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2024-09-03 11:42

019 受験対策の授業をハックする~国語教育編

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受験対策の授業をやっている高等学校の国語の先生、お疲れ様です。どうですか?面白いですか?だとしたらどういう工夫をされていますか?私が聞きたいです。ちょっと愚痴っぽく、受験対策授業について語ってみました。

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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。
このチャンネルでは、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育について、ゆるっと配信しています。
皆さん、こんにちは。最近ね、受験対策どうしてますかっていう、そういうナンバーブットさんの配信を聞いて、私も悩んでますよね。
受験対策の授業をやっている高等学校の国語の先生、どうですか?面白いですか?どういう工夫されてますか?
私、ぜひ伺いたいなと思っているので、もし面白く楽しくやっている先生がいらっしゃいましたら、ぜひお知らせください。
ということで、今日はちょっと愚痴っぽい流れになると思うのですが、私、受験対策授業について語りたいと思います。
いわゆる入試のための授業とか、入試のための指導っていうのは、高等学校では非常に重要視されていると思うんです。
入試で点を取って進路を保障するということは、国公立高校だったら、例えば国公立の数をたくさん上げて、
学校として選ばれる存在になろうとか、ステータスを保とうとか、そういうふうに学校の取り組みになってますし、
それから私立高校においては、やっぱり一層の学校に合格した生徒をたくさん輩出して、たくさん入学してもらって、
経営を安定させて、学校をずっと続けていかせようという学校経営の問題にも関わってきます。
なので、学力を保障するとか、特に偏差値を高いものにしていくとか、
そういうのは学校の評価につながるもので、模擬試験でも偏差値を上げようという、そういう目標を掲げて、
みんな必死で取り組んでいるというのが現状だと思います。
学校だけじゃなくて、生徒と保護者の願いでもあるんですよね。
生徒も保護者もそれぞれの大学に入って、それぞれのステータスのある会社に入って、
その後の人生が非常に有利に安定したものになるというのを願っているものですから、
保護者も生徒もそれを願っているということで、入学試験のための授業、指導というのは、
高等学校では非常に重要視されていると思っています。
だけど、入試のための勉強、点を取るための勉強というのは、大学入試が終わってから使いますか?
国語科なんか特にそうだと思うんですけど、数学とか英語とか理科とかだったら使うかもしれないですけど、
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国語は出題者の意図による問題がどんどん出されて、
出題者の理念とか出題者の考えでいろんなところに防線が引かれて出題されて、
結構出題者の意図を見抜きながら解かないといけない独特の問題なんですよね。
その後の大学の学びに防線部を引いて答えなさい的な、そういう勉強はなかったと思いますし、
就職してからもないと思うんですよね。防線部に答えるとかいうのはね。
なので国語科においてはその後の人生で勉強の仕方とか、それから国語の問題を解くことによって養われる思考力とかはもちろん使いますけど、
問題に答えるっていう、入試問題に答えるっていう形式はあまりその後の人生で使わないっていうことになると思うんですよね。
こんな試験の形式になったのは、本で聞きかじっただけなんですけど、そもそも中国の科挙制度。
それをそのまま近代の日本が、近代化の中で官僚制度において優秀な人材を選抜するために設けた制度であって、
そういうのがずっと現在も続いていると思うんです。
入試制度については欧米は総合型らしいんですよね。総合選抜なんですけど、だから人物を多面的に見る入試なわけです。
死亡理由書とか、それからエッセイ書かせたりとか、プレゼンしたり、ディスカッションしたりっていう形になります。
こういう入試制度の中で、日本型の受験勉強型の入試制度っていうのは、ある意味一生懸命やればそれなりに点数が取れるという、
ちょっとした公平さを担保できる、機械均等の入試だっていうふうにも言われています。
総合型選抜の方が実は、そこに至るまでにお金をかけて体験をしなくちゃいけないので経済格差が出る入試って言われているそうです。
これもある本で読んだんですけど、だけど実は学力っていうのは、遺伝とか家庭環境が半分ぐらい影響するっていうふうにも伺いました。
ということで、入試のための受験のための問題を解くっていう国語化独特の形式っていうのは、私自身はそこに至るまでの思考力が育つっていう点では大きい意味があるんですけど、
問題を解く形式っていうものは後々の人生で使わない、あるいは使うことが少ないので、サステイナブルな能力育成にはつながってないとは思うんですよね。
学習指導要領には国語の学力を使って入試をするという体で書かれているので、やっぱり入試の中には学校で勉強したことを活かしたものを出してほしいなと私は思っているんですけど、
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結構逸脱した、学校で学ぶこと以上のものをどんどん出してくるような気がしていて、非常に難しさを感じています。
というふうな入試問題の問題点なんですけど、やっぱり現実は私たちは入試対策をしないといけないわけで、じゃあそれどうやってやってるんですかっていう話に移りたいと思います。
私はずっと教員の前半期はなかなか進路対応校に勤めていて、入試対策っていうのをやったことなくて、初めて受験指導するっていうので入試対策の勉強を一生懸命やりました。
一番有効だったのは予備校の先生の教員対象の研修会、勉強会に参加したことです。
最近は寸大予備校さんとか代々木さんとかが、学校の先生対象にそういう教員研修のセミナーをやってらっしゃいますよね。対面とかオンラインでもやってらっしゃいます。
大体、受講料が1万5千円から2万5千円ぐらいでお高いんですけど、私はタイマイをはたいて東京に行ったり福岡に行ったりしてました。
今オンラインが多いんで非常に助かってるんですけれど、やっぱり受験対策の指導のプロですから非常に役に立ちました。
特に古文と漢文、これは本当に定型化しやすい、法則化しやすいので、授業にすぐ取り入れることができるから、
1年生、2年生の必要なところで予備校の先生が教えてくださったことを授業でもやりながらやっていくと、非常に効率的に受験対策と普通の授業と両輪でやっていくことができました。
問題は現代文なんですね。やっぱり現代文の授業は難しい、受験対策は難しいと思います。
そもそも問題のレベルが非常に高い、問題文のレベルが非常に高いんで、相当な学力を持っている生徒じゃないと、
一斉授業であの問題文の解説を聞き取る力っていうのはないと思うんですよ。
だから相当な能力があって初めて、寸田予備校さんとか代々木ゼミナールさんとかの受講する生徒さんが非常に能力が高いから、
一斉授業展開でもついていけるんだなって思います。だから究極、私が一番良かったのは個別指導でした。
その子が本気になって一つ一つの文、一つ一つの語句にこだわって、一生懸命ああでもない、こうでもないって調べたり、
それからこの文章とこの文章が対応している、この文章とこの文章が言い換えになっているっていうのは必死で読み込んでいく、
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その過程で誠読できるようになっていくとぐんぐんと偏差値が上がっていったように思います。
そこで個別指導をやることが一番その子の得点率が上昇する、そういう状態になりましたので、究極は個別指導だなと思っています。
あと他の先生の実践でグループ学習で、グループ組んで問題検討させた方が実は模擬試験の偏差値が上がりますよっていう報告があったりしましたので、
グループ学習も有効だなと思いますね。私はまだグループ学習したことがないんで、ちょっとやってみたいなとは思っているんですけれど、
それにはその生徒ちゃんとグループ学習ができるように、ちゃんと安心安全な場をきちっと作っておかないといけないと思います。
あと共通テストなんか特にそうなんですけど、その共通テスト文脈になれる、いわゆる傾向と対策です。
共通テスト独特の出題傾向、独特の選択肢の作り方っていうのがあるので、選択しなれをするっていうことは、ある意味得点率を上げる一つの手段じゃないかなと思うし、
記述対策もその学校独特の出し方っていうのがありますから、学校の傾向と対策をするっていうのが一番得点率が上がる状態だったと思います。
ということで、最後は結局のところ予備校の先生だよりかっていうことになると思うんですけど、予備校の先生はプロなんで、
プロのノウハウを勉強させていただくのが一番近道で効率的なんじゃないかなと思います。
あとね、私まだまだグループ学習で受験対策をやったことがないんで、もしそういうのをやっていらっしゃる先生がいらっしゃったら、情報を寄せてくださればと思います。
ということで、今日は半ば愚痴っぽくはなりましたけれど、私は受験対策をこうやってるよっていうお話でした。
この夏も寸大予備校の中野先生の現代文の授業拝見して、授業で取り入れられそうなところからやっていこうと思っています。
皆さん、これから受験対策も始まる人もいると思うんですけど、もしこんなことやってるよっていうのがあれば是非是非、情報を寄せてください。よろしくお願いします。
それでは今日はこの辺で、またお会いいたしましょう。
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コメント

わたしは結局大学入試というものを一度もやっていないのでなんとも言えないのですが、実際出題者の意図を読み解くような問題の回答経験って案外現実に役立ちそうな気がしますが、本当に役に立たないものなんでしょうか? というのも、一般的に社会で必要になる国語力といえば、書いた人の意図を読み取ることであったり相手が理解できるように文章を書くことであったりすると思うので、結局受験国語が分かっていた方が文章は書きやすいし読みやすくなるんじゃないか?となんとなくお話を聞いてて感じました。 もちろん実際に実生活で読み込む文書に傍線は引っ張っていないのですが、自分は人の文章を読んだり他者の話しを聞くときに、頭の中で文に傍線を引いて考えるということもありますし(たぶん自分自身はWebサイトとかゲームとかの経験からそうしているので、学校の授業は関係してないと思いますが)、そういう経験をある程度学校でやっておくのも案外実生活に役に立つのでは?と思いました。

自分が問題意識を持って引く線とか、他者と共に学んで引く線なら対話的で良いと思うんですけどね。しかも、こう答えたい!と思っていても選択肢で無駄な文を読まされるという💦そして入試の問題文はたいていが難解です💦

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