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寝落ちの本ポッドキャスト。
こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちのお手伝いをする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本、
それから興味深そうな本などを淡々と読んでいきます。
エッセイには、面白すぎないツッコミを入れることもあるかもしれません。
作品は全て青空文庫から選んでおります。
ご意見・ご感想・ご依頼は、公式Xまでどうぞ。
寝落ちの本で検索してください。
それから番組フォローもどうぞよろしくお願いします。
さて、今日パソコンを立ち上げたらですね、
いきなり再起動しましょうねと言われて、
再起動したらWindows10からWindows11に変わっておりましたが、
なんか音質が変わっている気がするんですけど、
どうですかね、なんか設定変わっちゃったのかな。
どこをどういじったら元の感じに直せるか、
そして元の感じが良かったのか、今の方が良いのかも、
よくわからないという状況ですが、
なんかおくまってる感じしない?なんかボワーっとしてるっていうか、
低音だけやたら拾ってない?なんか悩ましいな。
あと冬になってからの収録、寒い時期になってからの収録で、
なんか音源、収録後の音源がやたらプツプツ、
ノイズが混ざるなと思ってたのは、
加湿器が原因なのかもと思って加湿器を消して、
そしてエアコンも消して、今日収録しているところに
この音質の変化、もう訳がわかりませんね。
まあ、やるだけやりましょうか。
今日のテキストはですね、田山佳泰さんの少女病です。
田山佳泰さん、何度か読みました。
日本の小説家、本名は六夜、群馬県生まれ。
尾崎紅葉の下で修行したが、後に国気だどっぽう、柳田邦夫と交わる。
代表作、布団、田舎教師などの自然主義派の作品を発表し、
その代表的な作家の一人、気候部にも優れたものがあるということで。
布団、面白かったですよ、この前読んだやつ。
臭いと記憶って結びついてるよね、っていうね。
女弟子のむっつりな感情を抱いて女弟子を、
言い出したというか、返してしまった後、女弟子が使ってた布団の匂いを嗅ぐっていうね。
2023か2024のどちらかだったと思いますが、布団がね、実写映画化されたそうで。
それもあって、今少し注目が集まっている矢も知れませんね。
で、今日読むのは少女病です。ロリコンなんでしょうか。
おじさんのフェティシズムなところが垣間見えるのかもと期待して読み上げたいと思います。
寝る前に聞くもんじゃないかもしれないけどね。
どうぞ寝落ちまでお付き合いください。
それでは参ります。
少女病。
男の出会い
山手線の朝7時20分の上り汽車が、
代々木の電車停車場の崖下を地響きさせて通るところ、
千田谷の田んぼをテクテクと歩いていく男がある。
この男の通らぬことはいかない日にもないので、
雨の日には丁寧の深い田んぼ道に古い長靴を引きずって行くし、
風の吹く朝には帽子を網田にかぶって陣外を避けるようにして通るし、
沿道の家々の人は遠くからその姿を見知って、
もうあの人が通ったからあなた、お役所が遅くなります、などと、
駿民いぎたなき主人を揺り起こす軍人の細君もあるくらいだ。
この男の姿のこの田んぼ道に現れ出したのは、今から二月ほど前。
近郊の地が開けて、新しい家族が彼方の森の角、
彼方の丘の上に出来上がって、某少将の邸宅、
某会社重役の邸宅などの大きな構えが、
武蔵野の長折りのくぬぎの大並木の間からチラチラと絵のように見えるところであったが、
そのくぬぎの並木の彼方に、菓子屋建ての家屋が五六軒並んであるというから、
何でもそこらに移転してきた人だろうとのもっぱらの評判であった。
何も人間が通るのに評判を立てるほどのこともないのだが、
寂しい中で人珍しいのと、
それにこの男の姿が、いかにも特色があって、
そしてアヒルの歩くようなヘンテコな形をするので何とも言えぬ不調和。
その不調和が、路傍の人々の暇な目を引くもととなった。
年の頃、三十七八。猫背で、シシバナで、ソッパで。
色が浅黒くって、頬ひげがうるさそうに顔の半面を覆って、ちょっと見ると恐ろしい様貌。
若い女などは昼間であっても気味悪く思うほどだが、
それにも似合わず目には乳穴やさしいところがあって、
絶えず何者かを見て憧れているかのように見えた。
足のコンパスは思い切って広く、とっとと小刻みに歩くその速さ。
演習に朝出る兵隊さんもこれにはいつも三者を避けた。
大抵洋服で、それもスコッチの毛のすれで無くなったとび色のフルセビロ。
上に羽織ったインバネスも妖怪の日記版で、右の手には犬の頭のすぐ取れるヤスステッキをつき、
がらりないエビ茶色の風呂敷包みを抱えながら、左の手はポケットに入れている。
四つ目ガキの外を通りかかると、
今お出かけだ、と田舎の角の植木屋の主婦が口の中で言った。
その植木屋も新田地の一軒家で、
売り物のヒョロマツやらカシやらツゲやらヤツデやらがその周囲にだらしなく植え付けられてあるが、
その向こうには千田街の街道を持っている新海の屋敷町が紳士として連なって、
二階のガラス窓には朝日の光がキラキラと輝き渡った。
左は角はずの工場の育棟。
細い煙灯からはもう労働にとりかかった朝の煙が黒く低くなびいている。
晴れた空には林を越して電信柱が頭だけ見える。
男はテクテクと歩いて行く。
田船を越すと二軒幅の石ころ道、柴垣、菓子垣、金雨垣、
その絶え間絶え間にガラス城紙、歌舞伎門、ガストー等順序よく並んでいて、
庭の末に霜よけの縄のまだ取られずについているのも見える。
一日を行くと千田街通りで、
毎朝演習の兵隊が駆け足で通って行くのに開講する。
西洋陣の大きな洋館、新築の医者の構えの大きな門、
駄菓子を売る古いかやぶきの家。
ここまで来るともう代々木の停留場の高い線路が見えて、
新宿辺りでポーッと電笛の鳴る音でも耳に入ると。
男はその大きな体を先へのめらせて、
見栄も何も構わずに一山に走るのが習いだ。
今日もそこに来て耳をそば立てたが、
電車の来たような気配もないので、
同じ歩調でスタスタと歩いて行ったが、
高い線路に突き当たって曲がる角で、
ふと九龍目の散りゆめの羽織をぞろりと着た格好のいい
久し髪の女の後姿を見た。
うぐいす色のリボン、主人の鼻緒、卸立ての白たび。
それを見るともうその胸は何となくときめいた。
女学生への憧れ
そのくせどうのこうのというのでもないが、
ただ嬉しくそわそわして、
その先へ追い越すのが何らか惜しいような気がする様子である。
男はこの女をすでに見知っているので、
少なくとも五六度はその女と同じ電車に乗ったことがある。
それどころか冬の寒い夕暮れ、
わざわざ回り道をしてその女の家を突き止めたことがある。
千田谷の田んぼの西の隅で、
樫の木で取り囲んだ奥の大きな家。
その僧侶娘であることをよく知っている。
眉の美しい、色の白い頬の豊かな、
笑うとき言うに言われぬ表情を、
その眉と目との間にあらわす娘だ。
もうどうしても二十二三、学校に通っているのではなし、
それは毎朝会わぬのでもわかるが、
それにしてもどこへ行くのだろう、と思ったが、
その思ったのがすでに愉快なので、
目の前にちらつく美しい着物の色彩が、
言い知らず胸をそそる。
もう嫁に行くんだろう、と続いて思ったが、
今度はそれが何だか侘しいような、惜しいような気がして、
俺も今少し若ければ、と二の矢をついだが、
なんだ馬鹿馬鹿しい、
俺は幾歳だ、女房もあれば子供もある、と思い返した。
女房もあれば子供もある、と思い返した。
思い返したが、何となく悲しい、何となく嬉しい。
代々木の停留場に登る階段のところで、
それでも追い越して絹ずれの音、
お城の匂いに胸を躍らしたが、
今度は振り返りもせず、
大足にしかもかけるようにして階段を登った。
停留場の駅長が赤い回数切符を切って返した。
この駅長もその他の駅夫も、
みなこの大男に熟している。
せっかちで慌て者で早口であるということをも知っている。
板囲いの待合所に入ろうとして、
男はまたその前に、
かねて見知り腰の女学生の立っているのを目ざとくも見た。
肉付きの良い頬の桃色の輪郭の丸い、
それは可愛い娘だ。
派手な縞物にエビ茶の袴を履いて、
右手に女持ちの細いコウモリ傘。
左の手に紫の風呂敷包みを抱えているが、
今日はリボンがいつものと違って白いと男はすぐ思った。
この娘は自分を忘ればすまい。
むろん知っている。
と続いて思った。
そして娘の方を見たが、
娘は知らん顔をしてあっちを向いている。
あのくらいのうちは恥ずかしいんだろう、
と思うとたまらなく可愛くなったらしい。
見るようなふりをして幾度となく見る。
しきりに見る。
そしてまた目をそろして、
今度は階段のところで追い越した女の後ろ姿に見入った。
電車の来るのも知らんというのに。
2.
この娘は自分を忘ればすまい。
とこの男が思ったのは理由のあることで、
それには面白いエピソードがあるのだ。
この娘とはいつでも同時刻に
代々木から電車に乗って牛米まで行くので、
以前からよくその姿を見知っていたが、
それと言ってあえて口を切ったというのではない。
ただ相対して乗っている。
よく太った娘だなぁと思う。
あの頬の肉の豊かなこと、
父の大きなこと、
立派な娘だな、
などと続いて思う。
それが度重なると笑顔の美しいことも、
耳の下に小さいほくろになることも、
こみ合った電車のつり革にすらりと伸べた腕の白いことも、
品の町から同じ学校の女学生と折々会講しては
すっぱに会話を交じゆることも、
何もかもよく知るようになって、
どこの娘かしら、などと、
その家、その家庭が知りたくなる。
でも後をつけるほど気にもならなかったとみえて、
あえてそれを知ろうともしなかったが、
運命のすれ違い
ある日のこと。
男は例の帽子、
例のインバネス、
例の背広、
例の靴で、
例の道を例のごとく千長屋の田んぼにかかってくると、
ふと前からその太った娘が、
羽織の上に白い前髪をだらしなくしめて、
半ば解きかけた髪を右の手で押さえながら、
友達らしい娘と何事か語り合いながら歩いてきた。
いつも会う顔に違ったところで会うと、
なんだか他人でないような気がするものだが、
男もそう思ったとみえて、
もう少しでえしゃくをするような態度をして、
急いだ歩調を旗と止めた。
娘もちらとこっちを見て、
これも、ああ、あの人だな、
いつも電車に乗る人だなと思ったらしかったが、
えしゃくをするわけもないので、
黙ってすれ違ってしまった。
男はすれ違いざまに、
今日は学校に行かんのかしら?
そうか、試験休みか春休みか、
と、われ知らず口に出していって、
五六軒無意識にテクテクと歩いていくと、
ふと黒い柔らかい美しい春の土に、
ちょうど金屏風に銀で書いた、
娘と男の出会い
松の葉のようにそっと落ちている
アルミニウムのピン。
娘のだ。
いきなり振り返って大きな声で、
もし、もし、もし、と連呼した。
娘はまだ十軒ほど行ったばかりだから、
むろんこの声は耳に入ったのであるが、
今すれ違った大男に
声をかけられるとは思わんので、
振り返りもせずに、
友達の娘と肩を並べて
静かに語りながら歩いていく。
朝日が美しく、
のの農夫のすきの葉に光る。
もし、もし、もし、と男は
陰を踏んだように再び叫んだ。
で、娘も振り返る。
見るとその男は、
両手を高く挙げてこっちを向いて、
面白い格好をしている。
ふと気がついて、
頭に手をやるとピンがない。
はっと思って、
あら、あたし、やよ、ピンを落としてよ、
と友達に言った。
やよ、ピンを落としてよ、
と友達に言うでもなく言って、
そのままバタバタと駆け出した。
男は手を挙げたまま、
そのアルミニウムのピンを持って待っている。
娘は息せきかけてくる。
やがて側に近寄った。
どうもありがとう、
と娘は恥ずかしそうに顔を赤くして礼を言った。
四角の輪郭をした大きな顔は、
さも嬉しそうににこにこと笑って、
娘の白い美しい手に
そのピンを渡した。
どうもありがとうございました、
と再び丁寧に娘は礼を述べて、
そして厳しそうめぐらした。
男は嬉しくて仕方がない。
愉快でたまらない。
これであの娘、
俺の顔を見覚えたな、
と思う。
これから電車で開港しても、
あの人が私のピンを拾ってくれた人だと
思うに沿いない。
もし俺が年が若くて、
娘が今少し別品で、
それでも、
今度でこういう幕を演ずると、
面白い小説ができるんだな、
などと、
とりとめのないことを
朱雀に考える。
連想は連想を生んで、
その身のいたずらに
青年時代を浪費してしまったことや、
恋人で芽取った鞘君の
老いてしまったことや、
子供の多いことや、
自分の生活の功量としていることや、
時勢に遅れて将来に発達の見込みのないことや、
いろいろなことが、
乱れた糸のようにもつれあって
ふと、その勤めている
某雑誌社の難しい編集長の顔が
空想の中にありありと浮かんだ。
と急に空想を捨てて、
道を急ぎ出した。
日常生活の描写
3
この男が、
どこから来るかというと、
仙田貝の田んぼを越して、
くぬぎの並木の向こうを通って、
あらたちの立派な邸宅の門を
連ねている間を抜けて、
牛の鳴き声の聞こえる牧場、
昔の大樹に連なっている小道、
その向こうをだらだらと下った
丘の陰の一軒屋、
毎朝彼はそこから出てくるので、
竹の低い金目柿を周囲に取り回して、
3軒くらいと思われる家のお作り、
床の低いのと、
屋根の低いのを見ても、
貸し屋建ての存在な不審であることが分かる。
小さな門に入らなくとも、
道から庭や座敷がすっかり見えて、
七の竹を5、6本生えている下に、
陣頂下の小さいのが2、3株咲いているが、
小さな竹は、
竹の竹は、
陣頂下の小さいのが、
2、3株咲いているが、
そのそばには、
鉢植えの花物が、
5つ、6つだらしなく並べてある。
細君らしい25、6の女が、
買い替え意識たすき掛けになって働いていると、
4歳ぐらいの男の子と、
6歳ぐらいの女の子とが、
座敷の次の間の縁側の日の当たりの
いいところに出て、
しきりに何事をか言って遊んでいる。
家の南側に、
つるべを伏せた井戸があるが、
10時頃になると、
天気さえ良ければ、
細君はそこにたらいを持ち出して、
しきりに洗濯をやる。
着物を洗う水の音が、
ザブザブとのどかに聞こえて、
隣の白蓮の美しく春の日に光るのが、
何とも言えぬ平和な面向きを、
辺りに広げる。
細君は、
なるほど、もう色は衰えているが、
娘盛りには、
これでも10人並以上であったろうと、
思われる。
やや旧派の束髪によって、
ふっくりとした前髪をとってあるが、
着物は、
木綿の縞物を着て、
エビ茶色の帯の末が地について、
帯上げのところが、
洗濯の手を動かすたびに、
かすかに動く。
しばらくすると、
末の男の子が、
母ちゃん、母ちゃんと、
遠くから呼んできて、
そばに来ると、
いきなり懐の父を探った。
なかなか言うことを聞きそうにもないので、
洗濯の手を前垂れで、
そそくさと拭いて、
前の縁側に腰をかけて、
子供を抱いてやった。
そこへ、僧侶の女の子も来て、
立っている。
客間犬帯の書斎は6畳で、
ガラスのはまった小さい本箱が、
西の壁につけて置かれてあって、
栗の木の机が、
それと反対の側に据えられてある。
床の間には、
瞬乱の鉢が置かれて、
幅物は、
村長の山水だ。
春の日が、
部屋の中まで差し込むので、
実に暖かい。
気持ちがいい。
机の上には、
二三の雑誌。
すずり箱は、
のしろのりの黄色い生地の、
木目が出ているもの。
そしてそこに、
舎の原稿らしい紙が、
春風に吹かれている。
この主人公はなお、
杉田古生と言って、
社員はずいぶん喝采されたこともある。
いや、
三十七歳の今日、
こうしてつまらぬ雑誌社の社員になって、
毎日毎日通っていって、
つまらぬ雑誌の構成までして、
平凡に、
文壇の地平線以下に沈没してしまおうとは、
自らも思わなかったであろうし、
人も思わなかった。
けれど、こうなったのには原因がある。
この男は昔からそうだが、
どうも若い女に憧れるという悪い癖がある。
若い美しい女を見ると、
平成は割合に鋭い観察眼も、
すっかり権威を失ってしまう。
若い自分、盛んに、
いわゆる少女小説を書いて、
一時はずいぶん青年を見せしめたものだが、
観察も思想もない、
憧れ小説が、
そういつまで人に飽きられずにいることができよう。
ついには、
この男と少女ということが、
文壇の笑い草の種となって、
各小説も文章も、
みな笑い草の種となって、
各小説も文章も、
みな笑い声の中に没却されてしまった。
それにその要望が、
前にも言ったとおり、
この上もなく晩からなので、
いよいよそれが、
いいコントラストを成して、
あの顔でどうして会うだろう。
うち見たところは、
いかな猛獣とでも戦うというような風彩と体格と思っているのに。
これも、
造花の戯れの一つであろう、
という評判であった。
ある時、
友人間でその噂があった時、
一人は言った。
どうも不思議だ。
一種の病気かもしれんよ。
先生のはただ、
憧れるというのばかりだからね。
美しいと思う。
ただそれだけなんだ。
我々ならそういう時には、
すぐ本能の力が首を出してきて、
ただ憧れるくらいでは、
どうしても我慢ができんがね。
そうとも、
生理的にどこかロストしているんじゃないかしら?
と言ったものがある。
そういうよりも性質じゃないかしら?
いや、僕はそう思わん。
先生、若い自分はあまりに欲しいままなことをしたんじゃないかと思うね。
欲しいままとは?
言わずともわかるじゃないか。
一人であまり身を傷つけたのさ。
その習慣が長く続くと、
生理的にある方面がロストしてしまって、
肉と霊とがしっくり合わんそうだ。
うん、ばかな。
と笑ったものがある。
だって子供ができるじゃないか。
と誰かが言った。
それは子供はできるさ。
と前の男は受けて、
僕は医者に聞いたんだが、
その結果はいろいろあるそうだ。
激しいのは生殖の道が断たれてしまうそうだが、
中には先生のようになるのもあるということだ。
よく霊があるって、
僕にいろいろ教えてくれたよ。
僕はきっとそうだと思う。
僕の鑑定は誤らんさ。
僕は性質だと思うがね。
いや病気ですよ。
少し海岸にでも行って、
いい空気でも吸って、
生きなければいかんと思う。
だってあまりおかしい。
それも18区とか、
22、3とかならそういうこともあるかもしれんが、
細菌があって、子供が2人まであって、
そして年は38にもなろうと言うんじゃないか。
君の言うことは生理学万能で、
どうも断定すぎるよ。
いや、それは説明ができる。
18区でなければそういうことはあるまいと言うけれど、
それはいくらもある。
先生、きっと今でもやってるに添いない。
若い時ああいう風で、
むやみに恋愛新生論者を聞いとって、
口では嫌いなことを言っていても、
本能が承知していないから、
つい自ら傷つけて、
貝を取るというようなことになる。
そしてそれが習慣になると病的になって、
本能の十分な働きをすることができなくなる。
恋愛の病理
先生のはきっとそれだ。
つまり、前にも言ったが、
肉と霊とがしっくり調和することができんのだよ。
それにしても面白いじゃないか。
健全をもって自らも認じ、
人も許していたものが、
今では不健全も不健全、
デカ団の標本になったのは、
これというのも本能を苗頭にしたからだ。
君たちは僕が本能万能説を抱いているのを
いつも攻撃するけれど、
実際人間は本能が大切だよ。
本能に従わんやつは生存しておられんさ。
と、とうとうとして弁じた。
4.
電車は代々木を出た。
春の朝は心地がいい。
日がうらうらと照り渡って、
空気は珍しく、
くっきりと透き通っている。
富士の美しく霞んだ下に、
大きな山が見える。
千田谷の窪地に、
新築の家屋の寝室として連なっているのが、
早く行きすぎる。
けれど、この無言の自然よりも、
美しい少女の姿の方がいいので、
男は、前に相対した
二人の娘の顔と姿とに、
ほとんど魂を打ち込んでいた。
けれど、無言の自然を見るよりも、
生きた人間を眺めるのは困難なものだ。
5.
人間は、
人間は、
人間は、
人間は、
いらないとね。
あまりしげしげ見て、
悟られては、という気があるので、
脇を見ているような顔をして、
電車内の出会い
そして稲妻のように、
早く、鋭く、長しめを使う。
誰だかいった、
電車で女を見るのは、
正面ではあまり眩くっていけない。
そうかといって、
あまり離れても際立って、
人に怪しまれる恐れがある。
7分くらいに、
梢に対して座を占めるのが、
一番便利だと。
むろん、このくらいの秘訣は人に教わるまでもなく、自然にその呼吸を自覚していて、いつでもその便利な機会をつかむことを謝らない。
年上の方の娘の目の表情が、いかにも美しい。
星。天井の星もこれに比べたなら、その光を失うであろうと思われた。
ちりめんのすらりとした膝のあたりから、華奢な藤色の裾、白たびを妻立てた三枚傘でのせった。
ことに、色の白い襟首から、あのむっちりと胸が高くなっているあたりが美しいちぶさだと思うと、そう身がかきむしられるような気がする。
一人の太った方の娘は懐からノートブックを出して、しきりにそれを読み始めた。
すぐ千駄ヶ谷駅に来た。
彼の知りよるうかぎりにおいては、ここから少なくとも三人の少女が乗るのが習いだ。
けれど、きょうはどうしたのか。時刻が遅れたのか早いのか。
見知っている三人の一人だものらん。
そのかわりに、それはぶきりような、二目とは見られぬような若い女が乗った。
この男は若い女なら大抵な見にくい顔にも、目がいいとか鼻がいいとか、色が白いとか、襟首が美しいとか、膝の太り具合がいいとか、何かしらの美を発見してそれを見て楽しむものであるが、
今乗った女は、探しても発見されるような美は一か所も思っておらなかった。
そっぱ、ちじれげ、色黒。見ただけでも不愉快なのが、いきなり彼の隣に来て座をとった。
品の町の停留場は、割合に乗る少女の少ないところで、かつて一度、すばらしく美しい、家族の礼状かと思われるような少女と膝を並べて牛込まで乗った記憶があるばかり。
編集部での苦悩
その後、今一度どうかして会いたいもの、見たいものと願っているけれど、今日までついぞ、彼の望みは遂げられなかった。
電車は紳士やら軍人やら、商人やら学生やらを多く乗せて、そして飛竜のごとく走り出した。
トンネルを出て電車の速力がややゆるくなった頃から、彼はしきりに首を停車場の待合所の方に注いでいたが、
ふと見慣れたリボンの色を見えたとみえて、その顔は晴れ晴れしく輝いて胸は踊った。
四ツ谷からお茶の水の高等女学院に通う十八歳ぐらいの少女。
身なりも綺麗に、ことに艶やかな霧を。
美しいといってこれほど美しい娘は、東京にもたくさんはあるまいと思われる。
背はすらりとしているし、目は鈴を張ったようにぱっちりしているし、
口は締まって肉は痩せず太らず、晴れ晴れとした顔には常に紅がみなぎっている。
きょうはあいにく乗客が多いので、そのまま扉のそばに立ったが、
「こみ合いますから前の方へ詰めてください。」と車掌の言葉に余儀なくされて、
男のすぐ前のところへ来て、下川に白い腕を述べた。
男は立って代わってやりたいとは思わぬではないが、
そうするとその白い腕が見られぬばかりではなく、
上から見下ろすのはいかにも不便なので、そのまま席を立とうともしなかった。
こみ合った電車の中の美しい娘。
これほど彼に趣味深く嬉しく感じられるものはないので、
今までにもすでに幾度となくその嬉しさを経験した。
柔らかい着物が触る。えならぬ香水の香りがする。
温かい肉の食感が優に言われぬ思いをそそる。
ことに女の髪の匂いというものは、一種の激しい望みを男に起こさせるもので、
それが何とも名状せられぬ愉快を彼に与えるのであった。
市ヶ谷、丑米、飯田町と早く過ぎた。
代々木から乗った娘は二人とも丑米で降りた。
電車は新地に退車してますます混雑を極める。
それにもかかわらず彼は魂を失った人のように前の美しい顔にのみ憧れ渡っている。
やがてお茶の水につく。
この男の勤めている雑誌社は神田の西基町で青年社という、
小則英語学校のすぐ次の通りで街道に面したガラス戸の前には、
新刊の書籍の看板が五つ六つも並べられてあって、
戸を開けて中に入ると雑誌書籍のラチもなく、
取り散らされた室の長版には社主の難しい顔が控えている。
編集室は奥の二階で十条の一室。
西と南とがふさがっているので陰気なことを帯びただしい。
編集員の机が五脚ほど並べられているが、
彼の机はその最も壁に近い暗いところで、
雨の降る日などはランプが欲しいくらいである。
それに電話がする側にあるので、
ひっきりなしになってくる電輪が実にうるさい。
先生、お茶の水から外堀線に乗り換えて西基町三丁目の角まで来て降りると、
楽しかった空想はすっかり冷めてしまったようなわびしい気がして、
編集長とその陰気な机とがすぐ目に浮かぶ。
今日も一日苦しまなければならんのかなぁと思う。
生活というものは辛いものだとすぐ後を続ける。
と、この世も何もないような嫌な気になって、
街道の人海が黄色く目の前に舞う。
校正の穴埋めの嫌なこと。
雑誌の編集の無意味になることがありありと頭に浮かんでくる。
ほとんど止め処がない。
そればかりならまだいいが、
半ば冷めてまだ冷めきられない電車の美しい影が、
そのわびしい黄色い人海の間におぼつかなく見えて、
それがなんだかこう、
自分の唯一の楽しみを破壊してしまうように思われるので、いよいよ辛い。
編集長がまた皮肉な男で、
人を冷やかすことを何とも思わぬ。
骨折って微文でも書くと、
「関田くん、またおのろけが出ましたね。」と突っ込む。
何座と言うと、症状を持ち出して笑われる。
で、折々はムッとして、
「俺は子供じゃない。37だ。
人をバカにするにも程がある。」と憤慨する。
けれどそれはすぐ消えてしまうので、
これることもなく艶っぽい歌を読み、新大志を作る。
すなわち彼の快楽というのは、
電車の中の美しい姿と微文新大志を作ることで、
シャニーの間は用事さえないと原稿紙を述べて、
一生懸命に美しい文を書いている。
症状に関する感想の多いのは無論のことだ。
その日は校正が多いので、
先生一人それに暴殺されたが午後2時頃。
少し片付いたので一息ついていると、
「杉田くん。」と編集長が呼んだ。
「え?」とそっちを向くと、
「君の金坂を読みましたよ。」と言って笑っている。
「そうですか。」
「相変わらず美しいね。どうして綺麗に書けるんだろう。
実際君の高男子と思うのは無理はないよ。
なんとかという記者は君の大きな体格を見て、
その予想外なのに驚いたと言うからね。」
「そうですかな。」
と杉田は仕方なしに笑う。
「少女万歳ですな。」
と編集員の一人があいづちを打って冷やかした。
杉田はむっとしたが、
くだらんやつを相手にしてもと思って脇を向いてしまった。
実に尺に触る。
37の俺を冷やかす気が知れぬと思った。
薄暗い陰気な質はどう考えてみても侘しさに耐えかねて、
薪煙を吸うと青い紫の煙が吸うと長くなびく。
見つめていると代々木の娘、女学生、
夜露の美しい姿などがこっちゃになってもつれあって、
それが一人の姿のように思われる。
馬鹿馬鹿しいと思わぬではないが、
しかし愉快でないこともない様子だ。
午後3時過ぎ。
退室時刻が近くなると家のことを思う。
妻のことを思う。
つまらんな。歳をとってしまった。」
とつくづく該談する。
若い青年時代をくだらなく過ごして、
今になって後悔したとて何の役に立つ。
本当につまらんな。と繰り返す。
若い時になぜ激しい恋をしなかった?
なぜ十分に肉の香りをも嗅がなかった?
今自分を思ったとて何の反響がある?
もう三十七だ。
こう思うと気がイライラして髪の毛をむしりたくなる。
車のガラスドを開けて表に出る。
終日の労働で頭はすっかり疲れて、
なんだか脳天が痛いような気がする。
西風に舞い上がる黄色い陣外。
わびしい。わびしい。
なぜか今日はことさらにわびしくつらい。
いくら美しい少女の髪の香りに憧れたからって、
もう自分らが恋をする時代ではない。
また恋をしたいったって美しい鳥を誘う羽を
もう持っておらない。
と思うと、もう生きている値打ちがない。
死んだほうがいい。死んだほうがいい。死んだほうがいい。
と彼は大きな体格を運びながら考えた。
顔つきが悪い。
目の濁っているのはその心の暗いことを示している。
妻や子供や平和な家庭のことを念頭に置かぬではないが、
そんなことはもう非常に遠く遠いように思われる。
死んだほうがいい?
死んだら妻や子はどうする?
この念はもう微かになって反響を与えぬほど、
その心は神経的にロストしてしまった。
美しい記憶への憧れ
寂しさ。寂しさ。寂しさ。
この寂しさを救ってくれるものはないか。
美しい姿のただ一つでいいから、
白い腕にこの身を巻いてくれるものはないか。
そうしたらきっと復活する。
希望。奮闘。弁礼。
必ずそこに生命を発見する。
この濁った血が新しくなれると思う。
けれどこの男は実際それによって
新しい勇気を回復することができるかどうかはもちろん疑問だ。
外掘りの電車が来たので彼は乗った。
臨床の雨はすぐ美しい着物の色を求めたが、
あいにくそれには彼の願いを満足させるようなものは乗っておらなかった。
けれど電車に乗ったということだけで心が落ち着いて、
これからが、家に帰るまでが自分の極楽境のように気がゆったりとなる。
道端の様々な商店やら看板やらが
走馬灯のように目の前を通るが、
それが様々な美しい記憶を思い起こさせるので、
いい心地がするのであった。
お茶の水から甲武線に乗り換えると、
折川の博覧会で電車はほとんど満員。
それを無理に車掌のいるところに割り込んで、
とにかく右の扉の外に立って、
しっかりと真鍮の丸棒を掴んだ。
ふと車中を見た彼は、はっとして驚いた。
そのガラス窓を隔ててすぐそこに、
品の町で同乗した今一度ぜひ会いたい、見たいと願っていた美しい礼状が、
中折れ棒や角棒やインバネスにほとんど押し付けられるようになって、
ちょうどカラスの群れに取り巻かれた鳩といったような風になって乗っている。
美しい目、美しい手、美しい髪、
どうして俗悪なこの世の中にこんな綺麗な娘がいるのか、とすぐ思った。
誰の細工になるのだろう、
誰の腕に巻かれるのであろうと思うと、
たまらなく口惜しく情けなくなって、
その結婚の日はいつだか知らんが、その日は呪うべき日だと思った。
白い襟首、黒い髪、うぐいしちゃのリボン、
白魚のような綺麗な指、宝石色の金の指輪。
乗客が混み合っているのと、ガラス越しになっているのと都合の良いことにして、
彼は心ゆくまでその美しい姿に魂を打ち込んでしまった。
水道橋、飯田町。乗客はいよいよ多い。
牛込に来ると、ほとんど車台の外に押し出されそうになった。
不幸な事故
彼は真鍮の棒につかまって、しかも目を礼状の姿から離さず、
うっとりとして自ら我を忘れるというふうであったが、
市街に来た時、また五六の乗客があったので、
押しつけて押し返してはいるけれど、ややともすると身が車外に突き出されそうになる。
電線のうねりが遠くから聞こえて、なんとなく辺りが騒々しい。
ピーと発車の笛が鳴って、車台が一、二軒ほど出て、急にまたその速力が早められた時、
どうしたはずみか、少なくとも横にいた乗客の兄さんが中心を失ってたごれかかってきたためでもあろうが、
礼状の美にうっとりとしていた彼の手が真鍮の棒から離れたと同時に、
その大きな体は見事にとんぼ返りを打って、
なんのことはない、大きな丸のようにころころと線路の上にころがり落ちた。
危ない!と車掌が絶叫したのも遅し早し。
上りの電車が運悪く中を動かしてやってきたので、たちまちその黒い大きい一塊は、
あなやという間に三、四軒ずるずると引きずられて、赤い血が一筋長くレールを染めた。
非常景的が空気をつんざいてけたたましくなった。
1969年発行 門川書店 門川文庫
布団 一平卒 より独了読み終わりです。
主人公の苦悩
いいですね。かわいい女の子が好きっていうね。
なんか痴漢とかすんのかなと思ったら、そこまでは行かなかったですね。
最後、なんか書き続けるの嫌になっちゃったのかな。
殺しちゃいましたもんね、最後ね。
殺さずとも良かったっていう感じがするけどな。
かわいそうだな、30代後半の男性の。
でも最後苦悶に満ちてましたね。
死んだほうがいいか、死んだほうがいいかみたいなね。
そんなことないよ、ほんとにね。
まったく、死ぬまで生きたらいいのに。
残念ながらこの主人公は殺されてしまいましたね。
ね、痴漢なんかしないで。
痴漢はしてるわけじゃないか、この主人公。
声かけたらいいのにね。
でも、なんか、つい先日、
X、Twitterで人気のポストみたいなので回ってきましたけど、
40代婚活男性が、
いや、曰く、
俺はもう、20代女性をエスコートする気概があるし、
優しく接するようにしてるみたいな、
痛い発言をしてましたけど。
ね。
あ、その前後の文脈もあるんでしょうけど。
逆に50代女性にも行けるって言ったら信用できるんだけどね。
若い子ばっかり見てる人見るとなんか、
はーんって気持ちになりますわね。
いろんな町町でお酒を楽しんでいると、
あそこもここも肉体関係者だったんだみたいなことが後から分かってきたりしてね。
なんか、そうだったのかーみたいな。
自分のかやの巣どっぷりにこう、愕然とするばかりですが。
まあ、みんな楽しんでていいのかもね。
ふふふ、ね。
んー、んー、んー、はい。
みんな、いいぞ。人気だぞ。
ふふふ。
何の話だっけ。
はい。終わりにしましょう。
無事寝落ちできた方も、最後までお付き合いいただいた方もありがとうございました。
といったところで、今日のところはこの辺で。
また次回お会いしましょう。
おやすみなさい。