自分の強みに気づけない理由
おはようございます。おはなし屋なおとです。今日は、なぜ一人では自分の強みに気づけないのかというテーマでお話をしていきます。
僕たちというのは、自分の強みに一番自分自身が無頓着だったりすると思うんですよね。自分の強みは自分ではわからないというか、あれって何なんでしょうね。
何なんだろうなと思います。僕は今ですね、クライアントさんたちを週に1回集めてですね、誰かのプロジェクトをクライアントさんみんなで一緒にやるという機会をやってるんですよ。
クライアントさん交代交代ごとで毎週担当の人がいて、その人が自分の今までの経歴とかだったり、ビジネスの進捗とかだったり、そういうものを僕のクライアントさん同士なのでかなり価値観近い人たちなので、
その人たちと集まって進捗報告をするんですね。それで私から見たらこう見えましたよ、これ強みじゃないですかとか、ここなんで生かさないんですかみたいな意見が飛び交う場を作ってます。
だいたいそこに向けて担当になったクライアントさん、毎週当番制なんですけど、僕とやり取りをしながら1週間ぐらいかけて、僕はお話し会見があるんですけどね、お話し会見に向けて準備をするというような仕組みになってるんですが、
そこで毎週変わる変わる、僕のクライアントさんの共有レポートみたいなのを作るのもサポートさせてもらって、このレポート作ったりするのも結構僕としては自分を見つめるいい機会になればなと思ってるんですが、その中でね、毎回笑っちゃうんですよ。
強すぎやろ、君って。全員なるんですよ。話聞けば聞くほど、思ってより弱かったねとか、思ってより強くないねって思ったことが1回もなくてですね。その資料とかを見るたびに思いますね。どうして人はこんなに自分のことを過小評価してしまうのか。
毎回謎が残るというか、そんな何人かいたら1人ぐらいは加倍評価する奴いてもいいじゃんって思うんだけどね、全員が全員過小評価してるんだよな。
てことは僕のセッション受けに集まってきてる人だから、やっぱ自分のことを過小評価するのかな。てことは俺が過小評価してるのかな。わかんないけど。今回も今週水曜日がまたお話会、お盆明けのお話会になってて。
今打ち合わせしているクライアントさんがですね、本当もう自分の強みが見えないんです、方向性が見えないんです、わかんないんですって言ってる人で、じゃあ資料作って送ってくださいって資料見て、なんでこれでわかんないの。私の強みはこれですって書いてあるように読めるんだなみたいなね。
ものすごいクオリティの資料を提出してくれまして。人間って不思議だなと思ってるところなんですが、でもこれ笑い事じゃないんですね。なぜかというと僕も心当たりがあるからです。僕は起業当初、コーチングではなくてトレーニングの領域でブログを書き始めました。
その時のブログのタイトルが、タイトルは覚えてないや。コンセプトがベンチプレス80キロを鍛えずに100キロの大台に乗せるというね、そういうコンセプトでやってました。
なぜそのコンセプトになったかというと、別に僕がベンチプレス強みだからやりたいって言ったわけではありません。起業塾に入塾して契約書を交わしたその日にですね、博多の焼き鳥屋に行って、僕の当時の師匠とテーマを何にするかというミーティングで、
当時僕はスポーツ選手を辞めたばっかりだったので、めちゃくちゃ体もでかかったし、それをやりなよって言われたんだけど、このスポーツの情報発信をやりなよ、絶対勝てるよって言われたんだけど、いやちょっと色々揉めたんで、それは嫌なんですと。
言ったらまあ、でもそんだけ体がでかいんだったら、なんか運動に関連したことがいいよねって言われて、でも他に得意なものなんてないですよって言ったときに、ラウンド君はさ、ベンチプレスどのくらい上がるの?って。
いやーたいしたことないっすよーって言って、いいやいいや教えてよって。150くらい浮かんねって言ったんですよ。今考えたらさ、もうバカやん。150キロとかもうほぼほぼ人類の上位層やん。もう大抵のやつは暴力で勝てるレベルじゃん。ベンチプレスが150キロ上がったら。
だけど、当時僕はそれを強みだと全く認識してなかったんですね。なぜなら僕が戦っていたフィールドでベンチプレス150キロは弱かったからです。もうそのくらいのレベルでスポーツをやっていたので、ベンチプレス150なんて恥ずかしくて言えないレベルなんですね。
本当にお前運動苦手なんだねって同じレベルの人たちからは言われる。180キロとか上がって当たり前みたいな。170キロしか上がんねえんだよね。俺全然ベンチじゃやらないからみたいな。そんな世界で僕生きてたんですよ。
だから150キロってやばいじゃんお前って言われた時に、いや全然やばくないんですよ。僕のやばくないんですよは、僕が戦っていた陸上競技の盗的種目のトップボール達と比べて全然大したことないんですよ。むしろ弱いぐらいねって話だったんですけど、当時の僕の師匠はもちろん陸上競技なんかやってませんから、
一般的に考えてそれはぶっ飛んでるんだろうっていう話をしてくれてたんです。でも僕は自分の強みはわかんないんですよ。過去ですね、僕のクライアントさんに東大出身の方がいらっしゃいまして、その方も言ってましたね。
僕が東大出身って聞いて、めっちゃ大したことないんですよって。なんでですか?東大なのに?でもやっぱ東大入った時は、自分すごく頭いいかもって思ってたけど、東大入ると最低ラインが東大入った人になるんですよ、周りの人のレベルがって言われて。
確かに東大の中では東大の人しかいないんだって思った時に、やっぱりその東大に入れるレベルの人しかそこに存在できないので、最底辺が東大に入るレベルになるんですね。今まで普通の一般社会で生きていれば東大に入れるって言ったらもうトップオブトップって認識されるのに、もう東大に入っちゃえば東大以下の人が一人もいないという生活になって。
やっぱり東大に入る人の中でもグラデーションがめちゃくちゃあるって言うんですよ。本当に頭いい奴が、マジで頭いい奴が。みんな世の中で勉強できる人をガリベンガリベンとか言ったりするけど、本当に勉強できる奴って皮もかっこいいし、スポーツもできるし、全然ガリガリ勉強しない。ただ、鬼のように容量がいい。
だから、普通の人が3時間かかる勉強を1時間で終わらせるみたいなことが積み重なって、要したんでスポーツ版の頭脳名席みたいな、そんな人がゴロゴロ居るよ、東大にはって言われて。みんなの頭いいと東大生の頭によって感覚違うんですよねっていう話もされたんですよ。なるほどーって思って、僕はこういうの大好きで、こういう理論が。
だから僕も、自分のベンチプロス150キロが強みだって思えなかったんですよ。バカみたいな話をすることは今の自分ならわかるけど、本当に当時は、え?ベンチ150キロ程度でこれを商売にする?バカじゃねーのにもっと強い奴いっぱいいるよ!みたいな感じだったんですけど、結論僕はベンチプロスのブログで稼ぎました。
続けることができなかったから、そんなに大量に稼いだわけではなかったんだけど、ただ、これ極めたら食っていけるよね?が見えるぐらいまでは稼げましたね。なので、全然いけたんです。
だからもう、練習、今ほどはいけなかったと思うけど、自分の感情とかそうやりたいとかそういうのを完全に抜けにして考えたら、今のぐらいの収入はずっと取れてたかもしれない。やっぱ確実にニーズがあったというか、売れたので、僕レベルの、僕が1年弱、あとちょっとか、やったぐらいの影響力でもちゃんと商品、毎月定期的に売れてたので、そのぐらいあったんですよニーズは。
だからね、自分の考える、こんなにレベル低いからっていうのは、本当に当てにならないんですね。
僕その、今日お話しするクライアントさんにもフィードバックちょっとしたんですけど、そのクライアントさんはデザインとか、提出物がすごい洗礼されてる、なんて言ったらいいんですかね、ちょっと細かい話はできないんですけど。
環境と能力の関係
とにかくね、ちょっと、ちょっとなんかこう、デザイン的に垢抜けてるような業界にいたわけです。もうダサいデザインなんか絶対にクライアントに提出してはいけないという、そういう感覚でやってきたっていう話も聞いてますし。
で、実際資料提出してもらったらですね、クオリティがえげつないんですよ。ただ、本人はそのクオリティが高いってことを全く認識してないっぽいんですよね。
今日聞くけど、認識してますか?っていう再確認はするけど、多分認識してないっぽいんですよね。
それはつまり、東大生と同じ現象が多分起きてるんですよ。そのぐらいやって当然だよね。
むしろ、私のデザインなんかまだ全然ですよ。全然洗礼されてないですっていう感じ。だって、周りのレベルはそれ以上に高いからっていう状態ですよね。
こうなってる可能性がある。つまり、ここでね、その方だけじゃないですけど、リスナーのあなたにもね、覚えておいてほしいのは、
強みが発現する時って、だいたい環境要因なんですよ。
昨日僕がラジオで言ったみたいに、家庭内で家事をする人がいないから家事をするようになった。
これは、これも一つの環境要因だけど、周りに家事をする人がいないから自分だけがするようになったっていうパターンと、
みんなが当たり前にやってるレベルについていこうとした結果、それができるようになったっていうパターンが2つあるんですね。
校舎の場合は、とんでもなく能力が伸びるんですよ。
それこそ、僕がベンチプレス150キロで弱いな、俺。もっとどうにかならんかなって思ってましたから。
だけど、そこで発現した能力って、そこも環境では当たり前なので、自分に備わった能力だということを理解しにくいですね。
イメージ、業界を飛び越えたことない人っていうのは、それに気づきにくい傾向があるかな。
業界で求められる一定基準っていうのがあるじゃないですか。
僕だったら、ずっと23歳ぐらいまで陸上競技の重たいものを投げるという種目をずっとやってきましたけど、
やっぱりスポーツを乗り換えたことがないので、そこでの基準値ですよね。
例えば、スクワットで200キロ担げないとか、小鹿さんみたいな。いや、小鹿じゃないんだよ、絶対に。絶対に小鹿じゃないし。
え?一食でご飯3合食べれないの?貧弱?みたいな。貧弱じゃないよ、みたいなね。
僕らの世界では、平日に夜10時半まで練習することが普通だったし、9時ぐらいに上がるやつがいたら、あいつ今日早いなっていうような夜ですよ。
夜の話をしてるからね、俺はね。
っていう基準値だったし、スクワット200キロ担げないとか、小鹿でしょ。ご飯3合食べれないとか、女子かよお前っていう感じだし、
なんなら食べれるやつは、一食で5合食べるので、炊飯器のかまをそのままテーブルに出してね、しゃもじで飯食うんですよ。
しゃもじで飯食えるようになったら、お前いいね、すごいねっていう感じだったですね。
そんぐらいの基準値だったですかね。
多分今自分で話しててもキモいなと思うんですが、そういう世界ですよ、本当に。
1日6時間とか練習したら当たり前だったし。
みんな6時間練習した後に家帰ってシャワー浴びて、街に繰り出して朝まで飲んだりしますからね。
そんな体力って感じなんだけど、そういう世界に僕はいたんですよ、学生時代。
むちゃくちゃ体育学、体育系って言ったらいいんですか、体育会系のガチの体育会に所属してた学生の基準値って結構異常だなと思います。
大学スポーツと高校スポーツのレベルが全く違うから、それやっぱ基準値が高いんですね。
そういう環境の基準値に引き上げられてつけた能力って、周りと比べて自分ができると認識しにくいんです。
例えば僕は自分が数ができるということをすごい認識してるんです。
なぜなら同じ環境に妻がいるので、妻と比べたらとても僕は数ができるので、
まあきっと一般的に言っても数ができる方なんじゃないかってやっぱり思います。
例えばそれが僕のカジスキルが低かったとしても比べる相手が妻だからそう思うんですね。
だけどベンチプレスに関しては比べる相手が当時同じスポーツを同じレベルでやっていた人たちだから自分は弱いって感じるんです。
でもどう考えても偏差値的に言うとカジスキルよりベンチプレススキルの方が偏差値が高いのはわかりますか。
こういう誰と比べるかどの環境で物を見るかということに能力というのはかなり影響します。
どれだけ能力を持っていても本人が使わなければそれはないのと一緒ですからね。
そう考えると環境によって身につけられた能力というのは環境を出て異なる人から異なる属性の人からやっぱりフィードバックをもらわないと。
健康のためにジムに通い始めたんですみたいな。
人たちが集まっているところに僕が行ってベンチプレスの話をして初めて150キロって異常なの?みたいな風に思えるようになる。
自分の強みを知るための関わり
そういえば当時の僕のベンチプレス150キロそれでブログ行きよって言ってくれた師匠ガリガリでした。
ずっとバンドとかそういう系の人生を高校ぐらいから音楽系の人生を送っているような人でしたね。
だからどこか病弱ですごく医療が主力で文化系って感じだった。
僕なんかもガッチリ日焼けした超体育会系なんでやっぱり全然違いますよね。
そういう違う業界の人、違うジャンルの人とやっぱりより多く関わるっていうことが自分の強みを知るっていう上では大事なんですね。
だから強み知ってる人っていうのは人間関係のレパートリーがある人。
あとは仕事なんだったら転職とか企業とか業種の間をいろいろ渡り歩いてきた人というのは自分の認知が正しくなっている可能性が高いですね。
ここまで話してきて改めて僕も思うことなんですけど、才能とか能力って関係ないんですよ。
どれだけ才能があって才能を磨き上げて能力になっていたとしても、それを本人が使わなければやっぱりないのと同じ。
だからたくさん才能を持っていることよりも自分が自覚した才能を一つ知っていることの方が大事なんだなっていうのは思うんですよね。
めっちゃくちゃ才能あるんですよ。やっぱり僕のクライアントさんたち。
別に僕がその才能を伸ばしているわけじゃなくて、あるよ、そこにあるよっていうことをずっと言い続けている。
やっぱり今までね、私は足りない、僕は足りないと思いながら頑張ったハークに縛ってきた人たちだから、
やっぱり一回二回指摘したぐらいじゃ自分の才能を認めてくれることはないですよ。絶対認めてくれない。
だけどそれを何度も何度も繰り返し、そして逆感的な立場で言い続ける。
これが僕、ライフコーチとしての一番の仕事なんじゃないかなと思いますね。
だから僕のクライアントさんたちはもうスポーツ畑の方とか一人もいないんですね。
パーソナルトレーナーはいるけど、競技スポーツとはまたちょっと違うので、
本当に違う分野の男性より女性の方が多いです。
そう考えたら僕の周りに体格でかい人いないな。いないですね。
だから僕も結構スポーツを辞めて起業した時に、自分がいかに偏った人間関係の中で生きてきたか。
だから自分のベンチプレス150キロという強みに気づけないほど、僕の人間関係は偏っていたということに気づいたので、
そこからはいろんな人たちと関わる。
環境と才能の関係
ビジネスやってるんで自然的にいろんな人たちと関わるようになってきたんですが、
そうすることで自分の強みっていうのがわかってきたっていう感じですね。
だから自分のことは自分が一番よくわからない。
なぜよくわからないかというと、それは一定ジャンルの人としか会ってないからですね。
多分あんまり業種飛び越えた転職してきてないだろうし、いろんな人種と関わるっていうことを多分やってきてない。
自分の持っている能力が異常値だよって言われてきた回数が少ないんだと思います。
だから能力が高い割に自分のこと正当に評価できてない。
だってその能力が高くなったのは、高くしてくれたのは環境のおかげなんだけど、
その環境ではその高い能力は評価されないですからね。
これがねちょっとね、自分の才能を生かすところの難しいところ。
なんか才能って結局その環境が持っている才能なんですよ。
だから環境にいる限り能力は伸びるんだけど、その能力を認知することができないんですね。
それはさ、僕らは陸にいる生物ですから、水中で3分間息止められるよって言われたらすげーじゃないですか。
でも地球の7割海じゃないですか。
じゃあ海入って3分間息止められただけですげーって言われてる海の生物なんか一匹もいないんですよ。
全員丸一日中海の中にいて水の中にいて、普通これがデコルトっていう世界なんですよね。
誰も息3分も止められるのすげーって言ってくれない。
なんでか僕たちが魚じゃないからですよ。
僕たちが陸の生物だから海で3分間息を止められるだけですごいって言われるんです。
これと似てるかな。
だから今日クライアンさんが昨日か提出してくれた資料めちゃくちゃレベル高かったんですけど、
この資料レベル高って言われる環境じゃなかったと思う。
だからその資料が作れてるんだなと思いますね。
こういうのね僕は好きなんですよ。
あーもうめちゃくちゃ能力高いのにこの人たちは。
その能力を正当に評価されていないから自分もこれが能力とすら思ってないんだ。
グレーっていうのがその人だけじゃなくていろんなクライアンさんとかもかかってて面白いところですね。
そこをいかに気づかせるか。
そこを気づくだけでその人の持っている能力は変わってないのに、
どれだけ立ち振る舞いが変わって、どれだけ自信に満ちた顔をし始めて、
どれだけ今までと全く違うようなV字の折れ線グラフみたいな動き方をするのかということを知ってる。
だから本人が自覚できたら一気に変わるんですよ。
だけどやっぱり自覚できないとどんだけ強くてもどんだけ能力があっても変わらないので。
ほんとねライフコーチングの面白いところですよ。
自覚した瞬間に変わるから。
だから僕はどれだけクライアンさんがうまくいかない、
こんだけ続けてても結果が出ない、どうしようどうしようって言ったって
大丈夫その日がくれば全部その不安はなかったことになるからっていうふうに思いますね。
なので皆さんに覚えておいてほしいことですね。
今日一つだけです。
自分の才能が、自分の強みがなぜ自分で見つけられないか。
それは強みというのは環境が伸ばしてくれるものであるがゆえに、
その環境にいる限りそれは強みとして認知できない、認識できないかな、できないんです。
だからその環境が伸ばしてくれた力を認知するためにも、
違う分野に行かなければいけないし、業界を飛び越えなきゃいけないし、
一つの業種でずっと同じ仕事をしていれば、
違う会社でも同じ業種に飾り続ければですね、
能力はもちろん伸び続けるんですが、認知能力が身についていかない。
自分の自己ブランディングというか、自分で自分の強みを伸ばしていくという世界では、
認知できないものはないものと一緒ですから。
だから認知できていないというのは才能なしなんです。
ただ認知できないというだけで確かに才能はそこにあるので、そこのバランスですよね。
見つけに行こうということが今日の僕からの提案です。
見つけるためにどうしたらいいのか、
ちゃんとそれを見つけようと思って探してくれる人、環境と一緒にいるのが一番なんじゃないでしょうか。
ということで今日の放送終わります。また。