序。
私は阿Qの正伝を作ろうとしたのは1年4年のことではなかった。
けれども作ろうとしながらまた考え直した。
これを見ても私は立言の人でないことがわかる。
従来、普及の筆は普及の人を伝えるもので、人は踏みによって伝えられる。
つまり、誰それは誰それによって伝えられるのであるから次第にはっきりしなくなってくる。
そうして阿Qを伝えることになると思想の上に何か幽霊のようなものがあって結末があやふやになる。
それはそうと、この一編の口やすい文章を作るために私は筆を下ろすが早いか色々な困難を感じた。
大事は文章の名目であった。
孔子様のおっしゃるには名前が正しくないと話が脱線する、と。
これは本来極めて注意すべきことで、電気の名前は烈電、磁電、内電、外電、別電、家電、商店などとずいぶんうるさいほどたくさんあるが惜しいかなみな合わない。
烈電としてみたらどうだろう。
この一編はいろんな偉い人とともに精子の中に配列すべきものではない。
磁電とすればどうだろう。私は決して亜球そのものではない。
外電とすれば内電がないし、また内電とすれば亜球は決して新鮮ではない。
しからば別電としたらどうだろう。
亜球は大統領の上位によって国史館に宣布して本伝を立てたことがまだ一度もない。
英国の聖詩にも、爆突烈電というものは決してないが、文豪実験室は爆突別電という本を出した。
しかしこれは文豪のやることで我々のやることではない。
そのほか、過電という言葉もあるが、私は亜球と同じ流れを汲んでいるかどうか知らん。
彼の子孫にお辞儀をされたこともない。
小電とすればあるいはいいかもしれないが、亜球は別に大電というものがない。
先日見るとこの一編は本伝というべきものだが、私の文装の着想から言うと文体が下比いていて、
車を引いてノリを売る人たちが使う言葉を用いているから、そんな僭越な名目は使えない。
そこで産協給流の数にいらない小説家のいわゆる緩和旧大、元気静電という文切り型の中から静電という二字を取り出して名目とした。
すなわち個人が記した諸法静電のそれに文字の上から見ると花々紛らわしいが、もうどうでもいい。
一度彼は張と名乗っていたようであったが、それも二日目には曖昧になった。
それは張旦那の息子が秀才になった時のことであった。
阿久はちょうど二湾のウワンチョを飲み干して足踏み手ぶりしていった。
これで彼も非常な面目を施したというのは、彼と張旦那はもともと一家の別れで、細かく詮索すると彼は秀才よりも目上だと言った。
この時そばに聞いていた人たちは祝禅としていささか敬意を払った。
ところが二日目には村役人が阿久を呼びに来て張家に連れていった。
張旦那は彼を一目見ると顔じゅう真っ赤にしてどなった。
阿久は黙っていた。
阿久は黙って身を後ろに引こうとした時、張旦那は早くも飛びかかってピシャリと一つくれた。
阿久は彼が張生である核性を弁解もせずに、ただ手を持って左の頬を撫でながら村役人と一緒に退出した。
外へ出るとまた村役人から一通りおこごとを聞いて、二役門の逆手を出して村役人にお詫びをした。
よし本当に張であっても、張旦那がここにいる以上はそんなタワゴトを言ったわけしからん。
それからというものは彼の明珠を持ち出すものがなくなって、阿久はついに何性であるか突き止めることができなかった。
死んだ後ではもう誰一人阿久へいの噂をするものがないので、どうしてこれを蓄白に記すことができよう。
これ蓄白に記すことから言えば、この一編の文章が川切であるからまず第一の難関にぶつかるのである。
私はつくづく考えてみると、阿久へいはアケーあるいはアキかもしれない。
もし彼に月底という号があって、あるいは生まれた月日が8月の中頃であったなら、それこそアケーに違いない。しかし彼には号がない。
号があったかもしれないが、それを知っている人はない。そして生年月日を書いた手帳などどこにも残っていないのだから、アケーと決めてしまうのはあんまり乱暴だ。
もしまた彼に一人の兄弟があって、アフと名乗っていたら、それこそきっとアキに違いない。
しかし彼は全くの一人者であってみると、アキとすべき差し号がない。
その他、クエイと発音する文字はみんなヘンテコな意味が含まれ一層ハマりが悪い。
以前、私は長旦那のせがれのモサイ先生に聞いてみたが、あるほど物に詳しい人でもついに返答ができなかった。
しかし結論から言えば、
陳独秀が雑誌新青年を発行してローマ字を提唱したので国粋が滅びて考えようがなくなったんだ。
そこで私の最後の手段は、ある同窮生に頼んでアキュー事件の判決文を調べてもらうより他はなかった。
そうして一か月経ってようやく返事が来たのを見ると、判決文の中にアクエイの音に近いものは決してないということだった。
私自身としては本当にそれがないということは言えないが、もうこの世は調べようがない。
そこで中音字母では一般にわかるまいと思ってよんどころなく用字を使い、英国流行の方法で彼をアクエイと書し、さらに省略してアキューとした。
これは近頃、新青年に盲授したことで我ながら遺憾に思うが。
しかしモサイ先生でさえ知らないものを私どもに何の良い知恵が出よう。
第四はアキューの原石だ。
もし彼が長生であったなら、現在よく用いられる祭りの旧例により、文明百科生に書いてある仲介通りにすればいい。
老生天水の人なりと言えば済む。
しかし惜しいかな、その性がはなはだ信用ができないので、したがって原石も決定することができない。
彼は未曽に住んだことが多いが、時々他所へ住むこともある。
もしこれを未曽の人なりと言えば、やはり自然の法則に背く。
私が幾分自分で慰められることは、たった一つのあの字が非常に正確であった。
こればかりはこじつけやかこつけではない。誰が見てもかなり正しいものである。
その他のことになると学問の低い私には何もかも突き止めることができない。
ただ一つの希望は、歴史癖と交渉好きで有名な小敵氏先生の文人らがひょっとすると将来幾多の新短章を尋ね出すかもしれない。
しかしその時はもう阿久生伝は消滅しているかもしれない。
阿久は生命も原石も少々曖昧であった。
のみならず、彼の前半世の行状もまた曖昧であった。
それというのもミソの人たちはただ阿久を小器使い、ただ彼をおもちゃにして、もとより彼の行状などに興味を持つものがない。
そして阿久自身も身の上話などしたことはない。
時たま人と喧嘩をした時、何かの弾みに目を見張って、
俺たちだって以前は、
てめえよりはよっぽろ豪勢なもんだぞ。人を何だと思ってやがるんだよ。
というくらいが精一杯だった。
阿久は家がない。
ミソのお稲荷様の中に住んでいて、一定の職業もないが、人に頼まれると費用取りになって、
麦をひけと言われれば麦をひき、米を漬けと言われれば米を漬き、船を漕げと言われれば船を漕ぐ。
仕事が余る時には、臨時に主人の家に寝泊りして住んでしまえばすぐに出て行く。
だから人は世話しない時には阿久を思い出すが、それも仕事のことであって、行状のことでは決してない。
一旦暇になれば阿久もヘチマもないのだから、彼の行状のことなどをなおさら言い出すものがない。
しかし一度こんなことがあった。あるおじいさんが阿久を持ち上げて、
「お前は何をさせても卒がないね。」と言った。
ほどけ阿久は肘を丸出しにして、
かっこシナチョッキを直に一枚着ている。
武将臭いみすぼらしい風邸でおじいさんの前に立っていた。
旗の者はこの話を本気にせず、やっぱり冷やかしだと思っていたが、阿久は大層を喜んだ。
阿久はまた大層をうぬぼるが強く、ミソの人などはてんで彼の眼中にない。
ひどいことには、二人の文道に対しても一生の価値さえ認めていなかった。
そもそも文道なるものは将来秀才となる可能性があるもので、
長旦那や先旦那が居民の尊敬を受けているのはお金があることのほかにいずれも文道の父であるからだ。
しかし阿久の精神には格別の尊念がわからない。
彼は思った。
俺だってせがれがあればもっと偉くなっているぞ。
城内に幾度も行った彼は、自然うぬぼれが強くなっていたが、
それでいながらまた城内の人を下げすんでいた。
例えば、長さ三尺、幅三寸の木の板で作った腰掛けは、ミソではチャンテンといい。
彼もまたそう言っているが、城内の人がリョウテンと言うと、これは間違いだ。
おかしなことだと彼は思っている。
タラの煮浸しは、ミソではゴブ切りのネギの葉を入れるのであるが、城内ではネギを糸切りにして入れる。
これも間違いだ。おかしなことだと彼は思っている。
ところが、ミソの人は全くの世間未知で、笑うべき田舎者だ。
彼らは城内の煮魚さえ見たことがない。
アキューは以前は剛性のもので見識が高く、その上何をさせても卒がないのだから、ほとんど一発の人物と言ってもいいくらいのもんだが、惜しいことに彼は体質上少々欠点があった。
とりわけ人に嫌われるのは、彼の頭の皮の表面にいつできたものか、ずいぶん行く箇所も傘だらけのハゲがあった。
これは彼の持ち物であるが、彼の思惑を見るとあんまり良いものでもないらしく、彼は雷という言葉を嫌って、一切雷に近い音までも嫌った。
後ではそれを押し広めて、寮も行けない、公も行けない。その後、また党も職も皆行けなくなった。
そういう言葉をちょっとでも漏らそうものなら、それが恋であろうとなかろうと、アキューはたちまち、頭中のハゲを真っ赤にして怒り出し、相手を見積もって無口の奴は言いまかし、弱そうな奴は殴りつけた。
しかし、どういうものか知らん。結局、アキューがやられてしまうことが多く、彼はだんだん方針を変更し、大抵の場合は目を怒らせて睨んだ。
ところが、この土木主義を採用してから、未曾有の暇人は、いよいよつけやがって彼を殴り者にした。
ちょっと彼の顔を見ると、彼らはわざとおったまげて、
おや、明るくなってきたよ。
アキューはいつもの通り目を怒らせて睨むと、彼らは一向平気で、
あ、と思ったら空気ランプがここにある。
アハハハハ、と皆は一緒になって笑った。
すると顔が葛藤して火照りだしかなりの痛みを感じたが心はかえって落ち着いてきた。
撃ったのはまさに自分に違いないが撃たれたのはもう一人の自分のようでもあった。
想像するうちに自分が人を撃っているような気持ちになった。
やっぱり幾らか火照りには違いないが心は十分満足して勝ち誇って横になった。
彼は眠ってしまった。
第三章 俗 優勝旗略
それはそうと阿久はいつも勝っていたが名前が売れ出したのは張旦那の御長尺を受けてからのことだ。
彼は二百文の酒手を村役人に渡してしまうとぷんぷん腹を立てて寝転んだ。
あとで思いついた。
今の世界は話にならん。
せがれが親父を討つ。
そこでふと張旦那の威風を思い出しそれが現在自分のせがれだと思うと我ながら嬉しくなった。
彼が急に起き上がって若子家の墓参りという歌を歌いながら酒屋へ行った。
この時こそ彼は張旦那よりも一段上手の人物になりすましていたのだ。
へんてこなこったがそれからというものは果たしてみんながことのほか彼を尊敬するようになった。
これは阿久としては自分が張旦那の父親になりすましているのだから当然のことであるが本当のところはそうでなかった。
未曾有のしきたりでは阿七が八を討つようなことがあってもあるいは李氏が張さんを討ってもそんなことはもとより問題にならない。
ぜひとも名の知れた人、例えば張旦那のような人と交渉があってこそ初めて彼らの口の葉にかかるのだ。
いっぺん口の葉にかかれば打っても評判になるし打たれてもそのおかげさまで評判になるのだ。
阿久の思い違いなどもちろんどうでもいいのだ。そのわけは。
つまり張旦那に間違いのあるはずはなく阿久に間違いがあるのになぜみんなはことのほか彼を尊敬するようになったか。
これはべらぼうな話だがよく考えると阿久は張旦那の本家だと言って打られたんだからひょっとしてそれが本当だったら彼を尊敬するのは至極本当の話で全くそれに越したことはない。
でなければ差のような意味があるかもしれない。
性病の中のお供え物のように阿久は徐陽と同様の畜生であるが一旦成人のお手がつくと学者先生なかなかそれを粗末にしない。
阿久はそれからというものはずいぶん長いこと祝っていた。
ある年の春であった。
彼はほろよい期限で街中を歩いていると陰の下の日あたりにワンウーが物肌ぬいで白目をとっているのを見た。
たちまち感じて彼も体がむずがやくなった。
このワンウーはハゲ傘でもある上にひげをじじむさく伸ばしていた。
阿久はハゲ傘の一点は土外に置いているが、とにかく彼を非常に馬鹿にしていた。
阿久の考えでは他に別格変わったところもないがその顎に絡まるひげは実にすこぶる珍妙なもので見られたざまじゃないと思った。
そこで彼はそばへ行って並んで座った。
これがもし他の人なら阿久はもちろん滅多に座るはずはないが、ワンウーの前では何の遠慮がいるものか正直なところ阿久が座ったのはつまり彼を持ち上げたてまつったのだ。
阿久は破れ合わせを脱ぎ下ろして一度ひっくら返して調べてみた。
洗ったばかりなんだがやはり存在なのかもしれない。
長いことかかって三つ四つ捕まえた。
彼はワンウーを見ると一つまた一つ二つ三つと口の中に放り込んでピチピチパチパチと噛みつぶした。
阿久は最初失望して後では不平を起こした。
ワンウーなんて取るに足らねえ奴でもあんなにどっさり持っていやがる。
俺を見ろ。あるかねえかわかりやしねえ。
これはどうも大いに面目のねえこった。
彼はぜひとも大きな奴をひねり出そうと思ってあちこち探した。
しばらくたってやっと一つ捕まえたのは中くらいの奴で、
彼は恨めしそうに厚い唇の中に押し込み、やけに噛みつぶすとパチリと音がしたが、ワンウーの響きには及ばなかった。
彼はハゲ傘の一つ一つをみな赤くして着物を地上に突っ放しぺっと唾を吐いた。
このけむしめ。
やいかさかき。てめえは誰の悪口を言うんだ。
ワンウーは目を上げて下げ澄みながら言った。
アキューは近頃割合に人の尊敬を受け、自分もいささか傲慢ちきになっているが、
いつもやり合う人たちの面を見るとやはり心がおくれてしまう。
ところが今度に限って非常な勢いだ。
なんだこんなヒゲだらけの白者が生意気言ってやがるとばかりに、
誰のことかオロラは知らねえ。
アキューは立ち上がって両手を腰の間に支えた。
この野郎骨が痒くなったな。
ワンウーも立ち上がって着物を着た。
相手が逃げ出すかと思ったら掴みかかってきたので、アキューは原骨を固めて一つきくれた。
その原骨がまだ向こうの体に届かないうちに腕を抑えられ、アキューはヨロヨロと腰を浮かした。
ねじつけられたベンツは、
間垣の方へと引っ張られて行って、いつもの通りそこで鉢合わせが始まるのだ。
君子は口を動かして手を動かさず、とアキューは首をゆがめながら言った。
ワンウーは君子でないと見え、遠慮えしゃくもなく彼の頭を五つほど壁にぶっつけて、
力任せに突っ放すとアキューはフラフラと六尺余り遠ざかった。
そこでヒゲは大いに満足して立ち去った。
アキューの記憶では、おおかたこれは生まれて初めての屈辱と言ってもいい。
ワンウーは顎に絡まるヒゲの欠点で、前からアキューに侮られていたが、アキューを侮ったことはなかった。
むろん手出しなどできるはずのものではなかったが、ところが現在ついに手出しをしたから妙だ。
まさか世間の噂のように皇帝が東洋史見をやめて秀才も巨人も不要になり、
それで長家の威風が源自、それで彼らもアキューに対して見下すようになったのか、そんなことはありそうにも思われない。
アキューは呼んどころなく佇んだ。
遠くの方から歩いてきた一人は彼の真正面に向かっていた。
これもアキューの大嫌いの一人で、すなわち先旦那の僧侶の息子だ。
彼は以前城内の野曽学校に通学していたが、なぜか知らん、また日本へ行った。
半年後で彼が家に帰ってきたときには膝がまっすぐになり、頭の上のベンツがなくなっていた。
彼の母親は大泣きに泣いて、十幾幕も終端歯を見せた。
彼の祖母は三度井戸へ飛び込んで三度引き上げられた。
後で彼の母親は至る所で説明した。
あのベンツは悪い人から先に盛りつぶされて切り取られたんです。
本来あれがあればこそ退官になれるんですが、今となっては仕方がありません。
長く延びるのを待つばかりです。
さあはいえ、アキューは承知せず、一途に彼を
二世血統、外国人の犬と思い込み、彼を見るたんびに腹の中で罵りにくんだ。
アキューが最も忌み嫌ったのは彼の一本の魔害ベンツだ。
魔害モウと来ては、それこそ人間の資格がない。
彼の祖母が四度目の闘心をしなかったのは善良の女でないとアキューは思った。
その二世血統が今近づいてきた。
ハゲ・ロ
アキューは今まで腹の中で罵るだけで口へ出していったことはなかったが、今度は正義の行き通りでもあるし、復讐の観念もあったから、思わず知らず出てしまった。
こういう人があった。
勝利者というものは、相手が虎のような、鷹のようなものであれかしと願い、
それでこそ彼は初めて勝利の歓喜を感じるのだ。
もし相手が羊のようなものだったら、彼はかえって勝利の無量を感じる。
また、勝利者というものは、一切を征服した後で、死ぬ者は死に、くたる者は下って、
新生、後世、共死罪、死罪、というような状態になると、
彼は敵がなくなり、相手がなくなり、友達がなくなり、
たった一人上にいる自分だけが別物になって、
すさまじく寂しく、かえって勝利者の悲哀を感じる。
ところが、我が阿宮においては、このような欠乏はなかった。
ひょっとするとこれは、支那の精神文明が全球第一である一つの証拠かもしれない。
見たまえ、彼はフラリフラリと今にも飛び出しそうな様子だ。
しかしながら、このひとたびの勝利が、いささか異様な変化を狩りに与えた。
彼はしばらくの間、フラリフラリと飛んでいたが、やがてまたフラリとお稲荷様に入った。
常、例によるとすぐそこで横になっていびきをかくんだが、どうしたものか傍に限って少しも眠れない。
我は自分の親指と人差し指がいつもより大層脂切って変な感じがした。
若い天の顔の上の脂が彼の指先に粘りついたのかもしれない。
それともまた彼の指先が天の面の皮に擦られて滑っこくなったのかもしれない。
阿宮のバチ当たりめ、お前の四次は絶えてしまうぞ。
阿宮の耳たぶの中にはこの声が確かに聞こえていた。
彼はそう思った。
ちげねえ。ひとりの女があればこそだ。
子が与え、孫が与えてしまった死んだ後でひとあんのご飯を備えるものがない。
ひとりの女があればこそだ。
一体、不幸には三つの種類があって、後継ぎがないのが一番悪い。
その上、無縁ぼとけの日干し、これもまた人生の一大悲哀だ。
だから彼もそう考えて、実際どれもこれも政権の教えに合致していることをやったんだが、
ただ惜しいことに、後になってから心の駒を引き締めることができなかった。
女、女、と彼は思った。
和尚、陽気は動く。女、女、女、と彼は思った。
我々はその晩いつ自分になって、阿宮がようやくいびきをかいたかを知ることはできないが、
とにかくそれからというものは、彼の指先に女の脂がこびりついて、どうしても女を思わずにはいられなかった。
たったこれだけでも、女というものは人に害を与える代物だと知ればいい。
支那の男は本来、大抵みな政権となる資格があるが、惜しいかな、大抵みな女のために壊されてしまう。
昭は脱旗のために騒動が持ち上がった。
周は宝珠のために破壊された。
神。公然歴史に出ていないが、女のために神は破壊されたと言っても大して間違いはあるまい。
そして唐卓は天禅のために確実に殺された。
阿宮は本来正しい人だ。我々は彼がどんな師匠について教えを受けたか知らないが、
彼は普段男女の区別を厳守し、かつまた異端を排斥する正規があった。
例えば、天、二世傑党の類。
彼の学説では全ての天は和尚と失踪している。
女が外へ出れば必ず男を誘惑しようと思う。
男と女と話をすればきっとろくなことはない。
彼は彼らを懲らしめる考えで、おりおり目を怒らせて眺め、
あるいは大声をあげて彼らの迷いを覚まし、あるいは三日以上に小石を投げ込むこともある。
ところが彼は三十になって、ついに若い天に悩まされてフラフラになった。
このフラフラの精神は霊教上から言うと決して良くないものである。
だから女は死に憎むべきものだ。
もし天の顔が脂切っていなかったら、秋は見せられずに済んだろう。
もし天の顔に覆面がかかっていたら、秋は見せられずに済んだろう。
彼は五六年前、舞台の下の人混みの中で一度ある女のまたぐらに足を挟まれたが、
幸いズボンを隔てていたのでフラフラになるようなことはなかった。
ところが今度の若い天は決してそうではなかった。
これを見てもいかに異端の憎むべき顔を知るべし。
彼は、「こいつはきっと男を連れ出すわえ。」
と思うような女に対していつも注意して見ていたが、
彼女は決して彼に向かって笑いもしなかった。
彼は自分と話をする女の言葉をいつも注意して聞いていたが、
彼女は決して艶っぽい話を持ち出さなかった。
おお、これが女の憎むべき点だ。
彼らは皆偽道徳を着ていた。
そう思いながら秋は、女、女、と思った。
その日、秋は町旦那の家で一日米をついた。
晩飯が済んでしまうと台所で煙草を吸った。
これがもし他の家なら晩飯が済んでしまうとすぐに帰るのだが、町家は晩飯が早い。
条例によるとこの場合転倒を許さず飯が済むとすぐ寝てしまうのだが、
端なくもまた二三の例外があった。
その一は町旦那がまだ秀才に入らぬ頃、明かりを点じて文章を読むことを許された。
その二は秋が日当に来るときは明かりを点じて米つくことを許された。
この例外の第二によって秋が米つきに着手する前に台所で煙草を吸っていたのだ。
ウーマは町家のうちでたった一人の女僕であった。
貞子ばちは笑ってしまうと彼女もまた腰掛けの上に座して秋と無駄話をした。
奥さんは今日で二日ご飯をあがらないのですよ。
だから旦那は小さいのを一人買おうと思っているんです。
女、ウーマ、このちびごけ、と秋は思った。
うちの若奥さんは八月になると赤ちゃんが生まれるの。
女、と秋は思った。
秋は着せりを置いて立ち上がった。
うちの若奥さんは、とウーマはまだしゃべっていた。
俺とお前と寝よう。
ん?俺とお前と寝よう。
秋はたちまち共用と出かけ彼女に対してひざまずいた。
ひと刹那。極めて心感としていた。
ウーマはしばらく真意に打たれていたが、やがてガタガタ震え出した。
あれ?
彼女は大声あげて外へ駆け出し、駆け出しながらどなっていたが、だんだんそれが泣き声に変わってきた。
秋は壁に向かってきざし、これも真意に打たれていたが、このとき両手をついて武将らしく腰をあげ、
いささか泡を食ったような手でドギマギしながら帯の間に着せるを差し込み、
これから込みつきに行こうかどうしようかとまごまごしているところへ、ポカリとひとつ太いものが頭の上から落ちてきた。
彼ははっとして身を転じると、秋鞘は竹の棒切れを持って行く手をふさいだ。
貴様は無言を起こしたな。これ、こんちくしょう。
竹の棒はまた彼に向かって振り下ろされた。
彼は両手をあげて頭を抱えた。
当たったところはちょうど指の節の真上で、それこそ本当に痛く夢中になって台所を飛び出し、門を出るときまたひとつ背中の上をどやされた。
ワンパダン
後ろのほうで秋鞘が緩和を用いて罵る声が聞こえた。
秋鞘は米つき場に駆け込んでひとり突っ立っていると、指先の痛みはまだ止まず、それにまたワンパダンという言葉が妙に頭に残って薄く見悪く感じた。
この言葉は未曾有の田舎者はかつて使ったことがなく、もっぱら親父のおれき力が持ち得るもので印象がことのほか深く、
彼の女という思想など急にどこかへ吹っ飛んでしまった。
しかしぶったたかれてしまえば事件が落着して何のさわりがないのだからすぐに手を動かして米をつき始め、しばらくついていると体が熱くなってきたので手を休めて着物を脱いだ。
着物を脱ぎ下ろしたとき外のほうが大変騒々しくなってきた。
秋鞘は自体にぎやかなことが好きで、声を聞くとすぐに声のあるほうへ駆け出していった。
だんだんそばへ行ってみると町旦那の庭内で黄昏の中ではあるが大勢集まっている人の顔の見分けもできた。
まず目につくのは町家の内住の者と二日もご飯を食べないでいる若奥さんの顔も見えた。
ほかに隣の数七層や本当の本家の町白岩、町志進などもいた。
若奥さんは下部屋からちょうど雄馬を引っ張り出してきたところで、
お前はよそから来たもんだ。自分の部屋に引き込んではいけない。
数七層もそばから口を出し、
誰だってお前の血迫を知らない者はありません。決して気短なことをしてはいけません。と言った。
雄馬はひた泣きに泣いて、何か言っていたが聞き取れなかった。
阿久は思った。
ふん、面白い。このちびごけが、どんな悪戯をするか知らんて。
彼は立撃しようと思って町志進のそばまで行くと、町旦那は大きな竹の棒を持って彼をめがけて飛び出してきた。
阿久は竹の棒を見ると、この騒動が自分が前に撃たれたことと関係があるんだと勘づいて、急に米つき場に逃げ帰ろうとしたが、竹の棒は意地悪く彼の行く手を遮った。
そこで自然の悩み気に任せて裏門から逃げ出し、ちょっとの間に彼はもうお稲荷様の宮の中にいた。
阿久は育っていると肌が泡立ってきた。
彼は冷たく感じたのだ。春とはいえ、夜になると残りの寒さが身に染み、裸でいられるものではない。
彼は町家に置いてきた上着がつくづく欲しくなったが、取りに行けば秀才の恐ろしい竹の棒がある。
走行しているうちに村役人が入ってきた。
阿久、お前のお袋のようなもんだぜ。
町家の者にお前がふざけたのは、つまり目上を犯したんだ。
おかげで、俺は夕べ寝ることができなかった。
お前のお袋のようなもんだぜ。
そうしてあの破れ上着の大半は若奥さんが八月生んだ赤ん坊のおしめになって、その切りくずはウーマの靴底に使われた。
第5章 生計問題
阿久はお礼をすまして元のお宮に帰ってくると太陽は降りてしまい、だんだん世の中が変になってきた。
彼はいちいち思い合わせた結果ついに悟るところがあった。
その原因はつまり自分の裸にあるので、彼は破れ合わせがまだ一枚残っていることを思い出し、
それを引っ掛けて横になって目を開けてみると太陽はまだ西の間掻きを照らしているのだ。
彼は起き上がりながら、「お袋のようなものだ。」と言ってみた。
彼はそれからまたいつものように町に出て遊んだ。
羅釈の身を着るような辛さはないが、だんだん世の中が変に感じてきた。
何か知らんが未曹の女はその日から彼を気に悪がった。
彼らは阿久を見ると皆門の中へ逃げ込んだ。
極端なことには五十に近い数七層まで人の後について滑り込み、その上十一になる女の子を呼び入れた。
阿久は不思議でたまらない。
こいつらはどれもこれもお嬢さんのような品していやがる。
なんだ、バイタメ。
阿久はこらえきれなくなっておなじみの家に行って探りを入れた。
ただし町家の仕切りだけはまたぐことができない。
何しろ様子がすこぶる変なので、どこでもきっと男が出てきてうるさそうな顔つきを見せ、まるで小敷を追っ払うような体裁で、
ないよないよ、向こうへ行ってくれ、と手を振った。
阿久はいよいよ不思議に感じた。
この辺の家は前から手伝いがいるはずなんだが、今急に暇になるわけがない。
これはきっと何か曰くがあるはずだと気をつけてみると、彼らは用のある時には小鈍を呼んでいた。
この小鈍はごくごくみすぼらしい奴で、やせをとろえていた。
阿久の目から見ると、わうんよりも劣っている。
ところがこの小アッパ目がついに阿久のメシワンをとってしまったんだから、阿久の怒り尋常一応のものではない。
彼はプンプンしながら歩き出した。
そしてたちまち手を挙げて唸った。
鉄のムチでてめえをひっぱたくぞ。
幾日かの後で、彼はついに戦俘の障壁、ついたての壁の前で小鈍にめくりあった。
畠の出会いは格別はっきり見えるもので、彼はずかずか小鈍の前に行くと小鈍も立ち止まった。
「ちくしょう。」阿久は目に角を立て、口の端へ泡をふき出した。
「俺は虫けらだよ。いいじゃねえか。」と小鈍は言った。
下手に出られて阿久はかえって腹を立てた。
彼の手には鉄のムチがなかった。
そこでただ殴るよりしようがなかった。
彼は手を伸ばして小鈍のベンツをひっつかむと、小鈍は片っぽの手で自分の弁根を守り、片っぽの手で阿久のベンツをつかんだ。
阿久もまた相手のほうの手で自分の弁根を守った。
以前の阿久の勢いを見ると小鈍など問題にもならないが、近頃彼は飢餓のため野菜をとろえているのでゴブゴブの取り組みとなった。
四つの手は二つの頭をひっつかんで双方腰を曲げ、半時間の日差しきりにわたって、戦俘の白壁の上に一組の藍色の虹形を演出した。
「いいよいいよ。見ていた人たちは大方仲裁するつもりで言ったのであろう。」
「よしよし。見ている人たちは仲裁するのか褒めるのか、それともおだてるのか知らん。」
それはそうと二人は人のことなど耳にも入らなかった。阿久が散歩進むと小鈍は散歩し続き、ついに二人とも突っ立った。
小鈍が散歩進むと阿久は散歩し続き、ついにまた二人とも突っ立った。およそ半時間。
ミソウには時計がないからはっきりしたことは言えない。あるいは二十分かもしれない。
彼らの頭はいずれも埃がかかって額の上には汗が流れていた。そうして阿久が手を離した間際に小鈍も手を離した。
同じ時に立ち上がって同じ時に身を引いてどちらも人込みの中に入った。
「覚えてろバカ野郎。」阿久は言った。
「バカ野郎、覚えてろ。」小鈍もまた振り向いて行った。
この一幕の流行図は全く勝敗がないと言ってもいいくらいのものだが、見物には満足したか知らん。誰も何とも批評するものもない。
そうして阿久は依然として仕事に頼まれなかった。
ある日非常に暖かで風がそよそよと吹いてだいぶ夏らしくなってきたが、阿久はかえって寒さを感じた。しかしこれにはいろいろな訳がある。
第一腹が減って布団も帽子も上着もないのだ。今度綿入れを売ってしまうとズボンは残っているがこればかりは脱ぐわけにはいかない。
破れ合わせが一枚あるがこれも人にやれば靴底の資料になっても決してお金にはならない。
彼は往来でお金を拾う予定で、塔から心がけていたがまだめっからない。家の中を見回したところで何一つない。彼はついに表へ出て職を求めた。
彼は往来を歩きながら職を求めなければならない。見慣れた酒屋を見て見慣れたマントウを見てずんずん通り越した。
立ち止まりもしなければ欲しいとも思わなかった。彼の求むるものはこのようなものではなかった。彼の求むるものは何だろう。彼自身も知らなかった。
ミソウはもとより大きな村でもないから場もなく行き尽くしてしまった。村外れは大抵水田であった。
見出す限りの新入れの若葉の中にいくつか丸型の活動の黒点が挟まれているのはタオ、タガヤス農夫であった。
アキューはこの殿下の楽しみを干渉せずにひたすら歩いた。
彼は直角的に彼の職を求める道はこんなまだるっこいことではいけないと思ったから彼はついに青州庵の垣根の外へ行った。
いおりの周りは水田であった。白壁が新緑の中に突き出していた。
後ろの低い垣の中に菜畑があった。
アキューはしばらくためらっていたが、あたりを見ると誰も見えない。
そこで低い垣を這い上がって花臭の蔓を引っ張るとザラザラと泥が落ちた。
アキューは震える足を踏みしめて桑の木によじ登り旗中へ飛び降りるとそこは茂りに茂っていたがラオチもマントウも食べられそうなものは一つもない。
西の垣根の方は竹葉部で下にたくさん竹の子が生えていたが、あいにく生で役に立たない。
そのほか菜種があったが実を結びカラシナは花が咲いて青菜は伸びすぎていた。
アキューは試験に落題した文童のような言われなき屈辱を感じてぶらぶら縁門のそばまで来るとたちまち非常な喜びとなった。
これは明らかに大根畑だ。
彼がしゃかんで抜き取ったのは一つごく丸いものであったがすぐに身をかかめて帰ってきた。
これは確かにアマッチョのものだ。
アマッチョなんてものはアキューとしては若草のクズのように思っているが、世の中のことは一歩退いて考えなければならん。
だから彼は早速さに四つの大根を引き抜いて葉をむしり捨て着物の下前のお腹にしまい込んだが、そのときもうババのアマは見つけていた。
オミドウ、お前は何だってここへ入ってきたの。大根を盗んだね。
まあ呆れた。罪作りの男だねオミドウ。
お、俺はいつお前の大根を盗んだい?アキューは歩きながら言った。
それそれ、それで盗まないと言うのかい?とアマはアキューのふところを指した。
これはお前のもんかい?大根に返事をさせることができるかいお前。
アキューはいいもん終わらぬうちに足を持ち上げて駆け出した。
追っかけてきたのは一つのすくぶる左の黒いので、これはいつも表紋の番をしているのだが、なぜか知らん今日は裏紋に来ていた。
黒いのはわんわん追いついてきて、あわやアキューのもむに噛みつきそうになったが、幸い着物の中から一つの大根がころげ落ちたので犬は驚いて飛びし去った。
アキューは早くも桑の木にかじりつき土塀をまたいだ。人も大根もみな柿の外へころげ出した。犬は取り残されて桑の木に向かって吠えた。アマは念仏をまおした。
アマが犬をけしかけやせぬかと思ったらアキューは大根を拾うついでに小石をかけ集めたが犬は追いかけても来なかった。
そこで彼は石を投げ捨て歩きながら大根をかじってこの村もいよいよだめだ城内に行くほうがいいと思った。大根を三本食ってしまうと彼はすでに城内行きを決行した。
第六章 忠孝から末路へ
アキューが再び未曽にあらわれたときは、その年の中秋節が過ぎ去ったばかりのときだ。人々はみなおったまげてアキューが帰ってきたといった。
けれどアキューの言うことには彼はもう言ってやる気はない。
この巨人旦那は実に非常な馬鹿者だ。
この話を聞いた者は皆嘆息して嬉しがった。
アキューは巨人旦那の家で働くような人ではないが働かないのも惜しいことだ。
アキューの話で見ると彼が帰ってきたのは城内の人が気に入らぬからであるらしい。
これはつまり、ちゃんてん、長生魚を上天ということや、
ネギの糸切りを魚の中に入れたり、
その上近頃見つけ出した欠点は女の歩き方が嫌にねじれて鼻肌良くない。
しかしまた大いに軽複すべき方面もある。
早い話が未曽の田舎者は32枚の竹灰、灰の芽の2面を持って成り立った灰を打つだけのことでマージャンをしている者は偽家等だけであるが、
城内では小さなガキまでが皆よく知っている。
何だって偽家等が城内の10歳そこそこの子供の手の中に入ってしまうのか。
これこそコウニがエンマ様と同種格で会見するようなもので、引けば赤面のいたりだ。
「てめえたちは首切りを見たことがあるめえ。」とアキューは言った。
「ふん、見てくれ。革命党を殺すなんて面白いもんだぜ。」
彼は首を振ると、ちょうど真ん中にいた超四神の顔の上に椿が跳ねかかった。
この一言に皆の者はゾッとした。
だが、アキューは一向平気で辺りを見回し、たちまち右手を挙げて、
織から首を伸ばして利き掘れているワンウーの凡の窪をめがけて打ち下ろした。
ピシャリ。
ワンウーは驚いて飛び上がり、イラズマのような速力で首を縮めた。
見ていた人達は気味悪くもあり、おかしくもあった。
それからという者は、ワンウーのバカ野郎をずいぶん長い間アキューの側へは近寄らなかった。
他の人達もまた同じようであった。
アキューはこの時、ミソの人の目の中の見当では、長旦那以上には見えないが、
大抵オツカツの偉さくらいに思われていたといっても、さしたる語弊はなかろう。
走行するうちに、このアキューの評案は、たちまちミソの女部屋の奥に伝わった。
ミソでは、セン、チョウ両家だけが大家で、その他は大抵奥行きが浅かった。
けれども、女部屋はつまり女部屋であるから一つの不思議と言ってもいい。
女どもは夜と触るときっとその話をした。
数七層がアキューのところから買った一枚のオナンドギヌの袴は古いには違いないが、たった九十銭だった。
チョウハクガンの母親も。
遺説にはチョウシシンの母親だということだが、それはどうか知らん。
彼女もまた一枚の子供用の真っ赤なガス織りのひと絵物を買ったが、
まだちょっと手を通したばかりのものが、たった三百台銭の九十二冊であった。
そこで彼らは目を皿のようにしてアキューを見た。
キヌバカマがないときにはキヌバカマの出物はないかと彼に尋ねてみたく思った。
ガス織りのひと絵が欲しいときにはガス織りのひと絵の出物はないかと彼に尋ねてみたくなった。
今度はアキューを見ても逃げ込まないで、かえってアキューの後を追いかけて袖を引き止めた。
アキュー、お前はもっと他にキヌバカマを持っているだろう?
え?ないって?私はひと絵物も欲しいんだよ。あるだろう?
あとではこのようなことが橋近い女部屋からついに奥深い女部屋に伝わった。
数七層は嬉しさのあまり、彼のキヌバカマを張太太のところへ持って行ってお見聞きを願った。
張太太はまたこれを張旦那に告げて一時スコブル真面目になって話をしたので、張旦那は晩餐の宅上、秀才旦那息子と討論した。
アキューは全くどうも少し怪しい。
我々の閉まりもこれから注意しなければならんが、しかし彼の品物でまだ買ってやっていいようなものがあるかもしれないと思った。
つとに張旦那は値段が安くて品物がいい革の袖なしが欲しいと思っていたときだから、ついに家族は決議して、数七層に頼んでアキューをすぐに呼んでこいと言った。
かつ、これがために第三の例外を開いて、この晩、特にしばらく明かりをつけることを許された。
油は残り少なくなったが、アキューはまだ到着しなかった。
張家のうちの者は皆待ち焦がれて、あくびをしてアキューの気まぐれを恨み、数七層のぐーたらを恨んだ。
張太太は春の一見があるので来ないかもしれないと心配したが、張旦那はそんなことはない。俺が呼べばきっと来ると思った。
果たして張旦那の見識は高かった。
アキューは結局数七層の後へついてきた。
この人はただないないとばかし言っているんですが、そんなら直に話してくれと私は言ったんです。
彼は何とか言うに違いありません。
私も言います。
数七層は息を弾ませていた。
旦那。
アキューはうす笑いしながらのぎ下に立っていた。
アキュー、お前だいぶお金をおもうけてきたという話だが、
と、張旦那はそろそろ近寄ってアキューの全身を目分量した。
何しろ結構なこった。
そこで、噂によるとお前は古着をたくさん持っているそうだが、ここへ持ってきてみせるがいい。他でもない。俺も欲しいと思っているんだ。
数七層にも話した通りですが、みんな売り切れました。
あ、売り切れた。
旦那の声は調子が外れた。
どうしてそんなに早く売り切れたんだ。
あれは友達のもんで、品数もあんまり多くはないんですが、少しばかり分けてやったんです。
うーん、そんなこと言ってもまだいくらかあるに違いない。
たった一枚、幕が残っております。
幕でもいいから持ってきてお見せ。
と、張太太は慌てて言った。
そんなものは明日でもいいや。
張旦那はさほど熱心でもなかった。
アキュー、これから何でも品物があるときにはまず俺のところへ持ってきてみせるんだぞ。
値段は決して他のうちより少なく出すことはない。
秀才は言った。
秀才の奥さんはちらりとアキューの顔を見て、彼が感動したかどうかを伺った。
私は革の袖なしが一枚欲しいんだが、と張太太は言った。
アキューは横たくしながらも不祥不祥に出ていったから気に留めているかどうか知らん。
これは張旦那を非常に失望させ、腹が立って気がかりであくびが止まってしまうくらいであった。
秀才旦那もアキューの態度に非常な不平を抱き、このワンパダン警戒する必要がある。
いっそ村役人に言いつけてこの村に置かないことにしてやろうと言ったが、張旦那はそれは良くないことだと思った。
そうすれば恨みを受けることになる。
まして、ああいうことをする奴は大概置いてある鷹は巣の下の物を食わないのだからこの村ではさほど心配するには及ぶまい。
ただ自分の家だけ夜の閉じまりを少々厳重にしておけばいい。
秀才もこの提訓には非常に関心してすぐにアキュー追放の定義を撤回し、またスー七層にも言いひくめて決してこのようなことを人に漏らしてくれるなと言った。
けれどスー七層は次の日も、あの相馬鴨を黒色に染めかえてアキューの疑うべき不死を言いふらして歩いた。
確かに彼女は秀才のアキュー駆逐の一説を持ち出せなかったが、これだけでもアキューにとっては非常に不利益であった。
真っ先に村役人が訪ねてきて彼の幕を奪った。
アキューは張太太に見せる約束をしたと言ったが、村役人はそれを返しもせずに、なお毎月何ほどか付け届けをしろと言った。
それから村の人も彼に対してたちまち顔つきを改めた。
粗略なことはするわけもないが、かえってはなはな遠ざかる気分があった。
この気分は前に彼が酒屋の中でピシャリと言った時の警戒とは別種のものであった。
軽して遠ざかるような分子がずいぶん大混じっていた。
暇人の中にはアキューの奥底をねほりはほり探究するものがあった。
アキューは包まず隠さず自慢らしく彼の経験談を話した。
アキューは小さな馬の足に過ぎなかった。
彼は柿の上に上がることもできなければ穴の中に潜ることもできなかった。
ただ外に立って品物を受け取った。
ある晩、彼は一つの包みを受け取って相棒がもう一度入ると間もなく中で大騒ぎが始まった。
彼はお漬けを振るって逃げ出し、夜通し歩いてついに城壁を乗り越え未曽に帰ってきた。
彼はこんなことは二度とするものではないと誓った。
この弁明はアキューにとっては一層不利益であった。
村の人のアキューに対して決して遠ざかるものは仕返しが怖いからだ。
ところが彼はこれから二度と泥棒をしない泥棒に過ぎないのだ。
彼はやっぱり腹が減っていた。
彼は何かを思っていながら思い出すことができなかった。
たちまち何か決まりがついたような風でのそりのそりと大股に歩き出した。
そしてうやむやのうちに青州庵に着いた。
庵は春の時と同じような静けさであった。
白壁と黒門。
彼はちょっと支援して前へ行って門をたたいた。
一匹の犬が中で吠えた。
彼は急いで瓦のかけらを拾い上げ、もう一度前へ行って今度は力任せにぶったたいて
黒門の上にいくつもアバターができた時、ようやく人の出てくる足音がした。
秋は慌てて瓦を持ち直し、馬のように足を踏ん張って黒犬と回線の準備をした。
だが庵門はただ一筋の隙間を開けたのみで黒犬が飛び出すことはないと見たので近寄って行くとそこに一人の老いたる天がいた。
お前はまた来たのか。何の用だえ?と天は呆れ返っていた。
「革命だぞ。てめえ、知ってるか?」と秋は口籠った。
「革命、革命と言いながら、革命は一変すんだよ。お前たちは何度だってそんな騒ぎをするんだえ?」天は目の不調を隠しながら言った。
「何だと?」秋は胃ぶかった。
「お前はまだ知らないのだね。あの人たちはもう革命を済ましたよ。」
「誰だ?」秋はさらに胃ぶかった。
秋災とニセケトウザ
秋は意外のことにぶつかってわけもなく面食った。天は彼の出花をへし折ってすかさず門を閉めた。秋はすぐに押し返したが固くしまっていた。もう一度叩いてみたが返事もしない。これもやっぱりその日の午前中の出来事だった。
木を見るに微になる超秋災は革命党が城内に入ったと聞いてすぐにベンツを頭の上に巻き込み、今までずっと中原で通したあの千家党のところへご機嫌うかがいに行った。
これは皆共にこれ新たなりの時であるから彼らは話が弾んで立ちどころに上位統合の同士となり互いに総役して革命に当じた。
彼らはいろいろ思い回してやっと思い出したのは青州庵の中の皇帝万歳万万歳の一つの流派だ。これこそすぐにも獲得すべきものと思ったから二人は時を失さず青州庵に行くと老いてる天が邪魔をしたので彼は天を満州政府とみなし頭の上に少なからざる金棒と鉄剣を加えた。
天は彼らが帰った後で気を沈めてよく見ると流派はすでに砕けて地上に横たわっているのはもっともだが観音様の前にあった一つの銭徳炉が見当たらないのが不思議だ。
秋は後でこのことを聞いてすこぶる自分の朝寝坊を悔やんだ。とにしても彼らが秋を誘わなかったのはきっかい旋盤である。秋は一歩退いて考えた。
彼らが今まで知らずにいるはずはない。秋はすでに革命党に当じているのじゃないか。
第八章 革命を許さず
未信の人心は日々に安静になり、噂によれば革命党は城内に入ったが何も格別変わったことがない。
四賢様はやっぱり元の位置にいて何か名目が変わっただけだ。
巨人牢屋は何になったか。これらの名目は未曹の人にはみなわからなかった。
女神が兵隊を連れてくることはこれも前からいつもあることで、格別不思議なことでもないが、ただ一つ恐ろしいのは他に幾らか不良分子が混じっていて内部の情乱を図っていることだ。
そして二言目には手を動かしてベンツを切った。
聞けば隣村の通い舟を出す七賢は途中で引きつかまって人間らしくないような体裁にされてしまったが、それさえ大した恐怖の数に入らない。
未曹の人は本来城内に行くことは少ないのに、たまたま行く用事があっても差し控えてしまうからこの危険にぶつかるものも少ない。
秋も城内にいて友達に会いたいと思っていたが、この話を聞くとやめなければならない。
だが未曹の人も改革なしでは済まされなかった。
行く日の後、ベンツを頭に巻き込むものが逐漸増加した。
手っ取り早く言うと一番最初がモサイコウだ。
その次が超四神と超白眼だ。
あとではアキュウだ。
これがもし夏ならば、ベンツを頭の上に巻き込み、あるいは一つの塊にするのはもとより何も珍しいことではないが、今は秋の暮れで、この特別の祭辞祭が行われたのはベンツを巻き込んだ連中にとっては非常な英談と言わなければならない。
未曹としてはこれもまた改革の一つでないということはできない。
超四神は頭の後ろを空坊主にして歩いた。
これを見た人は大きな声を出して言った。
ほう、革命党が来たぞ。
アキュウは非常に羨ましく思った。
彼は党から秀才がベンツを別れたというニュースを聞いていたが、自分がそのようなことをしていいかということについて少しも思い及ばなかった。
現在超四神がこうなってみると急に真似てみたくなって実行の決心を決めた。
彼は一本の竹橋にベンツを頭の上に輪がねしばらく躊躇っていたが思い切って外へ出た。
彼が往来に出ると人は皆彼を見るには見るが何も言わない。
アキュウは初め不快に感じて後になるとだんだん不平が講じてきた。
彼は近頃怒りっぽくなっていた。
実際彼の生活は文本前よりはよほどマシだ。
人は彼を見ると遠慮してどこの店でも現金はいらないという。
だがアキュウは結局少なからざる失望を感じた。
もう革命を済ましたのにこんなわけがないはずだ。
そうして一度衝動を見るといよいよ彼の着物革が爆発した。
衝動もまた頭の上にベンツを輪がねた。
しかもかつ明らかに一本の竹橋を刺していた。
アキュウはこんなことを彼がしでかそうと全く思いもやらぬことだった。
自分としてもまた彼がこのようなことをするのは決して許されない。
衝動は何者だろう。
アキュウはすぐにも衝動にひっつかんで彼の竹橋をねじ折り
彼のベンツをほかしてうんと横面をひっぱたいて
彼が青年月日の八時を忘れずるずるしくも革命党に入ってきた罪を
懲らしめてやりたくなってたまらなくなったが
結局それも多めに見てべっと唾を吐き出しただにがみつけていた。
この幾日の間場内に入ったのはニセケ党一人だけであった。
分別をしたくなって復讐の考えから立ち所にベンツを解き下ろそうとしたが、
それもまた遂にそのままにしておいた。
彼は夜になって遊びに出かけ、二杯の酒を借りて腹の中に飲み下ろすとだんだん元気がついてきて、
思想の中に白ハチマキ、白兜の欠片が出現した。
ある日のことであった。
彼は常例により夜更けまでうろつき回って酒屋が閉じまりをすることになってようやくお祈り様に帰ってきた。
パン、パン。
彼はたちまち異種異様な音声を聞いたが爆竹ではなかった。
一体彼はにぎやかなことが好きで、
くだらぬことに手出しをしたがるたちだからすぐに闇の中を探っていくと前の方にいささか足音がするようであった。
彼は利き耳立てていると、いきなり一人の男が向こうから逃げてきた。
彼はそれを見るとすぐに後について駆け出した。
その人が曲がるとアキューも曲がった。
曲がってしまうとその人は立ち止まった。
アキューもまた立ち止まった。
アキューは後ろを見ると何もなかった。
そこで前へ向かって人を見るとしょうどんであった。
なんだ。
アキューは不平を起こした。
ちょう、ちょうけがやられた。
略奪。
しょうどんは息をはずませていた。
アキューも胸がどきどきした。
しょうどんはそう言ってしまうと歩き出した。
アキューは一旦逃げ出したものの結局その道の仕事をやったことのある人だからことのほか度胸がすわった。
彼は道かとにいざり出て、じっと耳をすわして聞いているとなんだかざわざわしているようだった。
そこでまたじっと見すましていると白ハチマキ、白カブトの人が大勢いて、
次から次へと箱を持ち出し、器物を持ち出し、秀才夫人の忍法値台も持ち出したようでもあったがはっきりしなかった。
彼はもう少し前へ出ようとしたが両足が動かなかった。
その夜は月がなかった。
未曽は暗黒の中に包まれて、はなはなしんとしていた。
しんとしていて義行の頃のような大平であった。
秋は立っているうちにじれったくなってきたが、向こうではやはり前と同じように行ったり来たりしているらしく、
箱を持ち出したり器物を持ち出したり秀才夫人の忍法値台を持ち出したり。
持ち出したといっても彼は自分でいささか自分の目を信じなかった。
それでも一歩前へ出ようとはせず結局自分のお宮の中に帰ってきた。
お祝い様の中は一層真っ暗だった。
彼は大門をしっかり閉めて手探りで自分の部屋に入り横になって考えた。
こうして気を沈めて自分の思想の出どころを考えてみると、
白八幕、白兜の人は確かについたが決して自分を呼び出しには来なかった。
いろんないい石なものは運び出されたが自分の分け前はない。
これはまったく二世傑党が悪いのだ。
彼は俺に無謀を許さない。
無謀を許せば今度俺の分け前がないことはないじゃないか。
秋は思えば思うほどイライラしてこらえきれず、おもう様を恨んで独独しく罵った。
俺には無謀を許さないで自分だけが無謀をするんだな。
馬鹿、二世傑党。
よし、てめえが無謀をする。
無謀をすれば首がないぞ。
俺はどうしても訴え出てやる。
てめえが県内に引き回されて首のなくなるのを見てやるから覚えていろ。
一家一族皆殺しだ。
すぱりすぱり。
第九章 大断言
長家が略奪にあってから未曽の人は大抵みな小気味よく思いながら強行をきたした。
秋もまたいい気味だと思いながらないない恐れていると、よっかすぎての真夜中に彼はたちまち城内につまみ出された。
その時は真の闇夜で一隊の兵士と一隊の自衛団と一隊の警官と五人の探偵がこっそり未曽に到着して闇に乗じてお祈り様を囲み、門の真正面に機関銃を据えつけたが秋は出てこなかった。
しばらくの間様子が垣目知れないので彼らは焦らずにはいられなかった。
そこで二万銭の賞金をかけて二人の自衛団が危険を犯してやっとこさ垣根を越えて内外、相応じて一斉に侵入し秋をつまみ出してお宮の外の機関銃の左側に引き据えた。
その時彼はようやくはっきり目が覚めた。
城内に着いた時にはすでに正午であった。秋は自分で自分を見ると壊れかかった親父の中に引き回され五六遍曲がると一つの小屋があって彼はその中へ押し込められた。
彼はちょっとよろけたばかりで丸太を整列したもんが彼の後ろを閉じた。
その他の三方は切ったての壁でよく見ると部屋の隅にもう二人いた。
秋はずいぶんドキドキしたが決して非常な苦悶ではなかった。
それはお祈り様の彼の部屋はこの部屋よりも決して勝ることはなかったからだ。
そこにいた二人は田舎者らしくだんだん好意になって話してみると一人は巨人牢屋の戦線台に滞っていた古い地蔵の水帳であった。
もう一人は何残ったかよくわからなかった。
彼らは秋に訳を聞くと秋はおくめんなく答えた。
俺は無奮を起こそうと思ったからだ。
秋は午後から丸太の門の外へ引きずり出され大広間に行った。
正面の高いところにくりくり坊主の親父が一人挿していた。
秋はこの人は坊さんかも知れないと思って下の方を見ると兵隊が整列して両足に長い着物を着た人が十幾人も立っていた。
その中には胃がぐり坊主の親父もいるし、一尺ばかり紙を残して後ろの方にさばいていたニセケと鬼よく似た奴もあった。
彼らは皆同じような仏長面で目を怒らして秋を見た。
秋はこれはきっと折れ切り気に違いないと思ったから膝の関節が自然と緩んでベタリと地べたに膝をついた。
立って物を言え。膝をつくな。
と長い着物の一人は一声に怒鳴った。
秋は承知はしているがどうしても立っていることができない。
我知らず体が縮こまってその勢いに押されて挙句の果ては膝をついてしまう。
奴隷根性。
と長い着物を着た人は詐欺すんでいたようだが、その上立てても言わなかった。
お前は本当にやったんだろうな。
ひどい目に遭ううちに行ってしまえ。
俺はもう皆知っているぞ。
やったならそれでいい。話してやる。
とクリクリ坊主の親父は秋の顔を見つめて物柔らかにはっきり言った。
やったんだろう。
と長い着物を着た人も大声で言った。
私は塔から来ようと思っていたんです。
秋は訳も分からず一通り思い回してやっとこんな言葉を切れ切れに言った。
そんならなぜ来なかったの。
と親父はしんみりと聞いた。
偽家刀が許さなかったんです。
嘘をつけや。この場になってもう遅い。
お前の仲間は今どこにいる?
な、なんでです?
あの晩長家を襲った仲間だ。
あの人たちは私を呼びに来ません。
あの人たちは自分で運び出しました。
秋はその話が出るとふんふんした。
持ち出してどこへ行ったんだ。話せば許してやるよ。
親父はまたしんみりとなった。
私は知りません。
あの人たちは私を呼びに来ません。
そこで親父はめつかいをした。
秋はまた丸太格子の中に放りこもれた。
彼が二度目に同じ格子の中から引きずり出されたのは二日目の午前であった。
大広場の模様は源の通りで、紙座にはやはりクリクリ坊主の親父が挿して秋は相変わらず膝をついていた。
親父はしんみりと聞いた。
お前は他に何か言うことがあるか?
秋はちょっと考えてみたが別に言うこともないので、
ありません。と答えた。
そこで一人の長い着物を着た人は一枚の紙と一本の筆を持って秋の前に行き、
彼の手の中に筆を差し込もうとすると秋は非常におったまけて魂も身に沿わぬくらいに狼狽した。
彼の手が筆と関係したのは今度が初めてで、どう持っていいか全くわからない。
するとその一人は一箇所を指差して書き半の書き方を教えた。
私、私は字を知りません。
秋は筆をむんずと掴んで恥ずかしそうにおそるおそる言った。
では、おまねやりいいように丸でも一つ書くんだね。
秋は丸を書こうとしたが筆を持つ手が震えた。
そこでその人は彼のために紙を地上に敷いてあり、秋はうつぶしになって一生懸命に丸を書いた。
彼は人に笑われちゃ大変だと思って正確に丸を書こうとしたが、
憎むべき筆は重くガタガタ震えて丸の合わせ目まで漕ぎつけるとピンと外へ外れてウリのような格好になった。
秋は自分の筆記を恥ずかしく思っていると、その人は一向平気で紙と筆を持ち去り、
大勢の人は秋を引いて元の丸太格子の中に放り込んだ。
彼は丸太格子の中に入れられても格別大して苦にもしなかった。
彼はそう思った。
人間の世の中は大抵元から時によるとつまみ込まれたりつまみ出されたりすることもある。
時によると紙の上に丸を書かなければならぬこともある。
なが丸というものがあって丸くないことは彼の行いの一つの汚点だ。
しかしそれも間もなくわかってしまった。
孫子であればこそ丸いわが本当に書けるんだ。
そう思って彼は眠りについた。
ところがその晩巨人老爺はなかなか眠れなかった。
彼は章位殿と仲互いをした。
巨人老爺は造品の追従が何よりも肝心だと言った。
章位殿はまず第一に見せしめをすべしと言った。
章位殿は近頃一向巨人老爺を眼中に置かなかった。
机をたたき腰掛けを打って彼は解いた。
一人を槍玉にあげれば百人が注意する。
ねえ君、私が革命党を組織してからまだ二十日にもならないのに。
略奪事件が十何件もあって丸切り上がらない。
私の顔がどこに立つ?
罪人が上がっても君はまだぐずぐずしている。
これがうまくいかんと俺の責任になるんだよ。
巨人老爺は大いに急したがなお頑固に前説を誇示して造品の追従をしなければ彼は即刻民政の職務を辞任すると言った。
けれど松尉殿はびくともせず、
どうぞ、御随意なさいませ、と言った。
そこで巨人老爺はその晩とうとう満塵ともしなかったが、
翌日は幸い辞職もしなかった。
阿久が三度目に丸太郎氏からつまみ出された時には、
すなわち巨人老爺が寝つかれない晩の翌日の午前であった。
彼が大広間に来ると、
上席にはいつもの通りクリクリ坊主の親父が座っていた。
阿久もまたいつもの通り膝をついて下にいた。
親父はいとも年号に尋ねた。
お前はまだ他に何か言うことがあるかね。
阿久はちょっと考えたが、別に言うこともないので、
ありませんと答えた。
長い着物を着た人と短い着物を着た人が大勢いて、
たちまち彼に白肩金の袖なしを着せた。
上に字が書いてあった。
阿久ははなはだ心苦しく思った。
それは葬式の着物のようで、
葬式の着物を着るのは縁起がよくないからだ。
しかしそう思う間もなく彼は両手を縛られて
ずんずん親父の外で引きずり出された。
阿久は屋根なしの車の上に担ぎ上げられ、
短い着物の人が幾人も彼と同座して一緒にいた。
この車は立ちどころに動き始めた。
前には鉄砲を担いだ兵隊と自衛団が歩いていた。
両側には大勢の見物人が口を開き放して見ていた。
後ろはどうなっているか、阿久には見えなかった。
しかし突然感じたのは、
こいつはいけねえ、首を切られるんじゃねえか。
彼はそう思うと心が転倒して二つの目が暗くなり、
耳たぶの中がガーンとした。
気絶をしたようでもあったが、しかし全く気を失ったわけではない。
ある時は慌てたが、ある時はまたかえって落ち着いた。
彼は考えているうちに、人間の世の中はもともとこんなもんで、
時によると首を切られなければならないこともあるかもしれないと感じたらしかった。
彼はまた見覚えのある道を見た。
そこで少々変に思った。
なぜ押し置きに行かないのか。
彼は自分が引き回しになってみんなに見せしめられているのを知らなかった。
しかし知らしめたも同然だった。
彼はただ人間世界はもともと大抵こんなもんで、
時によると引き回しになってみんなに見せしめなければならないものであるかもしれないと思ったかもしれない。
彼は覚醒した。
これは回り道して押し置き場に行く道だ。
これはきっとズバリと首をはねられるんだ。
彼はがっかりしたあたりを見ると、まるで蟻のように人がついてきた。
そしてはからずも人混みの中に一人のウーマンを発見した。
ずいぶんしばらくだった。
彼女は城内で仕事をしていたのだ。
彼はたちまち非常な羞恥を感じて、われながら気がめいってしまった。
つまりあの芝居の歌を歌う勇気がないのだ。
彼の思想はさながら旋風のように頭の中をひとまわりした。
若子家の墓前よりも立派な歌ではない。
リュウコズの後悔するに及ばぬもあまりつまらなすぎた。
やっぱり手に鉄鞭を取って貴様を打つぞなんだろう。
そう思うと彼は手をあげたくなったが考えてみるとその手はしばられていたのだ。
そこで手に鉄鞭を取りさえも唱えなかった。
二十年すぎればこれもまた一つのものだ。
アキューはごたごたの中で今まで言ったことのない言葉を師匠もなしに半分ほどひり出した。
ハオーッと人混みの中から狼の鳴き声のような声が出た。
車は止まらずに進んだ。
アキューは喝采の中に目玉を動かしてウーマを見ると彼女は一向彼に目を止めた様子もなくただ熱心に兵隊の背の上にある鉄砲を見ていた。
そこでアキューはもう一度喝采の人を見た。
この刹那彼の思想はさながら扇風のように能力をひと回りした。
四年前に彼は一度山下で狼に出会った。
狼はつかず離れずついてきて彼の肉を喰らおうとした。
彼はそのとき全く生きている空はなかった。
幸い一つの巻割りを持っていたのでようやく元気を引き起こし味噌をまでもちこたえてきた。
これこそ永久に忘れられぬ狼の目だ。
臆病でいながら鋭く鬼火のようにきらめく二つの目は遠くの方から彼の皮肉をさし通すようでもあった。
ところが彼は今まで見たこともない恐ろしい目つきをさらに発見した。
鈍くもあるが鋭くもあった。
すでに彼の話を咀嚼したのみならず彼の皮肉以上の白物を噛みしめてつかず離れず常しえに彼の後にくっついてくる。
これらは目玉は一つにつながってもうどこかそこらで彼の霊魂に噛みついているようでもあった。
助けてくれ。
アキューは口に出して言わないがそのときもう二つの目が暗くなって耳たぶの中がガーンとして全身がこっぱみじんに飛び散ったように覚えた。
当時の影響から言うと最も大影響を受けたのはかえって巨人牢屋であった。
それは取られたものを取り返すことができないで家中の者が泣き叫んだからだ。
その次に影響を受けたのは長家であった。
秀才は城内へ行って訴え出ると革命党の不良分子にベンツを切られた上2万もんの懸賞金を損したので家中で泣き叫んだ。
その日から彼らの間にだんだん異動気質が発生した。
世論の方面から言うと未曽では意義がなかった。
むろんアキューが悪いとみんな言った。