00:05
おはようございます、なっちゃのです。
今日はですね、学歴についてですね、国立大学出身でもおバカな人はおバカです、ということで、
これ別に誰かを否定したいとか、誰かを攻撃したいとかっていうことじゃなくて、自分自身のことを喋っていきます。
国立大学出身ってすごいって思われがちなんですよね。理由はいくつかあると思うんですけど、
私立より学費が安い分、入り狭きもんだとか、あと受験科目数が私立より多いとかですね、
例えば文系だったら私立は国英社、国語英語社会とかで臨むんですけど、私立の場合は文系であろうがそこに加えて、
数学とか生物とか、あと倫理とか現代社会とか、とにかく受験の教科数が私立大学の2倍以上あるんですね。
だからそもそも普通に受験勉強とか受験戦争を考えたときに、3科目やって後編査知のところ行ったほうが効率いいんですよね。
それでも6科目も7科目もやって受験に臨むっていうのは、全てが高得点だからこそ初めて臨めるみたいな印象があるように思います。
実はそうじゃないんだよっていうことがありまして、私の場合なんですけど、
単純にもともと国立クラスみたいな私学校にいて、環境的に国立を目指さざるを得ないっていうことはあったんですけど、
得意科目が私立向きじゃなくて、文系なのに国語が全然ダメで数学が好きだったんですよ。
だから数学と英語と社会で勝負できるならいいなって思っていたので、
単純に好き嫌いの科目のデコボコがオールマイティでの勝負の方が向いてたっていうことは一つあるんです。
向いてたって言うとものすごく言い方が良すぎるんですけど、それでしか勝負ができなかったんです。
もうなのでだから結論、地方ぐらいのこの中の中とか中の上ぐらいの国立行っている人って、
言うて大したことない人もいっぱいいるし、割とバカだよっていうことを最初に言っておきたいですね。
誤解がないようにしたいのは、国立大学の人はバカって言ってるわけじゃもちろんなくて、
国立大学行ってもバカな人はバカなんですよっていうことなんですよ。
もちろんだから東大出てる方はもうもちろん素晴らしいでしょうし、
そうじゃなくて例えば地方大学とか出ている人でも優秀な人はいたくさんいると思います。
ただそうじゃない人も私みたいにいて、その人が社会人になっても国立大学卒を超えられないっていう現状が
03:07
起きてるんですよねっていうのが私ですっていう話です。
じゃあちょっとですね、自分がなぜ自分のことをバカだと思ってるのかっていうことをちょっと話していきます。
前回の左翼の話ともつながるんですけど、
まあ何て言うんでしょう、物事を考える力っていうのが相対的に見た時にないなって思うことがすごく多いんですよね。
これは日本の教育システムの批判とかそういう文脈で語られることも多い話だと思うんですけど、
まさに私自身の実感の話として、答えをアンサーが明確にある問題しか解いてこれなかったっていうことがものすごく大きいなと思ってます。
例えばもう数学だったら、数学だったらというか算数だったら1たす1が2であるっていうことが明確に用意されているように、
この問題にはこの答え、この問題にはこの答えっていうのがセットになってるのが試験ですよね。
それしかやってこなかったんですよ。
母親が自分が勉強できないことを割と子どもにだから勉強できるようになりなさいっていうようなタイプの人間だったらって振り返ると思うんで、
テストの点数がいいことが何より上なんですよね。
そうするともちろん家庭内の中での勉強の立ち位置っていうのはものすごく高かったし、文知人としても優先順位が高かったんですよね。
それでどこの組織に属しても小中高生ぐらいまではなんとなく上の下ぐらいのなんとなく上位3分の1ぐらいには入れていて、
自分は比較的勉強ができる方なんだなって思いながら過ごしてきたんです。
これ工学歴の人あるあるだと思うんですけど。
私の場合はそこから大学生になってから初めて思考力の差みたいなことを感じるんですよね。
大学の友人に今も付き合ってもらってるんですけど、ものすごく優秀な人が何人かいるんですけど、
例えば私は物事の説明を100聞いたら60ぐらいで把握するんですよ。
なんとなくこういう話でしたっけみたいな感じなんですけど、そういう人たちっていうのは100の説明を聞いたら150ぐらい理解してるんで、200ぐらい理解してるっていうのかな。
例えば物事の説明だけで終わってたとしたら、物事の背景とか将来とかまで考えちゃうんですよね。
そういうことにすごくびっくりして、最初は大学生ってよく議論とかディベートとかってやるじゃないですか。
あれがマジで全く何もできなかったんですよ。
優秀な人たちはそれをいとも簡単に楽しそうにやってる様子を見て、私はこの18年間何をしてきたんだろうってそこで初めて壁にぶつかるんですよね。
06:10
考えることができる人って自分の言葉で物事を発言できるし、何かの受け売りとかではなく、
そこにものすごく説得力もあるので、たぶん仕事とかでも人がついていくと思うんですよね。
考える力があるので、何か多少難しいことを言われて、何か他の人はちょっと何言ってるかわかんないねみたいなことでも、自分で解釈して飲み込んでいくんですよね。
そこに対して4年間、劣等感を抱き続けながら見習いながらやってきたんですけど、そんな程度じゃ大したことはないわけですよ、結局。
今自分自身、自分の思考力の無さっていうことにものすごく苦しまされてるんですけど、結局それは自分を受け入れて自分をどうやったら成長させていくのかっていうことを考えるしか結局はないんだなっていうことを思っています。
自分を受け入れるっていうのがものすごく難しくて、特に地方国立、私みたいな地方国立ぐらいの中途半端な人って中途半端なので、プライドがやっぱり中途半端に高いんですよね。
これものすごく厄介だなと思うんですけど、例えば流石に東大生ばっかりいるような職場にはいけないし、なんとなく中の中とか中の下ぐらいのところに収まってると、なんとなく自分が優秀っていうふうに勘違いしちゃうんですよね。
勘違いするっていうか、そういうふうに思いたいので、そういうふうに思おうとする環境を割と作ってたりするんですよ。
そこでどうやって、痛いことを言われるとしょげたりとかして。
とにかくプライドだけ高い、そんなに中身のない国立大学卒は別に国立大学卒なだけであって優秀でもなんでもありませんっていうことを言いたいだけの放送でした。
学歴関係なくて、そんなに有名じゃない大学しか出てないみたいな人でも優秀な人たくさんいますからね。
本当に自分で生きてきた中でどれだけ自分の頭で考えてきたかっていうことが物を言ってるんじゃないかっていう気がします。
結局なんか社会人になって国立卒ですとかやって踏ん取り返ってても、例えば高卒の企業家みたいな人には絶対に勝てないですからね。
もちろんそれはバイタリティとかエネルギー量とかめちゃくちゃ違うと思うんですけど、結局そういう人って自分で考えてどうすれば成功するかっていうことを必死になって考えてるので、
社会人というかサラリーマンでアグラを描いていてプライドだけ高いような人は自分で考えることもせず、上司から与えられた目標だけがノルマだけなので、
09:05
考えてる範囲がめちゃくちゃ狭いんですよね。
人から与えられたノルマをどうすればいいかっていうことだけ考えていればいいので、その他のことは別に考えなくてもいいので、
それが社会人というかサラリーマンの役割的なメリットでもあると思うんですけど、
別にサラリーマンで失敗しても大した傷は負わないので、ちょっと怒られちゃったなぐらいで済むのってものすごく安倍。
なので自分の頭で考え続けている人と学歴の差って全然関係ないし、本当に何回も言っちゃうんですけど、自分の頭を使い続けている人の方が圧倒的に優秀だと思います。
そして自分の理想像という虚像を自分と思わずに現実を受け入れて精進するのみというふうに思います。
放送を聞いていただいてどうもありがとうございました。気に入っていただけましたら、いいねやフォローよろしくお願いします。