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501_板書計画という想定を超えた、生徒との対話で深まる板書
2026-09-22 13:03

501_板書計画という想定を超えた、生徒との対話で深まる板書

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第501回は、現代国語「文化としての科学」の授業実践について。全国共通シラバスという制約の中で、教材をどう生徒目線に落とし込むか。スマートフォンとアテンションエコノミーを切り口に、スローリーディングと構造的板書で精読を重ねた記録。AI活用の実践例と今後の構想も紹介します。

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#国語教育 #現代国語 #授業実践 #生成AI活用 #アテンションエコノミー

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サマリー

高校1年生の現代国語で評論文「文化としての科学」を扱った授業実践を報告する。シラバスで教材が固定される制約の中、生徒が自分ごととして考えられるよう、スマートフォンとアテンション・エコノミーを入口にした。難しい文章をスローリーディングし、発問と板書を進める中で、生徒の発言に応じて板書計画を即興的に組み替えた結果、生徒の理解に合う板書になったという。AIは問題作成や音声概要、将来のレポート添削などの補助にとどめ、文章理解を優先して使う方針も語られる。

シラバスの制約と「文化としての科学」
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。 この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は501回、板書計画という想定を超えた、生徒との対話で深まる板書というタイトルでお届けしたいと思います。
今日は、今まさに取り組んでいる、現代の国語の授業実践についてお話したいと思っています。
具体的には、文化としての科学という評論文の授業をどう設計したかという実践報告になります。
この時、板書というものがどのように変化していったか、私と生徒の間で深まる板書の様子についてお伝えしたいと思います。
それでは今日も、国語教育をゆるっと語っていきましょう。
はい、それじゃあ早速語っていきましょう。
今、高校1年生の現代の国語では、二学期からは文化としての科学という評論文を扱っています。
本来であれば生徒の実態とか興味関心に沿った評論文の内容を選びたいところなんですが、
実際には学校ごとにシラバスというものによってあらかじめ教材が決められているというのが現状だと思います。
しかもそのシラバスは横持ちで共有されるために、クラス単独の授業という形がそもそも取りにくくなっているというのが今の教育現場ではないでしょうか。
なぜなら、生徒は教科書とシラバスに基づいて評価を行うということをあらかじめ示して指針としましょうということが求められていますし、
保護者に対しては、学校が組織的にカリキュラムを運営しているんだということを示す必要もあるからです。
さらに隣のクラスと教育内容にばらつきが出ないように保証していきましょうという考えのもと、
ワークシートも共通にして教材そのものが禁止とか企画化されている学校もあるやに聞いています。
振り返ってみると、私が教員になった頃はもっと自由だったと思うんですよね。
当時不倫した学校では、授業成立自体が厳しいという学校だったので、むしろ何をやってもいいという、そういう風な時代でした。
なので私はいろんなチャレンジを自由に行うことができました。
今思えば、若手育成にはとてもいい環境だったのではないかと思います。
ところが現在はシラバスが定められているため、生徒の実態とは別のところで教材を決定せざるを得ないという矛盾が生じているのが現実だと思います。
それなのに学習指導要領では、生徒の実態を把握した上での主体的、対話的で深い学びというものが求められているという、いわばねじれ現象があるわけですね。
そんなこんなで生徒の主体性が置き去りになったまま、教材を選ばざるを得ないというのが現状です。
こうした制約の中で行う授業ですが、まず文化としての科学がどんな評論文なのかを整理しておきたいと思います。
これは科学者である池内悟史が、科学者はこうあるべきだと述べている文章となっています。
むちゃくちゃ無理矢理まとめると、これからの社会では、科学の技術化が進むために、経済的合理性で科学を切り取るのではなく、科学者独自の責任を果たすべきだという主張が展開されています。
スマートフォンとアテンション・エコノミーを入口にした授業設計
ただし、生徒は科学者ではないので、こういった内容のままでは、自分ごととしてこの評論文を捉えにくいことになってしまいます。
そこで私は発想を変えて、生徒が日常的に触れているスマートフォンという文明取引に引きつけて、授業をデザインすることにしました。
具体的に申し上げると、スマートフォンというものに着目して、その便利さだけではなく、その裏にあるデメリットにも目を向け、そこから経済的合理性にフォーカスすることにしました。
スマートフォン開発の背景には、注意を引きつけるための技術、いわゆるアテンション・エコノミーという仕組みがあるというのがそこに通じると思ったのです。
そのアテンション・エコノミーという仕組みにしっかりはまっている結果、時間だけではなく思考力までも奪われ、人間がより不自由になっているという、そういった実態があるのではないかなと私は思っています。
つまり、経済的合理性というものが優先された結果、便利にスマートフォンを使っている一方で、人間が疎外されている状況イコール、今の高校生の状況を捉え直すことを最終的に考えさせたいなと思って授業をデザインしました。
ただ、教材の内容の難易度が高校1年生にはとても高いので、最初から順番に読み進めるスローリーディングという方式を採用しました。
それにはまず意味段落と形式段落、これをちゃんと分けて番号を振り、今どこをしっかり読んでいるか、どこを深めているかというのが常に視覚的にも分かり、参照でき、把握しやすいようにしました。
これで語彙力とか読解力にやや問題のある生徒の実態に合わせることができて、範囲をかなり絞って制徳するということができます。
生徒との対話で変化する構造的板書
授業の進め方としては、やっぱり発問しながら番書でまとめていくというオーソドックスな一問一答による構造的番書の方法を用いました。
実際に発問をしてみると、生徒の理解度を把握しながら、その場その場で発問と番書を修正していくという即興的な展開になってしまいました。
事前に番書計画を作成して、それをイメージして私自身望むんですけれども、生徒とやりとりしていると、生徒との対話で作り上げた番書の方が、自分一人で用意してきたものよりいい出来に仕上がっているということに何度も何度も遭遇しました。
なんでかというとですね、生徒に発問して、それで返ってきた答えというのが、自分のと思っているのと違うということがよくあるわけです。
私の読みと生徒の読みはやっぱり違うんで、そういった時、生徒が捉えた見方から番書を展開していく。
そのためにはその生徒の発言を生かして書きます。
そうすると自分の番書計画はもう途端に崩れていって、その生徒が言った言葉を起点にして、またその場で番書計画を再構築していかなければなりません。
でもね、その方が生徒がよくわかる番書になっていくんですよね。
一応私が考えてきたものをベースにするんですけれども、例えて言うならば骨組みはあまり変わらないけれども、中身に入れる言葉を生徒の言葉を起点にして置き換えたりしています。
ただね、やっぱり即興でその場で変えないといけないんで、これは相当鍛錬が必要なんじゃないかなというふうに思いました。
なので、本当に即興でその生徒の言葉を拾って、それを番書に落とし込むということについては、意識して日々努力していくということが必要になっていくなと思いますし、
これって言語化して明示的にここでお教えするということがかなり不可能な、そういった分野じゃないかなと思うので、私自身もどのようにこれをお伝えしていいかなというのはちょっとよくわかりません。
ただ、こういった想定を超えた方向になっていくっていうのは、他者との対話によって自分自身の読みも深まるということを示しているんじゃないかなと思います。
なお、完成した番書は今回は毎回毎回写真に撮って、次の時間の復習に活用いたしました。
授業におけるAIの位置づけ
ここからはちょっと話はそれるんですけれども、今回の授業でAIをどう位置づけたのかについてお話ししたいと思います。
まずちょっと空いた時間にジェミニノートブックに変わりましたね。
ジェミニノートブックへのログインの練習、それからその後で音声概要機能をタップして動かしてみる練習、といったことをAIになれるための練習モードとしてやりました。
それからその他にはAIが作成した問題、これ私事前に作ったんですけれども、それを生徒に試させて難易度を確認するということもやってみました。
今後についてまだ試していないんですけれども、レポートの添削を助けるアシスタントとしてAIを使うことを予定しています。
さらにAIにレポーターとして登場してもらって、生徒のレポートに対するAIからの感想コーナーというのも作ってみようかなと思っています。
それからAIではないけれども、振り返りの時間についてはテツコの部屋ならぬナオミの部屋という企画を考えていて、
これは単に生徒の振り返りを読むだけじゃなくて、生徒の振り返りを読んだ上で、2人ぐらいにインタビュー形式でその子の考えを深く掘り下げるという、そういったコーナーを新しい試みとしてもやってみたいなと思っています。
文章理解を軸にした今後の授業構想
ただね、AIを扱えるところではどんどん使っていけばいいなと思う一方で、文章そのものの理解がしっかりできていないままAIを使うということには非常に疑問を感じています。
というのも、人間が書いた息遣いのある文章に丁寧に触れることを大切にしていかないと、AIを使うこと自体が目的化してしまったり、AIの紡ぎ出す文章を大量に読むという、そういった罠に陥ってしまうのではないかと思うわけです。
ということで、今回は問題演習とか文章構成のアシスタントとか、それからナオミの部屋っていうコーナーの録音からインフォグラフィックを作ってみるっていうふうな補助的な役割として、AIをあくまでもサイドメニュー的な位置づけに留めたいと考えています。
はい、それじゃあ、シラバスっていう制約の中でも生徒の実態に合わせて教材を生徒目線まで落とし込んで対話を通じて授業を作っていくっていう、そういうプロセスがとても大事なんじゃないかなと。
文書計画に基づいた授業をしようと思って意気込んでいく中で、生徒との対話で文書が変わっていくという経験を通して大切なことなんじゃないかなと思うことになりました。
今は生徒はレポートに取り組んでいて、下書き段階で材料集めをしているところなので、この後の展開についてはまた改めて報告したいと思っています。
今回はAIをがっつり使わなかったけれども、AIをどう位置づけるかについては、AIと向かい合って生徒が座っているんじゃなくて、AIと生徒が隣り合って座ってアシストしてもらいながら教材に向かうっていう、そういうイメージを持って使っていきたいなというふうに思っています。
感想やメッセージは概要欄のメールフォームからお気軽にお寄せください。
それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
13:03

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