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446_文法を教えても古典嫌いが増えない理由──エンタメ×品詞分解
2026-05-16 09:11

446_文法を教えても古典嫌いが増えない理由──エンタメ×品詞分解

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Xで話題になった「品詞分解ノート」。古い学習方法として批判される訓詁注釈主義ですが、実は古文解釈を深める最強のツール。高等学校では全文法をカバーするのは不可能だからこそ、助動詞・助詞・古文独特の構文に絞り、出てきたところで覚え、エンタメ性を高めながら教える。文法学習で「人間の息遣い」が聞こえ、共通テスト対策にもなる。古文教育者向けの実践的な文法学習戦略。

 

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#国語教育 #古文教育 #文法事項 #訓詁注釈主義 #現代語訳 #エンタメ

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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。
この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は、446回、文法を教えても古典嫌いが増えない理由──エンタメ×品詞分解、というタイトルでお届けしたいと思います。
先日、Xで古文の品詞分解ノートが話題になりました。
手書きした本文に、細かく右・左に文法事項が書き込まれたびっしりとした解説ノート。
これはおそらく生徒のノートではないかと思うんですけれども、今回はこのXのポストをきっかけに、
古典教育・古文の教育における文法学習の重要性について考えていきたいと思います。
長らく、古典、つまり古文の教育において、文法を中心の学習方法、いわゆる君子注釈主義というのは、長い間批判されてきました。
それは、文法事項を教え込むあまり、生徒が事務的な作業に追われてしまって、古文の勉強が面白くなくなると、そういった批判なんですね。
この君子注釈主義は、前世紀の異物、悪の遺産という、そういった形で嫌われておりました。
この批判の気持ちも、私、大変わかるんですね。
講義形式で文法を並べられるだけでは、退屈な授業以外の何ものでもありません。
私も、中高校時代は、文法というものをあまりやらなくて、どっちかというと内容中心主義だったので、君子注釈主義の洗礼は受けておりません。
そのまま教壇に立ったんですけれども、実際教えてみると、大きな気づきがありました。
やっぱり文法事項をしっかり理解して、それを土台にして読むと、妄想に陥らなくて、しっかりした解釈になり、ぐっと解釈が深まるんですね。
その時代の、その書いた人が、その言葉で考えたことをそのまま理解していく、つまり一時情報に当たるということで、品詞分解はとても大切な段階だと思います。
学力がある程度ある教室では、文法事項をガチガチに攻めて、そして深い分析のもとに解釈をするというのは当然可能なんですけれども、
私が勤めてきた進路多様校でも、助動詞というものに限定して深く切り込んでいって、文法事項をきちっと抑えると、生徒は面白がるし、解釈も深まるので、
認識が新たになって、本当に反応が良かったです。
ただ、文法を体系的にある程度教えないと、理解が深まらないんですけれども、範囲が広すぎるし、例外も多いですので、とても時間を取られてしまうんですね。
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だから文法をやるだけで、古文の授業が終わってしまうという、そういう危険性もあります。
だから高等学校で文法を体系的に全てをカバーしようとするのは不可能だと思います。
そこで発想を変えて、そもそも文法を学習する目的は何かというと、正確である程度深い解釈ができるようになるためですから、
副教材で与えられる文法書というものを全部勉強する必要はありません。
解釈や読解を深めるために、本当に必要な文法というものに限定して教えるという、絞る戦略が必要なんじゃないかと思います。
私はどういうふうに絞っているかというと、まず、動詞形容詞形容動詞という要言の活用は、どうしても基本として必要になるので、これはやっぱりベースとしてしっかり教えます。
その次に助動詞、これが全体の半分以上の6、7割ぐらいを占めて助動詞を徹底的に扱うことにしています。
その次に助詞、この助詞をきちっと押さえることで解釈の方向性、これが決まってきてしまうので、古文、独特の古文とともに助詞というものもちゃんと扱うようにしています。
それ以外の細々としたところは、出てきたところで覚えようねというスタンスで言っています。
だから、動詞形容詞形容動詞という要言と助動詞と、それから助詞、これを三本柱としてガツンと教えて、後は出てきたところで覚えていって、それをセット化していく。
例えば係女子とか、ああいったものはセット化して、一つのセットにしてカードにして教えるようにしています。
この文法学習というのを3年間生徒たちと一緒にやっていると、重要な表現というのは何度も何度も繰り返し繰り返し出現するので、これはやっぱり定着に役に立ちます。
文章の文脈をちゃんと読み込んで、そしてその文章の中で文法を使って理解を深めていくというのは、次に新しい文章を読むときにも活かされるスキルなので、十分定着していくと思うんですよね。
そして文法をやっていて一番とてもやりがいを感じるのは、その文章を書いた筆者の息遣いが感じられることです。
例えば、包条記の暗言の対価、間接体験の蹴り、誰かから聞いたことについて述べるある程度距離感のある過去を表す蹴りと、それから直接体験の過去の助動詞の記、これは自分自身があたかも目の前で体験した、見たという時に使われるという、
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そういった直接体験の記、これに着目して読んでいくと、暗言の対価の文章の中で、舵を目の前で見ながら書いているのか、ある程度過去のことを振り返って書いているのか、というのが明確になって、
筆者、鴨の長名の執筆の立ち位置、まさに人間としてそれをどういうふうに捉えているのか、感じているのかというような息遣いまでもが感じられるような、そういう状態になるんですよ。これが文法学習の本当の価値なんじゃないかなって思います。
けれども、文法学習は機械的かつ単調になりやすいんですよね。だからこそ私はここにエンタメ性、これを取り入れることにしています。
文法事項というのを基本にしながら、それをエンターテイメント性を高めて、時には身振り手振り、実例を交えながら、生徒たちが退屈しないようなやり取り、そういったものを挟みながら楽しく、面白く、ボケたり突っ込んだりしながら教えるということを心がけています。
最近の共通テストでは、細かい文法事項までが問われなくなってきています。でも、正確でスピーディな現代語訳ができると、得点率も高くなっていきますので、それを支えるのがやっぱり文法的な理解。文法学習は共通テスト対策としても非常に大きなキーを握っていると思います。
ということなので、君子注釈主義を全面的否定するんじゃなくて、必要な部分を限定しつつ、楽しくエンターテイメント性高く教えていくという形で私は取り組んでいます。
いかに言っても、やっぱり古文の勉強というのは、人間の思考や時代を理解するためのとても大切な扉になってきていると思います。文法学習はそれを支えてくれると思っています。
概要欄に私の文法学習のちょっとした動画、これ過去に撮ったんですけども、それを置いておきますので、興味のある方はこの動画を見て、私がどうやってエンターテイメント性高く文法指導しているかというものの一例を見ることができると思うので、興味のある方はぜひご覧になってみてください。
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それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
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