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にゃおの考える現代の基礎的なリテラシーは、ITをきちんと使えることが含まれます。そのためにどのような問題があり、どう解決していったらよいか考えてみるPodcastです。

40年ほど前、パーソナルコンピュータの世界にハンドヘルドコンピュータというジャンルがありました。

それまでデスクトップに載っていたパソコンが、外に持ち出せるようになったわけです。

今のノートパソコンの先祖ですね。

最初にきちんと使えるハンドヘルドコンピュータとして市販されたのが、エプソンのHC-20というコンピュータでした。

僕がコンピュータへの理解を深めることになったこの名器についてお話します。

「読書と編集」の活動は、
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にゃおのリテラシーを考えるラジオ、読書と編集の千葉直樹です。
このチャンネルでは、読書とIT時代の読み書きソロ版を中心に様々な話をしています。
今回のタイトルは、ハンドヘルドコンピューターの話ということになっています。
これ、いつもちゃんと台本作って話してるんですが、今回はちょっと思いつくままに話してみようかなと思います。
これ昔の話ですね。昔話するのが結構好きなので。
ハンドヘルドコンピューターという言葉は、最近あまり聞かないですよね。
結構昔の話、本当に昔の話で、僕が16、17の頃なので、
まあ、そろそろ40年、40年にはならないけどっていうぐらいの時期に出たコンピューター、パソコンですね、の話になります。
HC-20という機種がありました。
これ、エプソンという会社ありますよね。プリンターが有名なのかな、今。
そこの会社が、今ね、wikipediaを見ながら話してるんですけど、
1982年の7月にリリースしたということになっています。
僕はそれすぐ、もちろん買ったわけではないんですけど、
そのね、多分発売してちょっと経った頃に、当時ね、アルバイト結構してたので、頑張って買ったんですね。
値段がこれ、あれですね、ちょっとオプションとかがついての値段かどうかわかんないんですけど、
日本初のハンドヘルドコンピューターとして、当時136,800円で発売されたと言ってます。
136,800円って結構な値段なんですよね。今考えてもそうですよね。
今考えてもというか、あれか、今iPhoneとかね、上位の機種だとこれぐらいの値段かもしれないですね。
それをですね、僕欲しくて買ったんです。何が特徴かというと、ハンドヘルドコンピューターですからね。
ハンドヘルドですから。要は持って歩けるパソコンだったわけです。
当時はパソコンと言ったら、デスクトップパソコンなんですけど、
PC98シリーズとかですね、その前の88シリーズとかですね、そういうのが、
ブラウン化のディスプレイがついていて、それで使うような感じだったんですが、
ここでね、このHC20というのが初めて本当に持って歩けるパソコンとして出てきたわけです。
当時からね、やっぱりその持って歩けるパソコンみたいなのも、パソコンっていうかそのコンピューターがね、すごく僕は欲しかったので、
これ頑張って買ったんですね。どんなコンピューターなのか、手元にパソコンとかスマホとかある方は検索していただくといいと思います。
HC-20とかってやったら出てくると思うので、写真も出てくると思います。
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要するにね、今のノートパソコンみたいにノートみたいに開くわけじゃないんだけど、大きさ的にはノートパソコンみたいな感じですよね。
液晶がね、当時としては大画面だったんです。20文字×4行。
20文字だって漢字が出るわけじゃないんですね。アルファベットとカナフラが出ますけど、そういう液晶ディスプレイがまず付いていて、
面白いのはね、レシートみたいなのが出るプリンターも付けられるようになってたんですね。
まあ印刷ができますよ。もう一つ、当時のパソコンってアーカイブ用のデバイス、ストレージがなかったんですよね。
信じられない話かもしれないですけど、ポチポチベーシックとか使ってね、
プログラム作るんですけど、電源切ったら消えちゃうんですよ。 そういうものだったんです。今だと信じられないですけど。
そういうもので、作ったプログラムとかをどうやって取っておくのかって言ったら、まあまあ印刷するもあるんだけど、
この機種の場合はマイクロカセットのユニットを付けることができるようになっていて、
マイクロカセットテープの方にプログラムを、プログラムだけじゃなくてデータもなんですけど、セーブして使いたい時にそこから呼び出すっていうことができるようになっていました。
当時ね、他のデスクトップのパソコンでもカセットテープ、マイクロじゃないんだけど普通のカセットテープに
プログラムをデータとして録音するってイメージなんですけど、そういう ユニットがついているものがありました。MZとかそうでしたね。
あとまあ 88とかはフロッピー付く前だと外付けのユニットでそういうカセットテープのドライブみたいなのがあって、そこにデータを書き込む
書き込んだり読んだりするってことができるようになってました。 それがね
結構大きいわけですよ。もちろん持って歩けるようなものじゃなかったから。それがハンドヘルドコンピューター、このHC-20ではマイクロカセットになっていて
内蔵されていて、これ込みで持って歩けるわけですよ。なかなかすごいじゃないですか。 そういうプリンターと
カセットテープがついているということで、もうある意味ねそれだけで一つの 完結したコンピューターということができるわけです。本当にすごいなと思います。
本当に僕が欲しくてアルバイトして買いました。 中身なんですけど、当時
6809という
CPUがね、その頃僕の頃には結構憧れのCPUとしてあったんですね。
我々今使っているインテルのCPUとちょっと系譜が違うんですけど、 モトローラーを作っているやつかな。
68000という16ビットのCPUとしては結構有名な CPUがあるんですけど、その前の段階ということで
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当時ね、僕たちが手に入るようなコンピューターって16ビットのものはあんまりなくて8ビットが主流だったんです。
8ビットコンピューター、CPUですね。 その8ビットから16ビットに移っていく過渡期になっていて
その頃の CPUの中で
インテルとしのぎ削ってたんですけど、インテルの80系のCPUじゃなくて
6801とかですね。 6800系のCPUというのがあって、それが
6809というね、ちょっと16ビットになりかかったみたいな、 8ビットから16ビットになりかかったみたいなCPUがあったんですけど
それがね、僕たちが手に入れられるものとしては結構かっこいいというかね。
そういうようなCPUだったんです。 そのCPUを積んでいるパソコンというのは他にもちろんあったわけですね。
フジツーのFM7とかがそうだったのかな? 忘れちゃいましたけど、6809積んでいるのがありました。
まあそれは憧れだったんだけど、その手前のところにあるので6801というCPUがあったんですね。
その6801っていうのは8ビットのCPUなんだけど、 アキュメレーター、レジスターの部分ですね。
8ビットが2つくっついて16ビットで演算できるみたいなところがあって、 ちょっとだけ16ビットになりかかってるみたいなイメージのCPUということになってました。
今でもCPUって電気食うじゃないですか。 電気食うので、こういうハンドヘルドのコンピューターの場合は省電力化がすごく大事なんで
6801っていうのの省電力版みたいなのをヒタチが作っていて、 それが6301っていうCMOS版のやつだったんですけど、
積んであるのがHC20に積んであるのがそのCPUだったんです。 これがねちょっと面白いのはデュアルなんですね。
CPU2つ積んでたのかな?その2つ使うところを僕は見たことない。 使い方よくわからなかった。そこまで使わなかったんですけど、2つ積んでたんですね。
すごいですね。 作ったプログラムとかはテープに置くとかいうのが当たり前だったので、
この頃はOSっていうのがなかったわけです。 OSっていうのがなくて、電源入れたらベーシックのインタープリターが立ち上がるところまで
をシステム的に動かしている部分があって、そういうプログラムはROMの方に入ってたんですね。
ROMの容量としては32KBっていうことになっていますね。 どれくらい食ってたかわからないです。
システム動いてたかわからないですけど。 RAMが当時としては大容量16KBですよ。
大容量だったんです。 16KBあって、しかも8bitのCPUでメモリのアドレッシングできる範囲っていうのが
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まあまあ狭いわけですけど、これねあの RAMを拡張していったら一応64KBは使えるぞとかっていう感じだったような気がするんですけど、
当時ね、ベーシックとか使ってて64KBなんて使わないよってずっと思ってたぐらいの。
なので16KBでも結構な容量あるなというイメージでした。 テープに書くってことはあるにせよ、
テープ使わなかったらプログラム毎回入力するような使い方をしてたわけで、 そんなに大規模なプログラムを作らないわけですから、
だからまあまあこんな今となってはもう絵でもないような。 写真一枚だってこれよりでっかいよねって今そうなんですけど。
そんなような時代になっていることから考えるとちょっと不思議な数値なんですけど大容量でした。
これのかっこいいということのポイントもう一つあって、 キーボードの部分が
割とフルなタイプライターな感じでした。 当時ハンドヘルドコンピューターのほかにポケットコンピューターみたいなのもあって、
電卓の拡張系みたいなものなんですけど、それはもちろん電卓の拡張なんででっかい電卓みたいな感じなんだけど、
まあ一応フルキーみたいなのがついているにせよ小さいわけですよね。 タッチタイプとかできるようなサイズじゃないわけですよ。
スマホを使うようなものですよね。 そういう形なんでこの
タッチタイプができるようなキーボードがついているっていうのもちょっとかっこいいポイントだったかなと、
僕は思っています。これすごく欲しかったし
要はそのフルのキーボードをタッチタイプができるキーボードがあるついていたので、それで僕はタッチタイプを勉強したというか
練習したというのが実態としてあってこれでね 実際に打てるようになったという部分があります。
当時ねこういうキーボードを打つのって タイプライターか
パソコンのキーボードぐらいしかなかったので、タイプライターでも結構憧れだったんですよ。
タッチタイプできるのってすごい憧れ。 今でもそういう人いると思いますけどそういう感じがありました。
大容量っていっぱい言いましたけど16キロバイトで大容量とかね。 それから劇場の表示の部分もテキスト20桁×4行ですよね。
文字フォントのサイズは5×7ピクセル。 5×7ですから漢字なんかもちろん出せないサイズなんだけどそれがね
20文字出てそれが4行あるよっていう形でした。 これでねプログラム書いていくんですね。
グラフィックスももちろん表示できるんだけどそれは120×32ピクセルっていうことで まあまあねかわいい仕様なんですけど
今までといったらなんだろうねぇ かなり小さいデバイスでももっと解像度高いですからね。
まあこんな時代でした。 もちろんモノクロスよ。
バックライトとかもないんで暗いところで扱えないみたいな感じですよね。
これがねちゃんと持って歩けるようなサイズなんだけどさっきみたいなプリンターがついてるとかね
オーディオカセットの部分マイクロカセットが使える部分があったりとか 通信の企画として rs232c っていうのがありますねあのハードウェアのインターフェースの企画ですけど
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それもちゃんとサポートしてたのでこれを繋いでなんかね通信みたいなこともできますよって いうものだったということになりますね
なかなかすごいと思いますこれあれなんですよあのパン向けに発売してるんだけどこういう ハンドヘルドを使って商用にももちろん使いたいっていうことがあったんだと思うんですがその
rs232c にバーコードリーダーをつけるみたいなことももちろんできるような形のオプション がありましたこれねすごく欲しくて欲しくて買って
結構ねいろんな勉強しましたねこれでまあもちろんベーシックの勉強はしたんですね ベーシックの勉強というよりベーシックでプログラムいろいろ書いていったりとか
当時はねあのパソコン雑誌って言うと ソースコードがいっぱい書いてあってそれをね自分でポチポチ打って動かすみたいなね
あの普通にやることでした出るソフトも カセットテープで売ってたりとかしてたんですよね
ゲームの音メーカーで今ねもうあれなくなっちゃいましたけどハドソンという会社がね 札幌にあってそこの会社なんかはソフトをね
カセットテープで結構売ってたと思います他にもたくさんそんな会社だと思うんですけど まあそんな時代なのでまあカセットでね買うのもまあそれなりに流通ルートとか
そんなにないな今みたいな時代ですから本屋さんに行って本を買ってきてその本の プログラムを自分で売って動かしてみるっていうことがまま普通
ですね だからまあそういうのを動かすためにベーシック
をいっぱい打ったりとかしてね自分で打って動かしたりとかしてたしもちろん自分 でプログラム組んでましたけど
ベーシックってやっぱ遅いんですよねインタープリターですからね すごく本当にすごく遅い
その遅さっていうのを知るきっかけになった出来事が一つありました コンピューターの中身興味を持って行った時にインタープリターとかいうものの他にね言語の中には
この続きは次回配信しますお楽しみに
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