸をあげて須田に降りたる矢倉を見上げた時は、
関然としてすでに百年の響きをおさめている。
また少し行くと右手に逆賊門がある。
門の上には銭と玉すとうがそびれている。
逆賊門とは名前からがすでに恐ろしい。
古来から島州に生きながら葬られたる幾千の罪人は、
皆船からこの門まで誤送されたのである。
彼らが船を捨ててひとたびこの門を通過するや否や、
釈迦の太陽は再び彼らを照らさなかった。
テームスは彼らにとっての山津の川で、
この門は黄泉に通ずる入口であった。
彼らは涙の波に揺られて、
この洞窟の如く薄暗きアーチの下まで漕ぎつけられる。
口をあげてイワシを吸う鯨の待ち構えているところまで来るや否や、
霧ときしる音と共に、厚樫の扉は彼らと浮世の光と常しえに隔てる。
彼らは隠して遂に宿命の鬼の餌食となる。
明日食われるか、あさって食われるか、
あるやまた十年の後に食われるか、鬼より他に知るものはない。
この門に横付けにつく船の中に挿している罪人の途中の心はどんなであったろう。
貝が縛るとき、雫が船べりにしたたるとき、
舞台がまた変わる。
丈の高い黒松賊の陰が一つ中庭の隅にあらわれる。
苔寒き石壁の内からすーと抜け出たように思われた。
夜と霧との境に立ってもろとあたりを見まわす。
しばらくすると同じ黒松賊の陰がまた一つ、陰の底からわいて出る。
矢倉の角に高くかかる星陰を仰いで、日は暮れた、と背の高いのが言う。
昼の世界に顔は出せぬ、と一人が答える。
人殺しも多くしたが、きょうほど寝ざめの悪いことはまたとあるまい、と高き陰が低い方を向く。
タペストリの裏で二人の話を立ち引きしたときは、いっそのことやめて帰ろうかと思った、と低いのが正直に言う。
締めるとき、鼻のような唇がピリピリとふるうた。
透き通るような額に紫色の筋が出た。
あの唸った声がまだ耳についている。
黒い影が再び黒い夜の中に吸い込まれるとき、矢倉の上で時計の音がガーンと鳴る。
空想は時計の音とともに破れる。
石像のごとく立っていた万平は、銃を肩にしてことりことりと敷石の上を歩いている。
歩きながら一見と手を組んで散歩するときを夢見ている。
血統の下を抜けて向こうへ出るときれいな広場がある。
その真ん中が少し高い。
その高いところに白塔がある。
白塔は塔中の最も古きもので、昔の天守である。
縦20軒、横18軒、高さ15軒。
壁の厚さ1畳5尺。
四方に墨矢倉がそびえて、所々にはノーマン時代の銃眼さえ見える。
1399年、国民が三十三火場の火をあげてリチャード二世に上位を迫ったのはこの塔中である。
僧侶、貴族、武士。
皇室の前に立って、彼が天下に向かって上位を宣告したのはこの塔中である。
その時、譲りを受けたるヘンリーは、立って十字を額と胸に貸して言う。
一言、聖霊の名によって、我ヘンリーはこの大英国の王冠と身を問う。
我が正しき地、恵みある神。
親愛なる友の助けを借りて次行くと。
さて、先王の運命は何人も知るものがなかった。
その死骸がポントフラクト城より移されてセントポール寺に着手した時、
二万の群衆は彼の屍を巡って、その骨立せる面影に驚かされた。
あるいは言う、八人の折角がリチャードを取りまえた時、
彼は一人の手より斧を奪いて一人を斬り二人を倒した。
されどもエクストンが背後より下せる一撃のためについに恨みを呑んで死なれたと。
ある者は天王を仰いで言う。
あらずあらず、リチャードは断食をして自らと命の根を立たれたのじゃと。
いずれにしてもありがたくない。
天王の歴史は悲惨の歴史である。
開花の演出は、昔オルターロリーが優秀の際万国首の装を記したところだと言い伝えられている。
彼が入座式の半ズボンに絹の靴下を膝頭で結んだ右足を左の上へ乗せて、
画ペンの先を髪の上へついたまま首を少し傾けて考えているところを想像してみた。
しかしその部屋は見ることができなかった。
南側から入って螺旋状の階段を上るとここに有名な武器陳列場がある。
時々手を入れるものとみえて皆ピカピカに光っている。
日本におった時、歴史や小説でお目にかかるだけで一向容量を得なかったものがいちいち明瞭になるのははなはだ嬉しい。
しかし嬉しいのは一時のことで、今ではまるで忘れてしまったからやはり同じことだ。
ただなお記憶に残っているのが甲冑である。
そのうちでも実に立派だと思ったのは、確かヘンリー6世の着用したものと覚えている。
全体が鋼鉄製でところどころに雑岩がある。
最も驚くのはその偉大なことである。
かかる甲冑を着けた者は少なくとも身の丈7尺くらいの男でなくてはならん。
世が甲冑してこの甲冑を眺めていると、
小鳥小鳥と足音がして世の傍へ歩いてくる者がある。
振り向いてみるとビーフイーターである。
ビーフイーターというと四重牛でも食っている人のように思われるがそんなものではない。
彼はロンドン島の番人である。
シルクハットを潰したような帽子をかぶって美術学校の生徒のような服をまとうている。
太い袖の先をくくって腰のところを帯で締めている。
服にも模様がある。
模様はエゾ人の着るハンテンについているようなすこぶる単純の直線を並べて角形に組み合わせたものにすぎん。
彼は時として槍をさえ携えることがある。
ほの短い柄の先に毛の下がった三国志にでも出そうな槍を持つ。
そのビーフイーターの一人が世の後ろに止まった。
彼はあまり背の高くない太りじしの白ひげの多いビーフイーターであった。
あなたは日本人ではありませんか?と微笑しながら尋ねる。
余は原婚の英国人と話をしている気がしない。
彼が三、四百年の昔からちょっと顔を出したか、または余が急に三、四百年の遺志を覗いたような感じがする。
余は黙して軽くうなずく。
こちらへ来たまると言うからついて行く。
彼は指を持って日本製の古き具足をさして、見たかと言わんばかりの目つきをする。
余はまたただ黙ってうなずく。
これは猛虎よりチャーレス二世に献上になったものだとビーフイーターが説明をしてくれる。
余は見たびうなずく。
白刀を出て坊山島に行く。
途中の分取りの大砲が並べてある。
その前のところが少しばかり鉄柵に囲い込んで鎖の一部に札が下がっている。
見ると塩牙の跡とある。
二年も三年も長いのは、十年も火の会話の地下の暗室に押し込められたものが、
ある一つ年地上に引き出せるるるかと思うと、地下よりもなお恐ろしきこの場所へただ据えられるためであった。
久しぶりに晴天を見て、やれ嬉しいやと思う間もなく、
目がくらんで、物の色さえ定かには傍中に移らぬ先に、白き斧の刃がひらりと三尺の空を切る。
流れる血は生きているうちからすでに冷たかったであろう。
カラスが一匹降りている。
翼をすくめて黒いくちばしを尖らせて人を見る。
百年壁血の恨みが凝って、華鳥の姿となって長くこの不吉な地を守るような心地がする。
吹く風に二例の木がざわざわと動く。
見ると枝の上にもカラスがいる。
しばやくするとまた一羽飛んでくる。
どこから来たかわからん。
傍に七つばかりの男の子を連れた若い女が立ってカラスを眺めている。
ロンドン島の歴史は傍山島の歴史であって傍山島の歴史は悲惨の歴史である。
十四世紀の後半にエドワード三世の婚留に係るこの三層島の一階室にいる者は
そのいる瞬間において百代の遺婚を結晶したる無数の記念を周囲の壁上に認むるであろう。
すべての恨みすべての生きどおりすべての憂いと悲しみとはこの縁この生きどおり
この憂いと悲しみの極端より譲る医者と共に九十一種の大事となって今になお見る者の心を寒からしめている。
冷ややかなる鉄筆に無情の壁を掘って我が不運と情号等を天主の間に刻みつけたる人は
過去という底なし穴に葬られて悲しき文字のみいつまでもシャバの光を見る。
彼らは強いて自らを愚弄するにあらずやと怪しまれる。
世に反語というがある。
首領というて苦労を意味し、将と唱えて大を思わしむ。
すべての反語のうち自ら知らずして後世に残す反語ほど猛烈なるは又とあるまい。
墓穴といい記念碑といい招杯といい授賞といい。
これらが存在する限りは虚しき物質にありしよう忍ぶぬの具となるにすぎない。
我は猿。我を伝わる者は残ると思うわ。
猿我を痛ましむる媒介物の残る意にて、我そのものの残る意にあらざるを忘れたる人の言葉と思う。
未来の世まで反語を押さえて法末の身をあざける人の成すことと思う。
世は死ぬ時に自生も作るまい。死んだ後は母妃も立ててもらうまい。
肉は焼き、骨は子にして西風の強く吹く日、大空に向かって撒き散らしてもらおうなどといらざる虜し愚労をする。
大事の書体はもとより一様でない。
あるものは暇にまかせて丁寧な解消を持ち、あるものは心急ぎてか悔し紛れガリガリと壁を書いて殴り書きに彫り付けてある。
またあるものは直の文章を刻み込んでその中に古賀な文字を留め、あるいは縦の形を描いてその内部に読みがたき句を残している。
書体の異なるように言語もまた決して一様ではない。英語はもちろんのこと、イタリー語もラテン語もある。
左側に我が望みはキリストにありと刻されたのはパソリユという坊様の句だ。このパソリユは1537年に首を切られた。
その傍らにジョアンデッカーという署名がある。デッカーとは何者だかわからない。
階段を上って行くと都の入口にTCというのがある。これも頭持ちだけで誰やら見当がつかん。
それから少し離れて大変綿密なのがある。まず右の端に十字架を書いて心臓を飾り付け、その脇に骸骨と文章を彫り込んである。
少し行くと縦の中に霜のような句を書き入れたのが目につく。
運命は虚しく我をして心なき風に訴えしむ。時も砕けよ。我が星は悲しかれ。我に連れなかれ。
次には、
すべたの人を尊べ。首上を慈しめ。神を恐れよ。王を敬え。とある。
こんなものを書く人の心の内はどのようであったろうと想像してみる。
およそ世の中に何が苦しいと言って所在のないほどの苦しみはない。意識の内容に変化のないほどの苦しみはない。
使える身体は目に見えぬ縄で縛られて動きの取れぬほどの苦しみはない。
生きるというは活動をしているということであるに、生きながらこの活動を抑えられるのは生という意味を奪われたると同じことで、その奪われた自覚をするだけが死よりも一層の苦痛である。
この壁の周囲を書くまでに戸松した人々は、みなこの死よりもつらい苦痛をなめたのである。
忍ばれる限り、耐えられる限りはこの苦痛と戦った末、いてもたってもたまらなくなった時、初めて釘の折れや鋭き爪を利用して無事のうちに仕事を求め、大平のうちに不平を漏らし、平地の上に波乱を書いたものであろう。
彼らが大する一時一覚は、号泣、低霊、その他すべて自然の許す限りの反問的手段を尽くしたる後、なお、あくことを知らざる本能の要求に余儀なくせられたる結果であろう。
また、想像してみる。
生まれてきた以上は生きねばならん。あえて死を恐るるとは言わず、ただ生きねばならん。
生きねばならんと言うは、やそこうし以前の道で、またやそこうし以後の道である。
何の理屈もいらん。ただ生きたいから生きねばならんのである。
すべての人は生きねばならん。この極に繋がれたる人もまた、この大道に従って生きねばならなかった。同時に彼らは死ぬべき運命を眼前に控えておった。
いかにせば生き延びられるだろうかとは時々刻々彼らの距離に起こる疑問であった。ひとたびこの部屋にいる者は必ず死ぬ。
生きて天秤を再び見た者は千人に一人しかない。彼らは遅かれ早かれ死なねばならん。
されど古今に渡る大真理は、彼らに教えて生きよと言う。あくまでも生きよと言う。
彼らは、やむを得ず彼らの爪を研いだ。
尖れる爪の先をもって堅き壁の上に一と書いた。一をかける後も真理は古のごとく生きよとささやく。あくまでも生きよとささやく。
彼らは剥がれたる爪のゆるを待って、再び二と書いた。
斧の刃に肉飛び、骨砕ける麻を予期した彼らは、冷ややかなる壁の上にただ一となり、二となり、千となり、十となって生きんと願った。
壁の上に残る横たての傷は、生を欲する執着の魂魄である。
余が想像の糸をここまでたぐってきた時、室内の冷気が一度に背の毛穴から身の内に吹き込むような感じがして覚えずぞっとした。
そう思ってみると、なんだか壁が締めっぽい。指先で撫でてみるとぬらりと梅雨に滑る。指先を見ると真っ赤だ。
壁の隅からぽたりぽたりと梅雨の玉が垂れる。床の上を見るとその滴りの跡が鮮やかな紅の紋を不規則に連ねる。
十六世紀の血が滲み出したと思う。壁の奥の方から唸り声さえ聞こえる。唸り声がだんだん近くなると、それが夜に漏れるすごい歌と変化する。
ここは地面の下に通ずる穴蔵で、そのうちには人が二人いる。
鬼の国から吹き上げる風が、石の壁の割れ目を通ってささやかなカンテラを仰るから、ただいさえ暗い部屋の天井も四隅も、すすいろの湯園で渦巻いて動いているように見える。
かすかに聞こえた唄の音は、口中にいる一人の声に沿いない。
唄の主は腕を高くまくって、大きな斧を六郎の研石にかけて一生懸命に研いでいる。
そのそばには一丁の斧が投げ出してあるが、風の具合でその白い刃がピカリピカリと光ることがある。
他の一人は腕組みをしてもまたって、戸の回るのを見ている。
髭の中から顔が出ていて、その反面をカンテラが照らす。
照らされた部分が泥だらけの人参のような色に見える。
こう毎日のように船から送ってきては、首切り役も繁盛だのう、と髭が言う。
そうさ、斧を研ぐだけでも骨が折れるわ、と唄の主が答える。
これは背の低い目のくぼんだすすいろの男である。
昨日は美しいのをやったな、と髭が惜しそうに言う。
いや、皮は美しいが首の骨は馬鹿に硬い斧だった。
おかげでこの通り、刃が一部ばかり欠けた、とやけに六郎を転ばす。
シュシュシュと鳴る間から火花がピチピチと出る。
研ぎ手は声を張り上げて唄いだす。
切れぬはずだよ、女の首は恋の恨みで刃が折れる。
シュシュシュと鳴る音の他には聞こえるものはない。
カンテラの光が風に煽られて、磨き手の右の頬を射る。
すすの上に朱を流したようだ。
明日は誰の番かな、とややありて髭が質問する。
明日は例の婆様の番さ、と平気に答える。
生える白髪を浮気が染める。骨を切られりゃ血が染める、と鷹上司に唄う。
シュシュシュと六郎が回る。ピチピチと火花が出る。
ハハハハ、もうよかろう、と斧を振りかずして、ほかげに刃を見る。
婆様切りか、他に誰もいないか、と髭がまた問いをかける。
それから例のがやられる。気の毒な。
もうやるか、かわいそうにのう。
といえば、気の毒じゃが仕方がないわ、と真っ黒な天井を見て嘘吹く。
だちばち、穴も首切りもカンテラも一度に消えて、世は坊山塔の真ん中に呆然と佇んでいる。
ふと気がついてみると、そばにさっきカラスにパンをやりたいと言った男の子が立っている。
例の怪しい女も元のごとくついている。
男の子が壁を見て、あそこに犬が描いてあると驚いたように言う。
女は例のごとく、過去のゴンゲと言うべきほどのきっとした口調で、犬ではありません。
左がクマ、右がシシで、これはダッドレイ家の紋章です、と答える。
実のところ、世も犬か豚だと思っていたのであるから、今この女の説明を聞いて、ますます不思議な女だと思う。
そういえば今、ダッドレイと言ったとき、その言葉のうちになんとなく力がこもって、あたかも己の仮名でも名乗ったのごとく感じられる。
世は息を凝らして二人を注視する。
女はなお説明を続ける。
この紋章を刻んだ人はジョン・ダッドレイです。
あたかもジョンは自分の兄弟のごとき御長である。
ジョンには四人の兄弟があって、その兄弟がクマとシシの周りに刻みつけられている草花でちゃんとわかります。
見るとなるほど、四通りの花だか肌かが、油絵の枠のようにクマとシシを取り巻いて掘ってある。
ここにあるのはアコーンズで、これはアンブローズのことです。
こちらにあるのがローズで、ロバートを代表するのです。
下の方に忍道が書いてありましょう。忍道はハニーサックルだからヘンリーにあたるのです。
左の上に固まっているのがジェラニウムで、これはジーと言ったぎり黙っている。
見るとサンゴのような唇が電気でもかけたかと思われるまでにブルブルと震えている。
ナムシがネズミに向かったときの舌の先のごとくだ。
しばらくすると女はこの紋章の下に書きつけてある大字をほがらかに呪した。
世はジェーンの名の前に立ち止まったぎり動かない。動かないというよりはむしろ動けない。空想の幕はすでに開いている。
はじめは両方の目がかすんで物が見えなくなる。やがて暗い中の一点にぱっと火が点ぜられる。
その火が次第次第に大きくなって内に人が動いているような心持ちがする。
次にそれがだんだん明るくなってちょうど双眼鏡の度を合わせるように半然と目にえいじてくる。
次にその景色がだんだん大きくなって遠方から近づいてくる。
気がついてみると真ん中に若い女が座っている。右の端には男が立っているようだ。
両方ともどこかで見たようだなと考えるうちまたたく間にずっと近づいて夜から五六軒先で旗ととまる。
男は前に穴蔵の内で歌を歌っていた目のくぼんだすすいろをした背の低いやつだ。
研ぎ澄ました斧をゆんでについて腰に八寸ほどの担当をぶら下げて身構えで立っている。
夜は覚えずぎょっとする。女は白き半ケチで目隠しをして両の手で首をのせる台を探すような風情に見える。
首をのせる台は日本の巻割台ぐらいの大きさで前に鉄の缶がついている。
台の全部に藁が散らしてあるのは流れる血を防ぐ用心と見えた。
背後の壁にもたれて二三人の女が泣き崩れている。
次女出てもあろうか。
白い毛利を折り返した蜂絵を裾長く引く坊さんがうつむいて女の手を台の方角へ導いてやる。
女は雪のごとく白い服を着けて肩に余る金色の髪を時々雲のように揺らす。
ふとその顔を見ると驚いた。
目こそ見えね前の形細き表なややかなる首のあたりに至るまでさっき見た女そのままである。
思わず駆け寄ろうとしたが足が縮んで一本も前へ出ることができん。
女はようやく首切り台に探り当てて梁の手をかける。
唇がむずむずと動く。
最前男の子にダットレイの紋章を説明したときと寸分違わぬ。
やがて首を少し傾けて
我が夫ギルドフォードダットレイはすでに神の国に行ってかと聞く。
肩を揺りこした一握りの髪が軽くうねりを打つ。
坊さんは知り申さぬと答えて
まだ誠の道に入り給う心は無きかと問う。
女はきっとして
誠とは我と我が夫の信ずる道こそいえ。
御身達の道は迷いの道、誤りの道よと返す。
坊さんは何も言わずにいる。
女はやや落ち着いた調子で
我が夫が先なら追いつこう。
後ならば誘って行こう。
正しき神の国に正しき道を踏んで行こうと言い終わって
おつるが如く首を台の上に投げかける。
目のくぼんだすすいろの素の低い首切り役が
重たけに斧をえいと取り直す。
世のズボンの膝に二三点の血がほとばしると思ったら
全ての光景が忽然と消え失せた。
あたりを見回すと
男の子を連れた女はどこへ行ったか影さえ見えない。
きつい馬鹿されたような顔をして呆然と塔を出る。
帰り道にまた首頭の下を通ったら
高い窓からガイフォークスが稲妻のような顔をちょっと出した。
いまいち時間は早かったら
この三本のマッチが役に立たなかったのは実に残念である。
という声さえ聞いた。
自分ながら少々気が変だと思ってそこそこに塔を出る。
東京を渡って後ろを帰り見たら
北の国の霊火、この日もまたいつの間にやら雨となっていた。
ぬかつぶを針の目からこぼすような細かいのが
マントの黄針とバイエン塔を溶かして
桃本店長を閉ざすうちに
地獄の陰のようにぬっと見上げられたのはロンドン塔であった。
無我夢中に宿に着いて
主人に今日は塔を見物してきたと話したら
主人がカラスが5羽いたでしょうという。
おやこの主人もあの女の親類かなと内心大いに驚くと
主人は笑いながら
あれは放納のカラスです。
昔からあそこに飼っているので
一羽でも数が不足するとすぐ跡をこしらえます。
それだからあのカラスはいつでも5羽に限っています。
と手もなく説明するので