寝落ちの本ポッドキャスト、こんばんは、Naotaroです。 このポッドキャストは、あなたの寝落ちの手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、 それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。 作品はすべて青空文庫から選んでおります。
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さて今日は、 坂口安吾さんの
織田信長というテキストを読もうと思います。 坂口安吾さん、日本の小説家、評論家、随筆家。
戦後発表の堕落論。 白痴らが評価され、太宰治と並んで、無礼派と呼ばれる。
そうです。 の、織田信長ですね。
坂口安吾さんというと、ずっと西日本新聞での連載コラムだった、 明日は天気になるというシリーズの話を読んでたんですが、
ちょっと今回は、 織田信長というのを読もうと思います。
ちょっとだけ脱線するんですけど、 あの
僕のこのポッドキャストは Spotify でも聞けますし、
Apple アイフォンに標準装備されているポッドキャストというアプリでも聞けますし、 Amazon Music でも聞けますし、
なんなら YouTube Music でも聞けるようにしてあるんですけど、 それぞれのプラットフォームでですね、全然再生数が違うんですよ。
Apple の方だと、Apple が多分一番多くて、1日200とか300とか再生があるようなんですが、
Spotify の方はね、それに比べてグッと低くて、 40とか50なんですよね。
ですが Spotify の方のいいところが、そのリスナーの属性がちょっと見えて、
男性であるとか女性であるとか。 その小っちゃいパイの中での分析なので偏りはあると思うんですが、
Spotify 上だと、 一番多く聞いてくれているのが45歳から59歳で全体の65%っていうね。
僕から見たらお兄さんお姉さん方が聞いてくれているということになるんでしょう。
Apple の方は多分ランキングから流れてきていると思うんですけど、ブックカテゴリーの。
Spotify の方はみんな検索してきていると思うんで、多分本の名前とか作品の名前とか、作家さんの名前とかを検索して出てきたのをポチッと聞いてみるっていう方たちだと思うんで。
比較的教養レベルの高い方々がね、聞いてらっしゃると思います。 いつもありがとうございます。
そんなリスナーの皆さんの中でも女性の方が多いんですけど、そんな女性に背を向ける
男臭い織田信長を今日は読んでいきます。 文字数が1万9千文字
なので、 まあ1時間かからないかなというところですかね。
ずいぶん打線しました。やっていきましょうか。 それではまいります。
織田信長。しのうは一条。忍び草には何をしようぞ。 一条を語り起こすよの。
信長の好きな小唄。 たてり査響之助が臨時二通と女房宝書を携えて信長を訪ねてきた時、信長は鷹狩りに出ていた。
朝廷からの使者は阿南役の磯貝新衛門飛沙継と使者のたてりとたった二人だけ。 表向きの名目は厚田神宮参拝というのである。
信長への臨時と女房宝書を出しては、 と、たてり査響之助から話を持ち掛けられた真手の工事大名言小嶽夫妻は、
お前大変なことを言う。さても困った困ったと言った。 信長という藩基地外の荒れ武者がどれほど売れっぷしが強くて、先の見込みのある大将だが知らないけれども、
もっか天下の剣を握っている三好一刀と、 そのまた上に松永男女という蛇とも妖怪ともつかないような冷酷無残な爺さんの睨みが恐ろしい。
まったく男女を被災でという奴は、蛇も妖怪もお呼びがたいじじいだけれども、 たまには米もたらふく食いたいし、冬には暖かい布団も欲しいじゃないか。
蜘蛛の商人とはよく言った。蜘蛛の上へ祭りあげられて、薄い布団で寒風をしのぎ、 あるなしの米をすすって細々とその日の命をつないでいるのである。
大名言のみならんや、上皇も天皇もそうなのである。 これは後日の話であるが、
信長が天下を握って御所を修理したり、お金を献上したり、 いろいろと忠勤を尽くして朝廷の衰微を救ったという。
この時信長が京都の町民に米を貸して、 その利息米を朝廷の経済に充てる方法を施した。
この利息米の上がりが、だいたい一か月に十三穀ぐらいであった。 十三穀の半分を朝廷で細々と食べる。
半分を副食物や調味料に変える。信長が衰微を救ったという。 救われてようやくこれぐらいのもので、蜘蛛の商人は全く悲惨な生活であった。
天皇は孔子孔女を大外寺へ入れる。孔女の方は天だ。 甘博も大名言もそうだ。足利将軍もそうだ。子供は坊主や天にする。
門籍寺、宮門籍などといってその自覚を取引にして、 お寺から月々年々の不知を受けるという仕組みであった。
その他には暮らしの手立てがなかった。 稀野孔子大名言コレフサも、松永壇上という老魔虫の目玉は恐ろしい。
しかしお米をたらふく食べてみたい。 だから困った。大変なことになった。困った困ったと言った。
けれども反問しながらも筆を取って二通の臨時を書いた。 常老坊主が女房奉奨を書いた。これを立利左京の助に渡しながら、
ああ大変なことになった。困った困ったとまだ大名孔は呟いていた。 だからその晩は一睡もできない。
立利左京の助と道案内の急がいまで心痛になって、やっぱり一晩眠れない始末であった。 翌日早朝、天皇はコレフサを召して、常老家、お前の心尽くし嬉しく思う。
この上は念を入れ、分別の上にも分別して、あくまで隠密、潜逸に図らうように、と言って、 常老家へ手土産の品をあれこれお考えになる。
あんまりくどいのはいけないでしょう。 道服はいかが? よかろうと決まって使者はひそかに出発した。
清洲の城へ直接常老家を訪ねるわけにはいかないから、 急がいの知恩の者で常老家の芽付けをしている同家終りの神を訪ねて行った。
その時、常老家は鷹狩りに出ていたのである。 鷹狩りの帰りに、常老家は同家の屋敷で休息して、一風呂浴びて起乗するのが習慣であった。
お付け常老家も参るでしょうから、まずお風呂でも召して旅の疲れを落としてください、 と二名は入浴する。
その時、佐教の助は臨時と宝書の包みを同家に手渡した。 同家は包みを押しいただいて、手を打って、
ああありがたいことだ。天下は信長公のものとなった。 信長公も満足であろうと、それから急いで女房の部屋へ飛んで行った。
彼の女房は安いと言って、信長が大変目をかけてくれる妻女だ。 女房のおかげで、邸主の方も信長の覚えがめでたいようなことでもあるから、
これこれ、すぐに髪を結い、こしらえ衣服を整えて殿のお帰りをお待ちなさい。 これこれ、こういうことで、いよいよ天下は信長公のものとなった。
この包みが、ありがたい臨時二通と宝書なのだ。 こうしては折られん。さあ急いで、支度支度。めでたいありがたい。
と言ってむやみに一人でてんてこ舞いをしている。 信長が戻ってきた。
いつもの通りさっさと湯戸の上へ行く。 同家がそれを追いながら、実はこれこれにて朝廷の使者が見えております。
ああそうか、と言って信長は風呂の中へと飛び込んで湯船から首を出して直視のことをいろいろと質問し、
新しい琴手の用意はあるか。 ございますとも、それはもう用意に手ぬかりはございません。
せっかく天皇様が日本国を下さるとおっしゃるのですから。 と同家は日本国をもらったもらったと上言みたいに言っている。
それでも信長もお風呂でバチャバチャ水を跳ね散らして上機嫌であった。 しかし、
別に日本国の支配を命じるというような大した臨時ではなかった。 お前も近頃武運のほうまで高く、天下の名称だとその名も隠れなく
受け人の崇拝を受けているそうであるから、ついては朝廷に忠義を尽くし、 皇太子の原服の費用を上納し、
御所を修理し御領所を回復してくれ、 こういう意味の臨時であった。
皇室の暮らし向きの求助を何とかしてくれというだけのことだ。 まあ借金の依頼を一回り大きくしただけのようなものだが、これだけのことでも朝廷から頼みを
受ける、頼まれるだけの実力、貫禄というものが備わったからのことで、 いわば実力の判定を得たようなものだ。
信長は見上げにもらった道服を着て、先ほどの助と杯を頂き、 日通の臨時を頂いて元気百倍、これから近隣を片付けて、それから天下を
閉じていたしますからご安心ください。 まず三日五日ほどゆっくり泊まっていってください。
まずは天下開ける舞い舞い、元の汁に鶴の刺身、 朝鮮五名を呼んで主宴を開く。
朝廷へも同じ縁起の品物をと翌日からせっせと狩りをして、 元と鶴を四個玉取って金槌に添えて見上げに持たせて帰らせた。
その時信長は三十四だ。 信長は野良犬の親分みたいに野放しに育った男だ。
誰の言い付けも聞かず、真似もせず、勝手気まもを流儀にして、 ガリューででっち上げた万博大将であった。
万博大将という奴はみんな天下一緒というようなことを意図安直に狙う。
丹波の桑田郡阿能村の長瀬の城主、 赤沢香賀の神が関東へ旅をして鷹輪を二羽求めて、
人の青州に信長を訪ねて、お好きの方を信条するから一羽取ってくれという。 信長は喜んで、
いや心差し至極満足じゃ。もらうぜ。天下を取るまで預かっておく。 俺はいずれその檻に、と言った。
田舎小僧め、大きなことを言っていやがる。と人々は大言壮語をおかしがったが、 信長はその時二十八だ。
天下夫婦という印象を作って愛用し、天下一の情熱を日常の友としているが、 その野心は彼に限ったことではない。
天下一の野心ぐらいは、ガキ大将は誰でも持っているものだ。 けれども自信はそれに伴うものではない。むしろ達人ほど自信がない。
恐れを知っているからだ。 めくら蛇に応じず。
馬鹿ほど身の程を知らないものだが、達人は恐れがあるから進歩もある。 だから自信というものは自分で作るものではなくて、人が作ってくれるものだ。
他人が認めることによって自分の実力を発見し得るものである。 このように発見すられた実力のみが自信であり、野心地の狙いやうぬぼれのごときは何者でもない。
信長は我流ででっち上げた痛快なガキ大将であったが、少年時代に、 短いあり短走の不利を悟って自分の家来に三元藩の長走を用意させたほど用心深い男であった。
続いて、鉄砲の利を悟り主戦武器を鉄砲に変えた。 これが彼の天下統一をもたらしたのだが、この用心と見識の裏にあるものは恐れの心だ。
おそらく恐れの最高、絶対なるものである。 かかる信長に三度や四度の戦勝が誠の自信をもたらしてくれるものではない。
信長にはもって生まれた野育ちの途方もないうぬぼれがあった。 それと同僚の不安があった。
このうぬぼれを誠の自信に変えるためには、不安と同僚の他人による最高絶対の認められ方が必要であった。
信長の家来たちはガキ大将がどうやら本物の大将らしいところもあると思ったが半信半疑なのである。
青州から五十町ほどの平野城の近所に赤間池というのがある。 蛇池という伝説があり、三十町も吉野原っぱの続いたもの恐ろしいところである。
そこへ朝廷から隣人が来た。 まず借金を一回り大きくしただけの至って雄大ならざる隣人であったが、ともかく
信玄、謙信並みにほぼ近づいた天下何人かの大将の一人の公認は得たようなものだ。
信長も初めて多少の自信を発見したが、しかし察したる自信ではありえない。 朝廷とは何者であるか。
足利将軍家といえども朝廷によって正位大将軍に任せられておるところの、しかし て彼の父も朝廷によってようやく壇上に任せられたところの、日本の第一の宗家である。
とはいえ現実において朝廷は虚偽であり、足利将軍は浪魔虫、松永壇上の一尊によって生かしも殺しもされ、
天下の政務は浪魔虫の焼酎にある。 隣人といえば縄よいが、その真に意味するところは、ただもうさむざむと没落の明家の悲しさ、
哀れさ、惨めさのみ漂う借金場ではないか。 孔子の原服の費用を養立ててくれよ。領地は人に取られて一文の上がりもないから取り返してくれよ。
誤書が破れて雨が盛り、寒風が吹き荒んでも修理ができないから何とかしてくれよ。
信長を寒風に釉薬せしめるよりも、哀れさに毒気を抜かれる方が先である。 もとより信長の敬願は虚偽のうとんずべからざるその利用価値を見抜いてはいた。
しかし隣人の名による手の良い釈要上、 張発令に現実の大きな実力がないことは文明である。
それによって信長はともかく天下への自信の発芽を認めることはできたが、 誠の自信を持つことはできなかったのだ。
それから一年過ぎた。 足利最後の将軍、吉明が彼に頼ってきた。
それと前後して老末主の松永男将が新書を寄せて、 信長が兵を率いて城落するなら自分も一肌抜いで助力する。
あなたこそ時代を担い天下に号令すべき大将だ。 とうまいことを言ってきた。
天下の失勢たる悪逆無動の老末主も確かにや気が回ってはいた。 主人に、主人の主人に背かせ、その主人の子供を自分が殺して主家を乗っ取り、
窪を殺し、目の上の窪を一つずつ取って、とうとう天下の失勢にとぐろを撒いて治ったが、 このやり方では味方がない。味方が同時に敵でもある。
窪を殺してからのこの数年は、もっぱら味方の三義三等と仲間割れの戦争に追いつ追われつ、 おかげで奈良の大仏殿に放火して焼いたり、境へ逃げて謝ったり。
さすがの老末主も天下の政治をうっちゃらかして逃げたり騙したり、 夜討ちをかけたり、つまらぬことに頭から湯気の立つほど忙しい。
しかしさすがに老末主であった。彼は信長を見抜いた。 彼は時代を知り、世代の隔たりを知っていた。
天下の失勢など実質的ならざる面目にこだわらず、 時代の選手に依存する術を心得ていたのだ。
実力薄れた先代の選手を押しのけて殺して、自分の世代をつかみ取った彼は、 時代に依存する賢明さを自らの血の歴史から学び取っていた。
それに比べれば足利義明の信長に対する依存の仕方はかくたる底見の欠けたものだ。 聖火の地位を看板に依存を信じようとした義明は、
兄の将軍が松永壇上に殺されて以来、逃げ延びて和田懲れ政に頼り、六角義方に頼り、 謙信に助力をこい、武田義宗に頼り、朝倉義影に頼り、手当り次第に頼った。
彼の一生は依存の一生で、誰彼の見栄えなく人物への信頼も信義もなかった。 利用すればよかったのである。
利用はまた信長自身の御家の芸でもあった。 しかしまことの悪党というものにはともかく真偽がある。
信長は悪党にあらずというなかれ、彼は悪党である。 一心を張り投げ捨てているではないか。
とばのあんちゃんの偽悪党とは違う。本物の悪党は悲痛なものだ。 人間の実相を見ているからだ。
人間の実相を見つめるものは鬼である。悪魔である。 この悪魔、この悪党は神に散じる道でもある。
ついに、亜量者の人格を創造したドストエフスキーは、そこに散ずる通路には悪党だけしか書くことができなかったではないか。
ローマ主の男女も信長も悪党ぶりには変わりはない。 ローマ主は主家を乗っ取り、窪を殺したが、信長は殺す必要なく自立できただけのことで、
信長の方が人を殺すにはむしろ冷酷無惨であったろう。 ローマ主は一生を傍若無人の我流で押し通したこと。
信長と甲を一対。125まで生きてみせると称し、延命の旧を据え、手当をすれば何でも証明できるものだと苦心三端、松虫を三年飼いならしてみせた。
ローマ主は麻虫なりに妙てこりんな真偽があった。 そして信長は吉明の心を信じなかったが、ローマ主の真偽を信じていた。
二人の悪党の友情とローマ主の真偽がどんなふうに妙てこりんなものであったか、おいおい明らかとなるであろう。
ローマ主の信長依存の根担は、信長の自信におそらく最大の安定を与えた。 そして依存の真実。
ローマ主の真偽の真実を信ずることによって、ローマ主の依存を、真偽を真実なものたらしめたものだ。
彼を信ずることによって信長はローマ主に勝ち、征服したのである。
ローマ主は足利義明の兄の将軍を殺し、その母も焼き殺した。 自警も殺され、義明伸びは逃げ延びて危ない命を助かったのだ。
ローマ主こそは義明の夫婦大典の旧敵であった。 義明は都を追われ、天下の政務はローマ主の省中にあった。
義明は誰彼の見栄えなく人にすがって将軍家最高に奔走したが、将軍家最高の日は憎むべきローマ主への復讐の日であったのだ。
ついに信長の助力によって義明は京都を回復し、ローマ主の軍勢を蹴散らした。
彼はローマ主を安崎にすることを得たか。否、否。 信長がローマ主を許したのである。
すでにその日を予想したローマ主は、自ら張本人となって信長を京都に手引きしていた。 世に裏切りということがある。知らないうちに主を売り、味方を売るのである。
ローマ主は味方を売った。しかし、主を売ることはできなかった。 なぜなら彼自身が総大将であったからだ。
総大将の裏切りなどということがあるべきものではない。 裏切りにあらず、それを降参というのである。
ところがローマ主は降参といえば降参、裏切りといえば裏切り、何とも得体の知れない形で始末をつけているのであるから、何事もこのローマ主の手にかかると、気々快々な形になってしまうのである。
彼は上落の信長軍に負けて逃げ延びて降参したが、敗北して逃げる何ヶ月も前から、とっくに信長に降参して、自らその上落を進めていたのであった。
降参したローマ主は早速信長を訪問して、京都の治安はこうされたらよろしかろう、などといろいろ検索した。
が、キリシタンの弾圧は必要大切でござる、などと言って、バテレンどもを怒らせた。
こうしてよしやきはローマ主を安崎にできなかったが、ともかく念願の将軍院に就くことができた。
その時信長依存の交渉に立ち渡られたよしやきの二人の重心がいた。 一人は正直者の和田コレマサであり、一人はインテリ兵法家明智十兵衛光秀であった。
そして光秀はよしやきの推挙によって信長の家来となった。
こうして信長という悪魔の天下は、魔虫やら癖者やらのうごめきの上に、魔法のランプの一夜の城のごとくに忽然として現れてきたのであった。
そも信長とは何者であるか、これこそは当時にあってはさらに大きな謎であった。
信長とは何者であるか家来にもわからない。
彼を育てた忠義一徹の老親は、柿大将のたわけぶりに絶望して自殺した。
柿大将は喧嘩だけは強かった。喧嘩の稽古は大好きだ。
天拓の話は確かに信長像の要点に触れていた。
信長の独特な狩りの方法、
信長愛唱の歌、
信長を解く鍵の一つが確かにそこにはあるのである。
それを特に指定して逐一聞き出した信玄が、
しかし今日我々が歴史的に完了した姿において、
信長の評価を成し得るように、
彼の人間像をつかみ得たか、
しかし信玄には信長を正解し得ない盲点があった。
自ら一人踏んどし一つで大序見物に潜り込むような好奇心は、
しかしそれが捨て身の度胸で行われている点において、
信玄も舌を巻き決して軽蔑はしないであろう。
けれどもそれは信玄にとって所詮好奇心でしかなかった。
世に最も稀な、最も高い、価格する魂であること、
それが信長の全部であるということを信玄は理解することができなかった。
蛇に食われて死んでもよかった。
物資たる者が戦場に貼るべき命を蛇に噛まれて死ぬとは。
しかし絶対者において戦士と蛇に噛まれて死ぬことの差が何者であるか。
大者を見たい実証精神が高い尊いというのではない。
天下統一が何者であるか。
野心の如きが何者であるか。
実証精神の如きが何者であるか。
一言あめくれば人間はただ死のうは一条、それだけのことではないか。
出家、遁世者の最後の哲理は信長の身に即していた。
しかし出家、遁世はせぬ。
戦争に浮みをやつし、天下に浮みをやつしているだけのことだ。
一言あめくれば死のうは一条、それが彼の全部であり、天下の如きは何者でもなかった。
彼はいつ死んでもよかったし、いつまで生きていてもよかったのである。
そしていつ死んでもよかった信長は、そのゆえに生とは何者であるか最もよく知っていた。
生きるとは全敵なる遊びである。
すべての苦心経営を、すべての慣行を、すべての魂を、命をかけた遊びである。
あらゆる時間がそれだけである。
信長は悪魔であった。
なぜなら最後の手摺りに完璧に即した人であったから。
しかしこの悪魔はほとんど高職なところがなかった。
そのみ賃金加工も欲せず、金田玉郎の欲もなかった。
モラルによってそうなのではない。
その必要を感じていなかっただけのことだ。
老魔虫は、悪逆無道であるとともに高職だった。
彼は数名の美女と寝床で戯れながら、自身を呼んで天下の政務をとっていた。
これもモラルのせいではない。
その必要のせいである。
悪魔にとってはそれだけだった。
信長の金元も、老魔虫の助兵も、全然同じことに過ぎなかった。
信長は、新元の跡取の勝頼に自分の養女をもらってもらって、しきりにご機嫌を取り結んでいた。
戦争達者な新元坊主と好んで争うことはない。
好んで不利を求めることはいらないことだ。
信長は、ご機嫌を取り結ぶくらいは平チャラだった。
すると信長は臨時をもらい、その翌年は老魔虫から降参だか友情だか訳のわからぬ内通を受け、そして吉明の依頼を受けた。
信長はすぐさま吉明を迎えて、正常、立床寺で対面。
直ちに京都奪還の軍備を立てて、社任務に進撃、たちまち京都へ飛び込んでしまった。
あんまり仕事が早すぎるので老魔虫も面食らった。
あれだけ内通してかねて友情を見せてあるのに、挨拶なしに足元から鳥が飛び立つように、いきなり膝元へ押し寄せてきたから、
慌てて頭から湯気を立て、ブーブー言いながら防いでみたが、この老魔虫はもともと戦争は強くない。
なんとなくハメ手を持ち、口先でごまかし、それで天下を取ったけれども、戦争するとあんまり勝ったことはない。
やきゃくそに大仏殿へ夜討ちをかけて火をかけて、無様なことをやりながらやっぱり負けて逃げ出している老魔虫であった。
いつも負けてそれから口先でごまかしてうやむやに済ましてしまうのであった。
いつものことだが老魔虫の逃げ足だけは見事であった。逃げるにかけては危なげというものがない。兵をまとめてさっと大和へ逃げ延びて神廟に降参した。
信長について受楽し、将軍の位についた吉明は万端信長の位にまかして、いかにも信長の恩義を得とするふりをしてみせたが、老魔虫の処刑ばかりはさすがに大いに言い張った。しかし信長は取り合わない。
老魔虫は命が助かったばかりではなく、志義の本性をそのまま許され、大和一国はその切り取りにまかされたのである。
悪魔同士の友情であった。老魔虫はさっそくお礼に参上して、最も熱心にそのうんちくを傾けて、あれからと政治向きの助言をしていた。この不思議の友情は、しかし大いに清潔なものであったと言わねばならん。