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寝落ちの本ポッドキャスト
こんばんは、Naotaroです。
このポッドキャストは、あなたの寝落ちをお手伝いする番組です。
タイトルを聞いたことがあったり、実際に読んだこともあるような本を、淡々と読んでいきます。
エッセーには、面白すぎないツッコミを入れることがあるかもしれません。
作品はすべて、青皿文庫から選んでおります。
ご意見・ご感想は、公式Xまでどうぞ。
さて、今日は前回の続き、夏目漱石の自転車日記の後編です。
イギリス留学中、下宿先のおばあさんに、
自転車に乗ってみなさいと言われ、
それから自転車と格闘することになった夏目漱石の自転車との日記の後編を読んでいきたいと思います。
前回は、坂道を下ることも上ままならないみたいな話でしたね。
お国のお金でイギリスへ行ってみますので、向こうのですね、
やんごとない人とも会話をすることがあるんですが、
その辺りもちょっと交えながらの日記となっています。
それでは後編参ります。
〇月〇日。
お調べになるときは、ブリティッシュミュージアムへお出かけになりますか?
あそこへはあまり参りません。
本へやたらにノートを書きつけたり、棒を引いたりする癖があるものですから。
さよう、自分の本のほうが自由に使えていいですね。
しかし私などは著作をしようと思うと、あそこへ出かけます。
夏目さんは大変ご勉強だそうですね。
と、さえくんがそばから口を開く。
ということはこれは奥さんから聞かれていますね。
この時代おそらくご夫婦の間は敬語を使ったりするんでしょう。
奥さんからそう聞かれて夏目漱石が答えます。
あまり勉強もしません。
近頃は人から勧められて自転車を始めたものですから。
朝から晩までそればかりやっています。
奥様がそれに答えます。
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自転車はおもしろございますね。
宅ではみんな乗りますよ。
あなたもやはり遠乗りをなさいましょう。
奥様のご自宅、ご実家ではみなさん乗るみたいですね。
あなたも遠くへ乗るんでしょう。
と夏目漱石は言われています。
遠乗りをもって、さえくんから犠牲られた先生は。
ここで言う先生は夏目さんのことです。
実に普通の笑みにおいて、
乗る長寿のいかなるものなるかをさえ返し得ざる男なり、
ただ一種の曲解せられたる意味をもって、
坂の上から坂の下まで、
辛うじて乗り越せる男なり、
遠乗りの二寿を受け賜って、
心安からず重石が賭け値を言うことが、
第二の天聖とまで進化せる二十世紀の今日。
この点にかけては、一人前に通用する人物なれば、
女才なく舌のごとく返答をした。
さよう、遠乗りというほどのこともまだしませんが、
坂の上から舌の方へ、
勢いよく乗り下ろすときなんか、すこぶる愉快ですね。
つまり、夏目漱石は奥さんにちょっと強がったわけですね。
今まで沈黙を守っておった霊長は、
こいつ少しはできるなと勘違いをしたものとみえて、
いつか夏目さんと一緒に、
みんなでウィンブルドンへでも行ったらどうでしょう。
と、父姫と母親に向かって道義を提出する。
これ奥様と一緒に、奥様のご両親とも一緒にイギレスへ渡っているんですかね。
父姫と母上は、一斉に私の顔を見る。
私ここにおいてか、少々しりこそばゆき状態に陥るのを、
やもう得ざるに至れり。
さりながら妙麗なる美人より申し込まれたるこの裸子女王を、
まっぴらご面子を見ると握りつぶすわけにはいかない。
いやしくも文明を教育を受けたる紳士が、
不二に対する尊敬を失しては生涯の不真面目だし、
かつやこれでもか、これでもかと、
私が喉をやくしつつある二寸五分の背からの手前もあることだから。
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ことさらに平気と愉快を当分にかみした顔をして、
それは面白いでしょう。しかし、
奥様からのサイクリングのお約束から逃げたいわけですね。
しかし奥様からの追撃が来ます。
お勉強でお忙しいでしょうが、
今度の土曜ぐらいはお暇でいらっしゃいましょう。
と、だんだん切り込んでくる。
私がしかしの後には必ずしも多忙が来るとは限っておらない。
自分ながら何のためのしかしだかまだ半然せざるうちに、
こう線を制されてはいよいよしかしの収まり場がなくなる。
しかしあまり人通りの多いところでは、
えー、あの、まだ慣れませんから。
と、ようやく一つの活路を開くや否や。
いえ、あの辺の道路は実に歓声なものですよ。
と、すぐ当線棒をされる。
身体これ極まるとは、
たらに自転車の上のみに手は荒ざりけり。
と、一人で感心をしている。
感心したばかりでは拉致があかないから、
この際唯一の手段としてしかしをもう一遍繰り返す。
しかし今度の土曜は天気でしょうか。
岸の鮮明ならざることを見ただし。
誰に聞いたってそんなことがわかるものか。
さてもこの勝負。
男の方を曲げとや見たりけん。
審判官たる主人は仲裁。
子として口をひらいていわく。
日は決めんでも、
いずれそのうち私が自転車でお宅へうかがいましょう。
そして一緒に散歩でもしましょう。
これはおそらく義理のお父様がそう言ってくださったんでしょう。
サイクリストに向かって一緒に散歩でもしましょうとはこれいかに。
彼は私を目して
サイクリストたる資格なき者と認定せるなり。
この美しき礼状とウィンブルドンに行かなかったのは
私の幸いであるか。
はた不幸であるか。
考えうること四十八時間。
遂に半然としなかった。
日本話の俳諧詩これを称して朦朧体という。
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丸月丸日。
数日来の手痛き経験と
精緻なる施策とによって私は下の結論に到着した。
自転車のクラとペダルとは
何も世間体を作ろうために
万全と付着しているものではない。
クラは尻をかけるためのクラにして
ペダルは足を乗せかつ踏みつけると
回転するためのペダルなり
ハンドルは最も危険の道具にして
ひとたびこれを握るときは
人目を眩ませしむるに
たる目覚ましき働きを成すものなり
かく嫉妬を抜くが如く。
自転車の悟りを開きたる私は
婚礼の監督官及びその伴なる貴公子
某伯爵と共に靴羽を連ねて
クラーパム根門を横切り
鉄道場所の通う大通りへ
曲がらんとするところだと思い給え。
これ給えと言っているので
おそらくたとえ話だと思いますね。
もう一度よろしいですか。
もう少し文章からいきますよ。
自転車の悟りを開きたる私は
婚礼の今たとえの監督官及び
その友人なる貴公子
某伯爵と共に靴羽を連ねて
クラーパム根門を横切り
鉄道場所の通う大通りへ
曲がらんとするところだと思い給え。
大通りへ曲がろうとしているよ
三人でというたとえです。
私の車は両君の間に開在して
操縦すでに自由ならず
ただ前へ出られるばかりと思い給え。
しかるに出られべき一方
口が突然ふさがったと思い給え。
すなわち横切りにかかる途端に
右の方より
不都合なる一輌の荷車が
ごめんよとも何とも言わず
呉然として我が前を通ったのさ。
今までの態度を維持すれば
衝突するばかりだろう。
私の主義としては
衝突はこちらが勝つ場合についてのみあえてするが
そのほか負ける色の見えすいたような衝突になると
いつでも御面子をむるのが
我が家伝来の剣法である。
去るによってこの膨大なる荷車と
老朽悲鳴を上げるほどの我が自転車との衝突は
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親父の唯言としても
避けねばならぬといって
左右へよけようとすると
御良君のうち
いずれか衝突の尻を持って行かねばならぬ。
もったいなくも一人は伯爵の若殿様で
一人は我が恩師である。
さような無礼なことは
平民たる我々夫勢のすまじきことである。
のみならずほらの分際として
水産な所さと思われるべし。
こうならんと欲すれば礼ならず。
礼ならんと欲すればこうならず。
やむなくば退却か落車の二択あるのみと
ちょっとの間に相場が決まってしまった。
この時ことに臨んで
かつて老敗したることなき
我らつらつら思うよう
出来さえすれば退却もまんざらでない。
少なくとも落車に勝ること。
方々なりといえども
悲しい男よいまだ整わざる今日の時勢なれば
仕方がない思い切って落車にしろ
と両者の間に堂々と討つ。
折士も私を去ること二件ばかりの所に
退屈そうに立っていた巡査。
自転車の巡査におけるそれなお
刺身の妻におけるごときか
何ぞそれ引き合いに出るのははなはだしき
この妻的巡査が声をあげて
アハアハアハと三度笑った。
その笑い方苦笑にあらず
冷笑にあらず
微笑にあらず
かんらからから笑いにあらず
全くの作り笑いなり
人から頼まえてする笑いなり
この笑いをするためにこの巡査は
シックスペンスを得たか
ワンジリングを得たか
いかんながらこれを高級する暇がなかった。
変妻巡査などが笑ったって
とすぐさまご両君の後をしたって駆け出す。
これが巡査じゃなくて先日の娘さんだったら
やはりすぐさま駆け出されるかどうだかの問題は
15:00
いざとならなければ解釈がつかないから
質問しない方がいいとして先へ進む。
さて、両君はこの辺の地理不安ないなり
との口実をもって
おぼつかなき私に先導たるべし
との言明を伝えた。
つまりこの辺の道に詳しくないから
夏目さんに先に行けと言われたと言ってますね。
しかるに案内には詳しいが
自転車にはとても詳しくないから
行こうと思う方へは行かないで
回り角へ来るとただ曲がりやすい方へ曲がってしまう。
ここにおいてか同じところへ何遍も出てくる。
はじめのうちは何とかかんとかごまかしていたが
そうは持ちきれるものではない。
今度は違った方へ行こうとの行為である。
よろしいと口には言ったようなものの
ままにならぬは浮世の常。
容易にそっちの方角へは曲がらない。
道幅三分の二も来た頃
やっとの思いでハンドルをぎゅーっとねじったら
自転車は九十度の角度をひと時に回ってしまった。
その急回転のために
思いがけなき興味を博し得たという話は
明日の講義の中に
という価値もないからすぐに話してしまおう。
この時まで気がつかなかったが
この急激なる方向転換の刹那に
私と同じ方角へ向けて
私に尾行してきた一人のサイクリストがあった。
ところがこの不意打ちに驚いて
車をかわす暇もなく
もろくも私のそばで転がり落ちた。
後で聞けば四つ角を曲がる時には
ベルを鳴らすか片手をあげるか
一通りの挨拶をするのが例だそうだが
楽天のキスをお好む私は
さような月並み主義をとらない。
いわんやベルを鳴らしたり手をあげたり
そんな面倒なことをする余裕は
この際少しもなけにおいておやだ。
ここにおいてかこのだんまり転換を遂行するのも
私にとってはやもうえざるに出たもので
私の後にくっついてきた男が
びっくりして落車したのもまた
無理のないところである。
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双方とも無理のないところであるから不思議はない。
当然のことであるが西洋人の論理は
これほどまで発達しておらんと見えて
彼のおちびと大いに激凛の体で
チンチンチャイナマンと私を罵った。
罵られたる私は一心報ゆるはずであったが
そこは大優なる豪傑の本性をあらわして
お気の毒だねの一言を残して
振り向きもせず曲がってゆく。
実は振り向こうとするうちに
車が通り過ぎたのである。
お気の毒だねより他の言葉が出てこなかったのである。
正直なる私は高所にも豪傑などゆう
一種の癖物と間違えられるを恐れて
ここにゆっくり弁解しておくなり
万が一私を豪傑などとかいかぶって
しっけいな挙動をあるにおいては
七章までたたるかもしれない。
丸がつ丸にち
人間万事葬石の自転車で
自分が落ちるかと思うと人を落とすこともある。
そんなに楽胆したものでもないと
今日はズルズルしく構えて
ばたしい公園へと急ぐ。
公園はすこぶる歓声だが
その出前山頂ばかりのところが非常の雑踏な通りで
初心者たる私にとっては
何頭何鉄の難関である。
いましも私の自転車は
ラベンダー坂を無難に通り抜けて
この四通り発達の中央へと乗り出す。
向こうに鉄道馬車が一台
こちらを向いて休んでいる。
その右側に非常に大いなる二車が
向こう向きに休んでいる。
その間約四尺ばかり。
四尺とは一メーター二十センチぐらいのことですね。
私はこの四尺の間をすり抜けるべく
車を走らしたのである。
私が車の前輪が馬車馬の前足と並んだとき
すなわち私の体が鉄道馬車と
二車との間に入りかけたとき
一台の自転車が早手のごとく
向こうから割り込んできた。
か弱な咄嗟の際には
21:00
命が大事じゃから退却にしようか
落車にしようかなどの分別は
さすがの我が輩にも出なかったとみえて
おやと思ったら体はもう落ちておった。
落ち方が少々まずかったので
落ちるとき左利手で
したたか馬の太っ腹を叩いて
辛くも四つ倍の不停歳を免れた。
やれ嬉しいやと思う間もなく
鉄道馬車は前進し始める。
馬は驚いて我が輩の自転車を蹴飛ばす。
相手の自転車は何くわぬ顔で
すーと抜けてゆく。
馬の抜けさ加減は尋常一様にあらず
このとき派手やかなる義具に乗って
後ろから駆け来たる一個の紳士
鞭を上げざまに私が方を返り見て
曰く大丈夫で安心したまえ
殺しやしないのだから
と私心中ひそかに驚いて言う
してみると時には自転車に乗せて
殺してしまうのがあるのかしら
イギリスは賢能なところだと
賢能というのは険しいという字ですね
あとがき
私が二十貫目
七十五キロのばあさんに降参して
自転車責めに遭ってより以来
大落五度大きな落ち方五回
省落はその数を知らず
何度も落ちたと言っています
あるときは石垣にぶつかって
向こう爪をすりむき
あるときは立木に突き当たって
生爪をはがす
その苦戦言うばかりなし
しかしてついに物にならざるなり
元来この二十貫目のばあさんは
むやみに人をばかにするばあさんにして
このばあさんが皮肉に人をばかにするとき
その妹の十一貫目のばあさんは
瞬きもせず
私が黄色な表を打ち
守りていかなる変化が
私の美目の勘に合われるかを検査する役目を務める
お役目ご苦労の至りだ
この二ばあさんの下釈にあって以来
私の猜疑心はますます深くなり
私のままご根性は日に日に増長し
24:03
ついに開けっぱなしの門戸を閉鎖して
私の黄色な顔をいよいよ黄色にするのを
やもうえざるに至り
かの二人のばあさんは
私が黄色の心線を測って
深い浅いと書いて心線ですね
彼ら一日のプログラムを定める
私は実に彼らにとって黄色な活動時計であった
たまた降参を申し込んで余し得たるところ
行くばくぞと問えば
貴重な留学時間を浪費して
下宿なめしを二人前食いしに過ぎず
さらばこの降参は割に益なくして
かに損ありしものと石いす
無残なるかな
筑魔書房 筑魔文庫 夏目漱石全集10
1988年第一冊発行の提本より読み終わりです
一番最後の後書きで
夏目漱石がしかしてついに
物にならざるなりと言ってますので
漱石はついぞ自転車を乗りこなすことができなかったみたいですね
しかもイギリス人の意地悪なおばあさん二人に
いじめられてたっていう
偉大な文豪の意外な一面が見えたような気がいたしますね
無事に落ちてきたでしょうか
また次回
それでは皆様おやすみなさい