答えられないこともね、もちろんあると思うけど、この丹能的質オペする人って結構いるんだなと思って、
本当にたくさんいるし、調べたらめちゃくちゃ出てきますからね。
私がね、一番自分がね、退院、退院とか入院するとき、退院するときってなんだ? 退院してからのことなんだけど、
気になってたのがお風呂なんですよ、やっぱり。 私、お風呂はシャワー派なんですけど、
皮膚がね、かなり荒れやすいというか、ある程度清潔にしてないと、
一日お風呂入らないと本当にかゆくなったり、いろいろブツブツできたり、かゆくなってザラザラしたりするし、
ハウスタストアレルギーだから、やっぱり洗い流したいっていう、ものすごい気持ちが強いんですよ。
習慣化してるから。 顔はね、洗えると思うけど、顔もそうだな、述語、翌日からにはなるけど、
シャワーに関してはですね、入院した日に入ったきり、入院中は入れず、帰ってから入りました。
ドライシャンプーとか、汗拭きシートとか、化粧水のスプレーとか持って行ったんですけど、
ドライシャンプーはね、もう使えなかったかな。 大部屋だったんで、結構香料きついドライシャンプーだったし、
ちょっと使わずに帰ってきました。 汗拭きシートはね、
汗拭きシートは役に立ったと思う。
あと、メイク落としじゃないけど、ああいうシカパックみたいなね、よくあるマスク、
顔のね、フェイスマスクのシカのやつね、あれをこのマスクしないで拭き取るというか、
なんか肌につける感じ。拭き取るトナーも持ってたんですけど、そんなでっかいの持っていけないから、
シートマスク持って行って拭いてました。拭いてましたというか、それも意外とやっぱりね、病院だから、
ハウスダストとかもちろんない、ほぼないし、
あの、清潔なのかな?あまりこう、ほこりっぽくないから全然大丈夫だったし、
でね、そんなびっくりするほどやっぱり乾燥はしてなかったから、そうですね、だから結構良かったかなと思います、環境が。
はい、で、お風呂はもうね、そう、汗拭きシートだけ、なんかね、私はちょっと腹空気おかびだから、穴が開けた感じだったから、
まあ、述語3日からシャワーOKみたいなマニュアルみたいなんですよ。
で、まあ3日後に入院して、退院してるので、帰ってすぐ、もう帰ってきたらもうすぐお風呂入りました。
あの、潔癖症だから仕方ない、もう、もうなんか、すごいしんどかったんですよ、帰ってもハァハァ言いながら、
なんかちょっと動いたら貧血になるから、もうお風呂入るのもハァハァ言いながら、シャワーヘッドが重いとか思いながら、
もう後入って、で、食べて寝たかな、もうなんか、退院後の第一ミッションは、
風呂でしたね。体と頭洗う。
もうね、3日とか入ってないのも、頭とかも1回洗ったぐらいじゃダメじゃないですか。
で、なんか3回ぐらい洗って、逆にかっそがさになったりもしたけど、なんかもう、とにかく洗わずにはいられなかったから、
そんな感じでした。
え、そう、私、潔癖症の話したと思うんですけど、そうなんです、病院にね、持って行ったもの、
帰ってきて、いやもう、たぶん、私、ほぼ捨てちゃうだろうなと思ったんですよ。
だからあんまり、なんだろう、タオルとかももう、タオルはもちろん、あの、レンタルしてるんですけど、
あの、一応自分のものを持って行ったんです。枕カバーに使おうと思って。
それももう、むっちゃくちゃ、普通はさ、お気に入りのタオルとか持って行くのかもしれないけども、
なんか雑巾にしようかなと思っていたやつを持って行って、それで良かった気がします。
帰ってきて、もう、そのタオルは結構、もうボロボロだったからもう捨てて、
で、カバンはね、私あんまり、あの、本当に地元のよく行く総合病院だったから、
あの、そういう、そんなものすごい、綺麗な病院ではあるけど、そのホテルみたいなそんなことはないから、
あの、カバンもあの、業務スーパーのエコバッグに入れてきましたからね、荷物。
なんかね、結構ね、あの、いらっしゃったんですよ。何人かお見かけしていて、以前から。
入院するときエコバッグ、業務スーパーのエコバッグいいなと思って、ずっと持ってて、
私結構何枚も持ってるんですよ。あの、業務スーパーのエコバッグめちゃめちゃ好きで、使い勝手がいいので、
そして、畳むととても紙みたいにペタンとなるので、すごくお気に入りで、消毒もできるし、なので、愛用してたのでそれに詰めて持ってきました。
なんかああいうカバンの方がね、あの、カートとかで行くとやっぱりお掃除とかに来られるので邪魔じゃないですか。
まあそれはあの、私出産しろからやっぱり入院の経験があるから思ったんですけど、
あのカートがあることによってね、いろんな、いろんな動線がね、もういろいろもう無理なんですよ。
めんどくさいんですよ、あれがあることによって。だからもう、私はもう絶対畳めるものにしようと思って、
業務用スーパーのね、エコバッグで行きました。ちょっと見てみてください。
可愛いので、可愛いというかちょっとごちゃごちゃしてるけど、あの使い勝手とってもいいです。
はい、さて一学期の終わり、この時期はですね、不登校や発達障害を持つ子供の親にとってですね、一番忙しいというか忙しくはないか、
ちょっとね、大変な時期じゃないですか?どうですか?もうちょっと聞いてみたい。とっても大変だった。
あのうち特にね、次が中1、中学生と高校生というのが進学になるので、
ちょっとね、いろんな、まあ普通にあるじゃないですか、就学希望調査みたいなのね、あるので、まあその時期なんですよ。
まあ支援給入給のための診断書とかが必要な時期になってきます。
で、まあ診断書もですね、小学生の時ではOKだったけど、次はちょっとみたいな感じのものもあったり、まあいろいろ変わってくるわけです。
そうなんですね。うーん、なので、その診断書を出してもらう病院に、まあ1ヶ月ごとに通ったりね、その、手術前、手術後ですよ、私の場合は。
に通って、まあ今回ちょっと無事に診断書、自助のね、診断書をいただいてきて、
なんとかこう、うーん、なんていうのかな、こう進む、進むのは勝手に進むし、
うーん、もうなんかね、その義務教育ですから、まあ学校には在籍するわけです。
でまあ、いろんなこう、まあできないかもしれないな、みたいなことはたくさんもちろんある、わかんないじゃないですか、そんなの。
例えばまあ、進学したとしても、その学校が気に入らなかったとか、そういうことはもちろん普通にあることなので、
まあそれはありますわ、絶対あると思うよ、もうね、行かないと思うからね、学校に。
なので、まあその辺は、行かないのにこんなに話して、みたいな感じではあるけども、
まあまあ残るけど、とてもいい状況になってきたかなと思っています。
我が家はですね、2人ともやっぱりスクールカウンセラーとか、あとはスクールソーシャルワーカーさん、またあとは病院の医師、または心理相談の臨床心理師さん、
あとはその病院のソーシャルワーカーさん、いろんな方にお世話になってるんですけれども、
まあそのスケジュールが、私がね、6月上旬にオペをすると決めたばっかりにですね、
もうその時に離さなきゃいけない時期なわけだけども、もうリスケリスケリスケですわ、全部ね。
でも、そしたらもうね、一番多分ね、やっちゃいけない時にオペしてるんですけども、それはちょっと勘弁、申し訳ないけど勘弁してって感じだけど、
あのもうね、本当に本当に前日まで学校との調整して、もうね、オペ当日の朝ね、学校から電話あってこう、
カウンセラーさん、なんかその日にね、どうしても夕方、カウンセリングを受けることになっててね、
うちの子が、まあそれが親戚にお願いしてたんでしょ、放課後に連れて行くようにとかいろいろね、もうね、申し訳ないけど、
でもまあその、まあリスケの電話がね、来たり、そのね、カウンセラーさんのリスケの話が来たりして、
いや、それだったらちょっともうちょっとゆっくりでもよかったんだよとか、いろいろ思ったけれども、
まあ翌日にはですね、翌翌日ですよ、その退院前日にもね、学校から普通に電話がかかってきて、もう退院されましたか、
いや、おとといOKしたんだわと思いながら、まあまあ先生もね、もう大変だから、その是非って忙しいからもうね、
もう大変だったと思う、いや申し訳ないやら、勘弁してくれやらの、そんな、そんなにいかなかんか?みたいな、そんなに急いか?とか思いながらね、
まあそういう風に思えたからよかったのかも、その入院中ね、
そういうやっぱり考えないといけないこと?え?みたいなことがあったから、乗り切れた感もちょっとある、ちょっとあるよ、やっぱりね、ちょっと楽しかったです。
笑ったもんね、もう退院してきましたかって、いやいや、明日だわみたいな感じで、もう明日退院するけど電話してきてもらっても困るわみたいな感じのぐらいしんどかったので、その時で。
そうですね、もうちょっとね大変な時期ですよね、皆さんね、私はなんかあの入院中も結構脳みそフル回転、帰ってからね、あれしてこれしてどういう風にしようとかね、結構考える日々でありました。
はい、で、退院の翌週ですね、リスケしたりしたその面談やら、通院やらが始まったわけで、ちょっとやっと、そう昨日、昨日ぐらいまでなんとか終わった、終わってはないけどちょっと一段落ついた感じです。
特に支援給に通っている事情がね、不登校の事情が、中学進学を見据えた時にどういう風にするのかっていう時期に入ってたので、診断書も必要だったし、どういう風に、どういうクラスに入ってどういう風に対応してもらうか、どんな支援を使うのかとかね、いろいろあったんでね。
もうね、脳みそフル回転だったんですよ。もうでもね、一人で悩んでも一人で悩んでも分かんないわけです。だって向こうがイエスって言うかどうか分かんないから、中学校がどういうのを用意してるかとか、私にも分かんない状態だから、まあ悩んでも仕方がないんだけども、まあずっと考えていたわけですよ。
こういう風に言われたらこう言いたい、こういうことができるならこうしてもらいたいとか、いろんな思考の整理をね、ずっとずっと入院中もしていたわけです。
で、いい方向には進めたかなと思います。今回はもうね、一つ絶対決まって決まってたというか、事情の強い意思ですよね。
第一、希望条件。学校には登校しないっていう希望条件があったんでしょう。だから、あそこで私たちができることって、例えば何とか週に1回登校してもらうとか、まあいろんな条件あるじゃないですか。
例えば、在宅でオンライン授業、またはオンラインフリースクール、またはどこか違うけれども行けるところへ行って出席認定してもらうみたいな、まあいろんな方法がありますよね。
でもその、登校しないっていうことができるのかどうか、そのやっぱり学校は物理登校が基本なので、やっぱり登校してこそなんですよね。なので小学校がずっとそうで、小学校はそうしてきたので何とかね、1時間でも登校してっていう感じで私がイエスを出していたので、まあそれで今何とかやってはいるんですけれども。
ちょっとね、かなりどういうふうに話していったらいいかと思う。自信で言うとまあもう0.0001%ぐらいでしょ。ちゃんと自分の思うような答えがもらえるかどうかなんてね。でも自分がもらいたい答えも何なのか分かんない状態なんでしょう。だからどうしようかなと思う。
でもその決まってるのはもう、登校しないって言ってます。これだけなんですよね。で、私は一つ自分の中でできれば叶えて欲しいけどなかなか勇気がなくて言い出せなかった、私は送迎したくないっていうのも今回はちょっと何とか伝えてきたんですよね。
私が投稿しない、送迎しないっていうことが罪悪感がすごいあって、なぜかっていうと自力投稿できないから、自力投稿してた時期もあるんですけど、できないんでしょうね。中学校はもう本当にできないんですよね。いろんな事情があって自力投稿できないんですよ。
で、行くなら、投稿するなら私の送迎が必要なわけです。ということは私が送迎しない、絶対送迎しませんって言った時点で、もう投稿させないイコールになっちゃうから、なかなか罪悪感があって言い出せなかったんでしょうね。
もちろんその事情はね、どうしても学校に行きたいって言うんだったら、それはしますよね。で、やっぱり行きたいって言うんだから、自力投稿に向けてスモールステップを図っていくわけです。
それがもうないから、こっちもその子供はやっぱり、子供を勉強させる義務はあっても、行きたくない子供をね、行かないって言ってる子供を無理やり連れて行くほどのことではないんですよ。
それで、私もそれすごくメンタルに来るから、本当に辞めたいってこの5年間ずっと思ってたので、ちょっと言うは言うだけね、言ってみようと思って。で、気分悪くなってもダメじゃない?その雰囲気が、その場がね。
で、終わった時にこう、みんながよしじゃあ、それでなんとか頑張っていきましょう、目指していきましょうと同じ方向にね、向いて歩み出せるのが一番いいじゃない?ちょっとずずしいけど、ずずしいけど、学校の先生たちにはちょっと申し訳ないけど。
私はなんかちょっとそういう、あの、よしじゃあこれでみたいな感じで、丸いこう前向きな空気で終わらせたかったので、本当にね、いろいろいろいろ考えて、いろんな人に相談乗ってもらって、いろんな人の話を聞いて、まあちょっといろんな事情の資料をまとめてね、まあいろいろ考えていってきました。
皆さんは、こう思ってますと、投稿しないと言ってます。私もちょっと草稽は出来る限りしたくない。とても精神的にする気になれない、ぐらい言いましたね。本当にそうだったから。
そうですね、ボール投げて、いろんな余虚説はあったと思うけども、投稿しないことを前提にね、いろんなフリースクールの提案などもしていただきながら認定する認定しない、出席認定する認定しないっていうのは後の話だから
中学校1ヶ月、1ヶ月じゃない、中学校に1年行ってみて、その間にちょっと模索していく感じにしようか、みたいな感じするのはどうですか、みたいな感じでね。
とりあえず目の前でやるべきこと、何個か見えてきて、なんかね、ちょっとほっとしました。
私はね、なんかでみんなそれでいきましょうってなったその場が嬉しかったし、みんなこう、みんな本当にすごく大変なんですよね、多分今。
みんな大変だし、それぞれ大変なんですよ。先生も病院も、私もそうだし娘もそうなんだけど。
みんな悪いわけじゃない、誰も悪くないから、何とかこう円滑に前向きに終わりたいと思っていて、ちょっとそんな感じで終わることもできました。