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【ミュージック】最近のJ-POPはなぜ高く聞こえる?歌はうまいのに歌詞が残らない理由
2026-08-06 18:17

【ミュージック】最近のJ-POPはなぜ高く聞こえる?歌はうまいのに歌詞が残らない理由

最近のJ-POPを聴いていて、「歌はうまいし、声もいいのに、歌詞があまり残らない」と感じることはないでしょうか。


このエピソードでは、最近の曲が高く聞こえる理由と、歌唱力の高い歌でも言葉が残りにくくなる理由を、歌声の作り方とSNS時代の聴かれ方から考えます。


曲全体のキーが高いことと、サビの高音やファルセットを耳にする機会が多いことは同じではありません。


SNSやショート動画では、短い時間でも盛り上がりが伝わりやすい高音部分が使われやすく、その結果として「最近の曲は高音ばかり」という印象が強まることがあります。


また、高音やファルセット、発音、音圧などによって、歌詞よりも声の高さや響きへ意識が向く場合もあります。


サカナクションの「アルクアラウンド」と、そのサビのメロディーの元になった「煙の中」を聴き比べながら、同じような旋律でも、歌い方やアレンジによって言葉の届き方がどう変わるのかを考えます。


「高音の曲が悪い」「昔の曲の方がよい」と結論づけるのではなく、耳に残る歌と心に残る歌の違いを整理するエピソードです。


このエピソードは、Webメディア「ねんごろ」で公開している記事をもとに制作しています。


元記事:

https://nengoro.com/column/social/j-pop/


YouTube:

https://youtu.be/3klXMsldw-4


このエピソードの音声は、生成AIを利用して制作しています。

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最近のJ-POPをスマートフォンで聞いていて、
あの、あれなんか自分の感性が古くなったのかなって、
密かに落ち込んだことありませんか?
ああ、ありますね。
歌はものすごく上手し、声も綺麗なのに、
なぜか歌詞が全然頭に入ってこないっていう。
そうそう、それなんですよ。
音楽を聴いてリラックスしたいはずなのに、
なんかこう、ものすごい量の情報を処理させられてるような感覚になるんですよね。
へえ。
サビで突き抜けるような高音とか、
綺麗なファルセット、つまり裏声ですよね。
そういうのが続く曲を何曲かリピートしてると、
なんだか耳の奥がどっと疲れてしまう感覚、よくわかります。
ですよね。でもリスナーのあなた、
今日からそんな風に落ち込む必要は一切なくなります。
はい、全くないですね。
実は、それあなたが年を取ったからとか、
集中力が落ちたからじゃなくて、
人間の耳の構造とか、
今のスマートフォンの使われ方が引き起こした、
ごくごく必然的な現象だったんですよ。
へえ、私たちの耳が今、どういう環境に置かれていて、
音楽とどう向き合っているのか、
そこにはかなり明確なメカニズムが存在していますからね。
ということで、ちょっと整理してみましょうか。
今回の深掘りでは、現代ポップスの音響的な側面とか、
ボイストレーニングの進化の歴史なんかを重ね合わせて、
この謎を徹底的に解き明かしていきます。
はい。
なぜ最近の曲はこんなにも高音ばかりに聞こえるのか、
そしてあんなにも素晴らしい歌唱力なのに、
なぜ歌詞が心に残りにくいのか、
その辺りを探っていきます。
これ本当に単なる音楽の流行の話に留まらなくて、
私たちがテクノロジーとどう付き合っているかという、
すごく興味深い背景が見えてくるんですよね。
いやあ、楽しみです。
まずは、誰もがうっすら感じている、
最近のJポップ、なんかキーが高すぎないっていう疑問から切り込みたいんですけど。
へえ、よく言われますよね。
これ実は、全ての曲の全体のキーが、
一様に底上げされているわけではないんですよね。
そうなんですよ。
キーっていうのは、
楽曲全体の音の高さを決める基準なんですけど、
全体のベースが極端に高いわけではなくて、
実はこれ、人間の耳の錯覚もかなり影響してるんです。
錯覚ですか?
はい。
私たちの脳って、曲全体のトーンがそれほど高くなくても、
サビのたった1音、ほんの一瞬のピークの音だけが極端に高ければ、
ああ、これは高音の曲だっていう強い記憶を刻み込んでしまうんですよ。
ああ、なるほど。
一番高い山の頂上だけを見て、
うわあ、全体がとんでもない標高の山脈だと思い込んじゃうみたいなものですね。
まさにその通りです。
逆に言えば、全体のキーが多少高く設定されていても、
一番低い音から一番高い音までの幅、つまり音域ですね。
これが狭くて穏やかに進む曲であれば、
私たちが聞きづらさとか疲労感を覚えることは少ないんです。
へえ、じゃあ高いから疲れるっていう単純な話じゃないんですね。
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なんていうか、ずっと爆発シーンが続いてるアクション映画みたいなものじゃないですか、それって。
最初から最後までずっと画面がド派手に光ってドカンって爆発音が鳴り響いてると、
いくら映像のクオリティが高くてもなんか目がチカチカして疲弊しちゃうっていうか、
気文字のストーリー展開が全然頭に入ってこないみたいな、それと同じですかね。
ああ、その感覚にすごく近いです。
そしてその疲労感を生み出しているのは単にピークの音が高いからだけではないんですよ。
ほう、他にも理由が。
高い音が長く続くことに加えて、現在の音楽は音圧、
つまり音の密度とかボリューム感がものすごく高い状態で作られていることが多いんです。
音圧ですか。
でもあの、ポップスとかロックって昔から結構うるさいというか、ボリューム自体は大きかったですよね。
ええ、ただボリュームの大きさというより隙間がないといった方が正確かもしれないですね。
隙間がない。
昔の音楽は頭大きくなる瞬間と静かになる瞬間のダイナミクス、つまり波があったんです。
でも今はボーカルも伴奏も常にパーンと前に出ている強い状態が最初から最後まで維持されるように加工されていて。
ああ、ずっとクライマックス状態みたいな。
そうなんです。
さらに私たちがそれをどうやって聞いているかという再生環境も決定的な違いを生んでいます。
あ、それをやっぱりイヤホンですか。
その通りです。
今は多くの人が密閉されたノイズキャンセリングイヤホンを使って、
耳の鼓膜のすぐそばで隙間のない強い音を聞き続けているんですよね。
うわあ、確かに。
高い音、強い音圧、そして鼓膜へのダイレクトな再生環境、
この3つの条件が揃うこと自体が、現代の聞き疲れを引き起こす大きな背景になっています。
いや、イヤホンっていう閉鎖空間に常に爆発シーンを流し込まれている状態だとしたら、それは疲れますよ。
でもそもそも、なぜそんなに高音のピークばかりが目立つ曲が増えたと感じるんでしょうか。
そこで見過ごせないのが、私たちが毎日無意識にスクロールしているSNSや数秒から数十秒のショート動画の影響なんです。
ああ、やっぱりそこに行き着くんですね。
ええ、私たちが新しい音楽に出会う場所が、テレビの音楽番組やCDショップからスマートフォンの画面上に完全に移行したことが大きな前提としてあるんです。
確かに。ショート動画で曲が流れてくるときって、なんか静かなイントロとか低い声で淡々と語りかけるようなAメロから始まることって滅多にないですよね。
そうですよね。
だいたい急にバーンって声が高くなるサビから始まりますもんね。
作り手とか発信者の視点に立ってみれば理由は明白なんですよ。15秒とか30秒という短い時間でスクロールしようとする指を止めさせなければならない。
うーん、シビアな世界ですよね。
そのためには、地声からファルセットへスッと切り替わるようなテクニックな光る瞬間とか圧倒的な高音という音の刺激を一番最初に持ってくるのが最も効率的だからです。
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なるほど。静かに進む部分とか、歌詞の意味が時間をかけて少しずつ染みてくるような部分は、数秒で切り取られちゃうと魅力が伝わる前にスワイプされちゃうわけですね。
ええ、そういうことです。その結果、私たちは1曲を最初から最後までじっくり通して聴く機会よりも、SNS上で似たような高音の見せ場ばかりを連続して浴びる機会の方が圧倒的に増えてしまったんです。
本当は世の中に色々な高さの曲があるのに、私たちがフィルター越しに受け取る音楽が高音の切り取りばかりになっている。これが最近は高い曲ばかりが増えたと錯覚させる最大の要因なんですよね。
まさに高音のシャワーだけを意図的に浴びせられている状態ですね。これだと耳が疲れるのも納得です。
でもここからが今日一番面白いところだと思うんですけど、高い音をブレずに正確に歌える圧倒的な技術があることと、その歌詞が私たちの心にグッと残ることは、実はイコールにならない、両立しにくいっていう音響的な仕組みの話ですよね。
ええ、これには人間の発声の音響的、そして身体的な仕組みが深く関わっているんです。
どういうことですか?
高い音をきれいにかつ強く響かせるためには、歌詞は口の開き方とか舌の位置、つまり母音の響かせ方を限界まで調整しなければならないんですよ。
ああいうえおの母音ですね。
その物理的な調整をした結果として、どうしても母音の響きが極端に前に出すぎてしまって、かきくけこなどの死音が相対的に弱くなってしまうという現象が起きます。
なるほど。
つまり、言葉としての音はきれいに聞こえているのに、文章としての意味の輪郭を作る死音がぼやけてしまって、私たちが意味を追いにくくなってしまうんです。
ちょっと待ってください。クラシックのオペラ歌詞とかってものすごく高い声を出しますよね。
はい、出しますね。
でも舞台を見てると感情とか迫力はバッチリ伝わってきますよね。単に音が高いから言葉が消えるっていうわけじゃないのでは。
それはすごく素晴らしい視点ですね。実はオペラの発声と現代ポップスの高音は音の飛ばし方とかマイクの使い方が全く異なるんです。
全く違うんですか。
オペラはホール全体に生音を響かせるための発声で、特有の共鳴を使います。
一方で現代のポップスはマイクが口元にあることを前提にしていて、ファルセット、つまり裏声とか息を多く混ぜたウィスパーボイスを多用するんです。
マイクありきの発声なんですね。
そうです。息を多く含ませることで柔らかさとか浮遊感を出せる反面、マイクに乗った息の音が混ざることでさらに死音がマスキングされてしまって、言葉と言葉の区切りが極端に曖昧になってしまうんですよ。
マイクと息の摩擦音みたいなものが言葉の輪郭を削り取っちゃうんだ。だから綺麗な声は聞こえるけど意味が入ってこないとなるわけですね。
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そこでこの声の高さと歌詞の聞こえ方の綱引きについて非常に面白い比較分析があるので紹介しましょう。
お願いします。
サカナアクションというバンドの代表曲で、アルクアラウンドという曲がありますよね。
はい、大ヒット曲ですよね。
そしてそのボーカルの山口一郎さんが、サカナアクション以前に組んでいたダッチマンというバンドのケムリの中という曲。この2曲の比較なんです。
あ、これ実は全く同じサビのメロディが使われているっていう。
そうなんです。全く同じメロディでありながら聞き手に残る印象が劇的に異なるんですよ。
アルクアラウンドを聞くと、あの突き抜けるような高音とかファルセットへの鮮やかな切り替わりという音の刺激の方が強烈に耳に残ります。
確かに、アルクアラウンドって声の高さとかテンポの良さに乗せられて、気が付いたらサビが終わっている感覚がありますね。歌詞の意味より声の気持ちよさが勝つというか。
それは人間の脳の仕組みでして、強い音響的な刺激を受けると、言葉の意味を処理するよりも先に、声の技術に対する驚きとか音の変化の方に注意のリソースを奪われてしまうんです。
脳の処理が追いつかないんですね。
結果として、言葉の意味は記憶の後ろの方へ追いやられてしまいます。一方で、過去の楽曲であるケムリモナカは、もっと普段の話し声に近い自然な音域と発声で歌われているんです。
話し声に近いからこそ、言葉がどこで区切られているのかとか、息継ぎはどこかとか、語尾がどうふわっと弱まるのか、そういう言葉の動きがダイレクトに入ってくるんですよね。
そうですね。
すぐ目の前で自分に向かって直接言葉を手渡されているような感覚というか。
まさにその、言葉を手渡される感覚を生み出している正体が余白なんです。
余白ですか。
はい。キーが低めで伴奏もシンプルで、話し声に近い発声だからこそ、リスナーが言葉の抑揚を脳内で追いかけるための余白が生まれているんです。
その余白があるかどうかで、聴き手の注意が声の技術に向くのか歌詞の意味に向くのかが劇的に変わる。これは非常に重要な音響心理の仕組みですね。
いや、余白がないと言葉の意味を受け止めるスペースが脳内に残らないんですね。ものすごく腑に落ちました。
ええ。
でも、そもそもなぜそんなに余白のない高音の曲を作るようになったんでしょうか。昔から高い曲はありましたけど、最近はちょっと次元が違う高さですよね。
そこには仕組みのもう一つの側面として、曲の作り方自体の劇的な進化が関わっているんです。
作り方ですか。
はい。インターネットの普及でボイストレーニングの情報が広く知れ渡って、地声と裏声をなめらかにつなぐミックスボイスのような技術が一部の天才だけでなく練習で身につくようになったことも一因ですが、それ以上に大きいのがテクノロジーの進化なんです。
テクノロジー、つまりDTM、パソコンでの音楽制作が当たり前になったってことですよね。
ええ。昔のレコーディングって、実際に人間がマイクの前で歌い切れるかどうかが全てだったんですよ。作曲家も、このキーだと人間の喉には負担が大きすぎるとか息継ぎの場所がないとか、そういう物理的な限界を計算してメロディを書いていたんです。
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ああ、人間が歌う前提ですからね。
でも今は、DTMの制作ソフト上で録音した歌の音程を後からピッチ補正ソフトで完璧に修正できちゃうんです。
え、ということは、作曲家がちょっと人間には厳しいかなと思うような複雑で極端に高いメロディでも、とりあえずパソコンの画面上で作ってみて、後からボーカルの音程を直して一つの作品に仕上げることができちゃうってことですか?
その通りです。作曲する側のリミッターが完全に外れてしまったんです。さらに、初音ミクに代表されるボーカロイドの存在がこの傾向を決定付けました。
ボーカロイドですか?
ボーカロイドは人間の息継ぎを必要としませんし、どれだけ高音で高速なメロディでも完璧に歌いこなしますからね。
ああ、なるほど。ボーカロイドの曲を聴いて育った世代が、今度は作曲家になって、人間が歌いやすいかどうかではなくて、データとしてどれだけキャッチーで刺激的かを基準にメロディを作るようになったんだ。
ええ、まさにパラダイムシフトですよね。
人間の呼吸とか喉の限界っていうある種の制約がポップスから抜け落ちたってことですね。
その通りです。テクノロジーによって高音が作りやすくなり、SNSによってその一番派手な見せ場ばかりを繰り返し浴びる環境になった。これが今のJ-POPの高音化と歌詞が入ってこない現象の全貌なんです。
いやー、点と点が完全に繋がりましたね。これ、ここまでの話を踏まえて、リスナーの皆さんが陥りがきな誤解をクリアにしておきたいなと思うんですけど。
はい、大事ですね。
まず、歌は上手いのに歌詞が残らないのは、自分の聴き方が浅いからだっていうあの自己嫌悪。
これに関しては明確に否定します。歌詞が残らなかったのは、あなたが音楽を集中して聴いていなかったからではないんです。
はい。
単に、その曲の声の印象とか音圧のインパクトがそれだけ強烈にデザインされていたという事実を示しているに過ぎないんです。歌歌技術の高さに圧倒されることと、歌詞の意味に深く共鳴することは全く別の体験なんですよ。
なるほど。自分の感性が鈍ったわけじゃないってわかるだけで、すごく音楽が聴きやすくなりますよね。
えー。それから、SNSが悪者だという単純な話でもないんです。SNSが高音の曲を直接作っているわけではなくて、曲の中にもともとあった高音部分を見つけやすくして目立たせている覚醒器のような存在に過ぎないんですよね。
確かに。それと、さっきから話を聞きながらずっと考えていたんですけど、このすぐ耳を引く高音の曲と言葉が染みる曲の違いって、チューイングガムとフレンチのコース料理みたいな違いじゃないですかね。
ほう。ガムとコース料理ですか。詳しく聞かせてください。
なんか、ガムって口に入れた瞬間にガツンと甘さが広がって、数秒であ、美味しいって脳が刺激されるじゃないですか。ショート動画でパッと耳をつかむ高音の歌はまさにこれだと思うんですよ。
15:10
なるほど。
一瞬でドーパミンが出るような。一方で、コース料理は最初の一口は派手じゃないかもしれないけど、時間をかけてゆっくり味わううちに色々な素材の味がしてきて。
ええ。
食べ終わった後にも余韻が残り、ああ、またいつかあの味を楽しみたいなって思う。これが余白があって言葉の抑揚をじっくり終えるような歌なのかなって思ったんです。
ああ、それは非常に面白い見方ですね。まさにその通りで、重要なのは高音のチューイングガムと低音のコース料理、どちらが優れているという話ではないということなんです。
優劣じゃないと。
ええ。高音が持つギリギリの緊張感とかファルセットの浮遊感が歌詞の世界観を強烈にブーストして爆発的な感動を生む曲もたくさんあります。SNSという覚醒器はそういう瞬間を切り取るのには最適ですから。
はいはい。
逆に低い声だからといって必ずしも名曲になるわけでもない。それぞれに異なる機能と素晴らしい役割があるんですよね。
どちらが悪いんじゃなくて、私たちが今どちらを味わっているのかを自覚することが大事なんですね。
ええ。人間の耳は大きな音や高い音に反射的に注意が向くようにできているんです。だからこそ次に最新のヒット曲を聞いてなんだか疲れたなとか歌詞が全然入ってこないなと思った時はちょっと立ち止まってみてほしいんです。
どうすればいいですか?
今自分の注意はどこに奪われていたんだろうと。圧倒的な声の技術だったのか音圧だったのかそれとも歌詞だったのか。そうやって少しだけ振り返って分析してみてほしいんです。
そうやって自分の耳のベクトルを確認するだけで情報の渦に飲み込まれずに自分が本当に音楽に求めているものが見えてきそうですね。
そうですね。そして最後にもう一つ興味深い事実をお伝えします。
何でしょう?
実際のライブ会場ではアーティストが原曲からあえてキーを下げて歌うことがよくあるんです。
えっそうなんですか?私レコーディングと同じように完璧な高音を出すのが正解だと思ってました。
もちろん完璧に再現するアーティストもいますが、あえてキーを下げたりメロディーのタイミングを崩して語りかけるように歌う人も多いんですよ。
それはどうしてですか?
レコーディングされた完璧な高音のデータを再現することよりも、その空間にいる観客に対して確実に言葉や感情を手渡すことを優先しているからなんです。
ってことだ。つまりアーティスト自身がその瞬間はガムではなくてじっくり味わうコース料理を振る舞おうとしているサインなんですね。
そう捉えることもできますね。
なんだか次に音楽を聴くのがすごく楽しみになってきました。
リスナーのあなたも次にライブに行ったりライブ映像を見たりしたとき、アーティストがあえてキーを下げているか、あるいは発声を変えて歌っているか、ぜひ耳を澄ませてみてください。
18:04
ええ、きっと新しい発見があると思いますよ。
彼らがあなたに手渡そうとしているのは一体どんな余白でしょうか。そしてあなたは今どちらの味わい方が好みですか?ぜひその違いを楽しんでみてください。
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